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とりとめもなく3枚

  • ヒンデミット:ヴィオラ・ソナタ Op. 11-4、25-4、1939年、バレエ「気高い幻想」より「瞑想曲」 今井信子 (Va) ペンティネン (Pf) (BIS BIS-CD-651)
  • ハイドン:フルート・ソナタ(弦楽四重奏曲 Op. 76-6、77-1、74-1の編曲) ユレル (Fl) クヴェール (Pf) (Alpha ALPHA 335)
  • 「ロディオン・シチェドリーン~ロシアの作曲家」ショスタコーヴィチとの対話、パラボラ・コンチェルタンテ、管弦楽のためのロマンティックな音楽「アンナ・カレーニナ」、アルベニスの2つのタンゴ ゲリンガス (Vc) プレトニョフ/ロシア・ナショナルO (Arthaus Musik 101 663 [DVD])
アリアCDから、自粛期間中にオーダーした音盤が届いた。いずれもセール品。

今井信子のヒンデミットは、中高音が艶やかな、どちらかと言えばロマンティック寄りの演奏。低音ゴリゴリのハードボイルドな音楽の方が私の好みではあるが、ヒンデミットの魅力を十分に伝える素晴らしい仕上がりである。ペンティネンのピアノも見事。


ハイドンの弦楽四重奏曲を、フルート・ソナタに編曲したアルバムは、何より選曲の良さに惹かれた。いずれもメヌエットがカットされた3楽章仕立てだが、基本的に原曲に忠実な編曲。とはいえ、主旋律を任せ切るにはフルートに制約があり過ぎて、旋律線が不自然になっているのが残念。演奏は、この編曲の価値を適正に伝える音楽的なもの。特に、大活躍のピアノは立派な出来。


シチェドリーンのドキュメンタリーは、作曲家の創作の歩みを貴重な映像をふんだんに使って辿る、極めてオーソドックスな作り。ソ連第1世代のショスタコーヴィチをはじめとする作曲家達の伝記的事実や作品リストなどは、私のような素人にもアクセス可能な形で整理されているが、その下のシニートケ、デニーソフ、グバイドゥーリナ辺り以降の世代の情報は未整理の上にまだまだ不足している。シチェドリーンはその中でも相当マシな部類だと思われるが、それでもこうして適切な形にまとめられたものを視聴できることは非常にありがたい。プリセツカヤが踊る「カルメン組曲」の映像など、見どころは豊富だ。

作曲家の75歳を記念するコンサートの映像も、2007年当時で比較的新しい作品が中心に選曲されていることもあり、非常に聴き応えのある内容である。プレトニョフの指揮も堅実で、鋭くも妖艶なシチェドリーン独特の響きを十分に味わうことができる。

ボーナスとして、全作品リストがまとめられているのも資料として非常に有用だ。ただし、その精度について、私は検証できるような知見を持ち合わせていないので、このリストが専門的見地からどのように評価されるかはわからない。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shchedrin,R.K.

シチェドリーンの「封印された天使」など

  • ロマンティックな人々 ウィーン弦楽五重奏団(Camerata 32CM-241)
  • 冬は厳しく~弦楽四重奏の諸相II クロノスQ(Nonesuch WPCS-5540)
  • シューベルト:弦楽五重奏曲 タートライQ スィルヴァーシ (Vc)(Hungaroton HRC 056)
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1、3、8番 ルートヴィヒQ(Calliope CAL1102)
  • シチェドリーン:封印された天使 ミーニン/ソヴィエト国立アカデミーcho、モスクワ室内cho(Melodiya MEL CD 10 02070)
所用で日曜日の昼間に梅田で30分ほど空き時間ができたので、時間潰しにディスクユニオン 大阪クラシック館へ。眺めるだけ、と思って入店したものの、当然ながら黒い袋を持って次の用事へと向かうことになった。

先日もウィーン・ビーダーマイヤー・アンサンブルのウィンナ・ワルツ集を買ったばかり(8月9日のエントリー)だが、今回もなぜか最初に目についたのと、ランナーとシュトラウス1世中心の収録内容に惹かれて、ウィーン弦楽五重奏団のアルバムを確保。やや技巧的な華やかさに偏る傾向が無きにしも非ずだが、各曲のアレンジはごく自然で妥当なもの。選曲も演奏も、十分に愉しい。


