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新旧ショスタコーヴィチ

  • ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ メルニコフ (Pf) (harmonia mundi HMC 902019.20)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 バーンスタイン/ロンドンSO (idéale audience 3085318 [DVD])
HMV ONLINEの新春セールで2点を購入した。1回の購入点数は少ないのだが、ここのところ頻繁に荷物が届くので、どうも家人の印象は芳しくないようだ。

メルニコフの「24の前奏曲とフーガ」が素晴らしいという評価は、リリースされて間もなくあちこちで目にする機会があった。ここのところ新譜に飛びつく意欲がめっきり衰えたせいで、こうした話題盤すら買いそびれている始末。セールで少し安くなっていることもあり、今回はこの音盤を購入することにした。

演奏時間の関係でCD1には第1~12番、CD2には第13~23番が収められ、第24番だけがCD3に収録されている。その代わりに、メルニコフのインタビューを収録したDVDがその裏面に焼き付けられているという、変則的なディスク構成。インタビューに日本語字幕/吹き替えは残念ながらないが、それほどややこしい話をしている訳ではないので、大意を掴むのにそれほど苦労はしないだろう。なお、「仙台単身赴任生活」というブログの2011年4月18日のエントリーに、このインタビューの抄訳がまとめられている。

作品の成立背景に政治的な要素がない作品ということもあって、メルニコフの語る内容もその音楽的な側面に終始している。そして演奏もまた、自然体で響きやリズムの美しさや面白さを感覚的に追求した、軽やかで伸びやかな仕上がりになっている。技術水準の高さに加え、各曲の構造が明快に整理されていることで、作品の透明感が滑らかで自然に表出されている。生誕100年を経過し、ショスタコーヴィチも歴史上の大作曲家の一人となったことが実感される、音楽的な純度の高い名演である。

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バーンスタインによる交響曲第5番の映像は、「アート・オブ・コンダクティング」というドキュメンタリーに一部が収録されていたものの全編である。こちらは、同時代の共感と思い入れに満ちた、かつての熱演。情念の流れが絡み合い、深く混濁していく音楽の作りは、ショスタコーヴィチよりもバーンスタインの体臭を強く感じさせるが、その解釈の完成度は高い。ボーナス映像のリハーサルは、短いながらも見応えがある。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

京都の古本屋にて

所用で京大に行ったついでに、大学のそばにある古本屋を久し振りにのぞいてみた。左翼臭の漂う品揃えが懐かしく、書棚を眺めつつ学生時代にタイムスリップしたような気分で2軒をはしごし、計2冊を購入。

  • グラッシィーニ, G.・花野秀男(訳):収容所群島への道, 二見書房, 1974.
1969年に作家同盟を除名され、1970年にノーベル文学賞を受賞した直後にイタリアのジャーナリストがまとめたソルジェニーツィンの評伝である。この時点では、ソルジェニーツィンに亡命の意思は全くない(訳書の出版時には、既に国外追放されている)。ロストロポーヴィチとの交流などにも言及されているのではないかと期待したが、当時の住居を提供してもらっていたという以上の記述はなかった。とはいえ、フルシチョフからブレジネフにかけてのソ連の文化政策に関する詳しい著作を読んだことがなかったので、文学に限定された内容ではあるものの、とても興味深く読んだ。本書に収められたソルジェニーツィンの発言の数々は、いずれも激烈ではありながらも圧倒的な知性に裏打ちされた論理に貫かれていて、愚鈍な指導者や政治家にとって彼が不都合な存在であったことがよくわかる。入手しそびれたままになっている『収容所群島』も、そろそろ読んでみようかな。



  • ルスラーノフ・喜田説治(訳):逆説の国ソ連, 原書房, 1981.
もう一冊は、表紙に大きく「ソ連地下出版」と書かれていたというだけの理由で手に取ったもの。ルスラーノフというのはペンネームで、本名はボリース・エヴドキーモフというらしい。1972年に裁判の結果、精神病院に強制入院させられたとのこと。原題は「ロシア史における若者たち」という論文であるが、ロシア史については訳者がかなりの紙数を割いて補足している。

