【楽曲解説】ルクー:ピアノ四重奏曲(第1楽章)

Guillaume Lekeu
ギヨーム・ルクー(1870~1894)


Quatuor avec piano [inachevé]
ピアノ四重奏曲 ロ短調(未完)


より第1楽章
Dans un emportement douloureux. Très animé
(悩ましい忘我のうちに。たいそう生気をこめて)



 「…第2楽章の締めくくり方がわかった!第3楽章の主題も全部浮かんできた。この曲は3楽章でまとめるんだから、そうしたら終わりだ。終楽章は前の二つより、もっと美しくなるよ!(濱田滋郎訳)」まもなく24歳の誕生日を迎えようとしていたルクーは、1894年の新年早々、潜伏していたチフスのために臥していた病床で、うわ言のようにこう語っていたという。それからひと月も経たず(1月31日)に、ルクーはわずか24年の生涯を閉じることになる。

 1870年1月20日にベルギーのウジーで生まれたルクーは、14歳の頃から音楽に熱中し始め、当初は正規の音楽教育を受けることなく、J. S. バッハやベートーヴェン、ワーグナーなどの音楽を通して作曲法を習得していったらしい。中でもベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲のスコアは肌身離さず持ち歩いていたと伝えられている。また、19歳の時にバイロイトでワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を観た際には、興奮のあまりに失神して担架で運び出されたとの逸話も残されている。

 ルクーがパリで本格的に音楽の勉強を始めたのは1888年のことであったが、そこでは最晩年のフランクから個人レッスンを受ける機会を得た。2年後の1890年にフランクが他界すると、ルクーは引き続きヴァンサン・ダンディ(1851~1931)に師事した。フランス楽壇の重鎮だった二人の師の縁で、大ヴァイオリニストであるウジェーヌ・イザイ(1858~1931)と知り合ったのもこの頃である。イザイの依頼によって書かれたヴァイオリン・ソナタ(1892年)は、ルクーの代表作として広く愛聴されている。このソナタの成功を受け、1893年に再びイザイからの依頼に応える形でとりかかったのが、本日演奏するピアノ四重奏曲である。

 「僕はつまり、言ってしまいますと、その細部に至るまで考えていくと自分でも怖ろしくなるほどの情感を、この曲に盛り込もうとしているのです」、「子供らしい喜び、春のあけぼのの情景……そしてまた秋と涙のメランコリー、あるいは最も痛ましい叫び…僕は自分の魂のすべてを音楽の中に注ぎ入れようと、心身をすりへらしています」。これらは作曲中のルクーから、それぞれイザイと母親に宛てられた手紙の一部であるが、これだけでも彼がどれほどこの曲にその情熱を傾けていたかが分かるだろう。6月末に書き上げられた第1楽章を見たイザイは、「君は大伽藍を建ててくれるんだね!」と喜んだという。そのおよそ半年後、第2楽章を完成することなく、冒頭の言葉を残してルクーは急逝した。遺稿の校訂・補筆は師のダンディが行い、全2楽章という形で出版された。

 本日演奏するのは、15分弱の長さを持つ長大なソナタ形式の第1楽章である。性格が異なる二つの主題から成るものの、“悩ましい忘我” という気分、そしてルクー独特の情熱溢れる甘美な抒情は終始一貫している。また、提示部のコデッタ直前に現れる密やかな部分は第2楽章を予告しており、師フランク譲りの循環形式の片鱗を窺うこともできる。時に唐突とすら思える転調や幻想的で自由な拍節の扱いが効果的で、“夭折の天才”の名にふさわしいルクーの天分が余すところなく発揮された傑作である。

京都大学音楽研究会 第100回定期演奏会(2005年6月8日)

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京都大学音楽研究会 第100回定期演奏会

  • ルクー:モルト・アダージョ、ピアノ四重奏曲、ラルゲット、アダージョ~“追憶の蒼ざめた花々……”、3つの歌曲 アンサンブル・ミュジック・オブリク (harmonia mundi KKCC-293)
  • ショーソン:ピアノ四重奏曲、ルクー:ピアノ四重奏曲 ガブリエル・ピアノ四重奏団 (Lyrinx KKCC-417)
6月8日は、京都大学音楽研究会の第100回定期演奏会があった。ひょんなことから、OBとして出演しないかとの打診を現役生から受けたのが昨年の11月末。紆余曲折の末、ピアノとチェロは現役生、ヴァイオリンとヴィオラはOBという編成でルクーのピアノ四重奏曲(第1楽章のみ)を演奏しようと決まったのは今年の2月であった。OBといわれても、自分の中ではついこの前までサークルにいたような気分だったから、なんだか現役のスタッフに色々とお気遣いいただくのが面映かったが、よく考えたら1998年に就職してからもう7年になるんですね。当然、出演者やスタッフに知った顔はいないし、現役生にしたって、偉そうな顔したおっさんにどう対応したものか、ずいぶんと気苦労をかけたことでしょうね。この場を借りて御礼申し上げます。

この演奏会、6月5日の朝日新聞京都版にも紹介され(その記事はこちら)、ちょうど会員の前で演奏していたこともあって、カラー写真は載るわ、名前まで紹介されるわ… なんだか妙なプレッシャーの中で本番を迎えることとなった。

演奏については、やはり個々の技術的な制約があったため、胸を張って名演でしたとは、とても言えない。頻繁な転調の魅力は、正確な音程なくしては表出できないが、改めて録音を聴いてみるとがっかりするところも少なからず。また、細かいフレーズのニュアンスやアーティキュレーションも完全に一致できたとは言い難く、もう少し丁寧に練習すればと今さらながら悔やまれたりもする。ただ、この作品が持つ異様な熱っぽさと、収拾のつかない音楽の奔流に演奏者が没頭し、大きな流れを紡ごうとする解釈の意図は、それなりに演奏に反映することができたのではないかと思っている。ミスは随所にあったものの、全体の集中力が途切れなかったのも何より。コーダの入りは少し早すぎたと思うが、これはこれで悪くなかったと評してくださる方もいたし(斉諧生音盤志音盤狂日録6月8日分)まぁ、良しとしましょう。何と言っても、舞台上で楽しく音楽に浸ることができたのは最高でした。個人的にも、不安だった箇所はほとんどミスせずにクリアできたし(その代わり、油断してたところで随分ミスしましたが…)。改めて、このような機会をくださった皆さんに感謝!

演奏後、聴きに来てくださっていた何人かの先輩と後輩と話をすることができたが、皆さん一様に出演者のレベルの高さに驚いていた。たった10年程度の違いなのに、技術的にも音楽的にも僕らがいた頃とは次元の違う洗練のされ方に、「もう10年遅く生まれてたら、恥ずかしくて定演なんて出れなかったなぁ」と言い合ってました。でも、僕が一番嬉しかったのは、「曲が始まった途端、あ~工藤は変わってないなぁ、懐かしくて涙が出たよ(笑)」と言われたこと。真剣勝負の現役生には申し訳ないが、OB出演というのは一種の色物なわけで、100回を迎えた音研定期の歴史の中にこんな時代もあったということを伝えられたというだけで、自己満足的ではありますが、成功だったんじゃないかと思うわけです。

演奏会終了後、何度か録音を聴き直したが、テンポ設定や解釈の基本線は我ながらよくできていると思う。おこがましいようだが、今上記2盤を聴くと、どこか生ぬるいような感じがして物足りない。でも、本当に素晴らしく魅力的な作品で、これを自分の手で弾くことができた喜びは、何物にも代え難い。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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