シチェドリーン4題(「アンナ・カレーニナ」他)

  • シチェドリーン:組曲「愛のみにあらず」第1番、管弦楽のための協奏曲第1番「お茶目なチャストゥーシカ」 アルヒーポヴァ (MS) コンドラーシン/モスクワPO (Melodiya 33 D 014565-66 [LP])
  • シチェドリーン:ピアノ協奏曲第2&3番 N. ペトローフ (Pf) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 33 C 10-10031-2 [LP])
  • シチェドリーン:24の前奏曲とフーガ シチェドリーン (Pf) (Melodiya CM 02775-8 [LP])
  • シチェドリーン:バレエ「アンナ・カレーニナ」 シーモノフ/ボリショイ劇場O (Melodiya 33CM 04003-06 [LP])
12月15日の記事の続き。先月と同様に、今月もシチェドリーン作品がまとまって入荷した。

全曲を聴いたばかりの歌劇「愛のみにあらず」の組曲版は、魅力的な曲が選ばれているとはいえ、全体としてはまとまりが感じられない散漫な印象。ただ、豪華メンバーによる演奏は、文句なしに聴き応えがある。音楽の柄が大きく、楽曲の抒情的な魅力が存分に発揮されている。「お茶目なチャストゥーシカ」は、作品そのものの完成度が高いこともあって、より素晴らしい音楽が繰り広げられる。引き締まったアンサンブルが凝縮された内的エネルギーを明るく楽しく発散する、シチェドリーンの初期作品の真骨頂と言ってもよいのではないだろうか。

ピアノ協奏曲の録音は、一晩の演奏会のライヴ。ペトローフによるシチェドリーン作品は先に第1番を聴いたところだが、この第2番でも強靭なタッチで鮮やかかつ生真面目に弾き切っており、楽曲との相性の良さを感じさせる。解釈はシチェドリーン本人の演奏とほぼ共通しており、どちらをとるかは聴き手の好み次第といったところか。一方の第3番は1970年代の作品であり、これまで全く聴く機会のなかった時期の作品である。それまでの作品に聴かれた直截的な陽気さは影を潜め、(当時のソ連としては)前衛的な手法で独特の美しさ(これは1980年代の作品につながっていく)を漂わせながら、激烈な緊張感を持った生真面目な音楽が展開されている。スヴェトラーノフの、どこか気取った格好よさを感じさせる伴奏は、いかにもシチェドリーン作品に相応しい。

こうした作風の変遷は、「24の前奏曲とフーガ」でもはっきりと聴き取ることができる。1964年に書かれた第1巻(第1~12番)に対し、1970年の第2巻(第13~24番)では明らかに複雑さの度合いが増し、音楽の凝集度と振幅が大きくなっている。シチェドリーンの職人芸が余すところなく発揮されたこの曲集は、地味ながらも非常に面白く、これもまた彼の代表作の一つと言ってよいのだろう。

と、今回聴いた作品はいずれも素晴らしくて満足したのだが、「アンナ・カレーニナ」の音楽は、ずば抜けて完成度が高く、面白く、そして感動的であった。十二音列やトーン・クラスターなどの技法が極めて音楽的に用いられている上に、打楽器などの色彩がたまらなく美しい。リズムの輪郭は必ずしも明確ではなく抒情性が卓越したこの音楽で、どんな舞台が繰り広げられるのだろう。映像も観たくなった。
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『ロジデーストヴェンスキイ:指揮者それとも魔術師?』

  • 『赤い指揮棒―スターリン時代のソ連における音楽生活』/『ロジデーストヴェンスキイ:指揮者それとも魔術師?』 (Ideale Audience 3073498 [DVD])
12月16日の記事で紹介した買い物の続き。

リヒテルやオーイストラフのドキュメンタリーなどで著名なB. モンサンジョンによる、ロジデーストヴェンスキイのドキュメンタリー。『赤い指揮棒』は、ロジデーストヴェンスキイの語りを中心に構成した、ソ連時代の楽壇と政治体制との関わりについての話。『指揮者それとも魔術師?』は、指揮者ロジデーストヴェンスキイの秘密に迫ろうという話。どちらも約55分の長さである。ロジデーストヴェンスキイがどんな風に生きてきて、現在はどんな音楽をしているのかを、一つのドキュメンタリーにまとめずに二つに分けていることそのものが、ロジデーストヴェンスキイという人を象徴しているように感じられる。

