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いまさらながら、2010年代前半の注目盤

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 ネルソンス/バーミンガム市SO (Orfeo C 852 121 A)
  • ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1&2番 アルカディアQ (Orchid Classics ORC100036)
  • ベートーヴェン:弦楽四重奏曲全集 ベルチャQ (Alpha ALPHA262)
アリアCDで、目に付くままにオーダーしたものがまとめて届いた。

近年とみに評価を高めている指揮者の一人であるネルソンスは、音楽監督を務めているボストン響とショスタコーヴィチの交響曲を録音するプロジェクトを2015年から進行中だが、この第7番はそれに先立つ2011年のライヴ録音。ネルソンスの演奏は、アラベラ・美歩・シュタインバッハーの独奏によるショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番の録音で聴いたことがあるのみで、この音盤の印象が良くなかったため、世評が高くなってきてもなお触手が伸びなかった。

ところが、この第7番のライヴは、最良の意味においての現代的な演奏で、全楽章を通して非常に感じ入ってしまった。オーケストラの機能はそれほど高くないのだが、隅々まで目配りの行き届いたアンサンブルと、スコアを逸脱することなく、それでいて情感と熱量が十分に込められた音楽は、流麗かつ端正でありながらもスケールの大きなもの。両端楽章の心の底からの共感を窺わせる盛り上がりも素晴らしいが、中間の2つの楽章のニュアンスに満ちた音楽はこの演奏を際立たせており、特筆に値する。音楽の流れや佇まいを歪めることなく、ごく中庸で標準的なテンポを採りながらも、その内容の訴求力は群を抜いている。


ルーマニアの弦楽四重奏団であるアルカディアQのデビュー盤であるヤナーチェクの2曲は、これらの作品の決定盤と言いたくなるほどの完成度である。2014年の大阪国際室内楽コンクールで優勝する前の録音だが、2005年の結成後、既にいくつかの国際コンクールで華々しいキャリアを積んでおり、若々しさと同時に堂々とした貫禄も感じられる。

ヤナーチェクの“田舎臭さ”よりも、表現主義的な前衛的な響きが前面に押し出された演奏で、若きハーゲンQの録音を彷彿とさせるが、技術的な鮮やかさと完成度は比較にならないほど本盤の方が高い。時に暴力的なまでの刺激的な鋭い激しさが印象的だが、夢と不安が同居しているような弱奏部の雰囲気の表現力は圧倒的。スメタナQの秘技を尽くしたような老獪さとは対極にある演奏だが、晩年のヤナーチェクの精力に満ちた激しい若々しさを直截的に表出した、極めて印象的な名演である。


数度のメンバー交代を経て押しも押されぬ中堅団体となったベルチャQが、現在に至るメンバーになってから満を持してリリースしたベートーヴェンの全集は、知る人ぞ知るといった感じで、絶賛する人が少なくない割にその名が挙げられることがあまりなく、私もこれまで入手する機会がなかった。

ヴィブラートの抑制的な使用、弱音を活かした繊細な響き、洗練されたアンサンブル……といった現代の名団体に共通する長所を全て備えた、よく考え抜かれた演奏という印象である。初期から後期に至るまで、いずれの作品においても高い水準で仕上げられている。

しかし、あまりに弱音に拘り過ぎた結果、音楽の焦点がぼやけたり、過剰な緊張感が楽曲全体の集中力を削いだりする箇所が多いのは、私には受け入れられない。しかも、ほとんどのクレッシェンドの息が短く、急激に音量を増した結果のフォルテが悉く汚いのも気になる。たとえば第16番の第3楽章では、楽章全体が第2変奏のPiù lentoと同じ音量で、楽章の核となるこの変奏の印象が薄まっている上に、頂点のフォルテが鋭いだけで興を削いでいる。こうした弱音重視の意図はよく分かるのだが、やはり全体を俯瞰したデュナーミクのバランスが大切で、この全集に聴かれる極端な偏りは、むしろアンサンブル技術の誇示にしか聴こえない。

とはいえ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を聴く愉しみは、十分に味わうことができた。多くの全集ではほぼ番号順に収録されているのに対し、本全集は1枚が1つの演奏会のような曲順で収録されているのも良い。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 作曲家_Beethoven,L.v.

