めざせモスクワ

  • DANCEクラシックス~オリジナル・アルバム・コレクション~ジンギスカン (Victor VICP-2119)
ネットをふらふらしていたら、こんな動画に遭遇。この「めざせモスクワ」という曲が、どうやら少し前に2ちゃんねるの一部で流行っていたらしい。FLASHムービー等を漁って見ている内に、なんだかわからないが異様に耳についてしまったので、少し調べてみると歌を歌っているジンギスカンに関するHPが見つかる。ジンギスカンのドイツ綴りが「DSCHINGHIS KHAN」で“DSCH”にソソられたというわけでは決してないのだが、どうにも気になってしまい、Tower Recordsに在庫があるかどうか電話をした。最初は難波店にかけたのだが、「ジンギスカンってのは曲名でアーティスト名じゃないですよ?(笑)」ってな感じで、挙句「登録されているのも廃盤になったものばかりで在庫もありませんねぇ」とのこと。アマゾン等には在庫あるのになぁ…と思いつつ、引き下がれずに梅田店へ電話。こちらはすぐに「一点だけ在庫がございます」という返事。実は5月27日付の本欄で紹介したカラヤンのワーグナー・ライヴinザルツブルグでも似たような反応だったので、個人的にはちょっと梅田店の好感度がアップ。

たまたま在庫があったこのアルバムは、彼らの1stアルバムに「ハッチ大作戦」をボーナストラックとして付加したもの。歴史上の人物や、ドイツ人にとってはエキゾチックな国についての歌が中心となったコンセプト・アルバムのように思える。とりたてて(当時としても)斬新な音楽だとは思えないが、ドライブに最適な一枚。でもこのクセになる魅力は何なのだろう。いかにも80年代なサウンドが、郷愁を誘うのか。1971年生まれの僕にとって、「世界の中心で、愛をさけぶ」の舞台がたまらなく懐かしいのと同じなのかもしれない。

「ハッチ大作戦」は昔、「ひらけ!ポンキッキ」で使われていたこともあるらしい。奥さんは覚えてました(^^;。

「めざせモスクワ」の映像には、上記のとは別なヴァージョンがあるのだが、そこには「NDR」というクレジットが。まぁ、確かに放送局なんだから当たり前なんだけど、ヴァントとかテンシュテットとか、NDRと見るとすぐにそんな名前が浮かぶだけに、あまりのミスマッチに苦笑。
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tag : その他_DschinghisKhan

未聴LP(4月分)

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第2&3番 M. グールド/ロイヤルPO他 (RCA SB 6755 [LP])
  • ヤナーチェク:ヴァイオリン・ソナタ、チャイコーフスキイ:ユーモレスク、ショスタコーヴィチ(グリークマン編):3つの幻想的な舞曲、ストラヴィーンスキイ:イタリア組曲より ヴィルケル (Vn) ラコヴァ (Pf) (Melodiya D 16213-14 [10"mono])
  • A. チャイコーフスキイ:ピアノ三重奏曲、ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番 イヴァノフ (Vn) ウトキン (Vc) ボンドュリャンスキイ (Pf) (Melodiya C 10-14927-8 [LP])
  • フランク:ピアノ五重奏曲より第3楽章、ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲 ヴェルニコフ、新井淑子 (Vn) V. メンデルスゾーン、ゴラーニ (Va) リーベルマン、キマネン (Vc) ボギーノ (Pf) (Kuhmon Kamarimusiikki KKKY 008 [LP])
5月9日付けの本欄Mikrokosmos Mail Order Co.の3月到着分について記したが、4月到着分も不良債権状態になってしまった。5月分も既に到着しているので、何とか頑張って一通り聴き終える。

M. グールドによる交響曲第2&3番は、おそらく西側初の録音。モノラル盤は既に架蔵しているのだが、ステレオ盤がカタログに載っているのを見つけたので発注した次第。第2番が持つような鋭い前衛性よりは、第3番の平易な民謡調(?)の方が、なめらかな響きでグールドの演奏スタイルにマッチしている。合唱のレベルは非常に低く、両曲とも前半を聴くべき演奏だろう。

ヴィルケルのヴァイオリン小品集は、なかなか充実した内容。切れ味の鋭い音色とテクニックにもかかわらず、どこか野暮ったさを感じさせるのは、グトニコフやトレチャコフといった旧ソ連のヴァイオリニストを彷彿とさせる。ヤナーチェクのソナタでは、彼女のそうした特性のせいでヤナーチェク独特の繊細な雰囲気が十分に表出されていないようにも思われる。派手さはないものの技術的には十分に整っているので、作品を楽しむのに不足はしない。とはいえ、彼女の魅力は裏面でより一層発揮されている。どこか鈍重で粘り気のある歌い回しが、各曲から土俗的なロシア情緒を引き出している。

イヴァノフ、ウトキン、ボンドュリャンスキイらによる三重奏は、(LPジャケットでは、解説文の中にしかそう記されていないが)モスクワ三重奏団という団体名で、おそらく現在に至るまで活動を続けている。ショスタコーヴィチの三重奏曲第2番は、二回目の録音がSaison Russeレーベルからリリースされている。このLPは、彼らの一回目の録音。典型的なモスクワ楽派の、重厚で骨太な音楽がとても魅力的。テンポ設定やフレーズの歌いまわしも模範的で、余計な小細工を施さないところに好感が持てる。音楽により一層の深みを求めたい瞬間もあるが、全体としては非常に高水準の演奏である。併録のアレクサーンドル・チャイコーフスキイの作品は初めて聴いたが、独特のテンペラメントが貫かれた佳品。若々しい覇気に満ちた演奏が、作品を一層魅力的に聴かせてくれる。

フィンランドで行われたクフモ室内楽音楽祭のライヴ録音である2つのピアノ五重奏曲は、清冽で美しい演奏。1st Vnの線が細く、全体にも同じような印象におさまってしまったのが惜しい。ショスタコーヴィチでは、少なくともヴィオラとチェロはより深く骨太な音色を聴かせてほしいところだ。またフランクは明らかに物足りない。なおショスタコーヴィチは、このライヴの数ヵ月後に、同メンバーでスタジオ録音(Ondine)している。

theme : クラシック
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カラヤンのワーグナー・ライヴinザルツブルグ

