【YouTube】ショスタコーヴィチ:交響曲第5番(Mihail Agafita指揮)

2009年5月14日の記事で紹介したモルドバ国立POによるショスタコーヴィチ作品の演奏を、8月28日の記事で紹介したガーネット関連の動画を検索した際にYouTubeで見つけた。

以前に紹介した交響曲第13番からは15年ほど経った時期のライヴだが、オーケストラの技術的なレベルは、どう贔屓目に見ても向上したとは言い難い。管楽器の吹き損じも目立つが、弦楽器のピッチもかなり不揃い。これが現在のモルドバの音楽界の水準なのだろう。とにかく、洗練という言葉からは程遠い。

だが、野性的とでも形容したらよいのだろうか、熱い情念に満ちた音にはそれなりに聴き手を惹きつける力がある。こういうのも悪くないかと最後まで聴いてしまった。

……のだが、最後の最後にどんでん返しが。なぜかコーダの前で映像が途切れているのだ。こんなに消化不良なことはない。自分で紹介しておいて何だが、第4楽章を視聴する場合は予め心の準備を。

第1楽章(1)第1楽章(2)
第2楽章第3楽章(1)
第3楽章(2)第4楽章
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
Mihail Agafita/モルドバ国立PO(2008年5月30日)
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『音楽現代』誌のショスタコーヴィチ特集


『音楽現代』は、中学生の頃から大学に入るくらいまで毎月購読していた、僕にとってはある種の郷愁を誘う雑誌である。当時は『レコード芸術』や『音楽の友』の他に『音楽芸術』などもあったのだが、活字が多いこと(その分、誤植も多いのだが)や価格が手頃だったことなどから『音楽現代』を選んだのだと思う。定期的にチェックしなくなってからもう15年以上経つが、ショスタコーヴィチをテーマに特集を組んでいるとなれば、買わないわけにはいかない。2006年の生誕100年時以来の特集である。

特集には「作曲家ベイシックシリーズ〈3〉」というシリーズ名が冠してあり、先にマーラーとブルックナーの交響曲が取り上げられていたようだ。彼らに続く3人目として、交響曲限定であるとはいえ、入門的な企画の主役としてショスタコーヴィチの名が挙げられるのには、ちょっとした感慨と同時に若干の違和感もあったりする。以下に、各項の表題と執筆者を列挙する:
  • 井上道義:ショスタコーヴィチの交響曲の魅力は?
  • 中村 靖:ショスタコーヴィチが交響曲で表現しようとしたこと
  • 大宅 緒:ショスタコーヴィチにおける交響曲の変遷
  • 交響曲の魅力、聴きどころ、エピソード
    1. 保延裕史:交響曲第1番
    2. 菅野浩和:交響曲第2番
    3. 谷口昭弘:交響曲第3番
    4. 水野みか子:交響曲第4番
    5. 出谷 啓:交響曲第5番
    6. 野崎正俊:交響曲第6番
    7. 門田展弥:交響曲第7番
    8. 茂木一衞:交響曲第8番
    9. 福本 健:交響曲第9番
    10. 倉林 靖:交響曲第10番
    11. 菅野泰彦:交響曲第11番
    12. 横島 浩:交響曲第12番
    13. 宮沢昭男:交響曲第13番
    14. 八木幸三:交響曲第14番
    15. 横原千史:交響曲第15番
  • 増田良介:SACD限定の「ショスタコーヴィチの名盤
執筆者の半数近くは初めて見かける名前だが、あくまでも“ベイシックシリーズ”であることを考えるならば、ロシア音楽の専門家よりはむしろ、ベートーヴェンやらブラームスやらマーラーやらと同じ感覚でショスタコーヴィチを聴いている人の方が相応しいともいえるだろう。

それゆえに各記事の内容も、ごく当たり前の、通り一遍というようなものとなっている。この場合、僕はそれを否定的には考えていない。それこそ、ハイドンやモーツァルトの有名曲の楽曲解説といった感じであり、ショスタコーヴィチがオタク的呪縛から解き放たれて、歴史上の大作曲家の一人となったことを実感する。これが、僕の感じた“感慨”。

