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懐かしのレーザーディスク

  • モーツァルト:弦楽四重奏曲第16番、バーバー:弦楽四重奏曲第1番 東京Q (東芝EMI TOLW-3705 [LD])
  • シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」、ベルク:弦楽四重奏曲 アルバン・ベルクQ (東芝EMI WV060-3505 [LD])
僕が大学生だった1990年代前半、映像ソフトの主力メディアはレーザーディスクだった。レーザーディスクといえば、中学2年生の時に赴任してきた音楽のY先生のことを思い出す。Y先生はとにかく創意に溢れた人で、確か生徒会の顧問か何かで接する機会があり、何かと影響を受けたものだ。僕の中学時代といえば1980年代半ばである。その当時にY先生は、授業でレーザーディスクのソフトをいくつも観せてくれた。自身も声楽を学んでこられたこともあって、パヴァロッティのコンサート映像を流しながら熱く語っていた様子などは、今でもはっきりと思い起こすことができる。「サウンド・オブ・ミュージック」や「メリーポピンズ」を何回かの授業に分けて観せてくれたこともあった。

そんなこともあってか、音盤屋のレーザーディスクが置いてある一角には、一種独特の憧れが入り交じったような気分で足を運んだものだ。もっとも、1枚の値段が決して安くはなかったので、どうしてもCD複数枚とLD1枚を天秤にかけることになり、LDがDVDにとってかわられるまでの10年足らずの間に購入したLDソフトは、結局のところ、わずか50枚足らずであった。

7月の下旬だったか、知人のお宅で四重奏をして遊んだ後、酒を飲んでいると、ふと「ウンジャン時代の東京Qの映像があるなら観てみたい」という話題になった。LDを1枚持っていた記憶はあったのだが、収録曲がはっきりと思い出せぬまま帰宅し、さっそく棚を漁ってみると、モーツァルトの16番とバーバーの1番というカップリングのアルバムを発見。モーツァルトの16番は偶然にも練習中の曲だったので、酒の肴も兼ねた参考資料としてDVDにおとしてみた。



LDからDVDへの変換はMacを使って行ったのだが、エンコード等の処理に時間はかかるものの、DVD作成そのものはとても簡単であることを知り、機材をつないだついでに、めぼしいソフトを一気にDVD化することにした。C. クライバーのコンサート映像などは、今ではDVDで、それも比較的廉価で入手できるので今回はDVD化しなかったのだが、それでも予定したソフトの全てをDVD化するのに8月いっぱいかかってしまった。

ずっしりと重い光る円盤を手にすると、学生時代、部屋に仲間を集めて朝まで酒を飲みながら何度も繰り返し観た記憶が蘇ってくる。中でも、壮年期のアルバン・ベルクQの映像は、それこそ10年振り位に観たのだが、自分でも驚くほど隅々まで覚えていた。1984年の収録なので、最年長のピヒラーとカクシュカが44歳、エルベンは今の僕と同じ39歳で、最年少のシュルツは何と33歳(!)である。この頃にリリースされた「死と乙女」&「ロザムンデ」、ドビュッシー&ラヴェル、カーネギー・ホールでのライヴ、モーツァルトの弦楽五重奏曲第3&4番といった辺りがアルバン・ベルクQの技術的な頂点だったというのが、僕の持論である。確かに後年の録音や映像では音楽面のさらなる深化を聴くことができるものの、この若々しくも完成した映像の魅力と凄みが色あせることはない。



映像を観ている内に、それこそ使っている弦の種類まで真似するほど夢中になって観ていた当時の熱い想いが、ふつふつと沸き上がってきた。はやる心に身体がついていかない、運動会のお父さん状態なのが切ないが。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏家_東京Quartet 演奏家_AlbanBergQuartet

