【録画】NHK交響楽団 第1663回定期公演

  • ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ、左手のためのピアノ協奏曲、ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」 デュトワ(指揮) ルガンスキー (Pf) (2009.12.16 録画 [NHK BS-2(2010.1.29)])
2009年12月のNHK交響楽団定期公演から、1月14日の記事で紹介したAプロ、1月21日の記事で紹介したCプロに続き、Bプログラムの初日がNHK BS-2で放送された。国会中継の影響で、当初の予定から1週間遅れての放送である。

先の2つの公演と同様に、非常に水準の高い演奏会だと感じた。デュトワの十八番であるラヴェルの2曲のみならず、ショスタコーヴィチも大変素晴らしい出来であった。

ラヴェルは2曲ともに、幾分淡々とした風情を漂わせながらも、ラヴェル以外の何物でもない雰囲気で満たされた、確かな手応えを持った演奏。ただ、響きの多様性という点で物足りなさを感じてしまうのは、N響の特性というか限界というか、いずれにしても惜しい。ルガンスキーの独奏には爽やかな貫録があり、落ち着いて音楽に身を委ねることができた。

ショスタコーヴィチの交響曲の中でも、第11番は好んで聴くことがあまりない作品の一つ。それは独特の仰々しさを敬遠してしまうからだが、この演奏にはそうした嫌味が感じられず、流麗な格好良さでスコアの美しさや面白さを鮮やかに引き出しつつ、それでいて切実な迫真性をもった熱演に仕上がっていた。要するに、「あぁ、いい曲だなぁ」と心から思える演奏だったということ。1月30日の記事で紹介した第10番が期待外れだったので、この第11番にはそれほど期待していなかったのだが、今度は嬉しい方の期待外れ。金管陣の不安定さも、ぎりぎり許容範囲といったところで、現在のN響の実力が十分に発揮された秀演だったと言ってよいだろう。
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【YouTube】ショスタコーヴィチ:交響曲第10番(デュトワ指揮)

1月15日の記事で紹介した第9番に続き、デュトワが指揮した交響曲の映像がYouTubeにアップされていた。演奏後まもなくNHK教育の「芸術劇場」で放送されたと思うが、うっかり見逃していただけにありがたく視聴させてもらった。

コンサートマスターの徳永二男氏をはじめ、様々なオーケストラで活躍している/していた奏者が随所に配置された特別編成のオーケストラは、機能的には優れており、とても良い音がしている。デュトワの棒にも、その意図を酌んだ的確な反応をしているものと見受けられる。要するに、プロの仕事としては十分に模範的な、水準の高い演奏と言ってよいだろう。

だがしかし、率直に言って、この演奏は好みでない。まず、徹底して美しい響きを求めるデュトワの姿勢が、この作品に対してはそぐわないように思われる。響きの背後にある切実な軋みのような“アク”が、この演奏には感じられない。同じ壮麗な響きでも、カラヤンではなくショルティに近い印象である。徹頭徹尾、不思議なまでに燃え上がることのない、不感症のようなオーケストラの演奏が、それに輪をかける。

こういう、ショスタコーヴィチから時代の刻印を拭い去ってしまうような解釈も、一つの方向としてありだとは思うが、やはりどうしても音楽の訴求力まで失われてしまうように感じられて仕方がない。それがショスタコーヴィチの弱みであると同時に、抗うことのできない魅力でもあるのだろう。

第1楽章(1)第1楽章(2)
第1楽章(3)第2楽章
第3楽章(1)第3楽章(2)
第4楽章(1)第4楽章(2)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
デュトワ/宮崎国際音楽祭O(2006年5月14日 宮崎県立芸術劇場アイザックスターンホール)

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【YouTube】ショスタコーヴィチ:交響曲第5番(ガンバ指揮)

韓国を代表するオーケストラの一つと言われるKBS交響楽団のショスタコーヴィチ演奏が、YouTubeにアップされていた。我が国を除くアジアのオーケストラを聴くことは滅多になく、韓国のオーケストラはこのKBS響が演奏したショスタコーヴィチの組曲「馬あぶ」他のCD(Koch 3-7247-2H1)しか耳にしたことがないと記憶している。

日本で言えばN響と同じような団体なのだろう、放送局が制作したと思われる高品質な映像で演奏を視聴できるのは嬉しい。

明るく開放的で威勢よく楽器を鳴らす演奏スタイルは小気味の良さを感じさせるものの、全体に音の肌理は粗い。これは、そもそもPCで視聴しているということの他に、映像収録時の録音特性に起因する部分も多いのではないかと思う。一見したところ、弦楽器陣は総じて良い楽器を使用しているようだし、技術的な問題だけではなく、そもそもこういう音色を志向しているような気がしないでもない。ただ、金管楽器と打楽器は音量優先なのか、お世辞にも綺麗な響きとは言い難い。わが国のオーケストラでも金管楽器に感心したことはなく、アジア人には不向きな楽器なのかもしれない。