一方、ショスタコーヴィチといえば「スターリン」「共産党」「政治体制との軋轢」というのがかつての決まり文句だったが、この特集の多くの記事(特に楽曲解説)で、意図的にそうした視点を回避しているのが興味深かった。聴衆、あるいは愛好家の多くがソ連を知らない世代となりつつある現在において、いつまでも1960年代や1970年代と同様の楽曲理解(1980年代の『証言』史観も結局は同じこと)に固執しているわけにいかないのは当然なのだが、しかし社会的な背景=公的な側面を回避して私生活=私的な側面を重視する的の単純な推移は、決して議論のパラダイムが変わったことを意味しない。この点が、僕の感じた“違和感”。ショスタコーヴィチの作品の多くには標題音楽的なプロットを見出すことも可能だが、その表面的な分かりやすさの奥にある抽象的な音楽哲学こそがショスタコーヴィチの真髄で、それゆえに難解な作曲家なのだ。

だから、僕が一番面白く読んだのは、音盤紹介に特化した増田氏の記事と、演奏家として感じたままを自由に書き記した井上氏のエッセイ。井上氏は15年前の『ショスタコーヴィチ大研究』(春秋社)の冒頭でも似たようなエッセイを書いているのだが、そこでは「若い彼にイタリア旅行をさせてあげたかった。」という(どこか上から目線の)一文で締めくくっている。それが今回は「このように生きたい。このように逝きたい。」という言葉に変わっている。交響曲全曲演奏会を成功させ、より深くショスタコーヴィチの音楽世界を経験してきたがゆえの変化なのだろう。とても印象的だった。

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【YouTube】ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番(ガーネット独奏)

YouTubeで、またまたショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番の動画を見つけた。今年(2009年)のエリザベート王妃国際音楽コンクール ヴァイオリン部門で第3位を受賞したイリアン・ガーネット(モルドバ)が、コンクールの本選で演奏した時の映像である。残念ながら第1楽章だけ見当たらなかったが、コンクールの公式サイトで入賞者の演奏(予選も含めて)は全て視聴できるので、興味のある方はそちらを。

率直に言って、技術面だけ見れば第3位でも甘過ぎるくらい。ただ、濃厚で幾分粗野な味わいのある情感は、コンクールの枠を超えた魅力を持つ。テンポは技術面での減点を避けたが故の安全運転なのかもしれないが、それが粘り気のある歌い回しの濃さを強調する結果となったことが、ガーネットが成功した要因なのだろう。技術面でさらに洗練されれば、個性的な一流奏者としてブレイクするかもしれない。

第2楽章第3楽章(1)
第3楽章(2)第4楽章
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番
ガーネット (Vn)、G. ヴァルガ/ベルギー国立O
(2009年5月 エリザベート王妃国際音楽コンクール)


「Ilian Garnet」で引き続き検索すると、同曲を故郷で演奏した際の映像も見つけることができた。演奏時期からすると、コンクールへと旅立つ直前に行われた一種の壮行演奏会のようなものかもしれない。第2楽章が全部収められているとはいえ、両端楽章は見当たらず、第3楽章も消化不良な断片でしかないが、上述したコンクール本選での演奏に比べるとかなり大人しく、いわゆる優等生的な演奏であり、言うまでもなく、面白いのは断然コンクールの方である。

第2楽章第3楽章途中~第4楽章冒頭
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番
ガーネット (Vn)、Mihail Agafita/モルドバ国立PO
(2009年4月10日)

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カラヤンの芸術/国立モスクワ合唱団演奏会

  • ブラームス:交響曲第1番 カラヤン/ベルリンPO (1973 録画 [NHK BS2 (2009.8.10)])
  • ブラームス:交響曲第4番 カラヤン/ベルリンPO (1973 録画 [NHK BS2 (2009.8.10)])
  • チャイコーフスキイ:交響曲第4番 カラヤン/ベルリンPO (1974 録画 [NHK BS2 (2009.8.10)])
  • ロシア民謡(ノーヴィコフ編):ヴォルガの舟歌、ブラーンテル(アナーシキン編)カチューシャ、ロシア民謡(アナーシキン編):黒い瞳、ラフマニノフ:聖ヨハンネス・クリソストモスの典礼(抜粋) ミーニン/国立モスクワcho (2009.6.2 録画 [NHK BS-hi (2009.8.7)])
8月3日と10日の未明、カラヤン/ベルリンPOが1970年代前半に遺した映像が放映された。3日はベートーヴェンの交響曲(第3、5~8番)、4日はチャイコーフスキイ(第4、6番)とブラームス(第1、4番)の交響曲だったのだが、いずれも初出の映像ではないので、好きなブラームスの2曲だけを録画しておくことにした。しかし、録画予約しようとしたら番組名に「交響曲第4番」しか表示されず、どちらがブラームスなのかチャイコーフスキイなのかの区別がつかず、やむなく両方を録画。

