『ウィーン・フィルとともに ワルター・バリリ回想録』(音楽之友社, 2012)

間もなく大学2回生になろうとしていた1991年の春、ウェストミンスター・レーベルの数々の名盤が初CD化された。西部講堂のすぐ横にあったひどく古い、それでいて妙に品揃えの良かった大学生協の店舗でベートーヴェンとモーツァルト、そしてシューベルトの弦楽四重奏曲全集を喜び勇んで予約したことが懐かしく思い出される。この時のCD化は盤起こしで、後年に発掘されたマスターテープからCD化されたものとは音質に格段の差はあるものの、なけなしのアルバイト代をつぎ込んで買い求めた音盤は、今でも大切に棚に並べている。

それより少し前、まだ高校生だった頃に読み込んだ大木正興・大木正純著『室内楽名曲名盤100』(オン・ブックス, 1983)で頻繁に目にした「バリリ」という名のヴァイオリニストのついに聴くことのできた演奏の数々は、LPですら入手が容易でなかった時期に募らせた期待をはるかに凌ぐ、極めて魅力的なもので、何度聴いても飽きがこないどころか、聴けば聴くほどこれ以外にあり得ない(でも、どうしたって真似できない)という圧倒的な(彼の音楽にはあまり相応しくない形容!)説得力に満ちていた。このようなモーツァルトを奏でることができたバリリあるいはバリリQとは、どんな人だったのか?彼がコンサートマスターを務めたウィーン・フィルについての文献は少なくないが、彼個人についての情報は思うように見つけられないままであった。

その渇きを癒してくれる本がついに出た。本文186ページで2,520円(税込)という価格には割高感が拭えないが、彼の演奏あるいは弦楽四重奏を愛する者ならば、やはり一度は目を通しておかねばならないだろうと、意を決して購入。

僕が音盤を通して親しんだ時代のウィーン・フィルについては、バリリQのメンバーでもあり、バリリの先代の楽団長でもあったシュトラッサーの『栄光のウィーン・フィル』(音楽之友社, 1977)という大部の名著がある。これに比べると、バリリの自伝は記述の分量も詳細度も随分と劣るが、それは本書がある特定のテーマに集中して書かれているためであり、その点においてはシュトラッサーの本を補って余りある充実した内容である。

そのテーマとは、敗戦を迎えた1945年4月にソ連軍から身を守ろうとした“地下避難”前後の記録を頂点とする、バリリが生まれ育った時代のウィーン社会の描写である。生々しく詳細な当時の日記は時代の貴重な証言であり、本書を音楽書の範疇に括るのを躊躇させるほど。

自身の楽歴については、わりと淡々とした調子で事実が書き連ねられている印象。おそらくは完全に網羅されているであろうバリリQのメンバー変遷については、少なくとも日本語では初出の情報で史料的な価値が高いが、それ以外に関してはバリリQの世界ツアーに際してのエピソードの数々が興味を引くくらいで、全体としては驚くほど“自慢”の少ない自伝である。その虚飾のない客観的な筆致には、バリリ本人の気高い誇りが、その音楽と同様に上品に込められているように思われる。

特筆すべきは、掲載されている写真の質。ほとんどがバリリが個人で所有している写真なのだろうが、世界最高のオーケストラのリーダーが生きてきた時代の息吹を生き生きと伝えてくれるものばかりで、眺めているだけで脳内にあの美しい音楽が再生される。

やはりお買い得とは言い難いものの、訳文も読み易く、よほど関心の方向が違わない限り、広くお薦めしたい一冊である。

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引き続きブラームスとシューマン

  • ブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ、3つの間奏曲 作品117、6つの小品 作品118 A. ヴェデルニコフ (Pf) (Denon COCQ-83657)
  • ブラームス:ピアノ五重奏曲 P. レーゼル (Pf) ブラームスQ (Deutsche Schallplatten 32TC-32)
  • ブラームス:ピアノ五重奏曲、ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲より第2楽章 レオンスカヤ (Pf) アルバン・ベルクQ (EMI CE33-5400)
  • シューマン:ピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲 P. レーゼル (Pf) ゲヴァントハウスQ (Deutsche Schallplatten 32TC-132)
  • シューマン:ピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲 デムス (Pf) バリリQ (Westminster MVCW-19027)
まずは昨日の続き。ヴェデルニコフによるブラームスの作品117と118を聴いた。これはしかし、もの凄い演奏だなぁ。これらの曲集がこんなに多彩な世界を持っていたとは。各曲が絶妙のバランスで自立していて、身動きしただけで崩れてしまいそうな純度の高い繊細さを持っている。音符はその場に静止しているだけなのに、そこから歌が溢れ出してくるような感じ。しかも、曲集としてのまとまりまで感じられる。ネイガウスも凄いが、作品118は第2曲だけだし作品119も2曲のみの抜粋ということで、この点に関してはヴェデルニコフと比較しようがない。6月11日の当欄ではヴェデルニコフのブラームスについてあまり肯定的ではないような感想を書いたが、あれは曲の問題だったんだろうな。この一枚について言えば、これ以上の演奏は考えられないと言いたくなってしまう。そう言いながらもアファナシェフ盤を聴いたらまた同じようなことを言いそうだけど。

