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ボーナス買い物録(その2)

  • ストラヴィーンスキイ:イタリア組曲、プロコーフィエフ:チェロ・ソナタ、ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ、プロコーフィエフ:バレエ「石の花」よりワルツ マイスキー (Vc) アルゲリッチ (Pf) (DG 00289 477 5323)
  • アルゲリッチと仲間たち ルガーノ・フェスティヴァル2002-2004 アルゲリッチ(Pf)他 (EMI 7243 4 76871 2 9)
7月15日に続いて、Tower Records難波店での買い物について。

DGからは、クレーメル、マイスキー、アルゲリッチの三者が参加したアルバムがいくつかリリースされている。本アルバムも同種の企画だろう。クレーメルとアルゲリッチは決定的に仲が悪いという話を聞いたことがあるが、マイスキーとアルゲリッチはどうなのだろうか。とりあえず、彼らの組み合わせで感心した録音は一枚もないので、今回も特に期待することなくプレイヤーにCDをセットした。案の定…それぞれの個性の範疇で個々に音楽を繰り広げるだけの内容にがっかり。こういう方向性では、マイスキーの技術面での不足が露わになるだけの凡演に成り下がってしまうのも致し方のないところだろう。マイスキーは盛大な唸り声をあげているにも関わらず、マイスキーの鼻歌に気乗りのしないアルゲリッチが淡々とつけているようにしか聴こえない。

室内楽の演奏と若手演奏家の育成という目的でアルゲリッチが主催している『ルガーノ・フェステイヴァル』の2002~2004年のライヴ録音集は、以下の内容:
【CD1】
プロコーフィエフ(寺嶋陸也編):交響曲第1番「古典」 アルゲリッチ、ブロンフマン(Pf)
チャイコーフスキイ(エコノム編):組曲「くるみ割り人形」 アルゲリッチ、ディーナ(Pf)
ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番 アルゲリッチ(Pf) ヴェンゲーロフ(Vn) カプソン(Vc)
【CD2】
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ヴェンゲーロフ(Vn) ジルベルシテイン(Pf)
シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番 ブロンフマン(Pf) R. カプソン(Vn) G. カプソン(Vc)
【CD3】
シューマン:ピアノ五重奏曲 アルゲリッチ(Pf) シュヴァルツベルグ、R. カプソン(Vn) ロマノフ=シュヴァルツベルグ(Va) ドブリンスキー(Vc)
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ホッスズ=レゴツキ(Vn) アルゲリッチ(Pf)
ドヴォルザーク:ピアノ四重奏曲第2番 デラハント(Pf) R. カプソン(Vn) チェン(Va) G. カプソン(Vc)
音楽祭のライヴ録音ということもあるのだろうが、全体を通して勢いに任せた部分が少なくなく、もう少し丁寧に練り上げた音楽を望みたくなってしまう。この手のアルバムにこうした感想が的をはずしているのはわかっているのだけれど。

面白かったのは1枚目。2台ピアノによる編曲物は、寛いだ雰囲気がなかなか。特にプロコーフィエフは原曲とはまた異なった色彩感と軽やかさがあって、意外と楽しめた。お目当てのショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番も優れた演奏。ヴェンゲーロフの歌いまわしは僕の好みではないが、真摯に音楽に没頭している雰囲気が素晴らしい。アルゲリッチも、クレーメルとマイスキーと組んだ日本公演のライヴ録音とは比べ物にならないくらい作品の本質に迫っている。また、G. カプソンのチェロも巧い。この3枚組の白眉だろう。

2枚目では、カプソン兄弟のシューベルトが美演。彼らの名前、実は初めて知ったのだが随分と評価が高いみたいで、確かに端正でありながらも繊細な輝きのある音色は大変魅力的。2楽章の歌には惚れ惚れしてしまう。ブロンフマンもわりと丁寧な弾きっぷりで好感が持てる。一方でヴェンゲーロフとジルベルシテインのブラームスは、僕の好みからは大きくはずれた演奏。技術的には何の問題もなく、音楽的にもよく考え抜かれているとは思うのだが、それがあまりにも微視的すぎて作品全体の魅力が十分に伝わってこない。4楽章になって急に大熱演になるのも不自然。こういう有名曲の場合、無理して新機軸やら個性やらを打ち出すのが悪いとは言わないが、ごく“普通”に弾き切る方がずっと良いような気がする。

3枚目ではアルゲリッチが参加した2曲のシューマンが目玉なのだろうが、どちらも完成度は低い。好き嫌いは別として、アルゲリッチの奔放さにはそれなりの魅力がある。またそれに触発されたメンバー間の熱気もなかなかのもの。だが、アルゲリッチについていけないと感じる箇所が少なからずあり、これが協奏曲なら楽しむこともできるのだろうが、室内楽ではそうはいかない。ピアノ五重奏曲の第1ヴァイオリンのだらしないポルタメントや音程が悪いのも気になる。シューマンの内に秘めた情熱が常に煮えたぎり、時折噴出するような音楽そのものはそう悪くないだけに、ちょっともったいない。まぁ、会場で生演奏を聴いていればもっと素直に圧倒されていたのかもしれないが。それに比べてドヴォルザークは立派な演奏。ドヴォルザークの土臭い抒情を見事に洗練された響きで歌い上げた秀演。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