一応はライヴ映像の体裁をとっているものの、この時期のカラヤンの映像作品であるだけに、隅々にまで手が加えられているのは言うまでもない。音楽そのものにも、映像の作り方にも徹底してカラヤンの美学が投影されているので、好き嫌いははっきりと分かれるだろう。僕は、指揮姿をはじめとして随所に作り物臭さを感じつつも、きびきびとした格好良さは素直に認めてしまう。“正統派”のブラームスとはとても思えないが、これだけの説得力を持つ演奏はそうめったにあるものではない。

ただ、チャイコーフスキイについては、妙に音痴に聴こえるトランペット(音色のせいなのか?録音のせいなのか?)や、騒々しさしか感じられない盛り上がりなど、全体を通してあま感心しなかった。確かに僕の好きな曲ではないのだが、おそらくはカラヤンの解釈がそれに拍車をかけているのだろう。

ミーニン率いる国立モスクワ合唱団の演奏は、何枚かの音盤を通して聴いており、その実力の高さは知っていただけに、最近の日本公演の映像が放送されると知れば、録画しないわけにはいかない。この映像は、2009年6月2日に東京オペラシティ・コンサートホールで行われた演奏会を収録したもの。客の入りは驚くほど少ないのだが、合唱の演奏会というのはこの程度が普通なのだろうか?ともかく、演奏は聴衆の数に反してとても素晴らしいもの。有名な民謡や大衆歌も良いが、とりわけラフマニノフが素晴らしい。「晩祷」と同じく正教会の典礼のために書かれた作品で、対位法的な複雑さはあまり感じられず、息の長い旋律線が独特の神々しい雰囲気を醸し出しているのだが、国立モスクワ合唱団の温もりのある清らかな透明さを感じさせる歌唱は圧倒的ですらある。

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ブーレーズ:四重奏のための書/黛敏郎:交響詩「立山」


  • ブルーノ・ワルター/リハーサル風景(マーラー:交響曲第9番、ブラームス:交響曲第2番、ブラームス:交響曲第3番) ワルター/コロンビアSO、ニューヨークPO (CBS XBAC 91008 [LP])
  • ブーレーズ:四重奏のための書(抜粋)、ブークールシュリエフ:弦楽四重奏のための作品≪群島II≫ パルナンQ (Erato OS-2545-RE [LP])
  • 黛敏郎:交響詩「立山」 黛敏郎/東京SO (Victor JRZ-2538 [LP])
8月14日付の記事で紹介した買い物の残り。いずれも稀少盤の類ではないが、僕の主たる守備範囲からはわりとはずれているという点で、僕にしては少し毛色の異なったチョイスである。こういう機会でもないと、偏った嗜好あるいは興味の範疇から抜け出すことはあり得ないので、たまにはこういう買い方も悪くない。

ワルターのリハーサル風景を収録した音源は少なくないようで、この盤にどれほどの価値があるのかは知らないが、何かの特典盤として頒布されたもののようである。どちらも短い断片しか収録されていないので、これでワルターの仕事の様子を推し量るには不足するが、それでも特にマーラーの執拗で丹念な指示は興味深い。何より、年齢を全く感じさせない(マーラーは死の前年、85歳の時である)声の張りには驚愕。

