【楽曲解説】シベリウス:アンダンテ・フェスティーヴォ

Jean Sibelius
ジャン・シベリウス(1865~1957)


Andante festivo (1922)
アンダンテ・フェスティーヴォ(1922年)



 今年生誕150年を迎えたシベリウスは91年に及ぶ長寿を全うしましたが、1925年に交響詩「タピオラ」作品112を発表して以降、亡くなるまでの30年間に発表された主要な作品はなく、創作活動は継続していたと伝えられるものの、事実上の隠居状態にありました。「祝祭アンダンテ」と訳されることもあるこの作品は、1922年12月28日に行われた、合板の工場であるサイナトサロ製作所の25周年記念式典のために依頼されたもので、交響曲第6番 作品104と同時期の、作曲家シベリウスとしては最晩年の小品です。式典時の初演はアマチュアの弦楽四重奏団によって行われ、総譜は当日配布された記念誌に収録されました。その後、シベリウスの親族の結婚式でこの曲が演奏されたことなどをきっかけに、コントラバスとティンパニを追加した弦楽合奏用に編曲され(楽器編成以外にも、終止音型の変更などがなされています)、自らが指揮する演奏会でしばしば取り上げるようになりました。1939年1月1日にアメリカでも生中継されたフィンランド放送交響楽団との放送録音は、現存する唯一のシベリウスの自作自演です。
 冒頭で提示される雄大で澄んだ主題はト長調で始まりますが、途中で教会旋法なども交えながら多彩な陰影をつけつつ、最後はアーメン終止で締めくくられます。「祝祭」という言葉に反して、敬虔で荘重な雰囲気を持った、シベリウスの魅力が凝縮された逸品です。

シュペーテ弦楽四重奏団 特別公演~アダルベルト・スコチッチ氏を迎えて~(2015年11月22日)

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【楽曲解説】シベリウス:交響曲第5番

Jean Sibelius
ジャン・シベリウス(1865~1957)


Symphonie Nr. 5 Es-dur Op. 82
交響曲第5番 変ホ長調 作品82



 ジャン・シベリウスは、国土の8割が森と湖の国フィンランドを代表する作曲家である。この国は長らくスウェーデンの支配下にあり、その後18世紀の北方戦争を経て1809年にはロシアに併合された。この頃から、ヨーロッパの周辺地域における国民主義の高まりとともにフィンランドでも民族意識が強まってくる。そのような時代の空気の中で、シベリウスは生まれた。1830年代、世界最大の民族抒事詩のひとつといわれる「カレワラ」がリョンロットによって編纂されると、それは国内的にも大きな影響力を持つようになった。シベリウス自身も青年時代に「カレワラ」に熱中し、そこにうたわれている様々な民族感情や、素朴な英雄主義やヒューマニズムに大きな影響を受けた。「クレルヴォ交響曲」、交響詩「エン・サーガ」、「カレリア」組曲、「レミンカイネン」組曲のような民族的な主題を扱った初期の作品にその影響を見てとることができる。フィンランド国民による自治政府の終結をロシア皇帝ニコライ2世が宣言した1899年には、シベリウスの代表作であり、フィンランド第2の国歌ともいわれる交響詩「フィンランディア」が作曲され、フィンランド国民の独立への願いを反映した作品として圧倒的な支持を得ることになる。このような社会状勢と愛国的な創作態度のゆえに、「国民主義音楽」の巨匠としてシベリウスは政府から終身年金を受けるまでに上りつめる。

 神とか博愛主義といった「普遍的」なものを指向したそれまでの音楽に対して、個人の感情や何らかの標題といった「主観的」なものを指向したのがロマン主義音楽だとすると、そのロマンの対象が主として個人ではなく、国民や民族に向けられたものを国民主義音楽ということができる。それらの多くが民俗音楽と密接に結びつくことで郷土色や民族性を追求しているのに対し、シベリウスの音楽は民族意識や北欧的な自然感情を、あくまで厳格な交響的構成の追求によって表現しようとしている点にその独自性が認められる。