ショスタコーヴィチのファンとしては、『赤い指揮棒』の方に見どころが集中しているだろう。中でも映画音楽「黄金の丘」のワルツを、メーリク=パシャーエフの指揮でショスタコーヴィチがピアノを弾いて演奏している初出映像には、目が釘付けになった。ストーリーテラーとしてのロジデーストヴェンスキイは、アシケナージやゲールギエフなどとは異なり、本心を読み取ることのできない飄々とした語り口が、逆に“あの時代”を第一線で生き抜いてきた人間の凄みを感じさせる。ショスタコーヴィチの交響曲第4番について、第2楽章コーダの打楽器を「収容所の天井裏から聞こえる配管の音」に例える話を、あの表情で淡々と語られると、画面の前でただ固まることしかできない。

一方の『指揮者それとも魔術師?』は、ロジデーストヴェンスキイ流の指揮法に対する考え方、そしてその指揮の持つ多彩な表現力を明らかにしようとするもの。演奏シーンだけでなく、ショスタコーヴィチの交響曲第7番を振る弟子(?)に対する指導の様子や、チャイコーフスキイの「ロミオとジュリエット」を自身が振った映像に対して解説を加えるシーンなど、通常の音楽ドキュメンタリーの枠を超越していると言ってもよいほどの含蓄に富んでいる。

この2本だけでも満足なのだが、ボーナス・トラックがまた凄い。『赤い指揮棒』に対応するものとして、プロコーフィエフのカンタータ「スターリンへの祝詞(乾杯)」、『指揮者それとも魔術師?』に対応するものとして、シニートケの映画音楽をロジデーストヴェンスキイが編集した組曲「死せる魂」の、それぞれ全曲が収録されている。特に後者は抱腹絶倒のパフォーマンスも含めて、極めて素晴らしい演奏である。

日本語字幕はなく、ロシア語で語られている部分にのみ英語かフランス語の字幕があるのみ。ナレーションは英語。確かに不便ではあるのだが、だからといって見逃すのは絶対惜しい一枚である。

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ハイティンク/CSOの第4番、ロジデーストヴェンスキイのタヒチ・トロット

  • マーラー(シュタットルマイヤー&クレメラータ・バルティカ編):交響曲第10番、ショスタコーヴィチ:交響曲第14番 コルパチェヴァ (S) クズネツォフ (B) クレメラータ・バルティカ (ECM 2024)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第4番 ハイティンク/シカゴSO (CSO-Resound CSOR 901 814)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第12、6番、J. シュトラウスII:ポルカ「まあ、つべこべ言わずに」、J. シュトラウスII(ショスタコーヴィチ編):ポルカ「観光列車」、ユーマンス(ショスタコーヴィチ編):タヒチ・トロット ロジデーストヴェンスキイ/フィルハーモニアO、BBC SO (BBC BBCL 4242-2)
今年の1月に注文(3月4日の記事)して以来、本年2回目のHMVでの買い物。すっかり新譜から縁遠くなってしまい、今回注文したものも、少し前に話題になったものばかり。あんまり放置しておくと次から次へと廃盤になってしまうので、入手容易な内に揃えておかないと。

クレメラータ・バルティカによるマーラーの10番は、2007年6月16日の演奏会の録画でも観たが(2007年9月21日の記事)、イージーリスニング的な軽さはあるものの、これはこれで独自の澄んだ美しさを持っていて悪くはない。ただ、2001年の録音ということなので、上述した演奏会での演奏に比べて、技術的にも音楽的にも彫琢されていない部分が残っているのは致し方のないところだろう。ショスタコーヴィチも目指している方向は同じように聴こえるのだが、さすがにこの複雑なアンサンブルを指揮者無しで捌くのには無理があったようで、終始安全運転に徹してしまった感じ。ライヴ録音ということで、その傾向に一層拍車がかかったのだろう。クレーメルの芸風とこの作品との相性は悪くないと想像していただけに、期待はずれの感は否めない。悪くはないが、積極的に評価したい要素もない。歌手は安定した歌唱を披露しているが、安全運転のアンサンブルに取り込まれているのが惜しい。本来ならば、もっと立派な歌唱が可能だろう。ショスタコーヴィチ・ファンの間でもほとんど話題にならなかったのも当然か。

