ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲(クヴャトコフスキ独奏)/ミケランジェロの詩による組曲(ホル独唱)/24の前奏曲とフーガ(ジャルベール独奏)

  • ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1&2番 クヴャトコフスキ (Vc) ラジスキ/ポーランド放送O (DUX 0549)
  • ショスタコーヴィチ:ミケランジェロの詩による組曲、プーシキンの詩による4つのモノローグ ホル (B) バシキーロヴァ (Pf) カラプチェフスキイ/フランス国立ロワールO (Calliope CAL 9382)
  • ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ ジャルベール (Pf) (ATMA ACD2 2555)
11月24日27日および12月6日の記事の続き。結局“ついで”に注文した音盤を先に聴き通してしまった。いずれも比較的新しい録音であるが、新譜としては既に鮮度を失ったものばかり。

ポーランドの若手チェロ奏者クヴャトコフスキによるチェロ協奏曲は、第1番の冒頭から溌剌とした、それでいて深みのある良い音色に耳が惹きつけられる。技術的にも非常に高水準で洗練されているので、明快なリズム感が鮮やかに表出されており、最良の意味での現代的な演奏と言ってよいだろう。オーケストラは地味ながらも無難かつ端正な出来。第2番のホルンは少々物足りないが、独奏の素晴らしさを妨げるほどのものではない。近年になってリリースされた同曲の録音中、出色の一枚である。

HMVジャパン


オランダ生まれのバス歌手ホルによる歌曲集は、最晩年の傑作「ミケランジェロ組曲」と、“雪どけ”前夜の隠れた佳品「プーシキンの詩による4つのモノローグ」という組み合わせである。どこか人間的な温もりを感じさせるホルの歌唱スタイルは、後者により相応しい。その優しい表情が、不遇の時期に、それでいてウストヴォーリスカヤに熱をあげていたりもした人間ショスタコーヴィチの一面を温かく描き出しているようにも聴こえる。一方のミケランジェロ組曲は、あまりに人間的すぎて生温い。オーケストラも柔和な響きに終始し、作品が持つ近寄り難いまでの荘厳さといった側面が欠落した演奏となっている。ピアノ伴奏版の方が、ホルの美質が生かされた演奏に仕上がったかもしれない。

HMVジャパン


カナダの若手ピアノ奏者ジャルベールによる24の前奏曲とフーガは、仄暗い静謐感が印象的な美演である。端正な表情を終始崩すことなく、それでいて抒情的に歌い込みつつ、均整のとれた造形をなし得ている。勢いに任せるところがないので、曲によっては物足りなさを感じると同時に、全体として単調さが気にならなくもないが、この雰囲気は決して悪くない。古典的な佇まいを持ったこの作品は、現代の若手演奏家と相性が良いのかもしれない。

Shostakovich
24 Preludes & Fugues Op.87
David Jalbert
HMVジャパン
スポンサーサイト

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

タネーエフ3題

  • ダルゴムィーシスキイ:ペテルブルグのセレナード、タネーエフ:無伴奏合唱曲(作品15、27より) サーンドレル/レニングラード放送cho (Melodiya C10-17571-2 [LP])
  • タネーエフ:弦楽四重奏曲第4番 タネーエフQ (Melodiya 33 C 10-08785-86 [LP])
  • タネーエフ:ピアノ三重奏曲、アリャービエフ:ピアノ五重奏曲 D. オーイストラフ (Vn) クヌシェヴィーツキイ (Vc) オボーリン (Pf) ベートーヴェンQ ギレリス (Pf) (Westminster XWN 18679 [LP])
12月4日および5日の記事の続き。Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.に今回注文した音盤の内、残る3枚はいずれもタネーエフ作品を収録したもの。

ダルゴムィーシスキイの「ペテルブルグのセレナード」は、民謡あるいは流行歌のような小曲をまとめたもの。全体にロシア音楽らしい音調が漂っており、グリーンカと“五人組”との間を繋ぐ、ダルゴムィーシスキイらしい作品と言えるだろう。一方、タネーエフ作品は5曲収録されているが、いずれも甘美なだけではなく、憂愁とでも形容すべき独特の仄暗さが魅力的。ムーソルグスキイやチャイコーフスキイを経て、いわゆる“ロシア音楽”が確立されたことを再確認させるような佳曲である。



