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Toccata Classicsレーベル3題

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第9番、映画音楽「偉大な川の歌」よりワルツ、バレエ組曲第2番よりポルカ、映画音楽「コルジーンキナの出来事」より「追跡」、2台のピアノのための組曲、タランテラ、陽気な行進曲、コンチェルティーノ ヤンノウラ & フィケルト (Pf) (Toccata TOCC 0034)
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番、交響曲第15番 キム・ミンキョン & ムン・ヒュンジン (Pf) (Toccata TOCC 0292)
  • ヴァーインベルグ:「子供の歌」、「過ぎ去りし日々」、「私が歌えばこの子は眠る」 カルギーナ (S) ニコラーエヴァ (MS) コロステリョフ (Pf) (Toccata TOCC 0078)
  • アリアCDにて、Toccata Classicsレーベルの3点を購入。

    ショスタコーヴィチの2台ピアノ(連弾含む)作品は、CD1枚に収まる量しかないこともあって、これまでにも「全集」が複数リリースされている。Toccata Classicsレーベルの「全集」はそれらに加えて、交響曲などのショスタコーヴィチ自身による2台ピアノ用編曲(DSCH社の作品全集に基づく)も録音するという試みである。

    第1集は、いわゆる2台ピアノ用作品の全てに加えて、交響曲第9番の連弾版が収録されている。“中庸”という形容がいかにも相応しい端正で上品な演奏で、舞台作品からの抜粋や作品番号のない小品については、美しく整えられた響きの中に漂う愉しげな情緒が心地よい。とりわけ、組曲の第3曲はじっくりと聴かせる見事な仕上がりである。しかしながら、ともすれば安全運転にしか聴こえないゆったりとしたテンポと、どこまでも中庸なダイナミクスは、交響曲やコンチェルティーノ、組曲の第4曲などでは大きな短所となっている。


    第2集は、この「全集」の意図をよりはっきりと示した収録曲となっている。ピアノ協奏曲第2番は、“伴奏”パートのシンフォニックな弾きっぷりが気持ちよく、時に“独奏”をかき消さんばかりの勢いが素晴らしい。オーケストラとピアノの場合は音色の違いによってそれぞれを区別できるのに対し、ピアノ2台では完全に混然一体となってしまうのだが、それゆえの迫力がこの演奏にはある。両端楽章のコーダのようなところで、特に独奏パートがもたつくことと、第2楽章の憂愁の情感が希薄であっけらかんと単調な音楽となっていることは惜しいが、単なる資料以上の音楽的内容を持つ演奏である。

    一方、交響曲第15番は冴えない。ピアノ曲としてではなく、管弦楽を念頭に置いた音作りをしているのだろうが、結果として個々の音が分離しているような、隙間だらけの響きに聴こえて仕方がない。第1楽章や第3楽章のような疾走感の欲しい箇所でもたつくのも気になる。やっつけ仕事ではない取組みであることはよくわかるだけに、何とも残念。


    Toccata Classicsレーベルでは、ヴァーインベルクの作品も体系的に録音しているようだが、今回はそれらの中から歌曲全集(第1集)を選択。いずれも初めて聴く曲ばかりだったが、ユダヤ風の音調で繰り広げられるテンションの高いヴァーインベルグ節を堪能した。初期の「子供の歌」の楽しさ、中期の「過ぎ去りし日々」の救いようのない暗さ、後期の「私が歌えばこの子は眠る」の解脱したような透明感、といったように、それぞれの違いと、背後からわりと色濃く聴こえてくるショスタコーヴィチの影響とを興味深く聴いた。ヴァーインベルグは多作家だけに迂闊に手は出せないが、これからさらに知っていきたい作曲家の一人である。

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    theme : クラシック
    genre : 音楽

    tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 作曲家_Weinberg,M.

ショスタコーヴィチの“Op.1”

  • ショスタコーヴィチ:バガテル/前奏曲集(Op. 1), Композитор・Санкт-Петербург, 2016.


