ミャスコーフスキイ、ティーシチェンコ、シチェドリーン

  • ミャスコーフスキイ:交響曲第25番 スヴェトラーノフ/モスクワ放送SO (MK D 4670-4671 [10"mono])
  • ティーシチェンコ:弦楽四重奏曲第4番 カリーニン・フィルハーモニーQ (Melodiya C10 19639 004 [LP])
  • シチェドリーン:歌劇「死せる魂」 テミルカーノフ/ボリショイ劇場O他 (Melodiya C 10-17441-6 [LP])
  • フォミーン:歌劇「替馬所の御者達」 チェルヌシェーンコ/レニングラード音楽院オペラO他 (Melodiya C10 19625 009 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.の2月のリストから注文したものが届いた。これまでは毎月発行されていたリストだが、今年に入ってからは偶数月のみの隔月発行になるとのこと。

スヴェトラーノフ指揮のミャスコーフスキイは、有名な全集録音とは別の物。1960年頃の録音と推測されるが、若きスヴェトラーノフの野趣溢れる覇気に満ちた、それでいてちょっと気取った音楽が心地よい。大祖国戦争の勝利を祝う、というよりは戦争が終わったことへの安堵が強く感じられる優しい平穏さが、田舎臭い懐かしさを漂わす節回しによって、何とも魅力的に奏でられる。特に、これぞロシア、と言わんばかりのホルンは、ロシア音楽好きにはたまらない。


ティーシチェンコの弦楽四重奏曲は、ショスタコーヴィチの第15番を彷彿とさせる聖歌風の旋律から始まる。その第1楽章は「葬送」と題されているが、ショスタコーヴィチの無力感とは異なり、いい感じで狂気を増しつつ音楽が展開していく。とりわけ、第3楽章が気に入った。カリーニン・フィルハーモニーQは真摯な演奏態度で健闘しているものの、残念ながら技術的な切れ味に不足していることは否めない。


今回届いた曲の中で、いや、最近聴いた曲の中で最も感銘を受けたのが、シチェドリーンの「死せる魂」。オリエント情緒を湛えた旋律と、鋭くも美しいシチェドリーンならではの響きが極めて印象的である。声楽と器楽の織り成す独創的な音楽世界には、ブリテンの「カーリュー・リバー」を初めて聴いた時と同じような衝撃を受けた。


フォミーンの歌劇は、2010年12月4日のエントリーで紹介したものと、全く同一の音盤。漫然とリストを見て注文していると、こうしたダブり買いをしてしまう。円安が進んでいるだけに、今後はもう少し注意しなくては。

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シェバリーンとティーシチェンコの佳品

  • シェバリーン:舞踏組曲「ひばり」、映画音楽「グリーンカ」より アクーロフ/モスクワ放送SO (Melodiya 33 C 10-05167-8 [LP])
  • ティーシチェンコ:バレエ「ヤロスラーヴナ」 ドミトリエフ/マールイ劇場SO & cho (Melodiya C 10-07823-6 [LP])
  • ティーシチェンコ:ヴァイオリン協奏曲第2番 スタドレル (Vn) シナーイスキイ/レニングラードSO (Melodiya C10 25835 001 [LP])
  • モーツァルト:ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージョ、ラヴェル:ツィガーヌ、ショスタコーヴィチ(グリークマン編):3つの幻想的な舞曲、ハチャトゥリャーン:舞曲第1番、オフチニコフ:バラード G. フェイギン (Vn) スシャンスカヤ、D. サーハロフ (Pf) (Melodiya 33D 17593-594 [10"mono])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの1月到着分。雑事に追われていたのは事実だが、たかだか4枚程度の音盤を2ヶ月も放置してしまったことは恥ずかしい限り。

