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ゲールギエフのショスタコーヴィチ第6番(旧録音)と、ヴァーインベルグの弦楽四重奏曲

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第4~9番 ゲールギエフ/キーロフO、ロッテルダムPO(Philips 470 841-2)
  • ヴァーインベルグ:ピアノ五重奏曲、弦楽四重奏曲第12番 ヴァーインベルグ (Pf) ボロディーンQ スミルノフ、コビヒャンスキイ (Vn)・トルーシン (Va)・ヴァシリーェヴァ (Vc)(Olympia OCD 474)
  • ヴァーインベルグ:弦楽四重奏曲第1、10、17番 ヨーテボリQ(Olympia OCD 628)
梅田でわずかばかりの空き時間ができたので、少しご無沙汰していたディスクユニオン 大阪クラシック館へ。

随分と前のことになるが、2005年7月15日のエントリーに、ゲールギエフによるショスタコーヴィチの戦争交響曲(第4~9番)の5枚組BOXについて、第6番以外は全て単発でリリース済みだったにも関わらず、よりによって一番短い第6番だけを(当時)1万円もするBOXでしか入手できないようにした販売方法に対して強い怒りを覚え、「何かとカップリングで単独発売されるかワゴンセールで3千円くらいになるまでは、この第6番は買わない」と記した。このBOXが2千円未満の価格で店頭に並んでいたので、15年の歳月を越えてようやく架蔵することに。

第6番は「頭のない交響曲」などと言われ、まるで構成に不備があるかのように言われる作品だが、ゲールギエフは緊張感に満ちた壮大な冒頭から華やかで楽しい終わりに至るまで、流麗かつ繊細で見事な処理を行い、オーケストラの名技を存分に味わうに相応しい音楽に仕立て上げている。それはまるで、交響曲というよりは協奏曲を思わせる。まさにゲールギエフの面目躍如といったところ。

売り方さえ間違えなければ、「この1曲のために、BOXを買う価値がある」くらい言えたのに。


Olympiaレーベルのヴァーインベルグ・シリーズから数枚が入荷していたので、とりあえず弦楽四重奏曲が収録されている音盤を2枚確保。

自作自演のピアノ五重奏曲はこれが3枚目となるので、目当てはモスクワ室内管の首席奏者達による弦楽四重奏曲第12番。これは盟友ショスタコーヴィチの生前に書かれた最後の作品(1970)で、次の第13番は没後の1977年となる。ただ、この時点でショスタコーヴィチに係わる何かがあったわけではなく、純粋にヴァーインベルグの内面の吐露と考えてよいだろう。明らかにショスタコーヴィチ晩年の世界観の延長上にある音楽だが、陰々滅々とした絶望の深さは、もしかしたらショスタコーヴィチ以上かもしれない。演奏は、怜悧でありながらも厚い響きが美しい。


もう1枚は、ヴァーインベルグの死の翌年である1997年に録音されたヨーテボリQのアルバム。ジャケットには「世界初録音」とクレジットされているが、それが正しいのかどうは確認していない。

第1番は、ショスタコーヴィチの第1番の前年である1937年の作。ただし、ここで演奏されているのは1986年の改訂版である。ヴァーインベルグの弦楽四重奏曲はまだ踏破していないので、何がどれくらい異なっているのかはわからないが、ヴァーインベルグならではの楽想の片鱗と、そこかしこに聴かれる美しい響きに、弦楽四重奏曲というフォーマットに対するヴァーインベルグの適性が窺われる。

第10番が書かれた1964年は、ショスタコーヴィチも第10番を書いた年で、ショスタコーヴィチが「ようやく君に追いついた」と喜んだというエピソードがある。全17曲中ではちょうど折り返した辺りの作品であるが、既に晩年の作風で、先の第12番に通じる鬱々とした雰囲気。

ヴァーインベルグ最後の弦楽四重奏曲となった第17番は1987年の作で、作品番号は146。彼の作品番号は154(未完の交響曲第22番)までなので、最晩年の作品と言っても構わないだろう。1996年の死までは10年弱の時間が残されていたが、難病で寝たきりだったらしく、創作自体が困難だったようだ。この第17番は、形式的には古典的な4楽章制をとっており、ベートーヴェンの第16番が想起される。ただし、解脱した明るさとは無縁で、重厚でありながらも不可解な余韻が残る音楽。

