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ネット通販2件

  • ベートーヴェン:交響曲第3番、ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 M. ザンデルリンク/ドレスデンPO (Sony 88985408842)
  • フォーレ:パヴァーヌ、ウォシャウスキ:オイフン・プリペチク、イタリア民謡:トスカーナの子守歌、宮城道雄:春の海、ショスタコーヴィチ:「M. スヴェトローフによる2つの歌」より「子守歌」、イングランド民謡:グリーンスリーヴス、リュランス:子守歌、オルフ:「カルミナ・ブラーナ」より第3部「愛の誘い」~「天秤棒に心をかけて」、中国民謡:山東省の子守歌、ジョン・レノン:イマジン、トルコ民謡:ウスクダラ、ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ第5番よりアリア(カンティレーナ)、ガーシュウィン:サマータイム、スコットランド民謡:ケルトの子守歌、モーツァルト:きらきら星変奏曲 クトゥルエル (Fl) ブレイナー/ロイヤルPO (Gallo CD-1168)
  • ショスタコーヴィチ(バウムガルトナー編):弦楽四重奏曲第8番、コッコネン:…鏡をとおして…、マルタン:弦楽オーケストラのためのパッサカリア、シェック:夏の夜 バウムガルトナー/ルツェルン音楽祭弦楽合奏団 (Gallo CD-799)
数ヶ月前にHMV ONLINEで目についた音盤をオーダーしていたのだが、いずれも「入荷未定」となってしまったため、在庫があった1枚のみが先に配送されてきた。

クルト・ザンデルリンクの三男ミヒャエルの録音は、チェリストとしてショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第2番を聴いたのみ。指揮者としては本盤が初めてとなる。ベートーヴェンとショスタコーヴィチとの組み合わせによる交響曲集は既に3枚がリリースされており、本盤はその第2弾にあたる。

ベートーヴェンは、当然ながらピリオド・スタイルによる演奏。アーティキュレイションだけでなく、金管楽器やティンパニの音色に至るまで、このスタイルが徹底されている。往年の(たとえば父クルトの)重厚なベートーヴェンとは全く異なるが、流麗な推進力を持ったスピード感溢れる音楽が演奏スタイルと密接に関係していて、刺激的でありながらも説得力のある立派な演奏に仕上がっている。

とはいえ、ショスタコーヴィチが鳴り始めるとどこかほっとしてしまうのは、私の耳が依然として古い世代のままであるからなのだろう。こちらは1950年代当時のピリオド・スタイルではなく、現代的なモダン奏法であるので、贅肉がそぎ落とされた、それでいて隅々までよく響く、しなやかに燃える演奏となっている。アンサンブルもよく整っており、スタンダードとして十分に堪え得る仕上がりである。


アリアCDからも、数ヶ月前にオーダーしていた音盤が2枚届いた。

一つは、「World of Lullabies」と題された、フルート独奏を軸にしたイージーリスニング風編曲のアルバム。収録曲に「ショスタコーヴィチ:子守歌」とあったので、何が取り上げられているのかという興味だけでオーダーしたもの。結局、「勝利の春(M. スヴェトローフによる2つの歌)」の1曲だったのだが、必ずしも「子守歌」というタイトルに固執した選曲ではないので、なぜこの決して有名とは言えない曲が選ばれたのかはよくわからない。

シェフィカ・クトゥルエルというトルコのフルート奏者は、その名を聞いたのも初めてだったが、明るく伸びやかな音色と歌はなかなかに魅力的。アルバム全体を通して聴くと、演奏にも編曲にも単調さが感じられるのは残念だが、アルバムの企画意図を汲むのならば、あまり目くじらを立てるようなものでもないだろう。


ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番といえば、バルシャーイによる弦楽合奏用編曲が有名だが、同編成用の編曲は他にもいくつかある。ルツェルン音楽祭弦楽合奏団を組織し、長らく指揮者として率いたバウムガルトナーも、この弦楽四重奏曲の編曲を残している。もっとも、コントラバスの使い方や各パートのソロとトゥッテイの割り振りに細かい違いがあるだけなので、編曲によって楽曲の印象が大きく異なることはない。