追悼…トマス・カクシュカ氏

  • シューベルト:弦楽五重奏曲 ウィーン・アルバン・ベルクQ シフ (Vc) (EMI CC33-3465)
  • カーネギー・ホール・ライヴ!(シューマン:ピアノ五重奏曲、モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番) ウィーン・アルバン・ベルクQ アントルモン (Pf) (EMI CC33-3686)
  • モーツァルト:弦楽五重奏曲第3&4番 アルバン・ベルクQ M. ヴォルフ (Va) (EMI CE33-5291)
  • ハイドン:弦楽四重奏曲第75、79、80番 アルバン・ベルクQ (EMI TOCE-55070)
  • ブラームス:クラリネット五重奏曲、弦楽五重奏曲第2番 アルバン・ベルクQ マイヤー (Cl) シュリヒティヒ (Va) (EMI TOCE-55037)
  • バルトーク:弦楽四重奏曲全集 ウィーン・アルバン・ベルクQ (EMI CE30-5009-11)
ちょっと恥ずかしいが、告白してしまおう。と言っても、僕と大学時代を一緒に過ごした音楽仲間なら何をいまさら…という話なのだが。アルバン・ベルクQは、僕のアイドルである。

高校生の頃だったろうか。わずかばかりの小遣いをやりくりして、LPをこつこつと買い始めた時、最初のテーマはブラームスだった。交響曲、協奏曲の名盤と言われているものを立ち読みで情報収集し、月に1、2枚のペースで買っていた。弟は僕と違う路線をとろうと思ったのだろうか、マーラーやブルックナーの他に室内楽のLPを何枚か買っていた。その中に、ウィーン・アルバン・ベルクQのベートーヴェンの後期四重奏曲があった。でも、僕にはどこか無縁の音楽のように感じていた。きっかけは、ブラームスの弦楽四重奏曲全集という2枚組LPを店頭で見かけたことである。演奏者はウィーン・アルバン・ベルクQだった。高校2年生の正月にお年玉で購入したその盤は、第1番はピンと来なかったものの、第2番の抒情の素晴らしさで一気に愛聴盤になった。高校3年生の秋、CDラジカセを買った時に最初に入手した2枚のCDは、フルトヴェングラー指揮のブラームスの交響曲第1番と、アルバン・ベルクQ&アマデウスQのブラームスの弦楽六重奏曲第2番だった。僕が室内楽にのめり込むきっかけとなったのは、この盤である。消費税の導入直後で、音盤のタスキに印刷してある価格の上に、物品税を引いた価格と消費税込みの価格が併記されたシールが貼ってあるアルバン・ベルクQのアルバムを、小遣いが入る度に買いに行き(玉光堂すすきの店でした)買ってきたらすぐに部屋にこもって繰り返し聴いたものだ。浪人時代、当時発売されていた彼らのアルバム全てを蒐集し、それを聴きながら「大学に入ったら弦楽四重奏をするぞ」というのが僕の心の支えだった。

主としてピヒラーの音楽的キャラクターが色濃く反映された彼らの演奏スタイルには、賛否両論がある。弦楽四重奏を愛好する人達の間では、むしろ否定的な感想が多いことも知っているし、彼らが何を否定しているのかも理解するに難くはない。だがそれでもなお、アルバン・ベルクQは、僕のアイドルである。

1991年の来日公演。ザ・シンフォニーホールと京都府立文化芸術会館の2公演を聴きに行った。彼らの実演に初めて接した印象は、やはり圧倒的であった。モーツァルトの15番とベルクの抒情組曲に加え、大阪ではブラームスの1番、京都ではブラームスの2番というプログラム。大阪公演では、確か5曲か6曲くらいアンコールをしてくれたのではなかったろうか。モーツァルトの19番の3楽章、ベートーヴェンの13番の5楽章、ドビュッシーの3楽章、バルトークの4番の4楽章…あと、何だったっけ… 京都では、聴衆がさっさと諦めて拍手をやめてしまったのでアンコールは1曲だけ。ピヒラーが弾き足りなくて舞台袖で何か弾いていたのがとても印象に残っている。続く1993年の公演では絶不調のピヒラーに驚いて以降、1994年、1996年と技術面での衰えに寂しい思いをしていたが、1998年のオール・ベートーヴェン・プログラム(12&8番)の名演に接して以来、彼らの演奏会からは足が遠のいていた。

彼らがいたからこそ、室内楽とりわけ弦楽四重奏曲の魅力に開眼し、それがきっかけでフィッツウィリアムQのショスタコーヴィチ全集に出会い、ショスタコーヴィチの世界に足を踏み入れることができた。数々のソ連人の名演奏家も、改めて言うまでもなく僕のアイドルである。でも、僕にとってアルバン・ベルクQは別格の存在である。

アルバン・ベルクQのヴィオラ奏者、トマス・カクシュカ氏が64歳という若さで7月4日に逝去された。とてつもない喪失感がある。四重奏団が解散するかどうかはわからないし、新ヴィオラ奏者を迎えて再出発したら相変わらず彼らのCDは買い続けるに違いないが、何か一つの時代が終わったような、大げさに言えば、親を亡くしたような気分である。1991年の京都の演奏会後、楽屋で抒情組曲のスコアにサインをもらい「Danke schön」と話しかけたら、オーバーな身振りで「Bitte schön」と応えてくれたカクシュカ氏の姿を思い出しながら、思いつくままにCDを聴く。

