ギレリス、ロジデーストヴェンスキイらによるソ連音楽

  • アレーンスキイ:ピアノ協奏曲 カプラン (Pf) ハーイキン/モスクワPO (Melodiya 33C 235-236 [10"mono])
  • カバレーフスキイ:ピアノ・ソナタ第2番、ヴァーインベルグ:ピアノ・ソナタ第4番 ギレリス (Pf) (Melodiya M 10-42715-D-07938 [LP])
  • ロクシン:交響曲第11番、アルティオーモフ:13人の協奏曲、グバイドゥーリナ:カンタータ「ルバーイヤート」 ソコレンコ (S) ヤコヴェンコ (Br) メシシャニノフ (Pf) ロジデーストヴェンスキイ/アンサンブル・ソリスツ (Melodiya C 10-15059-60 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの6月到着分。

アレーンスキイ最初期の作品であるピアノ協奏曲は、ショパンの第2番の影響を受けているという話を聞いたことがあったが、まさかこれほど似ているとは思わなかった。特に第2楽章などは、そのままである。とはいえ、甘美な旋律を彩る和声の煌めきにはアレーンスキイらしさが感じられ、単なる亜流として無視するには惜しい作品である。カプランの、幾分田舎臭さを残した武骨な演奏は、表面的な美しさの再現に留まらず、内なる情念を素直に表出していて好ましい。


ギレリスが弾いたソ連のピアノ・ソナタ2曲は、どちらも作曲家の個性が存分に発揮された佳曲であると同時に、ギレリスの音楽的な個性も色濃く投影された逸品である。これでもかと通俗的な楽想を、しかしもっともらしい雰囲気に仕立てて繰り出すカバレーフスキイ、民族的な熱狂を憚ることなく曝け出すヴァーインベルグ、重量感のあるメタリックな響きで猪突猛進するギレリス。好き嫌いが大きく分かれそうな強烈な個性を持った3人の音楽家の饗宴といった感じが楽しい。


ロジデーストヴェンスキイによる現代ソ連作品集は、ショスタコーヴィチをはじめとするソ連第1世代に続く第2世代の作曲家の内、知名度の高い3人の有名曲を集めた内容である。ロクシンは11曲の交響曲を残しているが、その最後となる第11番は、交響曲というにはややスリムな感じはするものの、主題と8つの変奏から成る管弦楽曲である。ソプラノ独唱の使い方が、とても美しい。「13人の協奏曲」は、アルティオーモフの出世作。前衛的な肌触りながらも、最終的にはカバレーフスキイやヴァーインベルグの狂乱に通じていく様が面白い。カンタータ「ルバーイヤート」も、グバイドゥーリナ初期の傑作の一つ。ライナーの情報からは、11世紀ペルシャの詩人ウマル・ハイヤームによる同名の四行詩集とどのような関係があるのか知ることができなかったが、タタール共和国生まれのアイデンティティを感じさせる標題であることは確か。自己の作風を確立しつつあった時期の作品だけに、後年の作品を想起させる響きの作りと、青臭いまでに前衛的であろうとする音楽の運びが興味深い。他の演奏を知らないので聴き比べのしようがないが、さすがにロジデーストヴェンスキイはいずれの曲もそつなくまとめあげている。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Arensky,A.S. 作曲家_Kabalevsky,D.B. 作曲家_Weinberg,M. 作曲家_Gubaidulina,S.A.

