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【楽曲解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Streichquartett Nr. 16 F-dur, Op. 135
弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 作品135



 ベートーヴェン最後の弦楽四重奏曲となった第16番は、慢性的な内臓疾患に加えて甥カールの自殺未遂という事件もあり、心身共に破滅的な状況下で作曲されました。事件後に静養していたカールとグナイクセンドルフで過ごした2か月ほどの間に書き上げた後、わずか半年足らずで死を迎えることになります。この作品に対してしばしば用いられる「簡明さ」「軽さ」といった形容には、このような伝記的背景が強く投影されています。それはすなわち、第12~15番で示された人生の困難に対する巨大で強靭な意志と諦観との壮絶な葛藤を経て到達した「終着点」としての悟りの境地が、第16番に表れているとするものです。しかしながら、出版社とのやり取りの中で「“大きな作曲の構想”がたくさんある」と手紙に記していたベートーヴェンが、この時点で自身の創作活動の終わりを想定していたとは考えられません。むしろ、第1番 Op.18-1と第7番 Op.59-1という革新的な2つの曲集の嚆矢となった作品と同じヘ長調が採用されていることを踏まえると、第16番は新境地を拓いたベートーヴェンの新たな「始発点」と捉えるのが相応しいようにも思われます。
 やや小規模な展開部を持つソナタ形式の両端楽章にスケルツォと変奏曲が挟まれた4楽章の構成は、第12番以前の古典的な形式に回帰したように見えますが、全体の簡潔な佇まいとは裏腹に、様々な新機軸が随所に盛り込まれた、極めて精妙な作りになっています。第1楽章は軽やかな第1主題で開始されますが、断片的な動機によって形成された旋律は歌謡性とは程遠く、マーラーの交響曲第9番冒頭などと同種の旋律の残骸とでも呼ぶべきものです。開始早々現れるカデンツ(終止形)は再現部の始めと楽章の終わりでも繰り返され、まるで楽章が3度終わるかのような構成が、この楽章の断片的な印象を強めています。第2楽章に聴かれるリズムの狂騒(トリオ後半では同じ音型の反復が50小節近くに及ぶ)では、ベートーヴェンの偏執的な性向が抽象性へと昇華されています。第3楽章はベートーヴェンが得意とした変奏曲形式ですが、第2変奏「più lento」を中心とした三部形式と見做すこともできます。他の後期作品と同様、この緩徐楽章は全曲の核心です。終楽章の冒頭には「Der schwer gefaßte Entschluß(ようやくついた決心)」という見出しの下に、「Muss es sein?(そうあらねばならぬか?)」「Es muß sein!(そうあらねばならぬ)」という禅問答のようなテクストと、それぞれに対応したフレーズが記された譜表が付けられています。後者は、この作品の数ヶ月前に書かれた4声のカノンWoO 196の主題と同一です。この「Es muß sein!」音型は、第1楽章冒頭でヴィオラが奏でる動機の中にも組み込まれています。この謎めいた言葉の由来には様々な説や逸話がありますが、ベートーヴェンはこの第16番を皮切りに、後のロマン派を先取りした様々なモットーを持つ一連の曲集を構想していたのかもしれません。


シュペーテ弦楽四重奏団 第9回公演(2019年4月27, 29日)

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【楽曲解説】ヴォルフ:イタリアのセレナーデ

Hugo Wolf
フーゴ・ヴォルフ(1860~1903)