前任者のバイエルレと違い、どこか裏方に徹するような、全体に溶け込みすぎて物足りなさすら感じるようなカクシュカの演奏は、それでいて愉悦に満ちている。彼らの絶頂期はシューベルトの「死と乙女」&「ロザムンデ」のアルバムやドビュッシー&ラヴェルのアルバムを録音した1985年頃だと思うが、その頃の録音は誰が何と言おうとやはり圧倒的な完成度と存在感を持っている。そして僕にとっては、10代の自分を思い出す、青春の音楽でもある。

1990年代以降は、独特のアーティキュレーションや過剰な表現意欲と技術とのアンバランスが気になるものの、この水準の音楽的境地に達した四重奏団はごくわずかしかない。カクシュカには音量的な衰えが顕著だったが、音楽的なキャラクターは人柄そのままに80年代のスタイルを維持していた。彼がいたからこそ、ピヒラーはあの独自のスタイルを展開していくことができたのだと思う。

充実し切ったバルトークの6曲を聴きながら、柄にもなく感傷的になってみたりする。合掌。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏家_AlbanBergQuartet

未聴LP(5月分)

  • バシュメット・小賀明子訳:バシュメット/夢の駅,アルファベータ,2005.
  • ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番、チャイコーフスキイ:ロココの主題による変奏曲、ヘンデル:ラルゲット、ショパン:序奏と華麗なポロネーズ ロストロポーヴィチ (Vc) コンドラーシン/モスクワPO (Period Showcase SHO 337 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 P. コーガン/スロヴェーヌPO (JUGOTON LSY-66272 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第1&9番 ユージン/ソヴィエト国立SO (Melodiya C10 30485 002 [LP])
  • アレクサンドロフ:ソヴィエト社会主義共和国連邦国歌、ショスタコーヴィチ:映画音楽「呼応計画」より「呼応計画の歌」 ロブソン (B) リヒター/キーノートO他 (Keynote K 1200 [10" 78rpm])
バシメートの自伝を紀伊国屋書店梅田店で見かけたので、即購入し、一気に読了した。これは実に面白かった。才能の途方もなさと反体制の心意気ばかりが熱烈に綴られるロストロポーヴィチ関連の本、なんか粘着質なキャラクターにひいてしまうクレーメルの自伝なんかに比べると、そもそもの性格に起因するのかもしれないが、行間から音楽が自然に流れ出してくるような落ち着いた雰囲気がとても音楽的。出版元であるアルファベータ社の「クラシックジャーナル」誌第14号では随分とページを割いてこの本の紹介がなされているが、そうした内容の概略だけではなく是非とも全部を通して読んでもらいたいものだ。多くの名演奏家達との様々な交流は、ヴィオラ奏者という微妙なポジションであるがゆえの特権だろうか。繰り返し読むに耐え得る興味深いエピソードが満載。

Mikrokosmos Mail Order Co.から5月中旬に届いていた荷物。この週末でようやく全てに針を通すことができた。実を言うと、溜め込んでしまう前にとりあえず一回は聴いてしまおうとロストロポーヴィチ盤はターンテーブルの上に載せていたのだが、B面の「ロココ」からかけたために、何度チャレンジしても途中で寝てしまい、そうこうしている内に聴く時間がとれなくなって今日に至ったもの。

さて、そのロストロポーヴィチ盤。これでロストロポーヴィチ独奏のショスタコーヴィチのチェロ協奏曲の音盤は全て集まったはず。今回入手したのはモノラル盤だが、擬似ステレオ盤もあるようだ。ライヴ録音のようだが、確かにホルンの独奏をはじめとして細かい瑕は少なくないものの、異様な興奮状態の中で展開していく音楽の凄みは格別。第1楽章の引き締まった音楽はコンドラーシンの独壇場だし、第2楽章の深い音楽は、ロストロポーヴィチとコンドラーシンによる最良の共同作業の一つといえるだろう。第4楽章はアンサンブルに危なっかしさがあるものの、全体を通してその造形の見事さが際立つ秀演に仕上がっている。録音があまり良くないのが残念。B面の「ロココ」も堂に入った演奏。屈託のない伸びやかな歌が、いかにもソ連時代のロストロポーヴィチ。ヘンデルとショパンはピアノ伴奏だが、なぜかジャケット等にはピアニスト名のクレジットがない。演奏は、もちろん悪くない。ただ、これらの作品の内容を考えると、ロストロポーヴィチの演奏は少々スケールが大き過ぎるか。

P. コーガンの交響曲第5番は、流れの良いスマートな音楽作りに好感が持てる。ただ、オーケストラがそれに応えるだけの能力を持っているとは言いがたい。スロヴェーヌPOというオーケストラは(恐らく)初めて聴いたが、弦楽器の音程のバラツキは結構気になるし、管楽器の音色にもそれほど魅力が感じられない。

ユージン(ピアニストのユージナの甥とのこと)のライヴ盤は、なかなか良い演奏だという評判を目にしたこともあり、期待して針を下ろした。が…う~ん…ちょっと微妙。第1番は、どこか野暮ったい節回しと推進力のあるテンポとのバランスが良く、魅力的な音楽に仕上がっている。ただ、オーケストラの技術的な精度が、ライヴ録音であることを考慮してもなお、満足できるような水準に達していない(もちろんこれは、1980年代のソヴィエト国立SOであることを前提とした話である)。弦楽器に厚みの感じられない録音の影響もあるだろうが、アンサンブルが不揃いである上に音程がどうにも落ち着かない。これは、第9番により顕著である。どちらかといえばどっしりとしたテンポで始められる第1楽章は、にもかかわらずアンサンブルがバラバラであることに拍子抜けする。第4楽章のファゴットの名技と深い音楽など素晴らしい箇所もあるだけにもったいない。

最後の一枚はSP盤。僕の身近にはSPの再生環境がないため、いつか聴く機会があることを祈りつつ確保したもの。2曲とも歌詞は英訳されている模様。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 演奏家_Bashmet,Y.A.

