スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ティーシチェンコ/スロニームスキイ

  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8&13番 ラファエルQ (Attacca Babel 8416-1 [LP])
  • ティーシチェンコ:交響曲第3番、スロニームスキイ:コンチェルト・ブーフ E. フィッシャー/ムジチ・デ・プラハ (Supraphon 1 10 1433 [LP])
  • ファリク:弦楽のための音楽、ティーシチェンコ:シンフォニア・ロバスタ、スロニームスキイ:劇的な歌、ウスペーンスキイ:弦、打楽器のための音楽 トマシェク (Vn) ヴロンスキー/プラハSO (Supraphon 1110 2280 [LP])
  • A. ニコラーエフ:ヴァイオリン・ソナタ、B. チャイコーフスキイ:ヴァイオリン・ソナタ I. オーイストラフ (Vn) ゼルツァロヴァ (Pf) (Melodiya 33D 18445-46 [10" mono])
  • ジェミニアーニ(コルティ編):無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、ロカテッリ(イザイ編):ヴァイオリン・ソナタ 作品6の7「墓にて」、パガニーニ:カンタービレ、カプリース第4番、クライスラー:ベートーヴェンの主題によるロンディーノ、ヴィエニャフスキ:エチュード・カプリース第4番、シチェドリーン:アルベニス風に クレーメル (Vn) ブラウン (pf) (Melodiya 33 CM 02387-88 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの11月到着分。

ラファエルQのショスタコーヴィチはCDもあるようだが、メディアに対するこだわりは特にないのでLPで入手。技術的にも音楽的にもよく整った演奏ではあるが、それ以上の魅力は感じられない。やや金属的な音色も影響しているのかもしれないが、表現力に不足する感は否めない。

ティーシチェンコの交響曲は、今回が初めて。室内オーケストラ用の第3番も単一楽章のシンフォニア・ロバスタも、そんなに作曲時期が離れていないせいか、聴後の印象に大きな差はない。どちらも、初期ショスタコーヴィチ風の管弦楽法に、後期ショスタコーヴィチ風のモノローグが展開されており、師匠の強い影響下にあることがすぐにわかる。もっとも、第3番はショスタコーヴィチに捧げられているので(1966年作曲なので、おそらくは60歳の誕生日を記念してのものだろう)、特にこうした直接的な影響を感じさせるのかもしれない。和声や響きに独自の趣味が窺えるが、それがティーシチェンコの個性なのかどうかは、もう少し後年の作品なども聴いてから判断したい。

上述した2枚のLPでは、ともにスロニームスキイの作品がカップリングされていた。『ショスタコーヴィチ自伝』にも、ティーシチェンコとスロニームスキイが並んで論じられていた文章があるし、同世代の有望株として並び称せられる存在の二人だったのかもしれない。僕の好みで言えば、断然スロニームスキイの方が面白い。現代的な響きで、いかにもソ連らしい劇性を持った、時にロマンチックですらある音楽が繰り広げられる様は、とても個性的。

ウスペーンスキイの名は、「山椒魚戦争」という歌劇の題のみを知っているに過ぎないが、やはりショスタコーヴィチ門下の一人である。ただ、カバレーフスキイのことを非常に尊敬しているという話をどこかで目にしたこともあり、ティーシチェンコのようにショスタコーヴィチの流れを汲む……、と無条件に考えるわけにはいかないだろう。多彩でよく響くオーケストレイションは、それだけで十分面白く、美しいものだ。

残るファリクという名は全く初めて目にした。ここまで挙げてきた他の作曲家と同世代(1930年代後半生まれ)だが、今回聴いた「弦楽のための音楽」に関する限り、やや保守的な作風なように感じた。もっとも、ネットで軽く調べてみると必ずしもそうではないようなので、現段階で断ずるつもりはないが。サンクト・ペテルブルグ音楽院で作曲と器楽(チェロ)のクラスを担当している(いた?)らしく、器楽科の卒業生にはゲールギエフがいるとのこと。