著者の歴史解釈にどれほどのオリジナリティがあり、(当時の)現代ソ連社会における世代間の隔絶に関する考察がいかに正鵠を射ているのかを判ずることはできない。ただ、本書の記述のあちこちに、まるで現在の日本について述べているのかと錯覚するような文章が現れることは、実に興味深かった。以下に、それらをいくつか列挙してみよう:
改革は不可避だった。だが、(中略)国民的自尊心を傷つけ、民族的文化的伝統を棄てることなしに、西欧的なものによってそれらをより豊かにすべきだったのだ。

一八六八年に始まった日本における明治の変革は、まさにこのような原則にもとづいて行われた。(中略)

変革は国民精神と国民的伝統をはずかしめず、ヨーロッパ文化によってかえってそれを強化した。日本を外面的にヨーロッパ化しつつ、彼らは内面的、精神的には、日本を傷つけなかった。

日本の伝統的な道徳的原則と祖先崇拝の風習はニ十世紀の日本にも中世のままに残った。このゆえに歴史的国家観念は保たれ、民族国家意識が維持され、国民は一体化され、社会的な動揺と激変は起らず、国の歴史にかつてなかった経済的繁栄と科学の隆盛が招来されたのである。(中略)

その結果として、日本のインテリゲンチアは常に国家的に物を考え、政治的に健康で、民族・国家的理想に深く信を置き、ユートピア的幻想にとらわれなかった。(pp.17~19)
政治革命が創造的、建設的になるのは、その革命が民族的である時だけである。すなわち、その革命思想が民族の歴史的過去によって基礎づけられ、民族の精神構造、民族的性格、民族の生活様式、精神的・道徳的美質、対外政策における国家的課題に合致するものである時に限られる。(p.46)
あらゆる政治体制は少数者の積極的支持と大多数の消極的同意がありさえすれば存在し得るものだ(p.90)
歴史は共産主義の運命にとって最も困難で錯綜した時期にフルシチョフを登場させた。彼はソ連のチトーになることができたのである。能動的でエネルギッシュで厚顔な彼は改革に着手した。だが、熟慮する能力のないこのへぼ政治家は、プログラム全体を適時に熟考することができず、臆病風に吹かれて、後向きになった。権力の地位への渇望にとりつかれた彼は、無制限の独裁への近視眼的努力の過程ですべてのものを敵に回してしまった。(p.119)
末期に近づいて腐りはじめた体制(レジーム)の特徴は、まぬかれ得ない必然性をもって政治的失策を積み重ねるところにある。(中略)

この≪まぬかれ得ない不可避性をもつ失策≫の原因は、権力が政治的な現実感覚を喪失し、社会と国全体との接触を失うことになる。新しい局面に入っても、どんな譲歩やどんな改革をもってしても、目的は達せられないのである。なぜなら、やることなすことが、同じまぬかれ得ないやり方で≪失策≫となり、そして権力の弱さを証拠だてて、社会の側からの新しい要求を呼び起すからである。(p.134)

固有名詞を適当なものに差し替えれば、明日の朝刊の論説に載っていてもおかしくないような文章ばかりである。さすが時代遅れの左翼政権、と言うべきか。

theme : 最近読んだ本
genre : 本・雑誌

【YouTube】ショスタコーヴィチの室内楽

そういえば長らくYouTubeで音楽関係の動画をチェックしていなかったと思い、いつもの如く「Shostakovich」で検索してみたところ、いくつか興味深いものが見つかった。

まずは、リヒテル&ボロディーンQによるピアノ五重奏曲の有名な録音と思われる公演の映像。右下に放送局のロゴが見えることから、テレビ放送されたものの録画なのだろう。全体に映像の品質は悪く、冒頭部には大きな乱れもあるので、商品化は難しいのかもしれない。そもそも、マスターテープが現存しているかどうかという問題もあるだろう。

演奏そのものは、定盤と呼ばれて久しい名演だけに、いまさら特にコメントすることもない。この巨大で重厚な音楽が創造されている瞬間を、劣悪なカメラワークといえども目にすることができるのは、まさしく至福の経験である。

ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲
リヒテル (Pf)、ボロディーンQ


ソ連時代の息吹を伝える現役演奏家としては今や紛うこと無き大御所の一人、スピヴァコーフが若手演奏家と組んだピアノ三重奏曲のライヴ映像もあった。冒頭がわずかに欠落しているのは残念だが、画質も音質もこの種の動画としては優れている。基本的にはスピヴァコーフが主導した解釈なのだろう、フレーズの処理などにいかにも彼らしい癖があるものの、整然とした、それでいて起伏に富んだ熱気に溢れる、内容のある音楽に仕上がっている。ただ、スピヴァコーフも歳には勝てないのか、技術面では随分と衰えを感じるのも事実。

ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番
マツーエフ (Pf)、スピヴァコーフ (Vn)、T. ヴァシーリエヴァ (Vc)
(2009年3月4日)


2009年5月11日のエントリー
で第1楽章だけ紹介したショスタコーヴィチQによる弦楽四重奏曲第3番の残りの楽章も、いつの間にかアップされていた。全曲を通して聴いてみると、率直に言って技術的に痛々しい箇所が多く、真摯に奏でられる痛切な音楽には心を動かされるものの、満足度はあまり高くない。

第1楽章第2楽章
第3楽章第4~5楽章
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第3番
ショスタコーヴィチQ
(2005年4月2日 ザクレブ・リシンスキ・ホール)


曲は異なるが、ニコニコ動画にアップされているエルサレムQの映像を観ると、若手四重奏団の技術水準の高さに改めて驚かされる。それだけで音楽の良し悪しを判ずる訳にはもちろんいかないが、ここで繰り広げられる鋭く攻撃的な音楽は、彼らの卓越した技術の裏付けがあってこそのものだ。こういうスタイリッシュな演奏は、本来ならば弦楽四重奏曲第2番のように田舎臭い曲には向かないようにも思えるのだが、彼らの演奏はそうした先入観をねじ伏せるに足る説得力を持っている。ただ演奏とは関係のないことだが、、楽章ごとに割って入るような拍手は煩わしい。

第1~2楽章第3~4楽章
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第2番
エルサレムQ

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

映画「Testimony」のサウンドトラック

  • ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番、ブリテン:チェロ交響曲 J. ウォルトン (Vc) ブリガー/フィルハーモニアO (Signum SIGCD137)
  • 映画「Testimony」サウンドトラック (Voiceprint TP-CD145)
1月5日のエントリー時点で未入荷だった2枚が、HMV ONLINEから届いた。

イギリスの若手チェロ奏者によるショスタコーヴィチは、第1番もウォルトンとのカップリングでリリースされている。この第2番は、全体の見通しが良い、手堅くまとめられた演奏に仕上がっているが、細身の音質に物足りなさが残る。張りつめた鋭さを持つ強奏部に対比する弱奏部の雰囲気を表現するには、泥臭さと紙一重の低音が欲しいところ。一方のブリテンも似たような内容の音楽だが、こちらには取り立てて不満はなかった。むしろ、この繊細さこそがブリテンには相応しいと思える。図らずも、ショスタコーヴィチとブリテンの共通点と相違点が明らかになっていると言ってよいだろう。

HMVジャパン


映画「Testimony」は1987年にイギリスで制作された、その名の通り「証言」史観に沿った内容のドキュメンタリーである。VHSでもDVDでもリリースされていたのだが、PAL形式やらリージョンコードやらが面倒くさく、YouTubeでざっと観ただけになっている。今はNTSC形式かつリージョンフリーのDVDが出ているようなので、近い内に入手したい。

そのサウンドトラックが格安で出ていた。ここに収録されているバルシャーイ指揮の「バービィ・ヤール」が名演という話を聞いたことがあったので、是非とも一度聴いてみたいと思っていた音盤である。内容の詳細については、HMV ONLINE商品紹介ページのレビューが詳しいので、そちらを参照してもらいたい。収録曲として記載されているのは以下の通り:
  1. 歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」より第4幕の前奏曲
  2. ピアノ協奏曲第2番より第2楽章
  3. 交響曲第11番より第2楽章
  4. バレエ「黄金時代」より「ポルカ」
  5. 交響曲第4番より第3楽章
  6. ジャズ・オーケストラのための第2組曲より「第2ワルツ」
  7. 交響曲第5番より第1楽章
  8. 交響曲第10番より第2楽章
  9. 交響曲第11番より第1楽章
  10. 弦楽四重奏曲第8番より第3楽章
  11. 交響曲第7番より第1楽章
  12. 交響曲第5番より第1楽章
  13. ヴァイオリン協奏曲第1番より第3楽章
  14. 交響曲第13番より第1楽章
  15. ピアノ協奏曲第2番より第2楽章
映画の各シーンに対応しているのか、曲と曲の間にはセリフが挿入されている。曲毎の演奏者は表記されていないので、すべてバルシャーイが指揮したものなのか、あるいは既存の録音を流用しているのかはわからない。さて、目当ての「バービィ・ヤール」だが、正直なところ、僕にはピンとこなかった。まぁ、よくあることだ。

