ポーランド人作曲家&ショスタコーヴィチのピアノ作品集


  • シェリゴフスキ:ソナチネ、マラフスキ:山岳地帯の3枚絵、ショスタコーヴィチ:ピアノ・ソナタ第1番、3つの幻想的な舞曲 オシンスカ (Pf) (Muza SX 1502 [LP])
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.からの9月到着分は1枚だけ。

A面はポーランドの(当時の)現代作曲家、そしてB面はショスタコーヴィチの初期作品を収録したピアノ独奏曲のアルバム。ショスタコーヴィチのソナタは、作品の前衛性をあまり意識させない、不思議な抒情性が漂う演奏。尖った推進力のようなものは感じられないので物足りなさもあるが、どこか穏やかですらある音楽の流れは、2世代くらい前の旧き佳き演奏流儀だからこそなし得たものかもしれない。3つの幻想的な舞曲も同様に、19世紀のロシア音楽の延長として響く。シェリゴフスキもマラフスキも初めて聴いた作曲家だが、前者は子供向けのようにも聴こえる馴染みやすい音楽、後者も現代的な響きではあるものの人間的な温かみのある表情が心に残る音楽である。
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genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

80歳記念 ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ

80歳記念 ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ
  • リームスキイ=コールサコフ:交響組曲「シェエラザード」
  • チャイコーフスキイ:弦楽セレナード
  • チャイコーフスキイ:1812年
  • スヴィリードフ:組曲「吹雪」より「ワルツ・エコー」【アンコール】
  • チャイコーフスキイ:バレエ「白鳥の湖」より「スペインの踊り」【アンコール】
2012年10月20日(土) 兵庫県立芸術文化センター大ホール
その容姿のせいか若々しい印象の強いフェドセーエフだが、1970年代半ば(つまり僕が生まれた頃)からモスクワ放送響との素晴らしい関係が始まったことを考えると「80歳」という年齢も当然のこと。とはいえ、やはりその数字にはいささかの驚きがある。それは溌剌とした指揮姿のような外見上の理由ではない。オーケストラの機能を十二分に発揮させつつも、生気に満ちた淀みのない流れを持つ、颯爽とした力感に満ちた彼の音楽ゆえである。メタリックな音の輝きが印象的なソ連時代の演奏、個性的なテンポ設定や歌い回しで抒情性が際立つ1990年代以降の演奏と、そのスタイルに変遷はあったものの、いわゆる巨匠然とした音楽をすることはなかったし、またそれこそがフェドセーエフの魅力でもあった。

それは、年齢的にはもしかしたら最後の来日になるかもしれない今回の公演でも変わらなかった。しかしながら、そこにもう一つ“深い静寂”という要素(その萌芽は2006年のショスタコーヴィチにも聴かれてはいたが)が加わったことで、今回の演奏はまさに異次元の境地に達していたと言いたい。「美味しんぼ」の京極さん風に言えば、「なんちゅうもんを聴かせてくれたんや」といったところ。

演奏会の幕開けが「シェエラザード」というのは、名手揃いのチャイコーフスキイSOの奏者達にとってもプレッシャーが大きかったようで、序盤はピッチに不安定さがあったし、主力メンバーをトップに据えた木管陣にも細かい乱れが散見された。完璧としか言いようのないヴァイオリンのソロ(ハープの細やかな表情も特筆しておくべきだろう)の後、ゆったりとしたテンポで動き始めた主部では、そのテンポの遅さに起因するアンサンブルの綻びもなかったわけではない。しかし、このようなあら探しをいくらしてみたところで、鷹揚とした、それでいて表情豊かな、この第1楽章の音楽的な素晴らしさが損なわれることはない。晴朗な大海を彷彿とさせる振幅の大きな音楽の揺らぎに身を委ねているだけで、何とも形容し難い幸福感が全身を包み込んでくれる。威圧的な音が一切ないのに音量の幅は極めて大きく、個々の音の響きは冷たく乾燥しているのに全体の響きは人間的な温もりに満ちた、まさにロシアの響きが、フェドセーエフが紡ぎ出す音楽に一層の彩りと魅力を与えている。

