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懐かしのCM

  • 樋口康雄CM WORKS ON・アソシエイツ・イヤーズ (Solid CDSOL-1195)
  • 樋口康雄 オリエンテーション (Warner WPCL 12655)
  • ラフマニノフ:ピアノ三重奏曲第1番「悲しみの三重奏曲」、アレーンスキイ:ピアノ三重奏曲第1番、ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番、ムーソルグスキイ(クライン編):涙 トリオ・シャハム・エレス・ウォルフィッシュ (Nimbus Alliance NI 5917)
  • ベートーヴェン:後期弦楽四重奏曲集 ヴィハンQ (Nimbus Alliance NI 6100)
  • サラサーテ:カルメン幻想曲、ナイチンゲールの歌 Op.29、ハバネラ Op.26-2、サパテアード、さらば、わがモンタナ、ツィゴイネルワイゼン、スコットランドの歌、アンダルシアのロマンス、バスク奇想曲、「ミニョン」のガボット、序奏とタランテラ、ナヴァラ シャハム、アンソニー (Vn) 江口玲 (Pf) ポサダ/カスティーリャ・レオンSO (Canary Classics CC07)
1年ほど前、YouTubeで懐かしいCMを見つけた。サントリーのビール「モルツ」が発売されたのは1986年のことだったが、その翌87年に、アルバン・ベルクQが出演したCMである。

麦畑編庭園編
サントリー生ビールMALT'S CM(1987)

当時、私は高校2年生だったのだが、ちょうどLPとCDの移行期にあり、数枚のLPで強く関心を抱いていたアルバン・ベルクQのCDを集め始めていた時期だっただけに、麦畑の中でご機嫌な音楽を奏でている彼らの姿(当然ながら、彼らの“動く”演奏姿はまだ観たことがなかった)に釘付けになったことを覚えている。

映像のインパクトもさることながら、何と言っても彼らが弾いている音楽が私の心を強く捉えた。「サントリー・モルツのCMでアルバン・ベルク四重奏団が弾いている曲は何ですか?また、この演奏を収録したアルバムの発売予定はありますか?」という葉書を、東芝EMI宛に出したところ、「ガーシュウィンの『ス・ワンダフル』という曲です。残念ながら録音予定は一切ありません」という丁寧な返信が葉書で届いたのも良い思い出だ。

このCM、というより、「ス・ワンダフル」の弦楽四重奏用編曲の有無は、常に私の意識の一角を占めていて、ふとした拍子に何度も思い出す。つい先日、またその発作が起こり、せめて編曲者くらいは分からないものかと色々と検索などしていたら、Pianissimoというサイトに辿り着き、このCMで採用されている編曲が樋口康雄氏によるものだということが判明した。このサイトの情報は極めて膨大で、それがまた樋口氏の音楽活動の広範さを表してもいるのだが、せっかくなので、サイトで入門用として挙げられている音盤の内、2枚をAmazonで入手して聴いてみた。

まずは、1972~91年に制作された66作品を収録したCM作品集。もちろん、この期間の仕事の全てではなく、せいぜい4分の1程度である。時系列に配列されているので、サウンドに投影された時代の雰囲気を楽しむことができる。各曲のタイトル=CMの商品名を見ると、たぶん何度もテレビで観ていたに違いない物が少なからずあるのだが、曲を聴いただけで「あぁ、あれ!」となったものは一つもなかった。あのエリマキトカゲで爆発的に注目された三菱自動車ミラージュのCMでさえ、そう。「CM音楽は使い捨て」というのは、作曲家には大変失礼かつ不本意な言葉であろうが、確かにそういう側面があることは否定できない。ただ、こうして順番にまとめて聴くと、精々30秒程度の楽曲にも関わらず、どの曲にも育ちの良さを感じさせるような上品さと、思わず頬を緩めてしまうような愉快さが満ちており、もしかしたらそれが作曲家の個性なのかもしれない。