HMVジャパンHMVジャパン

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

年末の中古市にて

  • モーツァルト:ディヴェルティメント第1~3番 スピヴァコフ/モスクワ・ヴィルトゥオージ (Victor VIC-28116 [LP])
  • テレマン:組曲 ハ長調、3つのオーボエ、3つのヴァイオリンと通奏低音のための協奏曲 変ロ長調、オーボエ協奏曲 ヘ短調 バルシャーイ/モスクワCO (EMI ALP 2084 [LP])
  • プロコーフィエフ:バレエ「石の花」 ロジデーストヴェンスキイ/ボリショイ劇場O (Victor VIC-4018~19 [LP])
  • ストラヴィーンスキイ(ドゥシキン編):田園曲、ストラヴィーンスキイ:兵士の物語、シュトックハウゼン:「十二宮」より(水瓶座、魚座、牡牛座、蟹座、獅子座、射手座、水瓶座)、シニートケ:ヴァイオリン協奏曲第3番 クレーメル (Vn) ベルリン・フィルハーモニーOの首席奏者達 (King K28C-164 [LP])
  • R. シュトラウス:クレメンス・ブレンターノの詩による6つの歌、プフィッツナー:歌曲集(マルクに寄せて、子守歌、すっぱ抜き、菩提樹の葉陰で、私とあなた、そのかみの日) モーザー (S) ヴェルバ (Pf) (EMI EAC-80075 [LP])
年末は専ら自宅の大掃除に明け暮れていたのだが、一日だけ街に出る用事があったので、年末恒例となっている「中古&廃盤レコード・CDカウントダウンセール」を覗きに、阪神百貨店へと立ち寄ってみた。

掃除で疲れていたこともあって、文字通り覗くだけで済まそうと思っていたのだが、思いの外に混雑していた会場の熱気にあてられて、ついついエサ箱を順にチェックし始めてしまった。時間もあまりなかったので、たまたま割り込むことのできた名曲堂阪急東通店の出品物に限定してエサ箱を漁ること小一時間。5枚のLPをレジへ。

モスクワ・ヴィルトゥオージのモーツァルトは、嫌味なまでに磨き上げられた完璧なアンサンブルの妙を堪能できる一枚。スピヴァコーフ独特の癖のある節回しも、ここでは特に気にならない。ピリオド奏法に影響される前の、旧き佳きモダン流儀の歌が心地よい。LPの帯には「深々とした情感、心ゆくまでの歌。完璧な反復によって曲想を的確にとらえ深くほりさげた、美しくチャーミングな名演。」という煽り文句があったので、間違いなく宇野巧芳氏の解説だと思いきや、意外にも壱岐邦雄氏であった。形容詞の選択に加えて、繰り返しを楽譜通り行う“だけ”で楽曲の真正な解釈になるかのようなこのコピーは、やはり旧き佳き時代の遺物と言ってよいだろう。


この種のアンサンブルといえば、やはりバルシャーイ/モスクワ室内管が僕にとって永遠のスタンダードである。彼らのテレマンは初めて聴いたが、壮麗でありながらも引き締まった響きを通して、幾分泥臭いロマンの萌芽が立ち上ってくるような、期待通りの素晴らしい演奏である。これもまた、旧き佳き時代の遺産である。


プロコーフィエフ晩年の傑作「石の花」は、恥ずかしながら今まで全曲を聴いたことがなかった。輝かしい響きに彩られた美しい旋律の数々は、まさに天才的な音楽としか形容のしようがない。ロジデーストヴェンスキイの演奏には、不満のあろうはずもない。