バレエ音楽と映画音楽がカップリングされたシェバリーンのアルバムは、この作曲家のメロディーメーカーとしての特質が発揮された内容である。どの曲も憂愁を湛えつつも親しみやすい、ロシア情緒に満ちた抒情美が印象的な小品ばかりである。さしづめグラズノーフの後継者とでもいったところか。和声や管弦楽の扱いに特筆すべき新しさは感じられないが、手堅くも優れた水準に達していることは確かだ。楽譜の入手さえ容易ならば、アマチュア・オーケストラがこぞって取り上げそうな曲だ。


「ヤロスラーヴナ」は「イーゴリ軍記」を題材にしたバレエで、ティーシチェンコの代表作の一つである。東洋風の音楽が、透けるように薄いテクスチャの中で合唱を効果的に使った。鋭くも訴求力の強い響きで繰り広げられる。全曲が大きな一つの流れの中に統一されているせいか、バレエ音楽らしい多彩さには欠けるが、いかにもポスト・ショスタコーヴィチ世代らしい色合いの音楽は、なかなか魅力的だ。


同じくティーシチェンコのヴァイオリン協奏曲第2番は、「ヴァイオリン交響曲」との副題(?別名?)に相応しく、独奏ヴァイオリンがオーケストラと一体となって協奏曲の域を超えた巨大な音楽を歌いあげる、傑作である。この曲は、本当に素晴らしい。ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番の書法で交響曲第15番を書き直したような音楽だが、その響きや内容はショスタコーヴィチの単なる模倣ではない、ティーシチェンコ独自のものである。終楽章の終結に向かう音の流れは、交響曲第15番の終楽章の長大なクライマックスを思わせ、極めて感動的で強い印象を残す。


フェイギンの小品集は、一昔前のロシア流儀の模範生といった印象で、揺るぎのない安定感をもった左手、力強い切れ味で濃厚なロマンを歌いあげる右手のどちらも、十分以上の水準に達した演奏である。ただ、とりたてて強い個性が感じられる訳ではないので、古典的なレパートリーを収録したA面は平凡な出来である。ロシアの近代作品(ショスタコーヴィチもハチャトゥリャーンも最初期の作品なので、現代作品と括るべきではないだろう)が並んだB面も、当たり前のようにあっさりと弾き切っているのだが、それゆえに楽曲の雰囲気が自然に立ち上ってくるような、好感度の高い仕上がりになっているのが面白い。

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ポスト・ショスタコーヴィチを色々と

  • ヴァーインベルグ:シンフォニエッタ第1番、ペイコー:交響曲第4番 スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 33D-018975-76 [LP])
  • ボイコ:グツール狂詩曲、カルパチア狂詩曲、ヴォルガ狂詩曲、ジプシー狂詩曲 A. コールサコフ (Vn) D. サーハロフ (Pf) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 249 012 [LP])
  • シチェドリーン:ポエトリア ヴォズネセーンスキイ (朗読) ズィーキナ (歌) グスマン/モスクワ放送SO & cho. (Melodiya 33 C 10-04943-4 [LP])
  • ティーシチェンコ:交響曲第3番、「スズダリ」 ブラージコフ/キーロフ劇場CO他 (Melodiya 33CM 01973-74 [LP])
  • ヒンデミット:室内音楽第3番(チェロ協奏曲)、ヴェーベルン:チェロとピアノのための3つの小品、デニーソフ:チェロとピアノのための3つの小品、グバイドゥーリナ:デットーII モニゲッティ (Vc) A. リュビーモフ (Pf) キタエーンコ/モスクワPO ニコラエフスキイ/室内管弦楽団 (Melodiya 33 C 10-10167-68 [LP])
  • リュリ:歌劇「カドモスとヘルミオネ」序曲、Jean Douay:Cour de Versailles sous Louis XIVより「序曲」と「踊り」、ショスタコーヴィチ:前奏曲、前奏曲とフーガ、ジョスカン=デ=プレ:モテットと王室ファンファーレ、ケミーベシュ:エピローグ フランス国立管弦楽団金管五重奏団 (Disques Corélia CC 78010 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、ルーセル:シンフォニエッタ、ゲンツマー:シンフォニエッタ ゾルテル (Pf) シュナッケンベルク (Tp) ゲルミニ/ゲルミニO (RBM 3024 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの12月到着分。