ショスタコーヴィチの生誕110年だった2016年に出版された、ショスタコーヴィチ最初期(13歳)の楽譜を、遅ればせながら入手した。

これまでに出版されていた最も早い時期の作品は、ショスタコーヴィチが当時ピアノを師事していたローザノヴァ教授が保管していた「3つの小品 Sans op. A」である。これには録音が複数あり、第3曲は未完ながらも、ペトログラード音楽院入学前のショスタコーヴィチの姿を実際の音で聴いて想像することができる。

さて、ディゴーンスカヤの作品便覧(第1巻)によると、ショスタコーヴィチ最初期の創作は彼がピアノを学び始めて間もなく(8~9歳)始められているようだが、本格的に作品が仕上げられるようになったのは音楽院入学前の12~3歳の頃で、先の「3つの小品」もこの時期の作品である。

今回出版されたバガテルと前奏曲集も同時期のものと類推されるが、まず興味深いのは前奏曲集に「Op. 1」と記されていることである。上述の作品便覧には「Op. 5」と記された小品集(作曲は前奏曲集の前)もあり、どのタイミングでナンバリングされたのかは不明だが、明らかに習作以上の作品と自負していたことが窺える。

もう1点、序文でディゴーンスカヤ女史が言及しているが、音楽院の入学試験においてグラズノーフの前で演奏したのがこの「Op. 1」である可能性が高いということにも注目したい。

「Op. 1」の第1曲g-mollは完成しており、後に「8つの前奏曲 作品2」の第1曲とされる。第2曲G-durは未完(といっても、それほど長くないコーダを仕上げれば形になるので、単に楽譜に書き記していなかっただけかもしれない)であるが、最後まで完成している「バガテル」と同一の主題が用いられており、中間部(≒展開部)は前奏曲の方が大規模だが、全曲の雰囲気や終結のイメージなどを「バガテル」から類推することは容易であろう。

「バガテル」はグリャッセルの音楽学校の同級生の女子に献呈されているが、その女子との関係を知るに足る記録等は残っていないようだ。それよりも「ДШостакович」という署名や献辞など、作品としての体裁がきちんと整えられていることが面白い。

これらの作品の音楽的内容を、音楽院入学以降の作品と比較するわけにはいかないが、音の進行の中に、既にショスタコーヴィチらしい歪みが現れていることは注目に値する。

このように「バガテル/Op. 1」は、“作曲家”を自覚し始めた幼きショスタコーヴィチの貴重で興味深い第一級の資料である。1926年に多数の習作等を自ら焼却したショスタコーヴィチは、芸術的な観点ではなく、自身の思い出あるいは記念のために、あえてこの楽譜を焼かずに残したのかもしれない。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

ポーリュシコ・ポーレ

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 ヴァイナル/チェコPO (Supraphon 1110 2967 ZA [LP])
  • クニーッペル:交響曲第4番「戦うコムソモールの詩」 エルニコフ (T) ポリャコーフ (B) クニーッペル/モスクワ放送SO & cho. (MK D 14501-14502 [10"mono])
久し振りにArs Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.で音盤をオーダー。

Hulmeのカタログ掲載音盤中、交響曲第15番で最後の未入手盤だったのが、このヴァイナル盤。初演の8年後(1980年)の録音だが、この時点でK. ザンデルリンクの録音やムラヴィーンスキイ、ケーゲルの傑出したライヴがなされていることを考えると、全体に平凡であることは否めない。特に第1楽章と第3楽章は、テンポ設定以上に鈍重である。一方、第2楽章はオーケストラ、とりわけ管楽器の音色が楽曲に相応しい響きと雰囲気を醸し出しており、この作品の世界観を自然かつ立派に描き出している。


