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ショスタコーヴィチ、ティーシチェンコ、シチェドリーン、シェバリーン

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ヴォディチコ/ワルシャワPO (Eterna 8 20 127 [LP])
  • ファーリク:ヴァイオリン協奏曲、ティーシチェンコ:ヴァイオリン協奏曲第1番(第2版) リーベルマン (Vn) セローフ/レニングラードCO、フェドートフ/レニングラードPO (Melodiya C10-08787-88 [LP])
  • シチェドリーン:オラトリオ「人民の心の中のレーニン」、パラシオ:カンタータ「レーニン」、エシパーイ:カンタータ「レーニンと私たち」、ホールミノフ:カンタータ「レーニンは生きている」 エイゼン (B) ムンチャン、タルナフスカヤ (Pf) ロジデーストヴェンスキイ/モスクワ放送SO & cho、ユルローフ/ロシア共和国cho.、グスマン/モスクワ放送SO & cho. 他 (Melodiya CM 02499-500 [LP])
  • シェバリーン:喜歌劇「じゃじゃ馬馴らし」 ヴィシネーフスカヤ (S) エイゼン (B) ハラバラ/ボリショイ劇場O & cho.他 (Melodiya D 04510/15 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの、7月到着分。今回は、いずれも聴き応えのあるアルバムばかりであった。

ヴォディチコは第二次世界大戦後のポーランドを代表する指揮者とのことだが、その名に恥じぬ、雰囲気のある演奏を聴かせてくれる。ショスタコーヴィチの第10交響曲には、東欧の演奏者の魂を揺り動かす何かがあるのかもしれない。オーケストラがその技術的な限界で格闘することでもたらされる凄みは、シルヴェストリ盤やカラヤン/ドレスデン・シュターツカペレのライヴ盤などに共通するものがある。この二者に比べると、古典的な佇まいを保とうとする節度が、ヴォディチコ盤の特徴ということになるだろう。それでも洗練には程遠いのだが、一聴の価値はある佳演と言ってよいだろう。


ティーシチェンコのヴァイオリン協奏曲は、師ショスタコーヴィチよりもプロコーフィエフの影響を感じさせる、独特の美感をもった響きと旋律線が印象的である。ただ、全曲を覆う内省的な抒情は単調さと紙一重でもあり、聴き手によって好き嫌いは分かれるだろう。その点で、カップリングされているファーリクの協奏曲は各楽章の性格が多彩で面白い。レニングラードPOの名コンサート・マスター、リーベルマンの独奏は、非の打ち所がない見事なもの。


レーニン賛美のカンタータ集は、シチェドリーンの「人民の心の中のレーニン」を聴くことが目的。いかにもな強奏で始まるのだが、シチェドリーン独特の硬質で透明感のある響きのせいで、常に醒めた風情がつきまとい、時に哀しさすら感じさせる個性的な作品と思った。合唱をはじめとする声楽の扱いが非凡で、前衛的な体制賛美という相反する要求に対して、独創的かつ立派に応えている。その題材ゆえに埋もれさせておくには惜しい、優れた音楽作品であろう。ソ連崩壊から20年が経ち、“あの時代”の残滓も辺境の国、日本で断末魔の醜態をさらすばかり(日本人にとっては迷惑このうえない話ではあるが)となった今なら、この作品を蘇演することも可能ではないだろうか。他の収録曲も面白いが、シチェドリーンに比べると常識的な範疇にとどまっている。


シェバリーンの代表作「じゃじゃ馬馴らし」の全曲盤も、入手することができた。シェイクスピアの原作は未読なので、付属の解説書に掲載されていたあらすじを記しておく:
【第1幕】
パドヴァの豪商バプティスタには、2人の娘がいる。長女がカタリーナで、次女がビアンカである。カタリーナは怒りっぽく口やかましい性格であり、一方のビアンカは柔和で無邪気であった。

ビアンカには、多くの求婚者がいたが、誰も彼女を手に入れることができないでいた。彼女の父バプティスタには、長女が結婚するまでは次女を結婚させないと誓う。しかし、カタリーナと結婚したいと望む者がいなかったので、ビアンカは独身のまま死んでしまうのではないかと怯える。彼女の求婚者達、元気なルーセンシオと素朴なホルテンシオが、突然ペトルーキオのところに駆け込んでくる。ペトルーキオは、儲け話を探しにパドヴァにやってきた貧しい貴族である。カタリーナの怒りっぽい気性は、剛胆なペトルーキオにとって恐れるに足らなかった。そこで彼は、一ヶ月の間にカタリーナを飼い馴らすという賭をする。