この録音で初めて存在を知ったヨーテボリQは、ソ連の団体に聴かれるような鋭利さはないものの、捉えどころのない長大なフレーズも明晰に処理しており、録音当時はほとんど聴かれることのなかっただろう作品群を紹介するのに相応しい演奏を繰り広げている。

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NHK交響楽団第1911回定期公演

  • イツァーク~天才バイオリニストの歩み~ (2017 録画 [NHK ETV(2019.7.5)])
  • ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番、ヴァーインベルグ:交響曲第12番「ショスタコーヴィチの思い出に」 グルズマン (Vn) 下野竜也/NHK SO (2019.4.24 録画 [NHK ETV(2019.7.14)])
近年、その活動を耳にすることがなかったパールマンだが、ドキュランドへようこそで紹介されたアメリカのドキュメンタリーでごく最近の姿を見ることができた。てっきり年齢的な衰えで活動を縮小しているのだとばかり思い込んでいたが、演奏の鮮やかさに衰えは全く感じられなかった。そもそも彼は1945年生まれなので、まだ後期高齢者ですらない。

さて、このドキュメンタリーでは複数のテーマ(「ユダヤ人」「妻トビー」「障がい」「演奏家としてのキャリア」「近年の活動」)が扱われているが、それぞれに興味深い映像が盛り込まれており、たった45分の番組にもかかわらず極めて充実した内容となっている。楽器の表板の裏にヒトラーの名が書かれている場面などはかなりの衝撃ではあったが、私は専ら近年の演奏に目を奪われた。ヴァイオリニストに限らず、単一の楽器には物足りなくなって指揮者に転向する名奏者は少なくないが、パールマンは徹底してヴァイオリン一筋であるところが、私の好むところである。彼の演奏姿からは、いまだにヴァイオリンを弾く愉しさや悦びが溢れ出している。冒頭でアメリカ国歌を楽しそうに弾くパールマンを観ると、あぁヴァイオリンっていいな、と改めて思う。


NHK交響楽団第1911回定期公演は、その素晴らしいプログラムで私の知人も数多く足を運んだようだが(そのわりに、客席には空きが目立ったらしい……)、その様子がクラシック音楽館で放送された。この種の番組にマニアックな深い情報を求めるものではないが、とはいえ、明らかにマニアックな意図を持って組まれたプログラムを放送するのだから、もう少し深入りした解説があってもよかったように思う。少なくとも下野氏には語るだけの知識や思い入れがあっただろう。たとえば、ヴァイオリン協奏曲の第3楽章の作曲直前にヴァーインベルグの義父であったミホエリスの殺害事件があったこと、そしてそれはジダーノフ批判の時期であったことなど、互いの壮年期にそういう時代を共に過ごしたことを念頭において、あの交響曲を聴けば、どこかとりとめのない印象にも聴き手それぞれが意味付けをできたようにも思う。

交響曲の演奏は、非常に手堅く、隅々まで明晰に処理された立派なもの。分裂した躁鬱の表現にはもっと極端さがあってもよいとは思うが、実演はおろか録音でも聴かれることの稀な作品のライヴとして、不満は全くない。ヴァイオリン協奏曲の方は、まるで譜面台にかじりついているかのような独奏からは何も感じることができず(協奏曲の独奏で楽譜を見ること自体に違和感があるわけではない)、オーケストラも悪い意味での安全運転に終始した、ただただ凡庸な演奏。

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Toccata Classicsレーベル3題

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第9番、映画音楽「偉大な川の歌」よりワルツ、バレエ組曲第2番よりポルカ、映画音楽「コルジーンキナの出来事」より「追跡」、2台のピアノのための組曲、タランテラ、陽気な行進曲、コンチェルティーノ ヤンノウラ & フィケルト (Pf) (Toccata TOCC 0034)
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番、交響曲第15番 キム・ミンキョン & ムン・ヒュンジン (Pf) (Toccata TOCC 0292)
  • ヴァーインベルグ:「子供の歌」、「過ぎ去りし日々」、「私が歌えばこの子は眠る」 カルギーナ (S) ニコラーエヴァ (MS) コロステリョフ (Pf) (Toccata TOCC 0078)
  • アリアCDにて、Toccata Classicsレーベルの3点を購入。