B. チャイコースフスキイのヴァイオリン・ソナタは、作曲家が27歳の時の作品だが、若書きと言っては、この十分に熟練した音楽に対して失礼だろう。品の良い劇性を備えた情感の瑞々しさが印象的な一方で、いたずらにヴァイオリンの技巧に拠らず真摯に音楽を紡いでいく様には、ちょっとした風格すら感じられる。なかなかの佳品である。これに比べるとA. ニコラーエフの作品は、正直なところあまりぱっとしない。I. オーイストラフは、ごく安定した演奏を披露しており、これらの作品を丁寧に、不満のない水準で再現している。

クレーメルのアルバムは、収録曲が面白そうだったので何となく気まぐれでオーダーしたもの。どうやら、クレーメル最初のスタジオ録音のようだ。入手したLPのジャケットには1977年と記されているが、1968年録音というのが正しいようだ。とすれば、たかだか20歳そこそこだったはずで、テクニックの完成度だけとっても尋常ではない研ぎ澄まされ方なのだが、“らしい”選曲のいずれにおいても、それまで誰もが見出すことのなかった新たな、そして魅力的な音楽世界が提示されていることに、ただひたすら唖然とする他はない。A面のジェミニアーニとロカテッリは、特に凄い。この演奏を聴いて、なおもこれらの作品を自ら演奏しようという度胸のあるヴァイオリニストなど、そうはいないだろう。

あと、シチェドリーン作品が2枚届いているのだが、それについてはまた後日。
スポンサーサイト

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Tishchenko,B.I. 作曲家_Slonimsky,S.M.

読書の秋・演奏会の秋

asabuki.jpg
  • 朝吹英和:時空のクオリア, ふらんす堂, 2008.
  • 片山杜秀:音盤考現学(片山杜秀の本 1), アルテスパブリッシング, 2008.
  • 片山杜秀:音盤博物誌(片山杜秀の本 2), アルテスパブリッシング, 2008.
文学、というか文芸一般には非常に疎く、要するに文学音痴なので、詩の類は必要に迫られない限りまず読むことがない。その“必要”というのも十中八九は音楽絡みなので、邦人作家の作品に触れることは、極めて稀である。

先日、職場に一冊の本が届いた。まったくもって失礼ながら、送り主の名前に見覚えはなく、しかも俳人だと知るに至り、一体なぜ?と暫し考え込んでしまった。しかし、ざっと目次に目を通し、兎に角も読み始めてみると、そうした疑問は霧消。それはクラシック音楽作品、あるいは作曲家を題材にしたエッセイ集で、特に「伍藤暉之とドミトリー・ショスタコーヴィチ、その交響的序論」「『静寂のうちに、ものがたる余裕』――森永かず子のエッセイに寄せて」という2編のエッセイにて、ショスタコーヴィチを取り上げていた。

もっとも、文中でショスタコーヴィチやブルックナーをはじめとする作曲家達の生涯や代表作に触れられているとはいえ、本書を音楽書に分類するのは適当でないだろう。著者の音楽に対する造詣の深さはどのページからも読み取ることができるが、本書を通じて感じるのは俳句という形態を通して示される言葉(日本語)の持つ多様な広がりの素晴らしさだ。したがって、文中で展開されている音楽論の是非を問うことは、そもそも無意味だろう。音楽を説明するための言葉ではなく、音楽が表現しているであろう意味世界を、俳句を通して思索する。全編を貫くそんな雰囲気が、とても心地好い一冊である。たっぷりと時間をかけて味わうように読みたい。

『レコード芸術』誌の連載記事「傑作!?問題作!?」をまとめた片山杜秀氏の著作は、刊行から半年以上も経ってようやく購入。。まさに博覧強記と形容する以外にない氏の真骨頂と言って過言でないだろう。とにかく面白い。話の切り口も面白ければ、主張そのものも面白い。シチェドリーンは、なるほどこう聴くのか!ミャスコーフスキイの交響曲に、こういうストーリーを見出すことができるのか!などなど。文中に出てくる音楽や映画の全てを知らないことを、これほどまでに口惜しい気分にさせてくれる本も珍しい。僕の関心がある分野が占める割合は決して大きくないが、こういう本は常に手の届くところにおいておきたいものだ。

