【楽曲解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Streichquartett Nr. 15 a-moll Op. 132
弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132



 ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲が実際に作曲されたのは第12→15→13→14→16番の順で、この順序に従って各曲の楽章数を見ると興味深いことに4→5→6→7→4となります。したがって、ベートーヴェンが古典的な4楽章制の雛形を打ち破った最初の野心作が、この第15番といえるかもしれません。
 印象的な4音の並び(J.S.バッハの音名象徴“B-A-C-H”やショスタコーヴィチの音名象徴“D-Es-C-H”などとよく似た性格を持つ)を主要動機とする第1楽章は、一応ソナタ形式の体裁は採っているものの、第12番の第1楽章と同様に随所で序奏部が抒情的な音楽の流れを分断するかのように挿入される独創的で劇的な構成となっています。メヌエットとスケルツォとの狭間を漂うような透明感を持った第2楽章は、中間部のバグパイプのような響きとロマン派を予感させる拍節感の揺らぎがとても印象的です。全曲の頂点であり、ベートーヴェンの後期四重奏曲を代表する楽章が、第3楽章です。作曲途中で持病の腸炎をこじらせて生死の境を彷徨った作曲家が「Heiliger Dankgesang eines Genesenen an die Gottheit(病癒えたる者の神への聖なる感謝の歌)」と記したリディア調(教会旋法の一つ)のコラールが、「Neue Kraft fühlend(新しい力を感じつつ)」と書かれた中間部を挟んで、自由に変奏されつつ繰り返されます。行進曲風の第4楽章は短く、レチタティーヴォ風の挿句を挟んでアタッカで第5楽章へと続きます。終楽章のロンド主題は、当初、交響曲第9番を器楽のみの作品として構想した時に終楽章の主題としてスケッチしたものを流用したといわれています。

シュペーテ弦楽四重奏団 第5回公演(2015年4月18, 25日)

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genre : 音楽

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【楽曲解説】ベートーヴェン:大フーガ

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Grose Fuge B-dur Op. 133
大フーガ 変ロ長調 作品133



 ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲は、ハイドンやモーツァルトに代表される4楽章制の形式感から、ときに大きく逸脱していることがその特徴の一つです。中でも、6楽章から成る組曲風の第13番 作品130(1825)は、そうした後期四重奏曲の極致と言ってもよい自在さ、あるいは支離滅裂さを呈しています。全曲を締めくくる終楽章に740小節を超える長大なフーガが配置された楽曲構成は、当時の聴衆のみならず音楽家にも理解し難いものだったようで、後日ベートーヴェン自身が用意した別のフィナーレ(それでも493小節もある)と置き換えられ、当初のフーガは「大フーガ」というタイトルの独立した楽曲として別の作品番号が与えられました。現在では第13番の終楽章として演奏されることも少なくありませんが、本日は単独で演奏いたします。

 フーガの形式に対する異様なまでの執着は感覚的な心地よさを犠牲にすらしており、必ずしも耳に優しい音楽ではありません。暴力的な力強さで提示されるフーガ主題は、それぞれ異なる別のフーガ主題と組み合わされて3つの二重フーガを形成します。個々の動機は全曲を通して緊密に関連付けられていますが、一聴して把握できるような類のものではありません。それよりも、序奏→提示部第1主題(第1フーガ/急)→提示部第2主題(第2フーガ/緩)→展開部(第3フーガ/急)→経過部(第2フーガ)→再現部(第3フーガ)→経過部(第1フーガおよび序奏の断片)→結尾部(序奏および第3フーガ)という、ソナタ形式風の形式感を意識しながら、全体の劇的な構成を楽しまれるのがよいでしょう。

 とかく教条主義的に尊崇されることの多いベートーヴェンの後期四重奏曲の中でも異形の大作としてとりわけ特別視される作品ですが、無遠慮に叩き付けられる感情の奔流に身を委ねながら、それに抗うばかりか支配すらしようとする得体の知れない意志の強さを感じ取っていただければ、ロマン・ロランの「勝利の音楽」という一面的な捉え方では単純に割り切ることのできない、極めて人間臭い何かをこの音楽の中に見出していただけるのではないかと思います。

シュペーテ弦楽四重奏団 第4回公演(2014年4月12, 26日)

theme : クラシック
genre : 音楽

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【楽曲解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第12番

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Streichquartett Nr. 12 Es-dur Op. 127
弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 作品127



 「交響曲」「ピアノ・ソナタ」「弦楽四重奏曲」は、ベートーヴェンの創作の三本柱といわれます。経済的な困窮や難聴をはじめとする数々の病、さらには親族にまつわるいざこざに苦悩しつつ、ピアノ・ソナタ第32番作品111と交響曲第9番作品125をもってこれら二つのジャンルに別れを告げたベートーヴェンは、弦楽四重奏曲でその生涯を締めくくることになります。この後期四重奏曲(Die Späten Streichquartette)の嚆矢を飾る作品が、第12番です。

 4楽章の古典的な形式による平明で自然な姿を採りながらも極めて自由で独創的な内容に、最晩年の楽聖が至った境地を聴くことができます。第1楽章は清澄で抒情的な音楽ですが、まるでソナタ形式に抗うかのように提示部、展開部、再現部の前にMaestosoの重厚な和声が割って入ります。第2楽章は、主題と4つの変奏、コーダから成る変奏曲。交響曲第9番第3楽章の延長上にある、後期四重奏曲の神髄ともいえる幽玄の世界です。第3楽章の素朴なスケルツォにも、透明な寂寥感が漂っています。不思議な軽さを持つ第4楽章は型通りのソナタ形式ですが、コーダではやや唐突に気分が変わります。このような分裂した気分の相克が、この曲の特徴です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第1回公演(2011年9月19, 24日)

theme : クラシック
genre : 音楽

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ガーウク指揮の「第九」他

  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番、モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番 コシツェQ (Opus 9111 1026 [LP])
  • ベートーヴェン:交響曲第9番、合唱幻想曲 ヴィシネーフスカヤ (S) ポスタフニチェヴァ (A) イヴァノーフスキイ (T) ペトローフ (B) リヒテル (Pf) ガーウク、K. ザンデルリンク/モスクワ放送SO、アカデミー・ロシアcho (Melodiya D 03652-0931 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの8月到着分。