ペトルーキオはバプティスタを訪ねる。ホルテンシオとルーセンシオも一緒である。彼らは音楽教師と偽る。それが、愛しいビアンカに会うための唯一の方法だった。ペトルーキオはカタリーナに紹介さるものの彼女は彼のことを嘲笑する。しかし彼はひるむことなく、驚いているバプティスタに父親として祝福してくれるように頼む。カタリーナは結婚を誓い、翌日には式を挙げる運びとなる。
【第2幕】
奇妙な結婚式の参列者達が、バプティスタの家へと急いでいる。全てが喧噪に包まれていた。新郎のペトルーキオは現れず、カタリーナは面目を失い、ビアンカは失望する。ビアンカの結婚は、延期されることになるだろう。

ペトルーキオはぼろぼろのスーツに壊れた帽子を纏い、困惑してさまよっていた。カタリーナはこの衣装を受け入れないだけでなく、彼の祖母のみすぼらしい形見であるウェディングドレスを着ることもしないに違いない。式の後でペトルーキオは招待客を席に座らせ、直ちにここを出発し、カタリーナの反抗を馴らすために強制力を発揮するつもりだと語る。

新婚の2人がペトルーキオの家に到着した時、外は嵐が吹き荒れていた。カタリーナはへとへとになるが、ペトルーキオは彼女に休息を与えない。彼の気まぐれには終わりがなかった。しかし、ペトルーキオの従者グレミオがカタリーナを嘲笑しようとすると、彼女は我慢がならず、嵐の寒い夜であるにもかかわらず、怒りにまかせて飛び出してしまう。

ペトルーキオは心の底から心配して、すぐに彼女を追いかける。彼は彼女を腕に抱えて家に戻る。しかし、彼女が意識を戻すとすぐに彼は素っ気ない振りをして、彼の若妻に背中を向けてしまう。
【第3幕】
一ヶ月が経った。カタリーナとペトルーキオは互いに愛し合っていたが、どちらも先に折れるつもりはなかった。

しかし、ペトルーキオは自分の悪ふざけを続けることはできなかった。彼はカタリーナに対する自分の愛を告白し、彼女の勇気、誇り、そして強さを賞賛する。彼女がまさに答えようとした時、突然の客がやって来る。

客は、バプティスタとビアンカ、そして彼女の夫となったルーセンシオであった。彼らは、ペトルーキオが自ら決めた期間の内に、自分の妻を手懐けることができたかどうかを確かめるために押しかけたのだ。ルーセンシオはペトルーキオに賭けをもちかける。自分の妻を呼びつけ、最初にやってきた方がより従順なのだから、その夫を賭けの勝者としようと提案した。

おとなしいビアンカが夫の呼び出しに応じず、気性の荒いカタリーナがすぐにやって来たのを見て、客人達はとても驚いた。これが、ペトルーキオの告白に対する彼女の答えであった。彼女は彼を愛しているのだ!

近代フランス音楽のような響きと民族音楽風の素朴なロシア情緒とがバランスよく両立した、シェバリーンの個性が存分に発揮された作品である。シェバリーンの代表作とされるのも当然だろう。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 作曲家_Tishchenko,B.I. 作曲家_Shchedrin,R.K. 作曲家_Shebalin,V.Y.

