二〇〇九年の終わりに

  • オーウェル, G.・高橋和久訳:一九八四年[新訳版], ハヤカワepi文庫, 2009.
2年以上前になるが、I. マクドナルドの『新ショスタコーヴィチ(改訂版)』を読んだことがある(2007年6月6日の記事)。その本の中で、オーウェルの『一九八四年』が持ち出されていたのが印象に残り、一度読んでみようと思って書店をのぞいたのだが、残念ながらどこも在庫切れ。その後も折に触れてチェックしていたのだが、探し当てることができないままに月日が経ってしまった。先日、何かでこの小説の新訳版が出版されたことを知り、喜び勇んで書店へ向かったのだった。

念願かなってようやく読むことができたこの本、わが日本の近未来そのもののように思えてならず、3日ほどで一気に読み切ってしまった。当時のソ連などを念頭に置いた設定がなされているが、『動物農場』のような直截的な風刺性はなく、それゆえに作品に漂う重苦しい空気感が皮膚にまとわりつくような気もする。

ショスタコーヴィチが生きた時代や社会には深く興味を持ってきたし、その延長でオーウェルが描いた世界に思いを馳せたりもする。しかし、まさかそれが我が身の現実となろうとは、想像だにしなかった。あと数年で本厄という歳にもなれば、酒を飲みながら政治談議をすることもある。しかし、酔っ払いの口から出まかせとは異なり、いくら見ている人が少ないとは言っても、ブログという場でその類の意見表明をするには、色んな意味で僕にはまだ準備ができていない。だから、ここで僕がこの本を読んで何を思ったかを、具体的に記すことはしない。

来る二〇一〇年が、せめて心穏やかに日々を過ごせるような年であるよう、なけなしの希望を振り絞って願いつつ、本年最後のエントリーとしたい。

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theme : つぶやき
genre : 小説・文学

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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