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中古音盤屋でのルーティン

  • ハイドン:弦楽四重奏曲集 Op. 9 タートライQ (Hungaroton HCD 31296-97)
  • ハイドン:弦楽四重奏曲集 Op. 17 タートライQ (Hungaroton HCD 11382-83)
  • ベートーヴェン:初期弦楽四重奏曲集 スメタナQ (Denon COCO-9773→74)
  • ベートーヴェン:初期弦楽四重奏曲集 ジュリアードQ (CBS M3K 37868)
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲全集 マンデルリングQ (audite 21.411)
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲全集 Vol. 1 アレクサンダーQ ウッドワード (Pf) (Foghorn CD1988)
  • ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲全集 Vol. 2 アレクサンダーQ (Foghorn CD1991)
  • ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番、チャイコーフスキイ:ヴァイオリン協奏曲 ホンダ=ローゼンベルク (Vn) シャムバダル/スロヴェニア放送SO (Oehms OC 225)
帰宅途中で、ディスクユニオン 大阪クラシック館に寄り道。これといった目当てのない冷やかしに近い気分で入店したが、「中古音盤屋でのルーティン」で思いも寄らず収穫があった。

タートライQによるハイドンの弦楽四重奏曲全集は、まだ全集が珍しかった頃に少しずつ買い求めてはいたものの、価格の割に演奏の質に満足できないことが多く、コンプリートしないままになっている。それがまとまって陳列されていたので、滅多に聴くことのない初期の2セットを購入。

作品9には取り立てて有名な曲がある訳でなく、実演に留まらず演奏機会は少ないが、昔、弟と弾いて遊んだ「Op.99」と銘打たれた編曲者不詳のヴァイオリン二重奏曲集(Hob.VI:Anh1-3)にいくつかの楽章が収録されていることもあり、個人的には耳馴染みのある曲集である。まるで古楽器であるかのような鄙びた質感を持つタートライQの垢抜けない響きにも、どこか懐かしさを感じる。


一方の作品17は、個別の楽章はいざ知らず、曲集としては全くと言ってよいほど惹かれるものがない。こうなると演奏の良し悪しが重要になってるが、残念ながらタートライQにそれほどの煌めきは感じられない。


1月9日のエントリーに引き続いて、スメタナQによるベートーヴェンの初期弦楽四重奏曲のセットを発見。これでスメタナQの全集が揃った。第1番や第4番のように、いかにも燃えそうな曲では節度のある古典的な造形である一方で、叙情的な第2番などで内に燃え盛るロマンに耽溺するような熱い表現を聴かせるところが面白い。総じて1960年代の後期四重奏曲集と比較すると音色も表現も枯淡の境地ではあるが、現代の四重奏団の透明感とは異なる温もりに懐かしさと同時に時代を感じる。



ジュリアードQの2回目の全集も、中期のセット以外は買いそびれたままになっていた。1回目の全集を入手して以来、このワシントン国会図書館クーリッジ・ホールでのライヴ録音も揃えようと思っていたのだが、同じフォーマットのセットを店頭で見かける機会には恵まれないままだった。幸運にも上記スメタナQ盤の横に同じく初期と中期のセットが並んでいたので、後期がないのを口惜しく思いつつも初期被りを気にせず確保。

ジュリアードQといえば、とかく精密機械のようなアンサンブルで無機質な響き、のように評されることが多かったが、現代の耳で聴くと、録音のせいか乾いた響きこそするものの、音楽そのものは内面から迸る熱い思いが溢れ出す、非常に人間的な温もりに満ちたものであることがわかる。このベートーヴェンの初期も、とりわけ緩徐楽章の憚ることのないロマンティックな歌い込みは、スメタナQ以上に(悪い意味ではなく)前時代的なもの。こうなると、後期も早く聴きたくなる。



マンデルリングQによるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全集は、そのリリースから既に10年近くが経つ。ショスタコーヴィチ作品の演奏傾向は生誕100年(2006年)前後に大きく変化したが、この全集は新世代の優れた演奏として話題になったもの。録音時点で約25年のキャリアを積んだ団体だが、ハーゲンQと同様にメンバーの3人が兄弟という事情もあり、ベテランの域に達した団体であるにも関わらず、メンバーの年齢はせいぜい中堅程度であったがゆえの成果なのかもしれない。