 国際的な評判を呼んだ第2交響曲を作曲した後、シベリウスは1904年にヘルシンキの北30キロにあるヤルヴェンパーへと引っ越す。恋敵と決闘しそうになるほどの大恋愛の末に結ばれた妻アイノの名にちなんで「アイノラ荘」と呼ばれた家で、彼は死ぬまで過ごすことになる。そこでの創作はそれまでの愛国的・民族的な指向から離れ、第4交響曲に顕著なように個人の内側へと向かっていく傾向を見せる。簡潔化を目指し、短い動機を有機的に展開することで息の長いフレーズを作り出す、透明で独特の静寂に満ちたシベリウスの作風は、彼が1930年を最後に作曲の筆を断つまでの間、磨ぎ澄まされ続けていくのである。

 さて本日演奏される第5交響曲は、1915年12月8日、シベリウスの生誕50年を記念した国家規模の祝賀演奏会において新作として発表された。作曲は第1次世界大戦開戦の年1914年から始められ、交響詩「大洋の女神」などを携えた生涯ただ一度のアメリカ旅行やスカンディナヴィア各地への楽旅など身辺は多忙を極めたものの、第3交響曲のように予定の期日に間に合わないということもなく、無事予定通りに祝賀演奏会での初演が行なわれた。作曲者自身の指揮による初演は圧倒的な好評であったにもかかわらず、翌1916年12月の再演にあたって改訂版が作られた。しかしそれでもまだ満足が行かなかったのか、さらに1919年にも再び手を加えている。現在一般に演奏されるのはこの第3版である。このように執念深く改訂を重ねることはシベリウスとしては珍しく、この曲に対する彼の思い入れの深さを窺わせる。現在初稿版もレコードで聴くことができ、構成の簡潔化と無駄な響きの削除という改訂の意図を耳で確かめることができる。初稿版と現行版とを比較すると、冒頭のホルンはないわ、主題の調は違うわ、オーケストレイションが全く違うわ、各楽章の終り方は不自然だわ、変てこな不協和音があちこちで鳴り響くわ、コーダではダサい弦楽器のトレモロが聴こえてくるわ…、といったあまりの違いに驚かされる。この2度にわたる改訂の結果、第4交響曲とは対象的な明るさと安らぎに満ちた作品となり、自身の誕生祝賀演奏会のための作品であるという祝祭的な性格がより一層鮮明にされることとなった。ヨーロッパ中が戦争に巻き込まれていく不穏な社会状勢の中、あえて大自然から受ける大いなる感動を歌い上げたこの曲は、シベリウスの全交響曲の中でも第2交響曲と並ぶ人気作となっている。

第1楽章 Tempo molto moderato 12/8拍子-Allegro moderato 3/4拍子-Presto

 初稿版の第1楽章と第2楽章とをつなげて1つの楽章としたものであるが、ソナタ形式による前半とスケルツォ風の後半とが極めて密接かつ自然に結合されているところに、シベリウスの創意と熟練とを見ることができる。ホルンの音色はただちに聴き手を霧の中へと誘い、弦楽器のトレモロはあたかも明滅する鬼火のようである。様々な表情を見せながら音楽は進んでいくが、じきに霧は濃くなり、骨の髄まで凍るようなファゴットのうめき声が鮮烈な印象を残した後、金管楽器の響きとともに霧は晴れ、田園舞曲風の旋律とともに音楽は明るさを取り戻す。そして斧の一撃で終結させられるまで、もつれ合うような楽器が生命の讃歌を高らかに歌う。

第2楽章 Andante mosso, quasi allegretto 3/2拍子

 ヴィオラとチェロのピッツィカートで提示される素朴な主題に基づいた、自由な変奏曲。雄大に自然を歌い上げる両端楽章の間にあって、のどかでありながらもどこか哀愁を漂わせる、実に美しいインテルメッツォである。

