『アレンスキー ―忘れられた天才作曲家―』(ユーラシア・ブックレット, 2011)

仕事の電車移動の合間に、暇潰しに読む本を探して入った書店で見つけたもの。ここのところ、アレーンスキイの作品を聴く機会が増えてきている(あくまでも個人的に、音盤購入という形で)ので、僕にとっては時宜にかなった一冊である。64ページという頁数は一往復で読み切るのにちょうど良い分量だが、内容は決して軽くはない。

伝記と作品紹介の二部構成であるが、名前すら広く知られているとは言い難い作曲家だけに、どちらも日本語で読めるというだけでも十分に貴重な情報源である。生涯は一通り辿られているが、作品の方は音盤が入手可能なものが主に取り上げられ、決して多くはない全作品を俯瞰するような記述がないところが、あえて言えば不満な点。もちろん“ブックレット”という性格上、いささか筋違いな不満であることは分かっている。

チャイコーフスキイとラフマニノフを繋ぐ世代の重要作曲家として、アレーンスキイやタネーエフにはもう少し光が当てられてもよいと思う。特にアレーンスキイの作品は、いわゆるロシア音楽ならではの聴きやすさも満載なので、演奏会のレパートリーとしても魅力的なはず。この「忘れられた天才作曲家」を広く知らしめる上で、本書はコンパクトながらも十分な内容を持っている。

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genre : 音楽

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ギレリス、ロジデーストヴェンスキイらによるソ連音楽

  • アレーンスキイ:ピアノ協奏曲 カプラン (Pf) ハーイキン/モスクワPO (Melodiya 33C 235-236 [10"mono])
  • カバレーフスキイ:ピアノ・ソナタ第2番、ヴァーインベルグ:ピアノ・ソナタ第4番 ギレリス (Pf) (Melodiya M 10-42715-D-07938 [LP])
  • ロクシン:交響曲第11番、アルティオーモフ:13人の協奏曲、グバイドゥーリナ:カンタータ「ルバーイヤート」 ソコレンコ (S) ヤコヴェンコ (Br) メシシャニノフ (Pf) ロジデーストヴェンスキイ/アンサンブル・ソリスツ (Melodiya C 10-15059-60 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの6月到着分。

アレーンスキイ最初期の作品であるピアノ協奏曲は、ショパンの第2番の影響を受けているという話を聞いたことがあったが、まさかこれほど似ているとは思わなかった。特に第2楽章などは、そのままである。とはいえ、甘美な旋律を彩る和声の煌めきにはアレーンスキイらしさが感じられ、単なる亜流として無視するには惜しい作品である。カプランの、幾分田舎臭さを残した武骨な演奏は、表面的な美しさの再現に留まらず、内なる情念を素直に表出していて好ましい。


ギレリスが弾いたソ連のピアノ・ソナタ2曲は、どちらも作曲家の個性が存分に発揮された佳曲であると同時に、ギレリスの音楽的な個性も色濃く投影された逸品である。これでもかと通俗的な楽想を、しかしもっともらしい雰囲気に仕立てて繰り出すカバレーフスキイ、民族的な熱狂を憚ることなく曝け出すヴァーインベルグ、重量感のあるメタリックな響きで猪突猛進するギレリス。好き嫌いが大きく分かれそうな強烈な個性を持った3人の音楽家の饗宴といった感じが楽しい。


ロジデーストヴェンスキイによる現代ソ連作品集は、ショスタコーヴィチをはじめとするソ連第1世代に続く第2世代の作曲家の内、知名度の高い3人の有名曲を集めた内容である。ロクシンは11曲の交響曲を残しているが、その最後となる第11番は、交響曲というにはややスリムな感じはするものの、主題と8つの変奏から成る管弦楽曲である。ソプラノ独唱の使い方が、とても美しい。「13人の協奏曲」は、アルティオーモフの出世作。前衛的な肌触りながらも、最終的にはカバレーフスキイやヴァーインベルグの狂乱に通じていく様が面白い。カンタータ「ルバーイヤート」も、グバイドゥーリナ初期の傑作の一つ。ライナーの情報からは、11世紀ペルシャの詩人ウマル・ハイヤームによる同名の四行詩集とどのような関係があるのか知ることができなかったが、タタール共和国生まれのアイデンティティを感じさせる標題であることは確か。自己の作風を確立しつつあった時期の作品だけに、後年の作品を想起させる響きの作りと、青臭いまでに前衛的であろうとする音楽の運びが興味深い。他の演奏を知らないので聴き比べのしようがないが、さすがにロジデーストヴェンスキイはいずれの曲もそつなくまとめあげている。

