シチェドリーン2題

  • シチェドリーン:ケーテン市のための音楽、自画像 スピヴァコーフ/モスクワ・ヴィルトゥオージ カヒゼ/ソヴィエト国立SO (Melodiya A10 00207 004 [LP])
  • シチェドリーン:歌劇「愛のみにあらず」 ゲニューシャス/リトアニア国立歌劇場O他 (Melodiya C 10-06847-50 [LP])
11月27日の記事の続き。残っていたシチェドリーンの2枚をまとめて聴く。

1984年に作曲された2曲はどちらも優れた作品で、アルバムとしては申し分のない密度。ほぼ同時期の「弦楽、オーボエ、ホルン、チェレスタのための音楽」は以前に聴いたことがあったのだが、それと共通するクリスタルな色彩感のある美しい響きに、すっかり心奪われた。J. S. バッハ生誕300年にちなんで(それとも依頼されて?)作曲された「ケーテン市のための音楽」では、バロック風の体裁の中で存分に個性を発揮しているところにシチェドリーンらしさを感じるが、僕は「自画像」の美しさの方により惹かれる。シチェドリンの名前のローマ字表記(S-H-C-H-E-D……)から「Es-H-C-H-E-D」という音名象徴を作り、それを主題にした作品であるが、そういう仕掛けそのものよりも、全編に漂う斜に構えた美しさと哀愁が何とも素敵。素晴らしい作品だ。

歌劇「愛のみにあらず」は、シチェドリンの出世作。LPの解説にあったあらすじは、以下の通り:
【第1幕】
雨模様の春の日。種まきはできず、少女達は愛について歌い、トラクターの運転手達はドミノ遊びをしたり、彼らのリーダーであるフェドトをからかったりして時間をつぶしていた。フェドトは、コルホーズの議長であるヴァルヴァーラ・ヴァシーリェヴナに成就する見込みのない恋をしていたのだった。突然、ありきたりの日常が大きな驚きをもって破られた。ここ数年、町で暮らしていたヴォロージャ・ガヴリーロフが村に帰ってきたのだ。少女達は喜び、特にヴォロージャの婚約者ナターシャは幸せな気分であった。しかし、トラクターの運転手達はまったくもって友好的ではない。ヴォロージャの見かけと尊大な態度が気に入らないのだ。侮辱の言葉が交わされ、喧嘩が始まる。騒ぎが佳境に差しかかった時、ヴァルヴァーラ・ヴァシーリェヴナが現れる。彼女は村人達に尊敬されており、権威に恵まれていた。彼女は直ちに騒ぎを鎮め、人々を労働へと戻した。ヴォロージャだけが彼女のそばに残った。彼とたわいもないことを話している内に、突然ヴァルヴァーラはこの若者に恋心を抱いている自分に気づく。
【第2幕】
若者達は、無事に種まきが終わったことを祝うパーティーの準備をしている。チャストゥーシカが聴こえている。素人のブラスバンドが、“芸術監督”コンドゥルーシキンの指揮で演奏しているのだ。またもやヴォロージャが村の音楽家達の演奏にケチをつけ、騒ぎを起こしてしまう。トラクターの運転手達は怒り、一方ヴォロージャは嘲笑する歌「モミの木は森で生まれた」を歌って彼らの怒りに火を注ぐ。もしヴォロージャが素晴らしく叙情的な歌を歌わなければ、大喧嘩になるところだった。その時初めて、生意気さの仮面に隠された彼の本当の素顔が垣間見えたのだった。
カドリーユが始まる。ヴォロージャは最初に婚約者のナターシャと踊り、続いて、同じくパーティーに来ていたヴァルヴァーラと踊る。ヴォロージャとヴァルヴァーラは、その踊りで人々の目を奪う。周囲の人々の奇妙なまなざしにも、ナターシャの苦悩にも、少女達の嘲るような囁きにも、二人は気付かない。嫉妬にかられたフェドトは、威厳を持って言い放つ。「それまでだ!もう十分に踊ったし、しゃべっただろう!もう帰れ!」楽しい気分を台無しにされ、人々は渋々その場を離れる。ヴァルヴァーラは、一人でその場に佇んでいる。彼女は、自分の身に何が起こったのかを理解することができない。彼女は、自分がヴォロージャに恋していることを認めるのが怖いのだ。その時、ヴォロージャが彼女の前に現れる。二人の逢引きは、フェドトによって妨げられる。フェドトは、恋敵に説教してやろうとやってきたのだった。しかし彼は、ヴァルヴァーラの要求によって立ち去らなければならなかった。
【第3幕】
夕刻。ナターシャの悲しげで憂鬱な歌が聴こえている。ヴァルヴァーラ・ヴァシーリェヴナは、ヴォロージャとの約束の場所にやってくる。彼女は、不安で落ち着かない気分であった。彼女は、人々が自分のことを非難していると知っていた。そして、人々からの尊敬を失ったままで我慢してはいられないことも分かっていた。そして、別の女性の婚約者であるヴォロージャは、彼女の真の友人たり得ないだろう。恋心を断ち切るのは難しかったが、彼女の躊躇や疑念は全て消え去る:「そうよ、愛だけではないのよ。誠実な気持ちで、人の目をまともに見れなければいけないのだわ。」
頽廃的なんだか説教くさいんだか、何だかよくわからない話で、劇の筋書きそのものには興味を持てないのだが、音楽はなかなかに魅力的である。ヴァルヴァーラを象徴しているのであろうか、冒頭のライトモチーフが持つ知的で美しい雰囲気が、たとえば第2幕最初の滑稽で騒々しい雰囲気と対照的で、嫌でも印象に残る。聴きやすいが、必ずしもソ連流の“わかりやすい”音楽ではなく、むしろ聴き込むにつれて一聴しただけでは気づかないようなさりげない複雑さに感心する類の作品だろう。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shchedrin,R.K.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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