『クラシック・マニア道入門』(青弓社, 2011)

  • 平林直哉:クラシック・マニア道入門, 青弓社, 193p., 2011.
目を引くタイトルだけに、音楽書の棚を眺める度に気にはなっていたのだが、著者の名前を見て、きっと同一録音の異なるプレスを詳細に聴き込んで、どの音質が最も優れているかといったことをひたすら論じているのだろうと思い、立ち読みにすら至っていなかった。

我が道を行く趣味人の文章は、その趣味の方向性が異なったとしても、いやむしろ異なればこそ、突き抜けた面白さがあって、真剣であればあるほど極上の娯楽とすら言えると思うのだが、今までに読んだことのある平林氏の著作は僕にとっては総じてこのカテゴリーに属する。ただ、ここ数年、ヒストリカル録音の聴き比べの類にあまり関心がなくなっているせいか、本書を見かけた当初は興味を惹かれなかったということである。

ある日の仕事帰り、通勤電車の中で読む本を探しに、当てもなく書店に入った。その日は気分に合った本が見つからず、漫然と音楽書の棚を眺めていると、ふとこの本の背表紙が目に入った。目次をめくってみると、当初の予想とは異なり、聴き比べするための環境整備や情報収集の方法について紙数の大半が割かれていた。僕自身は、たとえばSP盤の再生環境を整えようなどと考えている訳でないが(SP盤自体は何枚か手元にあるが)、蓄音機や針の話は眺めているだけでも面白いし、LPの周波数特性の話や、オープンリールの話なども、ある程度の分量がまとまって記述されている文献は、そう身近で目にすることもないので、単純に類書がないという点だけでも手元に置いておく価値があると判断し、レジへと持って行った。

さてこの本、amazonの商品紹介には「マニアの世界へ誘う実践的な入門書」とあるが、「この本にあることを実践すればマニアになれる」というのではなく、「マニアな人がさらにマニア道を突き進む上で、その実践的な突破口を示唆してくれる」ものとして読むのが妥当だろう。たとえば、第4章「マニアの7つ道具」に紹介されている何百ページもある大部のディスコグラフィなど、クラシックをかじり始めた人にとってはほとんど意味のない情報と言ってもよい。また、僕のように著者と音盤蒐集の方向性が全く違う愛好家にとっても、個々の記述の大半は具体的に活用する機会に恵まれないような気がする。それでもなお、読者の興味や水準を思いやることなく、独りよがりに繰り広げられる偏った、狭く深い記述は、すこぶる面白い。この面白さが分かる人が数多くいるとは思えないが、だからこそ書籍として存在する価値があるのだとも思う。商業的に成立するのかどうかは分からないが。

第6章以降の3章(「思い出のLP」「盤鬼の余話」「クラシック音楽との出会いとその後」)は、ある程度の知識はあった方が良いとは思うが、行間に満ち溢れている異様な熱気や時代感覚が面白く、前半の客観的な記述との対比もあって、広範な読者の共感が得られるような内容になっている。こうした情緒的な思い入れがあってこその“マニア道”だということは、きっとそれなりのマニアなら分かっているはずだ。

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Pablo Sarasate: Obras Completas


