キタエンコのショスタコーヴィチ2

  • ショスタコーヴィチ:交響曲全集 キタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管他 (Capriccio 71 029[SACD])
少し間隔が空いてしまったが、キタエンコ指揮のショスタコーヴィチの交響曲全集の続き。中期の作品群をまとめて。

第6番は、じっくりと丹念に音を紡ぐ第1楽章がなかなか素晴らしい。地味な音色のオーケストラながらも、スコアの多彩な響きが十分に再現されている。これは、録音の良さも多分に影響しているのだろう。それに比べると、第2楽章以降は今一つ。第1楽章と似たような姿勢で取り組んだためか、鈍重さが否めない。第3楽章のチューバの生々しさは素敵。

第7番は、とても立派な演奏。いわゆる純音楽的な演奏で、個々の主題や動機を丁寧に性格付けしながら、かっちりとした構成感を持ってこの長大な交響曲をまとめあげている。威圧的な音は注意深く避けられ、それでいて重量感のある(ロシア風の強烈さはないものの)響きが達成されている。スヴェトラーノフやバーンスタインのような暑苦しさを求める向きには物足りなさもあるだろうが、これはこれで非常に優れた解釈・演奏ということができるだろう。ただ、やはり二枚にまたがるのは不便かな。

第9番も、非常に真摯な演奏。第2楽章がやや速めで逆に第5楽章が少し遅いというテンポ設定が、この作品の本質をしっかりと捉えている。わざと馬鹿騒ぎするのではなく、かといって妙に深刻ぶるのではなく、等身大に描き出すことで作品に込められた皮肉を適切に引き出している解釈には、十分な説得力がある。オーケストラは技術面で若干の物足りなさを感じさせるものの、キタエンコの要求にはきちんと応えている。

ここまで聴いてきて、全てが高い水準の演奏であったことに感心するが、残念ながら第8番は今一つ冴えない演奏だった。この全集がリリースされる前に唯一単独で出ていた演奏だが、他の曲に比べると明らかに音のカロリーが低い。キタエンコの真面目な解釈自体は悪くないのだが、それが説得力を持つ響きにまでは昇華していない。作品の劇性がしっかりと捉えられていないのか、音楽の焦点が定まりきらない印象。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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