ボーナス買い物録(その1)

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 コフマン/ボン・ベートーヴェンO (MDG 937 1203-6 [SACD])
  • プロコーフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1&2番、ショスタコーヴィチ(ツィガーノフ編):4つの前奏曲、10の前奏曲 庄司紗矢香 (Vn) ゴラン (Pf) (DG UCCG-1183)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第4番 ゲールギエフ/キーロフO (Philips 470 842-2)
  • スピヴァコフの贈り物 エレガント・クラシック小品集 スピヴァコフ/モスクワ・ヴィルトゥオージ (Geneon GNBC-4031 [DVD])
  • ショスタコーヴィチ:祝典序曲、交響曲第5&10番、組曲「馬あぶ」(抜粋)、室内交響曲、ピアノ五重奏曲、弦楽四重奏曲第2&3番 マッケラス、シップウェイ/ロイヤルPO フランツ/フィルハーモニー・デア・ナツィオネン、エスビェア・アンサンブル、ザポルスキーQ、カイリンQ (Quadromania 222171-444)
年を追うごとに寂しくなり続けるボーナスが出たので、Tower Records難波店で慎ましやかな買い物を(^^;

コフマンとボン・ベートーヴェン管によるショスタコーヴィチの交響曲は、既に10番と5&9番の2枚がリリースされている模様。8番も近々リリースされるみたい。たまたま店頭に7番だけがあったので、評判も悪くないようなので迷わず購入。解釈はビシュコフ盤に似た、標題性に惑わされることのない丁寧で堅実なもの。特に中間楽章が見事。オーケストラに力強さは感じられないが、無理をすることなく端正な音作りをしているところに好感が持てる。第3楽章の中間部が速すぎる演奏に良い演奏はない、というのが僕の持論だが、コフマンは適切なテンポを保ってコラールの切実な美しさを生かしている。ただ、両端楽章には物足りなさを感じるのも事実。これは第7番だからで、たとえば第10番だったらまた違った感想になるだろう。なお、僕はSACDを持っていないので録音の質には言及できない。

庄司紗矢香のアルバムはリリース情報が出た時からチェックしていたのだが、なんとなく買いそびれていたもの。国内盤も出ているようなメジャー・レーベルの新譜はどうしても後回しになってしまう。さて演奏は、プロコーフィエフにしろショスタコーヴィチにしろ、良くも悪くも徹底してヴァイオリニストの音楽といった印象。技術的にも音楽的にも隅々まで磨き抜かれているのだが、それがヴァオリンという楽器の快楽と不可分なものとなっている。華麗で雄弁なのだが、徹頭徹尾彼女の音楽になっている。これは彼女の才能の証である一方で、演奏者よりも楽曲に興味がある聴き手にとっては若干の物足りなさを感じなくもない。

ゲールギエフの交響曲第4番も、激しく買いそびれていた一枚。2004年度のレコード・アカデミー大賞を受賞した話題盤であったが、ゲールギエフのショスタコーヴィチ演奏に感心したことがない僕にとっては、どうにも触手の伸びない音盤であったが、この度意を決してようやく購入。感想は…う~ん…やっぱり、ゲールギエフにショスタコーヴィチは合わないのだろう。心を打つものがないばかりか、純粋に音楽的な観点からも冴えが感じられない。もちろん、オーケストラはうまい。うまいのだが、凄さを感じない。このコンビの他の録音には、好き嫌いは別として感心する部分が必ずといってよいほどある。しかし、この録音にはそれがない。あえて言うならば、第3楽章のまとめ方のうまさだろうか。極端なロシア風味ではなく、技術的に高精度の演奏が繰り広げられているという点で、この演奏が広く受け入れられたのかもしれないが、これが本当に“わかりやすい”演奏なのだろうか?そもそも、この第4交響曲は“わかりやすい”作品なのだろうか?この演奏を高く評価することは、僕にはどうしてもできない。

ゲールギエフによる第4番から第9番までの録音を5枚組BOXにして売り出すようだが(Tower Recordsの情報)、他にいくらでも優れた演奏はある。1万円という価格設定にも魅力はないし、だいたい第6番だけをこのBOXで初出にするという根性が許せない。さすがの僕も抗議の意味で、何かとカップリングで単独発売されるかワゴンセールで3千円くらいになるまでは、この第6番は買わない。