分売時はSACDハイブリッドであったが、この5枚組はCDのみ。また、第2巻(第3、6、8番)の初回プレス分には特典としてDVDヴィデオが付属していたが、現在は分売分も含めてこのDVDは新規に入手することはできない。

さて、まず全体的な傾向であるが、切れ味の鋭さや硬質な透明感といった技巧派の団体に聴かれる響きとは対極の、温もりのある陽性の響きによって特徴づけられる。メンバー中で唯一兄弟ではないヴィオラの音色が、この響きに大きく寄与しているように思われる。精密機械のような個人技を競い合うようなアンサンブルではないので、モノローグ的なパッセージの完璧さのみに関心がある向きには物足りないかもしれない。しかし、聴けば聴くほどに気付かされる類の音楽的なアンサンブルは、どの曲のどの一瞬においても四重奏団としての意志がごく自然に統一されていて、単なる手堅さとは異なり、広く聴き手を惹きつけるものである。

となると、第4番や第6番、あるいは第14番のような抒情的な楽曲が素晴らしいように予想されるが、実際に聴いてみると第5番、第9番といった英雄的な楽曲、第11番、第13番といった研ぎ澄まされた緊張に満たされた静謐感が支配的な楽曲が特筆すべき仕上がりで、逆に第4番や第6番は微温的な音楽に留まっているように思われた。これは、楽曲との相性ということもあろうし、第3巻と第5巻の収録時のコンディションが良かったことに起因している可能性もある。

とりわけ第11番は別格の名演である。極度に気難しく、気分や感情の振れ幅の大きな7つの楽章の性格を、これほどまでに見事にスケール大きく描き出した演奏は、他に数えるほどしかない。また、分裂しているように感じられる7つの楽章が、1つの楽曲としてまとめあげられている構成力も際立って素晴らしい。この演奏を聴くためだけでも、この全集を入手する価値があると言いたいほどだ。

いずれにせよ、15曲全てが文句なしという訳にいかないのは当然で、全体として水準以上の仕上がりでありながら、この第11番のような傑出した名演が含まれているという点で、非ロシアの団体による近年の録音の中では現時点におけるファースト・チョイスであろう。


マンデルリングQの全集の隣に、アレクサンダーQの全集(全2巻)も発見。これは彼らの自主レーベルであるFoghornClassicsからのリリースで、当初は彼らのHPでしか入手できなかったように記憶している(そう思い込んでいただけかもしれない)。

自主制作盤やCD-Rの類に対しては、そこまで手を広げるほどの気力がなく、さしたる蒐集意欲はないのだが、この全集については、この盤のリリース時には出版されて間もなかった未完の弦楽四重奏曲が収録されているという、そのただ一点において要確保リストに挙げていたものである。

この団体を聴くのは初めてだが、第1ヴァイオリンとチェロの音色のキャラクターが同質で、透明感のある響きを醸し出している一方、チェロが軽過ぎて重心の高い響きでもある。結果として、骨太で野性味のあるロシア風の響きは期待できず、楽曲によって相性の良し悪しが大きく分かれる。また、堅実ではあるものの安全運転に過ぎる面もあり、たとえば第9番の終楽章などは興醒めな程に落ち着いてしまっている。彼らの特徴をよく表しているのは第12番で、第1楽章は美しい響きでじっくりと聴かせる一方、第2楽章は力感と燃焼度に不足して物足りない。

未完の弦楽四重奏曲については、彼らの響きが楽曲の雰囲気と合致しているので、まずはリファレンスとして不足はない。ただ、中間部の速いパッセージでもたつくのは残念。なお、ここで演奏されているのは、ローマン・レデニョフによる補筆完成版である。

ウッドワードとのピアノ五重奏曲は、これといった特徴はないものの、十分に美しい演奏である。

この全集には、第1ヴァイオリンのザカリアス・グラフィーロが編曲した「24の前奏曲とフーガ」からの4曲(第1、15、17、20番)が収録されている。いずれもフーガが4声の曲である。編曲自体はごく常識的なものだが、演奏は精彩を欠き、アンコールピースとしての魅力はあまり感じられなかった。第15番は大好きな曲だけに期待していたのだが……
あと、レーベル名の「Foghorn=霧笛」に由来するのだろうが、各ディスクの最後のトラックに様々な霧笛が収録されている(数十秒程度)。これは、要らない。

