【演奏会のお知らせ】シュペーテ弦楽四重奏団 第2回公演

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私が参加している弦楽四重奏団が、下記の要領で第2回公演を行います。本番まで一ヶ月を切りましたので、宣伝させていただきます。

 
シュペーテ弦楽四重奏団 第2回公演
Das Späte Quartett
 
2012年4月14日(土):開場13時30分・開演14時
  日本福音ルーテル西宮教会 (西宮市宮西町4-19)
  ※阪神本線「香枦園」下車 夙川東土手北へ30m 徒歩1分
  ※阪急神戸線「夙川」下車 夙川東土手南へ700m 徒歩7分
  ※JR神戸線「さくら夙川」下車 夙川東土手南へ500m 徒歩5分
後援:西宮市・西宮市文化振興財団・京大音研同窓会
 
2012年4月21日(土):開場13時30分・開演14時
  聖アグネス教会 (京都府京都市上京区烏丸下立売角)
  ※京都市営地下鉄烏丸線「丸太町」下車 徒歩3分
後援:京大音研同窓会
 
森住 憲一(Ken 1. Morizumi):Violine
石金 知佳(Tomoyoshi Ishikane):Violine
工藤 庸介(Yosuke Kudo):Viola
金山 秀行(Hideyuki Kanayama):Violoncello
 
プログラム
 F. J. ハイドン:弦楽四重奏曲第73番 ヘ長調 作品74-2(Hob.III-73)
 F. P. シューベルト:弦楽四重奏曲第13番 イ短調 作品29(D.804)「ロザムンデ」
 M. ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調
 
入場無料

シュペーテ弦楽四重奏団は、2009年8月に結成し、2011年9月に第1回の公演を行いました。現在のところ、年2回(4月と9月)の公演を目標に練習を重ねています。シュペーテ(späte)とは、ドイツ語で「後期の、晩年の」といった意味の形容詞です。弦楽四重奏団としては邪道でしょうが、チェロ以外の3人はパートを固定していません。

今回は、前半は「石金 (Vn 1)-森住 (Vn 2)-工藤 (Va)-金山 (Vc)」、後半は「森住 (Vn 1)-石金 (Vn 2)-工藤 (Va)-金山 (Vc)」というパート割りで演奏します。

入場は無料で、整理券等はありません。両会場ともに100席程度の座席数です。

今年は桜の開花が遅くなりそうですので、西宮公演の時には、会場に至る夙川沿いの土手の桜がちょうど綺麗に咲き誇っていることと思います。年度初めの週末でお忙しいとは思いますが、花見の散歩がてら、万障お繰り合わせの上、皆様お誘い合わせて足をお運びいただけましたら幸いでございます。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏活動_DasSpäteQuartett

シェバリーンとティーシチェンコの佳品

  • シェバリーン:舞踏組曲「ひばり」、映画音楽「グリーンカ」より アクーロフ/モスクワ放送SO (Melodiya 33 C 10-05167-8 [LP])
  • ティーシチェンコ:バレエ「ヤロスラーヴナ」 ドミトリエフ/マールイ劇場SO & cho (Melodiya C 10-07823-6 [LP])
  • ティーシチェンコ:ヴァイオリン協奏曲第2番 スタドレル (Vn) シナーイスキイ/レニングラードSO (Melodiya C10 25835 001 [LP])
  • モーツァルト:ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージョ、ラヴェル:ツィガーヌ、ショスタコーヴィチ(グリークマン編):3つの幻想的な舞曲、ハチャトゥリャーン:舞曲第1番、オフチニコフ:バラード G. フェイギン (Vn) スシャンスカヤ、D. サーハロフ (Pf) (Melodiya 33D 17593-594 [10"mono])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの1月到着分。雑事に追われていたのは事実だが、たかだか4枚程度の音盤を2ヶ月も放置してしまったことは恥ずかしい限り。

