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未聴LP(6月分?)

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  • ロフグレン(グスタフソン編):Älvsborgsの歌、ショスタコーヴィチ(ハンスバーガー編):組曲「ボルト」より第2曲、ボルツォーニ(グスタフソン編):メヌエット、O. リンドベリ(グスタフソン編):古いfäbodの讃美歌、チャンス:朝鮮民謡の主題による変奏曲、P. Öjebo(グスタフソン編):民謡狂詩曲 グスタフソン/ボフォルス・バンド (Opus 3 79-03 [LP])
  • ムーソルグスキイ:禿山の一夜(リームスキイ=コールサコフ&レイボヴィツ編)、展覧会の絵(ラヴェル編)、サン=サーンス:交響詩「死の舞踏」 レイボヴィツ/ロイヤルPO、パリ・コンセール・サンフォニーク協会O (Quintessence PMC-7059 [LP])
  • グラズノーフ:弦楽五重奏曲 コヴァレフ(Vc) ショスタコーヴィチQ (Melodiya C10-16733-4 [LP])
  • ミャスコーフスキイ:弦楽四重奏曲第2&3番 タネーエフQ (Melodiya C10-18361-2 [LP])
  • ミャスコーフスキイ:弦楽四重奏曲第6&9番 タネーエフQ (Melodiya C10-19855 009 [LP])
  • ジャンケレヴィッチ,V.・大谷千正・小林 緑・遠山菜穂美・宮川文子・稲垣孝子(訳):フォーレ 言葉では言い表し得ないもの……,新評論,451p.,2006.
#aArs Antiqua / Mikrokosmos Mail Order Co.|http://www.mikrokosmos.com/a#から、今月の頭に注文したものが、もう届いた。ここのところ、ショスタコーヴィチ作品の収穫がほとんどないのは寂しいが、こういう機会に未知の作品に手を出してみるのも、そう悪くはない。

ショスタコーヴィチ作品を収録したボフォルス・バンドのアルバムは、当該作品のみがOpus 3レーベルのサンプル盤(Opus 3 79-00 [LP])に収録されたものを架蔵済みではあったが、他に注文したい盤も見当たらなかったので、オリジナル盤を持っておくのも悪くないだろうと注文したもの。珍しい作品が大半を占めているので資料的価値はそれなりにあるのだろうが、技術水準がずいぶんと低いため、一般的な鑑賞にはお薦めできない。

ずいぶん昔のことになるが、許光俊氏が『音楽現代』誌で連載していた「奇想のカデンツァ」の中で紹介していた、レイボヴィツ指揮の「禿山の一夜」を発見。特別好きな作品でもなかったので、積極的に探すこともなかったのだが、せっかくの機会なので確保する。スコアを見てきちんと検証したわけではないが、編曲者としてリームスキイ=コールサコフ版の名前がクレジットされているものの、レイボヴィツによる再編集と言って構わないのではないだろうか。なんといっても、ウィンドマシンの使用が最大の特徴だろう。爆裂度ではチェクナヴォリャーン盤などの方がはるかに上だが、本盤に聴かれる異様なまでのおどろおどろしさは、他の追随を許さない。「展覧会の絵」と「死の舞踏」は、これに比べると常識的な音楽。もちろん悪くはないが、この演奏でなければ…というセールス・ポイントに欠ける。

グラズノーフの室内楽は、まだ未開拓の領域。シューベルトと同じ編成の弦楽五重奏曲があることも、今回初めて知った次第。25歳頃の若きグラズノーフによる作品だが、品の良い旋律美に惹かれる箇所は少なくないものの、全体のまとまりには欠ける感は否めない。初期のショスタコーヴィチQ(第2Vnが現在のピシュチュギンではなく、まだバラショフの頃)は、堅実かつ清潔な抒情を湛えた素敵な音楽を聴かせている。

ミャスコーフスキイの弦楽四重奏曲は、他に2枚ほどカタログに出ていたのだが、僕が確保できたのは残念ながらこの2枚だけ。全13曲中、これで8曲を聴いたことになる。最後期の作品はまだ聴いていないので、包括的にこれらの作品群を語ることはできないが、ミャスコーフスキイ特有の渋い甘さは、弦楽四重奏という分野にもはっきりと刻印されている。ただ、初期の作品では、4本の弦楽器から色彩感を引き出すことに成功していないため、作品の晦渋さだけが前面に出てしまう傾向にあるといえるだろう。今回聴いた第3番は抒情性が若干強いという点で、作品33の4曲の中では最も聴きやすい作品であった(もっとも、第4番だけは作曲年代が他の3曲とは異なっているので、むしろ第5番以降の作品と並べて論ずるべきかもしれない)。交響曲第20番の前に書かれた第6番は、たとえば交響曲第17番のような暗い甘美さを漂わせた魅力的な作品。終楽章に若干の弱さを感じたが、第4番までとは作品の完成度が全く違う。作曲年を辿ると第4番と第5番の間に数年のブランクがあり、第5番の約1年後に第6番が完成していることから、第5番で飛躍的に進歩したのではないかとも思われるが、肝心の第5番は未聴なので、この点についてはいつか確認したいと思う。第9番は、音楽的な内容と作曲技法的の両面において、今までに聴いた8曲の中で最も充実した作品であった。豊かな響きと、感傷的でありながらも深く心に訴えかけてくる旋律が、とても印象的。タネーエフQの演奏は、手堅く洗練された立派なもの。

最後に本を一冊。昨年の11月くらいに買ったまま、何となく読みそびれていたジャンケレヴィッチの大著を、ようやく読了。フォーレを(本格的に)知ったのは、大学に入ってすぐのこと。サークルの先輩達に、「フォーレ、聴いたことないの?是非聴くべきやで!」と言われて、早速EMIの室内楽全集を買ったのがきっかけだった。2回生になる春休み、パスキエ兄弟他によるピアノ四重奏曲第2番の実演に狂おしいほど昂奮したことも、懐かしい想い出。ステージで演奏したことがあるのはピアノ三重奏曲だけだが、実際に練習を始めると、とにかく和声の移ろいが面白く、それを丹念に辿っていくことに夢中になったものだ。本書の第1部「ガブリエル・フォーレの歌曲」は、その時の興奮を思い出させてくれる。こういう緻密な分析を勉強していたなら、当時もさらに充実した時間を過ごすことができたのかもしれない。実は、第2部「ガブリエル・フォーレのピアノ音楽と室内楽についての考察」というのが目当てで本書を購入したのだが、室内楽は事実上ピアノ四重奏曲第2番の1曲しか扱われていなかったのが、ちょっとだけ残念。第3部「曖昧さ、魂の安らぎ、そしてフォーレの作品の持つ魅力について」は、非常に面白かったが、同時に大変難解でもあった。また、改めてフォーレの音盤でもかけながら、ゆっくりと読み直してみたいと思う。評伝的な内容を求めるならば薦められないが、フォーレの音楽に対する愛情を一層深めてくれる名著といえるだろう。

音楽から沈黙へ フォーレ―言葉では言い表し得ないもの…音楽から沈黙へ フォーレ―言葉では言い表し得ないもの…
(2006/09)
ウラディミール ジャンケレヴィッチ

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Mussorgsky,M.P. 作曲家_Glazunov,A.K. 作曲家_Myaskovsky,N.Y. 作曲家_Fauré,G.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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