もう1枚は、クラシック作品集。5楽章から成る管弦楽曲と単一楽章のヴァイオリン協奏曲の2曲が収録されている。前者には「A Thousand Calabashes」、後者には「KOMA」という副題がついており、“瓢箪から駒”みたいな洒落が込められているようだ。ニューヨーク・フィルのメンバーによる室内アンサンブルによって演奏されており、私はヴァイオリン協奏曲の方に音楽的な興味を惹かれた。いわゆるクラシック畑で純粋培養された現代音楽とは一線を画していることもあり、近代フランス音楽の影響が強く感じられる、聴きやすくもイージーリスニングなどとは全く異なる気負いを感じさせる、ちょっと面白いアルバムである。この響きの背景にある作曲家の音楽的経験を、もう少し深く知りたいと思った。


続いて、アリアCDから届いた3枚を。今回もセール品を中心に目に付いた物をオーダーしただけなので、雑多なチョイスである。

ロシアのピアノ三重奏曲集は、チェロのウォルフィッシュだけはショスタコーヴィチの協奏曲などで聴いたことがあるものの、残る2人は初めて聴く演奏家。ヴァイオリンのシャハムは、有名なギル・シャハムとは別人である。丁々発止…というよりは、室内楽的なまとまりを優先したようなアンサンブルで、音楽的な主導権はピアノにあるように聴こえる。録音のせいか、再生機器のせいかはわからないが、低音の力強さや広がりに欠けるために、全体にこじんまりとした細身の印象に留まるのが残念。いずれの作品においても、技術的な精度は十分に高く、音楽解釈もごく模範的なもの。ムーソルグスキイのピアノ曲の編曲は、アンコール・ピースとして魅力的である。


ヴィハンQは、1985年結成のポスト・スメタナQのトップ・ランナーである。ずっと中堅団体だとばかり思い込んでいたが、いまや紛れもないベテラン。彼らが2000年代後半にライヴ収録したベートーヴェン全集から、後期のセットである。彼らの演奏は、明らかにスメタナQの後継である。身の詰まった手応えのある武骨な音色で、往年の様式を強く感じさせる歌を歌いあげる。現代の団体が工夫を重ねている細かなアーティキュレイションの類は、ほとんど前面に出て来ることはない。もちろん、技術的な水準は高いのだが、音楽自体は懐古趣味と言ってよいくらい。5月25日のエントリーで紹介したベルチャQの演奏などと比べると、神経質さが感じられない分、心穏やかに聴くことができる一方、やはり表現の陰影に欠けるのが物足りなく、全体を通して退屈する瞬間が少なくないのは残念である。

なお、第13番の終楽章は「大フーガ」が採用されているが、差し替え版の終楽章は本盤には収録されていない。


Canary Classicsは、2003年に設立されたギル・シャハムの自主制作レーベルである。本盤は、2008年のサラサーテ生誕100年を祝したライヴ録音(オーケストラ伴奏のトラック)を中心とした、サラサーテの作品ばかりを収録したアルバムである。どの作品にも色濃く刻印されている、いわゆる“スペイン情緒”と、華やかなヴァイオリンの超絶技巧を堪能できる内容となっているが、シャハムはもちろんのこと、彼の妻であるアデーレ・アンソニーも、非常に真面目で理知的な演奏を繰り広げているのが、いまひとつ物足りないところではある。こういう曲を聴くのなら、弾き手の“ドヤ顔”が見えないとつまらない。もちろん、ツィゴイネルワイゼンやカルメン幻想曲のような超有名曲だけでなく、聴く機会がそれほど多くない作品をこの水準の演奏で聴けることに何も不満はないのだが。ちなみに、オーケストラには山師的な胡散臭さがあって、文字通り血沸き肉躍るような興奮を煽られる。

