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名曲探偵アマデウス:ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」

  • クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス「毒か薬か? 名曲に仕掛けられたワナ ショスタコーヴィチ『交響曲第5番』」 (録画 [NHK-ETV (2009.11.13)])
名曲探偵アマデウスという名の番組があることは、テレビの予約録画検索をしている際に見かけて知っていた。だが、ただ何となくではあるものの、それを見てみようと思い立ったことはなく、今までそれがどんな番組なのか知らないままであった。しかし、その番組が“ショスタコーヴィチ”というキーワードでヒットしたのなら、話は別だ。何はともあれ、録画してみた。

探偵のもとに、ショスタコーヴィチの交響曲第5番を聴くと体調が悪くなるという依頼人がやってくる。その理由を解き明かしていく過程で、この作品の背景や隠された意味を紹介しようという番組である。実質30分程度の番組にしては随分と盛りだくさんの内容で、しかもそれを初心者(?)に伝えるための配慮も十分になされていることに、まずはとても感心した。この作品の文学的な解釈には、大雑把に言って、体制翼賛的な勝利の構図とそれに相反する個人の抑圧との二重構造という一般に広く認知されている説と、愛人との破局とその愛の永遠性を歌い上げたものという近年になって説得力を増している説の2つがある。本番組では前者が紹介されていたが、第3楽章のパニヒダの件で“愛”というキーワードが出てきたりして、(制作者がそこまで意図していたかは疑問だが)多様な解釈の可能性がさりげなく示されていたのも面白かった。

しかし一方で、ある音楽作品の、それこそ全ての楽句に対して、社会的・文学的な意味解釈を行うことには違和感が残る。もちろん、それはこの番組に対する批判ではなく、この番組を契機に自分自身の音楽の聴き方を振り返っての反省である。

番組中で流れていた演奏は、チョン・ミョンフン/東京フィルハーモニー交響楽団のライヴであった。ぶつ切りの断片から演奏の全体像を類推することは適当でないが、交響曲第4番のCDと同様の、流れは良いが、音楽が持つ軋みが削ぎ落とされたような薄味の演奏であるように感じられた。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 作曲家_Shostakovich,D.D.

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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