イニシャルが「S」の作曲家を集めたクレーメルのアルバム(別にそういう意図があったとは思わないが)には、絶頂期のクレーメルの至芸が惜しげもなく詰め込まれている。「兵士の物語」における変幻自在の表現力など、未だにこれを超える才能は現れていないと言ってよいのではないだろうか。シニートケの協奏曲には初演者であるカガーンの見事な録音もあるが、内省的なカガーンの音楽に比べて、時にきらびやかなアピール力を持つクレーメルの音楽の方が、シニートケという作曲家を世に出す上で大きな力を持ったのは、至極当然のことであろう。


R. シュトラウスとプフィッツナーの歌曲集は、聴いたことのない作品ばかりが収録されていることに惹かれて確保したもの。手堅くまとめられた地味な歌唱であるが、濃厚なロマンの香りがじっくりと全身に沁み入るような空気感が心地よい。とりわけプフィッツナーの渋い美しさは、癖になる。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Prokofiev,S.S. 作曲家_Stravinsky,I.F. 作曲家_Schnittke,A.G. 作曲家_Pfitzner,H. 演奏家_Barshai,R.B.

ポスト・ショスタコーヴィチを色々と

  • ヴァーインベルグ:シンフォニエッタ第1番、ペイコー:交響曲第4番 スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 33D-018975-76 [LP])
  • ボイコ:グツール狂詩曲、カルパチア狂詩曲、ヴォルガ狂詩曲、ジプシー狂詩曲 A. コールサコフ (Vn) D. サーハロフ (Pf) スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (Melodiya 249 012 [LP])
  • シチェドリーン:ポエトリア ヴォズネセーンスキイ (朗読) ズィーキナ (歌) グスマン/モスクワ放送SO & cho. (Melodiya 33 C 10-04943-4 [LP])
  • ティーシチェンコ:交響曲第3番、「スズダリ」 ブラージコフ/キーロフ劇場CO他 (Melodiya 33CM 01973-74 [LP])
  • ヒンデミット:室内音楽第3番(チェロ協奏曲)、ヴェーベルン:チェロとピアノのための3つの小品、デニーソフ:チェロとピアノのための3つの小品、グバイドゥーリナ:デットーII モニゲッティ (Vc) A. リュビーモフ (Pf) キタエーンコ/モスクワPO ニコラエフスキイ/室内管弦楽団 (Melodiya 33 C 10-10167-68 [LP])
  • リュリ:歌劇「カドモスとヘルミオネ」序曲、Jean Douay:Cour de Versailles sous Louis XIVより「序曲」と「踊り」、ショスタコーヴィチ:前奏曲、前奏曲とフーガ、ジョスカン=デ=プレ:モテットと王室ファンファーレ、ケミーベシュ:エピローグ フランス国立管弦楽団金管五重奏団 (Disques Corélia CC 78010 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、ルーセル:シンフォニエッタ、ゲンツマー:シンフォニエッタ ゾルテル (Pf) シュナッケンベルク (Tp) ゲルミニ/ゲルミニO (RBM 3024 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの12月到着分。

ヴァーインベルグのシンフォニエッタ第1番は、いかにも彼の初期作品らしくユダヤ風の民族舞踊が炸裂する、ハイテンションな音楽である。それでいて、それぞれに個性的な4つの楽章が一つの作品としてまとめられているところに、ヴァーインベルグの非凡さが窺える。こうした熱狂の奔流を振らせたら、スヴェトラーノフの右に出る者はそう多くない。

ペイコーはミャスコーフスキイの弟子でショスタコーヴィチの助手としてモスクワ音楽院で教鞭をとったこともある作曲家。8曲の交響曲が代表作とのことで、ここに収録された交響曲第4番も恐らくはペイコー中期の創作を代表する作品なのだろう。師匠ゆずりの渋い内省的な暗さと鋭い響きは、聴き手にも真摯に音楽と向き合うことを要求しているかのようであるが、その割には3つの楽章がいずれも似たような雰囲気で、全体に単調であるために聴いていて退屈する。