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genre : 音楽

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若きピヒラー

  • ヴォジーシェク:交響曲 ニ長調 アンチェル/チェコPO (Supraphon LPM 33 [10”mono])
  • フランク:チェロ・ソナタ、ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ グラフ (Vc)  ゴーゲン (Pf) (FSM Aulos FSM 53554 AUL [LP])
  • シューマン:弦楽四重奏曲全集 タカーチQ (Hungaroton SLPX 12314-15 [LP])
  • ショーソン:ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲 ルボーツキイ (Vn) エドリーナ (Pf) ボロディーンQ (Melodiya 33CM 02335-36 [LP])
  • ヴィヴァルディ:ギター協奏曲、ヴィオラ・ダモーレとリュートのための協奏曲、ダウランド: 「ラクリメ、または7つの涙」より「デンマーク王のガリアード」「キャプテン・ディジェリー・パイパーのガリアード」、トレッリ:合奏協奏曲 Op.8-7、カルッリ:ギター協奏曲より第1楽章 ベッチャー/ウィーン・ゾリステン (amadeo AVRS 19 071 St [LP])
  • ホフマン:マンドリン、ヴァイオリン、ヴィオラとリュートのための四重奏曲 ヘ長調、ジュリアーニ:マンドリン、ヴァイオリン、ヴィオラとリュートのための四重奏曲 イ長調 ウィーン・ゾリステン (turnabout TV 34016S [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.から6枚が届いた。今回はショスタコーヴィチ関係に目欲しい物がなかったので、徒然なるままにオーダー。

つい先日、アンチェルの評伝を読了した。その内容の素晴らしさに加えて巻末のディスコグラフィーに触発され、アンチェルの未聴盤を検索したところ、ヴォジーシェクの交響曲がヒットした。この曲は、かつてかぶとやま交響楽団の第40回定期演奏会にエキストラ出演して弾いたことがある。その時に多少は勉強したつもりだったが、スピーカーから聴こえてきたのは、私の脳内イメージを遥かに凌駕する、名曲の超名演であった。同世代のシューベルトに共通する初期ロマン派の薫りが全編に満ちているのは当然として、とりわけ緩徐楽章ではドヴォルザークを彷彿とさせる時代を先取りした民族的な情感に驚かされる。古典派風の格調の高さとロマン派風の情緒とが、振幅の大きな表現力をもって圧倒的に表出されているのは、紛れもなくアンチェルの手腕によるものだろう。1950年代のチェコ・フィルは技術的には決して一流ではないものの、音の魅力は比類なく、随所でこの美質が余すところなく発揮されているのもたまらない。おそらく、この演奏でなければこの曲の真価は分からないだろう。




今回唯一のショスタコーヴィチ作品は、チェロ・ソナタ。ごくオーソドックスで滑らかな演奏。チェロにもピアノにもこれといった特徴はないものの、ソツなくまとめられた水準の高いアンサンブルである。ただ、特にフランクにおいては、もう少し力強い高揚感を求めたいところ。


タカーチQといえば、私にとってはDeccaに録音したハイドンの作品77の2曲とドヴォルザークの第14番の颯爽とした、それでいてどこか垢抜けない魅力的な秀演で印象的な団体である。その後のメンバー交代を経て以降の音盤は聴いていない。このシューマンの全集は彼らのキャリア初期のもので、洗練されたアンサンブルの一方で、表現が直線的であるが故に彼らの歌い回しの野暮ったさがより前面に出ている。ただ、私はこういうローカル色の強い音が大好き。いかにも若々しい覇気に満ちた音楽はシューマンにしては健康的に過ぎるものの、一気呵成に聴かせるに十分な魅力を有している。


ドゥビーンスキイ時代のボロディーンQには、D. オーイストラフとオボーリンを独奏者に迎えてのショーソンのコンセールのライヴ録音がある。ピアノにドゥビーンスキイ夫人のエドリーナ、そして彼女とのデュオも多いルボーツキイをヴァイオリンに迎えたこのスタジオ録音は、ルボーツキイの音色がこの曲に合わないことが全て。それ以外は、オーイストラフ盤と同様の、フランス色よりはロシア色の濃厚なロマン情緒に覆われた音楽を堪能できる。第3楽章のどんよりとした、それでいて猛烈な高揚感に、ボロディーンQの魅力が余すところなく発揮されている。