バウムガルトナー/ルツェルン音楽祭弦楽合奏団といえば、何となく古典派以前のレパートリーの印象が強いのだが、本盤は(当時の)現代曲を集めたもの。いずれも聴きやすい旋律を持つ楽曲ばかりではあるが、このコンビの手堅い演奏水準を再認識させてくれる内容となっている。ショスタコーヴィチは、鋭さや深刻さといった要素は強調されないながらも、美しい響きで切々と奏でられる悲痛な音楽は胸に迫る。

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中古盤漁り

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 テミルカーノフ/サンクト・ペテルブルグPO (Mirare MIR 196)
  • ハイドン:ピアノ三重奏曲第43番、シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番、ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番 オーイストラフ三重奏団 (EMI TOCE-7862)
  • マーラー:ピアノ四重奏曲断章、シューベルト:弦楽四重奏曲第14番、ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲 バブアゼ、梅原ひまり (Vn) 山本由美子 (Va) 林 裕 (Vc) 田隅靖子 (Pf) (LeavesHMO HMOC17834/5)
  • ガーシュウィン:子守歌、ハイドン:弦楽四重奏曲第83番、シューベルト:四重奏曲断章 D 103、メンデルスゾーン:弦楽四重奏のための4つの小品より変奏曲、スケルツォ、プッチーニ:菊、ヴォルフ:間奏曲 ジュリアードQ (Sony SICC 1527)
  • スメタナ:弦楽四重奏曲第1&2番 スメタナQ (Denon 33C37-7339)
  • バルトーク:弦楽四重奏曲第1&2番 ヴェーグQ (Tower Records TGR-1001)
仕事の帰りに、ディスクユニオン 大阪クラシック館にて寄り道。室内楽の棚をチェックし、予算に応じてショスタコーヴィチ関連を漁るという、いつものパターンだったが、あてもなく立ち寄ったわりに、なかなか満足度の高い買い物ができた。

まずはショスタコーヴィチ関連を3点。

テミルカーノフによる交響曲第5番は、4枚目となる。1981年のライヴ盤を除き、いずれも手兵サンクト・ペテルブルグPOとのコンビで、2枚目のRCA盤以降、ほぼ10年おきに録音されているのは、演奏者の思い入れというよりも、有名演奏家によるお国物の名曲の録音に対するニーズが高いということなのだろうと思う。若い頃の演奏は、いわゆる爆演として取り上げられることが多い指揮者だが、この曲に関しては流麗さの方が際立つ。一部、テンポの変わり目でアンサンブルが乱れる箇所はあるものの、オーケストラは無理なくコントロールされ、押し付けがましい個性的な解釈も見られない。RCA盤以降の3枚は、基本的に同一の演奏傾向と言ってよいだろう。こういう頑固さは、さすがムラヴィーンスキイの後継者、と言えるのかもしれない。


オーイストラフ・トリオの「プラハの春」音楽祭でのライヴ録音は、ショスタコーヴィチのみPraga盤で既架蔵済み。ソ連崩壊後、東欧圏の秘蔵音源が脈絡なく流出したが、「Vltava Classics」もそうした泡沫(?)レーベルの一つで、当時(1991年)の雑誌記事にはPantonとMultisonicの音源+αについて東芝EMIが契約したものと記されていた。このレーベルの全体像は詳らかにしないが、「プラハの春コレクション」というシリーズだけは、当時音盤屋で目にした記憶がある。興味のあるタイトル揃いではあったが、何せその頃は貧乏学生。国内盤フルプライスにはおいそれと手が出せなかった。そんな諸々を思い出しつつ、この盤を手に取った次第。

ショスタコーヴィチは、この三重奏団、あるいはオーイストラフが関わった全ての録音の中でも最高の出来である。Praga盤に比べると、より生音に近く感じられるものの、寸分の隙もない演奏の巨大で圧倒的な印象に変わりはない。ただ、この音圧でハイドンを聴くのは、現代の耳にはちょっと辛い。シューベルトも濃口のロマンティックな表現はたまらなく胸に響くが、音そのものはいかにも前時代的。