ブーレーズの作品は数えるほどしか知らないが、いずれも冷たくも煌びやかな硬質の音響世界が印象的である。ただ、論理的でありながらも複雑な独自の様式感は、単に漫然と聴いていて理解できるものでは到底なく、たとえば「主のない槌」の楽曲配列などはまさにちんぷんかんぷんである。この「四重奏のための書」も同様で、この抜粋の仕方(そもそも、全曲をそのまままとめて演奏する必要はないということらしいが)に何の意図があるのか、各曲にどういう関連があるのかなどは、現時点ではまだざっと聴き通しただけの僕には皆目見当がつかない。とはいえ、この美しさは只事ではない。いわゆる現代音楽の技法や作風の発展あるいは変遷について、歴史的に俯瞰するような知識は皆無だが、いずれにせよ音楽としてこの作品が名作であることに疑う余地はないだろう。カップリングのブークールシュリエフという作曲家は初耳だが、こちらもまた美しい作品。ただ、印象は薄い。

黛敏郎の顔は、それこそ毎週「題名のない音楽会」で見ていたわけだが、その作品となると、音盤の形で所有しているのはラサールQが演奏した「弦楽四重奏のための前奏曲」だけだったりする。なぜかエサ箱に2枚入っていたこの交響詩「立山」は、立山アルペンルートが全線開通した1971年に富山県からの依頼で制作された短編映画のための音楽である。旋律や全曲の雰囲気に前衛臭はなく、むしろ聴きやすい音楽と言ってよいだろう。しかし、聴き応えは相当なもので、とにかくよく鳴るオーケストレイションの下、壮大かつ深遠な音響が立山の峻厳な自然のあり様を見事に描き出している。広く聴かれて当然の名作だと思っていたら、2004年末にTower Recordsの企画で既にCD化(TWCL-1025)されていた。

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ワゴンセールでコフマンのショスタコーヴィチ


  • ショスタコーヴィチ:交響曲第11番 コフマン/ボン・ベートーヴェンO (MDG 937 1209-6 [SACD])
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 シュトンダ (B) コフマン/ボン・ベートーヴェンO、チェコ・フィルハーモニーcho (MDG 337 1205-2)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第14番 タマール (S) シュトンダ (B) コフマン/ボン・ベートーヴェンO (MDG 937 1211-6 [SACD])
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第3 & 15番 コフマン/ボン・ベートーヴェンO、チェコ・フィルハーモニーcho (MDG 937 1210-6 [SACD])
  • デグティアリョーフ(スコーベレフ編):クリスマス協奏曲、カリンコヴィチ:エレジー、ボルトニャーンスキイ(パチカエフ編):神聖な協奏曲第15番、チェスノコーフ(スコーベレフ編):私の願いを聞いて、プロコーフィエフ(ストラウトマン編):歌劇「3つのオレンジへの恋」より行進曲、ブラツェヴィッチ:3つの小品、レーベデフ:チューバ協奏曲(ピアノ伴奏用編曲)、Bak:ロシア風の2つの歌、デニーソフ:カンティ・カトゥーリ、ドヴォリオナス(パチカエフ編):主題と変奏、リュボフスキイ:「ボッシュの3つの絵」より「聖歌」「讃美歌」 M. ミハーイロフ (B) コズロヴァ (Pf) プリヴァノフ (Perc) ロシア・ナショナルSO低音金管セクション (Parow'sche Musikalien PM CD-301)
音盤屋に足を運ぶことも、めっきりと減った。6月末、長らく買いそびれていたハチャトゥリャーンの管弦楽曲集(チェクナヴォリャーン指揮)が廃盤になっていたことに気付き、そういえば何年か前には在庫があったよなぁ……と思い、久しぶりにTower Records難波店へ。

残念ながら、目当ての全集は売り切れていたのだが、何気なくワゴンセールの中をのぞいてみると、これまた買いそびれていたコフマンのショスタコーヴィチ(既に全集が完成している)が、何と490円やら990円やらの廉価で並んでいた!もう3年くらい買っていなかったので、ワゴンに並んでいたものは、いずれも未架蔵のものばかり。これでまだ入手していないのは3枚だけ(第1&6番、第2&12番、第4番)となった。

