『エミール・ギレリス もうひとつのロシア・ピアニズム』(音楽之友社, 2011)

1980年前後にクラシックを聴き始めた私(の世代)にとって、ギレリスは(既に晩年であったとはいえ)現役の巨匠ピアニストの一人であった。当時はまだロシア音楽に傾倒していたわけでもなく、そもそもピアノ音楽にはほとんど関心を持っていなかった私でも、ギレリスとリヒテルの名前は知っていた。ピアノの音色そのものが好きでなかった私が、大学時代にピアノ曲も勉強しようと色々聴いた中で、生理的な次元でその音が好きだった唯一のピアニストがギレリスであった。ブラームスの協奏曲第1番の有名な録音(ヨッフム/ベルリンPO)は、当時も今も変わらず愛聴し続けている。

現時点で“過去の巨匠”であるにせよ、ギレリスがピアノ演奏史にその名を刻む偉大な存在であることに疑いはないだろう。しかしながら、その生涯や演奏活動について網羅した評伝は、少なくとも日本語で読める物に限定すると皆無に等しい。2007年に原著が、そして2011年に邦訳が出版された本書は、その点においてだけでも非常に価値がある。原著にはないディスコグラフィ(浅里公三氏作成)が付録として収められているのも嬉しい。マニア的視点でどれほど“完璧”なのかは分からないが、ギレリスに関心を持つ愛好家が参考にするのに十分過ぎる資料であることは間違いない。

さて、メインの評伝部分は、ほぼ時系列に沿った記述になっている。ただ、各章はそれぞれに何らかのテーマでまとめられており、その関係で編年体の記述と言うにはエピソードの時系列が前後している箇所が多い。また、イザイ(現エリザベート王妃)国際コンクールでの優勝(第16章)に至るまでの記述の詳細度に比べると、それ以降はエピソードや演奏に対する評論等の選択の仕方が少々散漫に感じられる。レコーディングについての記述がほとんどないのは、ギレリスはあまり録音に積極的でなかったということなのかもしれないが、レコードでしかギレリスを知り得ない時期の長かった西側の読者としては、いくらかでも言及が欲しかったところである。とはいえ、400ページ強に詰め込まれた情報量は膨大なもの。ギレリスのファンのみならず、ピアノ音楽、ロシア音楽、ソ連体制下の音楽活動などに関心のある読者ならば、手元に置いておく価値がある書物であろう。

ただ、本書の全編を通じて「ネイガウス教授との確執」「リヒテルに比べて不当に不遇であった」という2点が必要以上に強調されているのは、せっかくの記述の客観性を損ないかねないばかりか、著者のギレリスに対する思い入れが執拗な恨み節にすり替わってしまうことで本書の風格をも損なっており、本書の意義と価値を高く評価するだけに、極めて残念である。

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【楽曲解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Streichquartett Nr. 15 a-moll Op. 132
弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132



 ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲が実際に作曲されたのは第12→15→13→14→16番の順で、この順序に従って各曲の楽章数を見ると興味深いことに4→5→6→7→4となります。したがって、ベートーヴェンが古典的な4楽章制の雛形を打ち破った最初の野心作が、この第15番といえるかもしれません。
 印象的な4音の並び(J.S.バッハの音名象徴“B-A-C-H”やショスタコーヴィチの音名象徴“D-Es-C-H”などとよく似た性格を持つ)を主要動機とする第1楽章は、一応ソナタ形式の体裁は採っているものの、第12番の第1楽章と同様に随所で序奏部が抒情的な音楽の流れを分断するかのように挿入される独創的で劇的な構成となっています。メヌエットとスケルツォとの狭間を漂うような透明感を持った第2楽章は、中間部のバグパイプのような響きとロマン派を予感させる拍節感の揺らぎがとても印象的です。全曲の頂点であり、ベートーヴェンの後期四重奏曲を代表する楽章が、第3楽章です。作曲途中で持病の腸炎をこじらせて生死の境を彷徨った作曲家が「Heiliger Dankgesang eines Genesenen an die Gottheit(病癒えたる者の神への聖なる感謝の歌)」と記したリディア調(教会旋法の一つ)のコラールが、「Neue Kraft fühlend(新しい力を感じつつ)」と書かれた中間部を挟んで、自由に変奏されつつ繰り返されます。行進曲風の第4楽章は短く、レチタティーヴォ風の挿句を挟んでアタッカで第5楽章へと続きます。終楽章のロンド主題は、当初、交響曲第9番を器楽のみの作品として構想した時に終楽章の主題としてスケッチしたものを流用したといわれています。