マンデルリングQもアレクサンダーQも、過度の思い入れに溺れることのない理知的な演奏でありながら、ロシアの仄暗い情感が上品に表出されていることは大いに評価したい。

ホンダ=ローゼンベルクの独奏によるショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番を架蔵済みであることは記憶していたのだが、ジャケット(発売レーベル)が異なっている盤を見つけたので、安価であったこともあり、念のために購入。残念ながら、既に架蔵していたArte Nova盤の別レーベルからのリイシューであった。2枚保有しておくほどの演奏内容でもなく、ただの銭失い。

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genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

年始の視聴録

  • ドキュメンタリー『ショルティ/メイキング・オブ・マエストロ』、ベートーヴェン:交響曲第1番、シューベルト:交響曲第6&7番、ショスタコーヴィチ:交響曲第9番、チャイコーフスキイ/交響曲第6番 ショルティ/シカゴSO、バイエルン放送SO (EuroArts 2087898 [DVD])
  • 玉木宏 音楽サスペンス紀行~ショスタコーヴィチ 死の街を照らした交響曲第7番(録画 [NHK BSプレミアム(2019.1.2)])
  • スクリャービン:ピアノ・ソナタ第2&6番、ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第10番 ユジャ・ワン (Pf) ヴェンゲーロフ (Vn) パピアン (Pf) (2013.4.17/2013.6.12 録画 [NHK BSプレミアム])
  • モーツァルト:ピアノ四重奏曲第2番より第3楽章、ベートーヴェン:七重奏曲 チュマチェンコ (Vn) 鈴木学 (Va) 中木健二 (Vc) 池松宏 (Cb) 斎藤雄介 (Cl) 福士マリ子 (Fg) 福川伸陽 (Hr) 菊池洋子 (Pf) (2015.4.27 録画 [NHK BSプレミアム])
  • N響 伝説の名演奏~リクエスト特集~(チャイコーフスキイ:交響曲第5番、ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」より、ベートーヴェン:交響曲第7番 スヴェトラーノフ、シルヴェストリ、サヴァリッシュ/NHK SO (1997.9.6/1964.4.5/2004.11.3 録画 [NHK ETV(2018.12.23)])
  • 弦楽四重奏で楽しむジャズ(Footprints、Milestones、Ana Maria、Nature Boy) エベーヌQ (2017.10.10 録画 [NHK ETV(2019.1.20)])
  • スヴィリードフ:「吹雪」、スクリャービン:ピアノ協奏曲、練習曲 Op.8-12、グラズノーフ:交響曲第7番 コロベイニコフ (Pf) ヴェデールニコフ/NHK SO (2018.12.1 録画 [NHK ETV(2019.2.3)])
  • 札幌交響楽団 アルプス交響曲 (2018 録画 [BS朝日(2019.1.5)])
2月も終わろうかというタイミングで“年始”というのも間抜けだが、1月中に視聴した録画等をまとめておく。

まずはアリアCDから届いた「ショルティ生誕100年記念ボックス」。ショルティは1912年の生まれなので随分前のリリースになるが、ボックスというよりは、ショスタコーヴィチの交響曲第9番を収録したDVD目当ての購入である。この映像自体はかなり以前からチェックしていたが、なぜかPAL形式の物しか見当たらなかった。特に強く観たいわけではない映像も含まれているものの、この機会を逃さぬようオーダー。

まずはショスタコーヴィチとチャイコーフスキイの1枚(Disc 3)から。これは1990年にミュンヘンのガスタイク・フィルハーモニーでバイエルン放送交響楽団を指揮したもの。観ているだけで疲れてしまうようなショルティの精力的な棒さばきはいつも通り。ショスタコーヴィチは第2楽章がいささかせわしないものの、その他は抜群のスピード感で一気呵成に聴かせる。チャイコーフスキイも同様で、一切の妥協なく剛毅に突き進むショルティの音楽は「悲愴」としては異端の部類かもしれないが、第3楽章から第4楽章への接続など、独特の説得力を持っている。