さて、今回最も楽しみにしていたのが、ウィーン・ゾリステンのアルバム。この団体の音盤は、モーツァルトのミラノ四重奏曲から第2、3、6、7番の4曲を収録したLPを持っているのみ。この団体、ギュンター・ピヒラーらが中心となって設立された弦楽合奏団で、そこにはクラウス・メッツェルとハット・バイエルレも参加している。今回入手した音盤の時点ではメンバーにはなっていないが、創立時にはトーマス・カクシュカも参加していたらしい(その後、ウィーン・トーンキュンストラー管の首席奏者?コンサートマスター?に就任するなどしたためのようだ)。要するに、後のウィーン・アルバン・ベルクQの母体と言って差し支えないのが、この団体なのだ。

バロック期の合奏協奏曲を集めたアルバムは珍しい収録曲にも目を惹かれるが、ABQのファンとしては、独奏者としてクレジットされているピヒラーの名に心躍ってしまう。あくまでもアンサンブルの枠を逸脱しないながらも、時折聴こえてくる踏み込んだ歌に若きピヒラーの才能の片鱗を窺うことができる。

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マンドリン、ヴァイオリン、ヴィオラ、リュートという珍しい編成のアルバムには、ウィーン・ゾリステン名義ではないのだが、ピヒラーとバイエルレが参加している。マンドリンとの音量のバランスをとるためか両者とも非常に大人しいが、ジュリアーニの作品ではヴァイオリンとヴィオラの2人で演奏する箇所もあり、後の表現意欲が溢れ出しまくる演奏スタイルではないものの、隅々まで活き活きと清潔に弾き切る様に、この数年後には弦楽四重奏団を結成するに至る2人の出会いや経緯を想像して、微笑ましい気持ちになる。

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懐かしのレーザーディスク

  • モーツァルト:弦楽四重奏曲第16番、バーバー:弦楽四重奏曲第1番 東京Q (東芝EMI TOLW-3705 [LD])
  • シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」、ベルク:弦楽四重奏曲 アルバン・ベルクQ (東芝EMI WV060-3505 [LD])
僕が大学生だった1990年代前半、映像ソフトの主力メディアはレーザーディスクだった。レーザーディスクといえば、中学2年生の時に赴任してきた音楽のY先生のことを思い出す。Y先生はとにかく創意に溢れた人で、確か生徒会の顧問か何かで接する機会があり、何かと影響を受けたものだ。僕の中学時代といえば1980年代半ばである。その当時にY先生は、授業でレーザーディスクのソフトをいくつも観せてくれた。自身も声楽を学んでこられたこともあって、パヴァロッティのコンサート映像を流しながら熱く語っていた様子などは、今でもはっきりと思い起こすことができる。「サウンド・オブ・ミュージック」や「メリーポピンズ」を何回かの授業に分けて観せてくれたこともあった。

そんなこともあってか、音盤屋のレーザーディスクが置いてある一角には、一種独特の憧れが入り交じったような気分で足を運んだものだ。もっとも、1枚の値段が決して安くはなかったので、どうしてもCD複数枚とLD1枚を天秤にかけることになり、LDがDVDにとってかわられるまでの10年足らずの間に購入したLDソフトは、結局のところ、わずか50枚足らずであった。

7月の下旬だったか、知人のお宅で四重奏をして遊んだ後、酒を飲んでいると、ふと「ウンジャン時代の東京Qの映像があるなら観てみたい」という話題になった。LDを1枚持っていた記憶はあったのだが、収録曲がはっきりと思い出せぬまま帰宅し、さっそく棚を漁ってみると、モーツァルトの16番とバーバーの1番というカップリングのアルバムを発見。モーツァルトの16番は偶然にも練習中の曲だったので、酒の肴も兼ねた参考資料としてDVDにおとしてみた。



LDからDVDへの変換はMacを使って行ったのだが、エンコード等の処理に時間はかかるものの、DVD作成そのものはとても簡単であることを知り、機材をつないだついでに、めぼしいソフトを一気にDVD化することにした。C. クライバーのコンサート映像などは、今ではDVDで、それも比較的廉価で入手できるので今回はDVD化しなかったのだが、それでも予定したソフトの全てをDVD化するのに8月いっぱいかかってしまった。