アタッカで間髪入れずに始まった第2楽章は、個々の奏者の名技が炸裂。ただしそれは指回りの鮮やかさを誇示する類のものでは全くなく、極めて表情豊かな最弱音という形で発揮されるものであった。クラリネットをはじめとする木管楽器も素晴らしかったが、特に印象に残ったのは、コーダのヴァイオリン(シェスタコフ)とホルン(ニキティン)の掛け合い。もの凄い緊張感なのに、音楽から温もりと艶やかさが失われることがない。音響的にはあまり褒められた出来ではない芸文の大ホールが最弱音で満たされたのには、衝撃すら覚えた。

第3楽章の冒頭が息を飲むような美しさだったのは、当然の帰結だろう。やはりゆったりとしたテンポで奏でられる歌は、フェドセーエフらしく爽やかに流れていくが、それでいて時にフレーズや音がその場で息を潜めて佇んでいるかのような寂寥感が漂うのは、80歳にしてフェドセーエフが至った境地と言うべきだろう。しかしそれは人を寄せつけない厳しさではなく、あくまでも人懐っこい、心に寄り添うような温かみをまとっている。このような最弱音を実現できるオーケストラの機能の高さも、賞賛されなければならない。私が先に“深い静寂”と述べたのは、このようなことである。満を持して登場したサモイロフのスネアドラムに導かれる中間部の切ないほどの楽しさも、この主部の至高の表現あってこそ。

第4楽章ではオーケストラの威力が惜しげもなく披露されたが、それでも全ての音が指揮者の意思で完全に制御されているかのようで、単なる轟音の快楽に溺れることはない。最後に特筆しておくべきは、オーケストラの、そしてロシア音楽の醍醐味が凝縮されたクライマックスを経て、全てが静まり返った後のコーダの何という美しさ!これを形容する言葉を、私は持ち合わせていない。

正直なところ、「シェエラザード」がこんなに内容豊かな音楽だとは思ってもみなかった。ソロのみならずトゥッティでも高い技術を求められる曲であり、このオーケストラの卓越した名技に対する期待の方が上回った状態で、演奏を聴き始めたのも事実である。それが、第1楽章の主部に入った瞬間から、決して表層的な描写に留まらない心象風景の多彩で深い表現に心を奪われてしまった。演奏の流儀は、今となっては一世代前の、いささかロマンティックなもの。だから、新しい時代の扉を開くというよりは、一つの時代が幕を下ろそうとしている、そんな感慨を伴った演奏でもあった。翌21日は大阪で「悲愴」がメインの公演があったのだが、兵庫の「シェエラザード」を選択して本当によかった。

後半は、兵庫芸術文化センター管弦楽団との合同演奏。といっても、「1812年」のバンダ以外は弦楽器のみの参加。客席からざっと数えたところでは、1st Vnが12プルト、コントラバスが13人という巨大編成である。演奏に先立ってフェドセーエフのスピーチがあった後、弦セレが始まる。フェドセーエフによる同曲は2006年にも聴いており、今回もその基本的な解釈に違いはない。ただ、「シェエラザード」に聴かれた“深い静寂”を、とりわけ中間楽章で実現するには、アンサンブルの完成度が低かったことが残念。管楽器のトップの多くが前半と入れ替わった「1812年」はお祭りのような感じで、こうなると単純に轟音を愉しむに限る。曲も曲だし。これもまたフェドセーエフ、なのだろう。

アンコールの2曲は、お馴染みのもの。スヴィリードフでのシェスタコフのヴァイオリン・ソロは、「1812年」のお祭り騒ぎから一転、「シェエラザード」の世界に連れ戻してくれた。作曲家自身も想像しなかったであろう深い名演。「スペインの踊り」は、やりたい放題のサモイロフのタンバリンを目で楽しみながら、「1812年」のお祭り気分の中で終演。

率直に言って、後半の合同演奏は蛇足だったと思う。でも、その分入場料を安くしろ、とは言わない。「シェエラザード」1曲で十分にその元はとれたし、その圧倒的な印象は後半の演奏を経ても今なお全く薄まってはいないからだ。客席が6割程度しか埋まっておらず、演奏者に対して申し訳ないくらいだったが、損をしたのは間違いなく足を運ばなかった人の方。私は、勝ち組です(笑)

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏家_Fedoseyev,V.I.