第3楽章 Allegro molto 2/4拍子-Un Pochettino largamente 3/2拍子-Largamente assai

 弦楽器による活動的なトレモロが次第に濃い生地を形成すると、ホルンによる鐘を打ち鳴らすような印象的な音形に乗って、木管とチェロが主題を提示する。これらの主題と動機に基づいて、オーケストラは大自然の中を旅し続ける。やがてテンポの広がりとともに、トランペットが朗々と厳かに奏する揺れる主題を弦楽器のシンコペーションが支えると、ダウンズが「日の出のように荒涼として雄大だ」と評した壮麗なクライマックスが築かれ、曲は6つの分断された断固たる和音で終わる。

 シベリウスは1915年4月21日の日記に、次のように記している:

「今日、11時10分前に16羽の白鳥を見た。大いなる感動! 神よ、何という美しさだろう! 白鳥は長い間私の頭上を舞っていた。輝く銀のリボンのように、太陽のもやの中へ消えていった。声はツルと同じく吹奏楽器のタイプだが、トレモロがない。白鳥の声はもっとトランペットに近い…小さな子供の泣き声を思わせる低い繰り返し。自然の神秘と人生の苦悩…長い間、真の感動から遠ざかっていた私にこそ、これは起こるべきことであった。私は今日、聖なる殿堂にいたのだ。」

かぶとやま交響楽団 第18回定期演奏会(1997年11月2日)

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ソヴィエト・エコーズ

  • ソヴィエト・エコーズVol.1「遺産の陰に」 (Happinet Music HMBC-1002 [DVD])
  • ソヴィエト・エコーズVol.2「特権と圧力」 (Happinet Music HMBC-1003 [DVD])
  • モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第30、40、41番、「泉のほとりで(ああ、私は恋人を失くした)」による6つの変奏曲 D. オーイストラフ (Vn) バドゥラ=スコダ (Pf) (Andante AN 2200 [CD+DVD])
  • モーツァルト:セレナード第10~12番 チェコ・フィルハーモニー木管アンサンブル (Supraphon COCQ 84088~9)
  • シベリウス:交響曲全集、ヴァイオリン協奏曲 D. オイストラフ (Vn) ロジデーストヴェンスキイ/モスクワ放送SO (Venezia CDVE44237)
ハピネット・ピクチャーズから、お宝映像が発売されたとのことで、早速Tower Records難波店へ。第3巻はショスタコーヴィチとあまり関係ない内容だったので、購入を見送った。ショスタコーヴィチ関係の映像はいずれもどこかで見たことのあるものばかりだったのは残念だが、ティーシチェンコが弾き語る「ラヨーク」など、ドキュメンタリーとしてはなかなか面白い仕上がりで一気に観てしまった。なんとも軽薄な響きがする英語のナレーションは邪魔だが、貴重な映像がふんだんに用いられているので、ソ連音楽ファン必携のDVDといえるだろう。それにしても、1974年の「鼻」の再演映像は何度見ても泣ける。思い通りの響きが展開されるのを聴いて、子供のように嬉しそうな笑みを浮かべて興奮するショスタコーヴィチの顔は、本当に感動的。

さて、いつも通り“ついでの”買い物を物色。ショスタコーヴィチ関連には目ぼしいものがなかったので、今回は久しぶりにショスタコーヴィチ以外のCDばかり。といっても、ソ連・東欧系の演奏家ばかりですが(^^;

Andanteレーベルからリリースされたオーイストラフ&バドゥラ=スコダのモーツァルトは、同時期のスタジオ録音の2枚組CDを既に持っているので、それとは別のライヴ録音であっても本来なら購入を控えるところなのだが、なんとこのアルバム、DVDがセットになっている。変奏曲だけは以前に知人の好意でCLASSICA JAPANの録画を見せてもらったことがあるのだが、大好きなK. 454も含めて3曲も収録されている以上、これは買い逃すわけにいかない。映像と音声のずれは気になるが、格調高い二人の演奏姿に目が釘付け。バドゥラ=スコダの奏でるベーゼンドルファーの音色もたまらない。これぞ音楽!ですね。