スピヴァコフ/モスクワ・ヴィルトゥオージのDVDは、ドイツ中央部バイエルン州の保養地バード・ブリュッケナウのホールで行ったコンサートの模様を収録したもの。かつて「スピヴァコフのプロムナード・コンサート」というタイトルでパイオニアからDVDもリリースされていたのだが、これもまた買いそびれていたもの。値段も若干安くなっていたので購入。収録曲は次の通り:
  • モーツァルト:交響曲第24番
  • ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より「夏」
  • シューベルト:メヌエット第3番ニ短調
  • ロッシーニ:弦楽のためのソナタ第3番より第3楽章
  • チャイコーフスキイ:弦楽のためのセレナーデより「ワルツ」
  • プロコーフィエフ:組曲「3つのオレンジへの恋」より「行進曲」
  • ショスタコーヴィチ:バレエ「黄金時代」より「ポルカ」
  • ガーシュイン:プロムナード
  • ボック:ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」より「もし金持ちなら」
  • エルガー:愛の挨拶
  • バルトーク:ルーマニア民族舞曲より「速い踊り」
  • アルベニス:スペイン組曲より「カディス」
  • ファリャ:歌劇「はかない人生」より「スペイン舞曲」
  • シェツィンスキー:ウィーン、わが夢の街
  • アンダーソン:フィドル・ファドル
映像も演奏風景ばかりではなく、周辺の風景や、スピヴァコフをはじめとする団員らのちょっとした寸劇(?)などが音楽に合わせて展開される、リラックスして音楽を楽しむことのできる内容。ただ、演奏内容はいずれも見事なもの。モーツァルトの鮮やかさ、「夏」で聴かせるスピヴァコフの自在さなど、思わず身を乗り出してしまうほどだ。個人的には「もし金持ちなら」がとても気に入った。単なる名曲集だと思って見逃している人がいたら、是非ともお薦めしておきたい一枚。

新譜コーナーを物色していたら、4枚組で990円という怪しさ満点の音盤を発見。クアドロマニア クラシックというレーベルは初めて目にしたが、一体どういう経路で音源を入手しているのだろうか。この4枚組も1枚目と4枚目はどちらもよく目にする音源(いずれもレーベルは異なる)で僕も既に持っているもの。3枚目のピアノ五重奏曲も持っている。勉強不足で知らないが、恐らく2枚目と3枚目の室内交響曲もどこかのレーベルからの既発音源なのだろう。

ということで、まずは未聴音源であるディスク2から。が、いきなりがっかり。交響曲第10番では、作品の持つ多層的な意味合いを解読するどころか、表面的な音符のみをなぞるのに精一杯といった感じの演奏。オーケストラが下手なわけではないので聴き辛いことはないが、通して聴いてもこれといった印象が何も残らない。「馬あぶ」からの3曲では、明らかにオーケストラが潜在能力以下の演奏しかしていない。技術的にもアラが目立ち、有名なロマンスですらも美しさを感じさせる部分がない。なぜ彼らがこれらの曲を取り上げたのか、さっぱりわからない。

3枚目で演奏しているユストゥス・フランツは、バーンスタイン指揮のシューマンのピアノ協奏曲(DG)の独奏者としてしか知らなかったが、指揮もしていたのですね。フィルハーモニー・デア・ナツィオネンという団体は彼の手兵のようだが、はっきりしたことはわかりません。で、彼らによる室内交響曲。こちらはなかなか優れた内容。徹底して陰気な演奏。音程等の精度は今ひとつな部分もあるが、音楽的な意思はきちんと統一されていて、最後まで緊張感が途切れないのは立派。数々の引用やDSCH音型を劇的に強調するのではなく、終始一貫した暗い雰囲気の中で音楽を展開していく解釈には説得力がある。

2枚目は酷い内容だが、マッケラスの祝典序曲と交響曲第5番はとても立派な演奏だし、2曲の弦楽四重奏、ピアノ五重奏曲ともにそう悪くない演奏なので、値段を考えると損はしないセットだと思う。

まだ何点か購入したのだが、それらはまた後日。(^^;

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 演奏家_Gergiev,V.A.

かぶとやま交響楽団第32回定期演奏会

  • ブラームス:交響曲第2番、チャイコーフスキイ:交響曲第3番、ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 アレクサーシキン (B) ファン・ズヴェーデン、スヴェトラーノフ、ロジデーストヴェンスキイ/ハーグ・レジデンティO (Residentie Orkest RO 100)
5月18日付けの本欄で紹介したかぶとやま交響楽団の第32回定期演奏会が、7月9日にあった(伊丹アイフォニックホール)。ほぼ一年ぶりに出演したが、練習は直前の4回しか参加できなかったため、個人的には不満も少なくない。でもまぁ、やはり勝手を知った仲間の中で演奏するのは落ち着くし、何だかんだ言ってとても楽しい時間を過ごさせていただきました。演奏は、シューベルトの交響曲第3番の出来が一番良かったかな。もっともエキストラの多い団事情では、細かいアーティキュレーションなどが徹底しない不満を拭うことはできなかったが。メンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」とヘンデルの「水上の音楽」は、どちらも出来が悪かったとは思わないが、どうも演奏の焦点が定まりきらなかった印象。イベールの「モーツァルトへのオマージュ」は弾くのに精一杯(しかも本番は結構ボロボロ)といった感じで終始したのが残念。こういう曲はアマチュアには厳しいかな。ワーグナーの「ジークフリート牧歌」は集中力が持続しなかったのが課題。結局、今回のような盛りだくさんのプログラミングというのは、演奏会としてまとめるのが非常に難しいということか。