さよならABQ

abq.jpg
アルバン・ベルク四重奏団フェアウェル・ツアー
  1. ハイドン:弦楽四重奏曲第81番 ト長調 Op. 77-1
  2. ベルク:弦楽四重奏曲 Op. 3
  3. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番 イ短調 Op. 132
  4. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op. 130より第5楽章「カヴァティーナ」
アルバン・ベルク四重奏団  2008年5月25日(日) ザ・シンフォニーホール
橋下知事にならって財政再建プログラム発動中の我が家だが、この演奏会だけはどうしても行かなければならなかった。僕が音楽の素晴らしさや楽しさを知ることができたのは、ひとえにABQの録音の数々のおかげ。演奏会に足を運んだのは91、93、94、96、98年の5回。この辺りは、ヴィオラ奏者のカクシュカ氏が逝去された時に本欄(2005年7月26日)でも述べたので、繰り返さない。

さて1曲目のハイドン。舞台に現れた4人への拍手は、既に熱烈なもの。大スターの最後の舞台という雰囲気が会場中に満ちている。ピヒラーは随分とナーバスになっていたようでフレーズのあちこちがぎくしゃくしていたが、これは10年前でも同様だったので驚くほどのことではない。それよりも、全体の音量がとても小さかったのが気になった。これは、純粋に加齢による衰えだろう。とはいえ、随所に聴かせる細かい仕掛けは相変わらずで、これだけ色んなことをしていながらも、全体のフォルムに歪みが出ないところは、まさに熟練の技といったところか。特に第2楽章の展開部で転調する辺りなどは、えもいわれぬ美しさ。全曲を通して、わりとあっさりと突き進んでしまったのは物足りなかったが。

2曲目はベルクの作品3。抒情組曲は91年の2回と94年の計3回聴いたが、作品3は今回が初めて。アンサンブルやあらゆる表現に一点の曇りもなかったのは、当然といえば当然なのだろうが、やはり他の追随を許さない境地には違いない。ただ、ここではピヒラーの音程の悪さが、少なからず気になった。また、エルベンのチェロも、全盛期の力と艶がない。ヴィオラのカリシウスを実際に聴くのは初めてだったが、第2楽章などで力強さを発揮するものの、基本的にはバランス重視の引っ込み思案な印象。いざという時のパワーはあるが、表現技術の引き出しの多さはカクシュカに及ばす…といった感じか。デビュー当時の録音に聴かれた、鋭く尖った表現意欲は完全に後退し、溢れんばかりの情感に溺れるような、濃密で余裕のある音楽に仕上がっていたところがとても興味深く、21世紀の今日ではベルクが既に古典となっていること、そしてABQの40年弱に及ぶ歩みを改めて実感した次第。

休憩時間にロビーに出ると、先輩やら後輩やら友人やらに出会う。皆に「工藤は来ていると思ったわ」と言われる。夢中でABQの音盤を聴き、手当たり次第に四重奏をやった学生時代に一瞬タイムスリップ。

後半。次に会場が明るくなったら、もう二度とABQの演奏を聴くことができないのかと思うと、やはり感傷的になってしまう。ベートーヴェンの15番は、1st Vnに要求される技術水準は前半の2曲よりも多少は楽とも言えるので、技術的な心配はなく、彼らの奏でる極上の音楽に身を委ねる。基本的にはいつもの彼らの演奏なのだが、客席にまで張り詰めた緊張感を放出していた昔と違い、気がついたら呼吸まで舞台上の彼らに同化していた…といった雰囲気の、さりげなくも大きな力を漲らせた場を作り出していた。白眉は、やはり第3楽章だろう。無条件に素晴らしかった。ふくよかなヴィブラートをかけて2分音符を奏で、全員が全音符でコラールを始めるとノン・ヴィブラート。この美しいと言うだけでは言い足りないほどの崇高な響きには、ただひたすら感動。ABQに対する思い入れがない聴き手でも、この楽章の演奏には文句をつけることはできなかっただろうと思う。この圧倒的な印象の中、終楽章はなんか妙にあっけなく終わってしまった感じ。ブラボー。

単にアンコールを期待する以上の熱烈な拍手を受けて、いつものシュルツの口上で始まったアンコールは、ベートーヴェンのカヴァティーナ。94年には13番全曲を聴いたし、アンコールでも毎回のように聴いた曲だが、これがもう……… これ以上に美しい音楽を聴くことは、これから先、きっと、ないような気がする。