  • ヘントヴァ,S.・吉田知子訳:ロストロポーヴィチ チェロを抱えた平和の闘士,新読書社, 2005.
  • ワーグナー・ライヴinザルツブルク(歌劇「タンホイザー」序曲、ジークフリート牧歌、楽劇「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死 ノーマン (S) カラヤン/ウィーンPO(DG POCG-20031)
ふらっと書店に入ったら、ロストロポーヴィチの評伝が目に入った。「ショスタコーヴィチとともに」という章もあったので、即購入。ロストロポーヴィチの華々しい経歴や、ソヴィエト市民権剥奪前後の事情、ペレストロイカで1990年に帰国した際の出来事などについては、多数の本や映像で知ることができるが、ソ連時代の細かな生い立ち等について第三者が客観的に記した文献は(少なくとも日本語では)なかったため、大変興味深い内容となっている。ロストロポーヴィチ夫妻が存命中であることから、彼らにとって不利な記述はほとんど見当たらないものの、ロストロポーヴィチのファンにとっては必読書といえるだろう。もっとも、1990年の歴史的な帰国については、かつてLDでリリースされていたドキュメンタリー(Sony SRLM 972 [LD])をなぞっているようにしか思えないので、主としてソ連にいた頃までの内容が中心だと言えるだろう。ただ、一つだけ残念なのは、日本語訳が悪いこと。訳者がクラシック音楽に詳しくないのだろうが、とにかく人名表記がひどい。これは、きちんとチェックを行わなかった編集者の責任だろう。また、音楽的な内容に関して、何を言わんとしているのか意味をつかみきれないような訳も少なくない。なお、原著の出版時期(1993年)からすると当然だが、最近の活動についての記述はないものの、あとがき代わりにロストロポーヴィチと日本との関わりについて若干記されている(この部分はヘーントヴァによるものではない)。ロストロポーヴィチが大相撲のファンで、テレビに映った春日野理事長(当時)を見て、「オォ!トチニシキ!」と言ったエピソードには大笑い。

さて、5月18日付の本欄でクレンペラーのワーグナーに大感激した話を書いたが、当初の目的であった「ジークフリート牧歌」については素晴らしい演奏だとは思ったものの、弦楽器の人数が絞り込まれていたために、大編成による演奏をどうしても聴いてみたかった(実は、何年か前にデプリースト/大阪フィルの定期演奏会で聴いているのだが、全く印象に残っていない…)。ネットを検索して評判の良さそうな音盤の中から、最晩年のカラヤンによるライヴ録音を選択。早速、Tower Records梅田店で確保した。

これは美しい。とにかく美しい。ワーグナーとかどうとかそんな次元ではなく、音楽としか形容できない世界が終始展開される。カラヤンにしても、ウィーン・フィルにしても、ここまでの演奏というのはめったにあり得なかったに違いない。あらゆる音が優しく豊かに響き、隅々まで磨き抜かれている。ノーマンの「愛の死」は完璧。これ以外に聴く気がしない。言葉を連ねるのはむなしいだけだ。もう一回聴こう。

theme : クラシック
genre : 音楽

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ロイヤル・コンセルトヘボウ・アンソロジー(CD-2~14)

  • ロイヤル・コンセルトヘボウ・アンソロジー1960-1970 (RCO 05001)
BOXセットは、買った時の勢いで聴き通してしまわずに間隔を空けてしまうと、未聴のまま放置してしまう危険に満ちている。この「ロイヤル・コンセルトヘボウ・アンソロジー1960-1970」がまさにそう。コンドラーシンのショスタコーヴィチ以外は曲も演奏者も特別興味を惹かれていないだけに、ついつい他の音盤の後回しになってしまう。ということで、半ば義務感からまとめ聴きをする。

各ディスクの収録曲は、5月17日付の本欄を参照されたい。

CD-2は、4曲とも初めて聴く曲ばかり。いずれも明晰な演奏で響きが美しく、難解さは全く感じない。エッシャーの作品がやや聴きやすいのは指揮がハイティクのせいでもあるのだろうが、官能性ということでいえば、ブーレーズのドビュッシーの方が上か。ストラヴーンスキイも悪くない。ダラピッコラの作品は、あまり印象に残らなかった。

CD-3も、ベルク作品だけはかろうじて聴いたことがあるものの、事実上初めて聴く曲ばかり。ケッティングの交響曲は、どうにも捉えどころがなく、ピンとこない。さすがにベルクはどことなく馴染みのある音楽でほっとする。高血圧なロマンティシズムというよりは、精緻に響きを紡いでいく雰囲気の演奏。ロスバウトらしいと言うべきか。マルタンの「イェーダーマン」は有名な作品らしいが、渋く硬派な響きが何とも魅力的。これは、ヨッフムの指揮であるがゆえかもしれない。バツェヴィチ作品は、これといった新しさがあまり感じられず、印象が薄い。

CD-4~5は、ジュリーニ指揮の「ファルスタッフ」。清澄な響きと流麗な音楽が素敵だが、どこか渋みがあって話の筋とは裏腹に脳天気一辺倒ではない(もちろん良い意味で)。第2幕第2場など爆笑の連続で、さぞかし楽しい舞台だったのだろうと想像されるが、悔しいことに舞台上で何が起こっているのかはさっぱりわからない。CD-5の余白にはフェルメーレン(1888~1967)という作曲家の交響曲。思いっきり後期ロマン派。ハイティンクによく合った選曲だと思うが、後世に残る名曲だとまでは思わないかなぁ。嫌いじゃないですけどね(^^)。

ここまで知らない曲が続いたので、CD-6はちょっとほっとするプログラム。いぶし銀という形容がぴったりなオーケストラの音色も影響しているのだろうが、いずれの曲も非常に立派で格調の高い秀演。洗練されたブラームスもいいし、ロマンティックの極みのようなワーグナーも素晴らしい。モントゥーをしっかりと聴き込んだことはないのだが、随分と損をしていたのかもしれない。セルの「ドン・キホーテ」も整然としていながら、単に整っているだけに留まらない多彩な内容に圧倒される。

CD-7も名演揃い。シェーンベルクの協奏曲の演奏者はソリスト・指揮者ともに知らなかったが、作品の魅力をしっかりと伝えてくれている。ヨッフム指揮のヘッペナーは、剛毅なオーケストラの音色と自然な歌がとても素敵。作品もそれほど難解ではない。圧巻は、セルのシベリウス。何年か前にリリースされたウィーンPOとの「運命」のライヴに通じる、輝かしくも燃焼度の極めて高い大熱演。丁寧なフレージングを施しながらも、決してスケールが小さくまとまってしまわないところがセルの真骨頂。北欧情緒には欠けるが、そもそもシベリウスの2番はこういう曲だと思う。

色彩感豊かで楽しいのがCD-8。マルタン作品には生真面目な雰囲気が漂っているが、これは多分にハイティンクのキャラクターも影響しているのだろう。初めて聴いた作品だが、独特の渋みがたまらなく良い。オーケストラの音色ゆえかどうしても軽味が出てこないラヴェルも、アンヘレスの歌は素晴らしい。モントゥーの音楽作りはラヴェルそのもの。ラインスドルフのバルトークは、とにかく楽しい。オーケストラの名技に支えられたショーマンシップあふれる演奏は、時にバルトークらしからぬ解放的な明るさまで感じさせて面白い。