ヴァーインベルグのシンフォニエッタ第1番は、いかにも彼の初期作品らしくユダヤ風の民族舞踊が炸裂する、ハイテンションな音楽である。それでいて、それぞれに個性的な4つの楽章が一つの作品としてまとめられているところに、ヴァーインベルグの非凡さが窺える。こうした熱狂の奔流を振らせたら、スヴェトラーノフの右に出る者はそう多くない。

ペイコーはミャスコーフスキイの弟子でショスタコーヴィチの助手としてモスクワ音楽院で教鞭をとったこともある作曲家。8曲の交響曲が代表作とのことで、ここに収録された交響曲第4番も恐らくはペイコー中期の創作を代表する作品なのだろう。師匠ゆずりの渋い内省的な暗さと鋭い響きは、聴き手にも真摯に音楽と向き合うことを要求しているかのようであるが、その割には3つの楽章がいずれも似たような雰囲気で、全体に単調であるために聴いていて退屈する。


ボイコ(同じような名前で混乱しそうになるが)の狂詩曲集は、2009年11月13日のエントリーに記したように、ジャケットだけを先行入手した形になっていたもの。今回入手した音盤はオランダでプレスされたもので、ジャケットもラベルも別物である。

さて、ここに収録された4曲の狂詩曲は、作品番号からも分かるようにボイコのルーツであるウクライナの民族性(?)をテーマにした連作である。それぞれに「グツール(東カルパチア山脈に住むウクライナ人のこと)」、「カルパチア」、「ヴォルガ」、「ジプシー」といった明確な標題が与えられているが、描写音楽というよりはこれらの語から想起されるイメージを自由に謳い上げた音楽と捉えるべきだろう。独奏楽器の有無などの相違はあるが、基本的には4曲とも同じような音楽である。溢れんばかりの民族的な音調はどれも分かりやすく、華麗な盛り上がりと胸を打つ抒情とのバランスもよくとれている。いわば、典型的な社会主義リアリズムの作品と言ってよいのかもしれない。スヴェトラーノフはここでも見事な手腕を発揮しているが、逆に言えばスヴェトラーノフ以外の指揮でこれらの曲を聴いてみようという意欲は、申し訳ないが湧かない。


シチェドリーンの「ポエトリア」という作品は、寡聞にしてその存在すら知らなかった。「詩人のための協奏曲」という副題(?)の通り、ヴォズネセーンスキイの朗読を中心に、合唱と女声(ズィーキナ)を伴った管弦楽(響きは極めて室内楽的)がシチェドリーン独特の透明で鋭い音世界を繰り広げる。どのような背景で作曲されたのかは分からないが、意欲的な実験昨と言って良いだろう。ライヴ録音であるが、初演の記録かどうかは不明。いずれにせよ、朗読の比重が高いために再演の可能性はそれほど高くないかもしれない。詩の内容が分からないので、現時点では作品について云々するのは控えておきたい。


ティーシチェンコの交響曲第3番はE. フィッシャー/ムジチ・デ・プラハの音盤で知っていたが、フィッシャー盤のいかにも現代音楽風の冷たい肌触りに対し、今回入手したブラージコフ盤は小編成であることを感じさせないスケールの大きな歌が心に残り、聴後の印象は随分と異なる。どちらもこの作品の本質に迫った演奏だと思うが、ショスタコーヴィチの延長線上にあることを強く意識させるブラージコフ盤のロシア情緒は、僕の好むところ。

カップリングの「スズダリ」は、2008年12月15日のエントリーで紹介した録音と同一のものと思われる。


第5回チャイコーフスキイ国際コンクール(1974年)で第2位に入賞したモニゲッティのアルバムは、A面がドイツ、B面がソ連の(当時の)現代音楽で構成されている。技術的に確かな仕上がりで、いずれの曲もそのあるべき姿で鳴り響いているという安心感がある。ヴェーベルン風の簡潔な響きながらもロシアの香りが漂うデニーソフの小品もいいが、ウストヴォーリスカヤに通ずる音の強さが心に残るグバイドゥーリナの作品はより一層印象的である。