あーぁ、終わっちゃった。

終演後は、ベルクの作品3のスコアにサインをもらいに…… すごい長蛇の列。楽屋口から正面玄関の方までつながってる。彼らはサインの時ににこやかに対応してくれるのも魅力だったのだが、今回は完全に流れ作業。ま、この人数じゃ仕方ないですね。

休憩時間に出会った先輩と後輩と3人で、軽くビールを飲んでから帰宅。印象深い、初夏の一日でした。

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genre : 音楽

tag : 演奏家_AlbanBergQuartet

ABQのシューベルト、キタエンコのショスタコーヴィチ

  • シューベルト:弦楽四重奏曲第10番、弦楽五重奏曲 アルバン・ベルクQ シフ (Vc) (2005.5.26 [NHK-ETV (2005.8.7)])
  • ベルリン・フィル&ウィーンフィル 8人のホルン奏者たち (2005.7.1 [NHK-ETV (2005.8.7)])
  • ショスタコーヴィチ:交響曲全集 キタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管他 (Capriccio 71 029 [SACD])
7月26日の本欄で、アルバン・ベルクQのカクシュカ追悼の話を書いたところだが、病床に臥していたカクシュカに代わってイザベル・カリシウスという女流ヴィオリストを迎えて行った日本公演(紀尾井ホール)の映像が、NHK教育テレビの「芸術劇場」で放映された。カリシウスは、モーツァルトの弦楽五重奏曲などでアルバン・ベルクQとの共演も何度か経験している、カクシュカの弟子ということ。彼女が正式にカクシュカの後任になるかどうかは分からないが、ABQの今後の展開を占う意味でも興味深く観た。

一曲目の冒頭から、特に違和感なくいつものABQサウンドが奏でられてまずは安堵。ただ、ピヒラーは大分衰えましたね。左手はもう10年前くらいから怪しくなってきていたが、今回は右手のしなやかさが失われつつあることに寂しさを感じた。ただ、カクシュカは音量が小さかっただけに、カリシウスの参加で中低域の厚みが増したことは歓迎すべき変化だろう。ピヒラーが神経質に目配せしていたところを見ると、まだまだアンサンブルがこなれてはいないのだろうが、ABQの三代目ヴィオリストとしての資格は十分にあるんじゃないだろうか。ただ、個人的には弦楽四重奏は男の四人組っていうのが見た目に一番美しいと思うので、ちょっと微妙なところですが。

弦楽五重奏曲は、基本的な音楽作りは20年前の録音と一緒だが、より一層の自在さを獲得した秀演だった。四重奏曲以上の難曲だけに多少耳障りな音もなかったとは言えないが、好き嫌いは別にしてこれほどまでに多彩なニュアンスを持った演奏をできる団体は、そうはないだろう。こうやって映像で見ると、久しぶりにこの曲を弾きたくなってきた。メンバーを探そうかな?

続くホルン・アンサンブルの番組も一緒に録画。王子ホールでのライヴだが、こちらは雰囲気の良い楽しさに満ちた演奏会。かつてかぶとやま交響楽団の第21回定期演奏会で共演させていただいたストランスキーさんが参加されていたので、懐かしさも手伝って楽しく観た。単に楽器の違いだけではなく、音色に対する嗜好が両オーケストラで大きく異なっているのが面白い。ただ、この水準の演奏家が集まると、そうした差異を超えて一つの音楽になるのが立派。それにしても、ドールは巧いですね。

さて、夏のボーナスで購入した最大のセットが、キタエンコ指揮のショスタコーヴィチの交響曲全集。もう既にあちこちで話題になっているので、どこか乗り遅れた気分。何も知らずにTower Records難波店で購入したのだが、どうやら随分とお買い得だった模様。なかなか一気に全曲聴き通すわけにもいかないので、のんびりと聴いていくことにする。