クロノスQのこのアルバムは、私が大学に入った頃に「ピアソラ作品を弾いてみない?」と先輩に聴かせてもらったもの。当時はよく分からない現代音楽集としか思えず、ジョン・ゾーンの「狂った果実」で太田裕実の声ばかりを堪能した記憶がある。なぜか買いそびれたまま今日に至っていたが、いい機会なので確保。「一昔前」の最先端を思い出させてくれる選曲と内容だが、それは必ずしも否定的な意味ではなく、このアルバムの持つ歴史的な意義を再認識した次第。ピアソラ作品はもちろんのこと、他の作品も今の私の耳にとってはごく「普通」の楽曲にしか聴こえない。思いもかけず、歳月の流れを感じてしまった。


現在、仲間と「死と乙女」に取り組んでいることもあり、シューベルトの棚をチェックしたが、残念ながら弦楽四重奏曲には目ぼしい品がなかった。悔しいので、一番安価だったタートライQによる弦楽五重奏曲を手に取った。往年の演奏様式による、いささか武骨ながらもロマンティックなシューベルトだが、田舎臭い自然さが何とも心地よく、シューベルトの悠長な音楽時間に寛いで浸ることができた。


フランスのベテランの団体であるルートヴィヒQ(1985年結成)によるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は、燃焼度の高い表現意欲に貫かれつつも手堅い演奏。とりわけ第1番の自然な流れが心地よい。第3番は思ったよりも常識的なテンションだが、第8番では大柄で力強い音楽を聴くことができる。ただ、弱奏部の透徹した雰囲気に欠けるのは惜しい。


12月18日のエントリーでスヴィリードフとラフマニノフの宗教曲を取り上げたばかりだが、今度はシチェドリーンの宗教曲。『封印された天使』というのは本作品の元となったレスコーフの小説の題名。ただし、歌詞はロシア語ではなく教会スラブ語である。したがって厳密な意味での「教会音楽」ではないが、極めて宗教色の強い(作曲も初演もソ連時代)作品である。ロシア正教会の聖歌の様式については未だよくわからないままではあるが、このシチェドリーンの作品も美し過ぎるほどの美しさ。フルートと合唱とが織りなす響きが古風でありつつも現代的でもあり、時空を超越した荘厳さと、それでいて人間的な温もりと優しさを湛えた天上の音楽に、心底魅了された。

theme : クラシック
genre : 音楽

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シチェドリーンのピアノ曲、ヴェルストーフスキイのオペラ、R. シュトラウスの「カプリッチョ」全曲

  • シチェドリーン:ポリフォニーの手帳 シチェドリーン (Pf) (Melodiya C04685-6 [LP])
  • ヴェルストーフスキイ:歌劇「アスコーリドの墓」(抜粋) スミルノフ/モスクワ放送SO & cho.他 (Melodiya M10 47219 001 [LP])
  • R. シュトラウス:歌劇「カプリッチョ」 ヤノヴィッツ (S) フィッシャー=ディースカウ (Br) シュライアー (T) プライ (T) ベーム/バイエルン放送O & Cho 他 (DG 445 347-2)
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの10月到着分は、2枚。今年に入って在庫リストの更新が2ヶ月に一度のペースになってからというもの、めっきり掘り出し物が減ってしまった感が否めないMikrokosmosだが、品揃えの傾向を考えると、私にとっては依然としてチェックを怠るわけにはいかない業者の一つである。

シチェドリーンの自作自演は、彼の代表作の一つに数えられる「ポリフォニーの手帳」全曲。表題通り多彩な対位法的手法に貫かれた25曲は、おそらくは相互に関連づけられた構造があるのだろうが、LPで漫然と聴いている限りでは、正直なところ、そこまで分からない。ショスタコーヴィチの作品87に通ずる雰囲気もあるが、響きの質やジャズ風な要素など、シチェドリーン以外の何者でもない美しさと面白さに満ちている。J. S. バッハなどの楽曲が引用されたり下敷きにされたりしているようだが、その辺りは不得手ゆえ、作品の面白さを味わい尽くしていない悔しさは残る。


ヴェルストーフスキイは、グリーンカ以前のロシア音楽を語る上で欠かすことのできない存在だが、彼の5作を数えるというオペラは、どれも聴く機会に恵まれないままだった。今回入手できた「アスコーリドの墓」は彼の代表作であると同時に、アメリカで上演された初のロシア歌劇でもあるらしい。

