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カラヤンの「プロムナード・コンサート」

  • タネーエフ:日の出、セレナーダ、夜のヴェネツィア、山頂、松の木、混声合唱のための12の合唱曲より~プロメテウス(第8曲)、墓で(第1曲)、夕べ(第2曲)、ごらん、なんという霧(第4曲)、山に二つの暗い雲がかかり(第11曲) ユルロフ/国立アカデミーcho. (Melodiya 33CM 01941-42 [LP])
  • ショスタコーヴィチ:革命詩人による10の詩 イルジン/スロヴァキア・フィルハーモニーcho. (Opus 91120787)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第9番、ピアノ協奏曲第1番 ラディチ (Pf) セラク (Tp) ホルヴァート/ザグレブPO (Philips 835 318 AY [LP])
  • ワルトトイフェル:スケーターズ・ワルツ、J. シュトラウスII:トリッチ・トラッチ・ポルカ、J. シュトラウス:ラデツキー行進曲、シャブリエ:狂詩曲「スペイン」、楽しい行進曲、J. シュトラウスII:ポルカ「雷鳴と稲妻」、スッペ:「軽騎兵」序曲、ヴァインベルゲル:歌劇「バグパイプ吹きのシュヴァンダ」よりポルカ、オッフェンバック:喜歌劇「地獄のオルフェ」序曲、 カラヤン/フィルハーモニアO (Columbia FCX 512)
Ars Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.から。今回はちょっとトラブルがあって、いつも通りにサイトからオーダーしたにも関わらず、なぜかList No.違いの音盤が確認メールに記載されていた。すぐに修正を求めたところ、当初オーダーした音盤は加えられたのだが、一方で間違ってオーダーされた音盤については何度メールしてもキャンセルしてもらえなかった(というより、返信がなかった)。たかが1枚、それも稀少盤ではないので、あまりとやかく言うつもりはないのだが、何となくもやもやが残る。

タネーエフの合唱曲集は、ほとんどが初めて聴く楽曲である。ロシアのローカル色豊かな声と、やや暗めの甘い情緒に心を揺さぶられた。ただ、アレーンスキイなどとは異なり、どこか理屈っぽい硬さも感じられ、その美しさにもかかわらず、これらの作品がそれほど広く聴かれていないのも宜なるかなというところ。


ショスタコーヴィチの「10の詩」は、ジダーノフ批判期の作品80番台に特有な透明感が印象的な作品だが、この演奏は声そのものも表現も、いかにも力不足な感が否めない。ロシア風の鋭い女声や野太い男声が必須とは思わないが、小奇麗にまとめられているだけではあまりにも訴求力がない。


ホルヴァート指揮のショスタコーヴィチの交響曲第9番は、Radio-Televizije Beograd盤で既に架蔵済み(2010年5月18日のエントリー)。今回は、ラディチ独奏のピアノ協奏曲第1番目当て。手堅い演奏ではあるが、独奏もオーケストラも技術的な精度はそれほど高くない。全体に切れ味不足で、残念ながら印象に残らない。


さて、期せずして聴くことになったのが、カラヤンのアンコール集。初出時のアルバム・タイトルが何だったのか確たるところは知らないが、今回入手した音盤は収録曲も曲順もオリジナルの構成だと思われる。いささか雑駁な選曲ではあるが、「お楽しみ箱」的な名曲集としては十分以上に気が利いている。国も様式もまちまちで、本来ならば「それぞれを見事に描き分けている」ことが評価されるのだろうが、このアルバムの凄さは「徹頭徹尾カラヤン」であることだ。フィルハーモニア管とのコンビということもあるのか、颯爽とした機能性が前面に出た演奏で、鳴らすべきは鳴らし、歌うべきは歌う、といった爽快感は、カラヤン以外に望むべくもない。

聴くつもりのなかった音盤の満足度が最も高かったというのも皮肉だが、ここは素直に、守備範囲外の素晴らしい音楽との出会いを喜んでおこう。

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ハイティンク/RCOの第15番

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 M. ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウO (RCO Live RCO 13001)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 ハイティンク/ロイヤル・コンセルトヘボウO (RCO Live RCO 11003)
  • モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番、スメタナ:弦楽四重奏曲第2番、ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番 シュカンパQ (Wigmore Hall WHLive0019)
  • ハイドン:弦楽四重奏曲集(29曲) プロ・アルテQ (Warner 0190295869182)
HMV ONLINEからRCO Liveレーベルのセール案内が届いたので、ついでに少しお買い物。