ポスト・ショスタコーヴィチを色々と

  • ヴァーインベルグ:シンフォニエッタ第1番、ペイコー:交響曲第4番 スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 33D-018975-76 [LP])
  • ボイコ:グツール狂詩曲、カルパチア狂詩曲、ヴォルガ狂詩曲、ジプシー狂詩曲 A. コールサコフ (Vn) D. サーハロフ (Pf) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 249 012 [LP])
  • シチェドリーン:ポエトリア ヴォズネセーンスキイ (朗読) ズィーキナ (歌) グスマン/モスクワ放送SO & cho. (Melodiya 33 C 10-04943-4 [LP])
  • ティーシチェンコ:交響曲第3番、「スズダリ」 ブラージコフ/キーロフ劇場CO他 (Melodiya 33CM 01973-74 [LP])
  • ヒンデミット:室内音楽第3番(チェロ協奏曲)、ヴェーベルン:チェロとピアノのための3つの小品、デニーソフ:チェロとピアノのための3つの小品、グバイドゥーリナ:デットーII モニゲッティ (Vc) A. リュビーモフ (Pf) キタエーンコ/モスクワPO ニコラエフスキイ/室内管弦楽団 (Melodiya 33 C 10-10167-68 [LP])
  • リュリ:歌劇「カドモスとヘルミオネ」序曲、Jean Douay:Cour de Versailles sous Louis XIVより「序曲」と「踊り」、ショスタコーヴィチ:前奏曲、前奏曲とフーガ、ジョスカン=デ=プレ:モテットと王室ファンファーレ、ケミーベシュ:エピローグ フランス国立管弦楽団金管五重奏団 (Disques Corélia CC 78010 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、ルーセル:シンフォニエッタ、ゲンツマー:シンフォニエッタ ゾルテル (Pf) シュナッケンベルク (Tp) ゲルミニ/ゲルミニO (RBM 3024 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの12月到着分。

ヴァーインベルグのシンフォニエッタ第1番は、いかにも彼の初期作品らしくユダヤ風の民族舞踊が炸裂する、ハイテンションな音楽である。それでいて、それぞれに個性的な4つの楽章が一つの作品としてまとめられているところに、ヴァーインベルグの非凡さが窺える。こうした熱狂の奔流を振らせたら、スヴェトラーノフの右に出る者はそう多くない。

ペイコーはミャスコーフスキイの弟子でショスタコーヴィチの助手としてモスクワ音楽院で教鞭をとったこともある作曲家。8曲の交響曲が代表作とのことで、ここに収録された交響曲第4番も恐らくはペイコー中期の創作を代表する作品なのだろう。師匠ゆずりの渋い内省的な暗さと鋭い響きは、聴き手にも真摯に音楽と向き合うことを要求しているかのようであるが、その割には3つの楽章がいずれも似たような雰囲気で、全体に単調であるために聴いていて退屈する。


ボイコ(同じような名前で混乱しそうになるが)の狂詩曲集は、2009年11月13日のエントリーに記したように、ジャケットだけを先行入手した形になっていたもの。今回入手した音盤はオランダでプレスされたもので、ジャケットもラベルも別物である。

さて、ここに収録された4曲の狂詩曲は、作品番号からも分かるようにボイコのルーツであるウクライナの民族性(?)をテーマにした連作である。それぞれに「グツール(東カルパチア山脈に住むウクライナ人のこと)」、「カルパチア」、「ヴォルガ」、「ジプシー」といった明確な標題が与えられているが、描写音楽というよりはこれらの語から想起されるイメージを自由に謳い上げた音楽と捉えるべきだろう。独奏楽器の有無などの相違はあるが、基本的には4曲とも同じような音楽である。溢れんばかりの民族的な音調はどれも分かりやすく、華麗な盛り上がりと胸を打つ抒情とのバランスもよくとれている。いわば、典型的な社会主義リアリズムの作品と言ってよいのかもしれない。スヴェトラーノフはここでも見事な手腕を発揮しているが、逆に言えばスヴェトラーノフ以外の指揮でこれらの曲を聴いてみようという意欲は、申し訳ないが湧かない。


シチェドリーンの「ポエトリア」という作品は、寡聞にしてその存在すら知らなかった。「詩人のための協奏曲」という副題(?)の通り、ヴォズネセーンスキイの朗読を中心に、合唱と女声(ズィーキナ)を伴った管弦楽(響きは極めて室内楽的)がシチェドリーン独特の透明で鋭い音世界を繰り広げる。どのような背景で作曲されたのかは分からないが、意欲的な実験昨と言って良いだろう。ライヴ録音であるが、初演の記録かどうかは不明。いずれにせよ、朗読の比重が高いために再演の可能性はそれほど高くないかもしれない。詩の内容が分からないので、現時点では作品について云々するのは控えておきたい。