「関西の名手たちによるアンサンブルの妙技2011」と題された2枚組のアルバムは、私家盤に限りなく近い雰囲気だが、コンサート会場などの限定された場でなくても入手可能なようだ。演奏者は、関西地域のクラシック・ファンにはお馴染みの実力派ばかり。ソロだけでなくアンサンブルの経験も豊富な奏者揃いなので、いずれも聴き応えのある仕上がりになっている。マーラーの甘美な情緒に耽溺するような若々しい抒情、ショスタコーヴィチの堅実ながらも颯爽としたリズムの捌きと清冽な歌は、十分に魅力的。弦楽四重奏という形態だけはどうしても固定メンバーを要求するようで、「死と乙女」だけは技術的な破綻はないものの音楽的に散漫な箇所が散見されるのは惜しい。


ジュリアードQが1968年にリリースした小品集は、日本ではこれまで特典盤の類でしか入手できなかったとのこと。この珍しいアルバムがCD化されていたことはおろか、アルバムの存在すら知らなかったので、「面白い選曲のアルバムだな」程度の認識で購入したのだが、これが思わぬ拾い物だった。4月のシュペーテQの演奏会でシューベルトの「断章」を取り上げることもあり、この曲が含まれていることが購入の動機の一つでもあったが、なんとこれは有名な第12番とは別物。これを除けば全て知っている曲ばかりながらも、いずれも演奏頻度は決して高くなく、しかも著名団体が取り上げる機会もそう多くはない。そんな小品の数々を、単に手堅い以上の充実した演奏で聴かせてくれるだけでも、このアルバムの価値は高いのだが、とりわけヴォルフの「間奏曲」の名演が、さらにその価値を揺るぎのないものにしている。断片的な旋律がやや支離滅裂に散りばめられたようなこの曲が、まるでヴェーベルンの作品のようにあらゆる旋律の断片が有機的に全体像を形成し、しかも後期ロマン派特有の高血圧な情緒を魅力的に織り成していく。この作品の魅力を初めて理解できた気がする。


スメタナQによる3度目のスメタナは、他の2種類を架蔵していたこともあって、長らく買いそびれたままになっていたもの。憧れの国内盤フルプライスが見る影もないほどの中古価格になっていたこともあり、気の赴くままに確保。彼らのキャリアとしては晩年に差し掛かった1976年の録音だが、最上の意味での円熟の極みであり、かつ、若い頃をはるかに凌駕する熱量の高さに圧倒される。アンサンブルの緊密な完成度は、これ以外の解釈を許したくなくなるほどで、40年以上経った今日においても決定盤の座は揺るがない。とりわけ第2番は演奏芸術の極致と言っても差し障りないだろう。


ヴェーグQによるバルトークとベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集が「タワーレコード オリジナル企画」として限定リリースされたのは、1996年のこと。その後、いくつかのレーベルからBOX化もされた音源であるが、気分の問題で、買い損なった分は同じフォーマットで入手したいと思ったまま20年が過ぎた。今回確保した音盤をレジに差し出そうとしたまさにその時、レジ前の新着音盤コーナーに、バルトークで唯一未架蔵だった第1巻(第1&2番)を発見。その場に他の客がいなかったにも関わらず、奪い取るように確保してしまった。現代音楽臭のない、穏やかでしっとりとした歌の美しさの光る、心からの共感に満ちた音楽は、ハンガリーQ、バルトークQといった同郷の団体に共通するバルトークの人懐っこい側面を強く意識させてくれる名演。

