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ショスタコーヴィチの作品便覧(第1巻)


  • Дигонская, О., Копытова, Г., Дмитрий Шостакович. Нотографический справочник. Вып. 1, Композитор, Санкт-Петербург, 2016.
ショスタコーヴィチの作品リストといえばHulmeの労作、というのが常識であったが、著者逝去に伴って第4版(2010年)が最後となってしまい、新たな発見の反映は望むべくもない……と思っていたところに、新たな作品便覧の登場。しかも、DSCH社の出版物でも著名な、一次資料に通暁している研究者のディゴーンスカヤ女史の手によるとなれば、これはもう書架に陳列するのがファンの務めというものだろう。

全部で3巻が予定されているようだが、第1巻は交響曲第4番までの情報が収録されている。各曲について、以下の項目が整理されている:
  • 曲名・作曲時期・作曲地・献呈・楽章構成・楽器編成・演奏時間
  • 公開試奏
  • 初演
  • 自筆譜
  • 出版譜
  • 引用・流用
  • 備考
  • DSCH社のレンタル譜
Hulmeのカタログとは異なってディスコグラフィはないが、現代ではもはや全ての音盤を網羅することなど不可能であり、また、さして意味を持たないことを考えると、そのことは何らマイナスではない。

逆に注目すべきは、各種の引用や流用について整理されていることだろう。ここに示されているものが全てではないだろうし、“たまたま”似ているフレーズも含まれているのだろうが、研究目的のみならず、一般の鑑賞においても示唆に富む情報である。

作品番号の確定した楽曲に加えて、これまでに知られていなかった未出版の作品や習作、実現に至らなかったプロジェクトなどを含む80曲のリストは、研究者、演奏家、愛好家といった、ショスタコーヴィチの音楽に関心のある全ての人達にとって極めて刺激的である。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

『レコードによる弦楽四重奏曲の歴史』

  • 幸松 肇:レコードによる弦楽四重奏曲の歴史, 上巻, DU BOOKS, 2016.
  • 幸松 肇:レコードによる弦楽四重奏曲の歴史, 下巻, DU BOOKS, 2016.
書店の「音楽書」の棚にそのタイトルを見つけ、躊躇なく即確保した一冊(二冊…か)。弦楽四重奏というジャンルの、少なくともわが国における権威である著者の手による大部の著作(上下巻合わせて約1,000ページ)だけに、その内容にも十分な信頼をおくことができる。

さて、本書は“新刊”ではあるが、収録されている文章は雑誌『LP手帳』の連載記事(1975~82)であるために、記述内容そのものは現時点での最新の知見ではない。現在の若い読者にとっては、ヴィオラがバイエルレ時代のアルバン・ベルクQが最若手という布陣には古臭さしか感じられないかもしれないし、近年の新譜や若手団体といったリアルタイムの鑑賞活動に対する有用な情報に欠けると思われるかもしれない。敢えて誤解を恐れずに言えば、“昔の評論本の復刻”であるからだ。

しかしながら、本書は弦楽四重奏を愛する者にとって類のない名著である。まず、楽曲そのものではなく、決して少なくないそのそれぞれについて、これまた少なくない量の音盤を(執筆当時の時点において、ではあるが)網羅し、その演奏を全て詳細に評論し尽くしているというだけでも偉業と呼ぶに相応しい。連載の事情でハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、というごくオーソドックスな、しかも限られた作曲家だけが取り上げられているが、それでもその音盤を網羅するというのは、音盤の種類が今よりは少なかったとはいえ、それだけでも驚嘆に値する。

1970年前後に結成された団体の壮年期を同時代的に経験してきた私にとっては、カペーQやレナーQを基本とし、ブダペストQとバリリQを双璧とみなし、ジュリアードQやスメタナQの技術水準に感心する、という全体的な嗜好は、いささか古臭く、前時代的に感じられるが、個々の評価やそこに反映される著者の嗜好といったものは、そもそも読者と一致することの方が珍しい訳で、自分と異なる価値観のその背景をこそ堪能すべきであろう。その意味で、本書は著者の考え方やスタンスが揺るぎなく、しかもその根拠が明示されており、たとえ個々の評価に異論があったとしても、個々の楽曲をどう味わうか、それぞれの作曲家の何を聴くか、アンサンブルのどこに勘所があるのか、といった全体的な主張は、極めて示唆に富んでいる。

記述の詳細度と分量を考えると、“読み物”として通読するよりも、まずはざっと全体を俯瞰した上で、その時々の興味に応じて該当する箇所を繰り返し精読するような読み方の方が相応しいように思う。いまさらブダペストQでもないだろう…などと言わずに、本書と共にかつての名盤を改めて味わってみることで、本書では扱われていない近年の演奏に対しても新たな聴き方ができるに違いない。