ずっしりと重い光る円盤を手にすると、学生時代、部屋に仲間を集めて朝まで酒を飲みながら何度も繰り返し観た記憶が蘇ってくる。中でも、壮年期のアルバン・ベルクQの映像は、それこそ10年振り位に観たのだが、自分でも驚くほど隅々まで覚えていた。1984年の収録なので、最年長のピヒラーとカクシュカが44歳、エルベンは今の僕と同じ39歳で、最年少のシュルツは何と33歳(!)である。この頃にリリースされた「死と乙女」&「ロザムンデ」、ドビュッシー&ラヴェル、カーネギー・ホールでのライヴ、モーツァルトの弦楽五重奏曲第3&4番といった辺りがアルバン・ベルクQの技術的な頂点だったというのが、僕の持論である。確かに後年の録音や映像では音楽面のさらなる深化を聴くことができるものの、この若々しくも完成した映像の魅力と凄みが色あせることはない。



映像を観ている内に、それこそ使っている弦の種類まで真似するほど夢中になって観ていた当時の熱い想いが、ふつふつと沸き上がってきた。はやる心に身体がついていかない、運動会のお父さん状態なのが切ないが。

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genre : 音楽

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さよならABQ

abq.jpg
アルバン・ベルク四重奏団フェアウェル・ツアー
  1. ハイドン:弦楽四重奏曲第81番 ト長調 Op. 77-1
  2. ベルク:弦楽四重奏曲 Op. 3
  3. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番 イ短調 Op. 132
  4. ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op. 130より第5楽章「カヴァティーナ」
アルバン・ベルク四重奏団  2008年5月25日(日) ザ・シンフォニーホール
橋下知事にならって財政再建プログラム発動中の我が家だが、この演奏会だけはどうしても行かなければならなかった。僕が音楽の素晴らしさや楽しさを知ることができたのは、ひとえにABQの録音の数々のおかげ。演奏会に足を運んだのは91、93、94、96、98年の5回。この辺りは、ヴィオラ奏者のカクシュカ氏が逝去された時に本欄(2005年7月26日)でも述べたので、繰り返さない。

さて1曲目のハイドン。舞台に現れた4人への拍手は、既に熱烈なもの。大スターの最後の舞台という雰囲気が会場中に満ちている。ピヒラーは随分とナーバスになっていたようでフレーズのあちこちがぎくしゃくしていたが、これは10年前でも同様だったので驚くほどのことではない。それよりも、全体の音量がとても小さかったのが気になった。これは、純粋に加齢による衰えだろう。とはいえ、随所に聴かせる細かい仕掛けは相変わらずで、これだけ色んなことをしていながらも、全体のフォルムに歪みが出ないところは、まさに熟練の技といったところか。特に第2楽章の展開部で転調する辺りなどは、えもいわれぬ美しさ。全曲を通して、わりとあっさりと突き進んでしまったのは物足りなかったが。

2曲目はベルクの作品3。抒情組曲は91年の2回と94年の計3回聴いたが、作品3は今回が初めて。アンサンブルやあらゆる表現に一点の曇りもなかったのは、当然といえば当然なのだろうが、やはり他の追随を許さない境地には違いない。ただ、ここではピヒラーの音程の悪さが、少なからず気になった。また、エルベンのチェロも、全盛期の力と艶がない。ヴィオラのカリシウスを実際に聴くのは初めてだったが、第2楽章などで力強さを発揮するものの、基本的にはバランス重視の引っ込み思案な印象。いざという時のパワーはあるが、表現技術の引き出しの多さはカクシュカに及ばす…といった感じか。デビュー当時の録音に聴かれた、鋭く尖った表現意欲は完全に後退し、溢れんばかりの情感に溺れるような、濃密で余裕のある音楽に仕上がっていたところがとても興味深く、21世紀の今日ではベルクが既に古典となっていること、そしてABQの40年弱に及ぶ歩みを改めて実感した次第。