ICCMUから出版されたサラサーテの作品全集を入手。これは「Música Hispana」というシリーズの「Serie B Música Instrumental」の一部で、ピアノ伴奏の巻は「36」、管弦楽伴奏の巻には「39」という番号が振られている。巻末の出版リストを見ると40巻と41巻が空白になっていたので、それぞれ続編がこの番号で出版される予定なのかもしれない。収録曲は、以下の通り:
【I. Violín y Piano】
幻想的奇想曲(1862)
ヴェルディの歌劇「運命の力」による演奏会用幻想曲 Op. 1
ファウストの思い出
アレヴィの歌劇「ユダヤの女」による協奏的大二重奏曲
ロッシーニへのオマージュ Op. 2
夢 Op. 4
ボイエルデューの歌劇「白衣の婦人」による幻想曲 Op. 3
グノーの歌劇「ミレーユ」によるカプリース Op. 6
コンフィデンス Op. 7
ドモンの思い出 Op. 8
別れ Op. 9
アンダルシア・セレナード Op. 10
眠り Op. 11
モスクワの女 Op. 12
フロートの歌劇「マルタ」による演奏会用幻想曲 Op. 19
グノーの歌劇「ロメオとジュリエット」による演奏会用幻想曲 Op. 5
エロールの歌劇「ザンパ」によるモザイク Op. 15
トマの歌劇「ミニョン」のガヴォット Op. 16
祈りと子守歌 Op. 17
チリの鳥たち(1871)
グノーの歌劇「ファウスト」による新しい幻想曲 Op. 13
ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」による演奏会用幻想曲 Op. 14
スペイン風アリア Op. 18
ツィゴイネルワイゼン Op. 20
スペイン舞曲集第1番「マラゲーニャ」Op. 21/1
スペイン舞曲集第2番「ハバネラ」 Op. 21/2
スペイン舞曲集第3番「アンダルシアのロマンス」 Op. 22/1
スペイン舞曲集第4番「ホタ・ナバーラ」 Op. 22/2
スペイン舞曲集第5番「祈り」 Op. 23/1
スペイン舞曲集第6番「サパテアード」 Op. 23/2
バスク奇想曲 Op. 24
カルメン幻想曲 Op. 25
スペイン舞曲集第7番「ヴィト」 Op. 26/1
スペイン舞曲集第8番「ハバネラ」 Op.26/2
ホタ・アラゴネーサ Op. 27
アンダルシア・セレナード Op. 28
ナイチンゲールの歌 Op. 29
ボレロ Op. 30
バラード Op. 31
ムイニエラ Op. 32
【II. Violín y Orquesta (I)】
ボイエルデューの歌劇「白衣の婦人」による幻想曲 Op. 3
グノーの歌劇「ファウスト」による新しい幻想曲Op. 13
ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」による演奏会用幻想曲 Op. 14
スペイン風アリア Op. 18
ツィゴイネルワイゼン Op. 20
サパテアード Op. 23/2
カルメン幻想曲 Op. 25
ナイチンゲールの歌 Op. 29
ムイニエラ Op. 32
ピアノ伴奏版は516ページ、管弦楽伴奏版は424ページと大部であり、そもそもヴァイオリン独奏のパート譜もないので、ペーパーバックとはいえ実際の演奏に使うことを想定した作りにはなっていない。

世の中、ありとあらゆるマニアがいるので、“サラサーテ・マニア”も少なからずいるに違いないが、僕自身は有名ヴァイオリニストが弾く「小品集」の類に収録されている有名曲以外に関心を寄せたことはなく、ましてや、全集に手を出そうとは考えてもみなかった。この種のヴィルトゥオーゾ的小品の学術的な原典版が、慣習的に演奏されている版と比べてどのような意味を持つのか、まだ考えをまとめるに至ってはいないが、いずれにせよ、整理された形で(ほぼ)全ての作品がまとめられていることには、それだけで大きな意義がある。巻頭の解説も、現時点で素人が容易に入手できる文献の中では最も詳しいものではないだろうか。少なくとも、楽曲解説などを書く上で必携の文献ということは言えるだろう。

とはいえ、やはり楽譜だけでは物足りない。サラサーテのヴァイオリン曲全集を謳ったCDセットにはミケル・オルテガ(Miquel Ortega)の独奏によるもの(RTVE Classics)があったが、これは技術的に相当の問題がある、いわゆる“トンデモ盤”である。痛々し過ぎる崩れ方には次第に笑いを禁じ得なくなり、終いにはその崩れっぷりが一種の節回しであるかのように思えてきてクセにすらなってしまう。既に入手困難であるようだが、よほど財力に余裕があっても、わざわざ手を出すような代物ではない。

この他にも、ある程度まとまった全集(を意図した)CDはいくつか存在している。とりあえずは価格重視で、Naxosのシリーズを揃えてみた。現時点で管弦楽版とピアノ伴奏版がそれぞれ3巻ずつリリースされているが、今回入手した楽譜に掲載されている作品の中には、これら計6枚の中に収録されていないものもあり、もしかしたらシリーズの続編がリリースされることもあるのかもしれない。

