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『レニングラード封鎖 飢餓と非情の都市1941-44』(白水社, 2013)

「結局、第七番が≪レニングラード交響曲≫と呼ばれるのにわたしは反対しないが、それは包囲下のレニングラードではなくて、スターリンが破壊し、ヒトラーがとどめの一撃を加えたレニングラードのことを主題にしていたのである」。(『ショスタコーヴィチの証言』, 中公文庫, p.275)

この後に「わたしの交響曲の大多数は墓碑である」という有名な文が続く『証言』の語り口は、確かに衝撃的ではあるものの、仮に交響曲の着想が本当に戦前だったのだとしても、“大祖国戦争”に対するロシア人の思い入れの深さを知るならば、いくらインテリ階級だったショスタコーヴィチでもその状況下でなおスターリン批判が優先したとはとても考えることができない。

『証言』の正当性に関する論争は、既に「偽書」であるとして決着がついているが、“偽”という字句に反応するあまり、その意味を誤解している向きがいまだに少なくないのは残念である。問題となっているのは、あくまでも「ヴォールコフがショスタコーヴィチから直接聞き取った」ということの真偽である。「そのような事実はなかった」ことを証明するのは、いわゆる悪魔の証明であるが故に、「事実があった」ことを証明するのはヴォールコフ自身の責任であるが、現在に至るまでそれに対する回答がない以上、この点についてヴォールコフの主張に嘘があるとするのは当然だろう。

しかしこれは、「書かれている内容が嘘である」ということと同義ではない。ショスタコーヴィチ自身に関することはさておき、当時の世相やエピソードについては、単なる噂話から表立って語られることのなかった事実まで、様々な確度のものが混在していると考えられる。しかしながら、その出典(ショスタコーヴィチ自身が語った回想)が“偽”と判断される以上、『証言』という著作が学術的な根拠足り得ないことは明らかである。

とはいえ、楽曲の成立背景にある複雑な事情を示唆してくれるという点では、作曲家の内面に深く思いを巡らせる契機として、今もってなかなか面白い本であることもまた事実だ。私自身は、政治体制との絡みばかりでショスタコーヴィチを解釈することに甚だ懐疑的ではあるものの、他人と話す時のネタとして『証言』的なエピソードや解釈というのは食いつきが良いことが多い。

そうしたエピソードの一つが、冒頭に記した交響曲第7番に関する一節である。ここは、私が偽書説を知る以前から疑問を感じていた箇所でもある。晩年の回想であるが故に、後付けの論理で語られているのだろう、というのが当時の私の理解であった。体制寄りだから駄作、反体制だから傑作というステレオタイプは、知識人を気取る者の陥りやすいところだが、非人道的に蹂躙された故郷に対して純粋な愛国的心情から書き綴った作品が感動的な傑作であったとして何ら不思議はない。

年末年始を利用して、レニングラード封鎖に関する著作を一冊読んでみた。解放から70周年だそうだが、それは読了してから知った。日記や手紙を中心に封鎖下のレニングラード市民の生の姿を描いている本書は、この陰惨な悲劇の全容を丹念に書き記した411ページの大著である。人肉を喰らわざるを得ないところまで追い詰められた市民の姿と、封鎖に至るまでの経緯から封鎖下の対応の全てにおける指導層の絶望的な無能さを知ると、怨嗟の対象が必ずしもナチス=ヒトラーのみにあったのではない、という点については認識を新たにした。

本書では、交響曲のレニングラード初演について一章(第9章「交響曲第七番」)が割かれている。そもそもが音楽書ではないのでショスタコーヴィチに関する記述に見るべきものはないが、必ずしも分かりやすい音楽とはいえないこの交響曲が極限状況下の聴衆および演奏者の心を揺り動かした様は真に感動的であり、それを後世の我々が皮相な体制批判に矮小化することは、作曲家だけではなく、あの惨劇を生き抜いた人々に対する冒涜であろう。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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