にわか歴史マニア?

賛否両論はあるようだが、今年の大河ドラマ「平清盛」を楽しんで見ている。戦国時代や幕末を舞台にしたドラマは、正直なところ食傷気味。平安末期における宮中の陰湿な人間模様は、共通一次試験(ひどく歴史を感じる懐かしい呼び名だ)レベルの知識にとどまっているものの、僕にとっては新鮮で興味のある題材である。

2004年の「新選組!」の時もそうだったが、ドラマをきっかけに関連する本を読むことは、普段の関心事とは全く異なるところから新たな知識が降ってくるようなもので、とても楽しい。数ヶ月前のことになるが、読売新聞の夕刊で見かけた本を、とりあえずの一冊に選んでみた。
  • 川合 康:源平合戦の虚像を剥ぐ. 講談社学術文庫.
何も知らなかったとはいえ、“とりあえず”にしては随分と敷居の高い学術書であったのには面食らったが、断片的な記憶の残滓を拾い集めるには丁度良いとも言える緻密さで展開される議論は、圧倒的な迫力を持って源平の時代に対する深い理解をもたらしてくれる。読み通すのに骨が折れるのは確かだが、専門家でなくとも大いに刺激を受けることのできる良著である。



この本を読み終えた後、たまたま立ち寄ったコンビニで見かけた横山光輝の『マンガ平家物語』も、広く知られたエピソードがコンパクトに散りばめられた、手軽なダイジェストといった感じで面白く読んだ。こうなると、原書も読んでみたくなる。



古代史のマイブームも、依然として続いている。
  • 矢澤高太郎:天皇陵の謎, 文春新書, 2011.
基本的には考古学の現場からの視点で語られた本で、天皇陵の調査・研究に伴う様々な問題提起がなされているのだが、古墳を通して古の朝廷の姿が浮かび上がってくるような筆致は魅力的で、一気呵成に読み通してしまった。



被葬者の比定の問題などについて、もう少し詳しく知りたいと思い、この新書の中でも名前の掲がっていた研究者の本も読んでみた。
  • 森 浩一:天皇陵古墳への招待, 筑摩選書, 2011.
研究者としての著者の半生記といった趣の本で、現在までに得られた知見が、そこに至るまでの苦労や興奮を伴って生き生きと語られている。相当量の情報が詰め込まれていることもあって、構成に雑然とした印象があることも否めないが、それゆえに研究の現場の空気感がリアルに伝わってくるような気もする。僕のような素人にとっては、学術書よりもこういう本の方が刺激的だ。

この2冊のおかげで、実際に自分の足で古墳を巡ってみたい欲求にとらわれてしまった。『陵墓要覧』(平成5年改訂版)を図書館で取り寄せてコピーし、現在、鋭意準備中である。もっとも、それを実行に移すことができるのは、いつになるか分からないが。



古代史つながりで古代ローマのことも勉強したいと思っているのだが、そこまでの時間は残念ながらなかなかとれない。気分だけでも……ということで、深夜アニメで見かけた『テルマエ・ロマエ』の全巻を大人買い。

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theme : 最近読んだ本
genre : 本・雑誌

【ニコニコ動画】フェドセーエフのショスタコーヴィチ3種

いささか遅ればせながら、訃報を一つ。ショスタコーヴィチ研究家として著名なマナシール・アブラーモヴィチ・ヤクーボフ氏(1936~2012)が、去る2月5日にご逝去された。DSCH社の新全集では、既刊のほぼ全てで解説や校訂報告を執筆されていた。ご高齢であったものの大往生と言うには少し早く、何とも惜しまれる。自筆譜をはじめとする一次史料を丹念に読み込むことで構成された緻密な論文を、これからは読むことができないと思うと、いかに後継者たる優秀な研究者が活躍しているとはいえ、大きな喪失感を禁じ得ない。立て続けにK. ザンデルリンク(1912~2011.9.18)やベリルンド(1929~2012.1.25)の訃報に接したこともあり、つくづく自分も歳をとったものだと、寂しい気持ちになる。ご冥福をお祈りいたします。

さて、本題。ニコニコ動画に、フェドセーエフ/モスクワ放送SOがウィーン楽友協会大ホールでショスタコーヴィチの交響曲を演奏した時の映像がアップされていた。第5番・第10番・第15番の3曲で、嬉しいことにいずれも全楽章が揃っている。

どの曲においても、オーケストラの高い機能性が際立つが、多くの優秀な首席奏者が長年に渡って在籍していることによって、この水準が保たれているのだろう。ソ連時代以前に比べるとかなり洗練されていることは確かだが、ロシア以外の何物でもない響きは、音楽的な伝統が最良の形で継承されていることの証でもあろう。もちろん、フェドセーエフとの長い関係も忘れてはならない。淀みのない、それでいて彫りの深い音楽は、近年では他に類を見ない指揮者とオーケストラの関係の賜物である。

第5番は、彼らも数え切れないほど演奏してきた作品であろう。僕も、1999年に大阪で彼らの実演を聴いたことがある。技術的な不満があろうはずもなく、颯爽としたフェドセーエフの解釈にも揺らぎがない。お手本のような演奏といってよいだろう。とりわけ第2楽章の格好良さは、彼らならではのもの。惜しいのは、第3楽章の後半辺りから、どこか緊張感が失われてしまっているところ。破綻はないものの、第4楽章も今一つ盛り上がりきらない。

第1楽章第2楽章
第3楽章第4楽章
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
フェドセーエフ/モスクワ放送SO(2011年9月25日)


第10番も、西宮で彼らの実演を聴いている(2006年5月29日のエントリー)。この曲にもフェドセーエフの個性的な解釈が聴かれるが、曲との相性が良いのか、そのほとんどに違和感はない。オーケストラの首席奏者も、大多数が西宮公演時の顔ぶれと共通しており、かつての感動や興奮がそのまま甦ってくるような映像である。ここにアップされている3曲の中では、演奏の出来が最も良い。

第1楽章第2楽章
第3~4楽章
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
フェドセーエフ/モスクワ放送SO(2011年9月26日)


第15番を映像で観ることができるのは嬉しいが、この曲に関しては、フェドセーエフの解釈に違和感が残る。とりわけ第1楽章と第3楽章の鈍重なテンポは、明らかに意図を持ったものではあるが、僕がこの曲に抱くイメージとは異なる。ただ、第4楽章のクライマックスに向かう長大なクレッシェンドは、このコンビにしか成し得ないであろう、独特のしなやかさを持った素晴らしいもの。

第1~2楽章第3~4楽章
ショスタコーヴィチ:交響曲第15番
フェドセーエフ/モスクワ放送SO(2011年9月27日)

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 演奏家_Fedoseyev,V.I.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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