ガンバの解釈は、第2楽章で少し厭味な表情付けがある以外は、ごくオーソドックスなもの。演歌チックな歌い込みは指揮者ではなくオーケストラの個性なのだろうが、それを下手に制御するのではなく、むしろそれを活かして音楽を作っているのが好ましい。音程などの技術面が一層洗練されるならば、さらなる可能性が感じられるオーケストラと思う。

第1楽章(1)第1楽章(2)
第2楽章(~第3楽章(1))第3楽章(1)
第3楽章(2)第4楽章
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
ガンバ/KBS SO(2009年10月27日 ソウル・アート・センター)

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【録画】NHK交響楽団 第1662回定期公演

  • チャイコーフスキイ:ヴァイオリン協奏曲、ヤナーチェク:グラゴル・ミサ デュトワ(指揮) シュタインバッハー (Vn) ディーナー (S) コロヴァー (A) オニール (T) ペトレンコ (B) 東京混声合唱団 (2009.12.11 録画 [NHK BS-2(2010.1.15)])
  • BS特集:“和解”へのハーモニー ~“バルカン室内管弦楽団”の挑戦~ (録画 [NHK BS-1(2010.1.16)])
2009年12月のNHK交響楽団定期公演から、1月14日の記事で紹介したAプロに続き、Cプログラムの初日がNHK BS-2で放送された。もちろん、ヤナーチェクが目当てである。

だが、“前座”のチャイコーフスキイがとても素晴らしい演奏で、いわば嬉しい誤算といった感じ。アラベラ・美歩・シュタインバッハーの演奏は、以前ショスタコーヴィチの協奏曲のCDを聴いたことがあるが(2009年1月10日の記事)、その時の印象は「単にきちんと弾いているだけのつまらない演奏」といったような、かなり否定的なものであった。しかし、このチャイコーフスキイはそれに留まらない、傑出した美演と深く感銘を受けた。まず、コンクールのように特別な機会以外で、この作品を隅々まで丁寧に弾き切る演奏というのは滅多に耳にすることがない。彼女の演奏は、たとえば第1楽章の終結部を聴けば分かるように、本当に丁寧に、余計な力みもなく、終始清潔かつ美しい、洗練された響きを奏で続けていた。前述したショスタコーヴィチとの印象の違いは、作品との相性なのか、経験を重ねた彼女の精進の成果なのか、よくわからないが、ともかく、このチャイコーフスキイは素晴らしかった。テレビで聴いただけでは楽器の鳴りまで判断できないが、清潔な音色と音楽性は、この協奏曲が持つ嫌味を見事に払拭していた。オーケストラは、伴奏としては立派な出来。もう少し色々とできそうな気はするが。

メインのヤナーチェクは、これはもう、実演の映像を視聴できただけでも満足。聴いていた時の想像以上に複雑なテクスチャに圧倒されつつも、個性的な美しさと壮麗さを堪能することができた。アンサンブルには細かい綻びも皆無ではなかったが、聴かせどころを的確に踏まえた堅実な演奏は、この作品の魅力を伝えるには十分なもの。もっとも、終演後の拍手はどうにも締まらず、聴衆がこの作品に戸惑いも感じていたことが窺えた。あまりこだわるべきポイントではないのだろうが、やや興醒め。

2009年12月10日の記事で触れた柳澤寿男先生のコソボでの活動が、別のドキュメンタリー番組で紹介された。今回のドキュメンタリーは、BS Japanの番組の最後に登場したバルカン室内管弦楽団(現段階では弦楽合奏団のようだが)の来日公演を中心とした構成になっていた。先生は随分痩せられていて健康が心配ではあるが、エネルギッシュな指揮ぶりと口調は相変わらず。まだまだアンサンブルの水準は低く、日本で全国行脚しても興行が成立するとは思えないが、そう遠くない将来、音楽的な進歩を遂げて、関西でも演奏会が実現することを心から願う。

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『ムラヴィンスキー 高貴なる指揮者』


  • タシー, G.・天羽健三訳:ムラヴィンスキー 高貴なる指揮者, アルファベータ, 2009.
昨年の春に刊行されて以来、ずっと読んでみたいと思っていたものの、わりと高価(本体3,800円)であるが故に買いそびれていた一冊。それでも2ヶ月ほど前に購入はしていたのだが、これだけの大著(本文339ページ)を読了するにはさらに時間がかかってしまった。

