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未聴LP(6月分?)

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  • ロフグレン(グスタフソン編):Älvsborgsの歌、ショスタコーヴィチ(ハンスバーガー編):組曲「ボルト」より第2曲、ボルツォーニ(グスタフソン編):メヌエット、O. リンドベリ(グスタフソン編):古いfäbodの讃美歌、チャンス:朝鮮民謡の主題による変奏曲、P. Öjebo(グスタフソン編):民謡狂詩曲 グスタフソン/ボフォルス・バンド (Opus 3 79-03 [LP])
  • ムーソルグスキイ:禿山の一夜(リームスキイ=コールサコフ&レイボヴィツ編)、展覧会の絵(ラヴェル編)、サン=サーンス:交響詩「死の舞踏」 レイボヴィツ/ロイヤルPO、パリ・コンセール・サンフォニーク協会O (Quintessence PMC-7059 [LP])
  • グラズノーフ:弦楽五重奏曲 コヴァレフ(Vc) ショスタコーヴィチQ (Melodiya C10-16733-4 [LP])
  • ミャスコーフスキイ:弦楽四重奏曲第2&3番 タネーエフQ (Melodiya C10-18361-2 [LP])
  • ミャスコーフスキイ:弦楽四重奏曲第6&9番 タネーエフQ (Melodiya C10-19855 009 [LP])
  • ジャンケレヴィッチ,V.・大谷千正・小林 緑・遠山菜穂美・宮川文子・稲垣孝子(訳):フォーレ 言葉では言い表し得ないもの……,新評論,451p.,2006.
#aArs Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.|http://www.mikrokosmos.com/a#から、今月の頭に注文したものが、もう届いた。ここのところ、ショスタコーヴィチ作品の収穫がほとんどないのは寂しいが、こういう機会に未知の作品に手を出してみるのも、そう悪くはない。

ショスタコーヴィチ作品を収録したボフォルス・バンドのアルバムは、当該作品のみがOpus 3レーベルのサンプル盤(Opus 3 79-00 [LP])に収録されたものを架蔵済みではあったが、他に注文したい盤も見当たらなかったので、オリジナル盤を持っておくのも悪くないだろうと注文したもの。珍しい作品が大半を占めているので資料的価値はそれなりにあるのだろうが、技術水準がずいぶんと低いため、一般的な鑑賞にはお薦めできない。

ずいぶん昔のことになるが、許光俊氏が『音楽現代』誌で連載していた「奇想のカデンツァ」の中で紹介していた、レイボヴィツ指揮の「禿山の一夜」を発見。特別好きな作品でもなかったので、積極的に探すこともなかったのだが、せっかくの機会なので確保する。スコアを見てきちんと検証したわけではないが、編曲者としてリームスキイ=コールサコフ版の名前がクレジットされているものの、レイボヴィツによる再編集と言って構わないのではないだろうか。なんといっても、ウィンドマシンの使用が最大の特徴だろう。爆裂度ではチェクナヴォリャーン盤などの方がはるかに上だが、本盤に聴かれる異様なまでのおどろおどろしさは、他の追随を許さない。「展覧会の絵」と「死の舞踏」は、これに比べると常識的な音楽。もちろん悪くはないが、この演奏でなければ…というセールス・ポイントに欠ける。

グラズノーフの室内楽は、まだ未開拓の領域。シューベルトと同じ編成の弦楽五重奏曲があることも、今回初めて知った次第。25歳頃の若きグラズノーフによる作品だが、品の良い旋律美に惹かれる箇所は少なくないものの、全体のまとまりには欠ける感は否めない。初期のショスタコーヴィチQ(第2Vnが現在のピシュチュギンではなく、まだバラショフの頃)は、堅実かつ清潔な抒情を湛えた素敵な音楽を聴かせている。

