【楽曲解説】ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

Дмитрий Дмитриевич Шостакович
ドミートリィ・ドミートリェヴィチ・ショスタコーヴィチ(1906~1975)


Симфония No. 10 ми минор соч. 93
交響曲第10番 ホ短調 作品93



 昨年は没後35年、そして今年は生誕100年と節目の年が続いたこともあり、最近では演奏会のプログラムにショスタコーヴィチの名前を見かけることも珍しくなくなってきた。とりわけ、生涯に渡って書き続けられた15曲に及ぶ交響曲は彼の創作上の大きな柱とでも言うべき特別な存在で、実演や録音で取り上げられることが多い。ショスタコーヴィチの交響曲は、各楽章や個々のエピソードの性格付けがはっきりとしていて、標題の有無に係わらず聴き手に具体的なイメージを想起させることが少なくない。それは、彼が生きたソ連という国家体制の特殊性が深く刻まれた、社会や時代の雰囲気を色濃く反映したものである。それでいて、散漫な組曲的構成に陥ることなく、独特の論理的な感覚で作品全体を巧妙に統一しているところが彼の際立った特長だといえるだろう。交響曲第10番は、このようなショスタコーヴィチのエッセンスが極めて高い完成度で凝縮された傑作である。

 まずは、作品の成立背景について簡単に辿ってみよう。1948年、ジダーノフ批判と呼ばれる文化・芸術分野におけるイデオロギー統制が行われた。創作活動に対するこのような抑圧的傾向は、1953年にスターリンが死去したことで微妙に変化を始める。ショスタコーヴィチが8年振りに交響曲の筆をとったのは、このように新たな時代の到来に大きな期待を寄せる者、一方でスターリン主義の呪縛から解放されていない者、両者が手探り状態の中でのことだった。1953年12月17日の初演後、すぐに「第十論争」と呼ばれる反響と議論が巻き起こった。ここでは、全曲中における終楽章のバランスと作品の持つ悲劇性の二点が主な論点であったが、スターリンの死によって引き起こされたソ連社会のイデオロギー的な混乱と戸惑いの中、この作品が当局の新たな芸術政策に対して重大な影響を及ぼしたことは明らかだった。

 ショスタコーヴィチはこの作品の内容について「ひとことだけいえば、この作品のなかでは、人間的な感情と情熱とをえがきたかったのである」と語っている。とりわけ意味深長なのは、第3楽章で現れて終楽章コーダで執拗に繰り返される自身の音名象徴のDSCH音型(この音型が移調などをせずに使われた、最初に公表された作品がこの交響曲である)である。これは、第1楽章冒頭の動機とも関連していて、全曲を統一する鍵となっている。文字通り主要楽章である第1楽章では、展開部に異質なエピソードを挿入して巨大なクライマックスを築く独自のソナタ形式が駆使されるが、それぞれに明確な役割を担う弦楽器(集団の感情)、木管楽器(個人の痛み、叫び)、金管楽器(荘厳な野蛮さ、威圧)、打楽器(無機質な暴力)は楽章を通じて互いに交わることがない。第2楽章は「悪の力の形象」とも評された急速で短いスケルツォ楽章。徹底して暴力や野蛮さが表現されるこの楽章の冒頭主題は、第4楽章でDSCH音型と交差する形で再び現れる。もう一つのスケルツォである第3楽章の中心主題は、DSCH音型である(楽章冒頭の第1主題もこの音型に由来する)。これと対比するように中間部でホルンが奏するEAEDA音型は、モスクワ音楽院の教え子エリミーラ・ナジーロヴァの音名象徴であることが、ショスタコーヴィチが彼女に宛てた書簡から明らかになっている。最終楽章は、第1楽章結尾の雰囲気を引き継ぐ序奏から始まる。ここで断片的に示されるそれぞれに性格の違う動機は、クラリネット(第1楽章の第1主題もこの楽器で提示される)のどこか調子はずれな合いの手で突入する主部の第1主題に結実する。通俗的な音調が狂乱の度合いを高め、ひときわ暴力的な様相を呈していく展開部はDSCH音型の最強奏で断ち切られ、再現部では序奏を含む全ての主題が律儀に回帰するが、そこには戸惑うようなぎこちなさが伴い、半ば強引に大団円を演出するかのようにティンパニがDSCH音型を乱打する中、長調で全曲が結ばれる。

 多少なりともショスタコーヴィチの生涯に対する知識を持ち合わせているならば、この音楽の中にスターリン時代を生きたショスタコーヴィチの自伝的側面を聴き取ることは容易であろう。しかし、いかなる国や時代の聴き手にとっても、そこに自分自身の考えや理想を見出すことができる作品こそが芸術として後世に残るのであり、この交響曲もまた、そうした普遍的な内容と価値を有した偉大な芸術作品であるがゆえに、我々の心を強く捉え続けているのだろう。

宝塚市交響楽団 第41回定期演奏会(2006年12月17日)

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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D. 演奏活動_宝塚市交響楽団

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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