結論から言うと、これだけのコスト(価格だけでなく、読むための時間も含む)をかけるほどの価値は感じられなかった、というのが正直なところ。その最大の理由は、訳者自身も「訳者あとがき」で示唆しているように、個々の記述の信頼度があまり高くないところにある。様々な文献からの引用が多く、もちろんそれらの引用元も明記されているのだが、何をどのように引用し、それらをどう関連付けてどのような解釈を行っているのかが、全文を通して明確ではない。そもそも、引用元の吟味がどのような基準で行われているのかも判然としない。したがって、ある熱烈なファンが彼のアイドルであるムラヴィーンスキイに関するものを手広く蒐集し、それを年代順に並べて披露している、といった感が強くなってしまい、評伝的な体裁をとりながらも、対象であるムラヴィーンスキイの人物像や評伝を貫くストーリーがない、極言すればゴシップ集に近いものとなっているように感じられる。

たとえば、ショスタコーヴィチの交響曲第13番を巡るすれ違いについて、「(ショスタコーヴィチは)ムラヴィンスキーに対して苦々しく思っていなかった」(p.255)としつつも、そのすぐ後の記述の中では「ささいな怨恨を抱いたままのショスタコーヴィチは、……(ムラヴィンスキー)との関係に、はっきりした態度を示すことはなかった」(p.278)としている。このように主張が一貫していないのは、様々な憶測や関係者の回想を著者が無批判に列記しているだけのようにしか思えない。だから、読んでいて面白いエピソードがあることは否定しないが、それらを引用する場合には少なからず注意が必要となるだろう。

また、記述内容のバランスの悪さも気になる。チェルカーソフやショスタコーヴィチとの交流に関する記述が大半を占めているのだが、それはムラヴィーンスキイの人生の大半を占めるという観点からなされているのではなく、単にチェルカーソフやショスタコーヴィチに関する史料の絶対量が多いというだけのように思われる。もちろん、ショスタコーヴィチ作品の初演や解釈に関する記述も面白いが、これだけの大著を手にする読者の多くは、たとえばサルマノフなどのような、ムラヴィーンスキイだけが積極的に取り上げ続けた作曲家との関係についても知りたいと思っているにちがいない。

さらには、文の読み辛さも指摘しておきたい。これは、訳文がこなれているかどうかという話ではなく、文意を理解できない文が少なからずあるということである。もっとも、このことは必ずしも翻訳上の問題とは限らず、原文自体が文意の不明瞭な英文であった可能性もある。この点については原著を読んでいないのではっきりしたことは言えないが、少なくとも単行本にする前に『クラシックジャーナル』誌で連載していたのだから、もう少し丹念に推敲してもよかったのではないかと思う。

訳者が本文に手を加えたり、本文中に訳注を埋め込んだりしていることも、僕の趣味ではない。写真やディスコグラフィ、コンサートリストについても同様。それ自体は労作であるし、非常に有用で素晴らしい資料ではあるのだが、それを他人の著作に埋め込んでしまうことには違和感が残る。それらの資料は別途対価を支払ってでも欲しい人達がいるはずだ。事実、自費出版に近い形だった初版は一定の部数が出たようだし、僕自身も店頭で購入した。であるならば、純粋に訳書の体裁をとり、本体価格をもう少し下げるべきではないだろうか。

期待が大きかっただけに、我ながら随分と辛口な評になってしまったが、この偉大な指揮者に関する書物を上梓するにあたっての、訳者をはじめとする関係者の情熱とエネルギーには、率直に敬意を表しておきたい。

HMVジャパン

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【YouTube】ショスタコーヴィチ:交響曲第9番(デュトワ指揮)

デュトワ繋がり…という訳ではないが、タイミングよくYouTubeにデュトワのショスタコーヴィチ演奏がアップされていた。今となっては20年近く前の来日公演の映像である。デュトワ/モントリオールSOの絶頂期と言ってもよいのだろう。この時はベルリオーズの「幻想交響曲」(ショスタコーヴィチとは別の日)が大変な名演だったようで、ネット上にもいくつかの感想がある。

さて、デュトワ/モントリオールSOのショスタコーヴィチ録音には、交響曲第1、5、9、15番の4曲がある。いずれもこのコンビの美質が発揮された素晴らしい演奏だが、この映像でも同様の演奏が繰り広げられている。第1楽章こそアンサンブルに微妙な乱れが感じられなくもないが、第2楽章以降は機能的でありつつもニュアンスに満ちた、しなやかな音楽が流れていく。また、楽曲構造に対する見通しが良く、造形という点でも申し分がない。