バレエ音楽と映画音楽がカップリングされたシェバリーンのアルバムは、この作曲家のメロディーメーカーとしての特質が発揮された内容である。どの曲も憂愁を湛えつつも親しみやすい、ロシア情緒に満ちた抒情美が印象的な小品ばかりである。さしづめグラズノーフの後継者とでもいったところか。和声や管弦楽の扱いに特筆すべき新しさは感じられないが、手堅くも優れた水準に達していることは確かだ。楽譜の入手さえ容易ならば、アマチュア・オーケストラがこぞって取り上げそうな曲だ。


「ヤロスラーヴナ」は「イーゴリ軍記」を題材にしたバレエで、ティーシチェンコの代表作の一つである。東洋風の音楽が、透けるように薄いテクスチャの中で合唱を効果的に使った。鋭くも訴求力の強い響きで繰り広げられる。全曲が大きな一つの流れの中に統一されているせいか、バレエ音楽らしい多彩さには欠けるが、いかにもポスト・ショスタコーヴィチ世代らしい色合いの音楽は、なかなか魅力的だ。


同じくティーシチェンコのヴァイオリン協奏曲第2番は、「ヴァイオリン交響曲」との副題(?別名?)に相応しく、独奏ヴァイオリンがオーケストラと一体となって協奏曲の域を超えた巨大な音楽を歌いあげる、傑作である。この曲は、本当に素晴らしい。ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番の書法で交響曲第15番を書き直したような音楽だが、その響きや内容はショスタコーヴィチの単なる模倣ではない、ティーシチェンコ独自のものである。終楽章の終結に向かう音の流れは、交響曲第15番の終楽章の長大なクライマックスを思わせ、極めて感動的で強い印象を残す。


フェイギンの小品集は、一昔前のロシア流儀の模範生といった印象で、揺るぎのない安定感をもった左手、力強い切れ味で濃厚なロマンを歌いあげる右手のどちらも、十分以上の水準に達した演奏である。ただ、とりたてて強い個性が感じられる訳ではないので、古典的なレパートリーを収録したA面は平凡な出来である。ロシアの近代作品(ショスタコーヴィチもハチャトゥリャーンも最初期の作品なので、現代作品と括るべきではないだろう)が並んだB面も、当たり前のようにあっさりと弾き切っているのだが、それゆえに楽曲の雰囲気が自然に立ち上ってくるような、好感度の高い仕上がりになっているのが面白い。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shebalin,V.Y. 作曲家_Tishchenko,B.I.

現代の「森の歌」&「バービイ・ヤール」

先日、シュペーテQの次回公演に備えて、森悠子先生のレッスンを受けた。ラヴェルの四重奏曲の第1楽章と第3楽章だけに絞ったが、3時間以上に及ぶ熱心なご指導をいただき、大いに勉強させていただいた。我々の水準を十分に踏まえつつも、音楽的な要求に対して妥協することはなく、加えて我々の個性らしきものまで生かしてくれる、最高級のレッスンであった。音盤などで聴き知っているのと違ってうまくいっていないことは分かっていながら、それなりに工夫や検討を加えても釈然とせずに解決できなかった多くの箇所が、わずかな指摘で見違えるように形になっていくのは、まさに魔法のようですらあった。技術上の具体的なコツの伝授もさることながら、テンポの設定からフィンガリングに至るまで、音楽的な演奏を作り上げるための理論的に明確な基本原理が存在することを教えていただいたことが、今回のレッスンの最大の収穫だったように思う。

レッスン後の雑談の中で、ボウイングの世界的な潮流はすっかり変わっていて、かつてのように均質なものではなく、アーティキュレイションをくっきりと浮かび上がらせるような類の流儀が主流になっているのだと聞いた。それに対応していかなければ、欧米のオーケストラのオーディションを通ることも難しくなっているらしい。

漠然と感じていた現代風の演奏の特徴は、なるほどこのように技術的見地から明快に説明できるものかと、目から鱗が落ちた気分。とはいえ、音楽現場で活躍しているプロの方々にとっては、何をいまさらということに違いない。いくら関心を持って勉強しているつもりでも、所詮は素人ということだ。学ぶべき事柄は尽きない。