シチェドリーン:交響曲第1番/ティーシチェンコ:ハープ協奏曲

  • シチェドリーン:交響曲第1番 アノーソフ/モスクワPO (Melodiya D 9185-86 [10"mono])
  • ティーシチェンコ:ハープ協奏曲 ドンスカヤ (HP) メレンチエヴァ (S) セローフ/レニングラードCO (Melodiya 33C 1355-58 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.から荷物が届いた。欲しかったショスタコーヴィチ作品の音盤はどれも確保できず、ついでに注文した2枚のみなのは寂しい限り。

シチェドリーンの交響曲第1番は、ショスタコーヴィチ風の鋭い暗さを持った、いかにも当時の現代ソ連音楽といった雰囲気を持っている。ただし、前衛色は薄い。全体にそつのない仕上がりで、シチェドリーンが創作活動の最初期から第一級の作曲家であったことの証左とでも言うべき作品である。ロシア情緒が強く押し出された終楽章が、鋭利で繊細な透明さを持った、いかにもシチェドリーンらしい抒情に満ちていて、とても魅力的である。録音はさすがに古めかしさが気にはなるが、作品を味わう上でそれほどの障害ではない。



ティーシチェンコのハープ協奏曲は、40分を超える大作。ハープの名技を前面に押し出した協奏曲というよりは、ハープをフィーチャーした室内オーケストラのための交響曲とでもいった風情の作品である。第4楽章ではソプラノ独唱まで加わり、響きの組み合わせを心ゆくまで愉しんでいるようにも思える。時に意味深だったり、滑稽だったり、抒情的だったり、感動的だったり、次々と様々な表情が繰り広げられるという点で、聴き手を飽きさせることはない。大作ではあるのだが、各楽章の佇まいはむしろ慎ましやかで、それでいて全体に一貫性も感じられる、ちょっと不思議な作品である。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shchedrin,R.K. 作曲家_Tishchenko,B.I.

「レニングラードの春」音楽祭のLP

  • J. S. バッハ:前奏曲 ホ長調、ニ短調、ハイドン:ピアノ・ソナタ第44番、モーツァルト:ピアノ・ソナタ第2番、シューベルト:即興曲 作品90-1、ショパン:ポロネーズ第3番「軍隊」、前奏曲第15番「雨だれ」、グリーグ:抒情小品集第3集より「春に寄す」、ショスタコーヴィチ:3つの幻想的な舞曲 グエッラ (Pf) (Educo 9565 [LP])
  • Concert of Russian Music(ショスタコーヴィチ:映画音楽「呼応計画」より「呼応計画の歌」他) ベラルスキイ (B) 不明 (Pf) (Artistic Enterprises B-109 [LP])
  • ティーシチェンコ:「スズダリ」、プリゴジン:弦楽四重奏曲第1番、スロニームスキイ:歌劇「ヴィリネヤ」より抜粋 コズィレヴァ (S) マヌホフ (T) タネーエフQ アブドゥラエフ/スタニスラーフスキイ・ネミローヴィチ=ダーンチェンコ記念音楽劇場 (Melodiya C10-04843-44 [LP])
先月分をようやく聴き終えたと思ったら、Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.から12月到着分が届いた。ショスタコーヴィチ作品は2枚のみ、それも小品が1曲ずつ。

まずは、「The Irl Allison Piano Library」というピアノ学習用の教材(?)と連動したアルバム。収録曲の間に演奏上の難易度以外の音楽的な関係はなさそう。いかにも模範演奏といった風情の丁寧な演奏ではあるが、全体に安全運転に過ぎるのがつまらない。ショスタコーヴィチの3曲目は、端正に弾き切ることを目指しているのだろうが、テンポは鈍重。

「Concert of Russian Music」は、ロシア歌曲の名曲アルバムみたいな内容かと想像したのだが、僕が収録曲で知っていたのは「呼応計画の歌」(本盤では「朝の光」と表記されている)と「暗い夜」だけ。雰囲気からすると流行歌の類が多いように思えるが、確証はない。甘く深い声質が、いかにもロシアン・ロマンスに相応しく、難しいことを抜きにして楽しめる。ただ、妙に人工臭のする録音には違和感がある。ちなみに、僕の手元に届いた盤は、レーベルが裏表逆に貼られていた。「呼応計画の歌」を知っていたからすぐにわかったが、もし何も知らない状態でこの音盤を聴いていたら、「『朝の光』というショスタコーヴィチの知られざる作品を見つけた!」なんてことになってたかも…(^^;