このように非常な高みに達していたコンビだけに、最後は喧嘩別れに終わったことが、今となっては何とも惜しまれる。

第1楽章第2楽章
第3~4楽章第5楽章
ショスタコーヴィチ:交響曲第9番
デュトワ/モントリオールSO(1992年4月11日 サントリーホール)

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【録画】NHK交響楽団 第1661回定期公演

  • ストラヴィーンスキイ:アゴン、ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番、R. シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」 デュトワ(指揮) ゲルシュタイン (Pf) G. カプソン (Vc) 店村眞積 (Va) (2009.12.5 録画 [NHK BS-2(2010.1.8)])
2009年12月のNHK交響楽団定期公演は、デュトワ指揮による3つのプログラムのいずれもが聴き応えのある素晴らしいプログラミングであった。その内、まずはAプログラムの初日がNHK BS-2で放送された。なお、メインの「ドン・キホーテ」とショスタコーヴィチ(第1楽章のみ)は、1月10日放送の『N響アワー』でも取り上げられていた。

第1曲目のアゴンから、ミスの少ない緻密なアンサンブルに感心する。実演に足を運ばずに評するのも申し訳ないが、音楽的にも技術的にも散漫な演奏が少なくない近年のN響の状態を考えると、それだけでも出色の出来と言ってよいのかもしれない。ただ、流麗な仕上がりは、果たしてこの楽曲が求めている姿なのかと言えば、少し違和感が残るのも事実。

続くショスタコーヴィチは、とても素晴らしい出来だと感じた。まずは、隅々まできっちりと作り込んだゲルシュタインの音楽が良い。奇を衒うようなことは一切なく、丹念にスコアを辿っていく様は几帳面ですらあるが、硬直した部分はなく、表情豊かで雄弁な音楽に仕上がっていることに感心した。技術的には明晰でありながらも、どこか鈍さを感じさせるタッチには雰囲気があり、一方で揺るぎないリズム感も見事。デュトワの伴奏もゲルシュタインの独奏と相性が良く、とても気持ちの良い演奏であった。

前半の2曲に比べると、メインの「ドン・キホーテ」は印象が薄い。全てが流麗に整えられているので聴きやすいことは確かだが、この曲にはもっと厭味のあるハッタリを求めたくなる。G. カプソンのソロも同様で、達者なのは分かるのだが、率直に言って面白くない。その意味では、店村氏や篠崎氏のソロの方が、自己顕示的な厭らしさがあって良かった。

いずれにせよ、とても水準の高い演奏会であったことには違いなく、終始愉しんで視聴できた。残るBプロとCプロも楽しみである。

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【YouTube】コンフント9

1月9日の記事で「ピアソラにとっての理想的な演奏形態がキンテートであっただろうことは、短命に終わったコンフント9をひとまず考慮に入れなければ、衆目の一致するところだろう」と述べた。キンテートの音楽遺産は質量ともに際立っているのだが、それでもコンフント9の緻密でありながらも広がりのある響きをキンテートの上に位置付けたくなる衝動を抑えることはできない。

わずか1年ほどで解散してしまった団体だけに、遺された録音はそれほど多くない。演奏風景の写真ですら珍しいだけに、ましてや映像となると極めて貴重である。これまでネットで視聴できるピアソラの映像を5回に渡って紹介してきたが、その最後に、僕の大好きなコンフント9の映像を2つ紹介したい。なお、これらについては、斎藤充正氏のブログ「tangodelog」の2009年11月26日の記事)でその存在を知った次第。

まずは、1972年にイタリアのテレビ番組に出演した際の映像。「Divertimento 9」というちょっと渋い選曲だが、この1曲だけの出演とは考えにくいので、他の演奏曲目についても映像が発掘されることを切に願いたいところ。

それはともかく、アンサンブルの完成度がもの凄い。九重奏という、決して少なくない人数のアンサンブルにしてこの緊密さ。奏者同士が互いの機微を知り尽くし、演奏している楽曲に対する理解を完全に共有していることの証明だろう。楽曲や響きもさることながら、こういう奏者を常に従えることができたという点で、この団体をピアソラにとっての究極の形態とすることに問題はないだろう。

Divertimento 9
1972年


この編成には、イタリアの女性歌手ミーナとの共演の映像も遺されている。ステージの雰囲気などから上述した映像と同じライヴ(番組?)のような気もするが、よく分からない。この演奏は1993年にCD化されているが、僕は未入手である。

ミーナの歌唱は少々絶叫系で僕の好みではないが、伴奏するコンフント9の濃密な音楽にはノックアウトされてしまう。中間部のピアソラのソロは、いくつもあるこの曲のアレンジ、演奏の中でも一、二を争う素晴らしさ。

