【楽曲解説】シューベルト:弦楽四重奏曲第15番

Franz Peter Schubert
フランツ・ペーター・シューベルト(1797~1828)


Streichquartett Nr. 15 G-dur, D 887 (Op. post. 161)
弦楽四重奏曲第15番 ト長調 D 887(作品161)



 シューベルトが残した15曲の弦楽四重奏曲は、いずれも特定のパトロンからの依頼によるものではありません。ほぼ同時に没したとはいえ、明らかにベートーヴェン(1770~1827)の次の世代であったシューベルトの作曲家としてのあり方が、このことにも象徴されているといえるでしょう。特に第12番以降の後期作品は、出版や公開演奏の機会とは関係なく、シューベルト自身の純粋な音楽的欲求から書かれたと考えられています。
 1824年に第13番「ロザムンデ」と第14番「死と乙女」の2曲の弦楽四重奏曲を書き上げたシューベルトは、おそらく交響曲第8番「ザ・グレート」D944(1825~6)のことと思われる「大きな交響曲」への準備として、弦楽四重奏曲をさらにもう一つ構想します。それが、1826年にわずか10日で書かれた第15番です。第1楽章だけは1928年に公開演奏されましたが、全曲の初演はシューベルトの死後、1850年になってようやくヘルメスベルガー四重奏団によって成し遂げられることになります。
 古典派の楽章構成を型通りに踏襲しつつも独創的な転調を駆使した詩的情緒あふれる音楽は、シューベルトならではのものです。しかし、この作品では歌謡性に満ちた旋律美は後退し、全曲を通じて鳴り続けるトレモロをはじめとする限られた動機の自在な組み合わせによって、濃密なロマンの香り漂う劇的な音楽が緻密に構成されているのが特徴です。また、執拗に反復される同じ音型に転調と楽器や伴奏音型の変化を加えることで繊細な色合いを織りなす手法は、後期ロマン派をも予感させる、時代を先取りしたシューベルトの新境地です。極めて長大な作品ですが、緊張感のある起伏と陰影に富んだ力感が漲る、シューベルト畢生の大作です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第6回公演(2016年4月16, 23日)

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【楽曲解説】シューマン:弦楽四重奏曲第3番

Robert Schumann
ロベルト・シューマン(1810~1856)


Streichquartett Nr. 3 A-dur, Op. 41-3
弦楽四重奏曲第3番 イ長調 作品41-3



 シューマンが室内楽曲に集中的に取り組んだ1842年、いわゆる「室内楽の年」は、ウィーン古典派の弦楽四重奏曲の研究に始まりました。その最初の成果が、作品41としてまとめられた3曲の弦楽四重奏曲です。とはいえ、古典派の粋でもある弦楽四重奏曲というジャンルは、ロマン派の旗手を自認していたシューマンにとって以前からの関心事でした。特に1830年代半ば頃からフェルディナンド・ダヴィッド(メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の初演者)と親交を結ぶようになり、彼が主宰する弦楽四重奏団の演奏に触れたことは、シューマンに大きな影響を及ぼしました。とりわけ第12番と第14番をはじめとするベートーヴェンの後期作品には強く惹かれていたようです。いくつかのスケッチや習作の試みを経て、1842年の6月からわずか 2ヶ月足らずの期間で全3曲が一気に書かれました。初演は愛妻クララの誕生日に開かれた内輪の集いで、ダヴィッド四重奏団が行いました。初版譜には盟友メンデルスゾーンへの献辞が印刷されましたが、自筆譜には「愛するクララの誕生日に捧げられる」と記されています。
 第3番は、先行する2曲を通して古典派の書法を掌中に収めたシューマンが、その枠を超えて真にロマン派の様式を確立した、極めて独創的な作品です。旋律、和声、リズムの全てに斬新な書法が採られ、2つの中間楽章には性格的小品の形式が導入されています。また、第1楽章の冒頭で溜息のように奏される印象的な主題「Fis-H」は、移動ドで読むと「ラ-レ(la-re)」となり、愛妻クララ(C-la-ra)の音名象徴となります。このように音型や旋律に文学的な意味を秘める手法も、シューマンが導入した新機軸です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第6回公演(2016年4月16, 23日)

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【楽曲解説】ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲断章

Antonín Dvořák
アントニーン・ドヴォルザーク(1841~1904)


Kvartetní věta F-dur, B.120
弦楽四重奏曲断章 ヘ長調 B.120



 「スラヴ舞曲集(第1集)」作品46(1878)で国際的な名声を獲得して以降、ドヴォルザークには数多くの新作の依頼が寄せられるようになりました。1881年、それまでに10曲以上の弦楽四重奏曲を書いていたドヴォルザークは、ウィーン楽友協会の芸術監督を務めていたヘルメスベルガー(1世)が主宰する弦楽四重奏団のために、歌劇「ディミトリー」作品64の作曲を中断して、新たな弦楽四重奏曲を書き始めます。しかし第1楽章を書き上げたところで、冒頭の主題がウェーバーの歌劇「魔弾の射手」第2幕の有名なアガーテのレチタティーヴォとアリア「Wie nahte mir der Schlummer」の出だしと似ていることなどを理由に、調性も含めて全く新たな弦楽四重奏曲第11番ハ長調 作品61を書き直しました。
 この断章は、本来は第1楽章になるはずだったものです。古典的なソナタ形式の中に民俗的な旋律やリズムを導入することで民族性が抽象的に洗練された、ドヴォルザークらしい清明な懐かしさ漂う魅力的な小品です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第6回公演(2016年4月16, 23日)