タネーエフの弦楽四重奏曲は、作曲者によって番号が振られたものが6曲あるが、それ以前の習作にはその後の番号、すなわち第7~9番が与えられており、若干の混乱が生じている。この第4番は、ずっしりとした手応えのある大作である。形式的、作曲技法的に凝ってはいるものの、実際に演奏会場で聴くとなるとかなり冗長な気もするが、自宅でリラックスして聴く分には、陰鬱と言うにはあまりに甘美な抒情を楽しむことができる。とりわけ、第3楽章は素晴らしい。



タネーエフの作品中、ピアノ三重奏曲は演奏頻度の高い曲のようだ。わかりやすい楽想や技巧的に華麗なパッセージなどが存分に散りばめられているので、実演でも効果的なのだろう。オーイストラフ・トリオは、少々生真面目に過ぎる気はするが、劇的で引き締まった演奏は、この作品に相応しい。もちろん、ロシアの土の香りにも不足しない。ただ、翳りが感じられない音楽だけに、いかにも長い。むしろ、アリャービエフのピアノ五重奏曲が持つ屈託のない伸びやかな抒情が好ましく感じられた。ギレリス&ベートーヴェンQは、これぞロシア、という響き。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Taneyev,S.I. 作曲家_Dargomyzhsky,A.S. 作曲家_Alyabyev,A.A.

O. ディゴーンスカヤ:交響的断章(1945年), DSCH社―(2)

12月9日の記事の続き。誤訳等も多々あろうかと思いますので、お気づきの点がございましたら、コメントよろしくお願いいたします。



しばらくして、第9交響曲の初稿は再び「要求の厳しい作曲家によって破棄され11」、1945年6月26日、ショスタコーヴィチは新作であるヴァイオリン・ソナタ ト短調に着手した12。「私は、その晩(筆者注:1945年6月30日)幸運にめぐり会った」と、エヴゲーニイ・マカロフの日記にある。「私は、ドミートリイ・ドミートリェヴィチに今何かを書いているのかと尋ねた。彼は、ヴァイオリン・ソナタを書き始めたところだと答えた。そしてすぐに、それを弾いてみようと言った。彼は、魅力的な提示部(ト短調、ホ長調、3/4、Moderato con moto)を書きあげていた。第一主題は非常に感動的で、心からのものだった。提示部の繰り返しで、ドミートリイ・ドミートリェヴィチはちょっとした遊びをした。ヴァイオリンとピアノのパートを入れ替えたのだ。私は、ソナタの始まりを本当に気に入った13。」にもかかわらず、7月の半ばまでにショスタコーヴィチは、第9交響曲の初稿と同様に、この作品の作曲を中断することに決めた。「彼は、1年以上に渡って(彼の言葉を借りるなら“1行も”)作曲をしていないという事実に、ひどく悩まされていた」と、マカロフは1945年7月19日の日記に記している。「もちろん、これは誇張であった。彼は、第9交響曲とヴァイオリン・ソナタを書き始めていた。しかし、明らかに、彼はある種の創造的な危機を経験しつつあった。『私は、作曲している人がとにかく羨ましい』と、ドミートリイ・ドミートリェヴィチは言った。後半生に何も作曲することがなかったロッシーニの例は、彼を怯えさせた。また、おそらくは、最近の主要な3つの作品(第8交響曲、ピアノ三重奏曲(第2番)、弦楽四重奏曲第2番)が公的にはあまり成功しなかったことも、彼の気分に悪影響を与えたのだろう14。」

しかし、ショスタコーヴィチは価値ある音楽素材に背を向けたりはしなかった。顕著な例を記しておこう。第9交響曲の破棄された版の第二主題は、未完のヴァイオリン・ソナタで“そのままの形で”引用されている。さらに8年後、それは交響曲第10番 作品93の第1楽章第二主題に組み込まれることになる15

第9交響曲の初稿と第10交響曲との間にある主題の相似(それらは極めて有意であり、具体的な形をとっている)は、かなりの信憑性をもって、タチャーナ・ニコラーエヴァの証明されることのなかった証言と関連づけることができる。それは、ショスタコーヴィチが第10交響曲を1951年(1953年ではなく)に作曲し、当時、彼女のためにスコアを見ながら第1楽章の断片を演奏したというものだ16。第9交響曲の前段階の手稿を保管しておいたことで、1951年、作曲家はそれを別の交響的作品(第10交響曲)のための“やりかけの”素材17と考えることができ、その一部をタチャーナ・ニコラーエヴァに弾いて聴かせることができたのだろう。1953年に初めて第10交響曲を聴いた際、1951年にショスタコーヴィチが弾いてくれたことで馴染みのあった音楽の断片を彼女が“思い出した”のは、驚くほどのことではない。