CD-9は、アルバムとしては少々とりとめのない印象。透徹な響きが印象的なブーレーズ指揮のノーノ、巨大なエネルギーを感じさせるセル指揮のディティユーは、共に現代曲のライヴにもかかわらず非常に高い完成度を達成している。マデルナ指揮の「スコッチ」は、異形のメンデルスゾーン。速いテンポで乾いた音楽かと思えば、妙に感傷的な歌が聴こえてきたり、思いもよらぬ声部を強調してみたり、狂気すら感じさせる管楽器の強奏で煽りたてたりと、とにかく普通じゃない。

CD-10では、ピアーズとC. デイヴィスによるブリテンが素晴らしかった。非常に美しくまとめられていて、作品が持つ響きの魅力を堪能することができる。マデルナ指揮のヴァレーズも、精緻でありながらも効果的に多様な音響を引き出している秀演。CD-9の「スコッチ」なんかよりは、やはりこういう曲の方がマデルナには合っているのかもしれない。一方、メニューイン独奏のバルトークは、残念ながらヨレヨレ。第1楽章はそれでも温もりのある抒情を楽しむことができなくもないが、それ以降は技術的なアラが気になって音楽に没頭できない。ブーレーズによる伴奏は見事に磨き上げられているだけに、もったいない。それにしても、ブーレーズはこの共演をどう思っていたのだろうか。

ここまでの曲目からすると、CD-11はごく普通すぎて逆に新鮮だ。収録日から推測するに、オーマンディ指揮の一回の演奏会をそのまま収録したのだろう(アンコールの有無などはわからないが)。演奏も、オーケストラをたっぷりと鳴らしているところにオーマンディらしさが窺えるものの、解釈等はごくごくオーソドックスなもの。シューベルトは僕の好みとは異なるものの立派な出来だし、ヒンデミットはすごく良い。クリモフのモーツァルトは、楽譜のごく一部を改変しているところに時代を感じるが、凝ったカデンツァも含めて端正な表現意欲が好ましい。

さて、いよいよお目当てのショスタコーヴィチが収録されたCD-12。マデルナ指揮のベルクとウェーベルンは、熱くロマンティックな雰囲気が満ちていて非常に気に入った。ルコムシュカというソプラノは初耳だが、声質が結構好み。ヘンツェの協奏曲は、一聴しただけでは構成などもよくわからず捉えどころがないが、透明な響きの美しさは実に印象的。

ということで、コンドラーシンのショスタコーヴィチ。…が、これ、同時期のPhilips盤(438 283-2)と同じ録音ですね。本盤では1968年12月20日、Philips盤では1968年1月21日とクレジットされている収録日は異なるものの、コンドラーシンの足踏みの音やアンサンブルの乱れなどがざっと聴き比べたところでは、一致していると思われる。まぁ確かに、1年以内に客演指揮者が同じ曲をとりあげるとも思えませんがね。しかし、この録音のために大枚はたいたのに… 演奏は、言うまでもなく素晴らしいです。あぁ…それにしても…ため息しかでない…

気を取り直して、残る2枚を。

ハイティンクのマーラー(CD-13)は、複雑な作品の構造がよく咀嚼されたわかりやすい演奏。この曲がわからないという聴き手には、まず薦めたいタイプの演奏である。その分、情念のうねりのようなものは浄化されていて、マーラーならではのアクには乏しい気もする。

そして、いよいよ最後のCD-14。ヘンツェのストラヴィーンスキイは、小曲ながらも色彩感を丹念に表出した好演奏。格調の高さに感心したのがアンチェルのプロコーフィエフ。まさに「古典」。大人の音楽だなぁ。ルトスワフスキーの3曲はそれぞれ異なる指揮者によって演奏されているが、正直なところ、演奏傾向の違いを聴き分けるほどこの手の作品に馴染みがない。同時期の作品だけに共通する響きがあり、いずれの演奏においてもそれらは適切に表出されているように思う。ただ、作品の構成というか様式が把握できていないので、これらが“良い”演奏であるかどうかの判断はできない。最後のボルエのショー(?)は、相当おもしろい。が、僕の英語力では半分以下しか爆笑できなかったのと、やはりこういうのは仕草なども含めて見てみたいところ。

さすがにショスタコーヴィチのダメージは大きかったが、まぁ最後で和めたから良しとしましょうか。馴染みのない曲も色々と聴くことができたし、演奏の水準は全体的に高かったし。ということで、何とかこのBOXセットは完聴。

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ネットラジオ、デビュー

  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番、交響曲第8番 D. ショスタコーヴィチ (Pf) イリエフ/ソフィアPO (Bartók Rádió
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 ビシュコフ/ニューヨークPO (2005/04/7-9
  • ショスタコーヴィチ:祝典序曲、ピアノ協奏曲第1番 アルゲリッチ (Pf) P. スミス (Tp) ロストロポーヴィチ/ニューヨークPO (2005/04/27-30
基本的にエアチェックなどはしない性質である。まず、番組表をこまめにチェックするのが面倒で仕方がない。次に、自分で録音した音質にどうしても不満が残るし、かといって極上の音質を得るために努力する気力がない。最後に、エアチェックまで手を出したらいくら時間があっても未聴音源がたまっていくばかりになるのが怖い。とまぁ、こんな理由で最近多くの人が利用しているネットラジオなんかにも手を出していなかった。

ところが、僕のホームページ内の訪問者雑記帳(管理人なのに、全くレスもつけずに失礼しております。一応“掲示板”ではなく、“雑記帳”ということでご容赦を(^^;)に、ショスタコーヴィチ本人の演奏が配信されるとの書き込みがあった。1958年1月12 & 13日のライヴ録音で、これはショスタコーヴィチが公開演奏をやめる直前の時期にあたる、実に貴重な音源。「Dmitri Shostakovich pianist」という本では、第3楽章の2分13秒分しか残っていないと紹介されていたらしく、いくら不精の僕でもこれは聴き逃すわけにはいかない。

早速、番組表wiki - 海外ラジオの音楽番組をオンライン放送で聴こう@クラシック板を参考にして録音環境を整え、無事にプライヴェートCDを作成することができた。もう二ヶ月以上経ってしまったが、情報を提供してくださった「ラヨーク大好き」さん、どうもありがとうございました。