ソ連の大衆歌の中でも人気がある「ポーリュシコ・ポーレ」が、クニーッペルの交響曲第4番の主題であることは、ソ連/ロシア音楽に関心のある人々には常識であろう。このように大衆歌や民謡を主題として利用し、時事的な標題をつけた大規模な管弦楽曲は「歌謡交響曲」とも呼ばれ、社会主義リアリズムの典型的な様式を形成している。ロシア革命後の国内戦を題材とした交響曲第4番は、ドゥダロヴァが指揮した音盤で広く知られているが、恥ずかしながら私は未聴(YouTubeにアップされているが)。

今回入手したのは、作曲者自身が指揮した音盤である(録音年不詳)。オーケストラや合唱が時折聴かせる粗野な響きはいかにも古いソ連の録音であり、アンサンブルの精度なども含めて現代の聴衆には耳障りな箇所も少なくないだろうが、紅白歌合戦の大トリを想起させるこの力任せの壮麗さこそが社会主義リアリズムであることを感覚的に納得させられる、そんな絶対的な説得力のある雰囲気満点な演奏である。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 作曲家_Knipper,L.K.

偽イヴァーノフのショスタコーヴィチ

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 イヴァーノフ/ソヴィエト国立SO (alto ALC 1241)
  • オリエント急行‐ライト・クラシック名曲集 イアン・サザーランド・コンサート・オーケストラ (alto ALC 1250)
  • ハイドン:弦楽四重奏曲第69~74番 グリラーQ (Vanguard ATM-CD-1650)
  • ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第12~16番、大フーガ イェールQ (Vanguard ATM-CD-1942)
  • ギヨーム・ルクー作品全集 (Ricercar RIC 351)
アリアCDから、数回分のオーダーがまとめて届いた。

イヴァーノフのショスタコーヴィチ、といえば、ジャケットのクレジットを鵜呑みにして騙された…というか、自分の耳の不確かさを露呈した苦い経験(2005年8月29日のエントリー)を思い出すが、これ見よがしに「西側初出」と書かれているこのalto盤を「いかにも怪しい」と感じる程度には私も経験を積んだ。結論から言えば、コンドラーシンの全集録音で間違いない。たとえば第3楽章冒頭の木管楽器のピッチなどで確認できるが、面白いのは、チャプター4の頭が第4楽章冒頭ではなく、第3楽章コーダのGP部分になっていること。これはVictor盤全集と同じミスで、おそらくLPの第4面の頭を第4楽章の冒頭と勘違いしたのだろうが、少なくとも近年のMelodiya盤(MEL CD 10 01065)では適正にチャプターが打たれていることから、このalto盤がリマスターと称しているのはVictor盤CDの音質改善?改変?なのかもしれない。

演奏は、さすがに現在の基準で言えば荒っぽさは否めないものの、コンドラーシンにしては芝居がかったところのないごく普通の解釈ながら、全曲を貫く熱量の異様な高さに圧倒される名演。わざわざこの盤で聴く必要はないが、間違って購入してしまっても、収録されている演奏そのものは損ではない。


altoレーベルのもう一枚は、ちょっと凝った選曲のイージーリスニング・アルバム。収録曲は、以下の通り:
ベネット:映画「オリエント急行殺人事件」より「ワルツ」
モリー・マローン
ユーマンス(ショスタコーヴィチ編):タヒチ・トロット
ワルトトイフェル:スケーターズ・ワルツ
アルヴェーン:スウェーデン狂詩曲
アルベニス:タンゴ
ファーノン:スター誕生
ヴィンター:「歌と踊りの組曲」より「ファド」
ディーリアス:歌劇「コアンガ」より「ラ・カリンダ」
サティ(ドビュッシー編):ジムノペディ第1番
イッポリートフ=イヴァーノフ:組曲「コーカサスの風景」から「酋長の行列」
シャミナード:6つの演奏会用練習曲より「秋」
ヤルネフェルト:前奏曲
アイアランド:聖なる御子
ゲーゼ:ジェラシー
ドヴォルザーク:ユモレスク
モンティ:チャールダーシュ
ホイベルガー:喜歌劇「オペラ舞踏会」より間奏曲
シャブリエ:狂詩曲「スペイン」
ヴォルフ=フェラーリ:歌劇「スザンナの秘密」序曲
この種の演奏の常で、原曲が管弦楽のために書かれている作品でも、オーケストレイションには適宜変更が加えられているようだ。お目当ての「タヒチ・トロット」は、おそらくショスタコーヴィチの編曲そのままで演奏されていると思われる。遅めのテンポで、全体に締まりのなさが気になる。その他、いずれも楽曲を愉しむには十分な水準の演奏ではある。文字通りの「ライト・クラシック」をBGM的に楽しむべきアルバムだろう。