ドミートリイ・ショスタコーヴィチの文書保管所におけるオーケストラのための未完成のスコアの発見―そのこと自体に価値がある―は、交響曲第9番と第10番の着想の起源と発展について、さらには、シンフォニスト・ショスタコーヴィチの創作上の特徴について新たな結論に達するだけの根拠を与える。

交響的断章(ロジデーストヴェンスキイが演奏会用に手を入れた版)の世界初演は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの生誕100年記念の音楽祭において、2006年11月20日にモスクワのチャイコーフスキイ・コンサート・ホールで行われた。ゲンナーディ・ロジデーストヴェンスキイ指揮のロシア国立シンフォニー・カペラ(音楽監督兼首席指揮者:ヴァレリイ・ポリャーンスキイ)が演奏した。

オーリガ・ディゴーンスカヤ





  1. 同上。

  2. RSALA, rec. gr. 2048, inv. 1, f. 30。保存されていた全てのスケッチ(作曲家によって「26 VI 1945」と日付が記されている)と、ヴァイオリン・ソナタの提示部の作曲家自身による清書譜は、新全集の第107巻で出版が予定されている(Shostakovich. Catalogue of Publications and Material for Hire, 2005/2006, DSCH Publishers, Moscow, 2005, p. 48 参照のこと)。

  3. E.P. Makarov, 前掲書, p. 27.

  4. 同上, p. 29.

  5. エリザベス・ウィルソンは、マナシール・ヤクーボフがいかにして未完のト短調のソナタ(間違って1946年とされている)と交響曲第10番 作品93との間の主題の相似に気付いたのかについて言及している(E. Wilson, Shostakovich: A Life Remembered, Princeton, 1995, p. 262 参照のこと)。こうして、ソナタと起源が繋がっていることに加えて、第10交響曲と第9交響曲の初稿との間の関係が証明されたと考えられるかもしれない。

    第10交響曲の音階構造におけるユダヤ民謡の影響については、M. Sabinina, Symphonist Shostakovich: Dramaturgy, Aesthetics, Style, Moscow, 1976 (in Russian) を参照のこと。しかし、ここで我々はあえて、ショスタコーヴィチの自身のスタイルに織り込まれた音楽的なモデルとは別に、第9交響曲の初稿と第10交響曲の第二主題が独自の完全に明確なモデルを持っていることを示したい。それは、ショスタコーヴィチがオーケストレイションを行ったV. フレーイシマンの歌劇「ロスチャイルドのヴァイオリン」の中にある、ロスチャイルドのフルートが奏でる民謡である。ショスタコーヴィチは、1944年2月5日にこのオーケストレイションを終えている(RSALA, rec. gr. 2048, inv. 1, f. 57)。このことは、3曲いずれも第二主題が提示部で頂点を迎える箇所で、特に感じられる。

  6. E. Wilson, 前掲書を参照のこと。

  7. 第10交響曲に対するショスタコーヴィチの最初の試みは、うまくいかなかったことが知られている。筆者がグリーンカ記念国立中央音楽文化博物館で発見し、とりあえず1947年のスケッチと特定している物は、完成した交響曲とは全く似ても似つかない。作曲家自身は第9交響曲の初稿が、少なくとも部分的には、非常に成功したものであり(「プロコーフィエフ以外の他の作品よりは、たぶんましでしょう」)、それゆえに、さらに作曲を続けるに値すると考えていた。

    1951年の時点では、1947年6月6日にカラ・カラーエフに宛てて書いた手紙の中で言及した、記念碑的な「三部作の第3曲目」を作曲する考えを完全に諦めてはいなかったのかもしれない。「私は、(私の)交響曲第7番と第8番が三部作を構成する作品であると言明しました。第9番は、三部作の第3曲目ではありません。しかし第10番は、そうなることを望んでいます(L. Karagicheva, “Write as Much Beautiful Music as You Can. From the Letters of D. D. Shostakovich to K. A. Karayev”, Muzykal'naya akademiya, No. 4, 1997, p. 207 からの引用)。」客観的にみて、第9交響曲の初稿の素材はこのことを可能にする。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

O. ディゴーンスカヤ:交響的断章(1945年), DSCH社―(1)

12月2日の記事に記したように、さっそくショスタコーヴィチの交響曲第9番の初稿とされる交響的断章(1945年)の初出版譜(DSCH社)にある論文を訳出してみた。最低限の意味が通じればよいと開き直り、訳の精度は悪く、また日本語としてもこなれていないが、何卒ご容赦いただきたい。なお、それなりの分量があるので、2回に分けてエントリーする。



この度出版される管弦楽曲は、2003年の末に本報の著者によって、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの文書保管所1の未確認の手稿の中から発見された。自筆譜は、以下の編成による管弦楽総譜で構成されている:2 Fl. picc., 2 Fl., 3 0b., C. ingl., Cl. Picc. (Es), 3 Cl. (B), Cl.b., 3 Fag., C-fag., 4 Tr-be, 4 Cor., 4 Tr-ni, 2 Tube, Timp., T-ro, P-tti, Sil., V-ni I, II, V-le, V-c., C-b.