一方、ハイティンクの4番は賛否両論といった感じで、最近の新譜の中では随分と注目された一枚と言ってよいだろう。結論から言うと、とても立派な演奏だとは思うが、僕の好みではない。シカゴSOという名器を操り、憎らしいまでの余裕に満ちた音楽が奏でられる。スケールは極めて大きく、終結の静寂に向かって、楽章単位ではなく全曲を通したクライマックスの構成がなされているので、たとえば第1楽章展開部のフーガで暴発するようなことはない。全体にゆったりとしたテンポは、この作品の抒情的な側面を、今まで誰もやったことがないような感じで顕にしている。この演奏は、ハイティンクが辿り着いた一つの極致に違いないし、作品の本質に鋭く迫っていることに疑う余地はない。オーケストラの響きも極上。だが、後先考えないやみくもな勢いというのが、やはりこの作品には不可欠ではないだろうか。ここまで“大人”な音楽に仕上がってしまうと、違和感の方が先に立ってしまう。ボーナスDVDは、シカゴSOが行っている「Beyond the Score(スコアを越えて)」というレクチャー企画に基づいた、交響曲第4番にまつわる社会背景に関するドキュメンタリー(マクバーニーとギルマーによるレクチャー、および当時の映像の合間にハイティンク/シカゴSOの演奏風景が挿入される構成)。日本語字幕もあるが、行頭の文字が抜け落ちるなどの表示上の問題もさることながら、日本語として成立してない部分が多いのは残念。これらの問題は、ボーナス・ディスクということで、修正の予定は一切ない模様。ボーナス、というわりにはしっかりとした作りではあるものの、ごくありきたりの内容なので、コアなファンにとってはあまり見どころはないだろう。この他に、字幕はないが、ハイティンクとマクバーニー(クリエイティヴ・ディレクター)へのインタビューも収録されている。ハイティンクのインタビューには、ショスタコーヴィチと会った時のことなど、興味を惹かれる部分もあるのだが、マクバーニーの方は、何を今さら……というような話が延々と続くだけで、初めてこの交響曲に接する人以外にはありがたみはないだろう。

ロジデーストヴェンスキイのアルバムは、凄いという噂を耳にしていた「タヒチ・トロット」が目当て。第12番は第4番(BBC BBCL 4220-2)と共にエジンバラ音楽祭で行われた西側初演の記録であるが、これは以前にもリリースされていたことがあり、再発である。演奏は滅法粗く、とってつけたような勢いといい、どうにも冴えない。この印象は、随分と音質が向上した今回のCDを聴いても変わらなかった。一方、第6番は第12番よりも格下のオーケストラであるにもかかわらず、とても素晴らしい仕上がりである。第1楽章の冒頭から燃焼度の高い集中力が途切れることなく、全曲を一気に聴かせる。第2楽章以降はそれほど速いテンポではないのだが音楽が弛緩することは全くなく、アクの強い節回しが悉くツボにはまる、ロジデーストヴェンスキイの真骨頂が存分に発揮されている。最後の小品3曲は、1981年8月14日のプロムスのライヴ録音。最初のJ. シュトラウスのポルカは、続くショスタコーヴィチへの前ふりなのだろう。ディスクには「Nichevo Polka」(ニチェヴォー:Ничегоとは“大したことはない”といったような意味)と表記されているが、これはおそらくはロジデーストヴェンスキイが「軽いポルカを演奏します」みたいに言ったのを曲名と勘違いして記録したのではないかと思われる。実際には、喜歌劇「理性の女神」の中の「まあ、つべこべ言わずに」というポルカ。意味深な曲名のようにも思えるが、タイトルに意味を持たせるつもりであったならば「Nichevo Polka」なんて記録されている訳もなく、特に勘ぐる必要はないだろう。で、ショスタコーヴィチ編曲の「観光列車」。さりげない序奏に続く、弾けるような快速テンポの主部に、いきなり惹き込まれる。編曲の妙を強調しながら(聴衆もそれをよく理解していることが、笑い声などの反応からわかる)も、音楽の流れはあくまでも自然。名演である。「タヒチ・トロット」も期待通り。ショスタコーヴィチの仕掛けを面白おかしく聴かせているだけでなく、他のどの演奏よりも美しい響きを引き出しているところが何よりも素晴らしい。有名なリフレインを演奏に合わせてハミングする聴衆との一体感も曲の雰囲気に相応しく、聴いているだけで幸せな気分になれる、本当に素敵な記録である。