さて今日取り上げるのは、ハーグ・レジデンティ管の100周年記念の3枚組CD。3曲とも燃焼度の高い演奏で、このオーケストラの底力を知らしめてくれる。ズヴェーデンの指揮は初めて聴いたが、オーソドックスながらもオーケストラを気持ちよく乗せて音楽を進めていく様に好感が持てた。新たな発見などは全くないが、嫌味なところもなく、ライヴならではの盛り上がりを楽しむことができる。一方、スヴェトラーノフによるチャイコーフスキイでは、ロシアのオーケストラかと錯覚してしまうほど指揮者の要求に応えており、この団体の順応性の高さを窺うことができる。終演後の熱狂も凄い。

このアルバム、お目当てはもちろんロジデーストヴェンスキイの「バービィ・ヤール」。これがまたなかなか素晴らしい演奏。全体にゆっくりとしたテンポがとられているが、鈍重さや退屈さとは無縁で、地の底から這い上がってくるような力強さが格別。第2楽章のリズム感などにロジデーストヴェンスキイらしさが発揮されているが、第5楽章に聴かれるような美しさもこの演奏の特筆すべき特徴。アレクサーシキンの自在な歌唱も立派なもの。男声合唱にさらなる強靭さを求めたいところだが、オーケストラは十分に健闘している。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏活動_かぶとやま交響楽団 作曲家_Shostakovich,D.D.

Musical Baton

「覚え書き」の文章はちょこちょこ書き溜めているのだが、どれも中途半端なまま放っていることが多く、なかなか更新できない。この際だから、一気にまとめてしまおうということで、本日3発目(^^;

最近ブログの世界で結構はやっている(もうそろそろ下火か?)Musical Batonが、何と僕のところにも回ってきました。「拍手は指揮者が手を下ろしてから」のHayesさんからです。6月24日の記事で回していただいていたのですが、数日前まで気づいてませんでした…(^^;

本来これはブログ間でやりとりするもののようですが、せっかくですので(遅ればせながら、ですが)やってみようと思います。
  1. Total volume of music files on my computer(コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
    仕事をしながらPCの内蔵ドライブで音楽を聴くことはしょっちゅうですが、PC上に音楽ファイルを保存する習慣は基本的にありません。ということで、カラオケのネタとか、子供のために作ったTV番組の主題歌を集めた編集CDのデータくらいしか、音楽ファイルはありません。先日演奏したルクーのピアノ四重奏曲は練習と本番の演奏をDVDにしたので、そのデータも残っていますが、まぁ、これは音楽ファイルの内に入りませんよね。で、容量は623MB。あれ?思ったより入ってますね(^^;
  2. Song playing right now(今聞いている曲)
    これを書きながら、知人に頼まれてある曲の編集CDを作っています。それは、ショスタコーヴィチの「弦楽八重奏曲のための2つの小品 作品11」。ボロディンQ&プロコーフィエフQ盤、アカデミー室内アンサンブル盤、ハーゲンQ他のロッケンハウス音楽祭盤、スピヴァコフ盤そしてゴスマン盤の5種類を1枚にまとめました。連続してこのスケルツォを聴いてると何だか異様にハイになって頭がおかしくなりそうです(^^;
  3. The last CD I bought(最後に買ったCD)
    一番最近の買い物は、8セットほどのまとめ買いだったので、詳しくはこれからの本欄をお読みください。(^^; とりあえず、聴き通すのにしばらくかかりそうなのは、次のセットです:
    • ショスタコーヴィチ:交響曲全集 キタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管他(Capriccio 71 029)
  4. Five songs(tunes) I listen to a lot,or that mean a lot to me(よく聞く、または思い入れのある5曲)
    ショスタコーヴィチだけでも5曲じゃ納まらないのですが、あえて絞るならこんな感じでしょうか:
    • ショスタコーヴィチ:交響曲第8番ハ短調作品65(ムラヴィーンスキイ/レニングラードPO)
    • コビアン(ピアソラ編):酔いどれたち(ピアソラ、アグリ、マンシ、ロペス・ルイス、キチョ・ディアス)
    • ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131(アルバン・ベルクQ)
    • ブラームス:弦楽五重奏曲第2番ト長調作品111(メロスQ、コセ)
    • ブラームス:6つのピアノ曲作品118より第2曲(H. ネイガウス)
  5. Five people to whom I'm passing the baton(バトンを渡す5人)
    僕はブログをやっていないので、これはここでひとまず終わりということにさせていただきますね。

theme : クラシック
genre : 音楽

ボロディンQ後遺症

  • ブラームス:クラリネット五重奏曲、モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番 モズゴベンコ (Cl) ボロディンQ (Chandos CHAN H10151)
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1&15番 ボロディンQ (Teldec WPCS-6433)
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第7&8&15番 ベートーヴェンQ (Consonance 81-3006)
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲全集 タネーエフQ (Victor VICC-40104/9)
先に記したボロディンQの演奏会。終了後のサイン会は、会場でCDを購入した人に限るということだったので、とりあえず持っていなかったものを適当に一枚買った。これがまたなかなかの内容。ブラームスの冒頭から、ドゥビンスキイ時代特有の骨太な抒情が全開。これぞロシアのブラームス、ロマンチックの極みだ。クラリネットの音色がややきつめだが、音楽の重心が四重奏寄りなので、さほど気にはならない。第4楽章の冒頭など、最初の音を聴いただけで泣けてしまう。一方のモーツァルトは古典的な造形が立派。ただ、ブラームスほどの印象の強さはない。録音も古臭く、音質はあまり優れないが、この団体ならではの太く澄んだ音色は十分に楽しめる。