さて、ショスタコーヴィチ独奏のピアノ協奏曲第2番。右手の不調といったことはよくわからない、他の録音に聴かれるのと同様のショスタコ節全開でもう大満足。ミスタッチはずいぶんあるが、これは別に若い頃の録音でも同じだから気にしても仕方ない。それより、このテンポ感。自作の演奏だから当然といえなくもないのだが、まさにこれこそショスタコーヴィチの音楽!第1楽章のコーダなんか最高ですね。オーケストラはお世辞にも巧くないものの、ヤケクソみたいな管楽器の響きはたまらない。ただ、交響曲第8番は完全に技量不足。

New York Philharmonicのホームページでは、主催公演の録音を期間限定でネット配信しているが、4月の演奏会では立て続けにショスタコーヴィチ作品がとりあげられた。この情報は、オペラキャストというブログで入手。

ビシュコフの「レニングラード」は、2003年にリリースされたケルン放送響との演奏と基本的に同一の解釈。きびきびとしたテンポとやや軟派な歌いまわしが、この作品の歌謡性を下品になることなく表出している。端正に整えられた感の強かったCDに比べると、ライヴならではの盛り上がりが印象的だが、これはアメリカで行われた演奏だということも影響しているのかもしれない。10秒強に及ぶ最終音の伸ばしは、わかっていても興奮してしまう。

一方、ロストロポーヴィチ指揮の演奏会は、ショスタコーヴィチとプロコーフィエフの組み合わせによるプログラム。僕は、ショスタコーヴィチの2曲しか聴いていないので、プロコーフィエフの演奏内容はわからない。「祝典序曲」は、いかにもロストロポーヴィチらしい粘りに粘った演奏。交響曲ならともかく、この曲でこの路線はちょっと… NYPは強引なサウンドで健闘している。ただ、聴きものはやはりアルゲリッチとのピアノ協奏曲第1番だ。文字通り、やりたい放題。独特のアゴーギクなどのせいで、ショスタコーヴィチを超越してアルゲリッチの音楽になってしまっているが、ここまでやられたら文句は言えない。鬼気迫る音楽であるにもかかわらず、どこか余裕が感じられるのはさすが。

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ショスタコーヴィチ三題

  • 千葉 潤:ショスタコーヴィチ(作曲家◎人と作品),音楽之友社,2005.
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第11番 ラザレフ/ロイヤル・スコティッシュ・ナショナルO (LINN CKD 247)
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲より第3楽章 アシケナージ (Pf) クレーメル、チョーリャン・リン (Vn) カシュカシャン (Va) マイスキー (Vc) (Orfeo SO 99 844F [LP])
本欄に書き込むのはすっかり遅くなってしまったが、ショスタコーヴィチに関する新しい本が発刊された。シリーズの一冊だが、第一期の刊行分に含まれるとは、ショスタコーヴィチの地位も随分上がってきたものだ。もっとも、これは今年が没後30年であることと関連しているのだろう。来年は生誕100年という記念の年なのだが、思いっきりモーツァルト生誕250年とかぶるのだから、仕方ない。

さてこの本、コンパクトな見た目とは裏腹に、非常に密度の高い内容を持っている。主として評伝と作品解説の二部から構成されているが、評伝部分の方に力が入れられており、読み応えがある。体制との関わりについても、比較的思い切り良く踏み込んで独自の見解を示している。単なる“反体制”ではないショスタコーヴィチの複雑な姿を描こうという意図はよく伝わるが、特に作品解説において“反体制”ぶりが強調されがちな気もする。いずれにしても、現時点の日本でのショスタコーヴィチ受容のあり方を示す内容であり、盛りだくさんであるがゆえに読み辛い部分が無きにしも非ずだが、愛好家ならば手元においておきたい。

ラザレフ指揮の交響曲第11番は、近年のショスタコーヴィチ録音の中でも特に傑出した一枚。まず、作品の隅々まで把握しきったラザレフの解釈が、極めて説得力に満ちている。ともすれば標題性に押し流されて極端なテンポ設定をする指揮者が少なくない中、一つ一つの響きを噛み締めるような両端楽章と幾分あっさりとした中間楽章の対比は、この交響曲の音楽的な魅力と完成度を再認識させるに十分足るものである。次に、地味ながらもじっくりと味わい深く歌い込む彼の特質を最良の形で音化しているオケの健闘ぶりについても、特記しておく必要があるだろう。独特の華やかなキツさを持った音色の魅力はそのままに、より一層の精度を獲得した本盤の演奏は、幅広い聴き手を唸らせることだろう。

ピアノ五重奏曲は、1983年6月のライヴ録音。アシケナージが主宰する音楽祭にクレーメルが出演してくれたことに対して、今度はアシケナージがロッケンハウス音楽祭にお礼出演した時の演奏らしい。アンコールとしてこの曲が演奏された模様。実はこのLP、非常に入手困難で、大学の後輩のご好意で聴かせてもらったもの。演奏は、弦楽器のクレーメル一味が中心となって作っている印象。クレーメル節が炸裂していて楽しい。この頃のクレーメルは本当に素晴らしい。ただ、アシケナージの温かい音楽とは完全に調和することがなく、そうしたぶつかり合いを音楽祭のアンコールならではと楽しめるかどうか。僕は、結構面白く聴きました。

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捜索願

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第15番、チェロ協奏曲第1番 シャフラン(Vc) イヴァーノフ/モスクワPO (Regis RRC 1181)
◎銀璧亭◎というブログの2005年1月11日分の記事に紹介されていたのが、本盤。その頃の僕は多忙のため、なかなか音盤屋に足を運ぶことができない状態だったので、ようやく時間を見つけて店に行ったた時にはもう店頭在庫はなかった。その場で注文を出したわけだが、再オーダーした挙句、オーダーをキャンセルさせてくださいとの連絡が。

Regis Recordsレーベルのサイトを確認すると、RRC1180とRRC1182はカタログに載っているのに、このRRC1181だけがカタログから消えている。権利関係でトラブルがあったのだろうか?いずれにしても、買い逃したことが悔やまれる。この欄をご覧の方で、在庫情報等をお持ちの方、ご一報くださると嬉しいです。

今日は、内容の全くない「覚え書き」ですみません(^^;。

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雑多な買い物記

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第1&5番 マズア/ロンドンPO (London Philharmonic Orchestra LPO-0001)
  • ブラームス:交響曲第2番、レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ ベーム/ベルリンPO (DG 474 989-2)
  • ヘンデル:合奏協奏曲 Op. 3-4、6-10、6-12 トレチャコフ/ソヴィエト国立室内O (Yedang YCC-0045)
  • ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」、サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ トレチャコフ(Vn & Cond.)/ソヴィエト国立室内O (Yedang YCC-0127)
5月1819日と、かぶとやま交響楽団第32回定期演奏会の曲目について本欄に書いたが、当然のことながら、せっかく音盤屋に足を運んでそれだけの買い物で終わろうはずがない(^^;。今日は、それ以外の買い物について。