フランス国立管弦楽団の金管楽器奏者達による五重奏のアルバムは、編曲物を中心にオリジナル作品で締めるという。この編成ではよくある構成である。一昔前の世代ということもあってか、率直に言って技術的な水準は低い。また、これといった音色の特徴もないために、魅力を見出すのが難しい音盤であった。編曲自体はこの編成ならではの響きを生かしたものだが、リュリやジョスカン=デ=プレの曲はともかく、ショスタコーヴィチの2曲は明らかに技量不足で楽しめない。ケミーベシュの作品には、それほどの興味を抱けなかった。 


最後の一枚は、2008年8月15日のエントリーで紹介した音盤を誤ってダブり買いしてしまったもの。リストを「Shostakovich」で検索して反射的にオーダーしているせいで、極力注意をしているつもりでもこういった失敗はなくならない。認めたくはないが、歳のせいで記憶力が衰えてきているのかもしれない。気がつけば、今年は厄年である。

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シェバリーン、ティーシチェンコ、タネーエフ

  • シェバリーン:組曲第2&3番 E. ハチャトゥリャーン/モスクワPO (Melodiya 33 D 020805-06 [LP])
  • ティーシチェンコ:フルート、ピアノと弦楽合奏のための協奏曲、無伴奏チェロ・ソナタ第1番 エヴェレフ (Fl) ナセドキン (Pf) フェイギン (Vc) セローフ/レニングラードCO (Melodiya 33 C 10-08193-4 [LP])
  • タネーエフ:弦楽四重奏曲第7番 タネーエフQ (Melodiya 33 C 10-10225-26 [LP])
  • タネーエフ:弦楽四重奏曲第9番 タネーエフQ (Melodiya 33 C 10-12333-34 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの8月到着分。

今月もシェバリーン作品の音盤を一枚。組曲第2番はデュマの「椿姫」の劇付随音楽から、第3番はプーシキンの「石の客」の劇付随音楽から再構成したもの。たとえば第3番にはスペイン風の音調を持つ曲もあったりするが、基本的には単なる「組曲」という表題の通り、原作のストーリー性は感じさせるようなものではない。比較的初期の作品である第2番に比べると、最晩年の作品である第3番は清澄で洗練された響きの一方で楽想そのものには晦渋さがある。グラズノーフの後裔とでもいったところか。E. ハチャトゥリャーンの溌剌とした演奏は、とりわけ第2番とは相性がよく、極めて魅力的で見事な出来である。


先月は見送ったティーシチェンコ作品の音盤が売れ残っていたので、これも縁だと思って入手。「フルート、ピアノと弦楽合奏のための協奏曲」は、“協奏曲”と言ってもバロックの「合奏協奏曲」の延長上にある作品だろう。1972年の作品だが、当時のショスタコーヴィチの作風からの影響も見受けられるものの、室内楽的な簡潔さを持ちながらも、ロシア的な重量感を持った響きにティーシチェンコの個性が強く感じられる。現代音楽風のとっつきにくさはないが、独特の幻想的な雰囲気には好き嫌いが分かれるだろう。むしろ初期作品の無伴奏チェロ・ソナタに聴かれる、荒削りな熱情の迸りの方が、一般受けするように思われる。


タネーエフの弦楽四重奏曲は番号付きのものが9曲あるのだが、作品番号のない第7~9番は第1番以前に作曲された習作である。とはいえ、対位法に凝りまくった衒学的な作品よりも、甘美な抒情を臆面もなく歌いあげた習作の方が耳に馴染みやすいのも事実。明らかにロシア音楽の音調ではあるのだが、ことさらに民族色を強調していないのは、いかにもタネーエフらしい。なお、第9番は既にCDで架蔵していた。番号の記憶が曖昧な程度にしか聴いていないのは、恥ずかしい限り。