シュペーテ弦楽四重奏団 第5回公演(2015年4月18, 25日)

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【楽曲解説】スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」

Bedřich Smetana
ベドルジハ・スメタナ(1824~1884)


Smyčcový kvartet č. 1 e-moll „Z mého života“
弦楽四重奏曲第1番 ホ短調「わが生涯より」



 チェコ音楽の祖とされるスメタナが連作交響詩「わが祖国」と共にこの弦楽四重奏曲を作曲した1876年、彼の創作活動は頂点を迎えました。心身の健康を著しく害して(病名には諸説ある)8年後に亡くなるスメタナにとっては、既に晩年でした。「わが生涯より」という作曲家自身がつけた副題からも明らかなように、自叙伝的な内容を持った標題音楽である本作は、絶対音楽の聖域ともいうべき弦楽四重奏曲の分野では異色の作品です。楽譜に記されているわけではありませんが、初演後に友人や出版社に宛てた手紙の中で、スメタナ自身が各楽章の内容について言及しています。ちなみに、内輪の試演時のヴィオラ奏者はドヴォルザークでした。
 第1楽章:「運命の呼びかけ(主要動機)、若き日の芸術への愛、あり余るほどのロマンティックな感情、漠然とした憧憬、やがて来る不幸の予兆(冒頭およびコーダのチェロのE音)」、第2楽章:「若い頃の楽しい生活の思い出、舞曲(ポルカ)の作曲家としての名声、長い年月を過ごした貴族社会の思い出(中間部)」、第3楽章:「のちに妻となったある少女(カテジナ・コラージョヴァー)への初恋の幸福」、第4楽章:「体得した民族音楽の特徴、成功の喜び、不吉な破局による中断、失聴の始まり(コーダの第1ヴァイオリンのE音)、暗い未来への不安、わずかな回復の希望も消え、最初の時代を思い起こしても苦悩しか残らない」。

シュペーテ弦楽四重奏団 第5回公演(2015年4月18, 25日)

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【楽曲解説】ハイドン:弦楽四重奏曲第39番「鳥」

Franz Joseph Haydn
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)


Streichquartett Nr. 39 C-dur Op. 33-3 (Hob.III-39) „Vogelquartett“
弦楽四重奏曲第39番 ハ長調 作品33-3(Hob.III-39)「鳥」



 弦楽四重奏曲の分野でも多作家であったハイドンの凄さは、いずれの曲集においても工夫を凝らして新機軸を打ち出していることにあります。モーツァルトが「ハイドン・セット」を作曲するきっかけとなった曲集「ロシア四重奏曲」(1781)は、精緻な主題労作の技法と、第2楽章にスケルツォを導入した4楽章制という点で、同時代の音楽家達に大きな影響をもたらしました。
 この曲集の中でもとりわけ名高い本作は、第2楽章トリオで2台のヴァイオリンが奏でる装飾音が鳥のさえずりのように聴こえることから「鳥」の愛称で親しまれています。随所に印象的な音型が現れる、軽やかでハイドンらしい機知に富んだ作品です。


シュペーテ弦楽四重奏団 第5回公演(2015年4月18, 25日)

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【楽曲解説】モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番

Wolfgang Amadeus Mozart
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)


Streichquartett Nr. 14 G-dur KV 387
弦楽四重奏曲第14番 ト長調 KV 387



 ハイドンの「ロシア四重奏曲」作品33(1781)に影響を受けて書き始められた「ハイドン・セット」(全6曲)の第1曲目が、この第14番です。第1楽章の主題労作や終楽章にフーガを配置している(ハイドンが「太陽四重奏曲」作品20(1772)で既に試みています)ことなど、ハイドン・セットの中でも特にハイドンの影響が感じられる作品です。しかしながら、半音階を多用したモーツァルト独特の響きは、本日の1曲目であるハイドンの第72番の10年以上前(1782)に書かれているにもかかわらず、古典派の次の時代を予感させます。fpの対比が強調されていることも本作の特徴で、若々しい力感が印象的な傑作です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第4回公演(2014年4月12, 26日)