休憩時間にロビーに出ると、先輩やら後輩やら友人やらに出会う。皆に「工藤は来ていると思ったわ」と言われる。夢中でABQの音盤を聴き、手当たり次第に四重奏をやった学生時代に一瞬タイムスリップ。

後半。次に会場が明るくなったら、もう二度とABQの演奏を聴くことができないのかと思うと、やはり感傷的になってしまう。ベートーヴェンの15番は、1st Vnに要求される技術水準は前半の2曲よりも多少は楽とも言えるので、技術的な心配はなく、彼らの奏でる極上の音楽に身を委ねる。基本的にはいつもの彼らの演奏なのだが、客席にまで張り詰めた緊張感を放出していた昔と違い、気がついたら呼吸まで舞台上の彼らに同化していた…といった雰囲気の、さりげなくも大きな力を漲らせた場を作り出していた。白眉は、やはり第3楽章だろう。無条件に素晴らしかった。ふくよかなヴィブラートをかけて2分音符を奏で、全員が全音符でコラールを始めるとノン・ヴィブラート。この美しいと言うだけでは言い足りないほどの崇高な響きには、ただひたすら感動。ABQに対する思い入れがない聴き手でも、この楽章の演奏には文句をつけることはできなかっただろうと思う。この圧倒的な印象の中、終楽章はなんか妙にあっけなく終わってしまった感じ。ブラボー。

単にアンコールを期待する以上の熱烈な拍手を受けて、いつものシュルツの口上で始まったアンコールは、ベートーヴェンのカヴァティーナ。94年には13番全曲を聴いたし、アンコールでも毎回のように聴いた曲だが、これがもう……… これ以上に美しい音楽を聴くことは、これから先、きっと、ないような気がする。

あーぁ、終わっちゃった。

終演後は、ベルクの作品3のスコアにサインをもらいに…… すごい長蛇の列。楽屋口から正面玄関の方までつながってる。彼らはサインの時ににこやかに対応してくれるのも魅力だったのだが、今回は完全に流れ作業。ま、この人数じゃ仕方ないですね。

休憩時間に出会った先輩と後輩と3人で、軽くビールを飲んでから帰宅。印象深い、初夏の一日でした。

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ABQのシューベルト、キタエンコのショスタコーヴィチ

  • シューベルト:弦楽四重奏曲第10番、弦楽五重奏曲 アルバン・ベルクQ シフ (Vc) (2005.5.26 [NHK-ETV (2005.8.7)])
  • ベルリン・フィル&ウィーンフィル 8人のホルン奏者たち (2005.7.1 [NHK-ETV (2005.8.7)])
  • ショスタコーヴィチ:交響曲全集 キタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管他 (Capriccio 71 029 [SACD])
7月26日の本欄で、アルバン・ベルクQのカクシュカ追悼の話を書いたところだが、病床に臥していたカクシュカに代わってイザベル・カリシウスという女流ヴィオリストを迎えて行った日本公演(紀尾井ホール)の映像が、NHK教育テレビの「芸術劇場」で放映された。カリシウスは、モーツァルトの弦楽五重奏曲などでアルバン・ベルクQとの共演も何度か経験している、カクシュカの弟子ということ。彼女が正式にカクシュカの後任になるかどうかは分からないが、ABQの今後の展開を占う意味でも興味深く観た。

一曲目の冒頭から、特に違和感なくいつものABQサウンドが奏でられてまずは安堵。ただ、ピヒラーは大分衰えましたね。左手はもう10年前くらいから怪しくなってきていたが、今回は右手のしなやかさが失われつつあることに寂しさを感じた。ただ、カクシュカは音量が小さかっただけに、カリシウスの参加で中低域の厚みが増したことは歓迎すべき変化だろう。ピヒラーが神経質に目配せしていたところを見ると、まだまだアンサンブルがこなれてはいないのだろうが、ABQの三代目ヴィオリストとしての資格は十分にあるんじゃないだろうか。ただ、個人的には弦楽四重奏は男の四人組っていうのが見た目に一番美しいと思うので、ちょっと微妙なところですが。