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ルツテインのショスタコーヴィチ&スクリャービン/アレーンスキイ:歌劇「ラファエロ」

  • ショスタコーヴィチ:ピアノ・ソナタ第2番、スクリャービン:4つの前奏曲 作品22、練習曲 作品8より、左手のための夜想曲、ピアノ・ソナタ第4番 ルートステイン (Pf) (Orion ORS 82429 [LP])
  • アレーンスキイ:歌劇「ラファエロ」 スミルノフ/モスクワ放送SO & cho.他 (Melodiya 33 D 035027-28 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの3月到着分。随分と放置しておいたものだ。反省。

ルツテインという女流ピアニストの名は初めて聞いたが、ライナーノーツの情報によると、1974年にアメリカに亡命するまでレニングラード音楽院で教鞭をとっていたらしい。派手さはないが、穏やかながらも芯のしっかりとした音楽が奏でられており、その優しい肌触りには惹かれるものがある。ショスタコーヴィチのソナタは随分とロマンティックな解釈で、とりわけ第2楽章などはスクリャービン晩年のソナタのようにも聴こえるほどだが、これはこれで、ロシア・ピアニズムの系譜を意識させるようで面白い。ショスタコーヴィチらしさは希薄だが。


ヴィクトル・スミルノフという指揮者は、ショスタコーヴィチの「馬あぶ」組曲のCDの存在で知ったものの、バイオグラフィはほとんど不明である。このCD、MARANSというレーベルからリリースされたらしいが、限りなく私家盤に近いようで、僕がその存在に気づいた時には既に入手至難な状態になっていた(どなたか、情報等をお持ちでしたら教えてください。ただし、コピー等は求めておりません)。このCDでカップリングとして収録されていたアレーンスキイの歌劇のLPがリストに掲載されていたので、注文してみた。

歌劇「ラファエロ」は、その名の通り、ルネサンス期を代表するイタリアの画家ラファエロ・サンティ(1483~1520)にまつわるエピソードを題材とした、1幕の短い作品である。ビビエーナ枢機卿の姪と婚約していながら、聖母子像のモデルであるパン屋の娘フォルナリーナと恋に落ちたラファエロは、枢機卿の怒りを買ってしまうが、描き上げられた聖母子像の素晴らしさに結局は許される、といったような話。ラファエロとフォルナリーナ(マルゲリータ・ルーティ)との関係については、「一語楽天・美は乱調の蟻」というブログの記事(///)に詳しい。1894年4月にロシア中の画家が集った会議にて初演されたとのこと。アレーンスキイはイタリア語版とロシア語版の両方を作ったが、本盤はロシア語歌唱による全曲盤である。

ちなみに、この作品のリハーサル中、アレーンスキイは当時勤めていたモスクワ音楽院の女子学生と恋仲になり、ちょっとしたスキャンダルになったという。その結果、音楽院を辞職する羽目になったそうだが、作品中のラファエロに良からぬ影響でも受けたのだろうか。

アレーンスキイらしい憂いを湛えつつも澄み切った抒情は、本作でも存分に発揮されている。アレーンスキイの旋律は器楽に適しているのだろうか、歌手よりもオーケストラに耳を奪われてしまう。随所で遠慮なく暴発しつつ、甘美な音楽を臆面もなく高らかに歌い上げるスミルノフの指揮は、いかにも旧き佳きソ連の流儀である。もちろん、ドルハーノヴァをはじめとする歌手陣も立派な出来である。劣悪と言ってよい録音状態には不満が残るが、ロシア音楽が好きなら一度は聴いておいて損のない作品、そして演奏である。