Tower Records難波店では、マズアのショスタコーヴィチを。ロンドン交響楽団の自主制作レーベルはもう結構な枚数がリリースされているが、ロンドン・フィルも新たに自主制作レーベルを立ち上げたとのこと。その第1弾にショスタコーヴィチが選ばれたのは、なんとなく嬉しい。マズアのショスタコーヴィチは、交響曲に限って言えば第7番と第13番(ともにニューヨークPO)がリリースされている。今回のアルバムは、オーケストラの影響なのか、ややおとなしい演奏である。第1番では若々しくも落ち着いた抒情に満ちていて、どこか格調の高さを感じさせる。若書きだからというわけではないが、もう少し表現意欲が漲っていても良いような気もする。第5番も基本的には似た傾向の演奏だが、この曲の場合、やはりある程度の押しの強さがなければ退屈してしまう。全体に“勝利”ではなく“悲劇”を強調した解釈がとられていて、そのこと自体にさして問題はないものの、それでも終楽章のコーダは少々やりすぎだと僕には思われる。こういった文学的な解釈が前面に出た演奏は、僕の好みではない。

一方、Tower Records梅田店では閉店間際に駆け込んだにもかかわらず、3点を捕獲。

ベームのブラームスは、僕が大学の学部生だった頃に「レコード芸術」誌の名盤復刻企画でベートーヴェンの「運命」とのカップリングで復刻されたものを既に持っている。今回はレーガー作品が目当て。ベームの同曲は、本欄でも2003年10月24日に紹介した1938年のライヴ録音があったが、さすがにこれは録音が悪すぎて、何が何だかわからない。ということで、1956年のスタジオ録音である本盤を見つけて迷うことなくレジへ直行した次第。これはいぶし銀の秀演。冒頭の主題から、何とも言えない優しさと渋い情感が満ち満ちている。妙に分析的にはならず、終始音楽的な流れと独特の和声を自然に表出しているところに好感が持てる。これは、当時のベルリンPOの魅力的な音色のおかげでもあろう。

吉田秀和が絶賛したこともあるらしいブラームスの第2番も、実に立派で素晴らしい演奏。中間楽章の引き締まった抒情が特に魅力的。なお本盤は、「Musik...sprache Der Welt(音楽…世界共通の言葉)」というシリーズの一枚。

クラシックのコーナーに入るところで、Yedang Classicsのワゴンセールをやっていた。なんと一枚590円(税込)!この値段なら、ということでトレチャコフが指揮と独奏をしているアルバムを2枚購入。ジャケットには「ソヴィエト国立室内O」と記されているが、これは恐らく「モスクワ室内O」のことだろう。ある時点で国立の団体になったのだろうが、詳しいことは知らない。

ヘンデルの合奏協奏曲は大好きな曲だが、隅々まで透明に響き渡るソ連サウンドで聴くのはまた格別。これは弦楽合奏の一つの極致である。ライヴ録音のようだが、これを生で体験していたら文字通り失神してたかも。

ヘンデルの出来に「四季」も期待が高まったが、こちらは…う~ん…微妙。もちろん、技術的には完璧で、その点においては不満はない。ただ、瞑想的な雰囲気が支配的で、トレチャコフ独自の解釈として完成度は決して低くないのだが、この曲はもうちょっと脳天気で良いのではないだろうかと思ってしまう。4曲中では、「冬」の出来が一番良い。このような傾向はサン=サーンスでも同じ。こういう華やかなショウピースに相応しい解釈とは言えないような気がする。まぁ、弾くだけなら寝てても完璧にできるだろうから、色々考えてしまうのかもしれないが。

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「水上の音楽」聴き比べ

  • ヘンデル:水上の音楽、王宮の花火の音楽 ガーディナー/イギリス・バロックO (Philips PHCP-10504)
  • ヘンデル:水上の音楽、王宮の花火の音楽、歌劇「ベレニーチェ」序曲 ブーレーズ/ニューヨークPO (Sony 516236 2)
  • ヘンデル:組曲「水上の音楽」(ハーティ/セル編)、メヌエット(歌劇「忠実な羊飼い」より;ビーチャム編)、組曲「王宮の花火の音楽」(ハーティ編)、ラルゴ(歌劇「セルセ」より;ラインハルト編) セル/ロンドンSO (Decca UCCD-7115)
  • ヘンデル:水上の音楽、王宮の花火の音楽 レーマン/ベルリンPO (Archiv 457 758-2)
  • イベール:作品集(寄港地、フルート協奏曲、モーツァルトへのオマージュ、交響組曲「パリ」、バッカナール、ボストニアーナ、ルイヴィル協奏曲) ハッチンズ(Fl) デュトワ/モントリオールSO (London POCL-5254)
5月18日付け本欄の続き。「水上の音楽」は、実はLPも含めて初めて買う(まともに聴く)ことになる。事前に情報を仕入れておかなかったので、定評のある盤がどれか、そして版の問題などがどうなっているかは全く知らない状態で、ヤマ勘に任せて4枚を購入。

まずは、(きっと)オーソドックスであろうガーディナー盤を。ピリオド楽器による演奏であることに加え、補遺も含めた全曲が収録されているのは、作品を一から知る上で大変助かる。華やかかつ優雅な響きと、決して退屈することのないニュアンスに満ちたアーティキュレーションなど、演奏にも全く不満はない。なるほど、「水上の音楽」ってこんな魅力的な作品だったのか。

棚を見ていると、なんと70年代のブーレーズによる録音が!しかも全曲が収録されている。曲順は変更されているが、ブーレーズならではの根拠があるに違いない。古楽演奏が当たり前になった現在においても違和感のない解釈は、さすがと言うべきだろう。なんとなくキワモノ臭が漂っているが、内容は意外にも(?)奇を衒うことのない誠実なもの。モダン楽器による理想的な演奏と言える。管楽器のトリルなどがきっちり揃えられている辺り、ブーレーズの面目躍如といったところか。少々生真面目な印象で、ガーディナー盤のような愉悦に溢れていないのが惜しい。

ここで、ようやくハーティー版組曲を。セル盤では、セルが手を加えているとのことだが、第2曲「アリア」の中間部以外はほぼハーティーの編曲通りのように聴こえる。しかしこの編曲、なかなか素晴らしいですね。ガーディナー盤などを聴いた後ではあまりにオールド・ファッションなヘンデル像に戸惑ってしまうが、僕はこういう“かつてのバロック”は大好きだし、そもそもヘンデルの音楽にはこうしたロマンティックな要素が内包されていると思う。セルの演奏はオーケストラが手兵ではないこともあってか、どこか寛いだ雰囲気がこの作品に相応しい。ゆったりとしたテンポで丁寧に、そしてしっかりと鳴らされる歌は文句なしに美しい。第5曲が特に印象的。他の収録曲も同様だが、「王宮の花火の音楽」第1曲の生気溢れる音楽はクセになりそう。

