ロシア音楽3題

  • ミャスコーフスキイ:シンフォニエッタ第2番、室内楽のためのセレナード ヴェルビーツキイ/ソヴィエト国立SO (Melodiya C 10-15187-8 [LP])
  • ティーシチェンコ:交響曲第5番 ロジデーストヴェンスキイ/ソヴィエト国立文化省SO (Melodiya C10 25287 005 [LP])
  • バラーキレフ:イスラメイ、ボロディーン:小組曲より第7曲ノクターン、ムーソルグスキイ:古典様式による間奏曲、歌劇「ソローチンツィの定期市」よりゴパーク、ラフマニノフ:前奏曲 Op. 3-2、Op. 32-12、スクリャービン:2つの詩曲 Op. 32、ストラヴィーンスキイ:ペトルーシュカからの3楽章より第1曲ロシアの踊り、プロコーフィエフ:サルカズム(風刺)、ショスタコーヴィチ:24の前奏曲より第14、10、6番、ハチャトゥリャーン:バレエ「ガヤネー」よりレズギンカ ラフォルジュ (Pf) (Club National du Disque CND 18 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.から、LP3枚が届いた。

ミャスコーフスキイの中でもとりわけ平明な楽想を持つ2曲を収録したアルバムは、作品の抒情的な美しさに、どこか懐かしさを感じる。これは、ヴァルビーツキイの“緩い”音楽の賜物のように思える。両曲共に、同じオーケストラをスヴェトラーノフが振った録音もあるが、それと比べるとアンサンブルの精度も表現の踏み込み方も、まさに“緩い”としか言いようがないのだが、しかし、聴こえてくる音楽の何と魅力的なことか!


ティーシチェンコの交響曲第5番は、彼の作品中でも早くから知られ、傑作との呼び声高い作品だが、それに最も寄与したと考えられるのが、このロジデーストヴェンスキイのライヴ録音である。師ショスタコーヴィチの逝去直後の1976年に作曲された、ショスタコーヴィチを追悼する内容の音楽は、第3楽章にショスタコーヴィチの第10交響曲からの引用があるなどの表面的な事柄だけでなく、ティーシチェンコの根幹を成すショスタコーヴィチ的世界の総決算的な雰囲気を持つ。ロジデーストヴェンスキイの勘所を押さえた指揮は、手兵である文化省響の暴力的な響きと相まって、感情の起伏を切実に表出している。深刻さと表裏一体のとぼけた味わいも、ショスタコーヴィチを知り尽くした音楽家ならではのもの。


ジャン・ラフォルジュというフランスのピアニストの名は、今回初めて知った。ネットで検索してみてもプロフィール程度の情報しかなく、音盤として遺されたものがどれくらいあるのか、そしてそれらの評価がどのようなものかはよくわからない。ただ、このロシア音楽集は素晴らしい。まず、有名作曲家の比較的有名な作品ばかりではあるが、気の利いた選曲が良い。そして、それぞれの様式の違いを的確に処理しつつも、実に雰囲気のある気持ちの良い音で小細工無しに奏でられる音楽が良い。現代風の精緻さはないものの、往年の華やかでロマンティックなヴィルトゥオージックな演奏である。それでいて、特にB面では冷たい機能性も感じさせ、後のミシェル・ベロフを予感させるようにも聴こえる。目当てのショスタコーヴィチ作品はわずか3曲の抜粋のみだが、掘り出し物と言ってよい一枚である。

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ミャスコーフスキイの交響曲全集

  • ミャスコーフスキイ:交響曲・管弦楽曲全集 スヴェトラーノフ/ロシア国立SO (Warner Music France 2564 69689-8)
7月4日のエントリーで言及した“大物”が、このミャスコーフスキイの全集。HMV ONLINEの在庫セールで、16枚組がなんと3,690円(税込)。これ以上値切るのは、作曲家にも演奏家にも失礼だろうということで、即買い。ソ連音楽に関心を寄せながらも今まで架蔵していなかった後ろめたさを、これでようやく払拭することができた。

