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フェドセーエフ/モスクワ放送SO演奏会

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  • チャイコーフスキイ:序曲「1812年」
  • チャイコーフスキイ:弦楽セレナーデ
  • ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
  • ショスタコーヴィチ:劇音楽「条件つきの死者」より「ワルツ」
  • ショスタコーヴィチ:映画音楽「司祭とその下男バルダの物語」より「バルダの行進曲」
     V. フェドセーエフ/モスクワ放送SO
     2006年5月28日15時開演 兵庫県立芸術文化センター大ホール
久しぶりのコンサート。前回がボロディンQ(2005年6月13日;2005年7月8日付本欄)だったから、ほぼ1年ぶりということになる。生来の出不精なことと、平日の演奏会は時間的にちょっと厳しいこともあって、めったに演奏会に出向くことはないのだが、その代わり行く時は満を持して…といった感じで気合が入る。演奏会場が近場ということもあって、あっさりと家人の許しも出た。実はこのホール、終電で帰ってきてタクシーを待っている時とか、ちょっと出かけたりする時に車で前を通ったりして、建設中からずっと見ていたのだが、入るのは初めて。バブル期かと錯覚してしまうような豪華な建物で、近所にこんなホールができたら、ますます大阪方面への足が遠のいてしまう…(^^;

会場に入ると、まずはCD売り場チェック。残念ながら目ぼしいCDはなし。公演プログラムが3種類(日本語プログラムとロシア語の記念パンフレット、2001年刊の写真集(?))あったので、それをまとめて購入。日本語のプログラムは、500円でももったいないほど内容がない。ロシア語のパンフレットは、ゴンチャロフやガールキンの若き日の写真が載っているのが目をひくものの、録音のレビューも含めてそれほど目新しい内容はなし。ただ、110ページの写真集のような冊子は極めて充実した内容で、これが1500円というのはお買い得(ロシア語と英語)。モスクワ放送SOのスポンサーである石油会社ルクオイルの資金力の賜物だろうか。多数の現役奏者の写真を見ているだけでも楽しい。ざっと目を通して、たばこを1本吸ったら開演時間(天井が高く広々とした喫煙所は嬉しい)。

右隣が空席だったので、ゆったりと腰掛けて団員の入場を眺める。最後列にコントラバス(9人)が一列に並び、その前に下手側からTp、Tb、Tub、Hrと金管楽器が並ぶ。打楽器群は舞台上手側。弦楽器は対向配置で16型+α。前半のプログラムは、正直嫌いな部類の曲なのでリラックスして聴き始める…が、1812年冒頭のチェロのTuttiの素晴らしいこと!暖かく厚みのある音色で、朗々と懐かしさを感じさせる歌を歌い上げる。一体感のあるアンサンブルで、何の苦もなく壮麗な音響を積み上げていくところに、このコンビの卓越した境地が示されていた。炸裂するサモイロフの小太鼓を筆頭に、やりたい放題の打楽器が楽しい。最終和音の前にお囃子みたいな鐘の乱打が入るのは、フェドセーエフお得意の改変だろうか。まぁ、これはこれで良いのではないでしょうか。他にもカットがあったように思うが、よくわからない。

2曲目の弦楽セレナーデは、フル編成の弦楽器による演奏。一切力むことなく、しなやかな歌を貫く解釈は、近年のフェドセーエフに特徴的なものだろう。非常にゆったりとしたテンポで節度を持ちつつも丁寧に歌い込んだ音楽は、極めて抒情的で美しい。特に、第2楽章の主題の入りや第3楽章で多用された超弱奏は、このオーケストラの機能性あっての表現で非常に効果的。もっとも、これだけの大編成だとデュナーミクの幅を生かしたスケールの大きさは際立つものの、全体にざわついた感じが残るのは致し方のないところか。立派な演奏ではあったが、全曲を通して聴くのは……正直眠かった。

さて、休憩。一服して座席に戻ると、舞台上では、FlのフェドートヴァとObのパーニンが第3楽章の第1主題を丹念に合わせている。丁寧にイントネーションを整えていく様は、まさに一流のプロの仕事。その後ろではFgが、第4楽章コーダ直前のパッセージを合わせている。時間になり団員が登場し、チューニングが始まると、今度はTbが第1楽章展開部の終わりのコラールを合わせている。団員のショスタコーヴィチにかける気合が窺えるようで、否が応にも期待は高まる。