「レニングラードの春」音楽祭と表記されているアルバムは、何年に行われたものなのか、また録音はライヴか否かなど、曲名以外の詳しいことはさっぱりわからない。収録されている3名の作曲家は、全員、同世代のエヴラーホフ門下である。ティーシチェンコの作品は、歌(ソプラノとテノール)と室内アンサンブルのための連作歌曲といった感じ。曲名のスズダリ(Суздаль)とは、モスクワの東約200kmのところにある古都の名前。ロシア正教の教会を思わせる響きが印象的な作品である。おそらく、民間伝承の旋律なども取り込まれているのだろう。わりと前衛的な手法が多用されているせいか、ショスタコーヴィチの影はあまり気にならず、ティーシチェンコらしい思索的な雰囲気と響きが前面に押し出されている。プリゴジンの四重奏曲は、思いっきり現代音楽。それでも、旋律の断片らしきものが少なからず聴こえてくるところが、ソ連の作曲家らしい。多彩な響きを難なく再現していくタネーエフQの演奏も見事。スロニームスキイの歌劇からの抜粋も面白い。ただスロニームスキイについては、何が彼の特徴なのか、正直なところまだ掴みきれない。

この他、シチェドリーン作品が4枚届いているのだが、それはまた後日。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 作曲家_Tishchenko,B.I. 作曲家_Slonimsky,S.M.

ティーシチェンコ/スロニームスキイ

  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8&13番 ラファエルQ (Attacca Babel 8416-1 [LP])
  • ティーシチェンコ:交響曲第3番、スロニームスキイ:コンチェルト・ブーフ E. フィッシャー/ムジチ・デ・プラハ (Supraphon 1 10 1433 [LP])
  • ファリク:弦楽のための音楽、ティーシチェンコ:シンフォニア・ロバスタ、スロニームスキイ:劇的な歌、ウスペーンスキイ:弦、打楽器のための音楽 トマシェク (Vn) ヴロンスキー/プラハSO (Supraphon 1110 2280 [LP])
  • A. ニコラーエフ:ヴァイオリン・ソナタ、B. チャイコーフスキイ:ヴァイオリン・ソナタ I. オーイストラフ (Vn) ゼルツァロヴァ (Pf) (Melodiya 33D 18445-46 [10" mono])
  • ジェミニアーニ(コルティ編):無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、ロカテッリ(イザイ編):ヴァイオリン・ソナタ 作品6の7「墓にて」、パガニーニ:カンタービレ、カプリース第4番、クライスラー:ベートーヴェンの主題によるロンディーノ、ヴィエニャフスキ:エチュード・カプリース第4番、シチェドリーン:アルベニス風に クレーメル (Vn) ブラウン (pf) (Melodiya 33 CM 02387-88 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの11月到着分。

ラファエルQのショスタコーヴィチはCDもあるようだが、メディアに対するこだわりは特にないのでLPで入手。技術的にも音楽的にもよく整った演奏ではあるが、それ以上の魅力は感じられない。やや金属的な音色も影響しているのかもしれないが、表現力に不足する感は否めない。

ティーシチェンコの交響曲は、今回が初めて。室内オーケストラ用の第3番も単一楽章のシンフォニア・ロバスタも、そんなに作曲時期が離れていないせいか、聴後の印象に大きな差はない。どちらも、初期ショスタコーヴィチ風の管弦楽法に、後期ショスタコーヴィチ風のモノローグが展開されており、師匠の強い影響下にあることがすぐにわかる。もっとも、第3番はショスタコーヴィチに捧げられているので(1966年作曲なので、おそらくは60歳の誕生日を記念してのものだろう)、特にこうした直接的な影響を感じさせるのかもしれない。和声や響きに独自の趣味が窺えるが、それがティーシチェンコの個性なのかどうかは、もう少し後年の作品なども聴いてから判断したい。

上述した2枚のLPでは、ともにスロニームスキイの作品がカップリングされていた。『ショスタコーヴィチ自伝』にも、ティーシチェンコとスロニームスキイが並んで論じられていた文章があるし、同世代の有望株として並び称せられる存在の二人だったのかもしれない。僕の好みで言えば、断然スロニームスキイの方が面白い。現代的な響きで、いかにもソ連らしい劇性を持った、時にロマンチックですらある音楽が繰り広げられる様は、とても個性的。

ウスペーンスキイの名は、「山椒魚戦争」という歌劇の題のみを知っているに過ぎないが、やはりショスタコーヴィチ門下の一人である。ただ、カバレーフスキイのことを非常に尊敬しているという話をどこかで目にしたこともあり、ティーシチェンコのようにショスタコーヴィチの流れを汲む……、と無条件に考えるわけにはいかないだろう。多彩でよく響くオーケストレイションは、それだけで十分面白く、美しいものだ。