    ショスタコーヴィチの2台ピアノ(連弾含む)作品は、CD1枚に収まる量しかないこともあって、これまでにも「全集」が複数リリースされている。Toccata Classicsレーベルの「全集」はそれらに加えて、交響曲などのショスタコーヴィチ自身による2台ピアノ用編曲(DSCH社の作品全集に基づく)も録音するという試みである。

    第1集は、いわゆる2台ピアノ用作品の全てに加えて、交響曲第9番の連弾版が収録されている。“中庸”という形容がいかにも相応しい端正で上品な演奏で、舞台作品からの抜粋や作品番号のない小品については、美しく整えられた響きの中に漂う愉しげな情緒が心地よい。とりわけ、組曲の第3曲はじっくりと聴かせる見事な仕上がりである。しかしながら、ともすれば安全運転にしか聴こえないゆったりとしたテンポと、どこまでも中庸なダイナミクスは、交響曲やコンチェルティーノ、組曲の第4曲などでは大きな短所となっている。


    第2集は、この「全集」の意図をよりはっきりと示した収録曲となっている。ピアノ協奏曲第2番は、“伴奏”パートのシンフォニックな弾きっぷりが気持ちよく、時に“独奏”をかき消さんばかりの勢いが素晴らしい。オーケストラとピアノの場合は音色の違いによってそれぞれを区別できるのに対し、ピアノ2台では完全に混然一体となってしまうのだが、それゆえの迫力がこの演奏にはある。両端楽章のコーダのようなところで、特に独奏パートがもたつくことと、第2楽章の憂愁の情感が希薄であっけらかんと単調な音楽となっていることは惜しいが、単なる資料以上の音楽的内容を持つ演奏である。

    一方、交響曲第15番は冴えない。ピアノ曲としてではなく、管弦楽を念頭に置いた音作りをしているのだろうが、結果として個々の音が分離しているような、隙間だらけの響きに聴こえて仕方がない。第1楽章や第3楽章のような疾走感の欲しい箇所でもたつくのも気になる。やっつけ仕事ではない取組みであることはよくわかるだけに、何とも残念。


    Toccata Classicsレーベルでは、ヴァーインベルクの作品も体系的に録音しているようだが、今回はそれらの中から歌曲全集(第1集)を選択。いずれも初めて聴く曲ばかりだったが、ユダヤ風の音調で繰り広げられるテンションの高いヴァーインベルグ節を堪能した。初期の「子供の歌」の楽しさ、中期の「過ぎ去りし日々」の救いようのない暗さ、後期の「私が歌えばこの子は眠る」の解脱したような透明感、といったように、それぞれの違いと、背後からわりと色濃く聴こえてくるショスタコーヴィチの影響とを興味深く聴いた。ヴァーインベルグは多作家だけに迂闊に手は出せないが、これからさらに知っていきたい作曲家の一人である。

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ドルジーニンのソ連ヴィオラ曲集、ティーシチェンコの自作自演

  • ヴァーインベルグ:無伴奏ヴィオラ・ソナタ第1番、フリード:ヴィオラ・ソナタ ドルジーニン (Va) ムンチャン (Pf) (Melodiya 33 C 10-08249-50 [LP])
  • ティーシチェンコ:ピアノ・ソナタ第7番 ティーシチェンコ (Pf) ミハーイロフ (Bell) (Melodiya C10 20091 004 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの10月到着分。

ドルジーニンの剛毅な音は、私にとって理想のヴィオラの音だ。技術的な洗練度は既に二世代くらい前のものであるにせよ、その魅力は褪せることがない。イチローの凄さを同時代人として誇りに思いつつ、張本の古い映像に懐かしさと表裏一体の魅力を感じるようなものか。そのドルジーニンとほぼ同世代の作曲家による、ドルジーニン自身に献呈された2曲を集めたアルバムは、演奏家と作曲家の双方にとってその真価が十二分に発揮された聴き応えのある一枚である。楽曲としては、独特のテンションの高さが印象的なヴァーインベルグの方が面白いが、ショスタコーヴィチがヴィオラ・ソナタを書くきっかけとなったとも伝えられるフリードのソナタを、ショスタコーヴィチの自宅で弾いてきかせたドルジーニン&ムンチャンの顔合わせで聴くことができるのも、ショスタコーヴィチ愛好家にとっては非常に価値がある。