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ディスクユニオンのオンラインショップを初利用

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第4番 アシケナージ/NHK SO (Decca UCCD-1191)
  • ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1&2番 G. カピュソン (Vc) ゲールギエフ/マリイーンスキイO (Erato 0825646069736)
  • シューマン:幻想小曲集、ブラームス:チェロ・ソナタ第1番、ドビュッシー:チェロ・ソナタ、ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ガベッタ (Vc) グリモー (Pf) (DG 479 0090)
  • J.S.バッハ:フランス組曲第4番、トッカータ 嬰ヘ短調 BWV 910、平均律クラヴィーア曲集第1巻より前奏曲とフーガ第1~5番、ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガより第14、1、3、18番)、J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲より第18&19変奏、スカルラッティ:ピアノ・ソナタ ハ長調 L.104、プロコーフィエフ:10の小品より前奏曲、 シューマン:「ウィーンの謝肉祭の道化」より間奏曲 ニコラーエヴァ (Pf) (Meloclassic MC 1019)
  • ラヴェル:弦楽四重奏曲集、ドビュッシー:弦楽四重奏曲集、ラヴェル:序奏とアレグロ 東京Q ゴールウェイ (Fl) ストルツマン (Cl) リッチャウアー (Hp) (RCA 09026 62552 2)
セールの案内メールが届いたので、初めてディスクユニオン・オンラインショップを利用してみた。以下、全て中古盤。

まずは、アシュケナージによる交響曲全集の購入漏れ分。これで、残すは第13番だけとなった。第4番にはロイヤルPOとの旧盤があったが、全集にはこの再録盤が収められている。旧盤はこの交響曲の旋律面を滑らかに浮かび上がらせた非常に聴きやすい演奏だったが、本盤はその路線をさらに究めたまろやかな音楽に仕上がっている。N響も世界水準の美しい音を出していて、この作品が持つ尖った支離滅裂さが受け入れられない聴き手にとっては、あるいはベストに推される演奏かもしれない。しかしながら、第4番をこのように奏でてしまうと、第3番と同種の冗長さが際立ってしまい(特に第3楽章)、曲の面白味が一方的に減じる結果となっているように、私には感じられる。聴き手の嗜好によって大きく評価が分かれるだろう。


G. カピュソンとゲールギエフによるショスタコーヴィチのチェロ協奏曲集は、第2番のみ初出で、第1番はゲールギエフの映像全集(2016年8月28日のエントリー)に収録されているものと同じ演奏である。第1番は、木の香りがするような男臭い音色の魅力を存分に披露しつつ、落ち着いた足取りながらも力強さと諧謔味に不足することのないバランスのとれた佳演。ツボを押さえたオーケストラの絡みも素晴らしい。一方の第2番は、まるで別人の演奏のように冴えない。技術的な破綻こそないものの、独奏はともかく、オーケストラには巧さを感じることがない。全体に集中力にも欠け、終始散漫な印象が否めない。第3楽章冒頭のホルンに象徴されるように、聴き手が期待するツボで悉く肩透かしを食らう感じ。


ガベッタとグリモーのデュオ・アルバムは、ややとりとめのない選曲だが、いずれも好きな作品ばかりである。冒頭のシューマンは、よく歌うガベッタの魅力が発揮された素敵な演奏。グリモーのピアノも清潔なロマン情緒に満ちていて好ましい。だが、次のブラームス以降は、低音の響きに広がりが感じられないチェロの音色に不満が募るばかり。おそらくは録音に問題があるのだろうが、この音ではチェロの魅力が全く伝わらず、ただただ薄味で耳ざわりの良い旋律が流れるだけ。ショスタコーヴィチのソナタは再録音だが、旧録に比する存在意義を見出すことはできない。


ライプツィヒで行われた1966年のバッハ音楽祭におけるニコラーエヴァのライヴ盤は、バッハとショスタコーヴィチという、彼女の得意とするプログラムである。状態がよほど良かったのか、技術面の瑕疵がほとんど感じられない上に、音楽的な密度の高さがずば抜けている。内なる熱気を孕んだ濃密な音楽は、ライヴならではのもの。冒頭のフランス組曲から、ノルシュテインのアニメーション「話の話」で印象的に流れるモーツァルトのピアノ協奏曲第4番のような濃厚なロマンティシズムに惹き込まれる。バッハとしては今や受け入れ難い演奏様式には違いないが、それでもなお、強い説得力を持つ魅力的な演奏である。ショスタコーヴィチにはこうした違和感は勿論なく、スケールの大きな造形と、繊細な音部の弾き分けとが両立した深い音楽に仕上がっている。4曲のアンコールでは、シューマンがとりわけ印象的だった。


