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古本市で思わぬ掘り出し物

  • L. モーツァルト:おもちゃの交響曲、ロンベルク:たわむれの交響曲、モーツァルト:バレエ音楽「レ・プティ・リアン」、メユール:たわむれの序曲 レーデル/ミュンヘン・プロ・アルテ室内O (Erato RE-1026-RE [LP])
  • ショスタコーヴィチ:森の歌 ウラノフ/モスクワPO他 (Shinsekai SMK-7555 [LP])
  • オーケストラによるうたごえ名曲選 青春の讃歌(世界をつなげ花の輪に、原爆を許すまじ、祖国きずくぼくら、しあわせの歌、どこまでも幸せ求めて、みんなが笑う日まで、わが母の歌、リムジンガン、心さわぐ青春の歌、アムール河の波、シュワジベチカ、カチューシャ、序奏と収穫の歌) 外山雄三/新星日本SO (音楽センター MLS-1006 [LP])
  • ハチャトゥリャーン:コンチェルト・ラプソディ、交響曲第3番 ロストロポーヴィチ (Vc) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO、コンドラーシン/モスクワPO (Victor VIC-5120 [LP])
  • ハチャトゥリャーン:ピアノ協奏曲、ペスニャ・ポエマ、夜想曲 フリエール (Pf) L. コーガン (Vn) N. ワルター (Pf) コンドラーシン/モスクワPO、サモスード/モスクワ放送SO (Melodiya 33CM 04379-80 [LP])
  • バラキレフ:交響曲第1番 コンドラーシン/モスクワPO (Victor VIC-5114 [LP])
  • ボロディン:交響曲第1番、ラフマニノフ:管弦楽のための幻想曲「岩」 ロジデーストヴェンスキイ/モスクワ放送SO (Victor VIC-5050 [LP])
  • ボロディン:交響詩「中央アジアの草原にて」、交響曲第2番、ダッタン人の行進 スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Victor VIC-5051 [LP])
  • デラックス盤「ロシア民謡のすべて」(ゴールデン・シリーズ第3集)(ともしび、カチューシャ、行商人、エルベ河、モスクワ郊外の夕べ、小さいぐみの木、鐘の音は単調に鳴る、道、トロイカ、ヴォルガの舟歌、ステンカ・ラージン、黒い瞳の、赤いサラファン、バイカル湖のほとり、仕事の歌、バルカンの星の下で) 国立モスクワ合唱団、国立アカデミー・ロシア合唱団、アレクサンドロフ・アンサンブル他 (Shinsekai SWG-7005 [LP])
10月22日付の本欄でちょっとだけ書いたのだが、ササヤ書店にスコアを買いに行こうと大阪駅前第二ビルへ足を運んだところ、地下二階の催事場(?)で古本市をやっていた。遠巻きに見て、あまり興味のありそうな本もなさそうだったのでそのまま通り過ぎようかと思ったのだが、段ボール5箱程度の中古LPのコーナーを発見。ちょっと見たところ、Victor盤のMelodiya録音が数枚目についたものの気力がなくてパスしようとしたその時、隣の彼女連れの男性(もちろん、女性は興味なさげ)が「何だか、ショスタコーヴィチとかばっかりやな」と一言。これはチェックしない訳にはいかないだろう。先にスコアを購入してから、再度その場所へ戻り、エサ箱漁り。あるわあるわ。上記のリストはすべてそこで購入したもの。これで10枚1000円。久しぶりにラッキーな買い物をしました。

今回購入したものの内、レーデルのアルバムだけがロシア/ソ連と無縁なアルバム。L. モーツァルトの「おもちゃの交響曲」は弾いたことはあるものの、音盤は1枚も所持していないので何となく。CD化されているのかもしれないが、特にこだわりはない。この値段じゃなければ買うことはなかっただろうが、上質の演奏には感心したし、他の収録曲もなかなか面白くて、意外に拾い物だった。