Disc 1のドキュメンタリーは、ショルティ最晩年の音楽活動を記録したもの。過去の映像も適宜挿入されるが、容姿こそ老人のそれであるが、指揮ぶりや音楽に対する熱意などに年齢を全く感じないのには驚かされる。史料として取り立てて貴重なものではないが、音楽家ショルティの魅力を再確認させてくれる魅力的な映像作品である。

このボックスで最も興味深かったのは、注文時には特に気にも留めていなかったシカゴ響との1970年代の映像(Disc 2)であった。ショルティの音楽的な志向はここでも変わりないが、シカゴ響の極めて高度な合奏能力と、ショルティの意図を的確に音化するパートナーシップには、ただひたすら驚嘆するしかない。当時の常識的な演奏からすると、シューベルトにしては鋭利過ぎる響きが耳につくものの、ピリオド楽器による演奏に慣れた現代の耳にはむしろ違和感がないのが面白い。


年始早々インフルエンザに罹患してしまい、寝込んでいる内に「玉木宏 音楽サスペンス紀行」を録画しそこなったのは痛恨の極み。知人のご厚意でとりあえず観ることはできた。

これは2017年3月25日にBSフジで放送されたドキュメンタリー「レニングラード 女神が奏でた交響曲」(2018年3月30日のエントリー)と同様の、第二次大戦(大祖国戦争)時のレニングラード包囲戦とショスタコーヴィチの交響曲第7番とを題材とした番組である。アメリカでの西側初演を巡るスパイ映画まがいの経緯をクローズアップしていたのは面白かったが、新たな史実の類はないので、ショスタコーヴィチ・ファンの多くにとっては狂喜乱舞するほどの内容ではない。しかしながら、丁寧な取材に基づいた映像の訴求力は強く、当時の聴衆が受けた感銘の一片にしか過ぎないにせよ、交響曲第7番を特別な作品と見做すに足る思い入れを視聴者に与えてくれる。ただ、特に第1楽章に「(スターリンを含む)悪の表象」を聴き取ることに敢えて異論はないが、たとえば第3楽章などは純粋に愛国的な感情の発露と取る方が自然で、その点についての掘り下げがもう少しあってもよかったような気はする。玉木宏は声も姿も格好良かったが、番組を通してかけていたショスタコーヴィチ風の眼鏡は、ちょっと微妙だったかも。

上記ドキュメンタリーのついでに、クラシック倶楽部の過去の録画も見せていただいた。ユジャ・ワンのスクリャービンは、やや健康的な感じはするものの、表現の多彩さとスケールの大きさが格別。ヴェンゲーロフのベートーヴェンは、ただひたすらに美しい。名教師として知られるチュマチェンコと日本の若手奏者達による室内楽は、チュマチェンコの安定した貫禄の弾きぶりに目を奪われた。さすがにベートーヴェンのスケルツォ楽章では無傷というわけにはいかないが、全曲に渡ってこれぞ室内楽という細やかな気配りが行き届いたアンサンブルは、寛いだ愉悦感に満ちていて聴き応えがあった。

クラシック音楽館で年末に放送された「N響 伝説の名演奏」では、断片ではあったがシルヴェストリの「新世界より」というお宝映像が流れた。ルーマニア放送響とのショスタコーヴィチの交響曲第10番(Electrecord)に聴かれる異様な興奮がどのように導き出されていたのか、その片鱗を窺うことができた。使用スコアがポケットスコアであったのも興味深かった。スヴェトラーノフのチャイコーフスキイ、サヴァリッシュとの最後の共演は、これまでにも何度か放送されている。

本編のNHK交響楽団第1899回定期公演には関心がなかったのだが、その後の「コンサート・プラス」で取り上げられたエベーヌQによるジャズのスタンダード集だけはしっかりと録画。ヴィオラがヘルツォクからシレムに交代して以降のこの団体を聴くのは、恥ずかしながらこれが初めて。視覚的にも強烈な個性を放っていたヘルツォクに比べるとインパクトという点では劣るが、弦楽四重奏のヴィオラとしては十二分にバランスのとれた存在感があり、弦楽四重奏団としてのクォリティを高い水準で維持し、発展し続けていることに感心した。それにしても彼らの編曲は、どれをとっても非常にセンスが良い。楽譜に記してあることをただ弾くだけで彼らの演奏を再現できるわけではないことを理解しつつも、いつかまとめて出版されることを強く強く望みたい。