シューベルトまでしか扱われていないことが本書の最大の欠点ではあるが、ルネサンス期にまで四声音楽の源流を遡り、貴重な音盤を紹介している上巻の前半部分は非常に面白く、困ったことに、蒐集欲を駆り立てられてしまう。またいわゆる弦楽四重奏曲の範疇を超えて、たとえばベートーヴェンの作品118のような楽曲まで紹介されているのも楽しい。両冊を揃えると7,000円近い出費になるが、それだけの価値は十分にある。

theme : クラシック
genre : 音楽

スヴィリードフの全作品リスト

  • Свиридовский институт, Георгий Свиридов: Полный список произведений (Нотографический справочник), Национальный Свиридовский Фонд, 2001.
私はスヴィリードフの音楽が大好きなのだが、「吹雪」のように有名な器楽曲はともかく、彼の創作の大半を成す声楽曲については、言語の壁ゆえかまとまった情報が非常に少なく、音盤に収録されている楽曲の素性を調べるにもかなり苦労する。
  1. まず、同じ詩人の歌詞につけた楽曲群を、どのような単位で捉えるべきなのかがわからない。たとえばエセーニンの詩による歌曲は多数あるのだが、「さまようロシア」のように連作歌曲のようにまとまって演奏されるものではないのに、「エセーニンの詩による4つの歌曲」みたいなタイトルがついているものもあり、しかもそれが音盤や楽譜によって様々に異なっていたりする。
  2. 次に合唱曲なのか独唱曲なのか、あるいは独唱&合唱なのか、ピアノ伴奏なのか管弦楽伴奏なのか、編成がいまひとつはっきりとしない。いわゆる歌謡曲的な捉え方をするならば伴奏の形態にこだわる必要はないのかもしれないが。
  3. そして何よりこれが一番の問題なのだが、楽曲のタイトルが日本語はもちろんのこと、英語訳すら限られたものしか分からず、しかも詩である以上、単に直訳しただけでは意味を成さないものばかりで、流通している訳が正しいのかどうか判断に苦しむ。
そんな悩みのいくらかでも解消してくれるだろうことを期待して、スヴィリードフの全作品リストなるものを一年ほど前に入手したのだが、軽く眺めただけでずっと放置していた。せっかくの情報なのにそれではあまりにもったいなく、気の赴くままに整理してみた(こちら)。
  • 作品リストでは編成(ジャンル)別に番号が振られているが、スヴィリードフの創作の過程を編年的に追うことを目的に、年代順に並べ直した。
  • 楽曲群のまとまりは、出版時の都合で様々なようなので、ひとまず作品リストに従い、その収録曲のタイトルも併記した。
  • スヴィリードフの情報はロシア語に偏っているので、ロシア語タイトルはキリル文字で表記し、コピペで検索しやすいようにした。
  • 日本語タイトルは、ごく常識的に直訳して問題のないもの以外は、ネットでの検索結果を基本に訳を検討し、問題のなさそうなもののみを記載した(まだ途中)。
  • 英語タイトルも同様だが、Melodiya盤のライナーに表記されている英語訳も利用した(まだまだ途中)。
  • 作品リストでは同一曲ながら伴奏等の編成が異なるものには別番号を振っているので、同様に別作品扱いした。編成についての記述は、とりあえず省いている(今後、必要に応じて追加するかも)。
  • 手持ちの音盤の情報を併記した。
  • YouTubeにある動画へのリンクもまとめた(まだ途中)。ただし、既発の音源をアップしただけのものは除外した。
楽曲名の問題は依然として残るものの、「スヴィリードフにはどんな作品があるのか」ということについて私自身が知りたい情報は、とりあえずではあるが、これで整理することができた。

今回、YouTubeなどで集中的にスヴィリードフの音楽を聴いたが、とりわけブロークやエセーニンの詩による歌曲群の、たまらなくロシア的な世界に、改めて魅了された。往年の有名演奏家達によるスヴィリードフ作品の演奏会の動画を以下にまとめておく。いずれも珠玉の名演である。
オブラスツォーヴァ (MS) スヴィリードフ (Pf)
19761977
ヴェデルニコフ (B) スヴィリードフ (Pf)生誕100年記念演奏会
スヴィリードフの夕べ
(1)(2)
Время Георгия Свиридова - documentary
(1)(2)

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Sviridov,G.V.