楊天堝(ヤン・ティエンワ)の演奏は、音色に乏しいのが気になるが、技術的には十分清潔に仕上げており、楽曲を知るという観点において申し分のないもの。個々の曲については、好みのヴァイオリニストで聴けばよい。たとえば僕だったら、レオニード・コーガン辺りを選ぶ。

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シュペーテ弦楽四重奏団第3回公演を終えて


早いもので、公演が終わってから2週間以上が経ってしまった。録画/録音の整理も完了したので、この辺りでシュペーテ弦楽四重奏団第3回公演の総括をしておきたい。

西宮は130名弱、京都は150名弱と、我々の希望的観測を大きく上回る沢山の方々にご来場いただき、文字通り満員の聴衆の中で演奏会を行うことができたことは、まさに望外の喜びでした。今までの公演と同様、両会場共に教会の全面的なご支援をいただき、当日は演奏に集中できるよう細やかな配慮をいただいたことを、深く感謝申し上げます。用意した芳名カードに連絡先をご記入いただいた方には、葉書か電子メールで公演の案内をさせていただいていますが、第2回には来ていただくことができなかった方が今回は足を運んでくださったり、都合で来れないとのご丁寧な返事をいただいたりと、温かいご声援を肌身で感じることもでき、今後の活動にとって非常に励みになりました。いつまでも応援してもらえるような公演を重ねていきたいと思うと共に、さらに新たな聴衆を獲得していきたいと思います。

実は当初、第3回公演は昨年9月に行う予定であった。我々の年齢を考えると、年1回の公演では弦楽四重奏の膨大な名曲群を踏破するに足りなさ過ぎるという思いから、年2回のペースを目論んだ計画だった。結局、海外出張やら子供の運動会やらでやむなく今回の日程に延期となったのだが、それでも今回の3曲を仕上げるのに十分な練習時間が確保できたとは言い難い。率直に言って、何とかぎりぎり間に合ったかどうか、といったところである。

ハイドン、モーツァルト、ショスタコーヴィチの3曲は、それぞれに質の違う難しさがあった。音程を揃えてもアーティキュレイションを揃えても、どうにも雰囲気が出なかったハイドン。いくら練習しても、さらなる高みを音楽自体から要求されてしまい、弾く度に課題や不満、物足りなさを抱えながら釈然とせずに格闘し続けなければならなかったモーツァルト。何よりも純粋に技術的な問題が高く立ちはだかったショスタコーヴィチ。いずれの曲においても奏でる幸せを噛みしめつつ、一方で自らの至らなさを思い知らされてもどかしい思いもした。こうした葛藤と、結果として残した演奏に対する生温い達成感こそが、アマチュアならではの愉しみなのかもしれない。

固定メンバーで過ごした時間が増すにつれ、パートの入れ替えに関係なく、お互いの個性や息遣いを共有できるようになり、四重奏団としてのキャラクターも徐々に醸成されつつあるように実感できてきたことが、今回の収穫。一方で、アンサンブル上の問題が解決されれば、次に気になるのは個人の技術上の問題である。それを越えるとまたアンサンブルが…といった感じで永遠にループするのだろうが、今回の公演では、やはり個々の技術的な精度を高める必要性を痛感した。人前で演奏している以上、個人練習の時間がとれないことを言い訳にしてはいけない。もう少し勤勉にならなくては。

会場の響きの質に影響されたこともあるのだろうが、西宮公演は全体にノリで押した感が強い。それに比べると、いくつかの点でテンポ等を修正して臨んだ京都公演の方が、まとまりと流れの良さという点で、総合するとうまくいったように思う。西宮公演の開放的な力感も悪くはないが、集中度は保ちつつも肩の力が抜けてしっとりとした肌合いに仕上がった京都公演は、現時点での我々の到達点と言ってよいだろう。

アンコールは、ランナーのワルツ「求婚者達」と聖歌250番「ハレルヤ主イエスは」=讃美歌第二編150番「天なる喜び」の2曲。

次回公演は、来年4月頃に今回と同じ会場で計画しています。曲目は、ハイドンの弦楽四重奏曲第72番 作品74-1、ベートーヴェンの「大フーガ」、モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番です。私はハイドンで第1Vn、ベートーヴェンとモーツァルトで第2Vnを弾きます。是非また足をお運びくださいますよう、お願い申しあげます。

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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