最後は、名歌手ロッテ・レーマンの弟であるフリッツ・レーマン(マタイ受難曲の演奏中に心臓発作で倒れて亡くなったらしい)とベルリンPOによる演奏を。1951年の録音ということで、この時代のベルリンPOの音色で「水上の音楽」を聴いてみたかったというだけの理由で入手。ハーティー版ではなく、原典版をモダン楽器で演奏している。これがまた素晴らしい。きびきびとしたテンポと華やかな音色、恥ずかしげもなく耽溺する歌…明らかに一昔前の演奏スタイルだが、しかしこの魅力に抗うことは難しい。どこからどう聴いてもドイツの音色だがとても色彩感豊かなので、こういう演奏で聴くとハーティー版を敢えて使う必要性は感じない。第1組曲のホルンも素敵だが、第2組曲のトランペットが最高。

ということで、今回偶然入手した4枚はいずれも優れた演奏だった。一般的にはガーディナー盤が決定盤であることに全く異論はないが、個人的にはレーマン盤が最もよく聴く音盤になりそう。

さて、難波店では在庫がなかったイベール作品を、Tower Records梅田店で確保。実はイベールって、有名な「寄港地」も含めてまともに聴いたことが一度もない。「モーツァルトへのオマージュ」が入ったアルバムがこのデュトワ盤しか見つからなかったということもあるが、イベールの管弦楽作品が7曲も収録されているのでこのCDを買うのに躊躇はなかった。で、ざっと聴いてみたわけだが、確かに“フランスもの”ではあるものの、プーランクなどよりはどこかさっぱりしてて結構気に入った。このアルバムは1920~30年代の作品と1950年代の作品とが収録されているが、後者のオーケストレイションの方が気持ちのよい響きで僕の好み。「寄港地」は、一聴した限りではあまりピンとこなかった。デュトワとモントリオールSOは、さすがとしか言いようのない演奏。欠点を見出すことができない。「モーツァルトへのオマージュ」は、とても素敵な作品ですね。ただ、この雰囲気を出すのは、アマチュアには至難の業だろう。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Händel,G.F.

クレンペラーのワーグナー管弦楽曲集

  • メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」、「真夏の夜の夢」の音楽、交響曲第4番 セル/クリーヴランドO (CBS/SONY CSCR 8193)
  • シューベルト:交響曲第3&8番 K. クライバー/ウィーンPO (DG POCG-1188)
  • ワーグナー:管弦楽作品集 クレンペラー/フィルハーモニアO (EMI 7243 5 67896 2 3)
7月9日(土)に伊丹アイフォニックホールにて行われる、かぶとやま交響楽団の第32回定期演奏会に、エキストラ(?)出演することになった。プログラムは以下の通り:
  • メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」作品26
  • シューベルト:交響曲第3番 ニ長調 D200
  • イベール:モーツァルトへのオマージュ
  • ワーグナー:ジークフリート牧歌 WWV103
  • ヘンデル(ハーティ編):水上の音楽 HWV348-350
なんかとりとめのない曲目で、演奏会の力点がどこに置かれるのか、演奏会全体がどんな雰囲気になるのかよくわからない。どれも馴染みのない曲ばかりなので、まずはスコアを見ながらざっと予習。

セルのメンデルスゾーンは、実は僕が買った音盤ではなく、妻が結婚した時に持ってきたもの。こういう“いつでも買えそう”な音盤は、いかにも僕の物であろうはずがない。演奏は透明感溢れる明晰なもので、スコアの仕組みが手に取るようにわかる。3曲中では「真夏の夜の夢」が、どことなく洒落ていて気に入った。「イタリア」は、もうちょっと狂気を感じさせる演奏が僕の好み(たとえばテンシュテット/ベルリンPO盤)。で、肝心の「フィンガル」だが、曲自体が僕にとっては少々退屈か。変化に乏しいというよりは、変化に要する時間がゆったりと流れているような曲を理解するには、もう少ししっかりとスコアを読まなくてはならない。

続いてシューベルトの第3番。所有しているのは、クライバー盤一枚のみ。このアルバム、「未完成」はよく知っている曲のよく知らなかった劇性を余すところなく暴き出す一種の怪演で強く印象に残っていたが、併録の第3番は曲自体からして全く印象がなかった。スコアを見ながら聴いたことで、初めて曲も演奏も把握した次第。曲はまぁ、いかにもシューベルトといったところでさして感じるものはなかったが、演奏の凄さには感服した。全ての音に解釈し尽くされた濃密なニュアンスがつけられている。アンサンブルは意外にアバウトな部分も少なくないが、全曲に渡ってリズムが活き活きとしていることに驚かされる。一体どんなリハーサルを積んだらこんなことが可能になるのだろう。後半の二つの楽章なんかは「シューベルトじゃない!」と言う人もいるかもしれないが、こんなに楽しくてワクワクするような音楽はそうあるものじゃない。でも、このテンポで弾くのは大変だなぁ。

残りの3曲(イベール、ワーグナー、ヘンデル)はCDを持っていなかったので、Tower Records難波店へ。残念ながらイベールは在庫がなかった。「水上の音楽」は興味を惹かれる演奏が複数あったので、4枚選んで聴き比べすることに。この感想はまた後日(^^;。

さて、クレンペラーのワーグナー集。

まいりました。イってしまいました。こんな凄い音楽、久しぶりに体験しました。ワーグナーの作品はどれも長いし、そもそも響き自体に魅力を感じない…こんな感じで、ワーグナーはむしろ嫌いな作曲家の範疇だった。先日もケーゲルが指揮した「パルジファル」のCDを聴いたが、声楽の美しさは楽しんだものの、音楽そのものにはさしたる魅力を感じられぬまま。今回も、店頭に並んでいたCDの中で「ジークフリート牧歌」が収録されていて、指揮者とオーケストラがそこそこ有名で、録音がそんなに悪くなくて、あまり値段が高くないといった、どちらかと言えば消極的な条件をクリアしたのがたまたまこのクレンペラー盤だっただけである。