Serenade
イタリアのセレナーデ



 ブラームスの弦楽六重奏曲第1番が初演された年に生まれたヴォルフは、ドイツリート史上で最大の作曲家として広く知られていますが、完成に至った作品は少ないながら器楽曲も手掛けています。弦楽四重奏のための作品はわずか3曲のみですが、その最後を飾るこの曲は、ヴォルフの全作品中で最も親しまれているものの一つです。セレナーデとは本来、夜会などの機会において夜に演奏される音楽のことでしたが、19世紀になると夜のイメージをもった楽曲にこの名が付けられることが多くなりました。しかし「Sehr lebhaft(とても元気よく)」と記されたこの楽曲には、そのような雰囲気は微塵もありません。
 この曲を作曲した当時(1887)、ヴォルフは後にアイヒェンドルフ歌曲集としてまとめられる歌曲群に集中的に取り組んでいました。おそらくはその過程で読んだと思われるヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ(1788~1857)の『Aus dem Leben eines Taugenichts』(『愉しき放浪児』として岩波文庫に邦訳あり)に着想を得て、この曲が作曲されました。1挺のヴァイオリンを片手に放浪の旅に出た“のらくろ者”の青年が、イタリアに向かう道中で美しい令嬢に恋をするが……といった物語ですが(軽いミステリー仕立てになっているので、ここではあらすじを記しません)、主人公のお気楽な放浪の情景を描いたのがこの作品です。つまり、「“イタリア”を目指して放浪する青年が、道中で“セレナーデ”を奏でる情景」というのが、「イタリアのセレナーデ」という表題の意味です。作曲時には単に「セレナーデ」と記されていましたが、初演後にヴォルフ自身が手紙の中で「イタリアのセレナーデ」と呼んで以来、これが曲名として広く使われることになりました。
 後に、この曲を第1楽章とした3楽章の作品にしようという試みがなされましたが、残念ながらスケッチ以上に発展することはありませんでした。弦楽合奏で演奏されることも多い作品ですが、ヴォルフ自身による小管弦楽のための編曲もあります(レーガーの編曲と言われることもありますが、レーガーはヴォルフの没後に総譜の校正をしただけです)。


シュペーテ弦楽四重奏団 第9回公演(2019年4月27, 29日)

theme : クラシック
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【楽曲解説】モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番「狩」

Wolfgang Amadeus Mozart
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)


Streichquartett Nr. 17 B-dur, KV 458
弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 KV 458「狩」



 「ハイドン・セット」の前半(第14~16番)と後半(第17~19番)との間には、1年半近いブランクがあります。後半の3曲は、展開部とコーダの充実による大規模化、緩徐楽章の深い情感、対位法的な緻密さといった点で前半の3曲と区別され、これらの特徴はその最初の作品となった第17番にも明らかです。「狩」という愛称は、第1楽章の冒頭主題が狩猟時に用いる角笛の響きに似ていることから後世に付けられたものです。全曲の親しみやすい雰囲気や当時の聴衆の好みを意識したサービス精神に溢れた構成などから、「ハイドン・セット」の中で最もハイドン的な作品と言われています。
 「vivace assai(とても快活に)」という言葉の意味を余すところなく音楽で表現した第1楽章は、楽章全体を振り返り要約するような長大なコーダで閉じられます。第2楽章の優美なメヌエットを挟んで、モーツァルトの真面目で情熱的な特質が存分に発揮された深い感動を湛えた第3楽章が続きます。18世紀では「Adagio」という指示は速度よりも感情を表すものであり、それはモーツァルトにおいても同様でした。「ハイドン・セット」でアダージョが指定された緩徐楽章はこれが唯一で、「聖母マリアのためのリタニア」KV 195 (186d)の第5曲「Agnus Dei(神の子羊)」(この曲もAdagioと記されています)の動機が用いられています。ハイドン風の軽快さを持った第4楽章では、精緻な対位法が駆使された展開部の密度の高さが光りますが、同時にモーツァルトらしい疾走感が爽やかな余韻を残しつつ、全曲が締めくくられます。


シュペーテ弦楽四重奏団 第9回公演(2019年4月27, 29日)

theme : クラシック
genre : 音楽

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【楽曲解説】ドビュッシー:弦楽四重奏曲

Claude Debussy
クロード・ドビュッシー(1862~1918)