この全集が登場した当初の衝撃や興奮については、有名なエフゲニー・スヴェトラーノフのページHMV ONLINEの商品紹介ページのレビューなどに残っている、今なお色褪せぬ熱い想いのこもったコメントの数々を見ていただければ十分だろう。本全集にかけたスヴェトラーノフの想いについてはもちろんのこと、本全集の持つ意義についても、いまさらここで屋上屋を架すつもりはない。

以下、全集を通して聴いてみて感じたことなどを、自分自身の頭の整理のために、少しだけ記しておくことにする。

まずはミャスコーフスキイの管弦楽曲について。本全集には、作品番号のついている交響曲および管弦楽曲の全てが収録されている。それらを、簡単に表にまとめてみた:

作品番号作品名作曲年備考
3交響曲第1番 c-moll1908※スクリャービン:交響曲第4番「法悦の詩」
9交響詩「沈黙」1909~10※ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
10シンフォニエッタ A-dur1910~1※グラズノーフ:ピアノ協奏曲第1番
11交響曲第2番 cis-moll1910~1
14交響詩「アラストル」1912※プロコーフィエフ:ピアノ協奏曲第1番初演
15交響曲第3番 a-moll1913~4※スクリャービン:ピアノ・ソナタ第10番
17交響曲第4番 e-moll1917~8
18交響曲第5番 D-dur1918※プロコーフィエフ:交響曲第1番「古典」初演
23交響曲第6番 es-moll「革命」1921~3
24交響曲第7番 h-moll1922
26交響曲第8番 A-dur1923~5※ショスタコーヴィチ:交響曲第1番
28交響曲第9番 e-moll1926~7
30交響曲第10番 f-moll1926~7
32-1セレナード1928~9
32-2シンフォニエッタ h-moll1928~9
32-3抒情小協奏曲1929
34交響曲第11番 b-moll1931~2※グラズノーフ:サクソフォーン協奏曲・サクソフォーン四重奏曲
35交響曲第12番 g-moll「十月」1931~2
36交響曲第13番 b-moll1933
37交響曲第14番 C-dur1933
38交響曲第15番 d-moll1933~4
39交響曲第16番 F-dur1935~6※ショスタコーヴィチ:交響曲第4番/プロコーフィエフ:バレエ「ロミオとジュリエット」/ラフマニノフ:交響曲第3番
41交響曲第17番 gis-moll1936~7※1936年1月28日、「音楽の代わりに荒唐無稽」(プラウダ批判)
42交響曲第18番 C-dur1937※ショスタコーヴィチ交響曲第5番
46交響曲第19番 Es-dur1939
48祝典序曲1939
50交響曲第20番 E-dur1940※ラフマニノフ:交響的舞曲
51交響曲第21番 fis-moll「交響的幻想」1940
54交響曲第22番 h-moll「交響的バラード」1941※1941年6月22日、大祖国戦争開始
56交響曲第23番 a-moll1941
63交響曲第24番 f-moll1943
65鎖の環1944
68シンフォニエッタ a-moll1945~6※1945年5月9日、大祖国戦争終結
69交響曲第25番 Des-dur1945~6
71スラヴ狂詩曲1946
76悲愴序曲(赤軍設立30周年記念)1947※プロコーフィエフ:交響曲第6番初演
79交響曲第26番 C-dur「ロシアの主題による」1948※1948年2月、ジダーノフ批判
80ディヴェルティメント1948※ショスタコーヴィチ:「森の歌」(1949)
85交響曲第27番 c-moll1949~50※1950年8月8日没

交響曲がミャスコーフスキイの創作人生の初めから終わりまでをほぼ空白なく網羅していることを、この表からも見て取ることができる。また、グラズノーフやラフマニノフ、スクリャービンのように、いわば“前の時代”の作曲家と、ショスタコーヴィチのように“次の時代”の作曲家との過渡期を生きながらも、実は“次の時代”の嚆矢であったプロコーフィエフとは“同時代”人であったという、なんともその立ち位置を評価しづらい作曲家であることもわかる。その晦渋な作風とロシア音楽史における立ち位置は、ドイツ後期ロマン派におけるレーガー辺りに相当するような気がする。