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【楽曲解説】シューベルト:弦楽五重奏曲

Franz Peter Schubert
フランツ・ペーター・シューベルト(1797~1828)


Streichquintett C-Dur, D 956 (Op. post. 163)
弦楽五重奏曲 ハ長調 D 956(作品163)



 1827年から翌28年にかけて、シューベルトは室内楽の大作を集中的に作りました(ピアノ三重奏曲第1番 D898、ピアノ三重奏曲第2番 D929、ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 D934)。1828年3月26日には、彼の生涯において最初で最後となった自作のみのコンサート、いわば作曲家としてのリサイタルが開かれ、そこで弦楽四重奏曲(第15番の第1楽章と考えられています)などと一緒にピアノ三重奏曲第2番が演奏されています。健康状態こそ悪かったものの、歌曲の作曲家、シューベルティアーデ(仲間内のサロン)の作曲家といった枠を超えるべく、シューベルトはその名声を着々と高めていました。こうした室内楽の試みの集大成であり、結果としてシューベルト最後の室内楽曲となったのが、その早すぎる死の2ヶ月前に完成した弦楽五重奏曲です。
 弦楽四重奏+αの編成である弦楽五重奏曲は、ヴィオラを2本使用したモーツァルトの6曲が名高く、ロマン派以降もブラームスやドヴォルザークなどがこの編成で名曲を残しています。しかしながらチェロを2本使用した編成には、ルイジ・ボッケリーニ(1743~1805)の100曲を超える作品群があるものの、目ぼしい楽曲となるとこのシューベルトの作品が唯一無二の存在です(19世紀末のロシアでボロディン、タネーエフ、グラズノフが作っていますが、いずれも彼らを代表する作品とはみなされていません)。ボッケリーニには自身が優れたチェロ奏者だったという事情がありましたが、シューベルトがこの編成を採用した理由については一切知られていません。
 シューベルトの他の作品と同様に、ソナタ形式の第1楽章、三部形式の第2楽章、スケルツォの第3楽章、ロンド形式の第4楽章という典型的な古典派の楽曲構成をとっていますが、同じ旋律を執拗に反復しつつ、転調や楽器および伴奏音型の変化によって繊細な陰影を織りなしたり、主要動機の組み合わせではなく、新たな旋律を導入することで展開部を構成するなどの、シューベルト独自の手法が用いられています。これらは、「未完成」や「ザ・グレート」などの交響曲、あるいは「ロザムンデ」や「死と乙女」、第15番などの弦楽四重奏曲といったシューベルト晩年の創作を通して確立された手法で、それゆえに全体の規模は長大になっていますが、多彩な詩的情緒に満ちた「天国的な長さ」はシューベルトのみならずロマン派音楽の真骨頂です。

シュペーテ弦楽四重奏団 特別公演~アダルベルト・スコチッチ氏を迎えて~(2015年11月22日)

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【楽曲解説】ブラームス:弦楽六重奏曲第1番

Johannes Brahms
ヨハネス・ブラームス(1833~1897)


Sextett Nr. 1 B-dur für 2 Violinen, 2 Violen und 2 Violoncelli, Op. 18
弦楽六重奏曲第1番 変ロ長調 作品18



 ブラームスがベートーヴェンを崇拝するあまり、最初の交響曲を発表するまでに20年以上もの歳月をかけたことは有名ですが、それは弦楽四重奏曲においても同様でした。40歳になってようやく最初の弦楽四重奏曲が発表されましたが、それ以前に20曲にも及ぶ習作を破棄したとも伝えられています。とはいえ、卓越したピアニストであったブラームスが最初に手にした楽器はヴァイオリンとチェロだったこともあり、これらの楽器と深い関連を持つ室内楽は彼にとって決して苦手なジャンルではなく、むしろ創作の原点とも言えるものでした。
 現存する最初期の作品のほとんどがピアノ曲と歌曲ですが、22歳の時にシューマンの「マンフレッド」序曲を聴いて交響曲の構想を練り始めたブラームスは、2曲のセレナードによって管弦楽の可能性を探究し始めます。同時期に書かれたピアノ協奏曲第1番 作品15がいかにも交響曲的な重厚な風格を持つのに対し、当初は室内楽編成で書かれた第1番 作品11、そしてヴァイオリンを欠く変則的な編成をとる第2番 作品16と、2曲のセレナードで追求されたのは室内楽的な明晰さの中に中低弦を活かした独自の柔らかくも厚みのある響きでした。こうした試みの集大成が、1860年に作曲された弦楽六重奏曲第1番 作品18です。奇しくもベートーヴェンの初期弦楽四重奏曲集と同じ作品番号を持つ本作品は、室内楽分野におけるブラームス最初の成功作であると同時に、交響曲作家ブラームスの原点でもあります。
 ソナタ形式の第1楽章、変奏曲形式の第2楽章、スケルツォの第3楽章、ロンド形式の第4楽章と楽曲構成面ではオーソドックスな古典派の様式を踏襲しつつ、瑞々しくも深い陰影を伴ったロマンティックな旋律が全編に渡って流麗に紡がれていく様は、新古典派と呼ばれることもあるブラームスの面目躍如たるものがあります。ルイ・マル監督の映画「恋人たち」(1958)に用いられたことでも有名な第2楽章は、作曲後すぐにピアノ独奏用に編曲され(「主題と変奏」作品18b)、誕生日の記念としてクララ・シューマンに贈られています。

シュペーテ弦楽四重奏団 特別公演~アダルベルト・スコチッチ氏を迎えて~(2015年11月22日)

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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