で、どうしても演奏会の強烈な印象から逃れることができず、立て続けにショスタコーヴィチの第15番を聴いてしまった。本当はこんな繰り返し聴いたりできるような曲ではないのだが…

まずはコペリマン&シェバリーン時代末期のボロディンQのCDから。音盤で聴くことができるものの中で、この演奏を越えるものはないだろう。美しくない音楽の美しさというか、とにかく常識の範疇では全く捉えることのできない作品を、その作品世界の中に入り込んで演奏できているところが凄い。この境地に達している演奏を、少なくとも僕は知らない。

続いて、ショスタコーヴィチゆかりのベートーヴェンQ。本来ならば彼らが初演するはずだったこの曲。チェリストのS. シリーンスキイの急逝によって初演はできなかったものの、新チェリストとしてアルトマンを迎えて録音したもの。これも雰囲気は抜群。ツィガーノフにやや衰えが感じられるものの、ドルジーニンの音色は最高。ただ、上記ボロディンQに比べるとまだ生ぬるさが感じられるのは否めない。

最後に初演者タネーエフQ。ボロディンQが“あの世”の音楽なら、こちらは“現世”の音楽といった趣。ショスタコーヴィチ独特の劇性が見事に引き出されている。若くして初演の大役を任された責任と緊張感、そして自信が感じられる名演である。聴きやすさ(こういう表現はこの曲にあまりにも似つかわしくないが)という点では随一だろう。残念なのは、第3楽章と第4楽章との間が切れていること。これはLP時代の名残だろうが、原盤自体に切れ目が入っているのだろうか?最近出たAulosレーベルの復刻CDではどうなっているか、興味がある(わざわざそれだけのために買い直す気もしないが…)

それにしても何という作品だろう。形容の言葉が全く浮かばない。もう当分、この曲は聴かなくていい。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 演奏家_BorodinQuartet

Play non-vibrato?(ボロディンQ演奏会)

  • ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第4番
  • シューベルト:弦楽四重奏曲第12番
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第15番
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番より第1楽章
    ボロディンQ 2005年6月13日19時開演 ザ・フェニックスホール
Tower Records梅田店で買い物をしていて、偶然見つけたこの演奏会のチラシ。ショスタコーヴィチの第15番を実演で聴く機会はめったにないだろうということで、無理をおして聴きに行くことに。

1st Vnがアハロニャーンに交代してからのボロディンQは、4月14日付けの本欄で紹介したDVDでしか見聴きしたことはなかったので、どう変化したのかも興味があった。一曲目のベートーヴェンは、驚くほど密やかな入りに意表をつかれたが、全体に音量を絞ってリズムを生かしながら端正に歌を奏でていく解釈の意図はよく伝わってきた。第2楽章と第3楽章が特に印象に残った。音楽の重心は明らかにチェロのベルリンスキイにあり、堅固な枠組みの中で自由に旋律を歌っていくボロディンQのスタイルはコペリマン時代とそう大きく異なるものではない。ただ、両端楽章では細かいアラも少なからず気になったのも確かだ。

会場の雰囲気にも慣れてきたのか、2曲目のシューベルトは名演。緊密なリズムと濁りのないイントネーションでシューベルトの後期四重奏曲の魅力を見事に描き出していた。アハロニャーンもここでは伸び伸びと歌いきっていた。内声のアブラメンコフとナイディンの地味ながら確実な音楽作りも素晴らしい。そして、ベルリンスキイの深く重い渋みあふれる音色の魅力!この団体の真価が十二分に発揮された演奏であった。

さて、休憩後はお目当てのショスタコーヴィチ。後半の開演に先立ち、演奏者が退場しても拍手はしないように、とのアナウンスあり。入場後、舞台も照明を落として譜面台にライトを灯しての演奏が始まった。

凄いというか、もう何も言えません。出だしから延々とノンビブラートで異様な緊張感が漲り、それに耐え切れない客席はどうにも落ち着かない様子。もっとも、しばらくしたら、脱落して寝始める人が増えてきたのでよかったが。

もちろん、細かいことを言えば完璧とまでは言えない演奏だったかもしれない。だが、これほどまでにこの異様な作品の音楽世界を暴き出してくれる演奏が、他にあり得るとも思われない。死体の腐敗臭が漂うような第1楽章では、第二主題以外は終始ノンビブラートが貫かれ、調性的な音楽なのにどこにも身の置き所のない非現実感が見事に表出されていた。天国でもなければ地獄でもない、生きているわけでもなければ死んでいるわけでもない。そんな居心地の悪さは、第2楽章でクライマックスを迎える。断末魔のうめき声のような音列に続いて、何度もワルツを踊ろうとするもののすぐに力尽きてしまう様は、無骨でぎこちない(決して年齢的な衰えを指しているのではない)ベルリンスキイのチェロがいたたまれないほど適切に描いていた。この演奏を聴いて初めて、この楽章がわかったような気がする。そして第3楽章の苦しさに満ちた絶叫。続く第4楽章の腰を抜かすほどの美しさ(アブラメンコフの名技!)。それらを受けて出てくる第5楽章の「月光」。モノローグだけでひたすら時間と空間を埋め尽くすこの作品の奇妙さが、類まれな説得力を持った音楽としてホールを満たしている状況に、確かに蒸し暑い夜ではあったが、それでも空調がきいていた会場で、冷や汗ではなく、脂汗を何度も拭わずにはいられなかった。生の力はもはやどこにもなく、無気力というより、やはり死んでいるとしか言いようのない第6楽章が終わった後、たとえ事前のアナウンスがなかったとしても、拍手をできる聴衆などいるはずがなかっただろう。