アスコーリドとはリューリクの家来でキエフを支配し、後に初代キエフ大公オレーグに殺害された人物で、その墓(と伝えられる場所)の上には現在、聖ニコラーイの教会が建てられている。と言っても、アスコーリドがこのオペラの題材となっているわけではなく、10世紀のキエフを舞台にした、王に誘拐・監禁されたヒロイン、ナデージダを若者が救出する冒険活劇とのこと。

抜粋版ということもあって、あまり楽曲の内容は気にせずに聴いたが、古典的なイタリア・オペラの書法に準じた佇まいは、いかにもグリーンカ以前のロシア・オペラだが、妙に哀愁のある旋律や和声進行など、後のロシア音楽を予感させるところは、たとえばパシケーヴィチやフォミーンとは一線を画している。後世の私達がロシア的だと感じる要素を、当時のアメリカ人がどのように感じたのか、興味のあるところだ。


話は変わるが、知人に誘われて、R. シュトラウスの歌劇「カプリッチョ」の前奏曲を演奏することになった。前奏曲単独では数枚の音盤を架蔵しているが、全曲は聴いたこともなかったので、この機会に入手してみた。

R. シュトラウス最後の歌劇に相応しく、全編通してとにかく美しい。中でも「月光の曲」は、私がこの世で最も美しい音楽だと思う曲だ。何が語られているのかが分からなくても、ただ音楽に身を委ねているだけで十分に満足できる。

とはいえ、「音楽が先か、詩が先か」という議論がこの歌劇の内容である以上、そうとばかりも言っていられない。歌詞や台詞もきちんと把握しておきたいところ。シュトラウスがクレメンス・クラウスと共同執筆したこの歌劇の台本は、しかし、言葉の量が多い。価格優先で輸入盤を選んだのを後悔している。地道に英語とドイツ語を読み解くより、DVDを入手して字幕に頼る方が早いかも。

前奏曲や月光の曲を単独で評価するならば、もちろんそれぞれに気に入っている演奏もあるが、このベーム盤は、ひとまず全曲盤として大きな不満を抱くようなことのない、水準の高い演奏である。まだ登場人物の性格を個別に把握していないので、歌手陣のそれぞれが適役かどうかは判断できないが、巧拙だけで言うならば、皆とても巧い。オーケストラも、楽曲の室内楽的テクスチャをよく整ったアンサンブルで見事に描き出している。

ただ、これは指揮者あるいは演奏者の個性なのかもしれないが、艶やかさに欠けるのが惜しい。あの戦争中に、しかも晩年を迎えていた老人が書いたとはとても思えないこの耽美的とすら言ってよい音楽は、いたずらに“枯淡の境地”で演奏されるべきではないと思う。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shchedrin,R.K. 作曲家_Verstovsky,A.N. 作曲家_Strauss,R.

ミャスコーフスキイ、ティーシチェンコ、シチェドリーン

  • ミャスコーフスキイ:交響曲第25番 スヴェトラーノフ/モスクワ放送SO (MK D 4670-4671 [10"mono])
  • ティーシチェンコ:弦楽四重奏曲第4番 カリーニン・フィルハーモニーQ (Melodiya C10 19639 004 [LP])
  • シチェドリーン:歌劇「死せる魂」 テミルカーノフ/ボリショイ劇場O他 (Melodiya C 10-17441-6 [LP])
  • フォミーン:歌劇「替馬所の御者達」 チェルヌシェーンコ/レニングラード音楽院オペラO他 (Melodiya C10 19625 009 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.の2月のリストから注文したものが届いた。これまでは毎月発行されていたリストだが、今年に入ってからは偶数月のみの隔月発行になるとのこと。

スヴェトラーノフ指揮のミャスコーフスキイは、有名な全集録音とは別の物。1960年頃の録音と推測されるが、若きスヴェトラーノフの野趣溢れる覇気に満ちた、それでいてちょっと気取った音楽が心地よい。大祖国戦争の勝利を祝う、というよりは戦争が終わったことへの安堵が強く感じられる優しい平穏さが、田舎臭い懐かしさを漂わす節回しによって、何とも魅力的に奏でられる。特に、これぞロシア、と言わんばかりのホルンは、ロシア音楽好きにはたまらない。