残るファリクという名は全く初めて目にした。ここまで挙げてきた他の作曲家と同世代(1930年代後半生まれ)だが、今回聴いた「弦楽のための音楽」に関する限り、やや保守的な作風なように感じた。もっとも、ネットで軽く調べてみると必ずしもそうではないようなので、現段階で断ずるつもりはないが。サンクト・ペテルブルグ音楽院で作曲と器楽(チェロ)のクラスを担当している(いた?)らしく、器楽科の卒業生にはゲールギエフがいるとのこと。

B. チャイコースフスキイのヴァイオリン・ソナタは、作曲家が27歳の時の作品だが、若書きと言っては、この十分に熟練した音楽に対して失礼だろう。品の良い劇性を備えた情感の瑞々しさが印象的な一方で、いたずらにヴァイオリンの技巧に拠らず真摯に音楽を紡いでいく様には、ちょっとした風格すら感じられる。なかなかの佳品である。これに比べるとA. ニコラーエフの作品は、正直なところあまりぱっとしない。I. オーイストラフは、ごく安定した演奏を披露しており、これらの作品を丁寧に、不満のない水準で再現している。

クレーメルのアルバムは、収録曲が面白そうだったので何となく気まぐれでオーダーしたもの。どうやら、クレーメル最初のスタジオ録音のようだ。入手したLPのジャケットには1977年と記されているが、1968年録音というのが正しいようだ。とすれば、たかだか20歳そこそこだったはずで、テクニックの完成度だけとっても尋常ではない研ぎ澄まされ方なのだが、“らしい”選曲のいずれにおいても、それまで誰もが見出すことのなかった新たな、そして魅力的な音楽世界が提示されていることに、ただひたすら唖然とする他はない。A面のジェミニアーニとロカテッリは、特に凄い。この演奏を聴いて、なおもこれらの作品を自ら演奏しようという度胸のあるヴァイオリニストなど、そうはいないだろう。

あと、シチェドリーン作品が2枚届いているのだが、それについてはまた後日。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Tishchenko,B.I. 作曲家_Slonimsky,S.M.

ヴァーインベルグの交響曲(10&12番)

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  • J. S. バッハ:管弦楽組曲第2番、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調、クレノヴィチ:13の独奏楽器のための「The Siler」、S. ホフマン:「It is coming!」、ショスタコーヴィチ(バルシャーイ編):室内交響曲 I. グラフェナウアー (Fl) クルスティチ (Vn) スコヴラン/ベオグラード弦楽合奏団 (RTB 3130053 [LP])
  • ミヨー:スカラムーシュ、ハチャトゥリャーン:2台のピアノのための組曲、ショスタコーヴィチ(ルボシュツ編):バレエ「黄金時代」よりポルカ、グリーンカ(ルボシュツ編):ひばり、ショスタコーヴィチ(ルボシュツ編):映画音楽「黄金の山脈」よりワルツ、メンデルスゾーン:華麗なアレグロ ルボシュッツ、ネメノフ (Pf) (Vanguard VSD-2128 [LP])
  • チャイコーフスキイ:弦楽四重奏曲第1番より第2楽章、メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第4番より第2楽章、ラフマニノフ(ハルトマン編):セレナード(幻想的小品集より第5曲)、トゥリーナ:闘牛士の祈り、ショスタコーヴィチ:バレエ「黄金時代」よりポルカ、ヴォルフ:イタリアン・セレナード、フォーレ(ジャフィ編):夢のあとに、ブリッジ:ロンドンデリーの歌(民謡編曲) 、グレインジャー:岸辺のモリー  アメリカン・アートQ (RCA LBC-1086 [LP])
  • ピストン:ヴァイオリン協奏曲、ヴィヴァルディ:ヴァイオリン・ソナタ ニ長調、アイルランド民謡:グウィードア・ブレイ、スーク:4つの小品より第4曲「ブルレスク」、ショスタコーヴィチ:バレエ「ボルト」より官僚の踊り、クロール:バンジョーとフィドル コルベルク (Vn) F. シュレーダー (Pf) マツェラス/ベルリンSO (MACE MXX 9089 [LP])
  • ボロディーン:弦楽四重奏曲第2番、ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番、スーク:弦楽合奏のためのセレナード ブロドスキーQ ヴァルトシュタイン三重奏団 レッシュ/フランクフルト・シンフォニエッタ (Frankfurtuer Sparkasse von 1822 1822/9-10 [LP])
  • ティーシチェンコ:ピアノ協奏曲、ピアノ・ソナタ第2番 ティーシチェンコ (Pf) ブラシコーフ/レニングラードSO (Melodiya 33CM 02069-70 [LP])
  • ヴァーインベルグ:チェロと管弦楽のための幻想曲、交響曲第10番 ヴァシーリエヴァ (Vc) バルシャーイ/モスクワ室内O (Melodiya 33CM 01991-92 [LP])
  • ヴァーインベルグ:交響曲第12番「ショスタコーヴィチの思い出に」 フェドセーエフ/モスクワ放送SO (Melodiya 33C10-18771-2 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの9月到着分。