Balada para mi muerte
1972年


楽曲だけでなくミーナによるピアソラの紹介も聞くなら、こちらの動画の方がお薦め。

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【YouTube】バンドネオン奏者、ピアソラ

これまでキンテートやコンフント・エレクトロニコのようなアンサンブルの映像を紹介してきたが、今回はピアソラ個人が独奏者として演奏している映像をいくつか紹介してみたい。

まずは、1971年にイタリアの「Senza Rete」というテレビ番組で、オーケストラ伴奏の「ブエノスアイレスの夏」を演奏している映像。この詳細については、斎藤充正氏のブログ「tangodelog」の2009年11月26日の記事)に詳しい。

ベースラインが軽いせいか、オーケストラの響きがイージーリスニング風の当たり障りのないものなのが不満ではあるが、それも織り込み済みのアレンジなのだろう。ピアソラの生気に満ちた存在感は抜群で、なかなか見応えがある。

Verano porteño
1971年


オーケストラ伴奏の映像には、80年代前半と思われる時期のものがニコニコ動画にアップされている。バンドネオン協奏曲は第1楽章のみ、プンタデルエステ組曲も第1曲のみなのが残念だが、同じコンサートで収録されたと思われるこの映像は、特にプンタデルエステ組曲の自作自演映像が他にないようなので、とても貴重である(そもそも録音ですら、まともな状態のものは遺されていない)。上述したイタリアでの映像に比べると、オーケストラのフィーリングがはるかに上等で、動画の品質は優れないながらも、見逃すわけにはいかない映像と言ってよいだろう。





1月10日の記事で紹介した短編映画『キンテート』の1年前(1966年)に、同じマウリシオ・ベルー監督が制作した短編映画『愛しのバンドネオン』の中で、ピアソラがコビアンの「私の隠れ家」をバンドネオン独奏している映像もYouTubeにアップされている。曲よし演奏よし。“リクエストによる埋め込み無効”なので、こちらから動画にアクセスしてください。

ニコニコ動画には、「Adios Nonino」のバンドネオン独奏の映像もある。こちらは演奏もさることながら、映像の雰囲気がとても良い。



最後に、バンドネオン二重奏が中心となっている曲の映像を。最晩年のセステートによる「Preludio y Fuga」で、長大なPreludioの部分がビネリとの二重奏である。複雑で晦渋な、決して分かりやすい音楽世界ではないが、人生の最期まで新たな可能性を探求し続けたピアソラの姿は胸を打つ。

Preludio y Fuga

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【YouTube】TV番組でのピアソラ・キンテート

1986年の6月頃、ピアソラ・キンテートはブラジルのTV番組「シコとカエターノ」にゲスト出演した。斎藤充正氏の『アストル・ピアソラ 闘うタンゴ』(青土社, 1998)によると、これはTVグロボが毎月第四金曜日に放送していた番組とのこと。司会はシコ・ブアルキとカエターノ・ヴェローゾ。全部で何曲が演奏されたのか分からないが、YouTubeには2曲がアップされている。

「Michelangelo '70」については3種類アップされているが、司会のコメントの有無が異なる。「Adios Nonino」は『シコとカエターノの最良の機会』というアルバムに収録されているのと同一の演奏(CDの方は未入手)。冒頭のピアノのカデンツァがないが、冒頭でシーグレルの顔がアップになっているところから推測するに、収録時間等の都合でカットされたのだろう。

同時期、同メンバーの同曲の幾多の録音に比して傑出しているとは言えないが、高水準で安定した演奏活動を行っていたことの証のような映像である。

Michelangelo '70
Adios Nonino


磨き上げられたアンサンブルの極致とでも言うべき80年代のキンテートに対し、60年代のキンテートが持つ個人技の圧倒的な冴えというのも、比類なき魅力を持っている。この時期の映像というのはそれだけで貴重だと思われるが、当時のTV番組と思われる映像を2つ見つけることができた。

「レヴィラード」は全曲が収録されているというのが嬉しいし(ピアノはマンシ)、「ブエノスアイレスの夏」は抜粋ながらもピアノがタランティーノであるのが貴重極まりない。ちなみに、「ブエノスアイレスの夏」はギターがロペス・ルイスなので、コンフント9解散直後の1972年の収録ではないかと思われる。とにかくお薦め。

ReviradoVerano porteño(抜粋)

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【YouTube】ピアソラ・キンテートのリハーサル

80年代のキンテートには、録音も映像も数多く遺されている。わが国でも少なくない量の映像がVHSやDVDでリリースされてきた。ただ、せっかくYouTubeを彷徨うのなら、商品化されていない、あるいはされる見込みのないプライヴェート映像のようなものを探したいところ。

