戦場に音楽の架け橋を:柳澤寿男先生のこと

  • 戦場に音楽の架け橋を~指揮者 柳澤寿男 コソボの挑戦~ (録画 [BS Japan(2009.11.21)])

かぶとやま交響楽団の第27回および第29回定期演奏会に客演していただいたのをきっかけに、親交を持たせていただいている柳澤先生のドキュメンタリーを観た。BSジャパンの番組HPを見ると、どうやら今回は再放送だったようだが、普段BSやCSのドキュメンタリー系の番組はほとんどチェックしていないだけに、放送予定を見つけて録画できたのは奇跡といってよいかもしれない。

柳澤先生を初めて知ったのは、上述した演奏会で一緒に演奏させていただいた時のこと。それまでは、存在すら知らなかった。その後、岡谷市のカノラータ・オーケストラの第1回定期演奏会(2002年10月5日)にエキストラとして呼ばれて弾いたこともあり、これら計3回が柳澤先生の棒で演奏した全てである。

アマチュアというのは身勝手なもので、自分はロクに弾けもしないくせに、呼んだ指揮者には遠慮会釈なくケチをつけたりする。その是非はさておき、練習から本番に至るまで、さしたる不満を抱かずに演奏できることは、やはりそうめったにあるものではない。柳澤先生とは、そのめったにない経験をすることができた。僕は、本番よりも練習の密度の濃さの方をより強く求めるのだが、柳澤先生の練習はまさに僕が求める細かさで、しかも妥協がない。一つ一つの約束事を徹底し、丁寧に確認しながら積み上げていく音楽作りの過程も、まさに自分自身が目標としているもので、毎回の練習が本当に楽しかった。もちろん、そういうやり方に不満を持つ奏者がいたこともまた事実で、それこそがオーケストラの難しさなのだろう。

練習後に酒を飲んだり、何の前触れもなく電話がかかってきたりしたこともあったが、いつでも、僕は先生のバイタリティに圧倒されていた。先生がバルカンでポストを得て旅立って行った時、ありきたりの(それを否定するつもりは毛頭ない)キャリアを積み重ねるのよりは、ずっと先生らしいと思った。その後、年賀状以外はすっかり無沙汰していたが、異国の文化を全身で受け止め、忙しくも充実した日々を送っているのだろうと、勝手に想像していた。

旧ユーゴスラビアの悲劇については、それなりに関心もあったので、ある程度の知識は持っていたつもりだった。しかし、それはやはりただの知識でしかなく、たとえば、国立のオーケストラといいながら、奏者が弾いている楽器が粗悪なもの――日本ではアマチュアでももうちょっとマシな楽器を持っている――しか揃っていないという、その生活水準に愕然とする。劣悪な生活環境、一触即発の治安……ただ生きていくだけでも過酷な中で、音楽をやり続けるということの凄まじさ。画面に映し出された柳澤先生の生き様は、実は僕より1歳だけ年下な彼が、僕にとっては紛れもなく“先生”なのだということを、この上ないほど力強く物語っていた。

先生のより一層のご活躍と、何よりも安全とご健康を祈念したい。
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theme : クラシック
genre : 音楽

tag : 演奏家_柳澤寿男

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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