別にモーツァルト・イヤーを意識したわけでもないのだが、モーツァルトをもう1枚。管楽合奏用のセレナードは大好きなのだが(特に変ホ長調K. 375)、それを1969年のチェコ・フィルのメンバーで聴けるとなれば、無条件に購入するのが当然だろう。「スプラフォン・ヴィンテージ・コレクション」というシリーズは、非常にこだわりのある、必ずしも一般受けしない音盤を意欲的に復刻している好企画だが、こうした“隠れた”名盤が発掘されるのは本当に嬉しい。演奏は、ローカル色の強い響きと、懐かしさすら感じさせるロマンティックで穏やかな音楽が非常に魅力的。僕の好きな第11番では少々ゆったりし過ぎとは思ったものの、自然体で楽しみながら楽器を奏でているだけなのに、極上の音楽に仕上がってしまう様は圧巻。

ロジデーストヴェンスキイによるシベリウスの交響曲全集はLPで所有しているのだが、Venezia盤が売れ行き好調なようなので、入手困難になる前に確保した。まぁ、安いですしね(^^; この全集は本当に素晴らしい。分厚い弦と重量級の輝かしい金管がシベリウスの響きとは異なるようにも感じられるが、非常に劇的な音楽の作りがシベリウスの魅力を見事に描き出している。もちろん、密やかな部分の緊張感と美しさにも不足しない。ムラヴィーンスキイの第7番なども同傾向なので、ロシアのシベリウス演奏の伝統とでもいうようなものがあるのかもしれない。LPを引っ張り出すことはあまりなかったので、今度の日曜日に演奏予定の第2番以外は久しぶりに聴いたのだが、いずれの曲にも感心しきり。第3番の華やかさなんて、ロジデーストヴェンスキイ以外にはできないんじゃないだろうか。第6番の強靭でよく歌う弦楽器も、たまらなく魅力的。

theme : クラシック
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tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 作曲家_Mozart,W.A. 作曲家_Sibelius,J. 演奏家_Oistrakh,D.F.

まとめて…

  • ビゼー(シェドリーン編):カルメン組曲、ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番 キーシン (Pf) カフェルニコフ (Tp) スピヴァコフ/モスクワ・ヴィルトゥオージ他 (Melodiya MEL CD 10 00618)
  • レーガー:ヒラーの主題による変奏曲とフーガ、モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ、管弦楽のためのバレエ組曲 カイルベルト/バンベルグSO、ハンブルグ州立PO (Teldec 3984-28175-2)
  • ブラームス(シェーンベルグ編):ピアノ四重奏曲第1番、アルヴェーン:歌劇「山の王」から「牛飼いの娘の踊り」、シベリウス:交響曲第5番、ショスタコーヴィチ:組曲「ボルト」より ロジデーストヴェンスキイ/ストックホルムPO (Melodiya C 10-13297-300[LP])
  • Kurt Sanderling The Soviet Years 1947-1956 (HDN C 0013)
  • リームスキイ=コールサコフ:交響組曲「シェエラザード」、グリーグ:「ペール・ギュント」組曲第1&2番 クリヴィヌ/フィルハーモニアO、スメターチェク/プラハSO (Denon COCO-70322)
  • リームスキイ=コールサコフ:歌劇「ムラダ」より「貴族たちの行列」、交響組曲「シェエラザード」、スクリャービン:法悦の詩 スヴェトラーノフ/ロンドンSO、ソヴィエト国立SO (BBC Legends BBCL4121-2)
  • リームスキイ=コールサコフ:交響組曲「シェエラザード」、ボロディン:中央アジアの草原にて、バラキレフ(リャプノフ編):イスラメイ ゲールギエフ/キーロフO (Philips 470 840-2)
  • シベリウス:交響曲第5&7番 カラヤン/ベルリンPO (DG POCG-2090
  • R. シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」、交響詩「ドン・ファン」 カラヤン/ベルリンPO (DG 429 717-2)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第7番(1978年ライヴ) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Scribendum SC 027)
いよいよ、かぶとやま交響楽団の第29回定期演奏会が今週末に迫ってきた。週末はその練習で、週が明けてからは本業でバタバタしていたため、断片的にしか音楽を聴く時間がとれなかった。今日列記した音盤は、週末から今日にかけて聴いたものを並べている。