そういった、いかにも貴重そうな映像の一つが、1985年にブエノスアイレス郊外のライヴ・ハウス「シャムス」で行われた公開リハーサルの映像である。

リハーサルとは言っても、演奏を途中でやめたりするわけではなく、ややリラックスした雰囲気であることを除いては、本番とそれほど異なるものではない。ただ、アンサンブルがわりとルーズであることと、コントラバスの音がまともに捉えられていない録音には不満が残る。

Chin ChinEscualo
Michelangelo '70


リハーサルということなら、マウリシオ・ベルー監督の短編映画『キンテート』(1967年)も観たいところ。これは20分ほどの短編らしいが、「革命家」のリハーサル風景などが収められたファン必見の内容らしい……のだが、未だ商品としてリリースされたことがないとのこと。ここで視聴できるのもほんの一部分だけなのだが、「悪魔のタンゴ」の冒頭を颯爽と弾き始める5人の姿に目が釘付けになってしまう。あえて欲を言うなら、ピアノがゴーシスだったらもっと良かったのだが、そんな贅沢を言うべきではないだろう。それよりも、この時代の映像が、たとえどんな劣悪な品質であったとしても、数多く発掘されることを望みたいものだ。

Fragmento de “Quinteto”
(Mauricio Beru, 1967)

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【YouTube】ピアソラの黒歴史?

ピアソラにとっての理想的な演奏形態がキンテート(バンドネオン、ヴァイオリン、エレキ・ギター、コントラバス、ピアノ)であっただろうことは、短命に終わったコンフント9をひとまず考慮に入れなければ、衆目の一致するところだろう。もちろん、楽器編成が良かったというだけではなく、全てのパートに極めて優れた奏者を配置することができたことも、強調しておく必要がある。

一方、ピアソラにとって最も成功しなかった演奏形態となると、その実験的な意義については無視できないものの、70年代の電子楽器を用いたアンサンブルを挙げる人が多いのではないだろうか。僕も、その一人。ピアソラを聴き始めた当初、何も分からずにこのコンフント・エレクトロニコの海賊盤(?)を聴き、すっかり当惑してしまったのは懐かしい思い出だ(1997年7月18日の記事)。

コンフント・エレクトロニコは、1975年9月頃から演奏活動を開始したようだが、翌76年2月にはヴァイオリンのアグリが脱退してしまう。この編成で遺されている録音(海賊盤を含む)はいずれも、アグリの代わりにフルート(またはサックス)のシュネイデルが参加してからのものばかりである。したがって、アグリ時代の音源というのはそれだけで貴重なのだが、何とその映像がYouTubeにアップされている。それらは“リクエストによる埋め込み無効”になっているので、以下に動画へのリンクを張っておく。
この映像からの抜粋(?)がいくつかあるので、それらも紹介しておきたい。好みの曲だけを聴きたい場合は、その方が便利なことも少なくないだろう。

「Solitude」は、以下の動画の方が冒頭の欠落もなく、画質も良い。2つとも同一の動画だが、品質は左の方が良好。

Solitude


「Años de soledad」には、2つほど抜粋の動画があった。トリミングの仕方が異なるので、お好きな方をどうぞ。品質は「その2」の方が良好。
「Chiquilín de Bachín」には次の動画もあるが、品質が悪いのであまりお薦めできない。

Chiquilín de Bachín


「Bandoneón」は、次の動画の方が一つにまとまっているので良いだろう。

Bandoneón


これらの映像と同じライヴで収録されたのではないかと思われる「Amelitango」と「Whisky」の動画もある。「Amelitango」でアグリの出番はない。ライヴの1曲目として、「Solitude」の前に演奏されたのだろうか?また、「Bandoneón」と「Whisky」が演奏されていることに加えて、「Bandoneón」の前のスピーチで「Zita」という語が聞き取れることも合わせると、「トロイロ組曲」の全曲が演奏されたりしたのだろうか?想像は膨らむ。

AmelitangoWhisky


さて、これらの一連の演奏を聴いて思うのは、サウンドがいかにも古臭いということ。当時としては新奇性もあったのだろうが、“時代の最先端”という時代の刻印が強く、キンテートのような普遍性を獲得し得ていないことは否めない。ただ、アグリの存在は決定的で、彼のヴァイオリンが鳴った瞬間に、全てがピアソラ色になる。コンフント・エレクトロニコが成功を収められなかった最大の理由は、楽器編成よりも奏者の質、とりわけアグリの不在にあったのだろうと、この映像を視聴して強く感じた次第。