まずは、第1&3番。第1番の冒頭から、磨きぬかれた響きと確信に満ちた音楽の流れに感心する。録音の良さもあるのだろうが、それにしてもオーケストラの音色が美しい。この水準になると、ロシア臭の有無は全く気にならないどころか、むしろこの作品にはこの音が相応しいように感じられる。技術的には完璧とまでは言えないが、奇を衒うことなく着実に展開される音楽は十分に説得力を持っている。少々粘着質なキタエンコの歌いまわしは、あまり僕の好みではないが。第3番は、合唱が入るまでの部分に関しては非の打ち所がない名演。明るめの音色できびきびと進められる演奏は、この作品を本来の内容以上に魅力的なものとして聴かせてくれる。キタエンコ独特の粘っこさは、たとえば合唱が入る前のグリッサンドが続く部分などで効果的に作用していて、楽曲との相性の良さを感じさせる。合唱も決して悪くはないのだが、個人的にはもう少し荒っぽい方が好き。整然とした歌は、楽曲の陳腐さをあからさまにしてしまう。まぁ、そういう曲なんだけど。

続いて、第2&5番。第2番は、非常に優れた演奏。隅々まで丁寧に磨き上げられた音楽は、他の録音と比較しても傑出している。細部まですっきりと捉えた録音も秀逸。合唱も十分力強くて、それほど違和感がない。ただ、サイレンの音色は乾いた汽笛みたいでちょっと拍子抜け。第5番も立派な内容である。さすがに名演揃いのこの曲で他を圧倒するほどの演奏ではないが、真摯な音楽作りは説得力十分。少々きれいごとに終始している感は否めないが、これはオーケストラの力量との兼ね合いなのかもしれない。ただし、妙なくどさがないので聴きやすさは抜群。

第4番は、ライヴ録音ということだが何回かのテイクをつないでいるようで、技術的な不満はほとんどない。妙な味付けがないものの、手応えのあるコクが全編に満ちていて充実した演奏になっている。きびきびとしたテンポで進められる推進力のある音楽が立派。細部へのこだわりよりは、交響曲としての構成感と全体の流れを重視した解釈だが、実に分かりやすく聴きやすい仕上がりに感心する。やみくもなエネルギーには欠けるが、難解さゆえにこの作品を敬遠してきた聴き手には特に薦められる。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏家_AlbanBergQuartet 作曲家_Shostakovich,D.D.

追悼…トマス・カクシュカ氏

  • シューベルト:弦楽五重奏曲 ウィーン・アルバン・ベルクQ シフ (Vc) (EMI CC33-3465)
  • カーネギー・ホール・ライヴ!(シューマン:ピアノ五重奏曲、モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番) ウィーン・アルバン・ベルクQ アントルモン (Pf) (EMI CC33-3686)
  • モーツァルト:弦楽五重奏曲第3&4番 アルバン・ベルクQ M. ヴォルフ (Va) (EMI CE33-5291)
  • ハイドン:弦楽四重奏曲第75、79、80番 アルバン・ベルクQ (EMI TOCE-55070)
  • ブラームス:クラリネット五重奏曲、弦楽五重奏曲第2番 アルバン・ベルクQ マイヤー (Cl) シュリヒティヒ (Va) (EMI TOCE-55037)
  • バルトーク:弦楽四重奏曲全集 ウィーン・アルバン・ベルクQ (EMI CE30-5009-11)
ちょっと恥ずかしいが、告白してしまおう。と言っても、僕と大学時代を一緒に過ごした音楽仲間なら何をいまさら…という話なのだが。アルバン・ベルクQは、僕のアイドルである。