4枚ともいずれ劣らぬ大作ということもあり、購入してから一ヶ月半ほどに渡って聴く時間をとれずにいたのだが、お盆休みを利用して一気に聴き通してみた。

第11番は、端正な美感を終始保ち続ける、いかにもこのコンビらしい演奏である。それゆえに、この作品が本質的に持つ描写音楽的な“はったり”とは無縁で、通常は気にすることのない響きの美しさや抒情的な情感を意識させてくれる一方で、一抹の物足りなさを感じることも否めない。これをどう評価するかは、多分に聴き手の好みに依るだろう。ただ、最終音の鐘の処理には大いに疑問が残る。文学的な意味解釈は理解できなくもないが、これはあくまでも音楽作品である。ある一音の、それも特定の成分のみを極度に肥大させて取り扱うことには、どうしても賛同しかねる。

第13番も第11番と同様の内容だが、ここでは作品の持つ響きの美しさが際立っている。野性的な力感に満ちた魂の叫びには欠けるが、その陰に隠れていた官能的なまでの響きが存分に引き出されており、物足りなさを感じるどころか、恍惚とした満足感すら覚える。この作品をよく聴き知った人にこそ聴いて欲しい一枚と言えるだろう。

一方、第14番は冴えない。“安全運転”という形容の否定的な側面を集めたような印象。確かに破綻はないのだが、それほど技量の高くない団体がこういう演奏をすると、単に面白味がなくなるだけではなく、逆に余計危なっかしく聴こえてしまう。コフマンの演奏姿勢がマイナスに働いた例だろう。

第15番は、ごくオーソドックスな解釈である。それだけに、この作品が持つ古典的な佇まいや静謐な美しさだけではない、多様で奥深い諸相が表現しきれていないもどかしさを感じる。やや技術的に弱い個所もないわけではないが、丁寧に仕上げられているのでリファレンスにはなり得るだろう。

スコアに真正面から取り組む、いわば誠実な演奏姿勢なだけに、作品の良し悪しも演奏の成否に反映するのだろう。第3番は、退屈な演奏である。合唱も凡庸。

終バスの時間もあり、じっくりとワゴン漁りをする時間はなかったのだが、ざっと眺めて興味を惹かれたものを一枚だけ追加購入した。ロシア・ナショナルOのトロンボーン&チューバ奏者による「Russian Brass Vol. I」というアルバムである。聞いたことのない作曲家の名前が並ぶ曲目と、この楽器編成が織りなす響きを楽しみに聴いてみたのだが、結論から言えば、これといった印象が残らない一枚であった。達者には違いないのだが、不思議と聴き手を感心させたり圧倒させたりすることのない、いかにもロシアの金管アンサンブルであることと、わりと聴きやすい曲想の楽曲ばかりであることがその理由だと思われる。中では、デニーソフの初期作品である「カンティ・カトゥーリ」が、ショスタコーヴィチ風の皮肉に満ちていて面白かった。カリンコヴィチの「エレジー」には「ショスタコーヴィチの思い出に」という副題がついているのだが、正直なところ、あまりピンと来なかった。

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「マニアを追い越せ!大作戦」


  • G. ハリスン(早川正昭編):サムシング、P. マッカートニー(早川正昭編):ミッシェル、P. マッカートニー(早川正昭編):抱きしめたい、P. マッカートニー(早川正昭編):ノルウェーの森、間宮芳生:合唱のためのコンポジション第4番「子供の領分」より第1曲「ゆかいなうた」第3曲「絵かきうた」、三善晃:「東京のわらべうた」より「おじぎのまえに」、小倉朗:「東北地方のわらべうたによる9つの無伴奏女声合唱曲」より「ほたるこい」、グノー:アヴェ・マリア、群馬県民謡(早川正昭編):八木節、長野県民謡(早川正昭編):小諸馬子唄 外山滋 (Vn) 山本邦山 (尺八) 早川正昭/新ヴィヴァルディ合奏団 渡邊顯麿/東京荒川少年少女合唱隊 (東芝EMI DOR-0092 [LP])
お盆直前に、札幌の実家へと帰省してきた。今回は、札幌で所用があったこともあり、単身での帰省であった。いつもは慌ただしく過ごしてしまうため、ここ10年近くは街をぶらつくこともなかったのだが、何の予定もない日を作ることができたので自宅から大通、札幌駅の辺りを徒歩で散策してみた。

