アファナーシエフのムーソルグスキイ/カルミナQの新ウィーン楽派

  • ムーソルグスキイ:組曲「展覧会の絵」、間奏曲、情熱的な即興曲、お針子、瞑想、夢 アファナーシエフ (Pf) (Denon COCO-70530)
  • ヴォルフ:イタリアのセレナード、ベルク:弦楽四重奏曲、シェーンベルク:浄夜 カルミナQ チャステイン (Va) グロッセンバッハー (Vc) (Denon COCO-70971)
11月24日の記事で紹介した買い物の続き。同じく“ついでに”注文した音盤から。

アファナーシエフによるムーソルグスキイ作品集は、「展覧会の絵」がたいそうな怪演であるという評判の音盤だが、ムーソルグスキイのピアノ小品の中で唯一未聴であった「夢」が収録されていることが今回の購入動機であった。目当ての小品集は、病的なまでの繊細さと柄の大きな表現力との対比が絶妙で、単なる心地よさに終始することのない、意味深い音楽に仕上げられている。さすが、と言うべきだろう。

メインの「展覧会の絵」は、予想をはるかに上回る特異な演奏である。徹底的にデフォルメされた音楽は、もはや原型をとどめていない。それでいて、その不思議な音楽世界には、ムーソルグスキイとは全く異質でありながらも、抗い難い妖しい魅力がある。よほどのマニアでもない限りは「展覧会の絵」を楽しむことはできないだろうが、そこは割り切ってアファナーシエフの奇才を満喫するべき音盤なのだろう。

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後期ロマン派末期から新ウィーン楽派最初期にかけての3曲を集めたカルミナQのアルバムは、ヴォルフの「イタリアのセレナード」目当てで注文したもの。ブラームスの四重奏曲全集の余白に収録されていたプラハQの録音しか持っていなかったので、おっとりとした野暮ったさが魅力のそれとは異なる、現代風の颯爽とした格好良さに耳を奪われた。細身で切れ味の鋭い響きは複雑な和声が醸し出す微妙な色合いを鮮やかに描き出し、豊かな表現力は楽曲中に盛り込まれた様々な情景を喚起する。見事な演奏である。

ベルクとシェーンベルクにおいても、カルミナQのスタンスに違いはない。作曲家の初期作品ということを意識したのか、時に攻撃的に過ぎると思えるほどの表現意欲に満ちた演奏である。ただし、これらの2曲については、もっと後期ロマン派寄りの甘美な表現の方が僕の好み。もちろん、水準以上の演奏ではある。

