「禿山の一夜」(合唱版)

  • ムーソルグスキイ:歌劇「ソローチンツィの定期市」より「若者の夢」(「禿山の一夜」(合唱版))、歌劇「ホヴァーンシチナ」より(前奏曲、シャクロヴィートゥイのアリア、ゴリーツィン公の流刑、マールファの予言の歌、ペルシャの女奴隷達の踊り)、スケルツォ 変ロ長調、古典様式による間奏曲、行進曲「カルスの奪回」 コチェルガ (B) タラソヴァ (MS) アバド/ベルリンPO、ベルリン放送cho.、南チロル児童cho. (Sony SK 62034)
2010年6月25日の記事で紹介した「禿山の一夜」の原典版を聴いた後、面白いとの評判を耳にしていた第3稿も聴いてみようとHMV ONLINEで注文したものの、残念ながら廃盤扱いで入荷しなかったアルバムを、たまたまAmazonで目にした。この機会を逸したら入手しそびれたままになると思い、即決で発注した。なお、現時点ではHMV ONLINEでも取り扱いが再開している。

ムーソルグスキイの作品はそもそも少ないこともあって大半を聴いたことがあるのだが、「禿山の一夜」の異稿だけでなく管弦楽曲2曲も未聴だったので、その意味でも入手しておきたかった一枚である。

この第3稿は、歌劇「ソローチンツィの市」の第3幕第1場の「若者の夢」という合唱曲で、後年になってラムとシェバリーンがオーケストレイションを施している。明確に記されてはいないが、本盤の演奏もこのラム=シェバリーン版によるものと思われる。

リームスキイ=コールサコフはこの第3稿を元にして「禿山の一夜」(改訂版)を補筆完成したようで、楽曲の大枠は改訂版と共通している。にもかかわらず、第3稿が持つ悪魔?魔物?が野性的なまでに阿鼻叫喚する異様な迫力は、広く知られた改訂版とは全くの別物と言ってよい。

「スケルツォ」と「古典様式による間奏曲」は、原曲のピアノ版が持つ雰囲気を十分に活かしつつも感傷的な節回しが印象に残る、洒落た編曲で気に入った。

アバド/ベルリンPOの演奏は、技術的に不満のつけようがないもの。ロシア情緒には欠けるが、オーケストラの威力をこれほどまでに、しかもさりげなく見せつけられれば、そうした感想も言いがかりにしかならないだろう。特に、「ホヴァーンシチナ」からの抜粋はとても美しく、心に沁みる秀演である。

HMVジャパン
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Mussorgsky,M.P.

シチェドリーン、タネーエフ、ショスタコーヴィチ

  • シチェドリーン:交響曲第2番 ロジデーストヴェンスキイ/モスクワ放送SO (Melodiya C 01099-100 [LP])
  • タネーエフ:弦楽五重奏曲第2番 タネーエフQ クラマロフ (Va) (Melodiya C10-15107-8 [LP])
  • ハイドン:ピアノ三重奏曲 Hob XV25、ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番 ショスタコーヴィチ三重奏団 (SRC SRC 201.457 [LP])
5月21日の記事の続き。

シチェドリーンの交響曲第2番は、「25の前奏曲」という副題があるように、25の楽章が5つのブロックにまとめられた独特の構成をとっている。総譜なしにただ聴いているだけでは、その構成の妙を理解することはできなかったが、5楽章制の交響曲としては、さほどの違和感もなく聴き通すことができた。“実験作”として評価されることが多いようだが、鋭くも美しく、透徹した熱情とでもいった独特の情感は、まさしくシチェドリーンの音楽。ロジデーストヴェンスキイの指揮は、聴かせどころを押さえつつ、響きの魅力を最大限に引き出した理想的なもの。