ティーシチェンコの弦楽四重奏曲は、ショスタコーヴィチの第15番を彷彿とさせる聖歌風の旋律から始まる。その第1楽章は「葬送」と題されているが、ショスタコーヴィチの無力感とは異なり、いい感じで狂気を増しつつ音楽が展開していく。とりわけ、第3楽章が気に入った。カリーニン・フィルハーモニーQは真摯な演奏態度で健闘しているものの、残念ながら技術的な切れ味に不足していることは否めない。


今回届いた曲の中で、いや、最近聴いた曲の中で最も感銘を受けたのが、シチェドリーンの「死せる魂」。オリエント情緒を湛えた旋律と、鋭くも美しいシチェドリーンならではの響きが極めて印象的である。声楽と器楽の織り成す独創的な音楽世界には、ブリテンの「カーリュー・リバー」を初めて聴いた時と同じような衝撃を受けた。


フォミーンの歌劇は、2010年12月4日のエントリーで紹介したものと、全く同一の音盤。漫然とリストを見て注文していると、こうしたダブり買いをしてしまう。円安が進んでいるだけに、今後はもう少し注意しなくては。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Myaskovsky,N.Y. 作曲家_Tishchenko,B.I. 作曲家_Shchedrin,R.K.

ポスト・ショスタコーヴィチを色々と

  • ヴァーインベルグ:シンフォニエッタ第1番、ペイコー:交響曲第4番 スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 33D-018975-76 [LP])
  • ボイコ:グツール狂詩曲、カルパチア狂詩曲、ヴォルガ狂詩曲、ジプシー狂詩曲 A. コールサコフ (Vn) D. サーハロフ (Pf) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 249 012 [LP])
  • シチェドリーン:ポエトリア ヴォズネセーンスキイ (朗読) ズィーキナ (歌) グスマン/モスクワ放送SO & cho. (Melodiya 33 C 10-04943-4 [LP])
  • ティーシチェンコ:交響曲第3番、「スズダリ」 ブラージコフ/キーロフ劇場CO他 (Melodiya 33CM 01973-74 [LP])
  • ヒンデミット:室内音楽第3番(チェロ協奏曲)、ヴェーベルン:チェロとピアノのための3つの小品、デニーソフ:チェロとピアノのための3つの小品、グバイドゥーリナ:デットーII モニゲッティ (Vc) A. リュビーモフ (Pf) キタエーンコ/モスクワPO ニコラエフスキイ/室内管弦楽団 (Melodiya 33 C 10-10167-68 [LP])
  • リュリ:歌劇「カドモスとヘルミオネ」序曲、Jean Douay:Cour de Versailles sous Louis XIVより「序曲」と「踊り」、ショスタコーヴィチ:前奏曲、前奏曲とフーガ、ジョスカン=デ=プレ:モテットと王室ファンファーレ、ケミーベシュ:エピローグ フランス国立管弦楽団金管五重奏団 (Disques Corélia CC 78010 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、ルーセル:シンフォニエッタ、ゲンツマー:シンフォニエッタ ゾルテル (Pf) シュナッケンベルク (Tp) ゲルミニ/ゲルミニO (RBM 3024 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの12月到着分。

ヴァーインベルグのシンフォニエッタ第1番は、いかにも彼の初期作品らしくユダヤ風の民族舞踊が炸裂する、ハイテンションな音楽である。それでいて、それぞれに個性的な4つの楽章が一つの作品としてまとめられているところに、ヴァーインベルグの非凡さが窺える。こうした熱狂の奔流を振らせたら、スヴェトラーノフの右に出る者はそう多くない。

ペイコーはミャスコーフスキイの弟子でショスタコーヴィチの助手としてモスクワ音楽院で教鞭をとったこともある作曲家。8曲の交響曲が代表作とのことで、ここに収録された交響曲第4番も恐らくはペイコー中期の創作を代表する作品なのだろう。師匠ゆずりの渋い内省的な暗さと鋭い響きは、聴き手にも真摯に音楽と向き合うことを要求しているかのようであるが、その割には3つの楽章がいずれも似たような雰囲気で、全体に単調であるために聴いていて退屈する。