O. ディゴーンスカヤ:D. D. ショスタコーヴィチの未完の歌劇「オランゴ」, DSCH社―(1)

1. 十月革命15周年記念行事の準備:「祝福の花束」


1932年初め、ソヴィエト=ロシアは熱狂の渦の中、その年の主要な記念日である十月革命15周年の準備を開始した。地方の祝典では、コムソモールと赤軍の15周年記念も計画された。首都の全ての劇場と演奏会をマネジメントする機関は、容赦なく祝典の準備に引きずり込まれ、彼らの動向は細大漏らさず、かつ定期的にメディアで議論された。雑誌や新聞の紙面は、告知と計画で溢れていた。「十月革命15周年記念に向けた我々の準備」「劇場は十月革命15周年記念の準備を進めている」「劇作家は十月革命15周年記念に向けて構想を練っている」「首都は十月革命15周年記念の準備を進めている(レニングラード/モスクワ)」「十月革命15周年記念の音楽」「十月革命15周年記念の準備状況を点検しよう」「レニングラードの作曲家達は十月革命15周年記念に備えている」1などといった調子である。上からの圧力が脅迫的に提示する「それで、君達は十月革命15年の祝賀のために何をしているのかね?」という見えざる、そして聞こえざる問いのせいで、作曲家同盟は始終神経を尖らせており、集団の報告と個人の誓約とが至る所で次々と表明され始めた。

ショスタコーヴィチはこの十月の祭典に、同時に全てのジャンルで拘束されていた。報道された事柄から判断すると、彼は十月の各種行事を祝うために、真に感動的な創造の奔流を約束していた。

1932年1月、レニングラード・マールイ・オペラ劇場は立て続けに二つの告知を出した。それは、ニコラーイ・アセーェフの台本によるソヴィエトの音楽喜劇および十月革命15周年のためのショスタコーヴィチの音楽の上演が決定したというものだった2

1932年2月、作曲家自身が「カール・マルクスから我々の時代へ」という5楽章の交響曲を作曲する意思を公表した。この交響曲はニコラーイ・アセーェフの詩による十月革命15周年のための作品3である。さらに、レニングラード・マールイ・オペラ劇場(Малегот)の依頼で「同じくアセーェフの台本による3幕の喜歌劇」の作曲についても明らかにした。「この喜歌劇の主題は、慣れない資本主義社会の中におかれた国外のソ連市民である4」。

同年3月のはじめ、Малеготは再び「十月革命15周年は、詩人アセーェフと作曲家ショスタコーヴィチが準備しているソヴィエトのミュージカルによって、祝われるだろう5」と確約した。

ショスタコーヴィチの名は、作家アナトーリイ・マリエンゴフと対で、モスクワ・オペレッタ劇場と全ロシア劇作家及び作曲家協会との間に交わされた「十月革命15周年のためのソヴィエトのミュージカルに関する劇作家と作曲家との間の約定について6」という協定の結果立ち上げられた最初の3つの創作チームの中にも挙げられた。

この創造的なコンビはまた、モスクワ・オペレッタ劇場のために「十月」をテーマとした別の作品を作ることも約束した。こちらは既に5つの新作オペレッタを来るシーズン(10月)に上演することが、政府にも世間にも告知されていた。そこには、マリエンゴフとショスタコーヴィチによる喜歌劇「黒人」も含まれていた7