グリラーQのハイドンは、名盤としてよく知られたもの。録音のデッドさに抵抗がなければ、すぐそばで奏でられているような生々しい臨場感を楽しむことができる。6曲全てにおいて第1楽章は鈍重で冴えない印象を受けたが、第2楽章以降はいずれも鮮烈なリズムと覇気に魅せられる。とりわけ緩徐楽章の泥臭いロマンティシズムを濃厚に漂わせた音楽は、個性的であると同時にハイドンの本質に深く迫った見事な音楽である。カルテットとしては1st Vn主導の古いスタイルではあるものの、旋律を担う外声に全体が一体となって寄り添う様は、この団体のアンサンブル能力の傑出した高さを示している。


イェールQのベートーヴェン後期は、上述したグリラーQのハイドンと同時期の録音。こちらも1st Vnのアールが主導するスタイル。流麗で、室内楽の香り高いアールの歌いまわしが、とにかく魅力的である。一方でVaがトランプラーであったり、2nd Vnにアールの弟子でもあった安芸晶子を擁するなど、内声の響きが充実していることもあり、敢えて言うならばバリリQとブタペストQとの折衷型のような印象も受ける。カルテットとしては第14番の第6楽章、アールの個人技としては第13番の第5楽章中間部以降を、その至芸の一端として特記しておきたい。どちらも弦楽四重奏の、そしてベートーヴェンの素晴らしさを余すところなく伝える、比類ない名演である。


ルクーの“作品全集”は、目にする度に入手すべきかどうか迷っていた。値下げされているのを見て、思い切って購入してしまった次第。収録曲は、以下の通り:
【CD 1】
ヴァイオリン・ソナタ V.64
ピアノ四重奏曲 V.62
コラール V.44
アンダンティーノ・センプリーチェ V.93
「父の実家の窓」V.77
「ケシ」V.80
弦楽四重奏のための瞑想曲 V.48
【CD 2】
弦楽四重奏のためのメヌエット V.49
弦楽四重奏のためのモルト・アダージョ V.52
アダージョ・レリジョーゾ V.84
マズルカのテンポで V.106
レント・ドロローゾ V.100
アンダンテ V.88
アレグロ・マルカート V.85
子守歌とワルツ V.95
アンダンテ・マリンコニコ V.91
アンダンテ V.86
弦楽三重奏のための主題と変奏 V.66
アンダンテ V.87
【CD 3】
2台のヴァイオリンとピアノのためのアダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ V.33
弦楽四重奏曲 ト長調 V.60
2台のヴァイオリンのためのメヌエット V.50
【CD 4】
チェロ・ソナタ V.65
ヴァイオリンとピアノのためのアンダンテ・ピウ・トスト・アダージョ V.38
四手のためのアンダンテ・ソステヌート V.92
ヴィクトル・ユゴーの戯曲「城主」のための序曲 V.27
【CD 5】
ピアノのためのモデラート・クヮジ・ラルゴ V.103
交響的習作第1番「勝利せる解放の歌」V.18
「ほんのり古風な、テンポの遅い舞曲が」V.81
「より濃密な影」V.79
リエージュの伝統舞曲クラミニョンの調べによる対位法的幻想曲 V.23
交響的習作第2番「ハムレット」V.19/「オフィーリア」第1版 V.21/第2版 V.22
【CD 6】
ピアノ三重奏曲 V.70
ピアノ・ソナタ V.105
四重弦楽合奏のためのアダージョ V.13
【CD 7】
婚礼の歌 V.17
「五月の小唄」V.73
合唱と管弦楽のための叙情歌 V.7
カンタータ「アンドロメダ」V.3
【CD 8】
チェロと管弦楽のためのラルゲット V.28
チューバと吹奏楽のための序奏とアダージョ V.28
「アンドロメダの嘆き」V.6
ピアノのための3つの小品 V.107
フランス・アンジュー地方の2つの歌による幻想曲(管弦楽版 V.24/四手版 V.25)
管弦楽のための3つの詩曲 V.82
子守歌 V.94
ルクーについて詳しいwebサイトによると、ルクーには124曲の作品がある(未完成の断片も含む)ので、この8枚組は厳密な意味の“全集”ではない。ただ、ヴァイオリン・ソナタとピアノ四重奏曲以外の作品を知るという意味において、質量ともに不足は全くない。