年始…ではなく2月の放送だが、NHK交響楽団第1900回定期公演はロシアの秘曲集といったプログラムで、要保存の内容。スヴィリードフの「吹雪」は知る人ぞ知る作品だが、まさか実演で取り上げられるとは思ってもみなかった。フェドセーエフ/ウィーン響やスヴェトラーノフ/ソビエト国立響の演奏で数曲の映像を観たことはあるが、全曲の映像というのはロシア以外では極めて珍しいのではないだろうか。フェドセーエフの4種類の録音に親しんだ耳にはあまりにも無味無臭に感じられるが、作品の旋律美は十分に表出されており、この曲を知らない聴衆に訴えかけるところは大だったに違いない。コロベイニコフをソリストに迎えたスクリャービンの協奏曲は、オーケストラも一体となって繰り広げられるロシア風の不健全さに満ち満ちた音響世界が素晴らしい、雰囲気豊かな名演。アンコールでも、気取った上っ面では隠し切れない野性的な体臭が漂ってくるような音の奔流に惹きつけられた。グラズノーフの交響曲第7番は立派な演奏ではあるが、作品自体がいささか焦点の定まらない音楽であるだけに、指揮者の手堅さは伝わったものの、オーケストラの魅力が十分に引き出されたとは言い難い。

北海道では年末(12月22日)に放送された、マティアス・バーメルト氏の札響の新首席指揮者就任を記念してのドキュメンタリーが、年始にBSで放送された。リハーサル中心の構成ながらも、深い音楽ファンには物足りない程度の掘り下げではあったが、それでもウィンドマシンのくだりなど、この種のドキュメンタリーとしては満足な内容。私が札幌の厚生年金会館や市民会館、そして道庁前のグリーンコンサートなどに足を運んでいた岩城宏之氏の時代とは、色々と隔世の感がある。札響の今後さらなる発展を祈念いたします。

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genre : 音楽

年末の中古レコード・セールにて

  • J. S. バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3&2番、ソナタ第3番 ハーン (Vn) (Sony SICC 30087)
  • モーツァルト:教会ソナタ全集 ハーフォード (Org) アムステルダム・モーツァルト・プレイヤーズ (Decca UCCD-90052)
  • ノヴァーク:ピアノ五重奏曲、弦楽四重奏曲第1番 スークQ シュチェパーン (Pf) (Supraphon 33CO-2437)
  • ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7&14番 シュナイダーハンQ (Orfeo C 315 931 B)
  • シューマン:弦楽四重奏曲第1番、ブラームス:弦楽四重奏曲第3番、ヴォルフ:イタリアン・セレナード、コダーイ:弦楽四重奏曲第2番、スーク:弦楽四重奏曲第1番 ウィーン・ムジークフェラインQ (Tower Records PROC-1399/400)
  • レーガー:弦楽四重奏曲全集、クラリネット五重奏曲 ドロルツQ ライスター (Cl) (DG 00289 477 5518)
2018年末もまた、家の大掃除を一段落させてから阪神百貨店の「中古&廃盤レコード・CDカウントダウンセール」へ。その夜は忘年会が2件あったため、エサ箱を漁らずにCDの背表紙を眺めて目に留まった物をピックアップしただけ。その割には聴き応えのあるチョイスができたのではないか、と自画自賛。

なぜかハーンのデビュー盤であるバッハの無伴奏が、其処此処で目に付いた。安価なこともあって、手始めに確保。いかにも教科書的に感じられる部分もない訳ではないが、17歳時点で技術的にも音楽的にもこの完成度というだけで驚愕の一枚である。パルティータには舞曲的なリズムの面白味はあまりないものの、真摯かつスケールの大きな音楽が、若々しい清新さを保ちつつも格調高い佇まいをもって繰り広げられる辺り、並みの才能でないことを今さらながらに実感した。遅めのテンポでじっくりと精確に奏でられる音楽は、全てのヴァイオリン弾きにとってのお手本となり得る見事さ。さすがにソナタ第3番の長大なフーガでは退屈する瞬間もあるが、それは今現在のハーンの演奏で改めて聴いてみたいところ。