ミャスコーフスキイの弦楽四重奏曲は、他に2枚ほどカタログに出ていたのだが、僕が確保できたのは残念ながらこの2枚だけ。全13曲中、これで8曲を聴いたことになる。最後期の作品はまだ聴いていないので、包括的にこれらの作品群を語ることはできないが、ミャスコーフスキイ特有の渋い甘さは、弦楽四重奏という分野にもはっきりと刻印されている。ただ、初期の作品では、4本の弦楽器から色彩感を引き出すことに成功していないため、作品の晦渋さだけが前面に出てしまう傾向にあるといえるだろう。今回聴いた第3番は抒情性が若干強いという点で、作品33の4曲の中では最も聴きやすい作品であった(もっとも、第4番だけは作曲年代が他の3曲とは異なっているので、むしろ第5番以降の作品と並べて論ずるべきかもしれない)。交響曲第20番の前に書かれた第6番は、たとえば交響曲第17番のような暗い甘美さを漂わせた魅力的な作品。終楽章に若干の弱さを感じたが、第4番までとは作品の完成度が全く違う。作曲年を辿ると第4番と第5番の間に数年のブランクがあり、第5番の約1年後に第6番が完成していることから、第5番で飛躍的に進歩したのではないかとも思われるが、肝心の第5番は未聴なので、この点についてはいつか確認したいと思う。第9番は、音楽的な内容と作曲技法的の両面において、今までに聴いた8曲の中で最も充実した作品であった。豊かな響きと、感傷的でありながらも深く心に訴えかけてくる旋律が、とても印象的。タネーエフQの演奏は、手堅く洗練された立派なもの。

最後に本を一冊。昨年の11月くらいに買ったまま、何となく読みそびれていたジャンケレヴィッチの大著を、ようやく読了。フォーレを(本格的に)知ったのは、大学に入ってすぐのこと。サークルの先輩達に、「フォーレ、聴いたことないの?是非聴くべきやで!」と言われて、早速EMIの室内楽全集を買ったのがきっかけだった。2回生になる春休み、パスキエ兄弟他によるピアノ四重奏曲第2番の実演に狂おしいほど昂奮したことも、懐かしい想い出。ステージで演奏したことがあるのはピアノ三重奏曲だけだが、実際に練習を始めると、とにかく和声の移ろいが面白く、それを丹念に辿っていくことに夢中になったものだ。本書の第1部「ガブリエル・フォーレの歌曲」は、その時の興奮を思い出させてくれる。こういう緻密な分析を勉強していたなら、当時もさらに充実した時間を過ごすことができたのかもしれない。実は、第2部「ガブリエル・フォーレのピアノ音楽と室内楽についての考察」というのが目当てで本書を購入したのだが、室内楽は事実上ピアノ四重奏曲第2番の1曲しか扱われていなかったのが、ちょっとだけ残念。第3部「曖昧さ、魂の安らぎ、そしてフォーレの作品の持つ魅力について」は、非常に面白かったが、同時に大変難解でもあった。また、改めてフォーレの音盤でもかけながら、ゆっくりと読み直してみたいと思う。評伝的な内容を求めるならば薦められないが、フォーレの音楽に対する愛情を一層深めてくれる名著といえるだろう。

音楽から沈黙へ フォーレ―言葉では言い表し得ないもの…音楽から沈黙へ フォーレ―言葉では言い表し得ないもの…
(2006/09)
ウラディミール ジャンケレヴィッチ

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Mussorgsky,M.P. 作曲家_Glazunov,A.K. 作曲家_Myaskovsky,N.Y. 作曲家_Fauré,G.