ピアソラの電子楽器時代は、彼の生涯を俯瞰するならば、やはり一種の黒歴史であろう。その幕開けを告げたのは、1974年のアルバム『LIBERTANGO』である。80年代のキンテートによってピアソラの代表作へと昇華した「Libertango」だが、このアルバムに収録された演奏では、バンドネオンの響きとコード進行の目新しさくらいしか感じられない。要するに、ピアソラ自身の創作が全くの不調だったという意味ではなく、彼の音楽を具現化するための適切な奏者に恵まれなかったという意味での“黒歴史”である。

ニコニコ動画に、発表当時に収録された「Libertango」の映像がアップされている。この映像の楽器編成は上述したアルバムを小型にしたような感じだが、アルバムに参加した奏者達の姿を見ることができるという点で興味深く、また貴重な映像である。何かの番組のようだが、動画の半分くらいはタイトルバックで、本編の「Libertango」よりもそのBGMである「Zum」の方が長いくらいだ。それでも、当時のピアソラの意欲と、それに反してイタリアのスタジオ・ミュージシャン達がピアソラの音楽を単なるムード音楽としか表現し得ていない様を窺い知ることはできる。

ちなみに、クレジットをよく見ると、マリンバ奏者があの悪名高きアルド・パガーニとなっている。こんな顔をしていたのか。

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【YouTube】ピアソラ&バートン

2009年12月23日の記事で紹介したピアソラとミルバのアルバムを聴いてからというもの、久し振りにピアソラ熱がぶり返したようで、あれこれ引っ張り出して聴き直している。ただ、机に向かって何となく聴きたい時には、やはりYouTubeが手軽で面白い。サイトにアップされている動画の全てを丁寧に網羅したわけではないが、気になった動画をいくつかピックアップして紹介していきたい。

まずは、1986年の夏にイタリアで行われた「ラヴェンナ・ジャズ」でピアソラとゲイリー・バートンが共演した時の映像から。ピアソラの登場と共に始まる「アディオス・ノニーノ」から、スピーチをはさんで、バートンとの共演が5曲収録されている。この顔合わせでは、同時期(1986年7月17日)にスイスの「モントルー・ジャズフェスティヴァル」でのライヴを収録したアルバム『THE NEW TANGO』が名盤として名高い(ピアソラ本人は、その出来に満足していなかったようだ)が、この映像でも同様に高水準の演奏が繰り広げられている。

なぜか白黒の上に画質も劣悪なのだが、ミルバとの来日公演と同様にピアソラ晩年の輝きを収めた貴重な動画である。上述したアルバムとは曲順が異なる他、キンテートのみによる「アディオス・ノニーノ」が収録されている一方で、「オペレーション・タンゴ」と「天使の死」(アンコール?)は収録されていない。映像が欠落しているだけなのか、当日は演奏されなかったのか、その辺りの詳細は分からない。

どこか気だるさを感じさせるような幻想的な雰囲気に加え、内面の燃焼度の高さも感じさせる素晴らしい演奏である。なお、この動画は“リクエストによる埋め込み無効”なので、以下にリンクを張っておく。
この顔合わせには、モントルーのわずか10日後の1986年7月27日に、わが国の山口県下関で行われた「マリンピアくろいジャズフェスティバル」に出演した際のテレビ映像もある。映像の中では「天使の死」と記されているが、実際には「ヌエボ・タンゴ」である。残念ながら途中でカットされているが、上記映像と聴き比べしてみるのも一興だろう。YouTubeにもニコニコ動画にも同じものがアップされているので、どちらでもお好きな方を。なお、この動画の素性については、斎藤充正氏のブログ「tangodelog」の2009年12月6日の記事)に詳しい。

Nuevo Tango
「マリンピアくろいジャズフェスティバル」(1986年7月27日)


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「ロスチャイルドのヴァイオリン」/「賭博師」(ペトレンコ指揮)

  • フレーイシマン(ショスタコーヴィチ補筆):歌劇「ロスチャイルドのヴァイオリン」、ショスタコーヴィチ:歌劇「賭博師」 ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO他 (Avie AV2121)
11月27日12月4日、および12月11日の記事で紹介したHMV ONLINEでの買い物の最後の1枚。メーカー在庫切れということで入荷までに一ヶ月半ほどかかったが、無事に入手できてよかった。特にフレーイシマンの作品は、ロジデーストヴェンスキイによる2種類の録音に続く3つ目の新録音、しかもライヴ録音ということで、入手し損なっていたら随分と悔いが残っただろう。