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【楽曲解説】ベートーヴェン:大フーガ

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Grose Fuge B-dur Op. 133
大フーガ 変ロ長調 作品133



 ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲は、ハイドンやモーツァルトに代表される4楽章制の形式感から、ときに大きく逸脱していることがその特徴の一つです。中でも、6楽章から成る組曲風の第13番 作品130(1825)は、そうした後期四重奏曲の極致と言ってもよい自在さ、あるいは支離滅裂さを呈しています。全曲を締めくくる終楽章に740小節を超える長大なフーガが配置された楽曲構成は、当時の聴衆のみならず音楽家にも理解し難いものだったようで、後日ベートーヴェン自身が用意した別のフィナーレ(それでも493小節もある)と置き換えられ、当初のフーガは「大フーガ」というタイトルの独立した楽曲として別の作品番号が与えられました。現在では第13番の終楽章として演奏されることも少なくありませんが、本日は単独で演奏いたします。

 フーガの形式に対する異様なまでの執着は感覚的な心地よさを犠牲にすらしており、必ずしも耳に優しい音楽ではありません。暴力的な力強さで提示されるフーガ主題は、それぞれ異なる別のフーガ主題と組み合わされて3つの二重フーガを形成します。個々の動機は全曲を通して緊密に関連付けられていますが、一聴して把握できるような類のものではありません。それよりも、序奏→提示部第1主題(第1フーガ/急)→提示部第2主題(第2フーガ/緩)→展開部(第3フーガ/急)→経過部(第2フーガ)→再現部(第3フーガ)→経過部(第1フーガおよび序奏の断片)→結尾部(序奏および第3フーガ)という、ソナタ形式風の形式感を意識しながら、全体の劇的な構成を楽しまれるのがよいでしょう。

 とかく教条主義的に尊崇されることの多いベートーヴェンの後期四重奏曲の中でも異形の大作としてとりわけ特別視される作品ですが、無遠慮に叩き付けられる感情の奔流に身を委ねながら、それに抗うばかりか支配すらしようとする得体の知れない意志の強さを感じ取っていただければ、ロマン・ロランの「勝利の音楽」という一面的な捉え方では単純に割り切ることのできない、極めて人間臭い何かをこの音楽の中に見出していただけるのではないかと思います。

シュペーテ弦楽四重奏団 第4回公演(2014年4月12, 26日)

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【楽曲解説】ハイドン:弦楽四重奏曲第72番

Franz Joseph Haydn
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)


Streichquartett Nr. 72 C-dur Op. 74-1 (Hob.III-72)
弦楽四重奏曲第72番 ハ長調 作品74-1(Hob.III-72)



 還暦を迎えたハイドンがロンドンでの公開演奏を念頭に作曲した、「アポーニー四重奏曲」(1793)の1曲です。この曲集はいずれも短い序奏の後に楽曲が始まりますが、これはマナーが良くなかった当時のロンドンの聴衆の注意を喚起することが目的だったと言われています。またこの曲の第1楽章では、展開部と結尾部の前にごく短い楽節が挿入されていて、ソナタ形式の構成が聴いて分かるように工夫されています。これも、ロンドンの聴衆に対する啓発の意図があったのでしょう。

 副題がつけられていないこともあり、決して演奏頻度の高い曲ではありませんが、第1楽章のシンフォニックで豊かな響きやスケルツォと紙一重のメヌエットなど、意欲的かつ完成度の高い華やかな作品です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第4回公演(2014年4月12, 26日)

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【楽曲解説】ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第9番

Дмитрий Дмитриевич Шостакович
ドミートリィ・ドミートリェヴィチ・ショスタコーヴィチ(1906~1975)