Quatuor à cordes en sol mineur, opus 10
弦楽四重奏曲 ト短調 作品10



 普仏戦争(1870~1)の敗戦を機に高揚したフランスのナショナリズムは、音楽界においては「国民音楽協会」の設立をもたらしました。そして、発起人の一人であるサン=サーンス(1835~1921)やフランク(1822~90)、フォーレ(1845~1924)といった作曲家達が、近代フランス音楽の幕を開けることになります。そこでは、ワーグナー(1813~83)の圧倒的な影響下から出発しつつも、一方で脱ワーグナーが模索されました。それは、脱ロマン主義、脱ドイツ音楽を意味していました。
 今年没後100年を迎えたドビュッシーが国民音楽協会に入会したのは1889年のことですが、同年のパリ万国博覧会でインドネシアの民族音楽ガムランに接したり、ワグネリズムの限界を悟ってアンチ・ワグネリアンに転向したり、象徴派の詩人マラルメ(1842~98)の知己を得たりするなど、この年は彼にとって大きな転機となりました。その4年後、31歳の若きドビュッシーが発表したのが、この弦楽四重奏曲です。国民音楽協会の定期演奏会においてイザイ四重奏団が初演し、同団に献呈されました。
 この作品には、こうした背景が全て反映されています。古典的な楽章構成と、「作品10」という堅苦しい番号付け(本作以外にドビュッシーが作品番号を付けた楽曲はありません)にはサン=サーンスの保守主義が、3つの楽章で採用されている循環形式にはフランクの影響が、そして循環主題でもある第1楽章冒頭の第1主題にフリギア旋法が用いられていることにはフォーレの和声の趣味が、それぞれ投影されていることは明白です。その上で、機能和声(心地よく感じられる和声の進行)からの逸脱、調性感(長調・短調)の不明瞭化、個々の和声が持つ色彩を重視した音響感覚、声部間で異なるリズムを用いてリズムの輪郭を曖昧にすることなどの、ドビュッシー独自の作曲技法が余すところなく披露されています。さらに、この曲の和声の連なりにガムランの影響を指摘する向きもあり、ロシア五人組にも影響を受けていたドビュッシーの異国趣味の片鱗も窺うことができます。
 ドビュッシーの音楽は、上述した彼の作曲技法が、外光を表現するための色彩理論や輪郭線の処理といった印象派の絵画の技法に類比できることから「印象主義」とされますが、彼の創作の根本にあったのは「象徴主義」でした。ドビュッシーは師ギロー(1837~92)に、こう語っています:「言葉が表現する力のなくなったところ、そこから音楽がはじまる。いうにいわれぬもののために、音楽が作られる。影から出てきたような気配があって、そして瞬時にしてそこに戻ってしまう、そんな音楽。いつも控え目にしているひとみたいな、そんな音楽が書きたいのです」。循環主題が唯一現れない第3楽章の、揺れ動く和声の中に流れる洗練された、それでいて官能的な旋律が醸し出す個性的な雰囲気は、こうしたドビュッシーの芸術の極致と言えるでしょう。


シュペーテ弦楽四重奏団 第8回公演(2018年4月14, 22日)

theme : クラシック
genre : 音楽

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【楽曲解説】シューベルト:弦楽四重奏曲第12番「四重奏曲断章」

Franz Peter Schubert
フランツ・ペーター・シューベルト(1797~1828)


Streichquartett Nr. 12 c-moll, D 703 „Quartettsatz“
弦楽四重奏曲第12番 ハ短調 D 703「四重奏曲断章」



 シューベルトが弦楽四重奏曲第11番ホ長調D 353を書いた1816年は、彼が職業作曲家を自身の進路として自覚するに至った年です。この年以降、後にシューベルティアーデと呼ばれることになる友人達の集いの始まりや、自作の初の公開演奏、歌劇をはじめとする劇場作品への取組みなど、それまでとは一線を画す創作活動が展開されていくことになります。それはまた同時に、世間の評価との闘いの始まりでもありました。その結果、1819~23年頃のシューベルトは、特に器楽曲の分野において大きなスランプに陥ってしまいます。この第12番は、まさにこうした苦悩の最中の1820年に着手されました。
 第2楽章を41小節書いたところで放棄されてしまったために「断章」の名で呼ばれるこの作品は、緊迫感の漲る悲劇的な性格と、徹底して旋律的な動機、再現部を第2主題で開始するアーチ型の楽曲構造など、シューベルトの個性が存分に発揮されているだけでなく、古典派の枠を超えてロマン派の到来を告げる完成度の高い新しさを有しています。ベートーヴェンの第12番 作品127が1825年の作曲であることを考えると、この作品の斬新さは明らかでしょう。第1楽章しか完成されなかったことは、変イ長調で書かれた第2楽章の断片の美しさゆえにつくづく残念ですが、しかしこの単一楽章はシューベルト後期の独創的な音楽世界の嚆矢とするに相応しい充実した名曲です。


シュペーテ弦楽四重奏団 第8回公演(2018年4月14, 22日)

theme : クラシック
genre : 音楽

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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