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御茶ノ水での買い物録

  • ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 アーロノヴィチ/シュトゥットガルト放送SO (Profil PH07009)
  • チャイコーフスキイ:弦楽四重奏曲第2番、ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番、弦楽四重奏のための2つの小品 ダヴィード・オーイストラフQ (muso mu-011)
  • ショスタコーヴィチ:自作全集への序文とその序文に関する考察、24の前奏曲とフーガより第1 & 4番、ピアノ三重奏曲第2番、雑誌「クロコディール」の詩による5つの歌曲、ブロークの詩による7つの歌曲、チョールヌイの詩による5つの風刺、ヴァイオリン・ソナタ、レビャートキン大尉の4つの詩 スミルノヴァ (S) ミグノフ (B) ムーリャ (Vn) ハリンク (Vc) スホーンデルヴルト (Pf) (Alpha ALPHA055)
  • ハイドン:弦楽四重奏曲第67番「ひばり」、第1番、第74番「騎士」 ハーゲンQ (DG F00G 20401)
  • ニールセン:弦楽四重奏曲第1~4番、弦楽五重奏曲、木管五重奏曲 カール・ニールセンQ、ヴェスティスク室内アンサンブル (DG POCG-3405/6)
  • シニートケ:ゴーゴリ組曲、バレエ「迷路」  マルキス/マルメSO (BIS BIS-CD-557)
日帰り出張の合間をぬって、ディスクユニオン お茶の水クラシック館へ。特に狙いを定めていかなかったこともあってか、今回はめぼしい収穫はなし。ショスタコーヴィチの未架蔵盤+αといった感じ。6セットで5,000円弱だったので、買い物としては満足。

アーロノヴィチによる「レニングラード」のライヴ盤は、両端楽章こそ大仰な感情表現が聴かれなくもないが、全体には端正な音楽作りを志向した、いかにもな“ソ連崩壊後”の純音楽的なショスタコーヴィチ解釈である。オーケストラの技術精度にさらなる緻密さがあれば、より現代的な演奏に仕上がったかもしれない。一方で、熱気に任せたような両端楽章に比べると、中間の2つの楽章の印象は薄く、録音がなされた1993年という時代には、まだショスタコーヴィチ解釈の方向性が定まりきっていなかったことが思い起こされる。


ダヴィード・オーイストラフQという重量級の名前を持つ団体は、2012年のエリザベート王妃国際コンクール優勝者であるアンドレーイ・バラーノフが結成した弦楽四重奏団。若手ながら個々の技量は傑出しており、アンサンブルも極めて高水準である。彼らの音楽的な特徴は、演奏頻度の低いチャイコーフスキイの第2番によく表れている。猛烈に高いテンションで、濃厚かつロマンティックな語り口に終始する彼らの音楽は、胃もたれがするほど。だが、この曲やシューマンの第2番などは単に模範的に仕上げるだけでは、作品が抱える冗長さという欠点を克服することができない。彼らのアクの強さには、作品の欠点を魅力に錯覚させるに足るだけの押しつけがましさがある。ショスタコーヴィチでも彼らのアプローチは同様だが、作品の持つ情感の繊細さや響きの多様性に対して、演奏表現がやや一本調子に過ぎるように聴こえるのが惜しい。


「ショスタコーヴィチ、紆余曲折の人」という副題のつけられた2枚組は、1920年製のベヒシュタインをはじめとする“ピリオド楽器”の使用が特徴である。確かに、ショスタコーヴィチが生きた当時の銘器(弦楽器を含む)に違いはなく、この謳い文句に嘘はない。ただ、奏法においては当時と現代との間にそう大きな違いはないので、ごく普通の現代的で知性的な演奏であるように聴こえる。

使用楽器という点ではピアノ三重奏曲第2番とヴァイオリン・ソナタが注目されるが、響きの繊細さと端正なアンサンブルに聴くべきところは多いが、楽曲が内包する生々しい迫力には欠ける。「ピリオド」を謳いながら、初演当時の演奏を好む向きには物足りなさを感じさせるのは、どこか皮肉にも感じられる。

楽器の響きについては、ピアノ独奏による24の前奏曲とフーガからの2曲で、それを堪能することができる。淡々とした、それでいて繊細な表情の移ろいを感じさせるスホーンデルヴルトの演奏は、楽器の魅力を自然に伝えている。

本アルバムの聴きどころは、何と言っても2人の歌手だろう。後期の諧謔味の強い歌曲ばかりが収録されているが、過度にシニカルになることはなく、むしろショスタコーヴィチ後期に特有な、どこか退廃の影すら感じさせる不健全な美しさが、上品に表出されている。2人ともまろやかな声質ながらも鋭さを失うことなく、演奏頻度のそう高くないこれらの歌曲の真価を適切に表出している。


シュペーテQの来年の公演で取り上げる予定のハイドンの「騎士」だが、未聴の音源を探して棚を眺めてみたら、ハーゲンQ初期の録音があったので確保。ノンヴィブラート気味の弱音への傾倒が既に伺えるものの、近年のマニエリスティックな細部への拘泥はなく、素直で伸びやか、かつ技術的にもクリアな、心地好い演奏である。結局のところ私には、モダン楽器によるこういう演奏がちょうど良い。


ニールセンの弦楽四重奏曲全集+αは、学生時代に輸入盤で架蔵済みだったのだが、DGのその盤は、2017年9月2日のエントリーで紹介した音盤と同様に再生不能な状態になってしまっていた。何度か聴いて演奏用のパート譜を入手しようとしたが、どの曲も貧乏学生の身には高価過ぎて手が出ず、そのまま棚の肥やしになったまま再び音を奏でることのなかった不遇の音盤である。ハイドンの棚を見終えて振り返ると、その国内盤が目に飛び込んで来たのも運命だろうと確保。

作品により印象の強さはまちまちだが、総じて後期ドイツ・ロマン派的な暑苦しい濃厚さを纏った音楽ながら、どこか涼しさを感じさせる透明な響きが耳につく辺り、交響曲などと同様にニールセンの個性が表出された作品として、もう少し演奏頻度が高くてもよいような気がする。作曲家の名を冠したカール・ニールセンQは、その名に恥じない堅実なアンサンブルである。


私の学生時代はちょうどシニートケの晩年で、BISレーベルから数多くのCDがリリースされた時期でもあった。「多様式主義」という分かったようでよく分からないキーワードの下、それなりに関心を抱いて数枚を購入したものの、私の中での優先順位がそれほど上位に来ることはなく、多くは結局未架蔵のままとなっている。そんな懐かしさを感じながら、このシリーズ中で最も人気があったであろう「ゴーゴリ組曲」を収録した1枚を購入。真面目で手堅い演奏ではあるが、シニートケの摩訶不思議な雰囲気は十分に表現されていて楽しく聴くことができる。

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

プロフィール

Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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