ボイコ(同じような名前で混乱しそうになるが)の狂詩曲集は、2009年11月13日のエントリーに記したように、ジャケットだけを先行入手した形になっていたもの。今回入手した音盤はオランダでプレスされたもので、ジャケットもラベルも別物である。

さて、ここに収録された4曲の狂詩曲は、作品番号からも分かるようにボイコのルーツであるウクライナの民族性(?)をテーマにした連作である。それぞれに「グツール(東カルパチア山脈に住むウクライナ人のこと)」、「カルパチア」、「ヴォルガ」、「ジプシー」といった明確な標題が与えられているが、描写音楽というよりはこれらの語から想起されるイメージを自由に謳い上げた音楽と捉えるべきだろう。独奏楽器の有無などの相違はあるが、基本的には4曲とも同じような音楽である。溢れんばかりの民族的な音調はどれも分かりやすく、華麗な盛り上がりと胸を打つ抒情とのバランスもよくとれている。いわば、典型的な社会主義リアリズムの作品と言ってよいのかもしれない。スヴェトラーノフはここでも見事な手腕を発揮しているが、逆に言えばスヴェトラーノフ以外の指揮でこれらの曲を聴いてみようという意欲は、申し訳ないが湧かない。


シチェドリーンの「ポエトリア」という作品は、寡聞にしてその存在すら知らなかった。「詩人のための協奏曲」という副題(?)の通り、ヴォズネセーンスキイの朗読を中心に、合唱と女声(ズィーキナ)を伴った管弦楽(響きは極めて室内楽的)がシチェドリーン独特の透明で鋭い音世界を繰り広げる。どのような背景で作曲されたのかは分からないが、意欲的な実験昨と言って良いだろう。ライヴ録音であるが、初演の記録かどうかは不明。いずれにせよ、朗読の比重が高いために再演の可能性はそれほど高くないかもしれない。詩の内容が分からないので、現時点では作品について云々するのは控えておきたい。


ティーシチェンコの交響曲第3番はE. フィッシャー/ムジチ・デ・プラハの音盤で知っていたが、フィッシャー盤のいかにも現代音楽風の冷たい肌触りに対し、今回入手したブラージコフ盤は小編成であることを感じさせないスケールの大きな歌が心に残り、聴後の印象は随分と異なる。どちらもこの作品の本質に迫った演奏だと思うが、ショスタコーヴィチの延長線上にあることを強く意識させるブラージコフ盤のロシア情緒は、僕の好むところ。

カップリングの「スズダリ」は、2008年12月15日のエントリーで紹介した録音と同一のものと思われる。


第5回チャイコーフスキイ国際コンクール(1974年)で第2位に入賞したモニゲッティのアルバムは、A面がドイツ、B面がソ連の(当時の)現代音楽で構成されている。技術的に確かな仕上がりで、いずれの曲もそのあるべき姿で鳴り響いているという安心感がある。ヴェーベルン風の簡潔な響きながらもロシアの香りが漂うデニーソフの小品もいいが、ウストヴォーリスカヤに通ずる音の強さが心に残るグバイドゥーリナの作品はより一層印象的である。


フランス国立管弦楽団の金管楽器奏者達による五重奏のアルバムは、編曲物を中心にオリジナル作品で締めるという。この編成ではよくある構成である。一昔前の世代ということもあってか、率直に言って技術的な水準は低い。また、これといった音色の特徴もないために、魅力を見出すのが難しい音盤であった。編曲自体はこの編成ならではの響きを生かしたものだが、リュリやジョスカン=デ=プレの曲はともかく、ショスタコーヴィチの2曲は明らかに技量不足で楽しめない。ケミーベシュの作品には、それほどの興味を抱けなかった。 


最後の一枚は、2008年8月15日のエントリーで紹介した音盤を誤ってダブり買いしてしまったもの。リストを「Shostakovich」で検索して反射的にオーダーしているせいで、極力注意をしているつもりでもこういった失敗はなくならない。認めたくはないが、歳のせいで記憶力が衰えてきているのかもしれない。気がつけば、今年は厄年である。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Weinberg,M. 作曲家_Peiko,N.I. 作曲家_Boiko,R.G. 作曲家_Shchedrin,R.K. 作曲家_Tishchenko,B.I. 作曲家_Denisov,E.V. 作曲家_Gubaidulina,S.A. 作曲家_Shostakovich,D.D.