こうなると、「馬あぶ」も聴きたくなってしまう…

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社会主義リアリズム三昧

  • アレーンスキイ:交響曲第1番、組曲第1番 セローフ、イヴァーノフ/モスクワ放送SO (EMI ASD 3642 [LP])
  • フレーンニコフ:バレエ「軽騎兵のバラード」(組曲) フェドセーエフ/モスクワ放送SO (eurodisc 206 406-425 [LP])
  • カバレーフスキイ:カンタータ「わが祖国」、カンタータ「明日の歌 春と平和」、歌曲(学生時代、おやすみ、幸せ) キタエーンコ、カバレーフスキイ/モスクワPO 児童合唱団“春” (Melodiya C10 22421 000 [LP])
  • アルテュニャーン:トランペット協奏曲、クリューコフ:トランペットと管弦楽のための協奏的詩曲、ヴァーインベルク:トランペット協奏曲 ドクシーツェル (Tp) ロジデーストヴェンスキイ、ジュライティス/ボリショイ劇場O (Melodiya C10 02273 009 1968 [LP])
  • My Boundless Motherland(ドゥナエーフスキイ:祖国の歌、ホールミノフ:レーニンの歌、トゥリコフ:我ら、共産主義者、バスネル:労働者階級は行進する、ショスタコーヴィチ:E.ドルマトーフスキイの詩による4つの歌曲より「祖国は聞いている」、フレーンケリ:ロシアの曠野、ロシア民謡:カリーンカ、ノーヴィコフ:星に向かって、ロシア民謡:雪の山で、ポノマレーンコ:その歌は何処で聴けるの、ロシア民謡:行商人) (Melodiya 33CM-03745-6 [LP])
  • ディレーツキイ:Solemn Song「 Glorify the name of the Lord」、クレスチヤーニン:Befittingly、カラーシニコフ:12声部のコンツェルト「ヘルヴィームの歌」、ベレゾーフスキイ:Do not reject me in my old age、ボルトニャーンスキイ:ヘルヴィームの歌第7番、コンツェルト第24番「I lift up my eyes to the hills」、ヴェーデリ:コンツェルト第3番「How long, O Lord, how long wilt thou forget me?」 ユルローフ/ロシア共和国合唱団 (EMI ASD 3102 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番、ボロディーン:弦楽四重奏曲第2番 ブルガリアQ (Harmonia Mundi HMO 34.709 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの、11月到着分。ここ数ヶ月、何かとばたばたしていたせいか、LPに針を落とすのは久し振りのような気がする。

アレーンスキイの甘美な音楽は、グラズノーフと並んで僕の愛好するところだが、交響曲第1番も期待に違わぬ憂愁の旋律美に満ちた素敵な作品である。セローフのやや直情的な演奏も、作品の若々しい魅力を率直に伝えてくれる。カップリングの組曲第1番も同様だが、イヴァーノフに剛毅でスケールの大きな演奏を期待していただけに、よくまとまった普通の演奏ではあるものの、どこか肩透かしをくらった感じ。もちろん悪くはないのだが、この曲に関してはスヴェトラーノフ盤の方が良い。


フレーンニコフの「軽騎兵のバラード」は、スヴェトラーノフお得意のアンコール・ピースでもある「アダージョ」しか聴いたことがなかった。できれば全曲盤が欲しいところではあったが、この組曲(編者は分からなかった)も20曲が抜粋されているので、とりあえずは良しとしよう。誰もが口ずさめるような分かりやすく平易な旋律に、大仰で華やかなオーケストレイション、程よく民族臭が散りばめられた和声とリズムなど、まさに「社会主義リアリズム」の極致と言っても構わないだろう。こういう曲をやらせたら、フェドセーエフは天下一品だ。


カバレーフスキイの児童合唱用の作品集も、「社会主義リアリズム」のお手本のようなアルバムだ。2曲のカンタータは、一聴しただけでは明確に区別できないほど曲調や構成などがよく似ている。音楽史上にその名を轟かせるような作品ではないが、ソ連音楽のある時代の特徴が凝集した作品と言うことはできるだろう。カバレーフスキイ自身が伴奏をした3つの歌曲は、映画音楽や劇音楽などからの抜粋なのか、元から児童合唱用に作曲されたものなのか定かではないが、伴奏のオーケストレイションも含めていずれも魅力的な小品である。