ティーシチェンコの交響曲第3番はE. フィッシャー/ムジチ・デ・プラハの音盤で知っていたが、フィッシャー盤のいかにも現代音楽風の冷たい肌触りに対し、今回入手したブラージコフ盤は小編成であることを感じさせないスケールの大きな歌が心に残り、聴後の印象は随分と異なる。どちらもこの作品の本質に迫った演奏だと思うが、ショスタコーヴィチの延長線上にあることを強く意識させるブラージコフ盤のロシア情緒は、僕の好むところ。

カップリングの「スズダリ」は、2008年12月15日のエントリーで紹介した録音と同一のものと思われる。


第5回チャイコーフスキイ国際コンクール(1974年)で第2位に入賞したモニゲッティのアルバムは、A面がドイツ、B面がソ連の(当時の)現代音楽で構成されている。技術的に確かな仕上がりで、いずれの曲もそのあるべき姿で鳴り響いているという安心感がある。ヴェーベルン風の簡潔な響きながらもロシアの香りが漂うデニーソフの小品もいいが、ウストヴォーリスカヤに通ずる音の強さが心に残るグバイドゥーリナの作品はより一層印象的である。


フランス国立管弦楽団の金管楽器奏者達による五重奏のアルバムは、編曲物を中心にオリジナル作品で締めるという。この編成ではよくある構成である。一昔前の世代ということもあってか、率直に言って技術的な水準は低い。また、これといった音色の特徴もないために、魅力を見出すのが難しい音盤であった。編曲自体はこの編成ならではの響きを生かしたものだが、リュリやジョスカン=デ=プレの曲はともかく、ショスタコーヴィチの2曲は明らかに技量不足で楽しめない。ケミーベシュの作品には、それほどの興味を抱けなかった。 


最後の一枚は、2008年8月15日のエントリーで紹介した音盤を誤ってダブり買いしてしまったもの。リストを「Shostakovich」で検索して反射的にオーダーしているせいで、極力注意をしているつもりでもこういった失敗はなくならない。認めたくはないが、歳のせいで記憶力が衰えてきているのかもしれない。気がつけば、今年は厄年である。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Weinberg,M. 作曲家_Peiko,N.I. 作曲家_Boiko,R.G. 作曲家_Shchedrin,R.K. 作曲家_Tishchenko,B.I. 作曲家_Denisov,E.V. 作曲家_Gubaidulina,S.A. 作曲家_Shostakovich,D.D.

【YouTube】グバイドゥーリナの協奏曲

YouTubeでシニートケ作品をチェックしている内に、グバイドゥーリナの名が引っかかった。シニートケ同様、気にはしているものの、体系立てて聴くには至っていない作曲家の一人なので、こうして気軽に視聴できる機会があるのは嬉しい限り。

1996年に作曲されたヴィオラ協奏曲は、シニートケの作品と同様に、ヴィオラにとっては宝物とでも言うべき名作であろう。恐らくはショスタコーヴィチを暗示するD-Esのモチーフから始まる単一楽章の作品は、断片的でありながらも訴求性の強いモノローグが、薄くも広がりのある響きの中で展開される、どこかショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタを連想させるものである。

バシメートの独奏は、貫禄としか言いようのない、素晴らしいもの。作品の真価が余すところなく表出されている。

(1)(2)
(3)(4)
グバイドゥーリナ:ヴィオラ協奏曲
バシメート (Vc)、ビシュコフ/ケルンWDR SO(ケルン・フィルハーモニー)


ヴィオラ協奏曲の約20年前、グバイドゥーリナ壮年期の1975年に作曲されたファゴット協奏曲も、YouTubeで視聴することができる。低音楽器だけの特徴的な編成ではあるが、その豊饒な色彩感は特筆すべきもの。音大生による演奏のようだが、作品をしっかりと把握した手堅い仕上がりに感心した。

第1楽章(1)第1楽章(2)~第2楽章
第3楽章第4楽章~第5楽章
グバイドゥーリナ:ファゴット協奏曲
M. Matushek (Fg)、G. Charette(指揮)
(2008年10月12日 オバーリン音楽院ワーナー・ホール)

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Gubaidulina,S.A.