この一方でショスタコーヴィチは、十月革命15周年の記念日である11月7日に公開されることになっていた映画「呼応計画」の音楽を大急ぎで作曲した。

彼はまた、コムソモールの記念日にも何かを捧げようと考えていた。1932年5月、「地方のTRAM(労働青年劇場)とTRAMの中核的なグループは、コムソモールの15周年記念日を祝うための準備を始めた。モスクワTRAMは、新たなTRAM行進曲の作詞と作曲に着手した。さらにTRAMの作曲家であるショスタコーヴィチも、その行進曲の仕事に招聘した8」。この行進曲がどうなったのかは分からない。また、この創作においてショスタコーヴィチがどのような役割を果たしたのかについても、何も分からない。しかし、彼らは作曲家が多大な貢献をしてくれると期待していた(そして彼も約束したのだ!)。1932年9月2日のある告知によると、TRAMは「コムソモールの15周年記念日に捧げた新作の劇『戦闘訓練』」を上演しようとしていた。「脚本はリヴォーフ、ソコローフスキイ、ゴルベーンコである。監督はM. ソコローフスキイ、美術はF. コンドラートフ、音楽はD. ショスタコーヴィチとF. ルブストフである9」。

つまり、歌劇、喜歌劇、合唱を伴う大規模な多楽章の交響曲、劇音楽、映画音楽、そしてTRAM行進曲は、ショスタコーヴィチが祝日のために約束した豪勢な祝福の花束の構成物であった(しかし、その年の終わりまでその仕事から解放されず、しかも滑稽なほど浅薄な内容でケリをつけた)。もちろん作曲家は、彼のお気に入りの作品であり1932年の切り札でもあった歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」に特別な力を注いでいた。しかしながら十月を前にしたヒステリーが最高潮に達した春に、ショスタコーヴィチは予期せぬ光栄な申し出を受け、断ることはできなかったし、また断ることもなかったのである。