HMVの通販でまとめ買い

  • ムーソルグスキイ(ショスタコーヴィチ編):死の歌と踊り、ラフマニノフ:交響的舞曲 フヴォロストーフスキイ (Br) テミルカーノフ/サンクト・ペテルブルグPO (Warner 2564 62050-2)
  • ムーソルグスキイ(ショスタコーヴィチ編):歌劇「ボリース・ゴドゥノーフ」(抜粋) ケーゲル/ドレスデン・シュターツカペレ他 (Berlin Classics 0032622BC)
  • ムーソルグスキイ:子供部屋、プロコーフィエフ:A. アフマートヴァの詩による5つの歌曲、ショスタコーヴィチ:S. チョールヌイの詩による5つの風刺、ブリテン:詩人のこだま ロジャース (S) ヴィグノレス (Pf) (Hyperion CDA67355)
  • ヒンデミット:ヴィオラ・ソナタ 作品11-4、ブラームス:ホルン三重奏曲、ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲 バルサム (Pf) バローズ (Hr) ブタペストQ (Bridge 9175)
  • ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ、ヴィオラ・ソナタ プラウゼ (Vc) カスマン (Pf) (Calliope CAL 9326)
  • ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタ、レーガー:無伴奏ヴィオラのための組曲第1番、ヒンデミット:ヴィオラ・ソナタ 作品25-1 チャフダロフ (Va) ザハリエヴァ (Pf) (BIS CD-81)
  • ショスタコーヴィチ:歌劇「鼻」 ジョルダン/ローザンヌCO他 (Cascavelle RSR 6183)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 コフマン/ボン・ベートーヴェンO (MDG 337 1201-2)
2月23日付の本欄で、「ムーソルグスキイを何か聴きたくなって買い物に出かけたが、収穫がなかった」と書いた。その勢いでネットを検索していたのだが、さらに勢い余ってHMVの通販で注文してしまった。やはり店頭での出会いが楽しいのと、収拾がつかなくなるのが怖いので原則として通販には手を出さないのだが、今回も案の定、買い過ぎました…(^^;

まず、フヴォロストーフスキイの「死の歌と踊り」の新盤。これはライヴ録音なのだが、極めて完成度の高い名演だった。美しくも表情豊かなフヴォロストーフスキイの歌と、小技を利かせながらも流麗かつスケール大きな音楽を奏でるテミルカーノフの指揮とが、洗練されたムーソルグスキイの音楽世界を織り成している。フヴォロストーフスキイにはゲールギエフと演奏した旧盤もあり、そちらも素晴らしい演奏だったが、この新盤はそれを超える。交響的舞曲も同じ傾向の演奏で、これもまた素晴らしい。それにしても魅力的なプログラミングだ。こういうプログラムで日本公演もしてくれたらいいのに。

ケーゲル指揮の「ボリース」は、抜粋かつドイツ語歌唱とはいえ、貴重なショスタコーヴィチ版による録音。「ボリース」と「ホヴァーンシチナ」のショスタコーヴィチ版は、手を出すと他の版も含めた全盤蒐集に乗り出してしまいそうなので意図的に購入を控えていたのだが、ショスタコーヴィチ版に限れば録音点数も少ないと自分に強く言い聞かせてついに手を出してしまった。演奏そのものは、さすがケーゲルと唸らされる凄い出来。抜粋した曲(場面)の選択が一般的なのかどうかは僕にはわからないが、交響曲のような、と形容しても許されるほどの構成感と統一感で一気に聴かされてしまう。声楽の扱いのうまさはケーゲルならではだが、オーケストレイションの効果を実際の音として引き出す手腕にも感服。今まで聴かずに敬遠していたのが悔やまれる。

リリースされていたことに気づいていなかったのが、ロジャースのロシア歌曲集。彼女の歌は二種類の「ブローク歌曲集」で聴いたことがあり、その甘く美しい歌声が気に入っている。彼女の声質とショスタコーヴィチの「風刺」とはミスマッチのようにも思えたが、実際に聴いてみるとこういう可憐な歌唱もなかなかどうして悪くない。他の収録曲も同様の仕上がりだが、ブリテンの作品が一番彼女に合っているように思えた。