アレクサーンドロフ・アンサンブルの地味なアルバム

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  • ノーヴィコフ:ロシア、A. アレクサーンドロフ:ウクライナの詩、ブラーンテル:山の向こうに陽が沈む、ショスタコーヴィチ:平和の歌(映画音楽「エルベ河での出会い」より)、ロシア民謡:Степь да степь кругом、通りは吹雪が吹いている、昇れ赤い太陽よ、七人のお婿さん プチコフ (T) セルゲーエフ (B) コズローフスキイ (T) ディデンコ (T) B. アレクサーンドロフ/アレクサーンドロフ歌と踊りのアンサンブル (Melodiya D 6161-2 [10"mono])
  • チャイコーフスキイ:「なつかしい土地の思い出」より「メロディ」、「スケルツォ」、ショスタコーヴィチ(ツィガーノフ編):4つの前奏曲、ヴィエニャフスキ:伝説曲、サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ ジューク (Vn) フークス (Pf) (MK D-4292-3 [10"mono])
  • ボワモルティエ:ファゴット協奏曲、マリピエロ:セレナータ(ファゴットと10の楽器のための)、グバイドゥーリナ:ファゴット協奏曲 ポポーフ (Fg) ロジデーストヴェンスキイ、メシャニノフ/ソヴィエト国立SOソリスト・アンサンブル (Melodiya 33 C 10-12749-50 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの8月到着分。

アレクサーンドロフ・アンサンブルのアルバムは、わりと地味な作品ばかりが収録されている。僕にとっては、ブラーンテルとショスタコーヴィチの作品以外は全て初めて聴くものばかり。お目当てだったショスタコーヴィチ作品は、既に所有しているものと同じ音源だと思われるので、初耳の作品を純粋に楽しんだ。「ロシア」の泥臭い叙情、「ウクライナの詩」の無駄に劇的な盛り上がりなど、このアンサンブルの魅力が全編通じて余すところなく発揮されている。

ジューク(Zhuk)のヴァイオリンは、精確で切れ味の鋭い典型的なロシア流儀のもの。この手の小品集には非常に相応しい。少々生真面目に過ぎるが、真摯で丁寧な演奏には好感が持てる。ただ、ピアノが終始控え目な“伴奏”に徹しているため、全体としてはおとなしい演奏になっているのが惜しい。

ポスト・ショスタコーヴィチの三羽ガラス的な触れ込みで我が国に紹介されたシニートケ、デニーソフ、グバイドゥーリナの3人だが、かろうじてシニートケの作品はいくつか聴いているものの、残る2人の作品は全くと言ってよいほど知らない。代表作が何かとか、名演かどうかといったことにこだわっていては、いつまでも広がらないので、とりあえず何かきっかけがあったら手当たり次第…というアプローチで新規開拓してみることに。今回初めて聴いたファゴット協奏曲は、手元にある数少ないグバイドゥーリナ作品の一つ「魂の時」とほぼ同時期に作曲されたもの。技法や内容における共通点などを見出したりする段階では全くないが、低音楽器にこだわった編成の地味ながらも美しく多彩な響きは、とても魅力的である。グバイドゥーリナ独特の形式感というか、展開のようなものがまだよく分からないので、作品の内容についてはコメントを差し控えたい。演奏は、少なくとも技術的な不満は皆無で、安心して音楽に身を委ねることができる。ボワモルティエとマリピエロは、どちらもファゴットが前面に押し出された、いわゆる協奏曲といった風情。作曲された時代は全く異なる2曲ではあるが、伸びやかで味のある音色に加えて、ロジデーストヴェンスキイの手堅くも自在な伴奏が光る。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : USSR大衆歌曲. 作曲家_Gubaidulina,S.A.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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