Квартет No 9 Ми-бемоль мажор соч. 117
弦楽四重奏曲第9番 変ホ長調 作品117



共産党入党を強いられた絶望的な状況下で書かれた弦楽四重奏曲第8番 作品110(1960)の後、ショスタコーヴィチは新しい弦楽四重奏曲に何度か着手しましたが、満足する形に仕上げることはできませんでした。結局、自身が「創造の下痢」と形容した多作の年、1964年に、わずか一か月足らずで規模の大きな新作が完成します。それが、この第9番です。

 第3楽章の主題には、直前にショスタコーヴィチが作曲した、コージンツェフ監督の映画「ハムレット」(1964)で、墓場で髑髏を手にしたハムレットがホレーシオ相手に人生を語る場面の音楽が流用されていますが、この作曲家特有の二重言語的な意味合いを持つ引用とは考えられていません。つまり、文学的に内容を解釈するよりはむしろ、楽章の枠を超えた動機の巧妙な取扱いによって長大な全曲を見事に統一する、ショスタコーヴィチ独自の形式感を味わうべき純音楽的な作品です。それぞれに独立した性格を持つ全楽章が切れ目なく続けて演奏されますが、第1~3楽章を提示部、第4楽章を経過部、そして長大な第5楽章を展開部-再現部-結尾部と考えることで、全体が単一楽章のような構造を有しているとみなすこともできます。

 各楽章の主題や動機が、いかに終楽章のクライマックスを創り出すか、お楽しみください。

シュペーテ弦楽四重奏団 第3回公演(2013年4月13, 20日)

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【楽曲解説】モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番

Wolfgang Amadeus Mozart
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)


Streichquartett Nr. 19 C-dur KV 465
弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 KV 465



 冒頭の序奏部が半音進行を中心とした大胆な和声で満たされていることから、「不協和音」という愛称で親しまれているこの作品は、モーツァルトの「ハイドン・セット」を締めくくる6番目の曲です。あらゆる点においてウィーン古典派の弦楽四重奏曲の頂点に君臨する本作について、徒に言葉を費やす愚を犯すつもりはありません。この素晴らしい音楽を演奏できることの幸せと感謝を皆様と共有することができましたら、望外の喜びです。

シュペーテ弦楽四重奏団 第3回公演(2013年4月13, 20日)

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【楽曲解説】ハイドン:弦楽四重奏曲第83番/老人

Franz Joseph Haydn
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)


Streichquartett Nr. 83 f-moll Op. 103 (Hob.III-83) / Der Greis Hob.XXVc-5
弦楽四重奏曲第83番 ニ短調 作品103(Hob.III-83)/老人 Hob.XXVc-5



 晩年のハイドンは、2曲のオラトリオ「天地創造」と「四季」に取り組みました。しかし、これらの仕事は成功をおさめたにも関わらず、ハイドンの心身を消耗し尽くしてしまいます。自分の精神が音符や音楽にかかりきりになることが、最大の苦痛だとまで言ったほどでした。1801年に「四季」の初演を終えた後、1803年になってようやく、1799年に2曲が完成していた作品77の弦楽四重奏曲の続編に着手します。文字通り最後の力を振り絞って緩徐楽章とメヌエットを書き上げたハイドンは、両端楽章も書こうと努力し続けていたようですが、ついに1806年、全曲の完成を断念し、この2つの楽章のみを出版社に渡しました。没するまでにまだ数年ありましたが、これが彼の仕上げた最後の作品となりました。

 ハイドンはこの曲を出版するにあたり、自分の名刺と称することもあった「老人」(1796)という歌の一節を印刷するように依頼しました。美しくも苦渋に満ちた、音楽に別れを告げる音楽です。本日は、この曲も続けて演奏します:「わが力は萎え、私は老い衰えた/ユーモアとワインのみに生かされて/わが力は萎え、私は老い衰えた/頬の赤みも消え、死が戸口に立っている/怖れることなく扉を開こう/天に感謝!/心地よい楽の音はわが人生」

シュペーテ弦楽四重奏団 第3回公演(2013年4月13, 20日)

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【楽曲解説】ラヴェル:弦楽四重奏曲

Maurice Ravel
モーリス・ラヴェル(1875~1937)