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「レニングラードの春」音楽祭のLP

  • J. S. バッハ:前奏曲 ホ長調、ニ短調、ハイドン:ピアノ・ソナタ第44番、モーツァルト:ピアノ・ソナタ第2番、シューベルト:即興曲 作品90-1、ショパン:ポロネーズ第3番「軍隊」、前奏曲第15番「雨だれ」、グリーグ:抒情小品集第3集より「春に寄す」、ショスタコーヴィチ:3つの幻想的な舞曲 グエッラ (Pf) (Educo 9565 [LP])
  • Concert of Russian Music(ショスタコーヴィチ:映画音楽「呼応計画」より「呼応計画の歌」他) ベラルスキイ (B) 不明 (Pf) (Artistic Enterprises B-109 [LP])
  • ティーシチェンコ:「スズダリ」、プリゴジン:弦楽四重奏曲第1番、スロニームスキイ:歌劇「ヴィリネヤ」より抜粋 コズィレヴァ (S) マヌホフ (T) タネーエフQ アブドゥラエフ/スタニスラーフスキイ・ネミローヴィチ=ダーンチェンコ記念音楽劇場 (Melodiya C10-04843-44 [LP])
先月分をようやく聴き終えたと思ったら、Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.から12月到着分が届いた。ショスタコーヴィチ作品は2枚のみ、それも小品が1曲ずつ。

まずは、「The Irl Allison Piano Library」というピアノ学習用の教材(?)と連動したアルバム。収録曲の間に演奏上の難易度以外の音楽的な関係はなさそう。いかにも模範演奏といった風情の丁寧な演奏ではあるが、全体に安全運転に過ぎるのがつまらない。ショスタコーヴィチの3曲目は、端正に弾き切ることを目指しているのだろうが、テンポは鈍重。

「Concert of Russian Music」は、ロシア歌曲の名曲アルバムみたいな内容かと想像したのだが、僕が収録曲で知っていたのは「呼応計画の歌」(本盤では「朝の光」と表記されている)と「暗い夜」だけ。雰囲気からすると流行歌の類が多いように思えるが、確証はない。甘く深い声質が、いかにもロシアン・ロマンスに相応しく、難しいことを抜きにして楽しめる。ただ、妙に人工臭のする録音には違和感がある。ちなみに、僕の手元に届いた盤は、レーベルが裏表逆に貼られていた。「呼応計画の歌」を知っていたからすぐにわかったが、もし何も知らない状態でこの音盤を聴いていたら、「『朝の光』というショスタコーヴィチの知られざる作品を見つけた!」なんてことになってたかも…(^^;

「レニングラードの春」音楽祭と表記されているアルバムは、何年に行われたものなのか、また録音はライヴか否かなど、曲名以外の詳しいことはさっぱりわからない。収録されている3名の作曲家は、全員、同世代のエヴラーホフ門下である。ティーシチェンコの作品は、歌(ソプラノとテノール)と室内アンサンブルのための連作歌曲といった感じ。曲名のスズダリ(Суздаль)とは、モスクワの東約200kmのところにある古都の名前。ロシア正教の教会を思わせる響きが印象的な作品である。おそらく、民間伝承の旋律なども取り込まれているのだろう。わりと前衛的な手法が多用されているせいか、ショスタコーヴィチの影はあまり気にならず、ティーシチェンコらしい思索的な雰囲気と響きが前面に押し出されている。プリゴジンの四重奏曲は、思いっきり現代音楽。それでも、旋律の断片らしきものが少なからず聴こえてくるところが、ソ連の作曲家らしい。多彩な響きを難なく再現していくタネーエフQの演奏も見事。スロニームスキイの歌劇からの抜粋も面白い。ただスロニームスキイについては、何が彼の特徴なのか、正直なところまだ掴みきれない。

