O. ディゴーンスカヤ:交響的断章(1945年), DSCH社―(2)

12月9日の記事の続き。誤訳等も多々あろうかと思いますので、お気づきの点がございましたら、コメントよろしくお願いいたします。



しばらくして、第9交響曲の初稿は再び「要求の厳しい作曲家によって破棄され11」、1945年6月26日、ショスタコーヴィチは新作であるヴァイオリン・ソナタ ト短調に着手した12。「私は、その晩(筆者注:1945年6月30日)幸運にめぐり会った」と、エヴゲーニイ・マカロフの日記にある。「私は、ドミートリイ・ドミートリェヴィチに今何かを書いているのかと尋ねた。彼は、ヴァイオリン・ソナタを書き始めたところだと答えた。そしてすぐに、それを弾いてみようと言った。彼は、魅力的な提示部(ト短調、ホ長調、3/4、Moderato con moto)を書きあげていた。第一主題は非常に感動的で、心からのものだった。提示部の繰り返しで、ドミートリイ・ドミートリェヴィチはちょっとした遊びをした。ヴァイオリンとピアノのパートを入れ替えたのだ。私は、ソナタの始まりを本当に気に入った13。」にもかかわらず、7月の半ばまでにショスタコーヴィチは、第9交響曲の初稿と同様に、この作品の作曲を中断することに決めた。「彼は、1年以上に渡って(彼の言葉を借りるなら“1行も”)作曲をしていないという事実に、ひどく悩まされていた」と、マカロフは1945年7月19日の日記に記している。「もちろん、これは誇張であった。彼は、第9交響曲とヴァイオリン・ソナタを書き始めていた。しかし、明らかに、彼はある種の創造的な危機を経験しつつあった。『私は、作曲している人がとにかく羨ましい』と、ドミートリイ・ドミートリェヴィチは言った。後半生に何も作曲することがなかったロッシーニの例は、彼を怯えさせた。また、おそらくは、最近の主要な3つの作品(第8交響曲、ピアノ三重奏曲(第2番)、弦楽四重奏曲第2番)が公的にはあまり成功しなかったことも、彼の気分に悪影響を与えたのだろう14。」

しかし、ショスタコーヴィチは価値ある音楽素材に背を向けたりはしなかった。顕著な例を記しておこう。第9交響曲の破棄された版の第二主題は、未完のヴァイオリン・ソナタで“そのままの形で”引用されている。さらに8年後、それは交響曲第10番 作品93の第1楽章第二主題に組み込まれることになる15

第9交響曲の初稿と第10交響曲との間にある主題の相似(それらは極めて有意であり、具体的な形をとっている)は、かなりの信憑性をもって、タチャーナ・ニコラーエヴァの証明されることのなかった証言と関連づけることができる。それは、ショスタコーヴィチが第10交響曲を1951年(1953年ではなく)に作曲し、当時、彼女のためにスコアを見ながら第1楽章の断片を演奏したというものだ16。第9交響曲の前段階の手稿を保管しておいたことで、1951年、作曲家はそれを別の交響的作品(第10交響曲)のための“やりかけの”素材17と考えることができ、その一部をタチャーナ・ニコラーエヴァに弾いて聴かせることができたのだろう。1953年に初めて第10交響曲を聴いた際、1951年にショスタコーヴィチが弾いてくれたことで馴染みのあった音楽の断片を彼女が“思い出した”のは、驚くほどのことではない。


ドミートリイ・ショスタコーヴィチの文書保管所におけるオーケストラのための未完成のスコアの発見―そのこと自体に価値がある―は、交響曲第9番と第10番の着想の起源と発展について、さらには、シンフォニスト・ショスタコーヴィチの創作上の特徴について新たな結論に達するだけの根拠を与える。

交響的断章(ロジデーストヴェンスキイが演奏会用に手を入れた版)の世界初演は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの生誕100年記念の音楽祭において、2006年11月20日にモスクワのチャイコーフスキイ・コンサート・ホールで行われた。ゲンナーディ・ロジデーストヴェンスキイ指揮のロシア国立シンフォニー・カペラ(音楽監督兼首席指揮者:ヴァレリイ・ポリャーンスキイ)が演奏した。