  1. 以下の文献を参照のこと:Rabochii i teatr, 1932, No.2, pp.6-7; No.4, p.8; No.6, pp.14-15; No.23, pp.1-5.
  2. 以下の文献を参照のこと:“Theatres Are Preparing for the 15th Anniversary of the October Revolution”, Rabochii i tealr, No.1, 10 January 1932, p.8; “Our Preparations for the 15th Anniversary of the October Revolution: Theatres Say”, Rabochii i teatr, No.2, 18 January 1932, p.8. 1932年1月25日に開催されたМалеготの芸術委員会レパートリー作成部門会議の議事録によると、劇場は公演のために9つの班を編成することを決定した。「西側における階級闘争」というテーマを担当する第3班には、「作家アセーェフ、作曲家シェスタコーヴィチ(ママ)、指揮者ラビノーヴィチおよびサモスード、劇場からカプランとカーニン」が含まれた。「テーマというのは、ドイツにおいて新たなソヴィエト人民であることを自覚した者が、西側の環境の中でいかに振る舞うべきか、というものであった。現代ドイツの特質との社会闘争を諷刺的に明らかにするような出来事が、こうした背景に対立するものとして演じられる(CSALA St. Petersburg, rec. gr. 290, inv. 1, f. 9. Typed copy)」。このファイルの他の書類(sheets 48 and 51)から、喜歌劇「粉まみれの釘」に言及している事実も明らかになっている(筆者は、この情報を教えてくれたA. N. クリューコフと、そのことを思い出させてくれたローレル・フェイに感謝する)。「粉まみれの釘」は恐らく、未完の歌劇「大きな稲妻」の原題だと思われる。
  3. ショスタコーヴィチは交響曲の第1楽章を書き上げたが現存していない、という説がある(以下の文献を参照のこと:Dmitri Shostakovich. Notational Reference, E. Meskhishvili(編著), Moscow, 1995, p. 250(ロシア語);D. C. Hulme, Dmitri Shostakovich: A Catalogue, Bibliography, and Discography. Third Edition, Scarecrow Press, USA, 2002, pp. 99-100;Dmitri Shostakovich, Sikorski Musikverlage, Gamburg, 2005, p. 161)。この説は、作曲家自身によって引き起こされたという側面もある。彼は、ある時には「何がしかの曲を書いている」「詩の選択を終えた。壮大なものを書きたい」と言い、さらには「私はそれをイヴァーン・イヴァーノヴィチ・ソレルティーンスキイのために演奏した」として交響曲のことを否定していない(以下の文献を参照のこと:S. M. Khentova, In Shostakovich's World, Moscow, 1996, p. 35(ロシア語))。この作曲家の言葉は、ソレルティーンスキイが1932年末に新しい交響曲について公けに語っているという事実によって、間接的に確認される。彼は次のように語っている:「十月革命15周年のために、フィルハーモニーの依頼で作曲された3つの交響曲が初演されることになるだろう。それらは、ショスタコーヴィチおよびグラドコフスキイの交響曲、そしてジヴォートフによる交響的な連作歌曲集である(I. Sollertinsky, “Review of the Season Continues: The Philharmonic Says”, Rabochii i teatr, No. 24, 1932, p. 4からの引用)」。ソレルティーンスキイが「カール・マルクスから我々の時代へ」について言及していることに、疑う余地はない。ショスタコーヴィチはその曲の断片をソレルティーンスキイに弾いて聴かせ、1932年2月(この時点で、作曲は他に交響的な作品を作曲する意思はなかった)に発表された自身について述べた文章の中でも言及した。しかし、この曲が完成することはなく、レニングラード・フィルハーモニーはその十月に捧げる作品への関心をなくした。自筆譜は現存しておらず、また発見されてもいない。
  4. Sovetskoe iskusstvo, 15 February 1932.(M. Iakubov, “Unfinished Opera The Great Lightning”, in: Dmitri Shostakovich. New Collected Works, Vol.54, Hypothetically Murdered, Music to the Stage Revue, Op. 31, The Great Lightning, Unfinished Opera, Sans op., Score, DSCH, Moscow, 2007, p. 400からの引用)
  5. “Maly Opera Theatre in 1932”, Rabochii i teatr, No.7, 1932, p.23.
  6. “General Contract is Signed”, Rabochii i teatr, No.7, 1932, p.23.
  7. “5 Soviet Operettas”, Rabochii i teatr, No.20 , 1932, p.16.
  8. “TRAMs Are Preparing for the 15th Anniversary of the October Revolution”, Rabochii i teatr, No.14-15, 1932, p.19.
  9. “Upcoming Premieres”, Rabochii i teatr, No.24, 1932, p.20.「戦闘訓練」の正確な初演日は、引用文献の中に記されていない。ショスタコーヴィチがそこに参加したという説に言及しているのは、E. メスヒシヴィリのNotaional Referenceの1932~3年の箇所だけである。そしてそこには“オリジナルの音楽”がなかったことが示されている(Dmitri Shostahovich. Notational Reference, p. 250を参照のこと)。作曲家はその音楽を、おそらく書いていない。彼はこの契約に触発されることはなく、故意に無視した上に、起こり得る不愉快な結果に無関心でさえあった。彼はこの後の経緯を、1932年9月16日にガスプラでイヴァーン・ソレルティーンスキイに宛てて書いた手紙の中で語っている:「レニングラードに戻ると、私はTRAMから中傷を受けました。400ルーブルの前金を受け取って去ってしまったというのです。TRAMが私を放り出すなら、私は新しい場所を探すつもりです。 これらのことは心配の種ですが、私は恐れていません (D. D. Shostakovich, Letters to Ivan Sollertinsky, illustrations published and prepared by D. I. Sollertinsky, foreword by L. G. Kovnatskaya, text prepared by D. I. Sollertinsky, L. V. Mikheyeva, G. V. Kopytova, and O. L. Dansker, comments and name index by O. L. Dansker, L. G. Kovnatskaya, G. V. Kopytova, N. V. Livshits, L. V. Mikheyeva, and L. O. Ader, St. Petersburg, 2006, p. 113, in Russianからの引用)。日付からすると、おそらくショスタコーヴィチは「戦闘訓練」について言及しているのであり、その初演に際して彼が告発されそうな立場にあったことがわかる。