関心のあるキーワードで検索して購入、という手順ではヒットすることのないジャンルの音盤と出会えるのが、商品棚を眺める買い物の醍醐味。モーツァルトの教会ソナタは、これまで全く聴いたことがなかった。スコアはNMA オンライン 新モーツァルト全集:デジタル版で見たことはあるものの、語弊を恐れずに言えば、その単純な譜面にそれほどの関心を抱くこともなかった。全曲が1枚にまとまっているこのアルバムは、資料として手頃と思い、手に取った。

ところがこの教会ソナタ、たまらなく素晴らしい。ディヴェルティメントやセレナーデとは比較にならないほど小規模ではあるが、隅々まで漲る愉悦感が卓越している。オルガンの入った響きも魅力的だが、とにかく聴いていて楽しい。ヴィオラ無しのオルガン有りという編成ゆえに自分で弾く機会はまずないと思うが、それでもなお弾いてみたいと思う楽曲群である。アムステルダム・モーツァルト・プレイヤーズ他の演奏は、学術的な評価は分からないものの、作品の魅力を聴き手に味わせるという点において不足は一切ない。


チェコの作曲家ノヴァークの作品は、恐らく今まで一度も聴いたことがない。懐かしいSupraphonレーベルの国内盤ジャケットにも誘われて、初期の室内楽曲集を確保。旋律やリズム、そして緩急が入れ替わる緩徐楽章など、いかにもチェコの国民楽派といった感じだが、全体としてはドイツ風のロマン派の印象が強い。臆面もなく濃口の歌が溢れ出すピアノ五重奏曲の方が、素直かつ上品で私の好み。


シュナイダーハンQはその活動時期が大戦真っ只中であったこともあり、録音に恵まれない団体である。バリリの自伝などで生々しく語られる敗戦直前の混乱を極めた時期のセッション録音というだけでも、本盤の歴史的価値は明らかであろう。もちろん、そうした社会情勢が嘘のように、緊張感に貫かれながらも微笑みを絶やすことのない、真に音楽的な演奏であることを何よりも強調しておかねばならない。第7番の第3楽章の神々しさは、まさに絶品。第14番も万感迫る演奏なのだが、半音近く高いピッチには、どうにも我慢がならない。残念。


Tower Recordsが復刻した、若きキュッヒル率いる結成後間もないムジークフェラインQの2枚組アルバムも確保。キュッヒルの本質がロマンティックなのか、ここに収録されたシューマンとブラームス、それにヴォルフは、いかにもキュッヒルらしい直線的で硬質な弾きぶりにも関わらず、清新なロマン派の薫りが心に響く。ただ、それ以上に印象に残ったのが、コダーイとスークの2曲。民俗性が排除されたというよりは、ハプスブルク帝国の辺境の地の音楽を帝都の音楽家があくまでも帝国の視点で解釈したというような感じ。極めて洗練された演奏で、特にコダーイは楽曲の仕組みや構造が明晰で、楽曲の理解にはうってつけの仕上がりと言ってもよい。こうしたスタンスには異論も多々あろうが、私は面白く聴いた。


1月9日のエントリーでも述べた「中古音盤屋でのルーティン」だが、その一つが、ドロルツQのレーガー全集を探すことであった。よく使うHMV ONLINEでは早々に販売終了となっており、店頭でも一切見かけることがなかった。改めてネットを調べてみたら“入手困難”というほどでもないようだが、特に新品に対するこだわりもなかったため、ルーティンとして一応チェックするに留まっていた。この度、めでたく確保に至った。私はレーガーの音楽を好んで聴く方だと思うが、それでもこの5曲の弦楽四重奏曲はいずれも晦渋で、たとえば自分自身で演奏してみたいと強く思うほどではない(技術的側面は度外視しても)。この絶え間ない転調のうねりの中に漂う濃厚で暗い抒情を、ドロルツQはあたかも自らの自然な言語であるかのように奏でている。技術的には若干野暮ったいところはあるものの、これらの楽曲がどんな音楽であるのかを理解する上で、この全集を無視するわけにはいかない。クラリネット五重奏曲は、ライスターに関しては後年の録音(Camerata)があるとはいえ、楽曲の素晴らしさは言うまでもなく、またドロルツQが紡ぐレーガーの響きも十二分に素晴らしい。

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genre : 音楽

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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