本番直前ではあるが、来年5月に予定している第30回定期の選曲も進めなくてはならない。メインがドヴォルザークのチェロ協奏曲に決定しているので、前半の曲目は単に有名なだけではない、洒落たものにしたいのだが、何せ団員数が少ないので選曲の幅が狭くて苦労する。シェドリーンのカルメン組曲は、一度機会があったらやりたいと思っているので今回スコアを見ながら検討してみる。弦楽器は18型の指定があるものの、小編成で無理があるわけではないし、技術的にも十分可能な範囲。ただ、この曲は打楽器の負担が大きいので、打楽器が完全にトラ頼みの当団では無理だろうな。スピヴァコフの演奏は、スコアをよく見るとカスタネットのリズムがえぇ加減だったりするのに気付くが、基本的に精緻な演奏で模範になる。編成的な問題を考えると、レーガーのモーツァルトの主題による変奏曲とフーガは、まさにかぶ響向き。譜面づらはそんなに恐れるほどのものではなかった。が、レーガーの弦楽四重奏曲などを遊びで弾いた経験からすると、この和声感覚は相当難物だろうと想像される。弦楽器がDivだらけなのも、当団にはきついか。でも、素晴らしい曲。フーガ直前の第8変奏なんか、完全にレーガーの世界で恍惚としてしまう。やりたいなぁ。でも、やったら後悔するかな。

先日1枚目のブラームス=シェーンベルグのみを聴いたロジデーストヴェンスキイのライヴ録音の2枚目を聴く。シベリウスの第5番は、モスクワ放送響とのスタジオ録音に比べるとオーケストラの響きが落ち着いていて、ある意味シベリウスらしい。全体的には比較的つつがない演奏で、モスクワ放送響との全集みたいな個性的なものを期待すると拍子抜けする。「ボルト」組曲は、チェコ・フィルとクレジットされているPraga盤がほぼ同じ収録曲なのでひょっとしたら同じ演奏ではないかと思ったのだが、ざっと聴き比べた感じではよく似た演奏ではあるが、どうやら違う音源のようだ。ただ、楽器のバランスや、終演後の拍手が違うからといって、絶対に演奏が違うとまでは言えないのがPragaレーベルの罪なところ。まぁ、こういうあら探しみたいな作業はつまらないので、あまり深くこだわらないことにする。

今週末の演奏会に向けて、少し勉強をする。「ダンバートン・オークス」は、最近購入したザンデルリンクのソ連時代のライヴ録音で。きちんと仕上げられた丁寧な仕事だが、アクセントの効かせ方が今ひとつで、ストラヴィーンスキイならではのエキセントリックなリズム感があまり出ていない。これはザンデルリンクの趣味なのかもしれないが、あまり納得できない。アンサンブルはよく整っているが、それでもあちこちで走ったりしているのを聴くと、プロも同じやんけ、と安心したりするのは志が低いでしょうかね?

「シェエラザード」は、結局それほど音盤を集めたりしなかったのだが、何となく気に入っている3枚を立て続けに聴いた。クリヴィヌ盤は、非常に水準の高い演奏。常に廉価盤で出ているためにどうしても軽く扱ってしまいそうになるが、ここまできれいな響きで磨き上げた演奏もないような気がする。譜面に盛り込まれた効果が、余裕をもって引き出されていることで、多くの聴き手がこの曲に求めていることが余すところなく実際の音になっている。カントロフのVnソロは完璧。こう弾けたらなぁ。ま、無理なので今さら夢は見ないけどね。一方、スヴェトラーノフ盤は、まさにこれぞロシアといった演奏。濃厚な表情がたまらないが、これは大編成じゃないとね。自分の演奏の参考にはならない。でも、イギリスのオーケストラをこれだけ自分の色に染めてしまうというのは、やはり偉大な個性と言うべきだろう。洗練されながらもロシア臭を失っていないという点では、ゲールギエフ盤が随一。中央アジア風の民族色も感じさせる周到な表情付けは、聴けば聴くほどその綿密な仕上げに感心する。もちろん、こうした音楽作りはオーケストラの高度な機能にその多くを負っていることも間違いない。勉強、という意味では、この演奏が一番勉強になる。

