ポスト・ショスタコーヴィチを色々と

  • ヴァーインベルグ:シンフォニエッタ第1番、ペイコー:交響曲第4番 スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 33D-018975-76 [LP])
  • ボイコ:グツール狂詩曲、カルパチア狂詩曲、ヴォルガ狂詩曲、ジプシー狂詩曲 A. コールサコフ (Vn) D. サーハロフ (Pf) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 249 012 [LP])
  • シチェドリーン:ポエトリア ヴォズネセーンスキイ (朗読) ズィーキナ (歌) グスマン/モスクワ放送SO & cho. (Melodiya 33 C 10-04943-4 [LP])
  • ティーシチェンコ:交響曲第3番、「スズダリ」 ブラージコフ/キーロフ劇場CO他 (Melodiya 33CM 01973-74 [LP])
  • ヒンデミット:室内音楽第3番(チェロ協奏曲)、ヴェーベルン:チェロとピアノのための3つの小品、デニーソフ:チェロとピアノのための3つの小品、グバイドゥーリナ:デットーII モニゲッティ (Vc) A. リュビーモフ (Pf) キタエーンコ/モスクワPO ニコラエフスキイ/室内管弦楽団 (Melodiya 33 C 10-10167-68 [LP])
  • リュリ:歌劇「カドモスとヘルミオネ」序曲、Jean Douay:Cour de Versailles sous Louis XIVより「序曲」と「踊り」、ショスタコーヴィチ:前奏曲、前奏曲とフーガ、ジョスカン=デ=プレ:モテットと王室ファンファーレ、ケミーベシュ:エピローグ フランス国立管弦楽団金管五重奏団 (Disques Corélia CC 78010 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、ルーセル:シンフォニエッタ、ゲンツマー:シンフォニエッタ ゾルテル (Pf) シュナッケンベルク (Tp) ゲルミニ/ゲルミニO (RBM 3024 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの12月到着分。

ヴァーインベルグのシンフォニエッタ第1番は、いかにも彼の初期作品らしくユダヤ風の民族舞踊が炸裂する、ハイテンションな音楽である。それでいて、それぞれに個性的な4つの楽章が一つの作品としてまとめられているところに、ヴァーインベルグの非凡さが窺える。こうした熱狂の奔流を振らせたら、スヴェトラーノフの右に出る者はそう多くない。

ペイコーはミャスコーフスキイの弟子でショスタコーヴィチの助手としてモスクワ音楽院で教鞭をとったこともある作曲家。8曲の交響曲が代表作とのことで、ここに収録された交響曲第4番も恐らくはペイコー中期の創作を代表する作品なのだろう。師匠ゆずりの渋い内省的な暗さと鋭い響きは、聴き手にも真摯に音楽と向き合うことを要求しているかのようであるが、その割には3つの楽章がいずれも似たような雰囲気で、全体に単調であるために聴いていて退屈する。


ボイコ(同じような名前で混乱しそうになるが)の狂詩曲集は、2009年11月13日のエントリーに記したように、ジャケットだけを先行入手した形になっていたもの。今回入手した音盤はオランダでプレスされたもので、ジャケットもラベルも別物である。

さて、ここに収録された4曲の狂詩曲は、作品番号からも分かるようにボイコのルーツであるウクライナの民族性(?)をテーマにした連作である。それぞれに「グツール(東カルパチア山脈に住むウクライナ人のこと)」、「カルパチア」、「ヴォルガ」、「ジプシー」といった明確な標題が与えられているが、描写音楽というよりはこれらの語から想起されるイメージを自由に謳い上げた音楽と捉えるべきだろう。独奏楽器の有無などの相違はあるが、基本的には4曲とも同じような音楽である。溢れんばかりの民族的な音調はどれも分かりやすく、華麗な盛り上がりと胸を打つ抒情とのバランスもよくとれている。いわば、典型的な社会主義リアリズムの作品と言ってよいのかもしれない。スヴェトラーノフはここでも見事な手腕を発揮しているが、逆に言えばスヴェトラーノフ以外の指揮でこれらの曲を聴いてみようという意欲は、申し訳ないが湧かない。


シチェドリーンの「ポエトリア」という作品は、寡聞にしてその存在すら知らなかった。「詩人のための協奏曲」という副題(?)の通り、ヴォズネセーンスキイの朗読を中心に、合唱と女声(ズィーキナ)を伴った管弦楽(響きは極めて室内楽的)がシチェドリーン独特の透明で鋭い音世界を繰り広げる。どのような背景で作曲されたのかは分からないが、意欲的な実験昨と言って良いだろう。ライヴ録音であるが、初演の記録かどうかは不明。いずれにせよ、朗読の比重が高いために再演の可能性はそれほど高くないかもしれない。詩の内容が分からないので、現時点では作品について云々するのは控えておきたい。


ティーシチェンコの交響曲第3番はE. フィッシャー/ムジチ・デ・プラハの音盤で知っていたが、フィッシャー盤のいかにも現代音楽風の冷たい肌触りに対し、今回入手したブラージコフ盤は小編成であることを感じさせないスケールの大きな歌が心に残り、聴後の印象は随分と異なる。どちらもこの作品の本質に迫った演奏だと思うが、ショスタコーヴィチの延長線上にあることを強く意識させるブラージコフ盤のロシア情緒は、僕の好むところ。

カップリングの「スズダリ」は、2008年12月15日のエントリーで紹介した録音と同一のものと思われる。


第5回チャイコーフスキイ国際コンクール(1974年)で第2位に入賞したモニゲッティのアルバムは、A面がドイツ、B面がソ連の(当時の)現代音楽で構成されている。技術的に確かな仕上がりで、いずれの曲もそのあるべき姿で鳴り響いているという安心感がある。ヴェーベルン風の簡潔な響きながらもロシアの香りが漂うデニーソフの小品もいいが、ウストヴォーリスカヤに通ずる音の強さが心に残るグバイドゥーリナの作品はより一層印象的である。


フランス国立管弦楽団の金管楽器奏者達による五重奏のアルバムは、編曲物を中心にオリジナル作品で締めるという。この編成ではよくある構成である。一昔前の世代ということもあってか、率直に言って技術的な水準は低い。また、これといった音色の特徴もないために、魅力を見出すのが難しい音盤であった。編曲自体はこの編成ならではの響きを生かしたものだが、リュリやジョスカン=デ=プレの曲はともかく、ショスタコーヴィチの2曲は明らかに技量不足で楽しめない。ケミーベシュの作品には、それほどの興味を抱けなかった。 


最後の一枚は、2008年8月15日のエントリーで紹介した音盤を誤ってダブり買いしてしまったもの。リストを「Shostakovich」で検索して反射的にオーダーしているせいで、極力注意をしているつもりでもこういった失敗はなくならない。認めたくはないが、歳のせいで記憶力が衰えてきているのかもしれない。気がつけば、今年は厄年である。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Weinberg,M. 作曲家_Peiko,N.I. 作曲家_Boiko,R.G. 作曲家_Shchedrin,R.K. 作曲家_Tishchenko,B.I. 作曲家_Denisov,E.V. 作曲家_Gubaidulina,S.A. 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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