この他、シチェドリーン作品が4枚届いているのだが、それはまた後日。

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ツーソン音楽祭のライヴ盤

  • ストラヴィーンスキイ:兵士の物語、ショスタコーヴィチ:A.ブロークの詩による7つの歌曲、プロコーフィエフ:五重奏曲 ザゾフスキー (Vn) べゲルマン (Cl) ブラハ (Pf) シャバニナ (S) アラノフスカヤ (Vn) シュカーエフ (Vc) フィッツ=ジェラルド (Pf) J. ダンハム (Va) フォーゲル (Ob) D. ダンハム (Cb) (Arizona Friends of Chamber Music)
  • S. ミリヨ・山本省(訳):弦楽四重奏, 文庫クセジュ, 929, 白水社, 2008.
以前、ロシア室内楽ファン倶楽部というサイトで見かけて気になっていたのだが、webサイトからの購入システムに不備があったようで、支払い方法の登録にたどり着けずに断念して以来すっかり忘れていた一枚。先日、ふと思い出して再度チャレンジしてみたところ、不具合は改善されていた。上記サイトでは「購入ボタンを押しても、発注確認メールが届かなかったり、なかなか品物が送られてこなかったりで、少々不安になりますが、忘れたころに届くと思います。」という記述があるのだが、今回は発注確認メールが直ちに届いた。梱包は手作り感満載、商品到着は発注からほぼ一ヶ月後。まぁ、こんなものでしょうね。

さてこの音盤は、ツーソン音楽祭(Tucson Winter Chamber Music Festival)のライヴ録音で、音楽祭を主催しているArizona Friends of Chamber Musicの私家盤である。といっても、1994年のライヴ盤は随分前にTower Recordsの店頭(渋谷店だったか?)で購入した記憶があるので、完全なプライヴェート盤というわけでもないのだろう。

2001年のライヴを収録した本盤には「20世紀ロシアの室内楽」というタイトルがついているが、ストラヴィーンスキイ、ショスタコーヴィチ、プロコーフィエフという有名作曲家の、それなりに有名な室内楽曲が集められている。いずれも楽器編成がやや特殊なので、音楽祭ならではのプログラミングといえるだろう。演奏者は、ストラヴィーンスキイとプロコーフィエフで多くが共通している。ショスタコーヴィチのVnとVcは、ともにサンクト・ペテルブルグQのメンバー。他の演奏者については名前を見てもピンとこない人ばかりだったが、ライナーノートにある経歴を見ると、わりと錚々たる顔ぶれのようだ。

ということで早速聴いてみたのだが、率直に言って、期待はずれ。「兵士の物語」は、ソリスティックな華やかさがあるわけでもなく、かといって室内楽的な緻密さが感じられるわけでもなく、何より妙に生真面目な雰囲気で面白みが全くないのがつまらない。お目当てのショスタコーヴィチは、歌手の水準が低すぎて楽曲を味わうには至らない。緊張しているのか、ヴィヴラートとは異なるようにしか聞こえない声の震えが何とも耳障り。ピアノは表現の幅が狭くて単調で、弦楽器もあまり冴えない。もっとも出来が良いのは、最後のプロコーフィエフか。ただ、作品の持つ洒落っ気が十分に再現されているとは言い難く、珍しい作品を実演で……という以上の魅力を感じることはできない。

ふらりと立ち寄った梅田の紀伊国屋書店で、その名もずばり「弦楽四重奏」という新書を見つけた。「譜例多数」という帯にも誘われて購入。弦楽四重奏曲という形態をその起源から現代(と言っても、原著の出版が1986年なので、ごく最近のものは触れられていない)に至るまで概観した書物で、このジャンルを愛好するのならば最低限知っておきたい楽曲は、概ね網羅されていると言ってよいだろう。また、弦楽四重奏に限らず、弦楽器のみによる室内楽作品や、ピアノ五重奏、ピアノ四重奏についても触れられている。ただ、記述の内容には必ずしも全面的に同意できるものではなく、楽曲分析も何だか中途半端。たとえば、ハイドンの創作についてはもっと丁寧な記述があってしかるべきだと思うし、新ウィーン楽派の作品の扱いも小さすぎる。楽曲形式の変遷についても、もっと筋の通った論理展開の可能性があったと思う。……と、少し辛口の感想ではあるが、これから弦楽四重奏という宝の山に踏み込もうとする聴き手にとっては、手軽な入門書として十分に役に立つだろう。

弦楽四重奏 (文庫クセジュ 929) (文庫クセジュ)弦楽四重奏 (文庫クセジュ 929) (文庫クセジュ)
(2008/10/13)
シルヴェット・ミリヨ

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シチェドリーン2題

  • シチェドリーン:ケーテン市のための音楽、自画像 スピヴァコーフ/モスクワ・ヴィルトゥオージ カヒゼ/ソヴィエト国立SO (Melodiya A10 00207 004 [LP])
  • シチェドリーン:歌劇「愛のみにあらず」 ゲニューシャス/リトアニア国立歌劇場O他 (Melodiya C 10-06847-50 [LP])
11月27日の記事の続き。残っていたシチェドリーンの2枚をまとめて聴く。