ブラームスとレーゼルつながりで、ふとピアノ五重奏曲の録音があったことを思い出した。渡辺学而氏だったか誰だったか忘れたが、僕が高校生だった頃の「音楽現代」誌のブラームス特集で同じレーゼルのピアノ独奏曲全集と一緒にこの録音を誉めていたような記憶がある。で、この演奏だが、これはもうひたすら勢いのとまらないレーゼルを楽しむためのもの。ドレスデン・シュターツカペレの首席奏者による団体というブラームスQは、完全に力不足。雰囲気はいいんだけど。第1楽章の展開部なんて、奔放なレーゼルの魅力全開といった趣き。

そこで今度は弦楽器を楽しもうとアルバン・ベルクQ盤を取り出してみた。これは、自分の小遣いで買ったごくごく初期のCDなので懐かしい。確か高校3年生の冬のことだったと思う。CDがまだ全部で10枚もなかった頃。この頃のABQは、本当にいいなぁ。たぶんピヒラーがまだガダニーニに持ち替える前の時期で、冒頭から癖のあるフレージングなんかがいかにもピヒラー節なんだけれども、それがまだ自然さを持っている。90年代に入ってからは急速に、作為的で人工的な節回しが強くなってしまったから。今や“円熟の境地”などと言われているが、誰が何と言おうと彼らの全盛期は80年代中頃だと思う。G. シュルツじゃなくてメッツェルの方が、カクシュカじゃなくてバイエルレの方が良かったという人も少なくないだろうが、良くも悪くもこの団体のスタイルが確立したのは、この時期だろう。そういう部分が、ブラームスの第3楽章によく表れていると思う。圧倒的なアンサンブル能力を駆使した、単位時間あたりの変化量が極めて大きい音楽作りは、まさに彼らならではのもの。レオンスカヤとの相性も実に良い。アンコールのドヴォルザークは、ピヒラー節が全開でファンとしてはたまらない。ドヴォルザークの全曲がこの時期にこの顔合わせで録音されなかったことが残念でならない。

レーゼルつながりで、今度はシューマンの作品44と作品47を聴いてみる。こちらはズスケ時代のゲヴァントハウスQなので、ブラームスQのような不満はない。が、逆にズスケががちがちに締め付けてしまったのか、レーゼルがすっかりおとなしい。これじゃ、全くもってつまんない。いかにもドイツ風の響きはいいんだけどね。

五重奏曲の方は録音も結構あるから選択肢があるが、四重奏曲の方はあまり目ぼしいものがない。だから、いつも結局バリリQ盤を聴くことになる。これは大学2回生になる春頃に、京都の河原町今出川にある「つだちく」という店の中古LPコーナーで見つけて初めて聴いた演奏。この店、良心的なのか相場を知らないのか、当時ウェストミンスター盤は全くCD化されてなくて、まさにバリリQのベートーヴェン全集やウラッハの一連の録音、ウィーン・コンツェルトハウスQ他のモーツァルト全集が初CD化されようとしていた時期なのに、1000円そこそこで買った記憶がある。で、初めて聴いたピアノ四重奏曲の第3楽章の美しさに惚れ込んで、その年の4月にあった京大音研の新歓演奏会で弾いたのは懐かしい思い出。演奏については、今さら何を言う必要もないだろう。これが音楽だとしか言いようのないフレージング、高貴な優しさに満ちた音色。何度聴いても、初めて聴いた時の感激を思い出す。

それにしても、今日聴いたディスクの内3枚は1枚3200円とかいう大昔の値段。まだ消費税がなくて物品税だった頃なんだな。消費税導入後は3008円(税抜き2920円)とかいう小さい紙が貼り付けてあったことを思い出した。懐かしいな。

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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