【楽曲解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Streichquartett Nr. 16 F-dur, Op. 135
弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 作品135



 ベートーヴェン最後の弦楽四重奏曲となった第16番は、慢性的な内臓疾患に加えて甥カールの自殺未遂という事件もあり、心身共に破滅的な状況下で作曲されました。事件後に静養していたカールとグナイクセンドルフで過ごした2か月ほどの間に書き上げた後、わずか半年足らずで死を迎えることになります。この作品に対してしばしば用いられる「簡明さ」「軽さ」といった形容には、このような伝記的背景が強く投影されています。それはすなわち、第12~15番で示された人生の困難に対する巨大で強靭な意志と諦観との壮絶な葛藤を経て到達した「終着点」としての悟りの境地が、第16番に表れているとするものです。しかしながら、出版社とのやり取りの中で「“大きな作曲の構想”がたくさんある」と手紙に記していたベートーヴェンが、この時点で自身の創作活動の終わりを想定していたとは考えられません。むしろ、第1番 Op.18-1と第7番 Op.59-1という革新的な2つの曲集の嚆矢となった作品と同じヘ長調が採用されていることを踏まえると、第16番は新境地を拓いたベートーヴェンの新たな「始発点」と捉えるのが相応しいようにも思われます。
 やや小規模な展開部を持つソナタ形式の両端楽章にスケルツォと変奏曲が挟まれた4楽章の構成は、第12番以前の古典的な形式に回帰したように見えますが、全体の簡潔な佇まいとは裏腹に、様々な新機軸が随所に盛り込まれた、極めて精妙な作りになっています。第1楽章は軽やかな第1主題で開始されますが、断片的な動機によって形成された旋律は歌謡性とは程遠く、マーラーの交響曲第9番冒頭などと同種の旋律の残骸とでも呼ぶべきものです。開始早々現れるカデンツ(終止形)は再現部の始めと楽章の終わりでも繰り返され、まるで楽章が3度終わるかのような構成が、この楽章の断片的な印象を強めています。第2楽章に聴かれるリズムの狂騒(トリオ後半では同じ音型の反復が50小節近くに及ぶ)では、ベートーヴェンの偏執的な性向が抽象性へと昇華されています。第3楽章はベートーヴェンが得意とした変奏曲形式ですが、第2変奏「più lento」を中心とした三部形式と見做すこともできます。他の後期作品と同様、この緩徐楽章は全曲の核心です。終楽章の冒頭には「Der schwer gefaßte Entschluß(ようやくついた決心)」という見出しの下に、「Muss es sein?(そうあらねばならぬか?)」「Es muß sein!(そうあらねばならぬ)」という禅問答のようなテクストと、それぞれに対応したフレーズが記された譜表が付けられています。後者は、この作品の数ヶ月前に書かれた4声のカノンWoO 196の主題と同一です。この「Es muß sein!」音型は、第1楽章冒頭でヴィオラが奏でる動機の中にも組み込まれています。この謎めいた言葉の由来には様々な説や逸話がありますが、ベートーヴェンはこの第16番を皮切りに、後のロマン派を先取りした様々なモットーを持つ一連の曲集を構想していたのかもしれません。


シュペーテ弦楽四重奏団 第9回公演(2019年4月27, 29日)

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Beethoven,L.v. 演奏活動_DasSpäteQuartett

【楽曲解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Streichquartett Nr. 15 a-moll Op. 132
弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132



 ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲が実際に作曲されたのは第12→15→13→14→16番の順で、この順序に従って各曲の楽章数を見ると興味深いことに4→5→6→7→4となります。したがって、ベートーヴェンが古典的な4楽章制の雛形を打ち破った最初の野心作が、この第15番といえるかもしれません。
 印象的な4音の並び(J.S.バッハの音名象徴“B-A-C-H”やショスタコーヴィチの音名象徴“D-Es-C-H”などとよく似た性格を持つ)を主要動機とする第1楽章は、一応ソナタ形式の体裁は採っているものの、第12番の第1楽章と同様に随所で序奏部が抒情的な音楽の流れを分断するかのように挿入される独創的で劇的な構成となっています。メヌエットとスケルツォとの狭間を漂うような透明感を持った第2楽章は、中間部のバグパイプのような響きとロマン派を予感させる拍節感の揺らぎがとても印象的です。全曲の頂点であり、ベートーヴェンの後期四重奏曲を代表する楽章が、第3楽章です。作曲途中で持病の腸炎をこじらせて生死の境を彷徨った作曲家が「Heiliger Dankgesang eines Genesenen an die Gottheit(病癒えたる者の神への聖なる感謝の歌)」と記したリディア調(教会旋法の一つ)のコラールが、「Neue Kraft fühlend(新しい力を感じつつ)」と書かれた中間部を挟んで、自由に変奏されつつ繰り返されます。行進曲風の第4楽章は短く、レチタティーヴォ風の挿句を挟んでアタッカで第5楽章へと続きます。終楽章のロンド主題は、当初、交響曲第9番を器楽のみの作品として構想した時に終楽章の主題としてスケッチしたものを流用したといわれています。