弦楽五重奏曲は、基本的な音楽作りは20年前の録音と一緒だが、より一層の自在さを獲得した秀演だった。四重奏曲以上の難曲だけに多少耳障りな音もなかったとは言えないが、好き嫌いは別にしてこれほどまでに多彩なニュアンスを持った演奏をできる団体は、そうはないだろう。こうやって映像で見ると、久しぶりにこの曲を弾きたくなってきた。メンバーを探そうかな?

続くホルン・アンサンブルの番組も一緒に録画。王子ホールでのライヴだが、こちらは雰囲気の良い楽しさに満ちた演奏会。かつてかぶとやま交響楽団の第21回定期演奏会で共演させていただいたストランスキーさんが参加されていたので、懐かしさも手伝って楽しく観た。単に楽器の違いだけではなく、音色に対する嗜好が両オーケストラで大きく異なっているのが面白い。ただ、この水準の演奏家が集まると、そうした差異を超えて一つの音楽になるのが立派。それにしても、ドールは巧いですね。

さて、夏のボーナスで購入した最大のセットが、キタエンコ指揮のショスタコーヴィチの交響曲全集。もう既にあちこちで話題になっているので、どこか乗り遅れた気分。何も知らずにTower Records難波店で購入したのだが、どうやら随分とお買い得だった模様。なかなか一気に全曲聴き通すわけにもいかないので、のんびりと聴いていくことにする。

まずは、第1&3番。第1番の冒頭から、磨きぬかれた響きと確信に満ちた音楽の流れに感心する。録音の良さもあるのだろうが、それにしてもオーケストラの音色が美しい。この水準になると、ロシア臭の有無は全く気にならないどころか、むしろこの作品にはこの音が相応しいように感じられる。技術的には完璧とまでは言えないが、奇を衒うことなく着実に展開される音楽は十分に説得力を持っている。少々粘着質なキタエンコの歌いまわしは、あまり僕の好みではないが。第3番は、合唱が入るまでの部分に関しては非の打ち所がない名演。明るめの音色できびきびと進められる演奏は、この作品を本来の内容以上に魅力的なものとして聴かせてくれる。キタエンコ独特の粘っこさは、たとえば合唱が入る前のグリッサンドが続く部分などで効果的に作用していて、楽曲との相性の良さを感じさせる。合唱も決して悪くはないのだが、個人的にはもう少し荒っぽい方が好き。整然とした歌は、楽曲の陳腐さをあからさまにしてしまう。まぁ、そういう曲なんだけど。

続いて、第2&5番。第2番は、非常に優れた演奏。隅々まで丁寧に磨き上げられた音楽は、他の録音と比較しても傑出している。細部まですっきりと捉えた録音も秀逸。合唱も十分力強くて、それほど違和感がない。ただ、サイレンの音色は乾いた汽笛みたいでちょっと拍子抜け。第5番も立派な内容である。さすがに名演揃いのこの曲で他を圧倒するほどの演奏ではないが、真摯な音楽作りは説得力十分。少々きれいごとに終始している感は否めないが、これはオーケストラの力量との兼ね合いなのかもしれない。ただし、妙なくどさがないので聴きやすさは抜群。

第4番は、ライヴ録音ということだが何回かのテイクをつないでいるようで、技術的な不満はほとんどない。妙な味付けがないものの、手応えのあるコクが全編に満ちていて充実した演奏になっている。きびきびとしたテンポで進められる推進力のある音楽が立派。細部へのこだわりよりは、交響曲としての構成感と全体の流れを重視した解釈だが、実に分かりやすく聴きやすい仕上がりに感心する。やみくもなエネルギーには欠けるが、難解さゆえにこの作品を敬遠してきた聴き手には特に薦められる。

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genre : 音楽

tag : 演奏家_AlbanBergQuartet 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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