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ヴォルフの歌曲

  • ヴォルフ・エディション~生誕150年記念ボックス (EMI 50999 6 88608 2 0)
5月28日および6月4日の記事の続き。

最近、準定期的に弦楽四重奏をする機会に恵まれているのだが、そこでヴォルフの「イタリアン・セレナード」を練習しようという話になっている。

ヴォルフという名は、高校時代に『音楽現代』誌で西村朗氏が連載していた文章で初めて知り、それが妙に印象に残って以来、常に頭の隅にはあった。
 ヴォルフは生来の天才ではない。1888年2月5日、すなわちヴォルフ28歳の誕生日の5週間前までは、凡人であった。翌日の2月6日から突如としてヴォルフは天才になったのだ。そんなことがありえるのか。
 ありえたのだ。2月6日に有名な〈メーリケ歌曲集〉の1曲「鼓手」を作曲。それを皮切りに4月半ばまでの2ヶ月半ほどの間に、なんと43曲の、歌曲を作ってしまった。
 43曲という数は、たとえばモーツァルトのような歌曲であれば、そう驚くに価しないかも知れない。しかしヴォルフの歌曲は、ドイツ後期ロマン派の爛熟期の頂点をきわめるような濃密な内容と、表現性をもったものばかりである。詩と音との関係が異常なほど有機的で、感情の深さとデリケートさは、歌曲のジャンルで望みうるほとんど究極の域に達している。詩の一句ごとに起こるひんぱんな転調、半音階的な和声、独自の朗唱法、雄弁かつ絶妙のピアノ・パート等、まったく独創的でかつ完成度の高いものであり、並の天才なら、相当の熟考期間を要するものばかりである。
…(中略)…ヴォルフのこのような異常な天才の現われ方は、いったい何ゆえだったのだろうか。
 実は、ヴォルフは19世紀に猛威をふるった、梅毒におかされていたのだ。ヴォルフが発狂したのは、梅毒による進行麻痺のせいだ。そして、37歳で発病する前の9年間、潜伏中の梅毒は、凡人であったヴォルフの脳をしばしば刺激したのだ。…(中略)…
 ヴォルフの天才は病気が生んだものということになるだろう。だから、生来の天才ゆえの狂気ではなく、ヴォルフの場合は、狂気のきざしゆえの天才であったのだ。
(『音楽現代』, 17(3), pp.105~107, 1987)
もともと歌曲は苦手だったこともあり、何かのついでに聴くということもなかったので、大学に入ってすぐの頃に教養主義的な動機からシュヴァルツコップのヴォルフ歌曲集を1枚買った記憶がある(もしかしたら複数の歌手による編集盤だったかもしれない)。しかし、繰り返し聴こうという気には結局ならず、不要なCDを処分して生活費の足しにした時に、一緒に売り払ってしまった。この時に何を処分したかはよく覚えていないのだが、明石家さんまがナレーションをした「ピーターと狼」や、東芝EMIの同じシリーズの「青少年のための管弦楽入門」などは、今となってはネタとして持っていてもよかったなぁと思ったりする。

話が逸れてしまった。遊びとはいえ、弾こうとする以上はそれなりに勉強してみたのだが、「イタリアン・セレナード」という曲は、正直なところよくわからない、というか感覚的にどうもしっくりとこない。そこでヴォルフの音楽世界に馴染むために、今まで敬遠してきたリートにも取り組んでみようと、思い切って8枚組のBOXセットに手を出してみた。今年はヴォルフの生誕150年にあたり、それを記念したセットである。収録曲と歌手の概要は以下の通り:
【CD 1】
イタリアの歌の本(アップショウ (S)、ベーア (Br)、ドイチュ (Pf) 1995)
【CD 2】
スペインの歌の本(フォン・オッター (MS)、ベーア (Br)、パーソンズ (Pf) 1992~4)
【CD 3】
スペインの歌の本(続き)(フォン・オッター (MS)、ベーア (Br)、パーソンズ (Pf) 1992~4)
ゲーテ歌曲集より(アレン (Br)、パーソンズ (Pf) 1991)
【CD 4】
アイヒェンドルフ歌曲集より(ボストリッジ (T)、パッパーノ (Pf) 2005)
ゲーテ歌曲集より(ボストリッジ (T)、パッパーノ (Pf) 2005)
【CD 5】
ゲーテ歌曲集より(シュヴァルツコップ (S)、ムーア (Pf) 1956~62)
女声のための6つの歌(シュヴァルツコップ (S)、ムーア (Pf) 1956~62)
古き調べ:ゴットフリート・ケラーの6つの詩(シュヴァルツコップ (S)、ムーア (Pf) 1961~2)
アイヒェンドルフ歌曲集より(シュヴァルツコップ (S)、ムーア (Pf))
ハイネ、シェイクスピア、バイロンの4つの詩による歌曲集より(シュヴァルツコップ (S)、ムーア (Pf) 1961~2)
【CD 6】
アイヒェンドルフ歌曲集より(フィッシャー=ディースカウ (Br)、ムーア (Pf) 1960)
シェッフェル、メーリケ、ゲーテ、ケルナーの詩による6つの歌曲より(フィッシャー=ディースカウ (Br)、ムーア (Pf) 1959)
ライニックの3つの詩による歌曲集より(フィッシャー=ディースカウ (Br)、ムーア (Pf) 1959)
ハイネ、シェイクスピア、バイロンの4つの詩による歌曲集より(フィッシャー=ディースカウ (Br)、ムーア (Pf) 1959)
「一晩中」「追悼の辞」「見知らぬ土地にてI」(フィッシャー=ディースカウ (Br)、ムーア (Pf) 1959)
ミケランジェロの3つの詩による歌曲集より(フィッシャー=ディースカウ (Br)、ムーア (Pf) 1959)
【CD 7】
メーリケ歌曲集より(ベーア (Br)、パーソンズ (Pf) 1986)
メーリケ歌曲集より(アレン (Br)、パーソンズ (Pf) 1991)
メーリケ歌曲集より(フィッシャー=ディースカウ (Br)、ムーア (Pf) 1957~9)
【CD 8】
ゲーテ歌曲集より(フィッシャー=ディースカウ (Br)、ムーア (Pf) 1960)
シェッフェル、メーリケ、ゲーテ、ケルナーの詩による6つの歌曲より(フィッシャー=ディースカウ (Br)、ムーア (Pf) 1959)
メーリケ歌曲集より(H. ドーナト (S)、K. ドーナト (Pf) 1976)
メーリケ歌曲集より(ファスベンダー (MS)、ヴェルバ (Pf) 1979)
メーリケ歌曲集より(フリマー (MS)、クラーン (Pf) 1992)