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ショスタコーヴィチ、ティーシチェンコ、シチェドリーン、シェバリーン

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ヴォディチコ/ワルシャワPO (Eterna 8 20 127 [LP])
  • ファーリク:ヴァイオリン協奏曲、ティーシチェンコ:ヴァイオリン協奏曲第1番(第2版) リーベルマン (Vn) セローフ/レニングラードCO、フェドートフ/レニングラードPO (Melodiya C10-08787-88 [LP])
  • シチェドリーン:オラトリオ「人民の心の中のレーニン」、パラシオ:カンタータ「レーニン」、エシパーイ:カンタータ「レーニンと私たち」、ホールミノフ:カンタータ「レーニンは生きている」 エイゼン (B) ムンチャン、タルナフスカヤ (Pf) ロジデーストヴェンスキイ/モスクワ放送SO & cho、ユルローフ/ロシア共和国cho.、グスマン/モスクワ放送SO & cho. 他 (Melodiya CM 02499-500 [LP])
  • シェバリーン:喜歌劇「じゃじゃ馬馴らし」 ヴィシネーフスカヤ (S) エイゼン (B) ハラバラ/ボリショイ劇場O & cho.他 (Melodiya D 04510/15 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの、7月到着分。今回は、いずれも聴き応えのあるアルバムばかりであった。

ヴォディチコは第二次世界大戦後のポーランドを代表する指揮者とのことだが、その名に恥じぬ、雰囲気のある演奏を聴かせてくれる。ショスタコーヴィチの第10交響曲には、東欧の演奏者の魂を揺り動かす何かがあるのかもしれない。オーケストラがその技術的な限界で格闘することでもたらされる凄みは、シルヴェストリ盤やカラヤン/ドレスデン・シュターツカペレのライヴ盤などに共通するものがある。この二者に比べると、古典的な佇まいを保とうとする節度が、ヴォディチコ盤の特徴ということになるだろう。それでも洗練には程遠いのだが、一聴の価値はある佳演と言ってよいだろう。


ティーシチェンコのヴァイオリン協奏曲は、師ショスタコーヴィチよりもプロコーフィエフの影響を感じさせる、独特の美感をもった響きと旋律線が印象的である。ただ、全曲を覆う内省的な抒情は単調さと紙一重でもあり、聴き手によって好き嫌いは分かれるだろう。その点で、カップリングされているファーリクの協奏曲は各楽章の性格が多彩で面白い。レニングラードPOの名コンサート・マスター、リーベルマンの独奏は、非の打ち所がない見事なもの。


レーニン賛美のカンタータ集は、シチェドリーンの「人民の心の中のレーニン」を聴くことが目的。いかにもな強奏で始まるのだが、シチェドリーン独特の硬質で透明感のある響きのせいで、常に醒めた風情がつきまとい、時に哀しさすら感じさせる個性的な作品と思った。合唱をはじめとする声楽の扱いが非凡で、前衛的な体制賛美という相反する要求に対して、独創的かつ立派に応えている。その題材ゆえに埋もれさせておくには惜しい、優れた音楽作品であろう。ソ連崩壊から20年が経ち、“あの時代”の残滓も辺境の国、日本で断末魔の醜態をさらすばかり(日本人にとっては迷惑このうえない話ではあるが)となった今なら、この作品を蘇演することも可能ではないだろうか。他の収録曲も面白いが、シチェドリーンに比べると常識的な範疇にとどまっている。


シェバリーンの代表作「じゃじゃ馬馴らし」の全曲盤も、入手することができた。シェイクスピアの原作は未読なので、付属の解説書に掲載されていたあらすじを記しておく:
【第1幕】
パドヴァの豪商バプティスタには、2人の娘がいる。長女がカタリーナで、次女がビアンカである。カタリーナは怒りっぽく口やかましい性格であり、一方のビアンカは柔和で無邪気であった。