DSCH社のペーパーバック3点


  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第11番 作品122, スコア, DSCH, 2001.
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第11番 作品122, パート譜, DSCH, 2001.
  • ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ 作品40, DSCH, 2007.
ちょっとしたお誘いを受けて弾くことになったので、ショスタコーヴィチの第11四重奏曲の楽譜を入手。もちろんSikorski版は既に架蔵しているが、せっかくなのでDSCH版も揃えておきたいところ。ペーパーバックには校訂報告がないために、かつての版との違いは確認しなければならないが、ざっと眺めた範囲では演奏を左右するような違いはなさそうだ。

DSCH社最初期の出版物であるチェロ・ソナタのペーパーバックも入手した。「2007年」と印刷されているところを見ると、恐らくは増刷したのだろう。ミスプリントなどがあったのならば修正されている可能性はあるが、ヤクーボフの簡単な解説も含めて刊行当時の物のリプリントだと思われる。フィンガリング等はロストロポーヴィチによる。

送料無料のセールをやっていたので、ついでに新全集の第10巻(交響曲第10番)も注文したのだが、なんと「out of print」とのこと。初版分が売り切れただけで、これもまた近い内に増刷するのだろうが。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

良くも悪くも期待外れ

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第10番、チャイコーフスキイ:劇付随音楽「雪娘」より「メロドラマ」、リームスキイ=コールサコフ:歌劇「見えない町キーテジと処女フェヴローニヤの物語」より「自然への讃歌」「タタールの侵略とケルジェネツの戦い」 スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SO (ica Classics ICAC 5036)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 小澤征爾/サイトウ・キネンO (Decca UCCD-4232)
12月15日のエントリーに続き、HMV ONLINEから別の割引きセールの案内が届いた。早速チェックしてみたところ欲しい音盤が1枚見つかったので、セールの対象商品に限定して計4枚をオーダー。目当ての音盤は入荷待ちの状態で(セール品なのになぜ?)、先に2枚が届いた。

まずは、ソ連のプラハ侵攻の翌日(1968年8月21日)にロンドンで行われたスヴェトラーノフ/ソヴィエト国立SOのライヴ録音。中プロで演奏されたドヴォルザークのチェロ協奏曲(ロストロポーヴィチ独奏)は既にCD化済み(BBC Legends BBCL4110)で、鑑賞用には荒すぎるとは思いつつも、必ずしも好意的ではない聴衆を力技でねじ伏せてしまうかのような訴求力の強い音楽は、折に触れて聴きたくなる魅力を持っている。当日のメインであったショスタコーヴィチの交響曲第10番にも同様の音楽を期待したのだが、結論から言えば、残念ながら期待外れ。

演奏の直前に客席から飛び交う怒号は、曲が始まってもしばらく続き、それをたしなめるシーとの応酬で騒然とした雰囲気は、このライヴの歴史的な記録という側面を思い起こさせてくれるが、期待するほどの異様なテンションは演奏からは感じられない。これは劣悪といってよい録音状態のせいでもあろうが、異常な状況下の前半を終えて演奏者側の集中力が削がれていたと考える方が自然かもしれない。このコンビならではの泥臭い力強さは随所に発揮されているものの、空虚な威圧に止まっている箇所も少なくない。もっとも、スヴェトラーノフの直線的な解釈がこの作品に不向きであることも否定できず、歴史的な文脈でいたずらに持ち上げるほどの演奏ではないだろう。

アンコール的に収録された小品3曲は、別日の録音。演奏の傾向は同様だが、スヴェトラーノフと作品との相性はこちらの方が格段に良い。

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一方、さしたる興味もないままに入手しそびれていた小澤征爾/サイトウ・キネンOの交響曲第5番は良い方の期待外れで、思いの外に充実した立派な演奏であった。隅々まで磨きあげられた響きで単に壮麗さを演出するだけでなく、作品の諸相を丹念かつ適切に描き切った小澤の解釈は、時に滑らかに過ぎるようにも思われるが、しかし見事に模範的なものである。敢えて注文をつけるならば、金管楽器の響きにより一層の色彩感が欲しいところ。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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