とまぁこんなめぐり合わせだったわけで、こんな凄い名盤だとは全く予想もしていなかった。収録曲は以下の通り:
【CD1】
歌劇「リエンツィ」序曲
歌劇「タンホイザー」序曲
歌劇「タンホイザー」より第3幕への前奏曲
歌劇「ローエングリン」より第1幕への前奏曲
歌劇「ローエングリン」より第3幕への前奏曲
楽劇「マイスタージンガー」より第1幕への前奏曲
楽劇「マイスタージンガー」より「徒弟たちの踊りと親方たちの入場」
舞台神聖祝典劇「パルジファル」より第1幕への前奏曲
【CD2】
歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
楽劇「ラインの黄金」より「神々のワルハラへの入城」
楽劇「ワルキューレ」より「ワルキューレの騎行」
ジークフリート牧歌
楽劇「ジークフリート」より「森のささやき」
楽劇「神々の黄昏」より「ジークフリートのラインへの旅」
楽劇「神々の黄昏」より「ジークフリートの葬送行進曲」
楽劇「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死
1曲目の「リエンツィ」から、これはただごとではないと瞬時にわかる。とにかく、全ての音に漲るエネルギーが尋常ではない。何の心構えもなく聴き始めたが、聴き終えた時には文字通り放心状態。次に他の音楽を聴く気にはなれなかった。

迫力満点で極限的なスケールが終始維持されている上に、透明で深い静謐感を持った弱音も意味深く、ここで繰り広げられている音楽世界に陶然とすることしかできない。あえて一曲だけ取り上げるとするならば「マイスタージンガー」前奏曲か。完璧な演奏内容に加えて本能的に揺さぶられる巨大なクライマックスには、ノックアウト。これで僕もワグネリアン…とはならないだろうが(^^;、音楽を聴き続ける限りこのアルバムを手放すことはあり得ないだろう。

聴いた後で本盤についてざっとネットを検索してみたところ、“皆さんよくご存知の超名盤”といったような評価ばかりだった。すみません。全くご存知じゃありませんでした…

さて、肝心の「ジークフリート牧歌」だが、オリジナル(?)の16人編成による演奏のようで、室内楽と管弦楽との間を彷徨うような響きが美しい。きりっと引き締まった音楽の流れが心地よく、冗長さを感じさせない。このアルバムの中でも一服の清涼剤的な雰囲気を醸し出している。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Wagner,R. 演奏活動_かぶとやま交響楽団

ロイヤル・コンセルトヘボウ・アンソロジー1960-1970(CD-1)

  • ロイヤル・コンセルトヘボウ・アンソロジー1960-1970 (RCO 05001)
オーケストラの自主制作によるセット物は今では珍しくなくなったが、決して廉価ではない上に、必ずしも好みとは言えない収録曲の中に1曲だけ聴きたいものが紛れ込んでいることが多々あるのは困ったことだ。このBOXもそう。コンドラーシンによるショスタコーヴィチの6番が収録されているのだ。非常に悩んだが、1万円そこそこの価格ということで、思い切って購入。分売の見込みがない以上、仕方ない。リリースから大分経っての購入に、僕の悩み具合が反映されている。(^^;

収録曲は以下の通り:
【CD1】
J. S. バッハ:クラヴィーア協奏曲第1番 BWV1052 グールド(Pf)/ミトロプーロス(1958年8月10日 MONO)
シューベルト:交響曲第4番「悲劇的」 ロスバウト(1961年2月29日 MONO)
ベートーヴェン:交響曲第8番 モントゥー(1962年7月6日 MONO)
【CD2】
ストラヴィーンスキイ:夜鶯の歌 ブーレーズ(1960年2月25日 MONO)
エッシャー:ノスタルジー デヴォー(T)/ハイティンク(1962年2月18日 MONO)
ドビュッシー:遊戯 ブーレーズ(1961年7月6日 MONO)
ダラピッコラ:管弦楽のための変奏曲/ロスバウト(1961年2月29日 MONO)
【CD3】
ケッティング:交響曲第1番 ロスバウト(1961年2月1日 MONO)
ベルク:3つの管弦楽曲 ロスバウト(1961年2月1日 MONO)
マルタン:「イェーダーマン」からの6つのモノローグ ヴェシエール(Br) /ヨッフム(1962年10月28日 MONO)
バツェヴィチ:管弦楽、5つのトランペット、打楽器のための音楽 ロヴィツキ(1962年1月25日 MONO)
【CD4】
ヴェルディ:歌劇「ファルスタッフ」(第1~2幕) コレナ(Br:ファルスタッフ)、フレーニ(S:ナンネッタ)、アルヴァ(T:フェントン)、カペッキ(Br:フォード)、リガブエ(S:アリーチェ)、バルビエーリ(MS:クイックリー夫人)他、オランダ室内合唱団/ジュリーニ(1963年6月20日 MONO)
【CD5】
ヴェルディ:歌劇「ファルスタッフ」(第3幕)
フェルメーレン:交響曲第1番 ハイティンク(1964年5月14日 STEREO)
【CD6】
ブラームス:悲劇的序曲 モントゥー(1962年5月14日 MONO)
R. シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」 フルニエ(Vc)/セル(1964年6月19日 MONO)
ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」より「ブリュンヒルデの自己犠牲」 ニルソン(S)/モントゥー(1963年7月1日 MONO)
【CD7】
シェーンベルク:ピアノ協奏曲 ブルーインズ(Pf)/ケーニヒ(1963年2月17日 MONO)
ヘッペナー:牧歌 ヨッフム(1965年3月21日 STEREO)
シベリウス:交響曲第2番 セル(1964年11月26日 STEREO)
【CD8】
マルタン:四大元素 ハイティンク(1965年12月19日 STEREO)
ラヴェル:シェエラザード アンヘレス(S)/モントゥー(1963年11月20日 STEREO)
バルトーク:管弦楽のための協奏曲 ラインスドルフ(1965年6月17日 STEREO)
【CD9】
ノーノ:断ちきられた歌 ホルヴェーク(S)、ヴァン・サンテ(MS)、レンツ(T)/ブーレーズ(1965年1月17日 STEREO)
ディティユー:メタボール セル(1966年11月27日 STEREO)
メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」 マデルナ(1965年7月14日 STEREO)
【CD10】
バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第1番 メニューイン(Vn)/ブーレーズ(1966年6月29日 STEREO)
ブリテン:イリュミナシオン ピアーズ(T)/C. デイヴィス(1966年2月23日 MONO)
ヴァレーズ:イオニザシオン マデルナ(1968年1月12日 STEREO)
ヴァレーズ:砂漠 マデルナ(1966年4月7日 STEREO)
【CD11】
シューベルト:交響曲第8番「未完成」 オーマンディ(1967年11月12日 STEREO)
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 クリモフ(Vn)/オーマンディ(1967年11月12日 STEREO)
ヒンデミット:交響曲「画家マティス」 オーマンディ(1967年11月12日 STEREO)
【CD12】
ベルク:アルテンベルク歌曲集 ルコムシュカ(S)/マデルナ(1968年1月14日 STEREO)
ウェーベルン:4つの歌曲 ルコムシュカ(S)/マデルナ(1968年1月14日 STEREO)
ヘンツェ:オーボエとハープのための協奏曲 H. ホリガー(Ob)、U. ホリガー(Hp)/ヘンツェ(1968年10月27日 STEREO)
ショスタコーヴィチ:交響曲第6番 コンドラーシン(1968年12月20日 STEREO)
【CD13】
マーラー:交響曲第7番「夜の歌」 ハイティンク(1969年11月10日 STEREO)
【CD14】
ストラヴィーンスキイ:幻想曲「花火」 ヘンツェ(1968年10月31日 STEREO)
プロコーフィエフ:交響曲第1番「古典」 アンチェル(1969年2月23日 STEREO)
ルトスワフスキー:バルトークのための葬送音楽 ルトスワフスキー(1969年5月11日 STEREO)
ルトスワフスキー:アンリ・ミショーの3つの詩 デ・ワールト/NCRVヴォーカル・アンサンブル(1969年5月11日 STEREO)
ルトスワフスキー:ヴェネツィアの遊び マデルナ(1967年3月5日 STEREO)
ボルエ:コンフェレンス ボルエ(1969年4月10日 STEREO)
コンセルトヘボウ管にとって、60年代は客演指揮者の時代だったそうで、このBOXでもそうした事情による多彩な顔ぶれが揃っている。まずは順番にCD1から聴いてみる。

