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2004年最後の買い物

  • グラズノーフ:交響曲第5番、チャイコーフスキイ:バレエ「眠りの森の美女」抜粋 ムラヴィーンスキイ/レニングラードPO (Altus ALT064)
  • ドヴォルザーク:交響曲第6&7番 シェイナ/チェコPO (Supraphon COCQ-83866)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第1&9番、バーバー:弦楽のためのアダージョ チェリビダッケ/ミュンヘンPO (EMI 7243 5 57855 2 7)
  • ショスタコーヴィチ:室内交響曲、ラヨーク、弦楽八重奏のための2つの小品、シニートケ:ショスタコーヴィチ追悼の前奏曲 スピヴァコフ/モスクワ・ヴィルトゥオージ (Capriccio 67 115)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5番、ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲 ケーゲル/NHK響 (KING KICC 3058)
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ロストロポーヴィチ/ロンドンSO (LSO Live LSO0058)
  • ショスタコーヴィチ:バレエ組曲第1&2番、タヒチ・トロット、組曲「ハムレット」、スケルツォ作品1、主題と変奏、スケルツォ作品7、ジャズ・オーケストラのための第1組曲、組曲「南京虫」、組曲「女ひとり」、組曲「司祭とその下男バルダの物語」 E. ハチャトゥリャーン/ソ連国立SO、ロジデーストヴェンスキイ/ソ連国立文化省SO他 (Venezia CDVE03220)
クリスマス・イヴは京都で仕事。その道すがら、ふらっとJEUGIA三条本店へ。CDの陳列法が変わっていて、この店はもう随分ご無沙汰だったことに改めて気づく。店の雰囲気なんか、慣れ親しんでいることもあるのだろうが、一番好きな店なんだけど、さすがに買い物のためだけに京都に行くのはちょっとしんどい。

で、目に付いた3点を購入。12月26日に、アミ・ドゥ・バレエの公演で「眠りの森の美女」全曲を演奏したのだが、予習のためだけにこの曲の全曲盤を買う気にもならず、以前買いそびれたまま店頭であまり見かけなくなったムラヴィーンスキイの東京公演ライヴを発見したので、これで予習したことにする(^^;。組曲版なので、序曲などは全曲版と大分違うが、それにしても凄い演奏。同じレニングラード・フィルをA. ヤンソンスが振ったライヴ盤も素晴らしいが、冒頭から一気にたたみかけるような暴力的なまでの凄まじさはムラヴィーンスキイならでは。さすがに最後のワルツの速さには「踊られへんやんけ!」と突っ込みたくなるが(^^;。 グラズノーフも、作品そのものは僕には少々退屈だが、明晰な造形とキレのいい歌に感心。これで録音がまともだったら言うことないんだけど。

シェイナのドヴォルザークは、Tower Recordsのフリーペーパーでリリース情報を目にして気になっていた一枚。録音はさすがに古めかしいが、実に雄大でドヴォルザークの香りに満ちた佳演だった。第6番の第3楽章なんか、まさしくこれぞチェコ!と言いたくなるようなハマり具合。第7番は、全体にもう少し彫りが深くても良いと思うが、もちろん悪くはない。

チェリビダッケの新しいシリーズがリリースされていることは、恥ずかしながら全くのノーチェックだった。しかも、そこにショスタコーヴィチ作品が含まれているなんて。といっても、第9番の方は以前に海賊盤(?)で既出のもの。第1番は73年のライヴ録音しかなかっただけに、まともな音質に加えて晩年のミュンヘン・フィルとの演奏で聴くことができるのは実に嬉しい。で、その第1番だが、異様なまでに広大なスケール感と繊細で静謐感あふれる響きは、いかにもチェリビダッケならではの音楽。でも、ショスタコーヴィチではなく何か全く別の音楽を聴いているような錯覚に襲われることも事実。終演後の間の抜けたブラボーはちょっと… 第9番も同様だが、比べてみるとこちらの方がまだショスタコーヴィチらしさが残っている。本盤の白眉は、やはりバーバーのアダージョだろうか。こんな音楽を生で体験してたら、きっと文字通り放心状態になるのではないだろうか。

スピヴァコフのアルバム、ショスタコーヴィチ作品はいずれもスピヴァコフ2回目の録音(映像を除く)となる。室内交響曲と二つの小品が、完璧としか言いようのない見事で自在な仕上がり。一方、ラヨーク(スピヴァコフらによるオーケストレイション)は、残念ながらいまひとつ。独唱のモチャローフが、この曲をレパートリーにしている(これが3度目の録音)わりに、全然巧くない。また僕は、オリジナルのピアノ伴奏が持つ“素朴さ”がこの風刺作品には相応しいと思っているので、そもそもオーケストレイション自体に違和感がある。シニートケ作品はスピヴァコフによる多重録音。これはもう、さすがとしか言いようがない。

2004年最後の買い物は、Tower Records難波店にて。ショスタコーヴィチ関係ばかり3点。

ケーゲルのN響ライヴはこの年末最大の目玉であったが、全4枚を買うには懐が寂しいし、試聴してみてオーケストラに物足りなさもあったので(ケーゲルの録音で、今更オケに不満を言うのもどうかとは思うが)、ショスタコーヴィチの一枚だけを購入。冒頭のマイスタージンガーから、各声部の精緻な描き分けと濁りのない響きに感心。無論、オーケストラには大いに不満が残るが(特に金管!)、終始端正な音楽作りが貫かれる。ショスタコーヴィチにおいても、この姿勢は変わらない。いわゆる爆演を期待する向きには物足りないかもしれないが、むしろ淡々と流れながらもニュアンスに満ちた深遠がふと顔をのぞかせる第3楽章にケーゲルの真骨頂がある。

一方、同じ交響曲第5番のロストロポーヴィチ盤は、彼ならではの極度に悲劇的な解釈が色濃く投影された演奏。随所に濃厚な表情付けが聴かれるが、ごく自然で十分に説得力が感じられるところに、指揮者ロストロポーヴィチの進境を窺うことができる。とはいえ、ここまで色付けが濃過ぎるのもどうか。ケーゲルとは随分品が違うように聴こえる。まぁ、あくまでも『証言』の世界を投影させて聴きたい人には悪くないだろうが。

Veneziaレーベルからリリースされたショスタコーヴィチの管弦楽曲集(2枚組)は、ほとんどがロジデーストヴェンスキイの既発音源ばかりだが、E. ハチャトゥリャーン指揮のバレエ組曲第1&2番が収録されているのが注目に値する。この指揮者による「馬あぶ」組曲の素晴らしさは筆舌に尽くし難いが、似たような趣向の作品だけに期待に胸ふくらませて聴いてみる。が…第1番は今ひとつ冴えず、いきなり肩透かし。第6曲などでは期待通りの勢いに満ちた音楽を聴かせてくれるが、全体にノリが悪いのか、演奏精度の粗さばかりが耳についてしまう。と、がっかりしていたら続く第2番の素晴らしいこと!同じような作品なのに、一体この違いは何なのだろうか。溌剌と弾むような音楽の流れ、憚ることのない歌い込み、節操のない爆発力、いずれも理想的で第1曲から耳が釘付けになる。第2曲のチェロや第4曲のトランペットといった個人技も卓越している。大満足。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 演奏家_Kegel,H.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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