タネーエフの室内楽も、気の赴くままに聴き進めているところ。弦楽五重奏曲は2曲あるが、第1番はチェロが2本、第2番はヴィオラが2本と編成が異なる。今回聴いた第2番は、甘美な抒情が基調でありながらも、対位法へのこだわりで渋く長大な楽曲となった、いかにもタネーエフらしい作品。自室で聴いている分には相応の魅力を感じ取ることができるものの、演奏会場で聴くにはあまりに渋く、冗長に過ぎることは否めない。


「ショスタコーヴィチ三重奏団」という、看過する訳にはいかない団体の名をリストに見つけたことが、今回のオーダーの主たる動機であった。ロシア人でもなく、ショスタコーヴィチに縁があるとも思えない団体だが、ショスタコーヴィチの三重奏曲には自信があるのだろうと針を落としてみた。しかし、予想できたこととはいえ、全てにおいて不満足な演奏にがっかりした。まず、個々の技術水準が低くて満足に弾けていないのが致命的である。アンサンブルの詰めも甘く、表現や解釈といった次元には達していない。カップリングのハイドンは、特筆すべき個性は感じられないものの清潔感のある端正な演奏だっただけに、もう少し何とかなったのではないかとの思いを禁じ得ない。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shchedrin,R.K. 作曲家_Taneyev,S.I. 作曲家_Shostakovich,D.D.

NHK交響楽団第1696回定期公演

  • ペルト:ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌、ドルマン:フローズン・イン・タイム、グルービンガ-:プラネット・レリメント、ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 グルービンガー (Perc) ノット(指揮)(2011.2.16 録画 [NHK BSプレミアム(2011.5.22)])
4月に行われたNHKの音楽番組の改編で、クラシック音楽が地上波で流れる機会が激減し、音楽番組をチェックしそびれることが増えた。我が家はCATVでBS等を視聴しているために、意識してSTBの電源を入れないと、放送予定のチェックおよび録画予約をついついし損なってしまうのである。

放送の前夜、ふと思い立ってチェックしてみたら、ショスタコーヴィチの交響曲が演奏されているとのことで、慌てて予約を入れたもの。駆け込みながらも、運良くこの意欲的なプログラムを視聴することができた。

「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」は、ペルト以外の何物でもない独自の響きが心に沁み入る素敵な小品。名状し難い透明感がペルトとブリテンの両者に共通する特質であることを、聴き手に強く印象づけるような音楽であった。全体にもう少し繊細さがあってもよかったとは思うが、共感に満ちた演奏はそう悪くなかった。

現代音楽にはそれほど強い関心を抱いていないこともあって、アヴネル・ドルマンという作曲家の名は初めて聞いた。「フローズン・イン・タイム」は、打楽器のための協奏曲である。ここで独奏を務めているグルービンガーの委嘱で作曲された作品とのこと。「地球に存在した超大陸をイメージし、それぞれの楽章においてその歴史のある一瞬を固定した」らしいが、正直なところ、少なくとも一度聴いただけでは、この作曲家の意図を感じ取ることはできなかった。それはともかく、グルービンガーのソロは、視覚的な面も含めて極めて圧倒的なもの。曲を十分に受け止めることができていないにもかかわらず、リズムの乱舞に本能的な興奮を覚えてしまった。それはオーケストラも同様だったようで、終演後の舞台上の高揚した雰囲気は、とても良かった。アンコールは曲というよりも、グルービンガーの曲芸を楽しむための出し物として捉えるべきだろう。とても面白かった。

後半のショスタコーヴィチは、この日のメイン・プログラム。だが、先のドルマンで燃え尽きてしまったのか、何とも散漫な出来。アンサンブルが破綻するようなことはないものの、技術的にも音楽的にも雑な仕上がりだったのは残念。とりわけ第4楽章には、非常に不満が残った。コーダのピッコロは、いくら何でも……。ノットが指向する音楽と、偏屈な老人の繰り言のようなこの交響曲との相性が良くなかったこともあったのだろう。前半は出色の出来だっただけに、もったいない気がした。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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