ユーゴスラヴィアの弦楽合奏団の2枚組アルバムは、1枚目(バッハとメンデルスゾーン)が音楽祭か何かのライヴ録音で、2枚目(現代音楽集)はスタジオ録音である。編成は4-3-3-2-1と非常に小型だが、力まずに丁寧に奏でられる、のどかで澄んだ響きがとても好印象。収録曲は古典と現代の両極端(というほどでもないか…)だが、いずれも技巧的な作品ではないだけに、この団体の魅力がより発揮されているように思われる。ショスタコーヴィチは、バルシャーイ編曲版を使っているにもかかわらず、印象は原曲に近い。良い意味で中庸な音楽に仕上がっていて、同じ悲しみでも、温かく優しい涙がこぼれるような響きが素敵である。バッハも、とても気持ちのよい音楽だ。しかし、ジャケットの絵が居眠りをしている聴衆で、その下に「Probudite se! (Wake up!)」と書いてあるのは、一体どういう意図なのだろうか?

ルボシュッツ&ネメノフのピアノ二重奏は、この編成の有名曲と、ルボシュッツ自身が編曲した小品との組み合わせ。長く活動を続けた二人だけに(この録音がどの時点のものかはわからないが)、安定した自在なアンサンブルはさすが。ショスタコーヴィチ作品は、バレエ「黄金時代」のポルカと映画「黄金の山脈」のワルツが取り上げられているが、後者は、ちょっと品のあるアンコールピースといった雰囲気で悪くない。残念ながら前者は響きの厚い編曲のせいか、楽曲の皮肉っぽい洒脱さが伝わらない。元にした楽譜のせいなのか、音の間違いが多いのも気になる。

アメリカン・アートQのアルバムは、「String Quartet Melodies」と題された小品集である。古めかしいセピア色の録音状態は、ちょっと洒落た選曲とよく合っていて、冒頭のアンダンテ・カンタービレから、お好きな方にはたまらない郷愁の世界が繰り広げられる。ショスタコーヴィチのポルカは、作曲者自身の手による「弦楽四重奏のための2つの小品」とは別物の編曲。誰の編曲かは記されていないが、先のルボシュッツ&ネメノフ同様、妙に厚ぼったい響きと、音の間違いがどうにも気になって仕方がない。

ピストンのヴァイオリン協奏曲は初めて耳にする曲だが(というより、ピストンの作品自体、聴いた記憶がない)、これは初演時の独奏者Hugo Kolbergによる録音である。アメリカ音楽らしい雰囲気は、3楽章でジャズ風の一節が聴こえる部分くらいで、後は近代イギリス音楽に近いように感じた。Kolbergのヴァイオリンは、B面はピアノ伴奏の小品集だが、有名どころがほとんどない凝った選曲が面白い。ヨーロピアンな落ち着いたまろやかさを感じさせる地味な音色が魅力的で、技術的にも高い水準にある。アルバム全体に漂う格調の高さは、彼の個性といえるだろう。ショスタコーヴィチ作品は、バレエ「ボルト」からの一曲。過度に技巧的に装飾された編曲が誰の手によるものかは不明だが、原曲の雰囲気はずいぶんと損なわれている。