外観は、二つ折り両面6枚の大判の総譜用五線紙(「PASSANTINO BRANDS No.30-30 Staves; printed in the U.S.A.」46.5×31.8)にショスタコーヴィチの自筆で書かれており、作曲家自身が1~24のページ付けをしている。自筆譜は322小節から成り(内1小節は斜線で消されている)、黒(最初の192小節)と青いインクで書かれている。小節線は鉛筆で書き込まれている2。最初のページには、速度表示:Allegro non troppo、調性:変ホ長調、4/4拍子であることが記されている。練習番号は、1~16(その先は書き込まれていない)まである。書き込みは24ページの終わりで中断している。したがって、残りは紛失したか書かれなかったのだろう(後者の方がよりありそうである)。

五線紙は、歌劇『賭博師』の自筆ピアノ・スコア(1942年末~1943年初めの日付がある)の中にはさみこまれていた。この2つの手稿の見た目(黒と青のインク、筆跡、紙)の類似性は、これらが間違いなく同時期に書かれたことを示している。問題の時期に時間的に近いこともあって、ショスタコーヴィチの実現されなかった交響曲の構想を調べることは、第9交響曲(周知のように、複数の段階に分けて書かれた)へとつながった。そしてこの手稿をこの交響曲の未完の初稿と特定することができた。


交響曲第9番 変ホ長調 作品70は、1945年8月2日に書き始められ、同月30日に完成した。しかし1944年という早い段階で、ショスタコーヴィチは、ドミートリイ・ラビノーヴィチとの個人的な会話において、彼が新しい交響曲(戦争交響曲三部作の荘厳で記念碑的な最終作)について構想を練り始めたと述べた。「適当な素材を見つけることができ、恥ずかしげのない真似事をしようとしていると疑われることを恐れないのならば、オーケストラに加えて合唱と独唱のためにその交響曲を書きたいと思っている3。」

同時代人の証言によると、ショスタコーヴィチは1945年1月15日4にスケッチを書き始めた。「1945年1月半ばに、」と彼の生徒であった作曲家エヴゲーニイ・マカロフは回想する。
「ドミートリイ・ドミートリェヴィチは、第9交響曲を書き始めた。私達は、以下のようにしてこのことを知った。火曜日、私の思い違いでなければ、1月16日に、私達はドミートリイ・ドミートリェヴィチの家で勉強していた。彼が私達の作品をチェックした後、私達は雑談を始めた。私は、彼の主要作品においてほぼ全ての最初の楽章がなぜ遅いテンポなのか、ドミートリイ・ドミートリェヴィチに尋ねてみた。ドミートリイ・ドミートリェヴィチは、それを説明しようとはしなかった。あるいは、説明できなかったのかもしれない。彼はただ、これがうまくいった方法なのだと言った。「しかし」、と、彼は付け足した。「私にも速いテンポの第1楽章はあります。たとえばピアノ・ソナタ第2番や、書き始めたばかりの新しい交響曲などです。新曲の第1楽章は速いものになるでしょう。とても速い、ではなく、速い 、つまりAllegro moderatoです。」後ほど、彼が交響曲の作曲をつい最近、実はその前日(筆者注:すなわち、1月15日。)に始めていたこと、そして提示部が既に書き上げられていたことが明らかになった。1週後、私達は交響曲の進捗状況を尋ねた。ドミートリイ・ドミートリェヴィチは、展開部の半ばまで仕上げていた。「作曲は大変だ」と、彼は言った。「というより、書くこと自体に多くの時間を取られているのです。私は、直接スコアに書き下しています。交響曲は、壮大なトゥッティで始まります5。」


交響曲の冒頭を聴いた音楽家達は、それを「精力的なテンポを持つ、英雄的な長調の、勝利の音楽6」で、ナチスの最終的な敗北と戦争の終わりを目前に控えた社会の雰囲気に応えた作品だと記した。作曲家がこの交響曲を突然中断し、「そして結局再開することはなかった」ことが分かっている。その後1年以上の沈黙を経て彼は、上述した第9交響曲に次いで別のヴァージョンを書き始めたが、それもまた未完成に終わったと述べている7