交響曲を番号順に聴いていくと、「初期-中期-後期」のように明確に区分できるわけではないが、その作風が漸次変化していることを感じることができる。大祖国戦争が始まって以降は創作のスピードが落ちているが、戦時中の作品が少なくともあからさまな国威発揚的な雰囲気を持っているとは言い難いことから、それは当局からの要請云々というよりも、純粋に年齢的な事情などによるのではないかと思える。ショスタコーヴィチのように目立った立場には生涯を通していなかったためか、創作に対して外的な影響があったようには思われず、体制迎合でもなければ反体制というわけでもなく、ただひたすら自身の音楽的な思考を交響曲という形で表現し続けた作曲家という印象である。ジダーノフ批判ではミャスコーフスキイも槍玉にあげられたが、その死の2年前のことであった彼にとっては、精神的にはともかく、実際的な痛手はあまり受けなかったのではないかと推察する。批判後に最後の交響曲と弦楽四重奏曲を書いているが、どちらもそれまでのミャスコーフスキイ作品の路線からそう大きく逸脱したものではない。

むしろピアノ・ソナタである方が相応しいと感じられる箇所もある初期作品と、熟練した管弦楽法で深く豊かに歌い上げる後期作品との間に、作曲技術面での大きな進展があることは当然だが、内なる情念のうねりが、番号を重ねると共に試行錯誤を繰り返しながら人生肯定的な抒情へと収斂していく様は、創作人生をかけた社会主義リアリズムの体現であるようにも感じられる。もっとも、聴き手にアピールするような歌謡性や絢爛豪華な響きなどとは終始無縁な作風に対して、社会主義リアリズムの語を当てるのは的外れなのだろうが。

スヴェトラーノフ/ロシア国立響の演奏については、短期間にこれだけ膨大な量の録音(しかも、オーケストラにとってはどの曲も初見に近かっただろうと思われる)をこなしていることもあって、このコンビの他の録音と比べると練り上げに不足を感じる曲や瞬間が少なくないのは事実。各曲を単独で評価するならば、他により優れた演奏もあるが、それらのほとんどがソ連時代の古い録音であることを考えると、高い水準で整った演奏をクリアな音質で聴くことができるというだけでも、この全集を空前絶後と形容するに十分だろう。

収録曲の中でとりわけ素晴らしいのは、第22番。最初の一音から、溢れ出るエネルギーと柄の大きな歌心に間然とすることがない。この曲だけは1970年の古い録音(しかもライヴ)をそのまま収録していることからも、スヴェトラーノフ自身がこの演奏の出来に満足していたのであろう。次いで、スヴェトラーノフが晩年にその第2楽章だけを再録音している第27番も挙げておきたい。ミャスコーフスキイの最高傑作の真価を知るに十分な、隙のない名演である。

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ミャスコーフスキイ、ティーシチェンコ、シチェドリーン

  • ミャスコーフスキイ:交響曲第25番 スヴェトラーノフ/モスクワ放送SO (MK D 4670-4671 [10"mono])
  • ティーシチェンコ:弦楽四重奏曲第4番 カリーニン・フィルハーモニーQ (Melodiya C10 19639 004 [LP])
  • シチェドリーン:歌劇「死せる魂」 テミルカーノフ/ボリショイ劇場O他 (Melodiya C 10-17441-6 [LP])
  • フォミーン:歌劇「替馬所の御者達」 チェルヌシェーンコ/レニングラード音楽院オペラO他 (Melodiya C10 19625 009 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.の2月のリストから注文したものが届いた。これまでは毎月発行されていたリストだが、今年に入ってからは偶数月のみの隔月発行になるとのこと。

スヴェトラーノフ指揮のミャスコーフスキイは、有名な全集録音とは別の物。1960年頃の録音と推測されるが、若きスヴェトラーノフの野趣溢れる覇気に満ちた、それでいてちょっと気取った音楽が心地よい。大祖国戦争の勝利を祝う、というよりは戦争が終わったことへの安堵が強く感じられる優しい平穏さが、田舎臭い懐かしさを漂わす節回しによって、何とも魅力的に奏でられる。特に、これぞロシア、と言わんばかりのホルンは、ロシア音楽好きにはたまらない。