さて、ここからが本題。ショスタコーヴィチ関係も結構あったのだが、いずれも何らかの形で持っているものばかり。でも、1枚も買わないのもつまらないので、ウラノフ指揮の「森の歌」を気まぐれで購入。「オーケストラによるうたごえ名曲選」は言うまでもなく、アルバム・タイトルに惹かれて購入。だが、これは退屈な内容だった。素人くさい編曲はオーケストラで演奏するに値しないもので、“あの”時代の熱気を伝えてこない。BGMにするには、曲自体がつまらない。それでも、100円/枚だと思えば、ネタになっただけでも元をとったと言えるだろうが。

ハチャトゥリャーン関係は2枚。交響曲第3番は先日ムラヴィーンスキイによる初演ライヴ(世界初演ではなく、モスクワ初演時という説が有力なようだ)で初めて聴いた曲だが、このコンドラーシン盤がいわゆる定番になっていることを知り、いつか聴いてみたいと思っていたもの。この曲、さすがにムラヴィーンスキイ盤の音質では真価を知ることはできない。無論、音質だけではなく、コンドラーシンの音楽はこの作品の魅力を全て引き出したもの。この演奏を聴いてから改めてムラヴィーンスキイ盤を聴くと、独特の論理感を持ったムラヴィーンスキイの音楽構成面での特徴がはっきりとしてくる。併録(こちらがA面ではあるが)のコンチェルト・ラプソディは、ロストロポーヴィチの本領発揮といったところ。土臭いスヴェトラーノフの伴奏も魅力十分。

フリエール独奏のピアノ協奏曲も名演。L. コーガン独奏の小品も素晴らしい仕上がり。珍しい作品が集められたというだけではない、充実した内容を持つ立派なアルバムである。

バラキレフの交響曲第1番も、初めて聴く曲。さすがに作品全体を通して名曲と言うことはできないものの、魅力的な箇所は少なくない。コンドラーシンは憎いほどにツボを押さえているというか、ロシア音楽の“らしさ”を体得しているというか、とにかく作品が本来の価値以上の輝きを放っているように聴こえる。

ボロディンの交響曲第1番もまた聴いたことがなかったのだが、カップリングのラフマニノフもさして好きな作品ではないのであまり興味を惹かれなかったのだが、せっかくだから購入。予想通り、悪い、とまでは言わないが少々退屈な作品。ただ、異様にぎらついたロジデーストヴェンスキイの演奏は楽しい。この時代の才気走ったロジデーストヴェンスキイの録音には、感心させられることが多い。

スヴェトラーノフによるボロディンの交響曲第2番は、広く知られた録音。何となく入手しそびれていただけに、この値段なら迷わずゲット。重心の低い響きと、大柄な音楽作りが、何ともこの曲にふさわしい。併録の小品2曲も同様。それにしてもこのLPの解説、「世辞にもセンスのよいボロディンとはいえないが」とか、スヴェトラーノフの実演を単に大音響の面からしか特徴付けないとか、ボロディンが「健康的」でスヴェトラーノフの演奏はそうではないとか、まさに、一昔前のソ連演奏家に対する偏見そのもののような内容。突っ込みどころは山ほどあるが、ある意味楽しませてもらいました。

今回、最大の掘り出し物は、オムニバス盤「ロシア民謡のすべて」。収録曲目自体に目新しさはないのだが、サカロフ指揮の国立モスクワ合唱団、スヴェシニコフ指揮の国立アカデミー・ロシア合唱団、アレクサンドロフ・アンサンブル、オシポフ民族楽器オーケストラといった、この筋の名門演奏家が目白押し。まさに、アルバム・タイトルに偽りなし、だ。でも、“掘り出し物”というのはそういう意味ではない。去る8月24日の当欄で、ヴィノグラードフ独唱のエルベ河(ショスタコーヴィチ)は、初出SP以来一度も再発されていない、と述べたが、何とそれが収録されているのだ。しかも国内盤。さらに、楽譜と訳詩付き!この1枚だけでも1000円は安すぎるくらい。
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genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 作曲家_Khachaturian,A.I.