ショスタコーヴィチの第10交響曲は、ヤンソンスが首席指揮者在任中の演奏。ニュアンス豊かで現代的なオーケストラの奏法、流麗に流れつつも細かなアーティキュレイションの揺れが繊細な表情を醸し出す現代的な解釈、にもかかわらず、かつてのソ連に思いを馳せるような思い入れたっぷりの感情表現が聴かれる、このコンビならではの佳演といえるだろう。いかにもライヴであることを感じさせるような勢いの良さも、聴き手を熱くさせる。


しかしながら、名誉指揮者ハイティンクによるショスタコーヴィチの第15番は、ヤンソンスの時(十分に、世界最高峰のオーケストラであることに疑いようのない水準)とは全く別のオーケストラであるかのような、異次元の凄演である。舞台上全てが一瞬たりとも集中を切らすことなく、それでいて終始余裕を持ってあらゆる響き、表情、感情が表出される。ソロとトゥッティが同水準の見事さでこの曲を織り成していく演奏は、他に聴いたことがない。聴後の巨大で深刻な印象を彩る美しさに関しては、極致と言ってよい名演だろう。


その団体名だけでカルテット好きの胸を熱くさせるシュカンパQは、何となく若手のイメージがあったのだが、1989年結成とのことで、この2006年のライヴ録音の時点で既に中堅というに相応しいキャリアを持っている。この一枚を通して、熱量の高いエネルギッシュな音楽に惹き込まれる。もちろんライヴゆえの感興ということもあろうが、モーツァルトでさえも自在にテンポを動かす大柄な音楽の作りは、おそらくはこの団体の個性なのだろう。私が高校生の頃に聴いたスメタナQの演奏会でもモーツァルトの第18番とスメタナの第2番が演奏されたが、モーツァルトとスメタナの組み合わせはチェコにルーツを持つ演奏家にとって、彼らの美質を発揮するのに適しているのかもしれない。ショスタコーヴィチも迫力のある語り口が聴きやすく、それでいて必要な緊張感も終始維持されている、大衆受けのする秀演である。


アルフォンス・オンヌー率いる往年の名カルテット、プロ・アルテQ(と言っても、メンバー交代を重ねて現在もこの団体は存続しているのだが)によるハイドンの弦楽四重奏曲集。演奏機会の比較的少ない作品(偽作の作品3を含む)を中心に全68曲の内約4割が網羅されているのは嬉しい。収録曲は以下の通り:
CD-1:
Op.1-1
Op.1-6
Op.3-4
Op.3-5
Op.20-1
Op.20-2
CD-2:
Op.20-4
Op.20-5
Op.33-2
Op.33-3
Op.33-6
CD-3:
Op.50-3
Op.50-6
Op.54-1
Op.54-2
CD-4:
Op.54-3
Op.55-1
Op.55-3
Op.64-3
CD-5:
Op.64-4
Op.64-6
Op.71-1
Op.74-1
CD-6:
Op.74-2
Op.74-3
Op.76-3
Op.76-4
CD-7:
Op.77-1
Op.77-2
20世紀初頭の演奏様式であることは言うまでもないのだが、当時としてはかなり引き締まった現代的な感覚の強い演奏である。アーティキュレイションやポルタメントなどに時代を感じるものの、明晰なリズムの処理や4人の対等なバランスなど、たとえばウィーン・コンツェルトハウスQなどの録音よりはずっと新しい時代の演奏と錯覚するほど。一方で、緩徐楽章などに聴かれる濃口のロマンティックな歌は、彼らのモーツァルト録音などと共通し、古典的な造形を尊重しつつも、楽曲に内在するロマン派の端緒を強調するような解釈でもある。ハイドンの、そして弦楽四重奏の演奏様式の変遷を辿る上で欠かすことのできない、真にヒストリカルな意義を持つセットである。録音も十分に聴きやすい。