ティーシチェンコの弦楽四重奏曲は、ショスタコーヴィチの第15番を彷彿とさせる聖歌風の旋律から始まる。その第1楽章は「葬送」と題されているが、ショスタコーヴィチの無力感とは異なり、いい感じで狂気を増しつつ音楽が展開していく。とりわけ、第3楽章が気に入った。カリーニン・フィルハーモニーQは真摯な演奏態度で健闘しているものの、残念ながら技術的な切れ味に不足していることは否めない。


今回届いた曲の中で、いや、最近聴いた曲の中で最も感銘を受けたのが、シチェドリーンの「死せる魂」。オリエント情緒を湛えた旋律と、鋭くも美しいシチェドリーンならではの響きが極めて印象的である。声楽と器楽の織り成す独創的な音楽世界には、ブリテンの「カーリュー・リバー」を初めて聴いた時と同じような衝撃を受けた。


フォミーンの歌劇は、2010年12月4日のエントリーで紹介したものと、全く同一の音盤。漫然とリストを見て注文していると、こうしたダブり買いをしてしまう。円安が進んでいるだけに、今後はもう少し注意しなくては。

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ミャスコーフスキイ:交響曲第23番/ヴァーインベルグ:ピアノ五重奏曲

  • ミャスコーフスキイ:交響曲第23番、シチェドリーン:交響曲第1番 コヴァリョーフ/モスクワ放送SO アノーソフ/モスクワPO (EMI ASD 2927 [LP])
  • ヴァーインベルグ:ピアノ五重奏曲 ヴァーインベルグ (Pf) ボロディーンQ (Melodiya C 0667-668 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.から届いた後、一ヶ月以上も未聴のまま放置してしまった。

ミャスコーフスキイの交響曲を知ろうとするならば素直にスヴェトラーノフの全集を買えばいいのだが、一度に27曲を聴き通す気力もなく、当面は単品を見かけた折りに買い求めていくというスタンスを変えるつもりはない。そもそもスヴェトラーノフ以外で全27曲が揃うのかどうかは知らないのだが、とりあえず今回は第23番を手に入れた。

基本的には平明な曲調でありながらも、暗く淀んだ陰影を持つ和声が、いかにもミャスコーフスキイといったところ。とりたてて印象に残るような箇所はないので、実演で聴くよりも、部屋でリラックスしながら雰囲気に浸るような聴き方の方が向いているように思われる。マスタテープに撚れでもあるのか、途中で大きく乱れる録音は残念だが、雰囲気豊かな演奏は悪くない。

カップリングのシチェドリーンは、2010年11月15日の記事で紹介したものと同一音源。


ヴァーインベルグのピアノ五重奏曲は、2009年12月17日の記事で紹介したコーペリマンQの映像で初めて聴き、気に入っていた作品である。作曲家とドゥビーンスキイ時代のボロディーンQによる録音がリストに挙がっていたので、迷わずオーダー。

この顔ぶれに誰もが期待するであろう通り、非の打ち所のない名演である。何かに取り憑かれたようなテンションの高さを真正面から受け止め、芝居がかっているとすら感じられるほどの大きな身振りで劇的に仕上げられた音楽は、まさしくこの作品の理想的な姿であろう。

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ヴァーインベルグの交響曲にも触手…

mel-c012678.jpg
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、ルーセル:シンフォニエッタ、ゲンツマー:シンフォニエッタ ゾルテル (Pf) シュナッケンベルク (Tp) ゲルミニ/ゲルミニO (RBM 3024 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:バレエ組曲第1番 グール/ベルリン放送SO (Eterna 5 20 305 [7" 45rpm])
  • ミャスコーフスキイ:弦楽四重奏曲第12番 タネーエフQ (Melodiya C10-17551-2 [LP])
  • カバレーフスキイ:歌劇「姉妹」 ヤコヴレフ/国立モスクワ児童ミュージカル劇場SO他 (Melodiya 33 C 50-05839-42 [LP])
  • ヴァーインベルグ:交響曲第6番 コンドラーシン/モスクワPO他 (Melodiya C 01267-8 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの6月到着分。結局、お盆休みに入るまで針を落とすことができなかった。