ブタペストQのライヴ・アルバムは、2nd Vnがゴロデツキー時代のメンバーによるもの。内声の2人をソリストとする2曲と全員が揃ってのショスタコーヴィチという、なかなか面白い演奏会である。僕はブタペストQの熱心な聴き手ではなく、主にベートーヴェンやブラームスなどの晩年の録音を中心にいくつか聴いただけだったので、音楽的にはともかく、技術的な水準は世評ほど高いとは思えないでいた。しかし、この壮年期の録音を聴いてその認識を改めた次第。なるほど、彼らが圧倒的な人気を獲得していた理由がわかる。ヒンデミットで聴かせるクロイトの名技や、四重奏団のスタイルそのままにロマンティックな歌を奏でるゴロデツキーのブラームス、そして集中度の高いショスタコーヴィチ。いずれも非常に高い水準の演奏である。ショスタコーヴィチでは少々ロマンティックに過ぎる部分もあって好みは分かれるだろうが、緊密なアンサンブルと造形の確かさは立派なもの。ピアノにはあまり主張が感じられないが、悪くはない。

プラウゼとカスマンによるソナタ集は、伸びやかに歌いつつも淡々と進められるヴィオラ・ソナタの雰囲気がなかなか良い。堅実で滑らかな演奏技術にも不満はない。チェロ版の中では優れた演奏と言えるだろう。一方のチェロ・ソナタは軟派な歌い口が、僕の好みではない。

チャフダロフ盤は、15年近くも買いそびれたままでいたもの。最近はあまり店頭で見かけなくなってきたので、この機会に購入してしまった。軋むような男性的なヴィオラの音色がなかなか素敵。小細工せずに淡々と音楽を紡ぐ演奏は悪くないが、ショスタコーヴィチでは少々物足りない。テンポの速さ以上に音楽が駆け足で過ぎ去っていくような印象を受ける。逆にレーガーやヒンデミットでは集中力の高さを感じさせて、一種鬼気迫るような仕上がりとなっている。

「鼻」の新譜は、今回の買い物の目玉でもあった。一部の語りはフランス語だが、ショスタコーヴィチが書いた部分は全てロシア語で歌われている。全体に落ち着いた響きになっているところで好みは分かれるかもしれないが、オーケストラの洗練度は、ロジデーストヴェンスキイの名盤をも凌ぐ。ライヴ録音ならではの熱気も楽しい。

コフマンによるショスタコーヴィチ・シリーズの第1作であった第10番は、なぜか店頭で見かけることがなく、この1枚だけが未架蔵であった。期待に違わぬ素晴らしい内容。淀みの無い音楽の流れと、素直な高揚感が傑出している。皮相な凶暴性に陥らない第2楽章の解釈のおかげで、全楽章の有機的な統一が実現されている。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 作曲家_Mussorgsky,M.P. 演奏家_Kegel,H.

今頃になって2月末の買い物録

  • 古い行進曲・ワルツ集(イズマイロフスキー近衛連隊行進曲、1815年のパリ行進曲、てき弾兵行進曲、郷愁、空中戦隊行進曲、歴史的行進曲、静かなる湖上で、ちぎれし弦、白昼夢、メランコリー、悲しき夜、運命) ナザロフ、セルゲーエフ/ソヴィエト国防省吹奏楽団 (Melodiya CM 03211-12 [LP])
  • ムーソルグスキイ(ショスタコーヴィチ編):歌劇「ボリース・ゴドゥノーフ」 ライチェフ/パリ・オペラ座O他 (Dreamlife TE-S160 [LD])
  • モーツァルト・エディション第11集(リタニア、ヴェスペレ、オラトリオ、カンタータ他) (Philips 464 870-2)
この年度末は、珍しく出張が続いた。会議で東京に行ったついでに、空き時間で神保町を散策。お決まりのコースに従い、古賀書店をチェック(『証言』のドイツ語版を購入)した後、新世界レコード社を覗いた。雑然とロシア系の物産品が並べられている様子は、これはこれで楽しい。子供のお土産にチェブラーシカの塗り絵と、何となく目に留まったLPを一枚購入。ソヴィエト国防省吹奏楽団による、あまり聴く機会のない作品集だが、どこか安っぽい感傷が漂うワルツと、独特の重量感と無機質感のある行進曲のどちらも、その筋の方にはたまらない雰囲気に満ちている。