オーリガ・ディゴーンスカヤ





  1. 同上。

  2. RSALA, rec. gr. 2048, inv. 1, f. 30。保存されていた全てのスケッチ(作曲家によって「26 VI 1945」と日付が記されている)と、ヴァイオリン・ソナタの提示部の作曲家自身による清書譜は、新全集の第107巻で出版が予定されている(Shostakovich. Catalogue of Publications and Material for Hire, 2005/2006, DSCH Publishers, Moscow, 2005, p. 48 参照のこと)。

  3. E.P. Makarov, 前掲書, p. 27.

  4. 同上, p. 29.

  5. エリザベス・ウィルソンは、マナシール・ヤクーボフがいかにして未完のト短調のソナタ(間違って1946年とされている)と交響曲第10番 作品93との間の主題の相似に気付いたのかについて言及している(E. Wilson, Shostakovich: A Life Remembered, Princeton, 1995, p. 262 参照のこと)。こうして、ソナタと起源が繋がっていることに加えて、第10交響曲と第9交響曲の初稿との間の関係が証明されたと考えられるかもしれない。

    第10交響曲の音階構造におけるユダヤ民謡の影響については、M. Sabinina, Symphonist Shostakovich: Dramaturgy, Aesthetics, Style, Moscow, 1976 (in Russian) を参照のこと。しかし、ここで我々はあえて、ショスタコーヴィチの自身のスタイルに織り込まれた音楽的なモデルとは別に、第9交響曲の初稿と第10交響曲の第二主題が独自の完全に明確なモデルを持っていることを示したい。それは、ショスタコーヴィチがオーケストレイションを行ったV. フレーイシマンの歌劇「ロスチャイルドのヴァイオリン」の中にある、ロスチャイルドのフルートが奏でる民謡である。ショスタコーヴィチは、1944年2月5日にこのオーケストレイションを終えている(RSALA, rec. gr. 2048, inv. 1, f. 57)。このことは、3曲いずれも第二主題が提示部で頂点を迎える箇所で、特に感じられる。

  6. E. Wilson, 前掲書を参照のこと。

  7. 第10交響曲に対するショスタコーヴィチの最初の試みは、うまくいかなかったことが知られている。筆者がグリーンカ記念国立中央音楽文化博物館で発見し、とりあえず1947年のスケッチと特定している物は、完成した交響曲とは全く似ても似つかない。作曲家自身は第9交響曲の初稿が、少なくとも部分的には、非常に成功したものであり(「プロコーフィエフ以外の他の作品よりは、たぶんましでしょう」)、それゆえに、さらに作曲を続けるに値すると考えていた。

    1951年の時点では、1947年6月6日にカラ・カラーエフに宛てて書いた手紙の中で言及した、記念碑的な「三部作の第3曲目」を作曲する考えを完全に諦めてはいなかったのかもしれない。「私は、(私の)交響曲第7番と第8番が三部作を構成する作品であると言明しました。第9番は、三部作の第3曲目ではありません。しかし第10番は、そうなることを望んでいます(L. Karagicheva, “Write as Much Beautiful Music as You Can. From the Letters of D. D. Shostakovich to K. A. Karayev”, Muzykal'naya akademiya, No. 4, 1997, p. 207 からの引用)。」客観的にみて、第9交響曲の初稿の素材はこのことを可能にする。

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Yosuke Kudo

Author:Yosuke Kudo
B. モンサンジョン著『リヒテル』(筑摩書房, 2000)に、「音楽をめぐる手帳」という章がある。演奏会や録音などを聴いて思ったことを日記風に綴ったもので、実に面白い。

毎日のように音楽を聴いているにもかかわらず、その印象が希薄になる一方であることへの反省から、リヒテルに倣ってここに私も覚え書きを記しておくことにする。無論、リヒテルの深みに対抗しようなどという不遜な気持はない。あくまでも自分自身のために、誰に意見するわけでもなく、思いついたことをただ書きなぐるだけのことである。

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