意識している訳ではないのだが、ここのところ東京Qの録音を手に取る機会が多い。今回も、ドビュッシーの弦楽四重奏曲を漫然と検索していたら見つけたのが本盤。やはり、ウンジャン時代がこの団体の絶頂期だったのだろうとの感を新たにした。個々の楽曲の解釈等については好き嫌いはあるだろうが、個人の独奏であっても“カルテットの音”がする境地に達した団体は、技術的水準がめっぽう高い現在においても、そうはない。ラヴェルの序奏とアレグロで、煌びやかな管楽器に導かれて入ってくる弦楽四重奏の音は、身震いがするほど美しく、凄い。

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ハイティンク/RCOの第15番

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 M. ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウO (RCO Live RCO 13001)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 ハイティンク/ロイヤル・コンセルトヘボウO (RCO Live RCO 11003)
  • モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番、スメタナ:弦楽四重奏曲第2番、ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番 シュカンパQ (Wigmore Hall WHLive0019)
  • ハイドン:弦楽四重奏曲集(29曲) プロ・アルテQ (Warner 0190295869182)
HMV ONLINEからRCO Liveレーベルのセール案内が届いたので、ついでに少しお買い物。

ショスタコーヴィチの第10交響曲は、ヤンソンスが首席指揮者在任中の演奏。ニュアンス豊かで現代的なオーケストラの奏法、流麗に流れつつも細かなアーティキュレイションの揺れが繊細な表情を醸し出す現代的な解釈、にもかかわらず、かつてのソ連に思いを馳せるような思い入れたっぷりの感情表現が聴かれる、このコンビならではの佳演といえるだろう。いかにもライヴであることを感じさせるような勢いの良さも、聴き手を熱くさせる。


しかしながら、名誉指揮者ハイティンクによるショスタコーヴィチの第15番は、ヤンソンスの時(十分に、世界最高峰のオーケストラであることに疑いようのない水準)とは全く別のオーケストラであるかのような、異次元の凄演である。舞台上全てが一瞬たりとも集中を切らすことなく、それでいて終始余裕を持ってあらゆる響き、表情、感情が表出される。ソロとトゥッティが同水準の見事さでこの曲を織り成していく演奏は、他に聴いたことがない。聴後の巨大で深刻な印象を彩る美しさに関しては、極致と言ってよい名演だろう。


その団体名だけでカルテット好きの胸を熱くさせるシュカンパQは、何となく若手のイメージがあったのだが、1989年結成とのことで、この2006年のライヴ録音の時点で既に中堅というに相応しいキャリアを持っている。この一枚を通して、熱量の高いエネルギッシュな音楽に惹き込まれる。もちろんライヴゆえの感興ということもあろうが、モーツァルトでさえも自在にテンポを動かす大柄な音楽の作りは、おそらくはこの団体の個性なのだろう。私が高校生の頃に聴いたスメタナQの演奏会でもモーツァルトの第18番とスメタナの第2番が演奏されたが、モーツァルトとスメタナの組み合わせはチェコにルーツを持つ演奏家にとって、彼らの美質を発揮するのに適しているのかもしれない。ショスタコーヴィチも迫力のある語り口が聴きやすく、それでいて必要な緊張感も終始維持されている、大衆受けのする秀演である。