Quatuor à cordes en fa majeur
弦楽四重奏曲 ヘ長調



 ラヴェル唯一の弦楽四重奏曲は、彼の作曲家としての地位を確立することになった出世作です。最良の意味での職人だったラヴェルの個性が存分に発揮されているだけでなく、精緻な総譜の完成度は極めて高く、クロード・ドビュッシー(1862~1918)が「音楽の神々の名と、そして私の名にかけて、この曲には一音たりとも手を加えないでください」と絶賛したことはよく知られています。ただし、アルペッジョのパターンや表情記号などの細かな点については、後に若干の加筆、改訂が行われました。本日演奏するのは、この改訂版です。

 フランス伝統の循環形式を用いた構成は古典的な4楽章制を踏襲していますが、バスク地方出身の母親の血を強く意識させる繊細かつ物憂げな響きの多彩さは、形式の古典性と計算し尽くされた絶妙の調和を見せています。まさに、不朽の名作です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第2回公演(2012年4月14, 21日)

theme : クラシック
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【楽曲解説】シューベルト:弦楽四重奏曲第13番

Franz Peter Schubert
フランツ・ペーター・シューベルト(1797~1828)


Streichquartett Nr. 13 a-moll Op. 29 (D.804)
弦楽四重奏曲第13番 イ短調 作品29(D.804)



 シューベルトの弦楽四重奏曲は、番号付きで呼ばれているものに限っても15曲ありますが、その半分近くは彼が10代の頃の作品で、自宅での集いで演奏されることを念頭に置いた、いわゆる家庭音楽の類です。31歳で訪れた早過ぎる死の4年前、27歳の時に作曲された第13番は、彼の弦楽四重奏曲の中で唯一プロの団体(シュパンツィヒQ)によって初演された作品です。第2楽章の主題に劇音楽「キプロスの女王ロザムンデ」D.797から第3幕の間奏曲が流用されていることから、「ロザムンデ」の愛称で親しまれています。

 この曲が書かれた1824年はベートーヴェンが第12番の作曲に没頭していた年でもありますが、古典的な楽曲形式の枠組みを逸脱しようとしたベートーヴェンとは異なり、シューベルトはあくまでも型通りの展開の中で旋律の可能性を追究し、独自の陰影を持った劇的でロマンティックな音楽を作り上げています。

シュペーテ弦楽四重奏団 第2回公演(2012年4月14, 21日)

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【楽曲解説】ハイドン:弦楽四重奏曲第73番

Franz Joseph Haydn
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)


Streichquartett Nr. 73 F-dur Op. 74-2 (Hob.III-73)
弦楽四重奏曲第73番 ヘ長調 作品74-2(Hob.III-73)



 1790年末、30年の長きに渡ったエステルハージ家への宮仕えから解放されたハイドンは、ヴァイオリニストでもあった興行師ヨハン・ペーター・ザーロモン(1745~1815)の招聘に応じて新天地ロンドンへと旅立ちます。産業革命に沸き立つ大都市は、58歳の作曲家に新たな創作の意欲をもたらしました。

 その後一旦ウィーンに帰郷し、二度目の渡英を翌年に控えた1792年、ハイドンは作品71(3曲)と74(3曲)の弦楽四重奏曲を作曲しました。被献呈者の名をとって「アポーニー四重奏曲」と呼ばれるこの曲集は、大陸とは違って一般市民が中心であったロンドンの聴衆を念頭において作られています。フォルテの短い序奏は、演奏が始まってもなかなか静かにならない聴衆の注意を引くことを意図しています。主として第1ヴァイオリンに要求される技巧的なパッセージも、聴衆受けのする派手なものです。また、ロマン派に通じる濃い口の抒情と、年甲斐もなく全編に漲る活力は、大ホールでの演奏に相応しい骨太で大柄なものです。第2楽章と第4楽章は、それぞれ「アンダンテ・グラツィオーソ」「アレグロ」として編曲され、「ソナチネアルバム」第1巻に収録されていますので、旋律に聴き覚えのある方も少なくないかもしれません。

シュペーテ弦楽四重奏団 第2回公演(2012年4月14, 21日)

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【楽曲解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第12番

Ludwig van Beethoven
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)


Streichquartett Nr. 12 Es-dur Op. 127
弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 作品127



 「交響曲」「ピアノ・ソナタ」「弦楽四重奏曲」は、ベートーヴェンの創作の三本柱といわれます。経済的な困窮や難聴をはじめとする数々の病、さらには親族にまつわるいざこざに苦悩しつつ、ピアノ・ソナタ第32番作品111と交響曲第9番作品125をもってこれら二つのジャンルに別れを告げたベートーヴェンは、弦楽四重奏曲でその生涯を締めくくることになります。この後期四重奏曲(Die Späten Streichquartette)の嚆矢を飾る作品が、第12番です。

 4楽章の古典的な形式による平明で自然な姿を採りながらも極めて自由で独創的な内容に、最晩年の楽聖が至った境地を聴くことができます。第1楽章は清澄で抒情的な音楽ですが、まるでソナタ形式に抗うかのように提示部、展開部、再現部の前にMaestosoの重厚な和声が割って入ります。第2楽章は、主題と4つの変奏、コーダから成る変奏曲。交響曲第9番第3楽章の延長上にある、後期四重奏曲の神髄ともいえる幽玄の世界です。第3楽章の素朴なスケルツォにも、透明な寂寥感が漂っています。不思議な軽さを持つ第4楽章は型通りのソナタ形式ですが、コーダではやや唐突に気分が変わります。このような分裂した気分の相克が、この曲の特徴です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第1回公演(2011年9月19, 24日)

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【楽曲解説】ヴェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章

Anton von Webern
アントン・フォン・ヴェーベルン(1883~1945)


Langsamer Satz für Streichquartett (1905)
弦楽四重奏のための緩徐楽章(1905年)



 音高だけでなく音色までもが緻密に構成され、極度に凝縮されたヴェーベルンの音楽は、新ウィーン楽派の中でも最も前衛的な作風を示しています。第二次世界大戦後のいわゆる“現代音楽”に与えた影響は大きく、保守的な聴き手にとってはある種の怖れの対象かもしれません。そんなヴェーベルンも、最初期の創作では甘美で艶やかな後期ロマン派の様式を採っていました。

 シェーンベルクに入門した1904年の前後に独力で書いた習作の数々は、作曲家の死後、音楽学者のハンス・モルデンハウアー(1906~1987)によって紹介され、広く知られるようになりました。1962年にアメリカで初演されたこの作品もその一つで、「ゆっくりと、動きをもった表現で」と指示された、濃厚で表情豊かな旋律が胸に沁みる小品です。ブラームスの延長ともいえる高血圧な節回しの一方で、ソナタ形式を堅持し、対位法や音色へのこだわりを見せているところにヴェーベルンの個性が現れています。

シュペーテ弦楽四重奏団 第1回公演(2011年9月19, 24日)

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【楽曲解説】モーツァルト:弦楽四重奏曲第16番

Wolfgang Amadeus Mozart
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)


Streichquartett Nr. 16 Es-dur KV 428 (421b)
弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 KV 428 (421b)



 ハイドン(1732~1809)の「ロシア四重奏曲」作品33(全6曲)が1782年に出版されると、それに多大な感銘を受けたモーツァルトは、2年あまりの歳月をかけて第14番KV 387から第19番KV 465に至る弦楽四重奏曲を作曲しました。「ハイドン・セット」と呼ばれるこれらの6曲は、ハイドン自身が「まったく新しい特別の方法」と称した主題労作(主題を構成する動機を用いて楽曲を作り上げる作曲法)の技法を、自身の新たな作曲様式として昇華させた傑作群です。

 第16番は、動機の扱いや半音階を活用した斬新な和声、各楽章の変化に富んだ性格など、「ハイドン・セット」の中でも際立って実験的な作品といわれています。そのためか演奏頻度はあまり高くありませんが、ロマン派を先取りしたかのような濃密な音楽は、モーツァルトの天才が存分に発揮された、紛れもない名作です。とりわけ、音楽学者アンナ・アマーリエ・アーベルト(1906~1996)が「トリスタンの響き」と評した第2楽章の、夢幻の音楽世界が印象的です。

シュペーテ弦楽四重奏団 第1回公演(2011年9月19, 24日)

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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