続いて、シベリウスの第7番。練習番号Aの後にある弦楽器のコラールがとてもきれい。ここの部分がどうしてもうまくいかないんだよな。曲全体のまとめ方もうまいし、ミリタリックな金管の響きも僕は嫌いじゃない。それにしても、何と素晴らしい曲なんだろう。本番が待ち遠しいけれども、それでもう当分は弾く機会がないのかと思うと寂しい。

カラヤンついでに、大編成の管弦楽曲で契機付けを。なんだかんだ言っても、やはりこういう曲がオーケストラの醍醐味であることは否定しようがない。もっとも、聴くのも弾くのもこういう曲ばっかりだと、ものすごくつまらないんだけど。どうせ大編成ならってことで、シメはスヴェトラーノフの「レニングラード」ライブ。最高!

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MSブラスト

  • Arnold Rosé and the Rosé String Quartet ロゼーQ他 (Biddulph LAB056-57)
  • シベリウス:交響曲第5&7番 カラヤン/ベルリンPO (DG POCG-2090)
  • シベリウス:交響曲第7番、チャイコーフスキイ:バレエ「くるみ割り人形」より抜粋 ムラヴィーンスキイ/レニングラードPO (Altus ALT054)
今日はほぼ終日、大学のネットワーク障害に見舞われた。例のMSブラストというワームに、数百台というオーダーで学内のWindowsマシンが感染した模様。ワームやらウィルスやらで直接的に影響を受けたのは初めての経験だが、仕事も結構ネットに依存していることを改めて実感。まぁ、それはそれで仕事がはかどったりもするのだけれど。

昨晩というか本日未明というか、CD棚からあふれたCDを整理していたところ、ロゼーの録音集を発掘。とにかく弦楽四重奏に関することなら何でも知りたくて、歴史上の人物であるロゼーの録音をCDで聴くことができる!と飛びついて購入した学生時代が懐かしい。確かに古めかしいスタイルには違いないが、録音さえ良ければ50年代くらいまでのウィーンPOのスタイルとさして相違なく聴こえるのではないだろうか、とも思ったりする。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲(第4、10、14番)は内声に物足りなさがあるものの、歌心に満ちたなかなかの演奏。でもこれなら、バリリQの完成度には及ばないな。面白いのは、J.S.バッハの二重協奏曲。現在では考えられないような大昔のスタイルに、思わず口元が緩んでしまう。第3楽章にカデンツァが挿入されているのは、機会があれば是非一度自分でもやってみたい。聴いている人達、大受けだろうな。ただ、ここで第2Vnを弾いているロゼーの娘がアウシュヴィッツで亡くなっていることを知ると、ただの色物として聴き流すのは何か申し訳ないような気がする。

かぶとやま交響楽団の第29回定期演奏会のプログラムに、挨拶文の原稿を依頼されていたことをすっかり忘れていた。慌てて準備を始めたが、せっかくなら気分を出そうと、シベリウスの第7番を聴きながら書き物をする。カラヤン盤は、第18回定期で第5番をやった時に購入したもの。もう6年も前になるのね。かぶ響でコンサートマスターを初めてやったのもこの第5番だった。カラヤンの演奏はシベリウスじゃないなんてよく言われるし、確かにそう思う部分も少なくないが、でも素晴らしい演奏。揺るぎのないテンポ感や、隅々まで目の行き届いた磨き上げなど、オーケストラ芸術の極致と言っても良いのではないだろうか。それは、ムラヴィーンスキイ盤でも同様。どちらも非常に演奏者の個性が強い演奏だが、むしろこれくらいやらないとシベリウス独自の抽象的な世界は描き出せないのではないかとも思う。しかし、本当に良い曲だなぁ。日曜日の練習ではあまりにボロボロで涙が出たけれども、本番では音楽に涙したいものだ。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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