しかし、ショスタコーヴィチが第9交響曲の破棄されたヴァージョンに一度“戻った”ことを示す事実がある。1945年の春、作曲家は彼のところにいたイサーク・グリークマンに、「そのスケール、叩きつけるような感情、そして息をのむような動きにおいて荘厳な第1楽章の草稿を見せた。彼はおよそ10分間演奏し、その交響曲に関する多くの事柄、特に、多くの人がベートーヴェンの第九と比較してしまうであろうその番号が悩みの種であると言った8。」グリークマンの日記は、この出来事の正確な日付(1945年5月16日)を与える。またその直後に、この作品に対する作曲家の態度について今まで知られていなかったニュアンスも詳しく書き留められている。「私は、散歩から戻って来たばかりであった。ドミートリイ・ドミートリェヴィチは、スコアを書いている…彼は新しい第9交響曲の草案をざっと見て、それがそれほど悪くないと悟った。『もちろんのこと、これは酷い出来です。でも、人が期待するほどは悪くない。』それから、曖昧な笑顔を浮かべながら神経質に書斎を行ったり来たりして、突然言い出した。『ひどい出来だが、プロコーフィエフ以外の他の作品よりは、たぶんましでしょう。』私は、彼が書いたものを演奏してくれるように頼んでみた。彼は、ピアノ演奏用に書いていないために弾くのが困難だと言った後でピアノの前に座り、鉛筆で走り書きした数枚の楽譜を置いて9、弾き始めた。テンポはAllegro。速く、神経質に緊張した行進曲が、聴こえてくる。流れるような力強いフレーズは一つの音塊に凝集し、全ては極めて正確かつ求心的である。行進曲風のリズムと刺激的な拍動、交響的な激情の持続的な流れは、気分を高揚させる。“一般大衆”に媚びるような、陳腐な小節は一つもない。交響曲は1945年1月15日に書き始められたが、数カ月の間、ショスタコーヴィチはそれに手を入れていなかった10。」



  1. 現在の書架番号は以下の通り:rec. gr. 1, section 1, f. 295

  2. スコアを清書する時はいつも、ショスタコーヴィチは小節線を鉛筆で書いた。若い頃に身に付いた習慣に、彼は生涯を通して忠実であった。かつて、映画音楽「馬あぶ」に取り組んでいるショスタコーヴィチを見たヴェニアミン・バスネルによると、彼は「まず、オーケストレイションにとって特に重要なことを示すスケッチとして、いくつかの旋律線で全体のテクスチャーを描いた。それから、事実上の清書を作った。ただし、小節線は書き込まなかった。彼は各小節を上から下まで書き、定規を使ってきちんと小節線を引き、とても速く、そしてとても手際よく書き続けていく。」(S.M. Khentova, In Shostakovich's World, Moscow, 1996, p. 191, in Russian)

  3. D. Rabinovich, Dmitri Shostakovich - Composer, Foreign Languages Publishing House, Moscow, 1959, p. 96 (M. Iakubov, “D.D. Shostakovich. The Ninth Symphony. Transcription for Piano in 4 Hands”, in: New Collected Works, Vol. 24, DSCH Publishers, Moscow, 2000, p.106 からの引用)。上記の会話がいつなされたかについて、確かなところはわかっていない。ゲーンリフ・オルローフ(G. Orlov, The Shostakovich Symphonies, Leningrad, 1961, p.220, in Russian 参照のこと)とマナシール・ヤクーボフは、1944年春だと推測している。しかし、元の出典では日付は示されていない。

  4. 第9交響曲に関する最初期のメモは、1944年になされたと考えられる。異なる作品のための散在しているスケッチや草稿の中で、将来の第9交響曲の調性、すなわち変ホ長調で書かれた3つの未確認のスケッチ(文学・芸術に関するロシア国立文献保管所 (RSALA), rec. gr. 2048, inv. 1, f. 63, sheet 17)が注目に値する。それらは、18段、34.8×27.4の五線紙に、青いインクで書かれている。インクと紙(落丁を含む)は、第9交響曲に先立つ作品―ピアノ三重奏曲 作品67(RSALA, rec. gr. 2048, inv. 1, f. 28)及び弦楽四重奏曲第2番 作品68(グリーンカ記念国立中央音楽文化博物館, rec. gr. 32, f. 74)―で作曲家が使用したものと同一である。これらの作品は、いずれも1944年に作曲された。したがって変ホ長調のスケッチも、同じ年のものだとほぼ確定され得る。スケッチに記された主題の特徴は、大規模な交響曲の構想を示している。この記述に符合する1944年の構想が、第9交響曲であった。