シュペーテ弦楽四重奏団 第5回公演(2015年4月18, 25日)

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Beethoven,L.v. 演奏活動_DasSpäteQuartett

【楽曲解説】ベートーヴェン:大フーガ

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Grose Fuge B-dur Op. 133
大フーガ 変ロ長調 作品133



 ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲は、ハイドンやモーツァルトに代表される4楽章制の形式感から、ときに大きく逸脱していることがその特徴の一つです。中でも、6楽章から成る組曲風の第13番 作品130(1825)は、そうした後期四重奏曲の極致と言ってもよい自在さ、あるいは支離滅裂さを呈しています。全曲を締めくくる終楽章に740小節を超える長大なフーガが配置された楽曲構成は、当時の聴衆のみならず音楽家にも理解し難いものだったようで、後日ベートーヴェン自身が用意した別のフィナーレ(それでも493小節もある)と置き換えられ、当初のフーガは「大フーガ」というタイトルの独立した楽曲として別の作品番号が与えられました。現在では第13番の終楽章として演奏されることも少なくありませんが、本日は単独で演奏いたします。

 フーガの形式に対する異様なまでの執着は感覚的な心地よさを犠牲にすらしており、必ずしも耳に優しい音楽ではありません。暴力的な力強さで提示されるフーガ主題は、それぞれ異なる別のフーガ主題と組み合わされて3つの二重フーガを形成します。個々の動機は全曲を通して緊密に関連付けられていますが、一聴して把握できるような類のものではありません。それよりも、序奏→提示部第1主題(第1フーガ/急)→提示部第2主題(第2フーガ/緩)→展開部(第3フーガ/急)→経過部(第2フーガ)→再現部(第3フーガ)→経過部(第1フーガおよび序奏の断片)→結尾部(序奏および第3フーガ)という、ソナタ形式風の形式感を意識しながら、全体の劇的な構成を楽しまれるのがよいでしょう。

 とかく教条主義的に尊崇されることの多いベートーヴェンの後期四重奏曲の中でも異形の大作としてとりわけ特別視される作品ですが、無遠慮に叩き付けられる感情の奔流に身を委ねながら、それに抗うばかりか支配すらしようとする得体の知れない意志の強さを感じ取っていただければ、ロマン・ロランの「勝利の音楽」という一面的な捉え方では単純に割り切ることのできない、極めて人間臭い何かをこの音楽の中に見出していただけるのではないかと思います。

シュペーテ弦楽四重奏団 第4回公演(2014年4月12, 26日)

theme : クラシック
genre : 音楽

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【楽曲解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第12番

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Streichquartett Nr. 12 Es-dur Op. 127
弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 作品127



 「交響曲」「ピアノ・ソナタ」「弦楽四重奏曲」は、ベートーヴェンの創作の三本柱といわれます。経済的な困窮や難聴をはじめとする数々の病、さらには親族にまつわるいざこざに苦悩しつつ、ピアノ・ソナタ第32番作品111と交響曲第9番作品125をもってこれら二つのジャンルに別れを告げたベートーヴェンは、弦楽四重奏曲でその生涯を締めくくることになります。この後期四重奏曲(Die Späten Streichquartette)の嚆矢を飾る作品が、第12番です。

 4楽章の古典的な形式による平明で自然な姿を採りながらも極めて自由で独創的な内容に、最晩年の楽聖が至った境地を聴くことができます。第1楽章は清澄で抒情的な音楽ですが、まるでソナタ形式に抗うかのように提示部、展開部、再現部の前にMaestosoの重厚な和声が割って入ります。第2楽章は、主題と4つの変奏、コーダから成る変奏曲。交響曲第9番第3楽章の延長上にある、後期四重奏曲の神髄ともいえる幽玄の世界です。第3楽章の素朴なスケルツォにも、透明な寂寥感が漂っています。不思議な軽さを持つ第4楽章は型通りのソナタ形式ですが、コーダではやや唐突に気分が変わります。このような分裂した気分の相克が、この曲の特徴です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第1回公演(2011年9月19, 24日)

theme : クラシック
genre : 音楽

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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