1984年に作曲された2曲はどちらも優れた作品で、アルバムとしては申し分のない密度。ほぼ同時期の「弦楽、オーボエ、ホルン、チェレスタのための音楽」は以前に聴いたことがあったのだが、それと共通するクリスタルな色彩感のある美しい響きに、すっかり心奪われた。J. S. バッハ生誕300年にちなんで(それとも依頼されて?)作曲された「ケーテン市のための音楽」では、バロック風の体裁の中で存分に個性を発揮しているところにシチェドリーンらしさを感じるが、僕は「自画像」の美しさの方により惹かれる。シチェドリンの名前のローマ字表記(S-H-C-H-E-D……)から「Es-H-C-H-E-D」という音名象徴を作り、それを主題にした作品であるが、そういう仕掛けそのものよりも、全編に漂う斜に構えた美しさと哀愁が何とも素敵。素晴らしい作品だ。

歌劇「愛のみにあらず」は、シチェドリンの出世作。LPの解説にあったあらすじは、以下の通り:
【第1幕】
雨模様の春の日。種まきはできず、少女達は愛について歌い、トラクターの運転手達はドミノ遊びをしたり、彼らのリーダーであるフェドトをからかったりして時間をつぶしていた。フェドトは、コルホーズの議長であるヴァルヴァーラ・ヴァシーリェヴナに成就する見込みのない恋をしていたのだった。突然、ありきたりの日常が大きな驚きをもって破られた。ここ数年、町で暮らしていたヴォロージャ・ガヴリーロフが村に帰ってきたのだ。少女達は喜び、特にヴォロージャの婚約者ナターシャは幸せな気分であった。しかし、トラクターの運転手達はまったくもって友好的ではない。ヴォロージャの見かけと尊大な態度が気に入らないのだ。侮辱の言葉が交わされ、喧嘩が始まる。騒ぎが佳境に差しかかった時、ヴァルヴァーラ・ヴァシーリェヴナが現れる。彼女は村人達に尊敬されており、権威に恵まれていた。彼女は直ちに騒ぎを鎮め、人々を労働へと戻した。ヴォロージャだけが彼女のそばに残った。彼とたわいもないことを話している内に、突然ヴァルヴァーラはこの若者に恋心を抱いている自分に気づく。
【第2幕】
若者達は、無事に種まきが終わったことを祝うパーティーの準備をしている。チャストゥーシカが聴こえている。素人のブラスバンドが、“芸術監督”コンドゥルーシキンの指揮で演奏しているのだ。またもやヴォロージャが村の音楽家達の演奏にケチをつけ、騒ぎを起こしてしまう。トラクターの運転手達は怒り、一方ヴォロージャは嘲笑する歌「モミの木は森で生まれた」を歌って彼らの怒りに火を注ぐ。もしヴォロージャが素晴らしく叙情的な歌を歌わなければ、大喧嘩になるところだった。その時初めて、生意気さの仮面に隠された彼の本当の素顔が垣間見えたのだった。
カドリーユが始まる。ヴォロージャは最初に婚約者のナターシャと踊り、続いて、同じくパーティーに来ていたヴァルヴァーラと踊る。ヴォロージャとヴァルヴァーラは、その踊りで人々の目を奪う。周囲の人々の奇妙なまなざしにも、ナターシャの苦悩にも、少女達の嘲るような囁きにも、二人は気付かない。嫉妬にかられたフェドトは、威厳を持って言い放つ。「それまでだ!もう十分に踊ったし、しゃべっただろう!もう帰れ!」楽しい気分を台無しにされ、人々は渋々その場を離れる。ヴァルヴァーラは、一人でその場に佇んでいる。彼女は、自分の身に何が起こったのかを理解することができない。彼女は、自分がヴォロージャに恋していることを認めるのが怖いのだ。その時、ヴォロージャが彼女の前に現れる。二人の逢引きは、フェドトによって妨げられる。フェドトは、恋敵に説教してやろうとやってきたのだった。しかし彼は、ヴァルヴァーラの要求によって立ち去らなければならなかった。
【第3幕】
夕刻。ナターシャの悲しげで憂鬱な歌が聴こえている。ヴァルヴァーラ・ヴァシーリェヴナは、ヴォロージャとの約束の場所にやってくる。彼女は、不安で落ち着かない気分であった。彼女は、人々が自分のことを非難していると知っていた。そして、人々からの尊敬を失ったままで我慢してはいられないことも分かっていた。そして、別の女性の婚約者であるヴォロージャは、彼女の真の友人たり得ないだろう。恋心を断ち切るのは難しかったが、彼女の躊躇や疑念は全て消え去る:「そうよ、愛だけではないのよ。誠実な気持ちで、人の目をまともに見れなければいけないのだわ。」
頽廃的なんだか説教くさいんだか、何だかよくわからない話で、劇の筋書きそのものには興味を持てないのだが、音楽はなかなかに魅力的である。ヴァルヴァーラを象徴しているのであろうか、冒頭のライトモチーフが持つ知的で美しい雰囲気が、たとえば第2幕最初の滑稽で騒々しい雰囲気と対照的で、嫌でも印象に残る。聴きやすいが、必ずしもソ連流の“わかりやすい”音楽ではなく、むしろ聴き込むにつれて一聴しただけでは気づかないようなさりげない複雑さに感心する類の作品だろう。