高校生の頃だったろうか。わずかばかりの小遣いをやりくりして、LPをこつこつと買い始めた時、最初のテーマはブラームスだった。交響曲、協奏曲の名盤と言われているものを立ち読みで情報収集し、月に1、2枚のペースで買っていた。弟は僕と違う路線をとろうと思ったのだろうか、マーラーやブルックナーの他に室内楽のLPを何枚か買っていた。その中に、ウィーン・アルバン・ベルクQのベートーヴェンの後期四重奏曲があった。でも、僕にはどこか無縁の音楽のように感じていた。きっかけは、ブラームスの弦楽四重奏曲全集という2枚組LPを店頭で見かけたことである。演奏者はウィーン・アルバン・ベルクQだった。高校2年生の正月にお年玉で購入したその盤は、第1番はピンと来なかったものの、第2番の抒情の素晴らしさで一気に愛聴盤になった。高校3年生の秋、CDラジカセを買った時に最初に入手した2枚のCDは、フルトヴェングラー指揮のブラームスの交響曲第1番と、アルバン・ベルクQ&アマデウスQのブラームスの弦楽六重奏曲第2番だった。僕が室内楽にのめり込むきっかけとなったのは、この盤である。消費税の導入直後で、音盤のタスキに印刷してある価格の上に、物品税を引いた価格と消費税込みの価格が併記されたシールが貼ってあるアルバン・ベルクQのアルバムを、小遣いが入る度に買いに行き(玉光堂すすきの店でした)買ってきたらすぐに部屋にこもって繰り返し聴いたものだ。浪人時代、当時発売されていた彼らのアルバム全てを蒐集し、それを聴きながら「大学に入ったら弦楽四重奏をするぞ」というのが僕の心の支えだった。

主としてピヒラーの音楽的キャラクターが色濃く反映された彼らの演奏スタイルには、賛否両論がある。弦楽四重奏を愛好する人達の間では、むしろ否定的な感想が多いことも知っているし、彼らが何を否定しているのかも理解するに難くはない。だがそれでもなお、アルバン・ベルクQは、僕のアイドルである。

1991年の来日公演。ザ・シンフォニーホールと京都府立文化芸術会館の2公演を聴きに行った。彼らの実演に初めて接した印象は、やはり圧倒的であった。モーツァルトの15番とベルクの抒情組曲に加え、大阪ではブラームスの1番、京都ではブラームスの2番というプログラム。大阪公演では、確か5曲か6曲くらいアンコールをしてくれたのではなかったろうか。モーツァルトの19番の3楽章、ベートーヴェンの13番の5楽章、ドビュッシーの3楽章、バルトークの4番の4楽章…あと、何だったっけ… 京都では、聴衆がさっさと諦めて拍手をやめてしまったのでアンコールは1曲だけ。ピヒラーが弾き足りなくて舞台袖で何か弾いていたのがとても印象に残っている。続く1993年の公演では絶不調のピヒラーに驚いて以降、1994年、1996年と技術面での衰えに寂しい思いをしていたが、1998年のオール・ベートーヴェン・プログラム(12&8番)の名演に接して以来、彼らの演奏会からは足が遠のいていた。

彼らがいたからこそ、室内楽とりわけ弦楽四重奏曲の魅力に開眼し、それがきっかけでフィッツウィリアムQのショスタコーヴィチ全集に出会い、ショスタコーヴィチの世界に足を踏み入れることができた。数々のソ連人の名演奏家も、改めて言うまでもなく僕のアイドルである。でも、僕にとってアルバン・ベルクQは別格の存在である。

アルバン・ベルクQのヴィオラ奏者、トマス・カクシュカ氏が64歳という若さで7月4日に逝去された。とてつもない喪失感がある。四重奏団が解散するかどうかはわからないし、新ヴィオラ奏者を迎えて再出発したら相変わらず彼らのCDは買い続けるに違いないが、何か一つの時代が終わったような、大げさに言えば、親を亡くしたような気分である。1991年の京都の演奏会後、楽屋で抒情組曲のスコアにサインをもらい「Danke schön」と話しかけたら、オーバーな身振りで「Bitte schön」と応えてくれたカクシュカ氏の姿を思い出しながら、思いつくままにCDを聴く。

前任者のバイエルレと違い、どこか裏方に徹するような、全体に溶け込みすぎて物足りなさすら感じるようなカクシュカの演奏は、それでいて愉悦に満ちている。彼らの絶頂期はシューベルトの「死と乙女」&「ロザムンデ」のアルバムやドビュッシー&ラヴェルのアルバムを録音した1985年頃だと思うが、その頃の録音は誰が何と言おうとやはり圧倒的な完成度と存在感を持っている。そして僕にとっては、10代の自分を思い出す、青春の音楽でもある。