ゲルミニという女流指揮者をフィーチャーしたと思われるアルバムは、少し洒落た選曲が面白い。が、肝心の演奏は平凡で、率直に言って退屈する。ショスタコーヴィチの協奏曲は、ピアノ独奏が手堅くまとめているので大きな破綻のない仕上がりになっているが、オーケストラの存在感が極めて希薄で物足りない。トランペットにも、主として技術的な危うさに起因する不満が残る。弦楽合奏が主役のルーセルでも印象は同じ。ゲンツマーの作品は、新味はないものの美しく楽しい佳曲。

グール指揮のバレエ組曲は、もしかしたら7月17日付の本欄で紹介したニュース映画のBGMと同一の音源かもしれない。土臭いロシア情緒とは対極の、流麗で上品な音楽の流れが心地よい。上質のイージーリスニングといった雰囲気が、作品に相応しい。

ミャスコーフスキイの弦楽四重奏曲も、この第12番でようやくコンプリート。CDでも容易に全曲揃う現状で敢えてLPで集める必要はなかったのだが、iTunesで整理してしまえばどちらにしても同じということで(PCに取り込む際の手間はかかるが)、最初に買ったのがLPだったというだけの理由で買い進めてしまった。さて第12番だが、いかにも彼の最晩年の作品らしく、第13番などと同じく、清澄な情念が漂う味わい深い音楽である。たとえば第1楽章などには冗長さも感じられなくはないが、ミャスコーフスキイ独特の音楽語法に慣れてしまえば、さして気にならない。第3楽章はミャスコーフスキイの真骨頂で、文句なしに素晴らしい。全15曲通して、いずれの曲にもミャスコーフスキイの音楽、そして響きが深く刻印されている一方で、弦楽四重奏でなければならないという必然性は感じられず、この辺りが演奏家にとっても手掛けづらい一因となっているのかもしれない。

カバレーフスキイの歌劇といえば「コラ・ブリュニオン」を挙げる人が多いだろうし、逆にそれ以外の作品がすらすらと出てくる人は稀だろう。この「姉妹」は、恐らくは彼の最後の歌劇(この後、「コラ・ブリュニオン」の第2版が手がけられている)と思われるが、作曲の背景などの情報が容易には入手できず、ただ音楽を聴くだけになってしまわざるを得ないのが残念。あらすじはレコードジャケットに記されているが、辞書を片手に読んでいく気力が全くない。演奏団体を見ると子供向けに企画された作品のようでもあるが、どこか幻想的で仄暗さを感じさせる雰囲気は、特に子供を対象にしているようにも思えない。華やかで騒がしいオーケストレイションはいつものながらの出来だが、旋律そのものの魅力は全曲を通じて後退していて、正直なところ、それほど魅力的な作品だとは思えなかった。

ここのところ、ショスタコーヴィチゆかり(周辺)の作曲家に関心があるのだが、ヴァーインベルグのような多作家は、なんとなく後回しになっている。丁度ミャスコーフスキイの弦楽四重奏曲も一通り聴いたことだし、今度はヴァーインベルグの交響曲(全19曲)でも……といった感じで、たまたまカタログに載っていた一枚を購入。彼の全創作とは言わないまでも、彼の交響曲中でどのような位置にあり、どのように評価されている曲なのか、事前の情報が何もないままで聴いたが、各楽章の性格がはっきりとしていながらも、全体を貫くスケールの大きな気分で全曲が巧みに統一されており、よくできた作品だと感じた。これは、コンドラーシンの音楽性と手腕に負うところも大きいだろう。オーケストレイションはいかにもショスタコーヴィチの絶対的な影響下にあると思われるが、音楽的な雰囲気とよく合致していることもあり、それほど気にはならない。全曲を通じてユダヤ臭が強烈なのは、ソ連はユダヤ関係には意外と寛容だったのかな?と錯覚してしまうほどだが、ちょうどショスタコーヴィチの交響曲第13番と同時期の作品だとわかると、やはり、ショスタコーヴィチの亜流と言われてしまうのも仕方ないかなと思ってしまう。でも、良い曲には違いない。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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