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ゴスマンの名曲アルバム

  • ラフマニノフ:ヴォカリーズ、ムーソルグスキイ:ゴパーク(歌劇「ソローチンツィの定期市」より)、ボロディーン:農民たちの合唱(歌劇「イーゴリ公」より)、プロコーフィエフ:朝のセレナード(バレエ「ロミオとジュリエット」より)、チャイコーフスキイ:メロドラマ(劇音楽「雪娘」より)、ショスタコーヴィチ:24の前奏曲より第10、15、16、24番、人民の祝日(映画音楽「馬あぶ」より)、ホフシュテッター(伝ハイドン):セレナード(弦楽四重奏曲 作品3の5より)、モーツァルト:パントマイム(バレエ「レ・プティ・リアン」より)、バーバー:弦楽のためのアダージョ、ボッケリーニ:メヌエット(弦楽五重奏曲 作品13の5より)、ヨハン(2世)&ヨーゼフ・シュトラウス:ピッツィカート・ポルカ、ヴュータン:アメリカの思い出 「ヤンキー・ドゥードゥル」  ゴスマン/チャイコーフスキイ室内O (CBS MK 45529)
ブログ◎銀璧亭◎さんの2008年9月12日の記事を見て気になっていた一枚。米AmazonのMarketplaceにて購入。

前半にロシアの作曲家の作品を並べ、ショスタコーヴィチをはさんで、西ヨーロッパの古典作品とアメリカにちなんだ作品を配置した選曲は、ここで演奏しているチャイコーフスキイ室内Oの前身が「亡命ロシア人管弦楽団」であったことを、嫌でも想起させる。この団体は、ショスタコーヴィチの室内交響曲他の凄絶な名演で知っていたが、寡聞にしてそれ以外に録音があるとは知らなかった。

このアルバムを一聴した感想は、「とにかく美しい」ということ。上述したショスタコーヴィチのような全身全霊を叩きつけた切実な響きよりはむしろ、寂寥感漂う軽さに心惹かれた。冒頭のヴォカリーズからして、たとえばスヴェトラーノフのような泣き節が前面に押し出されるわけではなく、無骨とさえ言える朴訥な節回しの合間に、形容し難いほど寂しさが満ちていることに驚く。だから、不思議と後半の西ヨーロッパの作品群が印象に残る。ボッケリーニの有名なメヌエットなどは、まさに絶品。もちろん、ロシア人作曲家の作品もたまらない雰囲気に満ちているのだが。

ショスタコーヴィチの2曲は、ゴスマンの編曲が凝っている。これらの曲では不思議と寂しさは影を潜め、軽やかでお洒落な仕上がりとなっている。

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菊池桃子~林哲司

  • VANDA(編):林哲司全仕事, 音楽之友社, 2001.
iPodを買ったのは、もう3年も前のことになる(2005年12月6日の記事)。当初はショスタコーヴィチ作品とピアソラ作品のデータベースが主目的で、余白を通勤中などに聴く曲に充てていたのだが、iTunesを使って整理しておくと、ちょっとした調べ物に便利だったり、持っていること自体を忘れていた音源(歌曲などに多い)を発掘したりするのに便利だと気付いて以来、こつこつと音源を取り込んでいる内に200GBを超えるに至った(クラシックはAppleロスレス、それ以外はAAC高音質で圧縮)。たとえばある作曲家の作品番号順に整理したりすると、大して興味があるわけでもないのに、やたらと欠番が気になったりするのだが、それが未知の領域をのぞいてみるきっかけにでもなったらいいなと、不必要に前向きな気持ちだったりもする。