このリストから明らかなように、このセットは歌曲“全集”ではない。有名な歌曲集以外の単品はフィッシャー=ディースカウが歌った3曲しかない上に、メーリケ歌曲集やアイヒェンドルフ歌曲集、ゲーテ歌曲集もそれぞれ数曲が収録されていない。とはいえ、僕にヴォルフ作品のコンプリートを目指す意思は(少なくとも現時点で)全くないので、このことは問題でない。むしろ、2,000円弱という格安価格でこれだけの内容を知ることができるのだから、嬉しい限りである。

ヴォルフの作品群を知ることが目的だったので、CDの順番に聴き進めるのではなく、iTunesに取り込んで歌曲集の収録順に楽曲を並べ直して、梅ヶ丘歌曲会館「詩と音楽」で歌詞をさらい、楽譜を眺めながら歌曲集毎に聴いてみた。さすがに延々とリートだけを聴き続けるには辛抱が必要だったが、その努力はそれなりに報われたと言うべきか。

西村氏の言う「詩と音との関係」や「独自の朗唱法」というのは、このジャンルに明るくないこともあって未だよく分からないが、後期ロマン派ならではの濃厚な音楽の運びに、思わず恍惚としてしまう瞬間が多々あった。とりわけ、やや陰りのあるゆったりとしたテンポの曲が、僕の好みであった。「ゲーテ歌曲集」では少し重過ぎ、「イタリア歌曲集」では清澄に過ぎ、「メーリケ歌曲集」や「アイヒェンドルフ歌曲集」の一部では、歌とピアノの絡みが複雑に過ぎ……といった感じで、歌曲集として気に入ったのは、「スペイン歌曲集(特に世俗歌曲)」や「古き調べ」といった辺り。ただ、「メーリケ歌曲集」のこれぞ後期ロマン派といった世界には、よく分からないながらも強く惹かれるものを感じる。もっとも、歌曲集毎に括ることが必ずしも適切だとも思えないが。

どの歌手も素晴らしいと感じたが、比較対象が事実上ないので、誰のどこがどう良いと言えるには至っていない。それでも、シュヴァルツコップやフィッシャー=ディースカウの卓越した表現力は明白であり、伴奏者、とりわけムーアの歌心に満ちた音楽性の素晴らしさにも、今さらながら改めて感心した次第。

たまには、こういう“お勉強”も良いものだ。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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