片山杜秀の本(1)音盤考現学片山杜秀の本(1)音盤考現学
(2008/01/19)
片山 杜秀

商品詳細を見る
片山杜秀の本(2) 音盤博物誌片山杜秀の本(2) 音盤博物誌
(2008/05/24)
片山 杜秀

商品詳細を見る


話は変わるが、2週続けてオーケストラの本番だった。
宝塚市交響楽団第44回定期演奏会
  • モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲
  • ベートーヴェン:交響曲第1番
  • チャイコーフスキイ:交響曲第6番「悲愴」
  • タラのテーマ(映画「風と共に去りぬ」より)【アンコール】
2008年11月16日(日) 堤俊作(指揮) 兵庫県立芸術文化センター大ホール
かぶとやま交響楽団第38回定期演奏会
  • ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
  • メンデルスゾーン:劇音楽「真夏の夜の夢」より
  • アイヴス:交響曲第1番
2008年11月22日(土) 中村晃之(指揮) 伊丹アイフォニックホール
宝塚市交響楽団は創立25周年、かぶとやま交響楽団の方は創立20周年の記念演奏会と銘打たれていたが、両者ともに記念だから何か特別なことを…という意識はなかったと思われる。どちらもエキストラという立場での出演なので、演奏会そのものにコメントすることはないが、どちらもそれぞれにハードなプログラムではあった。前者の演奏会終了後、打ち上げの二次会で堤先生から日が変わるまで色々なお話を聞かせていただいたのは、思わぬ収穫だったけど。しかし、「悲愴」に「新世界より」って……コバケンでもあるまいし、我ながら似合わないなぁ。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏活動_宝塚市交響楽団 演奏活動_かぶとやま交響楽団

『驚異のデュオ』

  • ヴァーインベルグ:交響曲第4番 コンドラーシン/モスクワPO (MK C 311-312 [10"mono])
  • スヴィリードフ:パルティータ、7つの小品 V. ブーニン (Pf) (Melodiya C10-17129-30 [LP])
  • シチェドリーン:24の前奏曲とフーガより(ハ長調、ニ短調、ト長調)、トロイカ、バレエ「せむしの仔馬」より3つの小品、2つのポリフォニーの小品、ピアノ・ソナタ第1番、ユーモレスク、アルベニス風に シチェドリーン (Pf) (Melodiya 33D 014081-82 [LP])
  • シチェドリーン:ピアノ協奏曲第1&2番 ペトローフ、シチェドリーン (Pf) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 149 001 [LP])
  • L. モーツァルト:12の二重奏より、ハイドン:3つの二重奏より、レーガー:古風な様式による組曲より、バルトーク:44の二重奏より、シニートケ:モーツ=アルト クレーメル、グリンデーンコ (Vn) (eurodisc 200 083-405 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの10月到着分。ここのところ中古LPばかりで、すっかり新譜とはご無沙汰で、HMVのウィッシュリストもひたすら増え続ける一方。来年はLPを控えてCD中心にしようかな。

今月もまた、ヴァーインベルグの交響曲を入手。今回聴いた第4番は、ヴァーインベルグ入門にはもってこいの聴きやすく、それでいて作曲家の個性が十二分に刻まれた逸品であった。冒頭からユダヤ風の音調が支配的で、哀しくも力強く、綿々と続く決然とした楽想はヴァーインベルグならではのもの。それでいて、聴き映えのする格好良さが全曲を貫いている。反面、胃がキリキリするような切実さは後退しているようにも思えるが、作品全体の完成度が高いので気にはならない。コンドラーシンの芝居っ気たっぷりの切れ味の良さも、作品とよく合っている。

スヴィリードフのピアノ作品を聴くのは初めて。パルティータは、その名の通りバロック風の荘厳な雰囲気が漂う7曲から成る組曲。師匠であるショスタコーヴィチの影響も確かに認められるが、現代的ながらも平易な旋律と和声感覚は、明らかに後年の作品に通ずるスヴィリードフ独自のものである。ショスタコーヴィチに師事する以前の作品である7つの小品は、同時期のプーシキンの詩による6つの歌曲とよく似た、スヴィリードフ最初期の素朴な魅力に満ちた音楽。楽曲構成などはパルティータに及ばないものの、親しみやすい素敵な作品である。V. ブーニンの力強い演奏は、これらの作品の姿を適正に伝えてくれる。