あまり時間がなかったので、神田古書センタービルの裏手にある、ササキレコード社を数年ぶりに物色して今回の散策は終わりにした。わりと適当に小品を眺めていただけだが、「ボリース・ゴドゥノーフ」のショスタコーヴィチ版唯一のLDを発見。かつて店頭では16,800円という高額で売られていたために貧乏学生には手が出ず、そのまま入手難になってしまっていたもの。今回は約半額の8千円で購入。オペラにはあまり親しんでいないために演出の良し悪し等についてはよくわからないが、ここに収録された1980年パリ・オペラ座での公演は、ボリショイ風の壮麗さとはまた別の、近代的な煌きを感じさせる舞台がなかなか面白い。演奏も優れたもので、ムーソルグスキイの音楽世界が見事に描出されている。それだけに、ショスタコーヴィチ独特のオーケストレイションが効果的で、この版の特徴と魅力を知るに十二分な内容を持っている。DVD化が期待される。

モーツァルトの宗教曲を集めたBOXも、ようやく完聴した。興味津々だったのはフリーメイソン関係の一枚(CD 11)だが、案外普通の美しい曲ばかりで拍子抜け。他の作品も、もちろん素敵な音楽で、十分に美しく達者な演奏なのだが、先のケーゲル担当分のように新たな発見をすることはなかった。ちょっと残念。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Mussorgsky,M.P. 作曲家_Shostakovich,D.D.

ショスタコーヴィチ三題

  • ムーソルグスキイ:歌劇「ホヴァーンシチナ」より前奏曲(リームスキイ=コールサコフ編)、死の歌と踊り(ショスタコーヴィチ編)、展覧会の絵(ラヴェル編) レイフェルカス (Br) テミルカーノフ/ロイヤルPO (RCA 82876-59423-2)
  • ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番、ヴァイオリン協奏曲第1番 ロストロポーヴィチ (Vc) L. コーガン (Vn) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Dreamlife DLVC-1150 [DVD])
  • ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ、ヴィオラ・ソナタ クニャーゼフ (Vc) ヴォスクレセンスキー (Pf) (Exton OVCL-00202)
家人に頼まれてシンデレラのDVDを予約しに、Tower Records梅田店へ。妻がVHSを持っているものの、これがどうやら随分と貴重なものらしく、娘が繰り返し観る度に文字通り身を磨り減らす思いをしていたようだが、これでめでたく何度でも観せてやることができる。…という口実の元に、何の気兼ねをすることもなく堂々とCD屋へ足を運ぶ。

今回の最大の収穫は、長らく探していたが廃盤で見つからなかったレイフェルカス&テミルカーノフの「死の歌と踊り」を見つけたこと。RCAの“Classic Library”というシリーズの一枚として復刻された模様。一聴して、とにかくレイフェルカスの張りのある美声に惹きつけられる。もちろん表面的な美観に終始せず、ムーソルグスキイ独特のロシア魂が力強く歌い上げられていることは言うまでもない。しなやかでありながら厳しい響きを奏でているオーケストラも立派。極めて完成度の高い名演である。それにしても、本当に素晴らしい曲だ。カップリングの2曲もなかなか秀逸。特に「展覧会の絵」はスケールが大きく、それでいて流麗な流れに貫かれた格調高い美演。ロシア情緒やエグさのある咆哮にも不足することなく、この曲の一二を争う名盤だと思う。