アルフォンス・オンヌー率いる往年の名カルテット、プロ・アルテQ(と言っても、メンバー交代を重ねて現在もこの団体は存続しているのだが)によるハイドンの弦楽四重奏曲集。演奏機会の比較的少ない作品(偽作の作品3を含む)を中心に全68曲の内約4割が網羅されているのは嬉しい。収録曲は以下の通り:
CD-1:
Op.1-1
Op.1-6
Op.3-4
Op.3-5
Op.20-1
Op.20-2
CD-2:
Op.20-4
Op.20-5
Op.33-2
Op.33-3
Op.33-6
CD-3:
Op.50-3
Op.50-6
Op.54-1
Op.54-2
CD-4:
Op.54-3
Op.55-1
Op.55-3
Op.64-3
CD-5:
Op.64-4
Op.64-6
Op.71-1
Op.74-1
CD-6:
Op.74-2
Op.74-3
Op.76-3
Op.76-4
CD-7:
Op.77-1
Op.77-2
20世紀初頭の演奏様式であることは言うまでもないのだが、当時としてはかなり引き締まった現代的な感覚の強い演奏である。アーティキュレイションやポルタメントなどに時代を感じるものの、明晰なリズムの処理や4人の対等なバランスなど、たとえばウィーン・コンツェルトハウスQなどの録音よりはずっと新しい時代の演奏と錯覚するほど。一方で、緩徐楽章などに聴かれる濃口のロマンティックな歌は、彼らのモーツァルト録音などと共通し、古典的な造形を尊重しつつも、楽曲に内在するロマン派の端緒を強調するような解釈でもある。ハイドンの、そして弦楽四重奏の演奏様式の変遷を辿る上で欠かすことのできない、真にヒストリカルな意義を持つセットである。録音も十分に聴きやすい。

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ヴィオラとトランペットのソロ・アルバム

  • ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタ、ハチャトゥリャーン:無伴奏ヴィオラのためのソナタ・ペスニャ、プロコーフィエフ(ボリソーフスキイ編):バレエ「ロメオとジュリエット」より6つの小品 ピェルシュカ (Va) クーダ (Pf) (Artesmon AS 712-2)
  • 酒井 格:3つの小品、ショスタコーヴィチ(シロズヴィチ編):3つの幻想的な舞曲、フランセ:ソナチネ、ムーソルグスキイ(シロズヴィチ編):展覧会の絵、さだまさし(織田栄子編):北の国から、シルヴァ:3本のトランペットと2本のフリューゲルホルンのための組曲 白水大介 (Va) 久保千尋 (Pf) (Wako Records WKCD-0028)
アリアCDから、少し前に目について注文していた音盤が届いた。以前から存在はチェックしていたのだが、今まで入手しそびれていた。チェックしていた理由は、これまで聴く機会に恵まれなかったハチャトゥリャーンの無伴奏ヴィオラ作品。まだ聴き込んでいない上に楽譜も見ていないので、楽曲の内容を云々することはできないが、単音の並びから独特の民族的な雰囲気が浮かび上がってくる辺りは、ハチャトゥリャーンの面目躍如といったところ。作曲家の晩年の作品ということもあってか、渋みが強い。

ヴィオラのピェルシュカは、この録音の20年前にもショスタコーヴィチのソナタを同じピアニストと録音している。技術的な切れ味は旧盤に劣るが、ゆったりとした音楽の懐の深さは本盤に軍配が上がる。ただし、鋭さや厳しさとは無縁の解釈は共通しており、残念ながら物足りなさもまた共通している。

「ロメオとジュリエット」からの6曲は、ボリソーフスキイの編曲が秀逸。


関西フィルハーモニー管弦楽団のスター・プレイヤーであるトランペットの白水大介氏のソロ・アルバムは、リリース間もない時に、知人から「ショスタコーヴィチも入っているので、是非聴いてみて」と貸していただいたのだが、すっかり失念していて、気がつけば10年近く経ってしまった。今さらですが、慌てて聴いてみました。

トランペットの技術的な詳細については不案内だが、全体にロングトーンの伸びやかな力強さが印象に残る。ドクシーツェルのような派手さとは対極ながらも、端正さの中に十分な華やかさもあり、トランペットの魅力が存分に発揮されたアルバムである。

ショスタコーヴィチは、オリジナルのピアノ独奏版に聴かれる硬質で乾いた情感よりも、気だるさを感じさせる頽廃的な雰囲気がより前面に出ている。「展覧会の絵」では、曲毎に使用楽器を変えたり、シルヴァの作品では多重録音に取り組んだりと、意欲的な試みも満載だが、たとえば、「展覧会の絵」の冒頭のレガートのように、楽曲の要求に真摯に応えるような演奏姿勢そのものが好ましい。収録曲の中では、オリジナル作品であるフランセのソナチネが気の利いた楽しい曲で、演奏も聴き応えがあった。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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