トンデモ本「小澤征爾 日本人と西洋音楽」

  • 遠藤浩一:小澤征爾 日本人と西洋音楽,PHP新書,317,PHP研究所,2004.
  • パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番、チャイコーフスキイ:ヴァイオリン協奏曲 トレチャコフ (Vn) N. ヤルヴィ/モスクワPO (Melodiya/BMG 74321 40720 2)
  • モーツァルト:交響曲第40・32・38番 クリップス/アムステルダム・コンセルトヘボウO (Philips 422 476-2)
  • アシュケナージ自由へのコンサート (NHK [録画])
  • モーツァルト:ピアノ協奏曲第20 & 24番 ハスキル (Pf) マルケヴィチ/コンセール・ラムルーO (Philips PHCP-9586)
  • モーツァルト:ピアノ協奏曲第6 & 25番 (モーツァルト:ピアノ協奏曲全集) バレンボイム (Pf)/イギリスCO(EMI CZS 7 62825 2)
  • モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番、アダージョとフーガ、協奏交響曲 リヒテル (Pf) ブレイニン (Vn) シドロフ (Va) ブリテン/イギリスCO (BBC BBCB 8010-2)
久しぶりに書店で音楽書の棚をのぞいたが、これといって目ぼしい本は並んでいなかった。そんな中で、何の気なしに手にとった「小澤征爾 日本人と西洋音楽」という本の目次に“ショスタコーヴィチ”の字を見つけたので、即購入。この本、別に著者が「新しい歴史教科書をつくる会」の副会長だから色眼鏡で見るわけではないが(ちなみに、僕は「つくる会」に対しては必ずしも否定的ではない)、やたらと“日本人”というキーワードにこだわり、すべてをそこに収斂しようとする強引さがとんでもない。ここで話題になっているのは主として交響曲第5番だが、『証言』に準拠した記述はまぁ仕方がないとしても、それに基づいてムラヴィンスキーの演奏に対して見当違いの批判をぶつけているのには閉口する。小澤による同曲の演奏は聴いたことがないので何とも言えないが、ムラヴィンスキーの演奏のどこをどう聴いたら「単調な『歓喜の歌』に改作した」などと思うのだろう?“自虐史観”を客観的に批判していこうという人が、安易な“証言史観”に騙されているのは、何とも情けない。

子供を連れてちょっとしたドライブをする機会があったので、BGMとして2枚のCDを持参した。一つは、トレチャコフ独奏のパガニーニの協奏曲第1番。これは、中学時代にLPで何度も聴いた演奏。この技術の冴えは驚異的。すべての音が磨き上げられていて、なおかつ隅々まで歌心が満ちている。あざとさのないところも好感が持てる。文字通り、完璧な演奏。チャイコーフスキイも悪くない。もう一枚は、クリップスのモーツァルト。これもまた何度聴いても素晴らしい演奏。大好きな第38番は、何度もリピート。(^^;

「独裁者と芸術家たち」という副題のアシケナージのドキュメンタリー(NHKスペシャル)は、なかなか面白かった。この番組があることは全然知らず、当日の朝刊のテレビ欄を見ていたら偶然見つけて、とりあえず録画しておいたもの。知人からもさっそくメールが入っていた。常に政治体制との関わりでばかりショスタコーヴィチが取り上げられるのも考え物だが、おかげで興味深い映像も見ることができることは素直に喜びたい。実はつい先日、ひょんなことから「バービィ・ヤール」のことでアシケナージと電話で話す機会があった。趣味で音盤を集めているだけなのに、こんな経験ができるとは!

11月13日に、宝塚市交響楽団の第38回定期演奏会にエキストラ出演することになった。曲目は次の通り:
  • ブラームス:大学祝典序曲
  • モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番
  • ドヴォルザーク:交響曲第7番
ドヴォルザークは、かぶとやま交響楽団の第27回定期演奏会で弾いたことがあるが、残りの2曲は初めて。ドヴォルザークは大好きな曲だけに、前よりはもう少しきちんと弾きたいところ。ただ、前回の澤先生の快速テンポが身体に染み付いていて、第4楽章など必要以上に焦ってしまう。早く今回のテンポに馴染まなければ。

さて、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番のスコアを買いにササヤ書店に行った(この時、大阪駅前第二ビルの地下二階で古本市が開催されていたのだが、そこにあった中古LPが掘り出し物揃い。これについては、また改めて)。ついでになんとなく第25番と第6番のスコアも購入。この選曲は単に持ってないものを買っただけで、何の意図もない。第20番は、定番中の定番、ハスキル盤で勉強。実に美しい音。せっかくスコアを買ったので、第25番と第6番はバレンボイムの旧全集で。これもまた、全集はこれしか持っていないから。でも、若干脂っこさはあるものの清潔で楽しい演奏。