シチェドリーンの自作自演をまとめて聴くのも初めて。気の利いた小品も楽しいが、いささか直截的な洒落っ気がトッカータ風の奔流に乗って繰り広げられるソナタも、若いなぁと思いつつ、独特の格好良さに惹かれてしまう。

ピアノ協奏曲第1番も、こうした格好良さという点ではなかなかのもの。緩徐楽章のちょっとした和声などにシチェドリーンらしさの片鱗が窺えるが、さすがに最初期の作品だけあって、シチェドリーン以外の雑味の方が多い印象。音楽的には、第2番の方が圧倒的に面白い。シチェドリーンのピアノはタッチの色彩感に不足するものの、ショスタコーヴィチの神経質な皮肉とは異なり、斜に構えていながらも豪胆に笑い飛ばすような雰囲気に、自作自演ならではの味わいがある。

かつて日本でも「驚異のデュオ」というタイトルでLPが発売されていた、クレーメルとグリンデーンコのアルバムは、ちょっとした思い出の一枚。A面に収録されているL. モーツァルトとハイドンの2曲は、当時習っていたヴァイオリンの先生が、弟と一緒にやりなさいと課題で与えてくれた曲で、その模範演奏としてこのレコードを貸してくれたことがある。カセットテープにダビングしたので、今でもどこかにあるはずだが、いずれにしてもそれ以来、25年近く聴いていなかったものだ。今、改めて聴いてその完成度の高さ、音楽的な内容の豊富さに吃驚。寸分の違いもないイントネーションやアンサンブルも、それだけで芸術と言ってよい水準ではあるが、ヴァイオリン二重奏という音域的にも音色的にもある程度の限界がある編成のスコアから、常識では考えられないほどの多彩さを読み取り、引き出す二人の才能が、まさに“驚異”。どの曲も素晴らしいが、作品の好みでレーガーの2曲をアルバム中のベストとして挙げておく。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Weinberg,M. 作曲家_Sviridov,G.V. 作曲家_Shchedrin,R.K. 作曲家_Reger,M.

懐かしのM. ヤンソンス/レニングラードPO来日公演

  • モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第32番K454、ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番 諏訪内晶子 (Vn) アンゲリッシュ (Pf) (2008.4.10 [NHK-ETV (2008.10.17)])
  • ドヴォルザーク:4つのロマンティックな小品、グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番、サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ、クライスラー:ウィーン風小行進曲 ラクリン (Vn) ゴラン (Pf) (2008.3.17 [NHK-ETV (2008.10.17)])
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5番、チャイコーフスキイ:交響曲第4番 M. ヤンソンス/レニングラードPO (1986.10.19 [NHK (2008.10.18)])
10月17日(金)夜にNHK教育で放映された、芸術劇場の録画を観た。演奏家にも演奏曲目にも大した関心はなかったが、たまたま番組表で目に付いたのでとりあえず録画しておいたもの。

まずは諏訪内晶子の演奏会から。技術的な水準は十分に高いし、端正に整えられた音楽は確かに模範的と言って差し支えないだろう。とはいえ、それだけでしかないところが、何とも歯痒い。何せ、3曲がどれも同じようにしか聴こえないのだから。

どの曲も同じようにしか聴こえないのは、ラクリンも同じ。ただ、彼には有り余るほどの表現意欲があるという点で諏訪内と異なる。もっとも、暑苦しい演奏姿はさておき、ノン・ヴィブラートの使い方、弓を浮かせるような弱音の響かせ方など、表現手段のほとんどが明らかにクレーメルの影響下にあるのだが、それが表現の多彩さではなく、むしろ単調さを招く結果となっているのが残念。あえて汚い音を厭わずに踏み込んだ表現をしていくことに異論はないが、たとえばサン=サーンスなんかは雑な演奏でしかないし、クライスラーに至っては、あまりにも様式を無視しただけの勘違い演奏としか思えない。