1作品につき1演奏という原則で整理しているのだが、元来“狭く深い”蒐集傾向があるので、手持ちの音源については、ほぼ全部整理できている。でも、一度やりだすと次から次へと手を出したくなり、まずは自分の過去の演奏会録音(多くがカセットテープやMD)を取り込んだ後、さらに何かないかと思案していたところ、急に思いついたのが菊池桃子。

中1の終り頃、テレビのスポットCMで流れていた「青春のいじわる」。歌のサビは何となく印象に残ったが、まだその時はその歌い手には何の興味もなかった。その年の晩秋だろうか、「雪にかいたLOVE LETTER」を聴いた時なのか、ザ・ベストテンか何かで歌っているのを観た時なのか、今となっては何がきっかけだったか全く思い出せないが、とにかく気がついた時には、すっかり菊池桃子のファンだった。中学時代、一番仲の良かった友人も同じくファンだったことが拍車をかけたのかもしれない。もっとも、熱烈に追っかけたりするには、札幌は田舎だった。同級生の女子が読んでいた『明星』を回してもらうくらいが関の山で、基本的にはテレビとラジオで見聞きするのみのファンであった。高2のいつ頃だったろう、ラ・ムー結成を機に急速に熱が冷め、ちょうど大学受験の準備もあったことから、テレビ自体ほとんど見なくなってしまった。光GENJIなんかが活躍しだした頃だったと記憶している。

今考えるといささか不思議ではあるのだが、『冗談はやめて、まず菊池桃子』(学習研究社, 1985)というムック本があって、その巻末には、4thシングルの「卒業」までの全A面とB面、そして1stアルバム「Ocean Side」の全曲の楽譜がついていた。それを見て初めてギターを手に取り、我流でコードを覚えてすっかり暗譜してしまったことも、今となっては懐かしい思い出だ。テンションコードや分数コードだらけで、初心者用のコード本だけでは用が足らず、楽器屋で立ち読みして調べたり、仕方ないから理屈で考えて無理やりな指使いで掻き鳴らしたりしたものだった。

楽譜の作曲者欄に必ずあった「林哲司」という名は、だから嫌でも覚えてしまった。杉山清貴&オメガトライブの歌でも同じ名前を見かけたので、きっと事務所かレコード会社お抱えの作曲家なんだろう、といった程度の認識ではあったが。

『林哲司全仕事』という本があることを知ったのはわりと最近のことのはずだが、新聞?雑誌?ネット?どこで見かけたのかまったく思い出せない。それでもしっかり記憶に残っていたのは、やはり青春時代の思いの強さゆえだろうか。

先日、東京に足を運んだついでに富士レコード社に立ち寄り、持っていなかったシングルとかアルバムを大人買いして、iTunesに「菊池桃子」というプレイリストを作った。再生を始めると、自分でも驚くくらい曲を覚えている。レンタルレコード屋に行ってLPやドーナツ盤を借りて、カセットテープにダビングしてルーズリーフに歌詞を書き写していた、10代の日々を思い出したりもして。

ただ、かつて熱烈なファンだったというだけでは、20年近く放っておいたはずの曲を、こんなにも鮮明に覚えていることの理由にはならないだろう。そもそも、菊池桃子の歌唱そのものはどう贔屓目に評価したって上手いとは言えないわけで、それでもなお曲がこれだけ強く印象に残っているというのは、やはり林哲司の力に他ならない。『林哲司全仕事』を読み、彼にとって菊池桃子との仕事が非常に大きな位置を占めていることを知り、なるほどと納得した次第。もっとも、この本の中では、菊池桃子がまるでアーティスト扱いで、どうにも違和感が拭えないけど。

林哲司自身は、シングルの中では「SAY YES!」が一番好きなようだが、これはちょっと意外。僕は、そのB面の「18歳の秋」が一番良い曲だと思っている。A面でいうなら、やっぱり「雪にかいたLOVE LETTER」かな。「もう逢えないかもしれない」もいいけど。ちなみに『林哲司全仕事』では、「雪にかいたLOVE LETTER」が好きなのは“隠れ桃子フリーク”だと書いてある。僕には、隠れているつもりなんてまったくないのですがね。



林哲司 全仕事林哲司 全仕事
(2001/11/19)
VANDA

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theme : 懐かしい歌謡曲
genre : 音楽

tag : その他_菊池桃子

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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