  5. E.P. Makarov, Diary (Recollections of My Teacher D. D. Shostakovich), Moscow, 1998, p. 22 (in Russian).

  6. D. Rabinovich, 前掲書.

  7. 同上。

  8. Letters to a Friend. Dmitri Shostaovich to Isaak Glickman, Moscow, St. Petersburg, 1993, p.70 (in Russian).

  9. グリークマンは、1つだけ間違っている。第9交響曲の初稿のためのスケッチは、鉛筆ではなくインクで書かれている。本報の著者は、グリーンカ記念国立中央音楽文化博物館にあった未整理のショスタコーヴィチ草稿の中から、3枚の18段(35~26)スコアを発見して再構成した。それは黒いインクで仕上げられていて、余白には楽器編成が書き込まれており、特に重要なことは、作曲家によって「15/I 45」と日付が書かれている。音楽的な見地からは、その草稿はドミートリイ・ショスタコーヴィチの文書保管所にあるスコアと一致し、第9交響曲の決定稿のためのスケッチ(現在の書架番号は以下の通り:グリーンカ記念国立中央音楽文化博物館, rec.gr. 32, f. 2153)であることに疑いの余地はない。「15/I 45」という日付は、そのスコアの素性を確定するに至る決定的な要因であった。

  10. ドミートリイ・ショスタコーヴィチの文書保管所、rec. gr. 4, section 2, f.1, sheets 1 rev., 2, 2 rev。グリークマンの記述は、ショスタコーヴィチが第9交響曲の2度目の試みを、明らかに1月に始められた初稿への回帰として考えていたとする推測を可能にする。ドミートリイ・ラビノーヴィチはこれとは異なり、他の版が存在するという証拠など何もないと断定している。1945年5月に作曲家がスコアに手を入れたという事実は、手稿譜のインクの色が異なるということで確認される。193小節以降は、黒ではなく、青色のインクで書き込まれている。交響曲のスケッチは黒のインクで書かれているが、青色のインクによる修正の痕跡もある。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

ショスタコーヴィチ:交響曲第10番(P. ヤルヴィ指揮)/交響曲第13番(フェドセーエフ指揮)

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第10番、トルミス:序曲第2番 P. ヤルヴィ/シンシナティSO (Telarc CD-80702)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 アレクサーシキン (B) フェドセーエフ/モスクワ放送SO (Relief CR991081)
11月24日および27日の記事の続き。今回もまた、“ついで”に購入した音盤である。

パーヴォ・ヤルヴィといえば今や、注目される若手でも、高名なネーメ・ヤルヴィの息子でもなく、実力派の中堅として衆目の一致するところだが、意外にもショスタコーヴィチの交響曲の録音は初めてである。いかにも現代のショスタコーヴィチ解釈で、思い入れの込められた仰々しい表現は一切聴かれない。時に陽気ですらある推進力に満ちた音楽は、“ソ連の作曲家”ショスタコーヴィチではなく、“20世紀の古典”ショスタコーヴィチとでもいった風情である。僕にはあっさりし過ぎていて物足りないが、典型的な21世紀のショスタコーヴィチ演奏と言ってよいだろう。

HMVジャパン


一方、フェドセーエフの「バービイ・ヤール」は、極めて個性的な演奏である。テンポの扱いが独特で、早めのin tempoで颯爽と突き進むかと思えば、スコアにはない大胆なアゴーギクをつけてみたり、時には思い切りルバートをかけて気の済むまで歌い込んでみたりする。“交響曲”というよりは“歌曲集”といった風情の、実に自由な解釈である。ショスタコーヴィチ本人は間違いなく眉を顰めるだろうが、これはこれで面白いことも事実。アレクサーシキンも、こういう解釈でしかなし得ないような踏み込んだ表現を聴かせている。オーケストラは相変わらず良い響きだが、ライヴ収録のためか、Vnソロなどが“ヘタウマ”に感じられるのは、正直なところ微妙。