両曲共に流れが良く、洗練された手堅い演奏である。「ロスチャイルドのヴァイオリン」では、幾分あっさりした印象があるものの、旋律線や響きの美しさが素直に引き出されていて好ましい。歌手陣に弱さを感じるが、水準以上の出来と言ってよいだろう。一方の「賭博師」も同様の演奏なのだが、その特徴が裏目に出てしまったようだ。この曲には不健康なロシア臭とでもいうようなアクの強さが欲しいところだが、この演奏からはその要素が欠落している。スコア片手に作品を勉強しようというのなら悪くないが、面白味には欠ける。

HMVジャパン

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

フェラスのオネゲル他


  • ショーソン:詩曲、ラヴェル:ツィガーヌ、オネゲル:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ フェラス (Vn) セバスチャン/ベルギー国立O (London LL-762 [LP])
  • カバレーフスキイ:W. シェイクスピアによる10のソネット、マルシャークの詩による6つの歌曲「Time」 レイフェールクス (Br) カバレーフスキイ (Pf) (Melodiya 33 C10-09763-4 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:祝典序曲、交響曲第1番 M. ヤンソンス/BBCウェールズSO (BBC REN 637 X [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.から3枚のLPが届いた。今回の目玉は、2009年10月11日の記事にも記したオネゲルの無伴奏ヴァイオリン・ソナタを収録したフェラスのアルバムである。こんなに早く、しかもAmazonのマーケットプレイスよりは安く(70ドルだった)入手できるとは、嬉しい誤算。

まずは目当てのオネゲル作品について。きちんとした演奏を聴いたのは初めてだったが、自分で譜読みした印象とそう大きく異なることはなかった。この種の作品の常としてJ. S. バッハの楽曲を強く意識させるのは仕方ないが、渋すぎず、でも噛めば味が出るような空気感に、オネゲルらしさが発揮されている。演奏頻度が高くないのはやむを得ないものの、完全に忘れ去られるには惜しい佳品である。フェラスの演奏は、他の2曲にも通ずることだが、とにかく美しい。良い楽器のポテンシャルを存分に引き出した高級感たっぷりの音は、それだけで一級品と言ってよいだろう。聴き慣れたショーソンやラヴェルでは、フェラスの特徴がより一層はっきりとする。解釈や独自の弾き崩しで聴かせるのではなく、磨き上げられた技術と美音でヴァイオリンの魅力を余すところなく端正に表出するといった感じ。カラヤンが好んで共演したのもよくわかる。

カバレーフスキイの歌曲はほとんど聴いたことがないのだが、彼の代表曲の一つでもあるシェイクスピアのソネット全曲と、最後期の作品である「Time」(時よ、とでも訳しておけばよいのだろうか?詩がわからないので、ここではこのような英語表記をしておく)を、若きレイフェールクスと作曲家自身が演奏したアルバムも入手することができた。シェイクスピアのソネットは、数曲の抜粋を数種類の演奏で聴いたことがあるものの、全曲を聴くのは今回が初めて。良く言えば保守的な、悪く言えば陳腐な作風ではあるのだが、どの曲も仄かなロマンを感じさせる洒落た雰囲気を持った、素直に綺麗だと思える曲集である。一方の「Time」は、“序奏とレチタティーヴォを伴う6つの歌曲”とされていることも関係しているのか、歌謡的な旋律線はあまりなく、少々晦渋な作品であることは否めない。気高さよりは力の衰えが感じられてしまう。カバレーフスキイの作曲家としての晩年がどのようなものであったのか、作品を知らないだけではなく年譜的な知識もないので包括的に論ずることはできないが、この作品に関する限り、齢を重ねて孤高の境地に達した……わけではなさそうだ。演奏は、両曲ともに素晴らしい。

ソ連時代の若きM. ヤンソンスがイギリスのオーケストラを振った、ショスタコーヴィチ作品の録音は、随分前にBerkshire Record Outletで入手していたのだが、残念ながらカセットテープだったので、今回LPの形で改めて買い直した次第。この演奏、『ショスタコーヴィチ評盤記』の著者でもある安田寛氏が名盤として紹介していることも多いので、その存在を知っている人も少なくないだろう。正直なところ、僕にはそれほど感心した記憶がないので、まともなメディアを入手したこの機会に改めて聴き直してみたいという気持ちもあった。結論から言えば、もちろんカセットテープとLPとではその情報量に雲泥の差があるものの、聴いた後の印象に違いはなかった。音楽の作りは、良い意味で模範的なもの。しかし、それをもって高い評価を下すには、オーケストラの技量が低過ぎることが僕にとっては致命的。真摯で音楽的な演奏ではあるので、ショスタコーヴィチの、あるいはこの交響曲の熱心なファンなら、機会があれば一聴してみる価値はあるだろう。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏家_Ferras,C. 作曲家_Honegger,A. 作曲家_Kabalevsky,D.B. 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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