ピアノ独奏であれ、管弦楽曲であれ、恥ずかしいまでに大袈裟で感傷的な楽想はルクーの個性として全ての作品に刻印されている。私はルクーの臆面のなさがたまらなく好きなので、編成や楽曲の規模を問わず8枚に含まれているほぼ全ての作品を愉しんだ。人によっては、お腹一杯……となるかもしれない。

演奏は総じて高水準であり、大半の曲においてはこの全集に収録された演奏で十分だろう。ただ、ピアノ入りの室内楽曲を担当しているドーマスという団体の演奏は、少し表現の勢いがきついように感じられる。

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genre : 音楽

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音楽書2冊

  • バリリエ, É.・西久美子(訳):「亡命」の音楽文化誌, アルテスパブリッシング, 2018.
  • ハガロヴァ, D.・小川勝也(訳):ユーリー・テミルカーノフ モノローグ, アルファベータブックス, 2018.
『「亡命」の音楽文化誌』は、「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」をテーマとして行われた、ラ・フォル・ジュルネ音楽祭2018の日仏共通オフィシャルブック。「亡命」というキーワードで、これだけ広範な作曲家とその作品を網羅していることに、軽く圧倒される。もちろんショスタコーヴィチを取り上げた章(第10章)があったから手に取ったのだが、著者の言う「精神的亡命」の概念は、率直に言ってピンと来なかった。心身共にロシアの地を離れることができなかったというのがショスタコーヴィチの悲劇であると同時に、彼を彼たらしめているのだから、ショスタコーヴィチを「亡命者」として論じるのには違和感がある。また、「ブロークの詩による7つの歌曲」を特に取り上げているのも、ヴァーインベルグの話題へ繋ぐための牽強付会のような印象を拭うことができない。

ただ、全体として読み応えがあるのは確かで、いかにもフランスっぽい文体に抵抗がなければ、お薦め。



テミルカーノフは、その演奏のいくつか(とりわけ若い頃の爆演)は非常に印象的で素晴らしいものの、ムラヴィンスキー没後のレニングラード・フィルの常任指揮者就任前後の動きに良い印象がなかったため、あまり本人について興味はなかった。この自伝もどき(著者によるインタビュー+過去の発言の集成)は、テミルカーノフがどのような人物なのかを、幾分冗長ではあるものの、見事に描出している。言葉は悪いが、要するにクソ真面目なのだろう。野心的というよりは、自身に高い目標を設定し、それを予定通りに達成しては、また次の目標を……といった具合。徹底して自分の事しか考えていないのだが、結果として傑出した業績を残しているのだから、文句のつけようもなく、またその強靭な自制力には感服する。

ショスタコーヴィチについては第3部の中で項を立てて言及している他に、実質的に演奏禁止状態であった最中に交響曲第13番を演奏したエピソードが紹介されているが、とりたてて目新しい事実や見解はない。

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genre : 音楽

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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