1990年代以降は、独特のアーティキュレーションや過剰な表現意欲と技術とのアンバランスが気になるものの、この水準の音楽的境地に達した四重奏団はごくわずかしかない。カクシュカには音量的な衰えが顕著だったが、音楽的なキャラクターは人柄そのままに80年代のスタイルを維持していた。彼がいたからこそ、ピヒラーはあの独自のスタイルを展開していくことができたのだと思う。

充実し切ったバルトークの6曲を聴きながら、柄にもなく感傷的になってみたりする。合掌。

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genre : 音楽

tag : 演奏家_AlbanBergQuartet

ABQのピアソラ

  • マツケンサンバII 振り付け完全マニュアルDVD (Geneon GNBL-1011 [DVD])
  • アストル・ピアソラ:タンゴ・センセイションズ、アローラス:エル・マルネ、コビアン:私の隠れ家、デ・カロ:ラ・ラジュエラ(石蹴り遊び)、シュヴェルツィク:アデュー・サティ、ピアソラ(ジョナー編):AA印の悲しみ グロルヴィゲン(バンドネオン) ポッシュ (Cb) アルバン・ベルクQ (EMI TOCE-55649)
いまさらながら、BIGLOBEストリームマツケンサンバII特設サイトを見て、居ても立ってもいられなくなり、振り付け完全マニュアルDVDを衝動買い。冒頭のマツケン様のメッセージから一部の隙もない完成度の高いエンターテイメント。振付師の真島先生のキャラも絶妙で、こんなに楽しい映像作品はめったにないだろう。これで約1500円というのは安い。

アルバン・ベルクQによるタンゴ・アルバムは、昨年6月のリリース。だが、全くその存在を知らなかった。何たる不覚!「タンゴ・センセイションズ」は、最晩年のピアソラとクロノスQによる「ファイヴ・タンゴ・センセイションズ」から第2曲「愛」を省略したもの。もっとも、この曲も1983年の「7つのシークエンス」という曲からの抜粋。クロノスQとの録音ではピアソラの衰えが痛々しいが、1983年の録音ではそうした不満はない。で、そのピアソラと比較すると、グロルヴィゲンの非力さはどうしようもない。まぁ、これはクレーメルとやった一連のピアソラ・アルバムでも分かりきっていたことなんだけど。逆に、弦楽四重奏の充実度はアルバン・ベルクQの方が圧倒的。確かに“タンゴ”じゃないかな、と思わなくもないが、多彩かつゴージャスな響きの魅力やアンサンブルの練り上げの見事さは、さすがこの団体ならでは。音楽的にもグロルヴィゲンを終始圧倒し続ける。ということで、3曲のバンドネオン・ソロにはさしたる魅力はなし。これだったら、アルバン・ベルクQだけで「Four for Tango」をやってくれた方がどれだけ良かったことか。

違和感なく楽しめたのは、ウィーンの作曲家クルト・シュヴェルツィクによる「アデュー・サティ」。タンゴの語法も使われているとはいえ、このアルバムの演奏会のために委嘱された作品だけにアルバン・ベルクQの威力が一層発揮されるものとなっている。バンドネオンとのバランスも良い。

期待した「AA印の悲しみ」は、まず編曲が今ひとつ。コンフント9とのオリジナル録音ではなく、晩年のキンテートのスタイルをとっているのに、盛り上がらず静かに終わるエンディングはいかがなものか。またポッシュのベースにドライブ感が欠けるのは、これもクレーメルとのピアソラ・アルバムで分かりきってたことだが、非常に物足りない。中間部でピッツィカートを使ったりするところなんて、逆にアルコでブリブリやってくれなきゃ。即興的な要素はほとんどない(それっぽい部分はある)が、この曲でもアルバン・ベルクQの存在感だけが際立っている。ピアソラ・アルバムとしては不満もあるが、アルバン・ベルクQのアルバムとして考えるならば聴き逃すのはもったいない一枚と言えるだろう。

それにしても、半年以上もノーチェックだったのは痛恨。コレクター引退か。(^^;

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏家_AlbanBergQuartet Tango_Piazzolla,A.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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