ボイコ(同じような名前で混乱しそうになるが)の狂詩曲集は、2009年11月13日のエントリーに記したように、ジャケットだけを先行入手した形になっていたもの。今回入手した音盤はオランダでプレスされたもので、ジャケットもラベルも別物である。

さて、ここに収録された4曲の狂詩曲は、作品番号からも分かるようにボイコのルーツであるウクライナの民族性(?)をテーマにした連作である。それぞれに「グツール(東カルパチア山脈に住むウクライナ人のこと)」、「カルパチア」、「ヴォルガ」、「ジプシー」といった明確な標題が与えられているが、描写音楽というよりはこれらの語から想起されるイメージを自由に謳い上げた音楽と捉えるべきだろう。独奏楽器の有無などの相違はあるが、基本的には4曲とも同じような音楽である。溢れんばかりの民族的な音調はどれも分かりやすく、華麗な盛り上がりと胸を打つ抒情とのバランスもよくとれている。いわば、典型的な社会主義リアリズムの作品と言ってよいのかもしれない。スヴェトラーノフはここでも見事な手腕を発揮しているが、逆に言えばスヴェトラーノフ以外の指揮でこれらの曲を聴いてみようという意欲は、申し訳ないが湧かない。


シチェドリーンの「ポエトリア」という作品は、寡聞にしてその存在すら知らなかった。「詩人のための協奏曲」という副題(?)の通り、ヴォズネセーンスキイの朗読を中心に、合唱と女声(ズィーキナ)を伴った管弦楽(響きは極めて室内楽的)がシチェドリーン独特の透明で鋭い音世界を繰り広げる。どのような背景で作曲されたのかは分からないが、意欲的な実験昨と言って良いだろう。ライヴ録音であるが、初演の記録かどうかは不明。いずれにせよ、朗読の比重が高いために再演の可能性はそれほど高くないかもしれない。詩の内容が分からないので、現時点では作品について云々するのは控えておきたい。


ティーシチェンコの交響曲第3番はE. フィッシャー/ムジチ・デ・プラハの音盤で知っていたが、フィッシャー盤のいかにも現代音楽風の冷たい肌触りに対し、今回入手したブラージコフ盤は小編成であることを感じさせないスケールの大きな歌が心に残り、聴後の印象は随分と異なる。どちらもこの作品の本質に迫った演奏だと思うが、ショスタコーヴィチの延長線上にあることを強く意識させるブラージコフ盤のロシア情緒は、僕の好むところ。

カップリングの「スズダリ」は、2008年12月15日のエントリーで紹介した録音と同一のものと思われる。


第5回チャイコーフスキイ国際コンクール(1974年)で第2位に入賞したモニゲッティのアルバムは、A面がドイツ、B面がソ連の(当時の)現代音楽で構成されている。技術的に確かな仕上がりで、いずれの曲もそのあるべき姿で鳴り響いているという安心感がある。ヴェーベルン風の簡潔な響きながらもロシアの香りが漂うデニーソフの小品もいいが、ウストヴォーリスカヤに通ずる音の強さが心に残るグバイドゥーリナの作品はより一層印象的である。


フランス国立管弦楽団の金管楽器奏者達による五重奏のアルバムは、編曲物を中心にオリジナル作品で締めるという。この編成ではよくある構成である。一昔前の世代ということもあってか、率直に言って技術的な水準は低い。また、これといった音色の特徴もないために、魅力を見出すのが難しい音盤であった。編曲自体はこの編成ならではの響きを生かしたものだが、リュリやジョスカン=デ=プレの曲はともかく、ショスタコーヴィチの2曲は明らかに技量不足で楽しめない。ケミーベシュの作品には、それほどの興味を抱けなかった。 


最後の一枚は、2008年8月15日のエントリーで紹介した音盤を誤ってダブり買いしてしまったもの。リストを「Shostakovich」で検索して反射的にオーダーしているせいで、極力注意をしているつもりでもこういった失敗はなくならない。認めたくはないが、歳のせいで記憶力が衰えてきているのかもしれない。気がつけば、今年は厄年である。

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tag : 作曲家_Weinberg,M. 作曲家_Peiko,N.I. 作曲家_Boiko,R.G. 作曲家_Shchedrin,R.K. 作曲家_Tishchenko,B.I. 作曲家_Denisov,E.V. 作曲家_Gubaidulina,S.A. 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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