HMVジャパン

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

ボリース・チャイコーフスキイ:ヴァイオリン協奏曲/アルヒーポヴァのスヴィリードフ

  • B. チャイコーフスキイ:ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン・ソナタ ピカイゼン (Vn) コンドラーシン/モスクワPO B. チャイコーフスキイ (Pf) (Melodiya CM 04175-6 [LP])
  • スヴィリードフ:「父の国」より第2、8曲、イサーキアンの詩による3つの歌、劇音楽「オセロ」より「デズデモーナの柳の歌」、プーシキンの詩による6つのロマンスより「予感」「冬の道」、レールモントフの詩による8つのロマンスより「シルエット」「3曲」、ブロークの詩による9のロマンスより「Brought by the wind from afar」、劇音楽「白くまの子ウームカ」より「シベリアの歌」 アルヒーポヴァ (MS) スヴィリードフ (Pf) (Melodiya 33 C10-11981-2 [LP])
12月4日の記事の続き。ソ連時代を代表する作曲家のアルバムを2枚聴く。

ボリース・チャイコーフスキイは、園部四郎著『ロシア・ソビエト音楽史話』(創芸社, 1976)で「人気のある作曲家」と形容されていたり、実際に今も多くはないがコアなファンがいる作曲家である。避けていた訳ではないが、なかなか聴く機会に恵まれなかった、代表作の一つとも言われるヴァイオリン協奏曲の音盤をリストに見つけたので、喜び勇んで注文したもの。

一聴してたちまち心奪われて……とはならなかったが、不思議とそのまま放っておく気にはなれず、何度も繰り返し聴いてみた。結局、現時点で作品を咀嚼できたとはとても言えないが、現代風の苦みはあるものの平明な抒情と、息の長い劇的な構成に、非常な魅力を感じるに至っている。それは、とりわけコンドラーシンの名サポートによってもたらされる印象なのかもしれない。もちろん、独奏のピカイゼンもテンションの高い、鬼気迫る凄演を繰り広げている。

ソナタのゆったりとした雰囲気豊かな演奏は、作品の真価を余すところなく表出した素晴らしいもの。この曲はI. オーイストラフの音盤(2008年11月27日の記事)で聴いたことがあったが、本盤とは曲そのものが異なるかのように、味わい深さに雲泥の差がある。作曲者自身がピアノを弾いているということを抜きにしても、決定盤と言ってよいだろう。



基本的に歌曲は好きなジャンルでないのだが、スヴィリードフの歌曲には無条件に好きな作品が少なくない。さらに、アルヒーポヴァとスヴィリードフのデュオとくれば、注文している時点で期待に胸が膨らむというものだ。そして実際、その期待は存分に満たされた。

特に、「デズデモーナの柳の歌」、ブロークの詩によるロマンス、「シベリアの歌」といった初めて聴いた曲が、いずれも珠玉の作品であったことが嬉しい。仄暗い憂愁に覆われた簡潔ながらも訴求力の強い、まさにこれぞスヴィリードフの真骨頂と言ってよい。

ちなみに、アニメ映画「白くまの子ウームカ」は、YouTubeなどで観ることができるが、そのタイトルクレジットには、作曲家としてスヴィリードフの名はない。実際のところ、この音盤に収録された「シベリアの歌」が流れるシーンもない。おそらく、このアニメ映画とは別に実際の舞台で上演されたプロダクションがあり、「シベリアの歌」はその際に作曲されたのではないかと推測する。



このような佳品が少なくないにも関わらず、スヴィリードフについて我が国で知ることのできる情報が非常に限られているのは、とても残念である。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Tchaikovsky,B.A. 作曲家_Sviridov,G.V.

バルシャーイのヴィオラ小品集/フォミーン:喜歌劇「替馬所の御者達」

  • N. ティトーフ(ボリソーフスキイ編):ロマンス、ブラーホフ(ボリソーフスキイ編):カンツォネッタ、ヴェルストーフスキイ(ボリソーフスキイ編):2つの主題による変奏曲、J. S. バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より「シャコンヌ」 バルシャーイ (Va) デデューヒン、ヤンポーリスキイ (Pf) (Melodiya D-2396-7 [10"mono])
  • フォミーン:喜歌劇「替馬所の御者達」 チェルヌシェーンコ/レニングラード音楽院O他 (Melodiya C10 19625 009 [LP])
11月頭にArs Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.へ注文した品が届いた。その中から、まずは2枚を聴いてみた。