勢いあまって、お気に入りの1枚も聴く。リヒテル独奏の第22番は、ブリテンの名サポートもあって華やかで素晴らしい演奏。やっぱりモーツァルトのピアノ協奏曲はいいなぁ。このアルバムの嬉しいところは、アマデウスQのメンバーによる協奏交響曲が収録されていること。アクの強いブレイニンのヴァイオリンと、存在感溢れる大人の音楽を奏でるシドロフのヴィオラのコンビネーションが最高に素敵。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Mozart,W.A. 演奏活動_宝塚市交響楽団

ショスタコーヴィチ・フェスティヴァル・ライヴ(1998)

  • ショスタコーヴィチ・フェスティヴァル・ライヴ(1998)(交響曲第4&15番、アダージョ断章(1934年)、5つの断章、ロストロポーヴィチの半生~ジョン・トランスキーとの対話) ロストロポーヴィチ/ロンドンSO (Andante SC-AN-4090)
  • Klemperer in Los Angeles(ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲、ベートーヴェン:交響曲第5番、ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲、ブラームス(シェーンベルク編):ピアノ四重奏曲第1番、シェーンベルク:弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲(ヘンデル:合奏協奏曲作品6の7より)、ストラング:インテルメッツォ、ガーシュイン(ブレークマン編):前奏曲第2番) クレンペラー/ロス・アンジェルスPO (archiphon ARC-114/115)
  • ブラームス(シェーンベルク編):ピアノ四重奏曲第1番、J. S. バッハ(ウェーベルン編):「音楽の捧げ物」より6声のリチェルカータ、J. シュトラウス2世(シェーンベルク編):皇帝円舞曲 ギーレン/南西ドイツ放送SO (Intercord 7243 5 44057 2 3)
  • シューベルト:交響曲第3番、シューマン:交響曲第3番 ヴァント/北ドイツ放送SO (BMG/RCA BVCC-37090)
  • ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・ソナタ、プロコーフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第2番 モラヴェッツ (Vn) ヴォンドロヴィツ (Pf) (Supraphon 1 11 2148 G [LP])
訪問者雑記帳にも書いたが、9月13日朝にWWWサーバとして使用していたSun Ultra1 140Eが壊れた。10年前にはほとんどの作業をUNIX上で行っていたものの、最近はWindowsパソコンで大概のことが間に合うようになってしまったため、今回壊れた二代目のマシンは事実上メール&WWWサーバとしてしか使っていなかった。大学の総合情報センターで使用していたマシンのお下がりをもらって使用していたので、そろそろ耐用年数かと思って新規に廉価なワークステーションであるSun Blade150を購入しておいたところ、タイミング良く(?)更新せざるを得なくなってしまった。Solaris 9がある程度動き出して、環境を整えるためにいざコンパイル…と思ったら、かつて使っていたプログラムのソースが見当たらないとか、バージョンが大きく変わってたとか、ずいぶんと時間がかかってしまった。あとはLaTeX関連を整備したら一区切りつけるつもり。