第1楽章。冒頭の一音から張り詰めた緊張感に貫かれた、しなやかな弦楽器の美しさが際立つ。オーケストラが一体となった音楽のうねりは見事。第1主題を提示するClのペルミャコフの超弱音は、腰が抜けるほどの圧倒的な名技。流麗でありながらも、決して上滑りすることのない音楽が繰り広げられていく。噛み締めるように何度も呻きを繰り返しつつ壮大なドラマを積み重ねていく息の長い音楽作りは、ロシアの団体ならではのものだろう。木管楽器の美しくも悲痛な鋭い響きと厚みのある弦楽器の透明な響きは、これぞショスタコーヴィチ。顔を真っ赤にして切々と吹き込むFgに導かれて、いよいよ展開部。なんという哀しい音楽なのだろう。聴きながら、涙を堪えるのが精一杯。ガロヤンのTimpが意味深い楔を打ち込み、金管楽器が威圧的にそびえ立つ。圧倒的な音響の中で切なく悲鳴をあげ続ける木管楽器と、とどまることなく感情を爆発させ続ける弦楽器の美しさ。これらが一体となって押し寄せて聴き手を飲み込む。圧巻は、再現部以降の緊張感漲る静寂。このコンビでしかなし得ない至高の境地といえるだろう。この楽章が終った後、尋常ではない緊張感からの解放された客席は、猛烈にざわついた。

続く第2楽章は、やや遅めのテンポ。しかし、楽章の暴力性は極めて適切に表出されている。サモイロフの小太鼓が、実に見事。硬質な鈍器を思わせる金管楽器の魅力もさることながら、木管楽器の巧さには舌を巻く。この解釈だと、短すぎるといわれるこの楽章のアンバランスさが気にならない。全弦楽器が弓を大きく空中に放り出すようなエンディングは、視覚的にも効果抜群。

第3楽章の多彩な響きは、名手揃いのこのオーケストラならではだろう。また、ひねくれたワルツのリズム感を一体となって繰り広げるアンサンブルも凄い。Hrのソロは特筆すべき出来。最初のE-A-E-D-A音型の英雄的な吹きっぷりと、その後の痺れるような弱奏が素晴らしかった。もちろん、楽章を通じてノーミス。てっきりガールキンが吹くのだとばかり思っていたのだが、お亡くなりになっていたようで、名前を知らない奏者だったのだが、これならガールキン亡き後のホルンセクションも安泰だろう。最初のソロの後、おそらくはフェドセーエフとのアイコンタクトがあったのだろう、にやりと微笑んだ顔が印象的だった。壮麗なクライマックスの後の終結部では、コンサートマスターのシェスタコフの音色も美しく、DSCHのピッツィカートを強調しながら余韻を残しつつ、この楽章が終った。

第4楽章では、木管楽器の鮮やかさに終始圧倒された。奇妙に明るい曲調の意味も完全に消化されていて、完全に納得させられる解釈に大満足。コーダの途切れながら何度も踊り始めようとする部分のギクシャクした感じは秀逸。終わりが近づくにつれ、このままずっと音楽が続いて欲しいという思いで切なくなってしまったほど。最終和音の後、ブラボーが乱れ飛び、あちこちでスタンディングオベーションが見られたのも当然の大名演であった。それにしても、わりと年配の聴衆が多かったにもかかわらず、ショスタコーヴィチでこの盛り上がりとは。

アンコールは、マニアにはたまらない選曲。「条件付きの死者」のワルツは、録音もしているだけに、彼らにとってはお得意のアンコールピースなのだろう。サックス、ピアノ、グロッケンシュピールをこの曲のためだけに追加した心意気が嬉しい。CDよりも一層ゆったりとしたテンポで、雰囲気豊かな弱音で奏でられた音楽にはうっとり。シンバルと小太鼓を担当したサモイロフの名技が目をひいた。「坊主とその下男バルダ」の行進曲は、組曲には収録されていない曲。オペラ版では第2幕エピローグの最初で「バルダの入場」とされている。管・打楽器のみによる短いが気の利いた曲で、とても素敵な選曲。勢いのある早目のテンポが楽しかった。2曲ともフェドセーエフ自身による紹介あり。「ショスタコーヴィチ、ワルツ」「ショスタコーヴィチ、マーチ」という言葉で、これらの曲を想定できた聴衆はおそらく皆無なのでは?バルダの行進曲の前には「もう一曲ショスタコーヴィチ、いきますよ」といった雰囲気のフェドセーエフの言い方に、客席からも和やかな笑いが起こっていた。

とにかく、猛烈に巧いオーケストラに大満足。アインザッツの隅々まで完璧に統率された鉄壁のアンサンブル…というわけではなく、むしろ緩さもあるのだが、全セクションがごく自然に一体化したアンサンブルは、オーケストラらしからぬ水準である。こういうリズム感を表出できる団体は世界中でも稀だろう。デュナーミクの幅の広さも凄い。唯一不満があったとすれば、Tpくらいか。それだって、贅沢な要求には違いない。これで、また1年くらいコンサートに行かなくても耐えられそう。

終演後は、サインをもらいに楽屋口で出待ち。団員が出てくる度に並んでいる人々が拍手で見送っていたのは、僕は初めての経験。並んでいた僕の後ろを、高校生達が「なんか、外人いっぱいおったで。有名人でも来てるんかな?」と話しながら通っていったのは、土地柄か。あぁ、関西…
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 演奏家_Fedoseyev,V.I.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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