ビアンカには、多くの求婚者がいたが、誰も彼女を手に入れることができないでいた。彼女の父バプティスタには、長女が結婚するまでは次女を結婚させないと誓う。しかし、カタリーナと結婚したいと望む者がいなかったので、ビアンカは独身のまま死んでしまうのではないかと怯える。彼女の求婚者達、元気なルーセンシオと素朴なホルテンシオが、突然ペトルーキオのところに駆け込んでくる。ペトルーキオは、儲け話を探しにパドヴァにやってきた貧しい貴族である。カタリーナの怒りっぽい気性は、剛胆なペトルーキオにとって恐れるに足らなかった。そこで彼は、一ヶ月の間にカタリーナを飼い馴らすという賭をする。

ペトルーキオはバプティスタを訪ねる。ホルテンシオとルーセンシオも一緒である。彼らは音楽教師と偽る。それが、愛しいビアンカに会うための唯一の方法だった。ペトルーキオはカタリーナに紹介さるものの彼女は彼のことを嘲笑する。しかし彼はひるむことなく、驚いているバプティスタに父親として祝福してくれるように頼む。カタリーナは結婚を誓い、翌日には式を挙げる運びとなる。
【第2幕】
奇妙な結婚式の参列者達が、バプティスタの家へと急いでいる。全てが喧噪に包まれていた。新郎のペトルーキオは現れず、カタリーナは面目を失い、ビアンカは失望する。ビアンカの結婚は、延期されることになるだろう。

ペトルーキオはぼろぼろのスーツに壊れた帽子を纏い、困惑してさまよっていた。カタリーナはこの衣装を受け入れないだけでなく、彼の祖母のみすぼらしい形見であるウェディングドレスを着ることもしないに違いない。式の後でペトルーキオは招待客を席に座らせ、直ちにここを出発し、カタリーナの反抗を馴らすために強制力を発揮するつもりだと語る。

新婚の2人がペトルーキオの家に到着した時、外は嵐が吹き荒れていた。カタリーナはへとへとになるが、ペトルーキオは彼女に休息を与えない。彼の気まぐれには終わりがなかった。しかし、ペトルーキオの従者グレミオがカタリーナを嘲笑しようとすると、彼女は我慢がならず、嵐の寒い夜であるにもかかわらず、怒りにまかせて飛び出してしまう。

ペトルーキオは心の底から心配して、すぐに彼女を追いかける。彼は彼女を腕に抱えて家に戻る。しかし、彼女が意識を戻すとすぐに彼は素っ気ない振りをして、彼の若妻に背中を向けてしまう。
【第3幕】
一ヶ月が経った。カタリーナとペトルーキオは互いに愛し合っていたが、どちらも先に折れるつもりはなかった。

しかし、ペトルーキオは自分の悪ふざけを続けることはできなかった。彼はカタリーナに対する自分の愛を告白し、彼女の勇気、誇り、そして強さを賞賛する。彼女がまさに答えようとした時、突然の客がやって来る。

客は、バプティスタとビアンカ、そして彼女の夫となったルーセンシオであった。彼らは、ペトルーキオが自ら決めた期間の内に、自分の妻を手懐けることができたかどうかを確かめるために押しかけたのだ。ルーセンシオはペトルーキオに賭けをもちかける。自分の妻を呼びつけ、最初にやってきた方がより従順なのだから、その夫を賭けの勝者としようと提案した。

おとなしいビアンカが夫の呼び出しに応じず、気性の荒いカタリーナがすぐにやって来たのを見て、客人達はとても驚いた。これが、ペトルーキオの告白に対する彼女の答えであった。彼女は彼を愛しているのだ!

近代フランス音楽のような響きと民族音楽風の素朴なロシア情緒とがバランスよく両立した、シェバリーンの個性が存分に発揮された作品である。シェバリーンの代表作とされるのも当然だろう。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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