バルシャーイのヴィオラ小品集は、僕にとっては期せずして彼の追悼盤のようになってしまった。バルシャーイがヴィオラ奏者として活躍していた時代の録音なのだろう(原盤はSP?)、録音状態はかなり悪い。だが、バルシャーイのヴィオラにはそれを補って余りある甘美な美しさがある。A面の3曲は、グリーンカ登場以前の作曲家達による小品を、ベートーヴェンQの初代ヴィオラ奏者ボリソーフスキイが編曲したもの。いずれも歌謡性に富んだ、仄かに感傷的で平明な旋律に胸を打たれる。バルシャーイの演奏は、これらの魅力を完璧に引き出していると言ってよい。モスクワ室内Oを指揮した時に聴かれる透徹した機能美とは異なり、臆面もなく青臭い感傷を歌いあげるような弾き方に、20世紀中頃のロシア人演奏家に共通する時代の香りを感じる。「シャコンヌ」には、こうしたバルシャーイの美質が存分に発揮されている。現代でこういう演奏をする人は(プロでは)皆無に等しいだろうが、このどこか人懐っこい多彩な表情が持つ説得力は今でも色褪せてはいない。

なお、A面2曲目の作曲者としてクレジットされているP. ブラーホフは、兄のピョートル・ペトローヴィチなのか、弟のパーヴェル・ペトローヴィチなのか、イニシャルだけでは分からない。



フォミーンの代表作である「替馬所の御者達」(全1幕)は、対訳はおろか解説の類が一切なく、男性によるナレーションが話の筋などを補っているようだが、LP1枚、計40分弱の録音がオリジナルの形をどれほど伝えているのかは分からない。いかにも宮廷音楽風の序曲から始まるが、2曲目の合唱が始まると突如としてロシア風の感傷的な節回しが現れる。18世紀西ヨーロッパの音楽の枠組みにありながら、ロシア国民楽派の萌芽とでも言うべき音調が盛り込まれている点で、大変興味深い作品である。

tag : 演奏家_Barshai,R.B. 作曲家_Fomin,E.I.

ブラガ「ラ・セレナータ」の編曲(DSCH社)


  • ショスタコーヴィチ:ブラガ「ラ・セレナータ」の編曲, DSCH, 2009.
  • ショスタコーヴィチ:バレエ「ボルト」 作品27, DSCH, 1996.
  • ショスタコーヴィチ:映画音楽「愚かな小ねずみ」 作品56, DSCH, 1997.
  • ショスタコーヴィチ:「ロマンス」(組曲「馬あぶ」 作品97aより), DSCH, 2002.
  • ショスタコーヴィチ(L. アトヴミャーン編):2つの小品(バレエ「明るい小川」 作品39より「アダージョ」/組曲「ミチューリン」 作品78aより「春のワルツ」), DSCH, 2007.
どうしても音盤蒐集を優先してしまうせいで、欲しい楽譜も山のようにあるのに、なかなか揃えることができない。ショスタコーヴィチ作品の楽譜についてはDSCH社の新全集も順調に刊行が続いており、早い内に入手していかないと取り残されてしまうと思いつつ、1冊が高価であることもあって、ついつい買いそびれ続けている。

せめて普及版のシリーズくらいは揃えていきたいと思い、初出版であるブラガの「ラ・セレナータ」のスコアをメインに、5冊の楽譜を購入した。「ラ・セレナータ」は、未発表の作品を出版するシリーズの1冊であり、そのシリーズでは、未完成の弦楽四重奏曲と交響的断章の2曲を架蔵している。いずれも詳しい解説がついているのだが、特にこの「ラ・セレナータ」はチェーホフの「黒衣の僧」を題材とする歌劇の構想と絡めて、長大な論考が展開されている。せっかくなので、またいつか折を見て、2009年11月11日の記事で紹介した交響的断章の解説と併せて訳出してみたい。ちなみに、巻末にはグレースケールながら全ページのファクシミリもついている。

残る4冊については、簡単に。「ボルト」のピアノ・スコアは、DSCH社が活動を始めた当初に出版されたもの。序曲直後の体操の情景を楽譜で読むのは、なかなか楽しい。「愚かな小ねずみ」のヴォーカル・スコアも同時期の出版。カワカマスの鳴き声は、楽譜をきちんと見ないと確認できない。「馬あぶ」のロマンスは、オーケストラで実際に演奏する機会は恐らくないだろうが、あのヴァイオリン・ソロは弾いてみたいところ(こっ恥ずかしいので家に誰もいない時にこっそりと)。チェロのための2つの小品は、編曲に驚くような仕掛けが……あるはずもない。単に安かったからついでに注文しただけ。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

カレンダー
11 | 2010/12 | 01
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
カテゴリ
タグツリー
★ トップ(最新記事)
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
人気記事ランキング
RSSリンクの表示
リンク
音盤検索
HMV検索
検索する

音楽関係のブログ(リンク・更新状況)
PopUp WikipediaⅡ
記事中の気になるキーワードをマウスで選択してください。Wikipediaからの検索結果がポップアップ表示されます。
Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター