とりとめのない買い物録

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第6番、チャイコーフスキイ:交響曲第6番 M. ヤンソンス/バイエルン放送SO (BR Klassik 900123)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ハイティンク/ロンドンPO (London Philharmonic Orchestra LPO-0034)
  • ロシア・ソ連の作曲家によるピアノ音楽のアンソロジー第1集(ミャスコーフスキイ:ピアノ・ソナタ第3番、ハチャトゥリャーン:トッカータ、ショスタコーヴィチ:24の前奏曲、フレーンニコフ:5つの小品、3つの小品)ファヴォリン、ムンドヤンツ、コロベイニコフ、フレーンニコフJr (Pf) (Melodiya MEL CD 10 01963)
  • ライヴ・フロム・ザ・ルガーノ・フェスティヴァル2013(ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番、チェロ・ソナタ第2番、レスピーギ:ヴァイオリン・ソナタ、リスト:悲しみのゴンドラ、ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ、ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ(遺作)、ドビュッシー:小組曲、オッフェンバック(グリグオーリ編):パリの喜び、サン=サーンス:動物の謝肉祭) アルゲリッチ、ピエモンテージ、J. マルグリス、モンテーロ、マルトン、トマッシ、グリグオーリ、ステッラ、ジルベルシュテイン (Pf) R. カピュソン、A. マルグリス、バラーノフ、M. グートマン (Vn) チェン (Va) マイスキー、G. カピュソン、ドブリュ (Vc) ファゴーネ (Cb) ルッツ (Fl) ジュフレーディ (Cl) ディ・トラパニ (Perc) スダーン/スイス・イタリア語放送O (Warner 0825646312207)
  • ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 75周年記念ボックスセット第3巻 1983-2007(ベートーヴェン:交響曲第9番、R. シュトラウス:歌劇「カプリッチョ」~第13場、モーツァルト:レクイエムより、ミサ曲 c-moll「大ミサ曲」より、シューベルト:スターバト・マーテル g-moll、ブルックナー:テ・デウム、ショスタコーヴィチ:交響曲第1&5番、交響曲第14番) ポップ (S) マレイ (MS) ロルフ・ジョンソン (T) パーペ (B) ロンドン・フィルハーモニーcho ロット (S) M. ジョージ (B) イーグレン (S) レンメルト (A) ヴァン・デル・ヴェルト (T) ムフ (B) リンツ・モーツァルトcho モノガローヴァ (S) レイフェルクス (Br) テンシュテット、ヴェルザー=メスト、マズア、ユロフスキ/ロンドンPO (London Philharmonic Orchestra LPO-0099)
HMV ONLINEから荷物が届いた。いずれも旧譜ばかり。

M. ヤンソンスのライヴ録音は、まさに横綱相撲といった感じの堂々たる演奏。いずれの楽章も落ち着いたテンポでじっくりと表現されており、豊かな内容を持った音楽に仕上がっている。とはいえ、かつての「巨匠」然とした演奏とは異なり、終始淀みのない音楽の流れが特徴的で、味わい深くも颯爽とした感情の起伏がこれらの曲目に相応しい。熱狂的ではないが、高揚感のある熱い演奏である。

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ハイティンクの第10交響曲といえば、コンセルトヘボウ管とのライヴ録音(Q Disc 97014)が凄まじい演奏だったが、このロンドンPOとのライヴ録音はその1年後のものである。全編に漲る熱気と壮大な構成感は、この録音でも同様で、オーケストラの響きや技術的な精度こそ若干劣るものの、Q Disc盤が現時点では入手難であることを考えると、強く推薦するに値する。ハイティンクの真価を存分に味わうことのできる一枚である。

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Melodiyaレーベルの「ロシア&ソヴィエトの作曲家によるピアノ音楽のアンソロジー」というシリーズの第1巻には、ソ連音楽界の第1世代の作曲家の作品群が集められている。世界初録音となるフレーンニコフの作品以外は、既に評価の確立した有名曲ばかり。若手演奏家達による、丁寧に弾き込まれた勢いのある演奏が楽しい。

全30巻を予定している本シリーズには、やはり「知られざる作曲家」「知られざる作品」こそを期待したいところで、実際、そのような路線のリリースが続いているようだが、その点ではこの第1集の目玉はフレーンニコフ作品ということになるのだろう。しかしながら、彼の初期作品ということもあって、ショスタコーヴィチやミャスコーフスキイの亜流のように聴こえる箇所も多く、それほど興味を惹かれることはなかった。

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アルゲリッチが中心となって開催されているルガーノ音楽祭のライヴ録音は、毎年コンスタントにリリースされ続けており、その豪華な顔ぶれだけでなく、意欲的で面白い収録曲の多彩さでも注目に値するアルバムであり続けている。私はショスタコーヴィチ作品が収録されている年の物のみ購入しているのだが、2013年盤は未入手だったのでオーダー。

G. カピュソンによるショスタコーヴィチのチェロ・ソナタは、非常に均整のとれた美演。気負いのない寛いだ雰囲気が心地よく、また作品に相応しい。単なる伴奏に留まらない存在感をもったピアノも悪くない。現代の範たる演奏と言ってよいだろう。

その他の収録曲も全て、同様の高い水準のものばかり。R. カピュソンの弾くレスピーギのヴァイオリン・ソナタは、初めて聴いた曲ということもあって、とりわけ印象に残ったが、年齢を全く感じさせないアルゲリッチはもちろんのこと、それ以外の奏者も皆立派な演奏を繰り広げており、内容の詰まったアルバムである。

ただ、このルガーノ音楽祭、存続が危ぶまれる情勢とのこと(こちらの記事参照のこと)。アルゲリッチを聴くという意味ではヴェルビエ音楽祭などもあるのだが、せっかくのイベントがつまらない理由で立ち消えにならないことを願う。

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ロンドンPOの75周年記念ボックスは、同団の自主制作盤4枚を紙箱に納めたもの。この第3集をオーダーしたのは、ショスタコーヴィチの交響曲が2枚含まれていたからで、マズア盤は既に単独で架蔵済み(2005年5月20日のエントリー)だったのだが、ユロフスキの第14番が目についたからである。ところが、何とも間抜けなことに、これもまた既に架蔵済みであった。2012年8月1日のエントリーを見ると、「ロンドン・フィルPOのBOXセットに収録されていたことは分かったが、単独でリリースされていた形跡がほとんど見当たらない。余程売れなかったのだろうか、かなりネガティヴな意味でのレア・アイテムなのかもしれない。」ということで、全く印象に残らなかったのだろう。本ブログの本来の目的である「備忘」が全く達成されていない。もっとも、今回改めて聴き直し、そこまで悪い演奏ではないような気もした。

結局、初めて耳にすることになったのは、テンシュテット指揮の「第九」と、ヴェルザー=メスト指揮の宗教曲集の2枚。後者は面白い選曲ではあるが、端正で美しいものの、それ以上の感情表現に不足し(宗教曲とはいえ)、全体に物足りなかった。テンシュテットのベートーヴェンは、同じ顔合わせのマーラーなどと同様、金管楽器と打楽器が刺激的かつ切実に響く。今では聴くことのなくなった往年の演奏スタイルによるベートーヴェンを、懐かしみつつ堪能した。

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イタリアQのボッケリーニなど

  • 平尾貴四男:五重奏曲、間宮芳生:木管五重奏のための三楽章、入野義朗:「パルティータ」より アウロス五重奏団 (King KC3004 [LP])
  • 驚異のサウンド!パイプオルガンの魅力(ムーソルグスキイ:「展覧会の絵」よりプロムナード、ドビュッシー:ベルガマスク組曲より月の光、ラヴェル:ボレロ、アルビノーニ:アダージョ、J. S. バッハ:管弦楽組曲第3番よりアリア、およげ!たいやきくん(たいやきくんのテーマによるファンタジア)) 斎藤英美 (Org) (東芝EMI LF-91021 [LP])
  • コダーイ:無伴奏チェロ・ソナタ、ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲、チェロ・ソナタ シュタルケル (Vc) オイダス (Vn) ヘルツ (Pf) (Philips SFX-7585 [LP])
  • ボッケリーニ:弦楽四重奏曲 Op. 6-1(G.165)、Op. 58-2(G.243)、Op. 6-3(G.167) イタリアQ (Philips X-7798 [LP])
  • ベルク:弦楽四重奏曲、抒情組曲 ウィーン・アルバン・ベルクQ (Telefunken SLA 6301 [LP])
札幌で時間に余裕があるときは、狸小路7丁目にある中古音盤屋、FreshAirの店頭を覗くのが常である。ここはクラシックが主力では全くないのだが、店の軒先に並んでいる3~4箱程度のエサ箱に入っているクラシックの中古LPの中に、必ずと言ってよいほど目ぼしい音盤が紛れ込んでいるので、チェックを怠る訳にはいかない。

まず目についたのは、往年の日本人演奏家による、日本人作曲家の作品集。小出信也 (Fl)、丸山盛三 (Ob)、浜中浩一 (Cl)、山田桂三 (Hr)、戸沢宗雄 (Fg)というメンバーの名前には郷愁すら感じてしまう。特にファゴットの戸沢氏は、私が住んでいた当時の札幌交響楽団を代表する名奏者でもあったのでなおさら。生真面目に整えられたアンサンブルは、音色の多彩さには欠けるものの、「わが国を代表する演奏家達による」といった類の昭和の煽り文句がいかにも似合う立派な演奏である。いずれの作品も平明な音調ながら、それぞれの音楽的背景を感じさせつつ、どこか耳馴染みのある和風の旋律が聴こえてくるという点で、興味深いアルバムである。


東芝EMIの「プロユース・シリーズ」という、高音質アナログテストレコードの一枚であるオルガン作品集は、「およげ!たいやきくん」をパイプオルガンで演奏しているという“ネタ”だけで購入したもの。解説書も徹底して録音技術に関する記述ばかりであり、完全にオーディオマニアのために作られた音盤と言ってよいだろう。確かに見事な音がしているが、残響のふくよかさや雰囲気に欠けるのは、当時の録音思想的に仕方のないところなのだろうか。編曲および演奏については、とりたててコメントすべき点はない。「およげ!たいやきくん」も、タイトル以上の“ネタ”たり得なかった。


「松脂の飛び散る音が聞こえる」録音で有名なシュタルケルのコダーイのアルバム(2回目;1950年)は、未架蔵だったこともあって今回気の赴くままに購入。軽くネットで調べてみると、このアルバムはCD化されているものの、現時点では入手があまり容易ではない模様。録音の品質もさることながら、何より演奏内容が(有名な無伴奏だけでなく、他の2曲も含めて)極めて優れているので、これは何とももったいないことだ。素晴らしい演奏なのは“お国もの”だからだと単純に言いたくはないのだが、しかし、あらゆるフレーズの隅々まで心からの共感をもって自然に歌われているのを聴くと、そうとしか言いようがないような気もする。盤面の状態が悪く、針飛びもあったのは残念だが、それでも架蔵しておく価値のあるアルバムである。


今回の最大の収穫は、イタリアQによるボッケリーニの弦楽四重奏曲集である。これは、2016年7月10日のエントリーで紹介した幸松 肇氏の著作で知った音盤で、機会があれば是非聴いてみたいと思っていたもの。こんなにあっさりと巡り合えるとは思ってもみなかった。CDにもなっているようだが、イタリアQの全録音を集めた大きなBOXセットでしか入手できないようなので、運が良かった、の一言に尽きる。「典雅」という形容が相応しい、気品のある歌心と明朗かつ闊達な演奏は、ボッケリーニの魅力と真価を余すところなく伝えてくれる。名盤。


ウィーン・アルバン・ベルクQのデビュー・アルバム(商業的にハイドンの「皇帝」&「騎士」が先に発売された)であるベルクの2曲は、もちろんCDで持っており、幾度となく聴き込んだものだが、なんとなくオリジナル盤LPでも持っておきたくなって購入。

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実家のLP

  • ブラームス:ハンガリー舞曲集第5、6、7、12、13、19、21、1番、ドヴォルザーク:スラブ舞曲集第1、3、8、10、9番 ライナー/ウィーンPO (London SLC 1035 [LP])
  • サラサーテ:カルメン幻想曲、ツィゴイネルワイゼン、サン=サーンス:ハバネラ、序奏とロンド・カプリチオーソ リッチ (Vn) ガンバ/ロンドンSO (London SLC 1039 [LP])
  • シューベルト:交響曲第5&7(8)番 カラヤン/ベルリンPO (EMI EAC-55053 [LP])
  • ヴィヴァルディ:合奏協奏曲「四季」、パッヘルベル:カノン アルマン (Vn) オーリアコンブ/トゥールーズCO (EMI EAC-55007 [LP])
  • J. S. バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2&1番、2つのヴァイオリンのための協奏曲、管弦楽組曲第3番よりアリア シェリング、アッソン (Vn) マリナー/アカデミーCO (Philips 18PC-5501 [LP])
  • モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第2番、ハイドン:ヴァイオリン協奏曲第1番 ファン・クーレン (Vn) ロス=マルバ/オランダCO (Philips 25PC-5161 [LP])
  • “ツィゴイネルワイゼン”決定盤・ヴァイオリン名曲集 (RCA RMF-2555~56 [LP])
先月、所用で札幌に出張した際に立ち寄った実家で、プレイヤーが使えなくなって以来20年以上死蔵されていたLPの一部を、目に付いたところから適当に選んで持ち帰ってみた。

ライナー/ウィーンPOのハンガリー舞曲集は、小学生の頃から頻繁に針を落とした一枚。盤面が明らかに擦り減っていて、しかも瑕だらけながら、針飛びもなく思ったより良い音がしたのが嬉しい。

ぎりぎりと締め上げられたような凄みのある第5番の冒頭を聴いただけで、20年振りにもかかわらず、アルバムの全てが一瞬にして脳裏に蘇る。改めて冷静に聴いてみると、このただ事ならぬ鋭利さは極めて異端の演奏には違いないのだろうが、その後聴いたどの演奏にも感じていた微妙な違和感のようなものがこの演奏にはなく、全てにおいて納得できてしまう。これぞまさに刷り込み。


ルッジェーロ・リッチのヴァイオリン名曲集も、擦り減る程度には繰り返し聴いたレコードである。現在の水準からすると細部の精度は随分といい加減なものだが、曲芸的なあざとくも愉しい雰囲気と、臆面もない歌謡的な歌心は、今となっては失われてしまった旧き佳き時代の名人芸に他ならない。ライナーといいリッチといい(他にバルシャイ/モスクワ室内Oの「四季」など)、こういう強烈な表現意欲に貫かれた濃口の音楽が自分の原体験となって現在の音楽的な嗜好が形成されていることを再確認した次第。


カラヤンのシューベルトは、高校生の頃に第5番を弾いたことがあって、その際に購入したような記憶がある。廉価盤しか手の出なかった学生にとって、「カラヤン」の名はそれだけで水準以上の内容を保証してくれる時代だった。もっとも、その録音に対する評論家の酷評ももれなくセットであったが、それもまた楽しかったものだ。このシューベルトは1970年代後半の録音だが、大編成のオーケストラによる地鳴りのするような重厚な響きと、徹頭徹尾ロマンチックな歌に溢れた、カラヤンの典型のような演奏である。これを現代の視点で批判することは容易だろうが、この音楽が持つ妖しい魅力を否定することはそう簡単にはできない。


私にとっての「四季」といえば、一も二もなくバルシャイ/モスクワ室内Oなのだが、たぶん、それではいけないと思って違う演奏を買ってみたのがオーリアコンブ盤だったのだと思う。なぜこの団体を選んだのかは忘却の彼方だが、一聴して「なんか変な演奏」だと思い、その後ほぼ全く聴かなかったことは覚えている。今回改めて聴いてみて、やはり非常に個性的な演奏であることを再確認した。具体的に表現することができないのだが、「おフランスの演奏」という漠然としたイメージが実にしっくりくる。また、楽譜の版が違うのか、あるいはオーリアコンブが手を入れているのかはわからないが、「夏」の第3楽章など、聴き慣れない箇所もある。イ・ムジチ的なヴィヴァルディとは全く違う世界なので、戸惑ってしまうのは事実。ただ、アンサンブルの精度は高く、かつ隅々まで音楽的であることは特筆すべきだろう。どこか静謐さを感じさせるパッヘルベルのカノンも含めて、異端ではあるのだろうが忘れられてしまうには惜しい演奏である。


シェリングのバッハは、もしかしたら弟が買ったものかもしれない。聴いた記憶が全くない。いわゆる「定盤」の類なのだろうが、今となるとかなり前時代的な、ロマンチックに過ぎる演奏ではある。それでもなお、品の良い節度が保たれているのはいかにもシェリングらしいのだが、それを物足りないと思ってしまうのは、私自身の嗜好が偏ってるということなのだろう。


ファン・クーレンのデビュー・アルバムも、弟がハイドンの協奏曲を習っていた時に買った一枚だと思われる。まだ10代の“天才少女”というアイドル的な扱いだっただろうことはジャケットの雰囲気からも窺えるが、A面のモーツァルトを聴く限りは、技術的な問題はないものの、まだまだ子供の音楽という感は否めない。ところがB面のハイドンでは一変して溌剌とした活力が漲る、骨太な熱い音楽が繰り広げられる。グリュミオーの老獪な演奏とは対極にあるが、聴いた後の爽快感は圧倒的にファン・クーレンの方が上で、それがまたこの協奏曲には相応しいように思える。


最後に、どういう経緯だったのかは覚えていないが、親が買ってきた「ヴァイオリン名曲集」。内容は以下の通り:
【Disc 1:フリードマン (Vn)】
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン(サージェント/ロンドンSO)
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ(ヘンドル/シカゴSO)
サン=サーンス:ハバネラ(サージェント/ロンドンSO)
ディニーク(ハイフェッツ編):ホラ・スタッカート(B. スミス (Pf))
タルティーニ(フランチェスカッティ編):コレッリの主題による変奏曲(B. スミス (Pf))
チャイコーフスキイ:憂うつなセレナード(B. スミス (Pf))
リームスキイ=コールサコフ(ハイフェッツ編):くまばちは飛ぶ(B. スミス (Pf))
クライスラー:ポルポラのスタイルによるメヌエット(B. スミス (Pf))
モーツァルト:ロンド C-dur(B. スミス (Pf))
ファリャ(クライスラー編):スペイン舞曲(B. スミス (Pf))
【Disc 2:アッカルド (Vn)】
J. S. バッハ(ウィルヘルミ編):G線上のアリア(ベルトラーミ (Pf))
サラサーテ:サパテアード(ベルトラーミ (Pf))
パガニーニ:24のカプリースより第13番
ノヴァーチェク(ダヴィソン編):常動曲(ベルトラーミ (Pf))
ポルディーニ(クライスラー編):踊る人形(ベルトラーミ (Pf))
パガニーニ:24のカプリースより第24番
ヴィエニャフスキ:スケルツォ・タランテラ(ベルトラーミ (Pf))
ヴィターリ:シャコンヌ(ベルトラーミ (Pf))
バッジーニ:妖精の踊り(ベルトラーミ (Pf))
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第2番より第3楽章(ボンコンパーニ/ローマPO)
文字通りの「名曲集」で、こういった類のアルバムは、今に至るまで私が自分で買ったことはない(おかげで、子供の「お手本」となるような音盤がなく、一曲毎に選択する羽目になる)。今思えば、これで満足していたから、それ以上を求める気にならなかったということなのかもしれない。名曲集としては必要にして十分な選曲だろう。

ハイフェッツの愛弟子エリック・フリードマンの演奏は、派手な聴き映えのする系統のものだが、ボウイングが滅法荒く、私は全く好まない。一方のアッカルドは、“パガニーニ弾き”として鳴らしていた時代の録音ということもあってか、最良の意味でのヴィルトゥオージックな輝かしさを持った、愉しく気持ちの良い演奏である。

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小澤征爾 若き才能とつむぐ四重奏(カルテット)

  • 小澤征爾 若き才能とつむぐ四重奏(カルテット)(録画 [BS11(2016.9.18)])
随分前に視聴していたのだが、備忘を兼ねて簡単にメモ。

小澤征爾が主宰するスイス国際音楽アカデミーは、弦楽四重奏に限定して開講され、既に10年以上になるとのこと。番組は、受講生が集った弦楽合奏(指揮は小澤)の演奏風景から始まる。

恩師斎藤秀雄の教えが小澤の弦楽四重奏に対する特別な想いに繋がっていることが、老いてなお情熱的な口調で小澤自身によって語られる。また、受講生達の音楽に対する若々しい想いなども、美しい風景の合間に挿入される。

しかしこの番組のメインは、何と言っても実際のレッスン風景に尽きる。特に元東京Qの原田禎夫氏の深い経験と見識に支えられた雄弁かつ繊細で、情熱的な指導は、番組では断片しか取り上げられていないにもかかわらず、極めて刺激的で示唆に富んでおり、素晴らしい。

昨年末にも再放送されていたようだが、カルテット好きには、機会があれば是非観てもらいたいドキュメンタリーである。

theme : クラシック
genre : 音楽

未聴LPを消化(2)

  • フォーレ:ピアノ四重奏曲第2番 フランセ (Pf) パスキエ・トリオ (Ducretet Thomson LPG 8004 [10"mono])
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番、ブラームス:ピアノ三重奏曲第2番 オデオン三重奏団 (Impression 64 725 [LP])
  • カバレーフスキイ:ラジオのための音楽「ドン・キホーテ」 シェルマン/モスクワ劇場 (MK D 11099-11102(a) [10"mono])
  • 大祖国戦争の歌(モスクワの戦い25周年記念):(アレクサーンドロフ:聖なる戦い、ソロヴィヨフ=セドーイ:波止場の夕べ、フレーンニコフ:北には良い町がある、ブラーンテル:前線の森の中で、ソロヴィヨフ=セドーイ:陽のあたる野原で、前線にも春が来た、ノーヴィコフ:ヴァーシャ・ヴァシリョーク、リストフ:壕舎にて、タバチニコフ:一服しよう、ショスタコーヴィチ:「勝利の春」より「ランタンの歌」) アレクサーンドロフ・アンサンブル ティムチェンコ シュリジェンコ ブンチコフ (Melodiya 33D-15329-30 [10"mono])
1月8日のエントリーの続き。同じく全てArs Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.にて購入。

作曲家のフランセがピアノを弾いたフォーレは、音色の妙を味わうには録音が古過ぎる。しかし、溌剌とした、それでいてロマン的情緒が溢れ出すようなリズムの奔流は十分に聴き取ることができ、またそうしたフランセのピアノこそが本盤の魅力であろう。熱に浮かされたようなパスキエ・トリオの没入ぶりも素晴らしい。特に偶数楽章が唯一無比の仕上がりと感嘆した。


オデオン三重奏団のアルバムは、いかにもドイツ正統派の演奏。派手ではないながらも堅実な技巧とアンサンブル、そして、内に相当の熱量を溜め込みながらも安易に激情に流されない節度が、いささか前時代的な雰囲気を漂わせつつも耳に心地よい。こういうショスタコーヴィチも悪くはないが、やはりブラームスの方がしっくりくる。


正確なところははっきりと分からないのだが、カバレーフスキイが音楽を担当した「ドン・キホーテ」のラジオドラマの全曲と思われる2枚組も入手。 恐らく台詞も全て収録されているのだろうと推察するが、いかんせん対訳はおろか解説の類が一切ないために確定的なことは何も言えない。有名な「ドン・キホーテのロマンス」に限らず、いずれも賑やかで楽しく、かつメロディアスな、社会主義リアリズム的にお手本のような音楽。歌手(俳優と言うべきか)と楽団に色濃い田舎劇場の風情も、実に楽しい。


大祖国戦争のモスクワ戦から25年を記念したアルバムは、有名な大衆歌、軍歌を集めたオムニバス盤である。収録音源のほぼ全てが楽曲も演奏も非常に有名なものばかりで、私の手元にも同じ音源の別フォーマットが複数あったりする。ただし、ショスタコーヴィチの舞台作品「勝利の春」の一曲、「ランタンの歌」の独唱+オーケストラ版唯一の録音(オラトリオ「わが祖国」に含まれているものを除く)が収録されており、他の形での入手が現時点では困難な音源と思われることから、この一点において貴重なアルバムと言うことができるだろう。恐らくオーケストラのアレンジにショスタコーヴィチ自身は関与していないように思うが、雰囲気満点の心踊る演奏である。

なお、昨年末、アレクサーンドロフ・アンサンブルを襲った悲劇については、文字通り言葉も無く、今なお喪失感を免れずにいる。彼らの唯一無比の個性的な音楽世界の伝統が、これからも絶えることなく引き継がれていくことを強く祈念するとともに、心ならずも被害に遭われた方々に衷心より哀悼の意を表します。

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tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. USSR大衆歌曲.

未聴LPを消化

  • シャポーリン:歌劇「デカブリースト」 メーリク=パシャーエフ/ボリショイ劇場O他 (Ultraphone ULP 123/126 [LP])
  • スヴィリードフ:「ペテルブルグの歌」より第2曲「Как прощались, страстно клялись」、「ブロークの詩による3つの歌」、「私の父は農夫」より第2曲「В сердце светит Русь」、「ロシアの歌」、「A. プロコーフィエフの詩による6つの歌」より第5曲「Девчонка пела золотая」、チャイコーフスキイ:カンタータ「モスクワ」よりWarrior's Arioso、ムーソルグスキイ:歌劇「ボリース・ゴドゥノーフ」よりマリーナのアリア、歌劇「ホヴァーンシチナ」よりマールファのアリア、サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」よりデリラのアリア、ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」よりエーボリ公女のアリア オブラスツォーヴァ (MS) スヴィリードフ (Pf) エールムレル、ディミトリアディ/ボリショイ劇場O (Melodiya 33 C10-11346-C10-12308 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、バルトーク:ルーマニア民俗舞曲、カステレード:弦楽オーケストラのための前奏曲とフーガ メルレ (Pf) シェルバウム (Tp) クエンツ/パリ・ポール・クエンツ室内O (Club National du Disque P.94 [LP])
  • ヘンデル:合奏協奏曲 Op.6-1、モーツァルト:ディヴェルティメント KV136、バルトーク:ルーマニア民俗舞曲、パラチェ:弦楽のための音楽、ルホットカ:スケルツォ=アレグロ、ショスタコーヴィチ:弦楽八重奏のための2つの小品よりスケルツォ ザグレブ・ゾリステン (Südwestfunk SWF 131 [LP])
  • チャイコーフスキイ:弦楽セレナード、ショスタコーヴィチ(バルシャイ編):室内交響曲 ラフレフスキイ/新アメリカ室内O (Obligat ob. 01.109 [LP])
  • チャイコーフスキイ:「祝福あれ、森よ」Op.47-5、グリーンカ:「疑惑」、ダルゴムィーシスキイ:「老伍長」、ラフマニノフ:「小作農奴」Op.34-11、ショスタコーヴィチ:「プーシキンの詩による4つのモノローグ」より「絶望の日」、ムーソルグスキイ:「死の歌と踊り」、「蚤の歌」 ギウセレフ (B) ムッセフ (Pf) (Balkanton BKA 11951 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:「ユダヤの民族詩より」より第3曲「子守歌」、プーランク:「8つのポーランドの歌」より第8曲「湖」、ドヴォルザーク:「聖書の歌」より第3、8曲、バルトーク:「5つの歌」より第1曲「三粒の秋の涙」、ムーソルグスキイ:夜 ウイッカム (S) ラスキエ (Pf) (私家盤 FW 53.19.32 [LP])
  • メキシコ合衆国国歌、ショスタコーヴィチ:祝典序曲、ネリベル:ヒューストン協奏曲、リームスキイ=コールサコフ:スペイン奇想曲、メキシコ民謡メドレー、ドヴォルザーク:交響曲第8番 ランツ、ネリベル/ヒューストン全市SO (Silver Crest HL-111767A [LP])
  • モーツァルト:セレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より第4楽章、ホフステッター(伝ハイドン):弦楽四重奏曲「セレナード」より第2楽章、ロカテッリ:「ヴァイオリンの技法」より、ブラームス:交響曲第3番より第3楽章、ビゼー:歌劇「カルメン」よりハバネラ、ショスタコーヴィチ:映画音楽「馬あぶ」よりロマンス、モーツァルト:交響曲第40番より第1楽章、ボッケリーニ:弦楽五重奏曲 Op.11-5より第3楽章、シューベルト:劇音楽「ロザムンデ」より、ヴァン・ダイク:ベルディナリー ステンベルグ (Fl) ファン・ホフ/管弦楽団 (Philips 822 667-1 [LP])
  • ミャスコースキイ:交響曲第21番 ラフリン/ソヴィエト国立SO (Апрелевский завод 10903-10911 [10"78 rpm.])
LPプレイヤーの不調を半年近く放置していたせいで、未聴の音盤が溜まってしまった。先日、重い腰を上げてようやく修理してもらい、年末年始は専ら未聴盤の消化に勤しむことに。以下、全てArs Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.にて購入。

シャポーリンの代表作である歌劇「デカブリースト」は、あらすじ等が書かれた解説もなく、A. トルストイの原作『パウリーネ・ガイベル』も読んだことはないために、デカブリーストの乱に関する話なのだろうと推測する以外に劇の内容は全くわからないまま、単に音楽だけを聴かざるを得なかった。

元々はデカブリーストの乱100周年の1925年に着手されたものの、全曲の完成・初演は1953年とかなりの時間がかかった背景には、そもそもが政治的な題材であることに加え、その間にプラウダ批判、ジダーノフ批判といった音楽分野に対する思想統制事件が起こったことも少なからず影響しているのだろう。『ロシア音楽事典』(カワイ出版, 2006)によると「19世紀初めの軍歌や学生歌が引用される他、様々な社会階層が音楽で描き分けられる。」とのことで、社会主義リアリズムの典型的な音楽作品であると同時に、その最良の成果でもあるように感じられる。現在では「兵士の合唱」(第2幕第3場」がアレクサーンドロフ・アンサンブル(いわゆる赤軍合唱団)のレパートリー(B. アレクサーンドロフ編)に入っている以外に全曲が取り上げられることはないが、気分が鼓舞されるような壮麗な音楽と、親しみやすく哀愁に満ちたロシア風のメロディとのバランスが良く、完全に忘れ去ってしまうには惜しい作品である。

(恐らく)唯一の全曲盤である本盤は、野趣溢れる響きと盛り上がりに血沸き肉躍る、“ソ連”を堪能させてくれる秀演といってよいだろう。


オブラスツォーヴァのアルバムは、A面のスヴィリードフ作品集目当てだったが、B面のアリア集も出色の内容で、嬉しい誤算。また、チャイコーフスキイのカンタータ「モスクワ」については、皇帝の戴冠式のために作られた作品ということもあってソ連時代には歌詞が改竄されたのだが(「1812年」と同様)、本盤では、まさにその改竄版で歌われている。B面を通してオーケストラの音量レベルが小さすぎるのが残念だが、彼女の鋭く、それでいて甘い歌い回しの魅力を存分に味わうことができる。

スヴィリードフの作品については、今さら何かを言う必要はない。いずれの曲も見事な歌唱で、スヴィリードフの真髄が表現され尽くされていると言っても過言ではない、決定的なライヴ録音である。


クエンツ室内Oの弦楽合奏曲集は、もちろんショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番目的で注文したもの。しかしながら、トランペットの不安定さが許容範囲を超えていて、残念ながら全く楽しむことができなかった。ピアノは平凡ながらも、手堅い演奏。弦楽合奏についてはアンサンブルの精度などに時代を感じる部分もあるが、無難にまとめられていて印象は悪くない。カステレードの作品は、バルトークに通じる近代的な和声感を持ちつつも全体として穏健な擬古典的な雰囲気の音楽。決して悪くはないのだが、私にはあまりピンと来なかった。


ザグレブ・ゾリステンのアルバムもまた同じく弦楽合奏曲集だが、やはり同じく今となっては古いタイプのアンサンブルながら、こちらは垢抜けなくも朗々と気持ちの良い歌がとても心地よい。B面のバルトークなど東欧の近現代作品でもA面のヘンデルやモーツァルトと同じアプローチが採られているが、わりと穏健な曲ばかりであるせいか、特に違和感はない。ショスタコーヴィチではさすがにアンサンブルの甘さが気にならなくもないが、一体感のある盛り上がりがそれを補って余りある。


これらに対して、ロシアの弦楽合奏曲集としては極めて王道の2曲が収められているラフレフスキイ率いる新アメリカ室内Oのアルバムでは、現代を予感させる洗練されたアンサンブルが展開されている。表面的な甘さに耽溺しないチャイコーフスキイや緻密に組み立てられたショスタコーヴィチは、当時(1987年)としては先駆的な演奏だったのだろうと思われる。ただ、団体の個性と言えなくもないが、低弦の響きに薄さが感じられるのは残念。これらの曲に対しては、やはり心を底から揺さぶるような厚い響きを求めたくなる。


ギウセレフのロシア歌曲集は、ロマンス色の強いA面とムーソルグスキイ作品のB面、どちらも選曲がなかなか素敵。特にA面は、どこか軽いテイストを感じさせるギウセレフの歌との相性が良く、万人受けする音楽に仕上がっている。しかしながら、「死の歌と踊り」のように深く沈潜した音楽世界を表出するには物足りない。これは、ピアノの表現力も一因であろう。


同じ歌曲でも、「中央ヨーロッパの音楽」と題されたアルバムは、いかにも素人くさい不安定極まりない歌唱で、全く楽しめなかった。フレデリク・ウイッカムという歌手のことは全くわからないが、プライヴェート盤(45回転の12インチ)の装丁などを見ても商業的な背景があるようには思えず、それでいて選曲は妙に凝っているのが不思議。


注文カタログを「Shostakoivch」で検索すると未知の音盤がヒットした。それがヒューストン市の学生選抜オーケストラが1967年にメキシコ・ツアーをした時の記念アルバム。収録日などのデータははっきりしていないが、曲の終わりの処理からすると拍手を無理やりフェードアウトしているようなので、恐らくは当日のライヴ録音なのだろう。率直に言って、時代も国も違う、縁もゆかりもない聴き手にとっては、演奏技術のみならず音楽的な水準においても一般的な聴取に耐えるものではない。

ただ一点、この公演のためにネリベルが作曲した作品がネリベル自身の指揮で収録されていることは、ネリベル愛好家には関心があるかもしれない。この公演についてネリベル自身がコメントしているインタビューの邦訳が、このサイトにあるので、参考まで。


ポール・モーリアと共演した「天使のメヌエット」などで知られるフルート奏者ベルディーン・ステンベルグのアルバムは、自身に捧げられた「ベルディナリー」という曲をタイトルにしたもの。いわゆるイージーリスニングの類で、ショスタコーヴィチの「馬あぶ」のロマンス(のアレンジ)が収められているがゆえに入手したものの、ほとんど興味を惹かれない内容であった。ちなみに、本盤のジャケットでは「馬あぶ」のロマンスは、イギリスで放送されたTVドラマ「Reilly, Ace of Spies」の主題曲としてクレジットされている。


ラーフリン指揮のミャスコースキイの交響曲第21番は、SP盤。興味はあるものの、手元に再生環境はないので、いつか機会があるまでとりあえず棚の中。

theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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