Dreamlifeのスヴェトラーノフ・シリーズ、9月発売分は2曲の協奏曲である。特にチェロ協奏曲第2番は初演ライヴの演奏であり、第3楽章のクライマックスの一部だけショスタコーヴィチの伝記映画などで目にしていただけに、まさに待望のお宝映像である。残念ながら、たとえば第2楽章冒頭の数小節分が欠落しているなどのキズは少なくないのだが、この映像の持つ歴史的な価値と演奏自体の素晴らしさの前では、細かにそうした指摘をするのは無粋というものだろう。リズム構造が複雑な作品だけにスヴェトラーノフもいつも以上にかっちりとした棒を振っているが、第3楽章の頂点などでは全身で音楽の強さを表現し、オーケストラから莫大なエネルギーを引き出しているのに感心した。これは、ヴァイオリン協奏曲第1番でも同じ。こちらは先月発売の交響曲第5番(8月31日付本欄)と同じショスタコーヴィチ生誕70年記念演奏会のライヴ。スネギリョーフのティンパニを初めとして、ソヴィエト国立響の魅力全開といった趣の演奏が繰り広げられている。スヴェトラーノフが第3楽章などで非常に細かく音楽の表情に関する指示を出している様もしっかりと捉えられていて、とても興味深い。二人のソリストについては、改めて述べることは何もない。両者ともに異様なまでのテンションの高さで聴き手を圧倒する。曲良し、演奏良し、画質・音質のみ悪し。

クニャーゼフというチェリストの名は知っていたし、ショスタコーヴィチ作品の録音も二つあることもチェックしていたのだが、国内盤でリリースされているとなるとどうしても後回しになってしまい(入手しやすさと価格の高さゆえ)、今回ようやく遅ればせながらチェロ・ソナタとヴィオラ・ソナタとをカップリングしたアルバムを確保した。男臭く、時に軋むチェロの音色が素敵。技術的には彼より巧い奏者は少なからずいるだろうが、この音の魅力はなかなかのもの。ヴォスクレセンスキイの重いピアノともども、手応えのあるロシアン・サウンドを堪能することができる。チェロ・ソナタは、ゆったりとしたテンポが心地よく、伸びやかな抒情が素敵。偶数楽章ではさらなるキレが欲しい気もするが、これは好みの問題だろう。ヴィオラ・ソナタは、チェロで演奏したものの中では最も優れた部類に入る内容。遅めのテンポが表面的な重々しさに留まることなく、複雑怪奇な内容に対する真正面からの取組みの結果であることがよく伝わってくる。ヴォスクレセンスキイのサポートも見事。確かに旋律線の変更などに伴う違和感がないわけではないが、それを超えて聴き手に訴えかける何かがある演奏である。

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genre : 音楽

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「死の歌と踊り」

  • ショパン:ピアノ協奏曲第1&2番 ツィマーマン (Pf&指揮) ポーランド祝祭O (DG 289 459 684-2)
  • ムーソルグスキイ:「展覧会の絵」(ラヴェル編)、「死の歌と踊り」(ショスタコーヴィチ編)、「ゴリツィン公の出発」(歌劇「ホヴァーンシチナ」より)、荘厳行進曲(「カルスの奪回」) アルヒーポヴァ (MS) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya SUCD 10-00139)
  • ムーソルグスキイ:「死の歌と踊り」(ショスタコーヴィチ編)、チャイコーフスキイ:交響曲第5番 コチェルガ (B) アバド/ベルリンPO (Sony SRCR 9633)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 バルシャイ/ユンゲ・ドイチェPO&モスクワPO団員 (BIS CD-515)
この週末は、楽器を弾きっ放し。土曜日(26日)は昼過ぎにamazon.co.jpから「きりのなかのはりねずみ」の絵本と高畑勲著の「話の話」の解説本が届いたので、子供と一緒にノルシュテイン作品集を鑑賞。夕方からかぶとやま交響楽団の練習で協奏曲とアリアの伴奏をした後、知人らと午前1時過ぎまで酒宴。帰宅後、レンタルビデオ屋で借りた「太陽に灼かれて」(ミハルコフ監督)を少し見た。タンゴ「疲れた太陽」は実に心に響く曲だ。映像も奇妙なまでの美しさを持っているし、子役(ミハルコフ監督の愛娘らしい)が何ともかわいらしい。