すっかり変わったなぁ…と思う一方で、僕が生活していた20年ほど前そのままのところもあり、寂しさと懐かしさとが入り混じった、ちょっと不思議な散歩であった。20年前からほとんど変わっていなかったのは、狸小路のはずれ(7丁目)辺りのさびれた風景。6丁目にはかつて僕がヴァイオリンを習いに行っていたレッスン場があったのだが、その建物(当時既にヤバいくらい老朽化していた)がなくなったくらいで、当てもなく歩いていると、まるで高校時代にタイムスリップしたかのよう。

何の気なしに並んでいる店の一つに目をやると、中古レコード屋があった。新しい店には見えないし、おそらくは随分前からあったのだろう。もしかすると、僕が生活していた頃からあったかもしれないが、クラシック中心の品揃えでないために、見過ごしていたのかもしれない。「Fresh Air」というその店の前に無造作に広げられていた段ボールの中に、「クラシック」とマジックで書かれていたものを見つけ、さして期待もせずにそのエサ箱の中身をのぞいてみた。

狂喜乱舞するような得物はなかったのだが、廉価な物が多かったこともあり、普段なら手を出すことのなさそうなLPを4枚ほど購入。まずは、その中で最も廉価だった(200円)一枚を紹介する。

ジャケット表裏両面の左下隅にある「DAM」というロゴ。すぐに思い浮かぶのは第一興商の業務用通信カラオケ(Daiichikosho Amusement Multimedia)だが、それとは全く関係がない。これは、先年倒産した家電チェーンの第一家庭電器が1970~80年代にかけて作っていたオーディオ・メンバーズ・クラブ(Daiichi-kateidenki Audio Member's Club)のことである。ここでは「マニアを追い越せ!大作戦」と称して、アナログ・カートリッジの廉価でのまとめ売りのような、オーディオ・マニアに追いつくと同時に一気に追い越すような企画が展開されたらしい。この企画は1976年6月頃から年に2回(6月と11月)、要するにボーナスを狙ったものだったようだが、ここで商品を購入すると、第一家電がオリジナル制作した45回転30cmLPが特典として配布されたとのこと。

「MICHELLE 76/45」と題された本LPは1981年6月のものらしく、ライナーには「15回記念のDAMオリジナル録音第9作」という記述がある。早川正昭/新ヴィヴァルディ合奏団の演奏を中心に、よく知られたメロディを集めた内容となっている。本アルバムの収録と連動して「春一番!ジョイフルコンサート」という演奏会も行われたようで、ジャケットやライナーの多くにその写真が使われているのだが、LPに収録されているライヴ音源はビートルズの「抱きしめたい」1曲のみで、他はすべてスタジオ収録のものである。

内容は、素直に楽しいものである。特に編曲が立派で、独奏楽器としての尺八が活きている。東京荒川少年少女合唱隊の歌唱も秀逸。間宮の「子供の領分」は合唱とオーケストラのための作品なのだが、ここでは合唱部分だけを抜き出してア・カペラで歌われている。なぜか全音楽譜出版社の合唱パート譜がジャケットの中に入っていたのだが、これはおそらくこのLPの売り手のものだったのだろう。お得な買い物……と言ってよいのだろうか。かつてNHK教育テレビの「ヴァイオリンのおけいこ」などで馴染んでいた外山滋氏のヴァイオリンも楽しみだったのだが、「ノルウェーの森」1曲のみ、それもあまりフィーチャーされているようには感じられなかったのが残念。

販促のためとはいえ、決して低くない水準の、後々まで語り継がれるような企画を一つの企業が長年に渡って継続し得た時代が確かにあったのだということを、その時代を過ごした地でたまたま出会ったこの一枚のLPが思い起こさせてくれた。

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【YouTube】ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第15番(エマーソンQ)

エマーソンQの演奏は、どうも好きになれない。解釈がどうとか志向する音楽の趣味がどうとかいう次元ではない。音色が好きじゃない、節回しが好きじゃない、といった、いわば生理的な次元の話なのだ。じゃあ聴かなきゃいいじゃないか、と言われるだろうが、ショスタコーヴィチを演奏しているとなれば、聴かずにはいられないのが悲しき性。