翌10月18日(土)には、どういう理由があったのか分からないが、22年も前のM. ヤンソンス/レニングラードPOの来日公演の映像が「思い出の名演奏」としてオンエアされた。高校生当時、まだショスタコーヴィチにそれほど傾倒していたわけでもない頃にたまたま視聴し、とても興奮した記憶があったので、懐かしさと期待、そしてあの頃の記憶が美化され過ぎていて落胆してしまうのではないかという若干の不安を抱えながら、番組を観た。まずは、かつての印象通り、熱気に満ちた若々しくも堂々たる秀演であったことに安堵する。ショスタコーヴィチでは、表現の彫りの深さにやや欠けるようにも思えたが、終始一貫した緊張感と推進力が素晴らしく、若きM. ヤンソンスの面目躍如といったところ。4楽章再現部の例の音形がムラヴィーンスキイ版だったところに、ムラヴィーンスキイの急な代役として来日したことの片鱗が窺えるものの、音楽自体はいかにもM. ヤンソンスらしいスタイリッシュなもの。それにしても、当時のレニングラードPOの威力は凄い。こんな2曲のプログラムで、ほぼノーミスの金管陣にはもちろん感服するし、文字通り一糸乱れぬアンサンブルは、音色に至るまで統一された巨大な有機体を形成しているようにすら思える。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

blog移行のお知らせ

2003年の開始当初から、あくまでも自分自身のための“覚え書き”だという主義でやってきましたので、自分の書きなぐった記事を一方的にアップする以上の機能は必要としないまま、今日に至りました。それでも5年以上続けていると、滅多に更新しないとはいえ、それなりに記事がたまってきました。それらの中にどれほど役に立つ情報が含まれているのかは極めて疑わしいものの、必要となった時にすぐ取り出せるように整理しておこうと考え、管理者のみが書き込みする掲示板形式から、blogへと移行することにしました。

頻繁に更新する訳でもなければ、多くの見知らぬ人々に向けて情報を発信しようという訳でもありません。できもしない目標を掲げるつもりはなく、相変わらず、自分の買った、聴いた、観た音楽の印象や、調べた情報などを書き連ねていくだけです。blogに手を染めるのは全くの初めて、ミクシィなどのSNSの経験も全くありませんので、特にコメントやトラックバックの対応などで失礼をしてしまうかもしれませんが、何卒ご容赦くださいますよう、お願いいたします。もっとも、僕のblogが多くの人の集う場になるとは到底思えませんので、杞憂に過ぎないでしょうが。

旧「覚え書き」は、この記事をもちまして更新を終了させていただきます。以後は、blogのみの更新です。カウンタは、この記事書き込み時点の旧「覚え書き」の値を引き継ぎます。過去記事移行作業の都合上、旧「覚え書き」も当分残しておきますが、そう遠くない将来、予告なしに廃止いたしますので、もしブックマークなどされている方がいらっしゃいましたら、お手数ですが「http://dsch1975.blog75.fc2.com/」に変更下さいますよう、お願いします。

なお、過去記事の移行は完全な手作業になりますので、多少時間がかかります。移行作業をしながら何年も前の記事を読み直すと、既に解決した疑問や、間違いなども少なからずあるのですが、それら全てを修正していてはいつまでも終わりませんので、明らかな誤字脱字、HTML構文の訂正、一部のリンク変更などを除いて、とりあえずは原文のまま移行します。将来、何かのきっかけがあれば“追記”のような形でフォローすることはあるかもしれません。学生時代の1997~8年に、「CD日記」と銘打って自分のホームページに数回だけ掲載した文章もついでに復活移行しましたが、上述の方針に従い、ほぼ一切の手直しはしません。
プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

カレンダー
10 | 2008/11 | 12
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
カテゴリ
タグツリー
★ トップ(最新記事)
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
人気記事ランキング
RSSリンクの表示
リンク
音盤検索
HMV検索
検索する

音楽関係のブログ(リンク・更新状況)
PopUp WikipediaⅡ
記事中の気になるキーワードをマウスで選択してください。Wikipediaからの検索結果がポップアップ表示されます。
Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。