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genre : 音楽

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ヴィオラとトランペットのソロ・アルバム

  • ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタ、ハチャトゥリャーン:無伴奏ヴィオラのためのソナタ・ペスニャ、プロコーフィエフ(ボリソーフスキイ編):バレエ「ロメオとジュリエット」より6つの小品 ピェルシュカ (Va) クーダ (Pf) (Artesmon AS 712-2)
  • 酒井 格:3つの小品、ショスタコーヴィチ(シロズヴィチ編):3つの幻想的な舞曲、フランセ:ソナチネ、ムーソルグスキイ(シロズヴィチ編):展覧会の絵、さだまさし(織田栄子編):北の国から、シルヴァ:3本のトランペットと2本のフリューゲルホルンのための組曲 白水大介 (Va) 久保千尋 (Pf) (Wako Records WKCD-0028)
アリアCDから、少し前に目について注文していた音盤が届いた。以前から存在はチェックしていたのだが、今まで入手しそびれていた。チェックしていた理由は、これまで聴く機会に恵まれなかったハチャトゥリャーンの無伴奏ヴィオラ作品。まだ聴き込んでいない上に楽譜も見ていないので、楽曲の内容を云々することはできないが、単音の並びから独特の民族的な雰囲気が浮かび上がってくる辺りは、ハチャトゥリャーンの面目躍如といったところ。作曲家の晩年の作品ということもあってか、渋みが強い。

ヴィオラのピェルシュカは、この録音の20年前にもショスタコーヴィチのソナタを同じピアニストと録音している。技術的な切れ味は旧盤に劣るが、ゆったりとした音楽の懐の深さは本盤に軍配が上がる。ただし、鋭さや厳しさとは無縁の解釈は共通しており、残念ながら物足りなさもまた共通している。

「ロメオとジュリエット」からの6曲は、ボリソーフスキイの編曲が秀逸。


関西フィルハーモニー管弦楽団のスター・プレイヤーであるトランペットの白水大介氏のソロ・アルバムは、リリース間もない時に、知人から「ショスタコーヴィチも入っているので、是非聴いてみて」と貸していただいたのだが、すっかり失念していて、気がつけば10年近く経ってしまった。今さらですが、慌てて聴いてみました。

トランペットの技術的な詳細については不案内だが、全体にロングトーンの伸びやかな力強さが印象に残る。ドクシーツェルのような派手さとは対極ながらも、端正さの中に十分な華やかさもあり、トランペットの魅力が存分に発揮されたアルバムである。

ショスタコーヴィチは、オリジナルのピアノ独奏版に聴かれる硬質で乾いた情感よりも、気だるさを感じさせる頽廃的な雰囲気がより前面に出ている。「展覧会の絵」では、曲毎に使用楽器を変えたり、シルヴァの作品では多重録音に取り組んだりと、意欲的な試みも満載だが、たとえば、「展覧会の絵」の冒頭のレガートのように、楽曲の要求に真摯に応えるような演奏姿勢そのものが好ましい。収録曲の中では、オリジナル作品であるフランセのソナチネが気の利いた楽しい曲で、演奏も聴き応えがあった。

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ペトレンコのショスタコーヴィチ

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5&9番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO (Naxos 8.572167)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第1&3番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO & cho. (Naxos 8.572396)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第6&12番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO (Naxos 8.572658)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第2&15番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO & cho. (Naxos 8.572708)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO (Naxos 8.573057)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 ヴィノグラードフ (B) V. ペトレンコ/ロイヤル・リヴァプールPO他 (Naxos 8.573218)
HMV ONLINEからセール案内が届いたので、ふと思い立ってペトレンコによるショスタコーヴィチの交響曲をまとめ買い。既に全集として完結しているのでボックス化されているが、第1弾の第11番だけは買っていたので、何となくバラで揃えたくなった(まだ全てを入手したわけではない)。場所を取るだけと分かってはいるが。

さて、ペトレンコのショスタコーヴィチ全集は、新時代のショスタコーヴィチ演奏のスタンダードとして、総じて高く評価されている。「若々しい」「新鮮な」「研ぎ澄まされた」「洗練された」などの、結論としては作曲家と同時代を生きた演奏家達の「思い入れたっぷりの」「雰囲気のある」演奏とは異なった、「スコアを丹念に読み解いた」「現代的な」演奏、という評価がほとんどである。