ドクシーツェルが独奏を務めた現代ソ連トランペット協奏曲集は、彼のアルバムがいつもそうであるように、ドクシーツェルの圧倒的な名技を堪能すべき内容。有名なアルテュニャーンの協奏曲は言うまでもなく、クリューコフの幾分地味な作品でも、ドクシーツェルの華麗な音楽が惜しげもなく繰り広げられる。とはいえ、このアルバムのメインはヴァーインベルクの協奏曲だろう。ショスタコーヴィチ風の瞑想から民族色が暴発し続ける狂喜乱舞まで、ヴァーインベルグの音楽の諸相を適切に音化しつつも、その全てをドクシーツェル色に染めてしまう音楽性と個性の強烈さが素晴らしい。


恐らくはソ連時代の愛国歌集と思われるアルバムが、リストの中にあった。そこにショスタコーヴィチの名前が挙がっていたので、既に架蔵済みの音源である可能性が高いと思いつつもオーダーしてみた。届いた現物を確認してみると、「My Boundless Motherland(広大なる我が祖国)」というタイトルで、アエロフロート社50周年を記念して制作・頒布されたアルバムであった。雰囲気から察するに国外からの旅行者を対象としているようだが、搭乗者全員に無償で渡されたのか、それとも機内販売のような形で希望者だけが購入したものなのかは判然としない。それはともかく、ソ連大衆歌曲の粋を集めた内容は、単なるお土産の域を超えている。イヴァーン・ペトローフの雄大極まりない「祖国の歌」の名唱に、「リェエーニィイーン」の甘美な連呼が次第に理性を蝕んでいく「レーニンの歌」と続く最初の2曲で、ソ連大衆歌曲の世界が畳みかけるように聴き手の心身を縛り付けてしまう。残念ながら目当てのショスタコーヴィチは、ガガーリンが宇宙で歌ったとされる「祖国は聞いている」の有名な録音で、予想通りの結末であったが、いかにもな愛国歌が並べられたA面の威力は相当なものである。一方のB面は、映画音楽などの大衆歌謡と古典的なロシア民謡とが交互に並べられた構成。とりわけ憂愁のロシア情緒が惜しげもなく垂れ流される歌謡曲は、抗い難いほど魅力的だ。映画「小悪魔たちの大冒険」(1969年)の挿入歌「ロシアの曠野」のグリャーェフ、「星に向かって」のズィーキナ、「その歌は何処で聴けるの」のヴォローネツといった、当時のソ連で人気のあった歌手達の雰囲気豊かな歌唱も素晴らしい。音源の選択が実に絶妙なアルバムだ。



映画「小悪魔たちの大冒険」より
Новые приключения неуловимых
フレーンケリ:ロシアの曠野
グリャーェフ(歌)
ノーヴィコフ:星に向かって
ズィーキナ(歌)
ポノマレーンコ:その歌は何処で聴けるの
ヴォローネツ(歌)


濃厚なロシアの香りを堪能した後のクールダウンに、17~8世紀のロシア聖歌集というのは、期せずして良い選択となった。ボルトニャーンスキイ以外は今まで名前しか知らなかった作曲家ばかりで、各々の個性を明確に把握するには至らないものの、資料として十分に価値がある。ただ、ユルローフ/ロシア共和国合唱団の演奏が楽曲の時代様式をどれほど踏まえているかには疑問が残る。もちろん、いわゆるヒーリング・ミュージック風の聴き易さに文句を言うつもりはない。


ブルガリアQのショスタコーヴィチは、ディモフQ名義の架蔵済みLP(Columbia OS-2901-HA)と同一音源。技術的な怪しさはあるものの、それほど悪くない演奏である。

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tag : USSR大衆歌曲 作曲家_Arensky,A.S. 作曲家_Khrennikov,T.N. 作曲家_Kabalevsky,D.B. 作曲家_Weinberg,M. 演奏家_Dokschitzer,T.A. その他_正教会