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メルニコフのショスタコーヴィチ

  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番、ヴァイオリン・ソナタ、ピアノ協奏曲第1番 メルニコフ (Pf) ファウスト (Vn) クルレンツィス/マーラーCO (harmonia mundi HMC 902104)
本年2月の来日公演で演奏した24の前奏曲とフーガの全曲が絶賛されたメルニコフだが、ピアノ協奏曲2曲にヴァイオリン・ソナタを収めた2枚目のショスタコーヴィチ・アルバムもリリース直後から各方面で好評を博している。海外盤に遅れること半年ほどで国内盤もリリースされたが、そこに簡単な解説を書かせて頂いた。

同じ内容を繰り返すことは避けるが、本盤に聴かれる演奏は、まさに現代的なショスタコーヴィチである。メルニコフのピアノは24の前奏曲とフーガ(1月26日のエントリー)での独奏と同様に、アーティキュレイションの処理においても打鍵やペダルの処理においても明晰さが際立ち、いわば離散的に音を積み上げることでショスタコーヴィチ作品の持つ連続的なドラマトゥルギーを見事に構成している。ピアノ協奏曲ではクルレンツィスの熱いうねりが、ソナタではファウストの冷ややかな透明感が、いくぶん陽性なメルニコフの響きに色を添えている。

本盤は、ショスタコーヴィチの演奏解釈が演奏流儀の変遷に伴って新しい局面へ完全にシフトしたことの、最良の証左である。

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ムラヴィーンスキイの「1917年」初演ライヴ/クイケンQのハイドン

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第12番、アルテュニャーン:祝典序曲 ムラヴィーンスキイ/レニングラードPO (Venezia CDVE 04405)
  • ハイドン:弦楽四重奏曲第81~83番 クイケンQ (Denon COCO-70845)
2か月以上前のことになるが、HMV ONLINEで、新譜を中心に3点購入。ここのところブログを放置していたので、感想をアップするのをすっかり失念していた(^^;

同時代の演奏家による歴史的な録音の発掘にも一段落ついた感のあるショスタコーヴィチだが、ムラヴィーンスキイによる交響曲第12番の初演ライヴという大物がリリースされた。初演が作曲当時に作曲家の考えていた作品の姿を再現しているとは必ずしも言えないが、ショスタコーヴィチのように多くの聴衆が新作の初演を期待していた作曲家の場合は、初演ライヴが他の幾多の名演をもってしても置き換えることのできない独特の昂奮と緊張感とを孕んだ記録であることに異論はないだろう。

この第12番の異様に速く、猛烈なエネルギーが随所で暴発する演奏は、まさに初演ライヴの醍醐味を凝縮したかのような内容である。ライヴならではの技術的な瑕疵は決して少なくないが、当時の最高水準の演奏家が奏でる猟奇的な轟音の突進は、毀誉褒貶のあるこの曲の真価を聴き手に突きつけているかのようですらある。録音状態からしても今となってはヒストリカル音源であるが、近年の現代的な演奏解釈を好むファンの心も揺さぶるに違いはない、多くの聴き手にとって一聴の価値がある録音である。

アルテュニャーンはさらに録音状態が悪いので、さすがにムラヴィーンスキイ・マニア向けの歴史的な意義の方が上回ってしまう。演奏は、やはりムラヴィーンスキイとしか言いようのない引き締まった響きと振幅の大きな表現が素晴らしい。

HMVジャパン

私が参加しているシュペーテQの次回公演(9月の予定でしたが、諸般の事情で来年4月となりました)で、ハイドン最後の弦楽四重奏曲(未完)を演奏する予定になっている。既に複数の演奏を勉強しているが、まだ聴いたことのなかったクイケンQの演奏をオーダー。ピリオド楽器ならではのアーティキュレイションやデュナーミク、音の処理など、モダン楽器しか弾けない我々の直接的な参考にはならないことも少なくないものの、その鄙びた古風な響きが主張する、前衛的ですらある情熱の発露は、最晩年のハイドンが音楽史上に占める位置を再認識させてくれる。味わいのある素晴らしい演奏である。

HMVジャパン

もう一枚は、サロネンが指揮したショスタコーヴィチの「オランゴ」なのだが、こちらは楽曲の内容や背景についてもう少し勉強してから、感想をまとめたいと思っている。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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