と、ここまで書いてからさらに一ヶ月…。未聴盤も仕事もたまっている状況を何とか打破しなければ。

Tower Records難波店に、注文していたロストロポーヴィチによる1998年のショスタコーヴィチ・フェスティヴァルのライヴ録音集が入荷。金曜日の夜に注文をして、日曜日の昼には入荷の電話あり。このアルバム最大の話題は、交響曲第4番の初稿(?)が収録されていることだろう。初稿の録音としては、ロジデーストヴェンスキイのMelodiya盤LPの余白に収録された「交響曲第4番の成立過程について」というレクチャーの中で演奏されたものがあったが、現在は入手が容易ではないために、このCDのリリースは非常に喜ばしい。いわゆる決定稿とは随分と雰囲気が異なるだけに、好事家にとっては交響曲第4番をめぐる様々な憶測を喚起する材料となるだろう。ただし、僕個人の意見としてはこの初稿を「幻の第4」とすることには懐疑的。ショスタコーヴィチが、せっかく演奏する機会があるのにオリジナルではない形で演奏を許可するとは思えないからだ。それは、たとえば「ガリーナ自伝」にある「カテリーナ・イズマーイロヴァ」をヴィシネーフスカヤが歌う際に、初演歌手が歌えないという理由で変更を余儀なくされた箇所をこっそりと元通りにして歌わせたというエピソードを思い起こしても明らかだろう。「ショスタコーヴィチ自伝」にある「この交響曲のこと、その性格やテーマについては、まだ何もいうことができない。これまであたためてきた音楽的材料は、この作品のためには一つも使われず、まったく新らしく書きはじめている」という記述を真相とするのが、妥当なように思われる。とはいえ、この初稿の続きも聴きたかったというのが本音。

さて、肝心の交響曲第4番の演奏だが、ロストロポーヴィチがナショナルSOと行った全集録音よりは良い出来だろう。ただしこれは、オーケストラの能力に負う部分が大きいだろう。ロストロポーヴィチの演奏様式そのものはほとんど変わっていない。全体にざわついた印象があるのは、ロストロポーヴィチのバトン・テクニックにも一因があると思われる。音楽の高揚と共に演奏そのものが雑然としてしまうのも残念。DISC-2に収録された「5つの断章」は、淡々としているものの作品の玄妙な響きが十分に引き出された秀演。演奏の精度はいまひとつか。交響曲第15番は、このアルバム中最もまとまった演奏。全集録音に比べると、弱奏部の意味深さが段違い。ただ、ライヴ録音ゆえの瑕はともかく、磨き上げられたという印象はあまりないのが惜しい。DISC-3はロストロポーヴィチのインタビューだが、いつもながらの自分を押し出すようなエピソードの羅列で、敢えてこのアルバムに収録する必要があったかどうかは甚だ疑問。

先日ラトルとベルリンPOによるブラームス=シェーンベルクのピアノ四重奏曲第1番を映像で見たのに触発され、CD棚の中から同曲の録音を2種類取り出してみた。まずは、クレンペラーによる初演録音。ロマンティックでありながらもオーケストレイションの仕掛けを的確に強調していく解釈は、録音の劣悪さを超えて今なお模範であり続けるだろう。他の収録曲もなかなか興味深い。特にDisc-2は演奏頻度の低い曲目ばかりなのが嬉しい。ただ、録音は極悪。1934年1月1日に行われた演奏会の放送録音であるDisc-1は逆にオーソドックスな曲目だが、こちらの録音状態はまだまし。「運命」を「田園」と混同したアナウンサーの解説は噴飯ものだが、演奏自体は熱気に溢れた立派なもの。最後にクレンペラーの肉声が収録されている。

さてもう1枚は、この曲の定番演奏であるギーレン盤。耽溺するロマンティシズムは希薄だが、編曲の魅力を余すところなく引き出しているのが素晴らしい。ラトルのような細部拡大主義的演奏ではなく、中庸なバランス感覚を持っているところも面白い。ウェーベルン編の「6声のリチェルカータ」は、逆に淡々としすぎてて物足りないところも。シェーンベルク編の「皇帝円舞曲」も同様。

かぶとやま交響楽団の第28回定期演奏会で演奏したことをふと思い出して、演奏会以来聴くことのなかった「ライン」を聴いた。作品全体としては手放しで傑作と言うわけにはいかないが、それでも魅力的な部分がたくさんあって楽しく聴き通した。ヴァントの理詰め解釈が冒頭のリズム・パターンから効果的で、第1楽章などでも冗長さを感じさせない。先日ヴァントのブラームスには物足りなさも感じたところだが、理屈っぽく感じられるブラームスでは理詰め解釈だと不満で、逆に情念の音楽ともいえるシューマンでは理詰め解釈が大きな説得力を持つのが、どこか不思議で面白い。シューベルトの第3番も同様。

Mikrokosmos Mail Order Co.から到着して一ヶ月。次の荷物が届いてようやく聴いたショスタコーヴィチのヴァイオリン・ソナタ。真摯な演奏で悪くはないのだけれど、少々野暮ったい。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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