『ピアニストが語る! 音符ではなく、音楽を! 現代の世界的ピアニストたちとの対話 第二巻』(アルファベータブックス, 2015)

2014年6月29日のエントリーで紹介した、『ピアニストが語る!』シリーズの2冊目。前巻と同様に14人のピアニストが取り上げられているが、ロシア・東欧系の演奏家が多かった前巻とは異なり、第2巻ではフランスのピアニストが半数を占めるため、ネームバリューという点では本巻の方が“大物揃い”と言えるかもしれない。原著をそのまま邦訳しているのではなく、演奏家が主たる音楽教育を受けた国、あるいは楽派ごとに配列し直しているので、著者の関心や意図をより明確に読み取ることができるように配慮されているのは、第1巻と同様である。

第1巻で取り上げられたピアニストのほとんどが、自身のバックボーンにある“楽派”に対する深い見識を披露していたのに対し、第2巻ではほとんどが「楽派という考え方にはあまり意味がない」という立場をとっているのが、大変に興味深い。これは、それぞれの冒頭に置かれたポゴレリッチ(第1巻)、ツィメルマン(第2巻)の立ち位置にも象徴されており、日本語版の編集の妙でもあろう。

全体を通して第1巻ほどのインパクトはないが、どのピアニストについても読み飛ばすことができない真摯で含蓄のある内容にまとめられている点では前巻と同様であり、ピアノ音楽に限らず、広く音楽に関心を持つ読者に訴えかける一冊であることもまた、前巻と同様である。

印象に残った言葉は数多くあるが、とりわけ私個人の関心に合致したのは、次の3箇所。どういう文脈で、何を言おうとしているのかは、是非本書を読んでみて欲しい:
  • 「バルトークは≪交響曲第七番「レニングラード」≫を聴いて、ナチス滅亡への想いに呼応して、あの旋律を≪管弦楽のための協奏曲≫の中で使ったのです――それが、バルトークの真意だったのです!」(ジェルジ・シャーンドル, p.83)
  • 「ショスタコーヴィチはピアノ演奏があまり得意ではなかったのです。」(ウラディーミル・アシュケナージ, p.157)
  • (フォーレの作品について)「演奏者が表現できるのは作品の半分だけで、あとの半分は聴衆が発見しなければならないのです。演奏者は聴衆に招待状を送ることができるだけで、聴衆は自分で彼の世界に入って行かなければなりません。」(ジャン=フィリップ・コラール, p.372)

第3巻の企画も進んでいるようだが、本巻にもまして、地味なピアニストが中心になるようである。しかしながら、むしろそのことが本著の真価を知らしめる内容になるのではないかと、今から期待が募る。そして、予定通り原著の全訳=全4巻の出版が叶うよう、祈念したい。

theme : クラシック
genre : 音楽

『エミール・ギレリス もうひとつのロシア・ピアニズム』(音楽之友社, 2011)

1980年前後にクラシックを聴き始めた私(の世代)にとって、ギレリスは(既に晩年であったとはいえ)現役の巨匠ピアニストの一人であった。当時はまだロシア音楽に傾倒していたわけでもなく、そもそもピアノ音楽にはほとんど関心を持っていなかった私でも、ギレリスとリヒテルの名前は知っていた。ピアノの音色そのものが好きでなかった私が、大学時代にピアノ曲も勉強しようと色々聴いた中で、生理的な次元でその音が好きだった唯一のピアニストがギレリスであった。ブラームスの協奏曲第1番の有名な録音(ヨッフム/ベルリンPO)は、当時も今も変わらず愛聴し続けている。

現時点で“過去の巨匠”であるにせよ、ギレリスがピアノ演奏史にその名を刻む偉大な存在であることに疑いはないだろう。しかしながら、その生涯や演奏活動について網羅した評伝は、少なくとも日本語で読める物に限定すると皆無に等しい。2007年に原著が、そして2011年に邦訳が出版された本書は、その点においてだけでも非常に価値がある。原著にはないディスコグラフィ(浅里公三氏作成)が付録として収められているのも嬉しい。マニア的視点でどれほど“完璧”なのかは分からないが、ギレリスに関心を持つ愛好家が参考にするのに十分過ぎる資料であることは間違いない。

さて、メインの評伝部分は、ほぼ時系列に沿った記述になっている。ただ、各章はそれぞれに何らかのテーマでまとめられており、その関係で編年体の記述と言うにはエピソードの時系列が前後している箇所が多い。また、イザイ(現エリザベート王妃)国際コンクールでの優勝(第16章)に至るまでの記述の詳細度に比べると、それ以降はエピソードや演奏に対する評論等の選択の仕方が少々散漫に感じられる。レコーディングについての記述がほとんどないのは、ギレリスはあまり録音に積極的でなかったということなのかもしれないが、レコードでしかギレリスを知り得ない時期の長かった西側の読者としては、いくらかでも言及が欲しかったところである。とはいえ、400ページ強に詰め込まれた情報量は膨大なもの。ギレリスのファンのみならず、ピアノ音楽、ロシア音楽、ソ連体制下の音楽活動などに関心のある読者ならば、手元に置いておく価値がある書物であろう。

ただ、本書の全編を通じて「ネイガウス教授との確執」「リヒテルに比べて不当に不遇であった」という2点が必要以上に強調されているのは、せっかくの記述の客観性を損ないかねないばかりか、著者のギレリスに対する思い入れが執拗な恨み節にすり替わってしまうことで本書の風格をも損なっており、本書の意義と価値を高く評価するだけに、極めて残念である。

theme : クラシック
genre : 音楽

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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