67歳で既に死者の目で音楽を紡いだショスタコーヴィチの作品を、80歳を超えてまだまだ元気なボロディンQのチェリストが真摯に弾いている姿は、感動的でもあり、また邪悪な倒錯も感じずにはいられなかったが、ともかくも素晴らしい音楽であった。

アンコールはショスタコーヴィチの第1番から第1楽章。最後の四重奏曲の後に最初の四重奏曲というのは、なかなか洒落た選曲。音楽の作りは第15番の第1楽章に共通するものがあるが、やはり第1番は現世の音楽。どこか救われた。

終演後、一階ロビーでサイン会が行われた。現メンバーのCDは持っていなかったし、DVDはジャケット等が黒なのでサインに不向き、ということでサイン用に持っていったのが、ショスタコーヴィチの第15番のパート譜セット。サインは、ベルリンスキイ、アハロニャーン、アブラメンコフ、ナイディンの順番だったのだが、そこでのベルリンスキイとのやり取りが楽しかった。
ベ:(楽譜を見て、僕の顔をじっと見つめながら)「You played?」
僕:「Yes. I played the 1st Vn.」
ベ:「Oh. 1st Vn...」(横でアハロニャーンがにやにやしている)
ベ:(しばらく楽譜を見てから、冒頭を指差し)「Play non-vibrato?」
僕:(にやっとしながら)「Yes,of course.」
ベ:(くすりと笑って)「Very good.」(横でアハロニャーン、下を向いて笑っている)

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 演奏家_BorodinQuartet

イヴァーノフのショスタコーヴィチ

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第15番、チェロ協奏曲第1番 シャフラン(Vc) イヴァーノフ/モスクワPO (Regis RRC 1181)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 K. ザンデルリンク/クリーヴランドO (Erato WPCS-5539)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 ケーゲル/ライプツィヒ放送SO (Weitblick SSS0040-2)
5月23日付の本欄で“捜索願”を出したこの音盤、その存在を知るきっかけとなったブログ◎銀璧亭◎のオーナーさんのご好意で、思いがけず早々に入手することができた。この場をお借りしてお礼を申し上げます。また、僕のHPにもリンクを張っていただき、重ねて感謝いたします。ネットをしていて一番楽しく刺激的なのは、こうした知っているようでいて実は知らない方々とご縁ができること。今後ともよろしくお願いいたします(私信モード)。

交響曲第15番は特別な作品だ。この曲を聴くのに“なんとなく”ということはあり得ない。聴き手に聴こうという強い意志がなければ、この曲から何も感じ取ることはできないだろう。その代わり、しっかりと作品に対峙することができれば、50分後には必ずや大きな精神的満足を得ることができる。ということで、何だかんだで入手してから一ヶ月以上経ってようやくこの音盤に取り組む時間ができた。

さて、この演奏。名演である。冒頭のグロッケンシュピールから最後の和音まで、緊張感が全く途切れない。弱奏部の緊張感が強奏部をも支配するようなK. ザンデルリンクやムラヴィーンスキイの演奏とは逆に、暴力的なまでの強奏部の勢いが弱奏部も支配しているといった感じ。同じくモスクワのオーケストラを指揮したM. ショスタコーヴィチの演奏に通ずるものがあるが、全編から迸る戦慄はこのイヴァーノフ盤の方が上。切れ味の良いリズム感と、いかにもロシア音楽らしい異様に長いフレージングが、一切の小細工を排除したスコアに忠実な音楽作りを一層引き立たせている。息もつかせぬ第1楽章が特に素晴らしいが、第4楽章の練習番号125以降、低音のオスティナートと共に音楽が悲愴に高揚していく部分の素晴らしさも特筆に価する。この作品が達成している特異な音楽世界を見事に描き出している名演はケーゲル盤など他にもあるが、尋常ならざる精神の強靭さを端的に表出しているという点でこの演奏は傑出している。

カップリングのチェロ協奏曲第1番でも、イヴァーノフの音楽作りは同じ。シャフランの音色は個人的にあまり好みではないのだが、気迫が前面に押し出されたシャフランらしからぬ演奏の故かこの演奏では気にならない。終始ソリストがオーケストラを圧倒しながら牽引するようなロストロポーヴィチの演奏とは異なり、両者が対等かつ緊密に音楽を紡いでいる本盤は、最もショスタコーヴィチの協奏曲らしい音楽に仕上がっているということができるかもしれない。

これだけの名盤がすぐにカタログから消えてしまうとは、何か余程の事情でもあったのだろうか?権利関係かもしれないし、あるいは演奏者のクレジットに誤りなどの問題があったのかもしれない。いずれにしてもこのCD、見かけられた方は直ちに確保されることをお薦めします。(^^)

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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