ニコニコ動画にアップされている「森の歌」は、さしづめ現代風のショスタコーヴィチ演奏の典型と言えるだろう。重厚な音の壁が聴衆をやみくもに興奮させるのではなく、繊細な音の線の絡みが聴き手の心の襞を撫でるかのような優しい熱気が心地よい。こういう解釈が可能であれば、少なくともロシア語の通じない地域では、今後も「森の歌」が演奏される機会が失われることはないだろう。

第1~5楽章第6~7楽章
ショスタコーヴィチ:オラトリオ「森の歌」
ヴォロパエフ (T)、レイフェールクス (Br)、ペトレンコ/フランス放送PO他(2012年2月10日)


YouTubeにアップされている交響曲第13番も、フレーズの細部がよく動く現代流儀の演奏である。僕の脳裏に刷り込まれた「バービイ・ヤール」に比べるとかなり軽量な印象であるが、このスタイルでこそ明らかになる響きの美しさは極めて魅力的。

ショスタコーヴィチ:交響曲第13番
アレクサーシキン (B)、スロボデニューク /オランダ放送PO他(2011年4月3日)

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 演奏活動_DasSpäteQuartett

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社, 2011)

帰り道の駅構内にある書店の前を通り過ぎた時、ふと目についたのが、この本。村上春樹と小澤征爾との対談本ということで、当たり前のように「話題書」のコーナーに平積みにされていたが、最近とみに錆びついている僕のアンテナはその存在すらキャッチすることがなく、出版から3ヶ月近くも経って初めて手に取った次第。

熱心な音楽ファンである村上氏が音盤で聴いた音楽の印象を語り、それに対して小澤氏が極めて実際的な技術論で応えるという、2人のすれ違いが面白い。博識なアマチュアが、個別の知識には疎いプロと対等であるかのように勘違いすることは、往々にしてよくあることだが、本書の2人が奇妙に通じ合っているように見えるのは、村上氏が、畑違いとはいえ、自身の創造の現場を踏まえて論を立てていることが大きいのだろう。

さすがに一流の作家の文章は見事なもので、時には取り上げられている演奏よりも雄弁と思われるような評も見受けられるほど。と同時に、それらの表現を獲得するために、音盤を十分に聴き込んでいることも窺える。この真摯な姿勢は、村上氏の高みに達することはできなくとも、一愛好家として見習いたいものだ。

一方の小澤氏は、語弊を恐れずに言えば、棒を振ること以外には徹底して無関心で無頓着な風情である。その潔いまでの割り切りは、欧米の音楽文化や伝統の背景を持たぬまま、ただ棒の技術だけを頼りに超一流の地位を極めたことへのプライドとコンプレックスの相克を物語る。プロとアマとの決定的な違いは、才能でも知識でもなく、技術である。村上氏の抽象的な問題提起に対する小澤氏の答えは技術論に終始するが、そこに小澤征爾という音楽家の本質があるのだろう。

僕はこの小澤氏の姿勢について、必ずしも否定的ではない。本書の最終章で村上氏は、小澤氏が主催する「小澤征爾スイス国際音楽アカデミー」に参加し、数々のレッスンを見学した印象を語っている。プロが音を形成する現場の実際的な作業に触れることは、観念的に音楽を享受している多くのアマにとって極めて刺激的な経験である。事実、村上氏も一流の技術が持つ凄みを、いくぶん興奮した筆致で書き連ねている。

一方で、様々なエピソードなども交えつつ情熱的に語られているにも関わらず、小澤氏の音楽観に特筆すべき魅力が感じられないことも、この対談を通して明らかになっている。“日本が誇る世界的指揮者”小澤征爾の長所だけでなく、短所すらも(ひたすら小澤氏を賛美するような書きぶりであるにもかかわらず)見事に描き出した、出色の対談ということができるだろう。小澤ファンであるか否かを問わず、興味の尽きない一冊である。

theme : 最近読んだ本
genre : 本・雑誌

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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