大学時代、ドイツ語をサボりたおしたせいで、ドイツ語でしか書かれていないライナーはお手上げ状態なのだが、「Frankfurtuer Sparkasse von 1822」という言葉を手がかりに辞書と首っ引きで要点だけ読んでみたところ、どうやらドイツのある銀行(組織?)が主催して行っている若手演奏家のための室内楽の夕べを収録したアルバムを入手した模様。2枚組なのだが、それぞれにDisc-9、10という番号が振られていることから、恐らくはお得意様に配られた私家盤に通し番号がつけられているのだと想像される。さて、収録された演奏だが、初期のブロドスキーQ(Va奏者が現在と異なる)の颯爽としたボロディーン、この音楽会のために集められた団体が母体となったフランクフルト・シンフォニエッタの伸びやかなスークは、どちらもとても気持ちの良い音楽に仕上がっている。ジャケットに演奏会の様子を撮影した写真が載っているが、冠演奏会と呼ぶには地味な「若手演奏家/室内楽」という企画で満員の聴衆が集まり、こうした水準の高い演奏が繰り広げられるドイツ文化の奥深さを垣間見る思い。ただ、ショスタコーヴィチの演奏に関しては、あまりにも線が細く、技術的に弾けていない訳ではないものの、作品が内包しているドラマのごく表層だけをなぞったかのような表現に終始しているのが残念。

ショスタコーヴィチ作品とのカップリングか、ショスタコーヴィチ作品の編曲でしか聴いてこなかったティーシチェンコだが、初期のピアノ作品2曲を収録したアルバムが目についたので、注文してみた。同時期のチェロ協奏曲に比べると管弦楽伴奏がそれほど大胆ではないが、これはショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番を彷彿とさせる軽やかな雰囲気のせいか。響きにもショスタコーヴィチからの影響が窺えるものの、和声の扱いや音楽の印象には独自の個性があると言ってよいだろう。ただ、ソナタの方は、ショスタコーヴィチのピアノ・ソナタ第1番そのもの。ティーシチェンコの個性が全くないわけではないが、この1曲だけ取り上げれば、ショスタコーヴィチの亜流、あるいはコピーと言われても仕方ないだろう。

ヴァーインベルグの交響曲、今回は新たに2曲を入手できた。まずは、バルシャーイ/モスクワ室内Oによる第10番。弦楽器のみの編成で、首席奏者の名前が独奏者としてクレジットされていることからもわかるが、バロック期の合奏協奏曲、あるいは組曲のような体裁となっている(第1楽章の副題が、そのもの「Concerto-grosso」である)。バッハやヴィヴァルディなどと同時に、現代ソ連音楽も得意としていたこの団体を意識して書かれた作品に違いない。荘厳でありながら、時に激烈で透徹した現代風の感情が迸る、なかなかの佳品である。各楽章の合間(?)に配置されている猛烈な独奏は、この団体の技術的な水準の高さを端的に示してくれる。この曲ができたのは1968年。その1年後にショスタコーヴィチが、同じバルシャーイ/モスクワ室内Oを念頭において交響曲第14番を書いた背景には、この作品の存在も影響しているのだろうか?カップリングの幻想曲は、モノローグ的な深沈した雰囲気が印象的。といっても、後期ショスタコーヴィチとは違って、どこか明るさを感じさせる抒情が漂っている。とにかく、この団体の巧さに圧倒される一枚。

第12番は「ショスタコーヴィチの思い出に」という副題のある、ショスタコーヴィチの死後間もなく作曲された作品。ショスタコーヴィチの影響を強く受けたヴァーインベルグならではの、“ショスタコーヴィチの様式で”書かれた作品。第3楽章で「ムツェンスク郡のマクベス夫人」が聴こえてきたりするものの、基本的には直接的な引用や模倣はない。ショスタコーヴィチを強く感じさせながら、響きも節も雰囲気もヴァーインベルグという、この種の追悼作品としてはかなり上質な音楽と言えるだろう。フェドセーエフの指揮は抒情性が卓越していて、この作品には相応しい。モスクワ放送SOの名技も存分に発揮されている。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 作曲家_Weinberg,M. 作曲家_Tishchenko,B.I.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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