YouTubeで視聴できるこの演奏は、それでもDGの全集録音よりは出来が良く、表現にも深みが増している(10年近く経っているのだから、当然といってよいのかもしれないが)。まるで生気というものが感じられない、それでいて時に耽美的なまでの美しさが漂うこの作品にとって、エマーソンQの音には奏者の意思があまりにも直截的に反映しており、煩わしくすらあるのだが、こういう解釈を好む聴き手は恐らく少なくないのだろう。

第1楽章(1)第1楽章(2)
第2楽章~第3楽章第4楽章~第5楽章
第6楽章
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第15番
エマーソンQ(2006年 Rokokotheater, Schloss Schwetzingen)

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7月のTV視聴録

  • ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番より第1&4楽章、シューマン:ピアノ四重奏曲 小川典子 (Pf) 徳永二男 (Vn) 川和憲 (Va) 上村 昇 (Vc) (2006.10.7 録画 [NHK BS-hi (2009.7.14)])
  • タネーエフ:前奏曲とフーガ 嬰ト短調 Op. 29、ラフマニノフ:13の前奏曲 Op. 32 ジルベルシテイン (Pf) (2008.5.21 録画 [NHK BS-hi (2009.7.27)])
  • BS世界のドキュメンタリー BS20周年 シリーズ 1989からの出発 ([NHK総合 (2009.7.7~8)])
不快指数の高い日々が続く。夏バテしているつもりはないのだが、晩酌もそこそこに、深夜のバラエティ番組をさわりだけ観て寝てしまう毎日に、認めたくはないが加齢による衰えを感じてしまう。そんな7月に観たテレビ番組の中で、印象に残ったものを書き留めておく。

まずは、NHK BS-hiの「ハイビジョン クラシック倶楽部」から。「室内楽コンサート」と題された演奏会は、岡山県のロマン高原かよう総合会館にて行われたもの。時間の都合で仕方ないとはいえ、ショスタコーヴィチの中間楽章がばっさりカットされていたのは悲しい。このメンバーで室内楽をする機会がどれほどあるのか知らないが、それぞれの演奏スタイルに共通するものがあまり感じられず、有名音楽家が集まったという以上の内容を聴きとることはできなかった。ショスタコーヴィチもさることながら、おそらくはメインの曲目であろうシューマンには何の感興もない。いかにも“どさ回り”といった風情の音楽は、果たして公共放送で流すほどのものだったか?

一方、「ロシアン・プレリュード」と題されたジルベルシテインの番組は、NHKのスタジオで収録されたもの。これは、非常に素晴らしかった。特に、タネーエフの前奏曲の詩情は絶妙。2曲ともに彼女の得意なレパートリーのようで、正統的な解釈と端正な技巧、そして味わいのある綺麗な音色が際立つ名演といってよいだろう。

ちなみに、僕が持っているジルベルシテインのCDは、この番組でも演奏されたラフマニノフの作品32とショスタコーヴィチのピアノ・ソナタ第1番がカップリングされたアルバムのみ(音楽祭などのアルバムをのぞく)。このジャケットの記憶しかなかったので、すっかり巨匠となった現在の容姿に一瞬吃驚。このCDは1988年の録音だから、そりゃあ20年も経てば誰でも変わるのは当たり前……と、鏡に映る自分の容姿を見て見ぬふりをしたりして。

6月21日付の記事で触れた「ユーゴスラビアの崩壊」というドキュメンタリー(全6回)に引き続いて、NHK BS-1で放送された「1989からの出発」というドキュメンタリー(全4回)が、NHK総合でまとめて再放送された。各回のタイトルは次の通り:
  • ポーランド 大国支配からの脱出 ~“連帯”勝利より20年~
  • ルーマニア 民主国家への苦闘 ~流血革命より20年~
  • チェコとスロバキア ふたつの道 ~ビロード革命より20年~
  • 旧・東ドイツ“英雄都市”の試練 ~壁崩壊より20年~
旧体制を倒した時の熱気、期待通りではない現実、そしてその反動とも言える過去の美化(?)。同列に扱うことは憚られるが、わが国の自民VS民主の先に待ち受けるものを示唆しているようで、何とも暗澹たる気分である。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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