グールドの独奏にミトロプーロス伴奏のバッハというのは、のっけから非常に貴重な記録。お互いのアーティキュレーションがぶつかり合い、実に刺激的な演奏である。剛毅でありながらもニュアンス豊かな音楽は、ライヴならではの感興に満ちていて、グールドが後年舞台からリタイアしてしまったことが惜しまれるような活きの良い秀演となっている。

ロスバウトのシューベルトも充実した内容を持つ演奏。丁寧なアーティキュレーションと見通しのよい構成が、作品をより魅力的に聴かせる結果につながっている。

別に収録順とは関係ないのだろうが、CD1のメインは間違いなくモントゥーのベートーヴェンだろう。これぞ音楽!と言いたくなるような愉悦が全編に満ちている。久しぶりに聴いたが、第8番も素晴らしく良い作品だと改めて感じ入った次第。

theme : クラシック
genre : 音楽

たまった未聴LP

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 フレッチア/ロイヤルPO他 (Classics for Pleasure CFP 40080 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番 デル・カスティージョ (Vn) シュメーエ/ヴェネズエラSO (Fundacion Mito Juan Pro-Musica volumen 11 [LP])
  • イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番、ショスタコーヴィチ(ツィガーノフ編):弦楽四重奏曲第4番より第2楽章、ファリャ:スペイン舞曲、ドビュッシー:ワルツ、ヴュータン:タランテラ ダンチェンコ (Vn) ムンチャン (Pf) (Melodiya 33D-17635-6 [10"mono])
  • モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第26番、チャイコーフスキイ:スケルツォ第2番、無言歌(クライスラー編)、プロコーフィエフ:5つのメロディーより第1~4番、ショスタコーヴィチ(ツィガーノフ編):24の前奏曲より第10、15、16、24番 Y. シトコヴェツキイ (Vn) ヴァルター (Pf) (Melodiya 33 C 10-06831-32 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲、ピアノ三重奏曲第2番 ウッドワード (Pf) エジンバラQ (RCA RL 25224 [LP])
つい先日まで住んでいたところの比較的近くで、JR福知山線の大事故が発生した。あの区間は余程の事情が重ならない限り利用することがないので現場付近のイメージはわかないが、毎日電車のお世話になっている身としては、決して他人事ではない。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。それにしても、相変わらずマスコミの報道は酷いですね。コメンテーターらしき人々も、呆れるほど程度が低いし。

3月中旬にMikrokosmos Mail Order Co.から、LPが届く。が、引越しのバタバタでLPを聴くことができるような状況になかったため、しばらく未聴盤として段ボールに死蔵してしまった。次の荷物も届いてしまったので、何とか時間を作って全てに耳を通す。

フレッチアによる交響曲第5番は、まるでイージーリスニングのような無味無臭さが、たまらなく退屈。文字通り、楽譜の表層だけをなぞっただけの演奏。技術的な精度も高くなく、なぜこの顔ぶれでこの曲の録音をしなければならなかったのか、その必然性が全く理解できない。

ヴァイオリン協奏曲第1番のLPは、ヴェネズエラの財団か何かによる音楽(あるいは芸術)への助成基金の事業と思われる(第11巻との標記あり)。立派なジャケットに収められた演奏は、音楽的にも技術的にも全く聴くに値しない。第1楽章の妙なフレージングから不信感が募るが、この時点ではトンデモ演奏への不健全な期待がなくもない。しかし第2楽章が始まるや否や、この期待すら打ち砕かれる。難しい箇所になるとテンポやリズムが乱れるという水準の低い独奏者に加え、安っぽい音色で音符以上の何も表現することのできないアマチュアみたいなオーケストラ。全楽章を聴き通すのが苦痛である。久しぶりの大ハズレ。

ダンチェンコのアルバムには、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第4番の第2楽章を、初演者の一人であるツィガーノフがVnとPfのために行った編曲という珍品が収められている。もちろんそれが目当てで購入したのだが、ダンチェンコの野暮ったい芸風のせいか、今ひとつ印象が薄い。音楽的にも技術的にも比較的単純な作品だけに特別な問題があるわけではないのだが、聴き手にアピールするものがない。これは、他の収録曲全てにあてはまる。イザイの無伴奏のように難しい作品も堅実に弾きこなしているだけに、何とももったいない。

それに比べると、やはりY. シトコヴェツキイは、音楽家としての格が明らかに数段上。モーツァルトでは、何気なく弾いているフレーズの隅々に音楽の愉悦が満ちている。瑞々しく清らかな音色と素直で伸びやかな音楽性は、小品においても存分に発揮されている。ショスタコーヴィチの前奏曲では、L. コーガンの鋭さとはまた違った側面から、ショスタコーヴィチの抒情を描き出していて秀逸。

24の前奏曲とフーガの全曲録音もあるウッドワードの室内楽は、無難な出来といったところだろうか。技術的には垢抜けないものの、作品に対する共感の深さが好印象。ただし、演奏のスケールはあまり大きくない。五重奏曲の方が若干肩の力が抜けていて、素直な音楽の運びがなかなか良い。録音も三重奏曲に比べると残響が多くて雰囲気がある。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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