翌日曜日(27日)は、朝から宝塚市交響楽団の第36回定期演奏会に出演。プログラムは、レスピーギの「リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲」(これは団員のみによる演奏ということで降り番)、同じくレスピーギの交響詩「ローマの松」、ムーソルグスキイ(ラヴェル編)の組曲「展覧会の絵」、そしてアンコールにエルガーの「威風堂々第1番」という超重量級のもの。僕の普段の音楽活動ではまず実際に演奏する側に立つことのない曲ばかりなので、今回エキストラとして呼んでいただいたことに感謝したい。精神的のみならず肉体的にも疲労する演奏会の後で、昨日に引き続きかぶとやま交響楽団の練習に直行。こちらは、モーツァルト、メンデルスゾーン、ショパンといった作曲家の曲ばかりなので、違った意味での精神的な疲れが… 最後は文字通り疲労困憊。もう若くないのね。

先週購入して大変気に入ったツィマーマンのショパンを聴く。あらためて、オーケストラパートの雄弁さに感心。一体どれだけ練習したのだろうか。これは、単に音楽的あるいは技術的能力という言葉だけで片付けては失礼な、実に傑出した仕事だと思う。

昨日の演奏会本番で「展覧会の絵」を弾きながら、ラヴェルのオーケストレイションは本当に天才的だと思いつつも、原曲の持っているロシアの響きとは異質な作品に仕上がっていることを、肌で感じることができたのは大きな収穫だった。で、スヴェトラーノフだったらこの編曲でもロシア魂を炸裂させることができるだろうか、ということで1974年のスタジオ録音を。結論を言えば、ロシアン・サウンドには満足したが、やはり原曲の世界には迫り得ていないと思った。それだけ、ラヴェルの個性が凄いということでもあるのだろうが。スヴェトラーノフの演奏は正調ロシア節とでもいった感じで、このコンビに対して多くの聴き手が期待するものは十分に満たされるだろう。ただし、プロムナードをはさみながら、多彩な曲が並ぶこの作品の論理性はあまり感じられない。それよりも、1989年のライヴ録音である残りの曲目が素晴らしい。アルヒーポヴァの深く豊かな暗い声で歌われる「死の歌と踊り」は絶品。オーケストラは、ムーソルグスキイのロシアの響きをごく自然に奏でている。

国内盤フル・プライスで買ったにもかかわらず、ほとんど聴いていないアバド盤の「死の歌と踊り」を思い出して聴いてみた。コチェルガは素晴らしいのだが、意志のないアバドの伴奏には大いに不満が残る。ショスタコーヴィチが丹念にスコア化した響きが引き出されることなく、ピアノ伴奏並みの色彩感のなさ。アバドにとってベルリン・フィル時代とは何だったのだろう?チャイコーフスキイについては、特にコメントするようなことはない。

ここのところショスタコーヴィチの交響曲第7番を色々と聴き直しているが、今日はバルシャイのBIS盤を。オーケストラには若干物足りなさもないわけではないが、何より共感に満ちたテンションの高さが胸を打つ名演。バルシャイの解釈自体は特別個性的なものではないが、単に生真面目なだけではない彫りの深さがある。指揮者バルシャイとしては、ソ連時代も含めて最高の1枚と言って差し支えないように思われる。旧選集の楽譜にある誤植もきちんと修正されている。ただ、終演後に沈黙があってそれから拍手が起こるというのは、録音上の演出なのかもしれないが、この曲にふさわしいとは思わない。『証言』には色々書いてあるが、あのコーダで熱狂しないっていうのは、どう考えたって不自然でしょ。

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genre : 音楽

tag : 作曲家_Mussorgsky,M.P. 演奏活動_かぶとやま交響楽団 演奏活動_宝塚市交響楽団 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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