「タヒチ・トロット」の自筆譜ファクシミリ

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  • Tahiti Trot,Paul Sacher Stiftung,2006.(ISBN:3-935196-78-4)
  • Malko,N.,A Certain Art,William Morrow & co.,inc.,New York,1966.
世の中、それこそ猫も杓子も個人ブログを持っているご時勢だが、それだけに、自分にとって有用な情報をピンポイントで見つけ出すのは、随分と手間のかかる作業になってきた。そもそも、ブログリーダーに気になるサイトやキーワードの登録はしてあるものの、ブログリーダー自体を起動することが滅多にないという生来の怠惰さが問題ではあるのだが…(^^;

ということで、高い頻度でチェックするブログというのは限られているのだが、その数少ない一つが、「私たちは20世紀に生まれた」という沼辺信一氏のブログである。もう随分と前のことになるが、2007年1月30日の記事に「夕方に帰宅したら、ニューヨークの楽譜商からショスタコーヴィチの『タヒチ・トロット』自筆譜のファクシミリが届いている」という一文を見つけた。Amazon等のネットショップを探してみてもカタログに掲載されていないし、少しだけ苦労して探し当てたのが、OMI (Old Manuscripts & Incunabula)という楽譜商。このサイト内に、当該ファクシミリの紹介があったので、価格設定も(たぶん)良心的だったこともあり(送料込みで12,000円程度)、即決で注文。オーダーから手元に届くまで10日足らずだったし、メールオーダーゆえの英作文の手間(そんな大変なものじゃありませんが)を考えても非常に良い業者ではないかと思う。

このファクシミリは、パウル・ザッハー財団が出版したもの(財団のHPには、このファクシミリは掲載されていない)だが、Sikorski社のクレジットもあるので、ひょっとしたら国内の楽譜商を通してでも入手可能なのかもしれない。

さて、このファクシミリの内容だが、自筆譜部分は12ページしかないものの、独英2ヶ国語で各20ページ弱に及ぶ解説の論文5本が収録されている他、1926年にモスクワで刊行されたファミーン編「タヒチ・トロット」(ポドレフスキイ詞)のヴォーカル・スコアが付録としてついている。5本の論文の著者と題目は次の通り:
  • Matthias Kassel:A Case for (More Than) Two Tea for Two en route from Youmans to Shostakovich
  • Heidy Zimmermann:A Bet or a Commission? The Genesis of Shostakovich's Tahiti Trot
  • Robert Piencikowski:Tahiti Express? The Manuscript and Its Story
  • Ulrich Mosch:A “Brilliant Orchestration” Analytical Remarks on Youmans's Original and Shostakovich's Arrangement
  • Felix Meyer:“Sickly Eroticism” Shostakovich's Tahiti Trot in the Firing Line of Music's Morality Squad
これらの内容については、前述した沼辺氏のブログの2007年2月10日以降の記事と、2007年4月17日の記事を参照されたい。ここでは、これらの資料から僕自身が新たに得た知見をまとめるだけにしておく。
  • 当時大ヒットしていた「二人でお茶を」は、作曲家ファミーンが“自作”と偽って出版した「タヒチ・トロット」という楽譜によって、ソ連に紹介された。ただし、この出版以前にも録音等で聴かれていた可能性もある。
  • メイエルホーリド劇場で上演された「吼えろ、支那」(1926年初演)という劇中、数名のアメリカ人が船上でダンスをする場面で、この「タヒチ・トロット」が用いられた。このことは、ソ連で「二人でお茶を」を有名にするのに一役買った。
  • 「二人でお茶を」の初版譜は変イ長調、「タヒチ・トロット」の楽譜はト長調である。ただし、当時発売されていた「二人でお茶を」の録音で、変イ長調で演奏されているものは皆無らしい。
  • ショスタコーヴィチのオーケストレイションは、変イ長調である。
  • マリコーの自伝「A Certain Art」には「タヒチ・トロット」のオーケストレイションについて言及されているにも関わらず、有名な「60分で編曲できるかという賭け」の話は一切出てこない。
  • 仮に『証言』が真にショスタコーヴィチの発言を書き留めたものだとしても、『証言』以外でショスタコーヴィチ自身がこの「賭け」について述懐した記録はない。
  • オーケストレイションの準備と思われるショスタコーヴィチ自身のスケッチが、(断片的に)現存している。
  • ファクシミリに収められた自筆譜は清書ではなく、少なくない書き直しの跡がある。
これらを総合すれば、「マリコーとの賭け」というのがショスタコーヴィチ“神話”の一つであると考えるのが妥当であろう。むしろ、相応の時間をかけて「二人でお茶を」のオーケストレイションを行なったのではないかと考えられる。もちろん、神話だからといって、この作品の価値が損なわれるわけではない。

それにしても、この機会に初めて読んだマリコーの自伝は、とても面白かった。リャードフ、リームスキイ=コールサコフ、グラズノーフといった“歴史上の人物”と直に接したエピソードの数々に加え、ショスタコーヴィチには5つの章を割いて、その鼻持ちならない青年時代の姿を活き活きと描写している。ソレルティーンスキイについての記述もあり、ショスタコーヴィチ・ファンならば、是非とも読んでおきたい書物の一つである。読み通すのに時間がかかって、3月には入手していたファクシミリの紹介がすっかり遅くなってしまいましたが(^^;

なお、パウル・ザッハー財団は「アフォリズム」の自筆譜も所蔵しているらしい。これも出版してくれたら嬉しいのだが。

マエストロ・オザワ60歳祝賀チャリティ・コンサート(1995年9月1日)
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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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