アレーンスキイ:組曲第1&3番他/リームスキイ=コールサコフ:交響曲第1~3番他

  • アレーンスキイ:組曲第1、3番、歌劇「ナルとダマヤンティ」序曲 スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya SUCD 10-00148)
  • リームスキイ=コールサコフ:交響曲第1番、第2番「アンタール」(1875年版) スヴェトラーノフ/ロシア国立SO (RCA 09026 62558 2)
  • リームスキイ=コールサコフ:交響曲第3番、音画「サドコー」、歌劇「ムラーダ」より「貴族たちの行列」、歌劇「プスコーフの娘」序曲、歌劇「皇帝の花嫁」序曲、歌劇「サルタン王の物語」より「3つの奇跡」 スヴェトラーノフ/ロシア国立SO (RCA 09026 62684 2)
6月25日および7月3日の続き。スヴェトラーノフが指揮した19世紀ロシアの音楽を3枚聴く。

モスクワ楽派の系譜を辿ると、チャイコーフスキイとラフマニノフとを繋ぐ位置にいるのがアレーンスキイとS. タネーエフである……と思っているのだが、恥ずかしながら両者ともにその作品をあまり知らない。「作曲者名A」の棚から順に音盤の物色を始めたら、いきなり目についたのが「Anthology of Russian Symphony Music」シリーズの第1巻である、このCDであった。アレーンスキイについては他に迷うような音盤もなく、すぐに確保。組曲は元来2台ピアノのための作品だが、アレーンスキイ自身が管弦楽編曲したもの。第1番は、いかにも若書きの冗長な作品だが、平明な旋律の美しさにアレーンスキイの個性を窺うことができる。代表作でもあるピアノ三重奏曲第1番などと同じ時期に書かれた第3番は、とても魅力的な作品である。第9変奏「夜想曲」などは、いささか俗っぽいが、でもたまらなく素敵で印象に残る。やはり同じ頃の作品であるチャイコーフスキイの主題による変奏曲(弦楽四重奏曲第2番の第2楽章を弦楽合奏用に編曲したもの)と同じく、憂愁の美しさが際立つ佳品と言ってよいだろう。「ナルとダマヤンティ」序曲も、とても良い。



リームスキイ=コールサコフは、たとえば「シェヘラザード」のような有名曲はそれなりに知っているものの、決して知られていないわけではない3曲の交響曲は聴いたことがなかった。スヴェトラーノフがソ連崩壊後間もない1993年にRCAレーベルに録音した2枚が揃って棚に並んでいたので、これもまた迷わず確保。

交響曲と「サドコー」は、いずれも20代の内に仕上げられた若書きの作品である。ただし、交響曲第3番だけは、彼がサンクト・ペテルブルグ音楽院の教授に就任して以降の作品である。音楽院に加わったリームスキイ=コールサコフは、“力強い一団”の特徴でもあったディレッタンティズムを完全に払拭しようと努めた。その表れの一つが、初期作品の度重なる改訂である。交響曲第1番、「サドコー」、そして「アンタール」(交響曲第2番)には複数の版が遺されている。

便利なことに、IMSLPのサイトで異稿のいくつかを閲覧することができる。リームスキイ=コールサコフの全創作を俯瞰するには初稿も聴いておきたいところだが、普通に鑑賞するだけならば最終稿だけで十分だろう。本盤でスヴェトラーノフが演奏しているのも、いずれも最終稿である。「アンタール」は第2稿(1875年版、ただし、ジャケットには1876年版と記されている)と表記されているのだが、スコアを見る限りは最終稿=第3稿(1897年版)である。IMSLPでは3つ全ての版が閲覧可能であり、第2稿と第3稿のファイルが入れ違いになっているなどの問題がない限りは、本盤が第3稿であることに間違いはない。インターネットを検索してみても、このスヴェトラーノフ盤は第2稿であるという情報しかなく、どうも釈然としない。

さて、本盤に収録されている作品はいずれも独特の東洋情緒を湛えた、いかにもリームスキイ=コールサコフらしいものばかりである。ただ、「シェヘラザード」でもそうだが、彼の音楽は旋律や構成よりも絢爛豪華な管弦楽の響きで聴かせる部分が多く、その意味では、改訂後とはいえ、散漫な印象しか残らないのも致し方のないところだろうか。しかしスヴェトラーノフの演奏は、こうした弱点を補って余りある素晴らしいもの。柄の大きな表情が、スコアを超えた効果をスコアから引き出している。版の問題を別にするならば、これらの作品については本盤さえ聴けば十分だ。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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