ティーシチェンコのピアノ・ソナタ第7番は、チューブラーベルが加わる編成が珍しいせいか、彼の作品中でもわりと知名度の高い一曲である。独特の音響ではあるが、この編成の必然性は今一つ分からない。とはいえ、ショスタコーヴィチのピアノ・ソナタ第1番を下敷きにしたように聴こえる楽曲そのものは、ティーシチェンコらしい瞑想的な曲調の中にも覇気が満ちていて、凡百のイロモノとは一線を画した内容がある。作曲家自身の演奏も見事なもので、リファレンスとして後世まで価値を持ち続ける録音だろう。

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ギレリス、ロジデーストヴェンスキイらによるソ連音楽

  • アレーンスキイ:ピアノ協奏曲 カプラン (Pf) ハーイキン/モスクワPO (Melodiya 33C 235-236 [10"mono])
  • カバレーフスキイ:ピアノ・ソナタ第2番、ヴァーインベルグ:ピアノ・ソナタ第4番 ギレリス (Pf) (Melodiya M 10-42715-D-07938 [LP])
  • ロクシン:交響曲第11番、アルティオーモフ:13人の協奏曲、グバイドゥーリナ:カンタータ「ルバーイヤート」 ソコレンコ (S) ヤコヴェンコ (Br) メシシャニノフ (Pf) ロジデーストヴェンスキイ/アンサンブル・ソリスツ (Melodiya C 10-15059-60 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの6月到着分。

アレーンスキイ最初期の作品であるピアノ協奏曲は、ショパンの第2番の影響を受けているという話を聞いたことがあったが、まさかこれほど似ているとは思わなかった。特に第2楽章などは、そのままである。とはいえ、甘美な旋律を彩る和声の煌めきにはアレーンスキイらしさが感じられ、単なる亜流として無視するには惜しい作品である。カプランの、幾分田舎臭さを残した武骨な演奏は、表面的な美しさの再現に留まらず、内なる情念を素直に表出していて好ましい。


ギレリスが弾いたソ連のピアノ・ソナタ2曲は、どちらも作曲家の個性が存分に発揮された佳曲であると同時に、ギレリスの音楽的な個性も色濃く投影された逸品である。これでもかと通俗的な楽想を、しかしもっともらしい雰囲気に仕立てて繰り出すカバレーフスキイ、民族的な熱狂を憚ることなく曝け出すヴァーインベルグ、重量感のあるメタリックな響きで猪突猛進するギレリス。好き嫌いが大きく分かれそうな強烈な個性を持った3人の音楽家の饗宴といった感じが楽しい。


ロジデーストヴェンスキイによる現代ソ連作品集は、ショスタコーヴィチをはじめとするソ連第1世代に続く第2世代の作曲家の内、知名度の高い3人の有名曲を集めた内容である。ロクシンは11曲の交響曲を残しているが、その最後となる第11番は、交響曲というにはややスリムな感じはするものの、主題と8つの変奏から成る管弦楽曲である。ソプラノ独唱の使い方が、とても美しい。「13人の協奏曲」は、アルティオーモフの出世作。前衛的な肌触りながらも、最終的にはカバレーフスキイやヴァーインベルグの狂乱に通じていく様が面白い。カンタータ「ルバーイヤート」も、グバイドゥーリナ初期の傑作の一つ。ライナーの情報からは、11世紀ペルシャの詩人ウマル・ハイヤームによる同名の四行詩集とどのような関係があるのか知ることができなかったが、タタール共和国生まれのアイデンティティを感じさせる標題であることは確か。自己の作風を確立しつつあった時期の作品だけに、後年の作品を想起させる響きの作りと、青臭いまでに前衛的であろうとする音楽の運びが興味深い。他の演奏を知らないので聴き比べのしようがないが、さすがにロジデーストヴェンスキイはいずれの曲もそつなくまとめあげている。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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