ハンガリー領だった時代もあるスロバキアの都市「コシツェ」の名を冠したこの団体は、その名に相応しく、良い意味での田舎臭さを感じさせる懐かしい音色に惹かれる。いかにも大木正興氏あたりが「これぞ弦楽四重奏の響き」と絶賛しそうな音である。両曲共に解釈面でのこれといった特徴はないが、穏やかな佇まいで端正に紡がれる音楽は、一昔前の雰囲気を湛えつつ、魅力的である。


ガーウク指揮のベートーヴェンの第九は、終楽章がロシア語による歌唱という点で、よく知られた録音。かなり前にVeneziaレーベルが終楽章のみをCD化(ただし盤起こし)して復刻していたが、全曲がCD化されているかどうかは知らない。

率直に言ってゲテモノ狙いで聴き始めたのだが、意外なほど格調の高い真っ当なベートーヴェンで、聴き入ってしまった。もちろん、ロシア色の強い金管楽器の影響で、明らかに独墺圏の団体とは異質の響きではあるものの(ただし、ティンパニは非常に控えめで、やや肩透かし)、強靭な弦楽器を中心に据えたアンサンブルは、聴き応え十分。テンポはあまり大きく揺れることはないが、基本的に解釈は昔のものなので、現代の演奏解釈に慣れた耳にはロマンティックに過ぎるが、むしろそれを望む聴き手にとっては覇気や熱気が傑出した優れた演奏として好まれるに違いない。私は、特に第2楽章のスケルツォ的な雰囲気に感心した。なお、終楽章のロシア語は、さすがに何度も耳にしている曲だけに違和感は拭えないが、オーケストラの重厚にうねるような響きのせいか、聴き進めるにつれて、それほど気にはならなくなる。

カップリングの合唱幻想曲の方は、リヒテル独奏かつK. ザンデルリンク指揮ということもあってか、これまでにCD化されていたと記憶している。冒頭の圧倒的なピアノ・ソロから、終始、スケールの大きい情熱的な音楽が繰り広げられる。これもまた古いタイプの演奏だが、この楽曲を手に汗を握りつつ一気呵成に聴かせてくれる稀有の演奏と言ってよいだろう。

なお、このベートーヴェン2曲の録音状態は、かなり悪いことを付記しておく。

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genre : 音楽

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ピリオド楽器のベートーヴェン

  • 大井浩明 時代楽器で弾くベートーベン(ベートーヴェン(リスト編):交響曲第3番より第1楽章、ベートーヴェン:選帝侯ソナタ第1番より第1楽章、ピアノ・ソナタ第20番より第2楽章、ピアノ・ソナタ第17番より第1楽章、ピアノ・ソナタ第23番より第1楽章、ベートーヴェン(ウィンクラー編):大フーガ) 大井浩明 (Pf) (2009.6.22 録画 [NHK BS-2 (2009.9.15)])
  • [NHK大阪放送局]
京都大学音楽研究会にいた頃の縁で、今でも大井さんから演奏会などの案内をいただいている。この番組も、大井さんご自身に教えてもらったもの。最初の放送は出張やら帰省やらで自宅にいなかったために録画できず、遅ればせながら2回目の放送を観た。

いわゆる“古楽”的なものに、僕自身は全くといってよいほど興味がない。それは音楽作品の嗜好がロマン派以降に偏っているのが大きな理由で、ピリオド楽器を嫌悪しているとか、バッハは眠たくなるとか、そういうことではない。ただ、モダン楽器を使用しながら、過度にピリオド楽器の奏法を意識した演奏は嫌い。なぜなら、モダン楽器でピリオド奏法を模倣すると、大抵の場合、楽器の操作において多くを抑制しなければならないから。もちろん抑制が必要な音楽もあるが、逆に(当時の)楽器を壊さんばかりの力が迸る音楽もある。モダン楽器を二流以下のピリオド奏法で弾くと、その力が完全に失われてしまう。

だから、ピリオド楽器によるベートーヴェン演奏は、嫌いではないが、モダン楽器の力強さの方により惹かれるので、どうしても関心が薄くなってしまう。だが、この大井さんの番組は、楽曲の様式や性格に応じて楽器を取り替えていくことによって、楽器自体の面白さだけではなく、作品の面白さをも喚起していたという点でとても興味深かった。大井さんの語り口は、相変わらず学生時代そのままだったけど。

エロイカのリスト編曲とか、大フーガの編曲なんかを嬉々として弾いている姿に昔を思い出しつつ、今後のさらなる活躍を祈念したい。

僕自身はピアノを弾かないが、一緒に番組を見ていた奥さんが「8番の編曲を弾いてみたい」と言ったので、早速Amazonで6~9番の方を購入。弾けないながらも9番の3楽章なんかは和声を鳴らすだけで感動してしまう。



追伸:『ショスタコーヴィチの証言』の訳者でもあった水野忠夫氏が亡くなったそうだ。ショスタコーヴィチも今日で103歳。確実に、時は流れている。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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