こうした評価に私も異論はなく、現時点でのショスタコーヴィチ演奏の潮流を代表する優れた録音だと感じた。ただ、リリース時に聴いていれば、その「新しさ」に興奮することもできたのだろうが、今となってはそれが(良い意味で)当たり前になっていることもあり、全面的に私の怠惰が理由とはいえ、いささか新鮮味に欠けてしまったのは残念。もう少し新譜に対して積極的にならねば。

一点だけ、録音のレンジが広過ぎるのは好みではない。弱奏部に合わせたらうるさ過ぎ、強奏部に合わせたらさっぱり聴こえない、というのは、技術的には実際の音響を忠実に再現しているのかもしれないが、メディアを再生して聴取するには不適と感じる。

以下、曲毎にコメントを付しておく:

第5番は、上述したような古典作品としての解釈が既に定着している作品ということもあり、ペトレンコの演奏解釈そのものに驚くような新味があるわけではない。しかしながら、細部に至るまでの丁寧な目配りには特筆すべきものがあり、合理的なテンポ設定で全体の構造を明確にしつつ、終始余裕を持って堂々たる音楽が展開される、いわば横綱相撲的な王道の演奏に仕上がっている。

一方、第9番は、必要以上に軽やかでも、また極端に軽やかさを否定するのでもない、わりと中庸な演奏なのだが、オーケストラの技量が影響しているのか、全体にもたつく感じが気になる。

第1番は、作品自体がペトレンコによく合っているようにも思われ、第5番と同様に機能的ながらもごく自然な音楽が表出されている。交響曲という形式と、様々な楽想が目まぐるしく展開するショスタコーヴィチ独特の構成とが、齟齬を感じさせることなくまとめられているところに、ペトレンコの非凡さがある。

第3番は、ゆったりとしたテンポで多数の旋律群を抒情的に歌っているのだが、少し遅過ぎるようにも感じられ、楽曲の冗長さが目立ってしまうのが惜しい。合唱がすっきりし過ぎていて物足りないのだが、それは、私の耳が作曲家と同時代のローカル色の強いロシアの合唱にまだ囚われているということなのかもしれない。

第6番でも、独特の構成のいびつさを感じさせることのない、ペトレンコの手腕に感心する。特に第1楽章の響きの美しさは秀逸。ただ、第2楽章以降は第9番と同様のもたつきを感じる。

第12番は、勇壮さを排除した悲愴な第1楽章の序奏に、現在ならではの楽曲解釈が見られるものの、然るべき盛り上がりにも不足しないオーソドックスな演奏である。

第2番は、最も個性的な演奏と言ってよいかもしれない。初期ショスタコーヴィチの尖った部分が全て自然に解決され、前衛とは対極のまろやかな音楽となっている。サイレンすらも当たり前のように溶け込んでいる演奏は他になく、ショスタコーヴィチが「古典」となったことを端的に象徴しているようにも思われる。ただ、合唱はいかにも軽量で、私にはどうしても物足りない。

第15番は、第5番や第1番と同様に、ペトレンコの解釈が最も成功しているものの一つ。スコアに抗わず、音符やリズム、指示に素直に従っているだけなのだが、流麗ながらも堂々たる風格のある、雰囲気豊かな秀演に仕上がっている。局所的なこだわりよりも大局的な構造の明晰さが際立ち、つぶやきのような独奏箇所が全体の中で意味深く響くのも素晴らしい。

第7番は、冒頭からしなやかな流麗さが際立つ。虚仮威し的な見得を切ることはなく、スコアに内在する熱量に応じて音響が膨張収縮するような、極めて自然な音楽である。また、第1楽章展開部では、変奏ごとの和声の変化が繊細に取り扱われており、次第に凶暴性と悲劇性を帯びていく様が見事に表出されている。

第13番は、ペトレンコ率いるオーケストラのすっきりとした響きが、独唱と合唱にも徹底されているようで(意図したか否かはわからないが)、背景という名のノイズを取り払ったような、純度の高い音楽となっている。たとえば、終始テンションの高い第2楽章をはじめ、異様に力強い感情の暴発の表現にも不足せず、バランスの取れた佳演である。

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genre : 音楽

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プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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